「君の魔法はすごいけれど、スキルは案外初級止まりなんだな」
そう言ったのは、私が研究助手の希望を出している研究室のユリウスさんだ。
ナリス学園ももうすぐ2年目というこの日。私は、学年末に受けた試験がSクラスの基準を満たしたらしく、休みの期間にわざわざ学園に赴き、Sクラス認定の試験を受けることになっていた。
今日の試験では魔法を使うことになるだろう。
魔法科に進むにあたって、今日は魔法を使えることを隠さないことにした。
なるべく厄介は避けたいので、積極的に明かしていく予定はないけれど。
「なんで使えるのに黙っていた!」と怒られるかな? とドキドキしながら指定の場所に向かっていたけれど、試験を担当するのはなぜかユリウスさんだった。
ユリウスさんには、レスリー様から放たれた
魔法を使うのも少し気が楽だ。
試験の内容は、ユリウスさんが使う魔導具からの攻撃を防ぐことだった。攻撃もしていいらしい。
まずユリウスさんが取り出したのは、丸い球。
ゴルフボールくらいの球で何するんだろう?
そう思っているうちにそれを私の方に投げた。でも全然距離が足りない。私の少し前にポトリと落ちた。その瞬間ぶわっと炎が立ち上り、火の粉が舞い、熱風が吹く。
あつい!
「
上から水を落とし、消火する。
「まだまだあるぞ」
そう言って取り出した筒からは、高圧の水が出てくる。
咄嗟に分厚い土の壁を出して防ぐ。
壁によって防ぐことができたが、水は少しずつ少しずつ壁を掘り進めていく。
このままでは穴が開いてしまう。
「
壁に追加で結界を付与した。水はもう少しも壁を削れない。
その後土の弾丸を撃ち込まれたり、鋭い風で壁を切られそうになったりしたけれど、結界付きの壁はその全てを跳ね返した。
「わかった、わかった。君がSクラスなのは間違いない。だが私は君の魔法が見たいんだよ。すべてその壁で跳ね返されたら壁以外見られないだろう」
「それでは、こういうのはどうでしょう」
そう言って私はユリウスさんの隣に並ぶ。そして、さっき作った壁に向かって炎を出し、高圧の水を出し、土の弾を打ち、風で切り裂こうとした。
結界ですべて阻まれているけれど、魔法は見られたはずだ。
隣でユリウスさんは目を輝かせている。
「君の出した壁なのに、君自身もあの壁を破れないの?」
「あれは、結界を付与していますから」
付与を解除して、風で切り裂く。きれいに真っ二つに割れた。
「付与魔法も、結界も張れるのか。君の魔法は……ほんとうにすごいな。スキルはライブラリアンだったか。ライブラリアンとはすべての魔法が使えるのか?」
もちろん違う。本を読んで勉強しただけだ。
私はスキルで魔法が使える人のように自在に使えなかったので、魔力の扱い方を勉強して、魔法陣の勉強をして、古代語の勉強をして、付与魔法の勉強をして、それで少しずつ使えるようになったのだ。
そうユリウスさんに説明する。
「魔法陣!? 魔法陣の本なんて……。いや、そもそも魔法陣なんて君は描いてなかっただろう」
「昔は魔法陣がないとダメだったんですけど、ある時から使わなくてもできるようになりました」
なぜかユリウスさんはため息を
「ちなみに、君のスキル、ライブラリアンは何ができるんだ?」
「本が読めます」
「他には?」
「えっと……本が読めます。それ以上でも以下でもありません」
ユリウスさんは、遠くを見つめるように一瞬考え、口を開く。
「スキルアップは? 6歳からずっと同じというわけではないのだろう?」
「いえ、6歳の時も今も本が読めるだけですが……でも、見てください。この本、昔はもっと小さくて、カバーもなくてノートみたいな本だったんです。けれど、今ではこの通りちゃんとした本ですし、読める本も最初は10冊だったのが今や読み切れないほど読めるようになったんですよ」
特にクラティエ帝国に入ってからはぐんと読める本が増えた気がする。
最初は10冊だったことを考えるとすごいスキルアップだと思っていたが、ユリウスさんはそう思わなかったようだ。
私が真っ二つにした壁を見るとはなしに見ながら、顎に手を当て考えている。
そうやって熟考の末に出てきた言葉が、冒頭の「スキルは初級止まり」発言だ。
全くわけがわからず、説明をしてほしいと思ったがその日ユリウスさんは「いろいろ考えることができた」と言ってさっさと帰ってしまった。
そして今日、2学年がスタートした。
前回同様中庭に結果が張り出された。私は筆記2位、実技1位だった。ちなみに筆記の1位はイライアス皇子の側近と目されているクリス様だ。
前回の成績発表ではジェイムス様たちに絡まれた。それを警戒してか私とナオ、デニスさんの近くにはすでにクリス様やイライアス皇子がいてくれている。
おかげで前回のようなことは何もなかった。
けれど、もしかしたら今回はイライアス皇子やクリス様がいなくても何もなかったかもしれない。
前回ジェイムス様たちは複数人で集まり、胸を張って、声高に「不正だ!」と訴えていたけれど、今ジェイムス様の周りには誰もいない。
心なしかジェイムス様自身も覇気がないように思える。何かあったのだろうか。
そして、私はSクラスになった。ユリウスさんの研究助手も受かっていた。
同じくSクラスなのは思った通りクリス様とイライアス皇子だ。
2学年からは学科選択制なので、学ぶ科目も去年とは違う。
学科以外の科目も一応学ぶが、割かれる時間は週に2時間だけだ。
だから今年からクラス分けと言っても、Sクラス以外は成績上だけで、実際学ぶ教室は学科ごとの編成だ。
Sクラスはここからさらに魔法の授業が自由参加になる。その時間は自主研究に充てていいそうだ。つまり今年私が受けなければならない授業は、社会学と体術だけということになる。
家に戻ると、応接室にナオが来ていた。
ナオが塩麴や甘麴など海街の物で作った商品を売る店を取り仕切ってくれることになったからだ。
店は海街との境に出す予定。
ちょうどその場所が開いていたので、店を出すと決めてすぐにバイロンさんが押さえてくれた。
店で働く従業員は、建国祭の時に一緒に屋台を手伝ってくれたチャドと海街出身のカイ。
海街の人は以前からナリス語が話せず、なかなかクラティエ帝国になじめていなかったが、建国祭で帝国の客が沢山流れてきたからか、その後海街全体でナリス語を習得しようという動きが活発化したらしい。
みんなで集まり、ナリス語で話す時間を設けたり、時々来るようになった帝国の客相手に片言のナリス語で接客したりしているんだとか。
ナオ監修のもと作られた、接客時によく使うナリス語ガイドブックなるものもあるという。
やはり言葉は使わないと身につかないようで、今まで全く入ってこなかったナリス語が最近急激にわかるようになってきたとアンナさんから聞いた。
カイは中でもナリス語の上達が早く、本人の希望もあって従業員になってくれた。
店の名前は、『トルトゥリーナ』。
建国祭の時、花あられを売った器にデザインした亀の名前だそうだ。
サリーを中心とした菓子店も大通りから1本外れたところに開店予定だ。
こちらもバイロンさんが今までに培った人脈をフルで使って、店と従業員を確保してくれた。
プリンに関しては、もう既にレシピがあるし、菓子店で雇った従業員二人は海街の人とは違い言語の問題もない。
あとは新商品のパイを作れるようになるだけだ。
売り子も新たに募集して、内装だとかパッケージのデザインだとかそういう細かなところも今あれこれ検討中。
こちらの店の名前は、『瑠璃のさえずり』。
海街の店の名前が亀だからというわけではないが、その名前を聞いて動物をモチーフにするのが良いと思った。
思いついたのは、オオルリという名の鳥。
森の中で、声高く、ピリリン、ティリリ、ピピリンと歌うように鳴く鳥で、クラティエ帝国の前身ナリス王国の貴族たちは、森へこの鳥のさえずりを聞きにピクニックに行ったという話を本で読んだことがある。
その頃の貴族たちは、この鳥のさえずりを聞きながら、紅茶を飲み、絵や音楽について語らうことが風流だったのだ。
そんな話から、プリンやパイも優雅な気持ちで食べてほしいとこの名前にした。
それに、私の故郷ドレイト領では、ルリビタキという鳥がいて、その鳥は幸運を運んでくるという。
つまり風流な鳥オオルリと幸運を運ぶルリビタキ。
2羽のルリにあやかり、この名をとったというわけだ。
どちらもきれいな青い鳥だから、店のイメージカラーは濃い青色だ。
サリーは私が学校に行っている間は、新人二人にパイとプリンを作れるように指導し、私が帰ってきてからは私と一緒に新商品の試作。
トルトゥリーナと瑠璃のさえずりは、同時に開店し、相互にお客を集めようとの企みなので、互いの店を思わせる新商品を開発中なのだ。
といっても、もう既に店を始めると決めてから、あれこれ試作していたので、ある程度は決まっている。
あとはみんなの反応次第。
サリーだけでなく、ルカも忙しい。
というのも、ラインキーパーと調整パッドはバイロンさんがあっという間に商品登録を済ませ、人材の確保もしてきたからだ。
今ルカは昼の間、新人にラインキーパーと調整パッドを作れるよう指導しつつ、足の幅を測る重要性とか、測り方を教え、さらに夜の空いている時間に木型づくりをしている。
ドレイトで作っていた木型は、ドレイトで育てた職人が使えるように置いてきたのだという。
こっちは店を持たず、オーダー製にするらしい。
工房もおいおい準備するが、まだ実入りの少ない靴事業は、今のところ我が家が工房代わりだ。
4月になり、賃貸として貸していた2階の部屋も契約満了だ。最初から1年で出ていかねばならない可能性も話していたので、入居者の人たちともトラブルにならず、賃貸業を終了した。
現在は、3階は私とサリーが住み、2階がルカとネイトの部屋と工房代わり、1階はバイロンさんの部屋であることは変わりないが、入居者用の応接室と調理場は、テルミスグループの会議室と試作部屋となっている。
言うまでもないことだけど、一番忙しいのはすべての事業に携わっているバイロンさんだ。
だから、何かあるとみんながバイロンさんのいる1階に集まる。
ナオももうすぐ開店する店の相談で来ていたらしい。
「いらっしゃい、ナオ。それが終わったら、開店記念の限定商品食べていって。サリーと私はこれでもう完璧だと思うんだけど、みんなの意見も聞きたいから。バイロンさんも食べてくださいね」
「わかったわ」
「わかりました。サリーに多めに作るよう言ってくれます? それを夕食にしますから」
この発言一つでバイロンさんの多忙ぶりがわかるというものだ。
休んでほしいとは言っている。
けれど、テルミス商会がずっと売りたいと思っていたプリンを取り扱っていることを知って、バイロンさんのやる気はマックスだ。
今まで身にまとっていた優しい、ゆったりした時間はどこへやら、今のバイロンさんはすごいスピードで走り続けている。
それも今までより生き生きと走るのだから、しつこく休んでとも言いづらい。
好きなものには猪突猛進タイプだったのか……意外だ。
「サリーに簡単な食事も作るようお願いしますから、ちゃんと食べてくださいね。ナオも一緒に夕飯食べていって」
ネイトは私の学園の送り迎えをし、下校後はずっと私について回る。バイロンさん曰く、私が学園にいる間は家で訓練漬けらしい。
え? ずっと? 運動音痴な私には考えられないが、ネイトはドレイト領にいた頃はもっとやっていたからと涼しい顔だ。
ナオとバイロンさんの話し合いが終わり、みんなで食事だ。
もちろん、木型を作り始めたら夢中で時間を忘れ、寝食抜きがちなルカも2階から無理やり引っ張ってきた。
みんな忙しいから、手早く食べられるチャーハンをみんなで食べる。
「ルカ、おかわりいる?」
サリーが振り返って聞く。
「食べる。大盛りでよろしく」
「ネイトは?」
チャーハンをかき込みながら、ネイトが必死にうなずく。おかわり前のチャーハンも二人は大盛りだった。
食べ盛りってこういうことか。
「ナオミさん、それだけでいいの?」
二人とは対照的にナオのお皿には少しだけで、それを見たバイロンさんがびっくりしている。
「だって、最後に試食もあるじゃない」
そう言っているが、夜は海街でナリス語を教えているので、夜食を食べるから少なめにしているのだ。つまり何が言いたいかというと、ナオも忙しい。
そんな風にみんなが忙しい中、集まって食事をする。
みんなで食べるのは、とても美味しい。
こうやって、和気あいあいと食事をするとなんだか家族みたいな気がしてくる。
「さぁ、食後のデザート。トルトゥリーナと瑠璃のさえずりの開店記念商品、チーズパイと苺のスムージーですよ」
サクッとするのは、チーズパイ。
瑠璃のさえずりは菓子店だから、基本的に甘い物しか売らない。
けれど、パイは砂糖をかけるだけでなく、チーズをかけたり、シチューにかぶせたり、いろいろ活用法がある。
だから今回は甘くないパイをトルトゥリーナで売る。
花あられと同様、空調の魔法陣の中に入れておけば、売る直前までサクサクのはずだ。
「これいいね。チーズとピミエンタ、あと他にも香草が入っている? 砂糖をかけたパイも美味しかったですけれど、甘くないパイもいいですね」
「このねじった形もなかなかなくていいと思う」
うんうん。なかなか好評だ。
「こっちは、瑠璃のさえずりで? ピンク色で可愛いわ」
ここにいるメンバーはみんな甘麴ミルクを一度は飲んだことがあるから、それに細かくつぶした苺を混ぜたと言えば、すぐに伝わった。
この日の夕食会兼試食会は終わったけれど、開店まではもうわずかでやることは山盛り。
結局、その日以降も毎日のようにみんなで夕食を食べることが習慣になった。
土日の休みの日はここにアルフレッド兄様も加わる。
ルカ、サリー、ネイト、バイロンさん、ナオ、アルフレッド兄様に私。もうこれは大家族だ。
クラティエ帝国に来た時は、ここでこんなにも居心地のいい居場所を見つけることができるなんて思いもしなかった。
イヴが去り、アイリーンも宮殿に行って、一人になったような気がしていたのに。
あぁ、なんか幸せだ。
Sクラスになって、私の毎日は快適だ。
何か文句を言われることも、ぶつかって巨神兵のあだ名が広まることもない。
というのも、昼休みに一緒に昼食を食べようと約束しているナオとデニスさん、同じクラスのイライアス皇子とクリス様、研究所のユリウスさんとジュードさんしか学校ではほとんど会わないからだ。
体術のクラスの時は、他の魔法科の生徒と一緒に受けるのだが、いかんせん私の体力が他の人と比べようになく悪いということで昨年同様、私一人別メニューだ。
社会学は、週に二日になったからとても楽になると思っていた。毎日毎日レポートを出していたのが、週2回になるのだから。
ところがそんな期待の入った予想は完全に裏切られることになる。
去年は毎日レポートを提出していたが、大体1枚に収まる様なレポートだった。多くて2枚だろうか。
それが今年ときたら、週に2回とはいえ、5、6枚にも及ぶレポートなのだ。
全くオルトヴェイン先生は相変わらず容赦がない。
薬草学、魔物学は2学年ではもうないけれど、薬草学の助手は続けている。
魔法の授業が自由参加になったので、薬草学の助手をしていても昨年ほど忙しくない学生生活だ。
2学年が始まって2週間。
待ち望んだ日がやってきた。トルトゥリーナと瑠璃のさえずりの開店日だ。
今日を迎えるまで本当に忙しかった。
開店記念の新商品を開発もしたけれど、それだけではなく、開店時は通常より売れるだろうと商品をせっせと作り、開店のチラシを配ったり、内装や価格の最終確認をしたり……何度見直しても、どこかに穴がありそうで、全員一丸となって、これでもかというほど隅々まで確認した。
今日は休日なので、ナオも私も学園は休みだ。
だから、ナオはトルトゥリーナで、サリーは瑠璃のさえずりで、責任者として一日店に常駐する。
私とバイロンさんは、交代で2店舗を見回る予定。私の担当は、午前は瑠璃のさえずり、午後がトルトゥリーナだ。バイロンさんはその逆で、午前にトルトゥリーナ、午後に瑠璃のさえずりに来る。
「サリー、いよいよね」
私、サリー、新人二人、売り子みんなが店の中央に集まる。
開店前のまだ誰もお客さんが来てない時間にみんなで手分けして清掃し、商品の確認もした。
お金のやり取りも再チェックした。できる準備はもう全部したはずだ。
サリーと新人二人、売り子もみんな揃いの白い制服を着ている。
首元に巻かれた青いスカーフ、青いラインの入ったエプロンが白に映え綺麗だ。
店内も白と青を基調としているので、とても合っている。
「はい。ついにです! お嬢様、いえオーナーから一言お願いします!」
「え、私? こんなことならちゃんと考えておけばよかった」
そう言うと、みんなもふっと笑う。
私も一息吐いて、みんなを見回す。
「みんな、今日までご苦労様です。私にとっては初めての店で、何をどうすればいいかわからないこともあり、みんなにたくさん助けてもらいました。今日この日を迎えられたのは、みんなのおかげ。けれど、今やっと私たちはスタートラインに立ったところ。今日、そしてこれからの毎日が常に新しい一歩を歩むことになります。この先大変なこともあるかもしれませんが、私たちなりに一歩一歩前に進みましょう!」
