──チャーミントン領 ギルバート


 足場の悪いうっそうとした森の中を進む。

 木や草を切り分け進むと、ぽつんと一つの建物が建っていた。

「首尾はどうだ?」

「はっ。こちらは被害者の移送も終わり、クラティエ帝国からの応援も到着済みです。あとは敵がかかるのを待つのみになっています」

 決戦はもうすぐ。きっと大丈夫だろうが、相手はあんな機械を作る奴だ。

 気を抜いては足をすくわれる。

 俺がここを見つけたのは、1年半ほど前だ。

 俺はスタンピードによる領内の復興の目途がつき、魔物たちが通り抜けた跡を遡って原因を調べていた。そして辿りついたのが、隣領のチャーミントン。

 領境に近い森は木々が倒され荒れ放題だったが、それより先はぱったりと跡がなくなっていた。

 原因はわからない。だが、ここら辺一帯で魔物の大量発生があったのではないかと思った。

 周辺を調査して、最初に見つけたのは壁に穴の開いた施設だ。

 こんな山奥に何の施設だろうか? と密かに施設に近づき、中をのぞいた。

 そこで見た光景のおぞましいこと。

 中には、破られた檻、何かの実験道具と思われるもの、そして無事だった数個の檻の中でうごめく幼虫と成体のウォービーズがあった。

 何だここは……。

「ちょっと来てください!」

 部下に呼ばれ、裏手に向かうと不自然に盛られた土の山があった。

 不審に思った部下が一部掘り返すと、出てきたのは3体の死体。

 その死体には一様に鋭いもので刺された跡があり、赤黒く染まっていた。

 それを見て確信する。

 考えたくもないが、ここはウォービーズの飼育、もしくは研究施設だったのだろうと。

 スタンピードがあった年は例年にない数のウォービーズが討伐されていた。ここで飼育されていたウォービーズが抜け出していたとなれば、あの数も納得だ。

 日も暮れ、一時辺境伯領へ戻る。

 施設を調査していた人員以外はさらに周辺を探らせていたのだが、そちらの部隊はもう一つの施設を見つけたという。

 ウォービーズの施設など怪しい施設を見つけたこともあり、俺たちはその施設もしばらく監視することに決めた。

 動きがあったのは、監視し始めて1週間後。1台の荷馬車がやってきたと報告があった。

 報告によると荷馬車には4人の男女と、食料を大量に積んでいるとのこと。護衛の男から小突かれて建物に入ったところを見れば、その4人は好きでここに来たわけではないのだろう。

 そして報告とともに現れたのは一人の少年。この少年はあの荷馬車を追跡していたらしい。

「名は何と言う。なぜあの荷馬車を追っていた?」

「その家紋……辺境伯軍か」

「ほう。それがわかるということは貴族か。ならば学校に行っている歳だろう。どうしてここに?」

「俺はアルフレッド。俺の妹は、五大魔法ではない。スキル狩り対象だ。その妹に嫌みを言っていた奴の父親を王都で見かけた。そいつも、そいつの父親もスキル至上主義だ。そして領地から出てはならないわけではないが、王都へ行くには山越えが必要で、気軽に行ける場所ではないし、行く理由もない。証拠は何もない。何もないが、怪しいと思ったから追ってきた。それだけだ」

 噓は言っていなそうだった。

 そもそも荷馬車を追っている時点で、荷馬車の連中とは無関係なのだろうということは分かった。

 ただアルフレッドと名乗る少年が、なぜこちらを信頼したかはわからないが。

 アルフレッドの話を聞き、あの施設はスキル狩りの被害者収容施設ではないかと思われた。

 誘拐してきたのは、一緒にチャーミントンまで来たというドラステア男爵だろう。

 領主の館へ行き、そこで一度荷馬車の中身を見ていたそうだから、チャーミントン男爵も同罪だな。

 まだ学生だというアルフレッドを王都へ帰し、俺たちは引き続き施設を監視した。

 アルフレッドは優秀なようで、王都へ戻ってドラステア男爵を見かけた地域によく行くようになったようだ。

 その結果、2回ほどチャーミントン領へ向かう荷馬車を目撃している。

 目撃の度に手紙をくれたが、その度に施設に人が送り込まれてきた。

 領主の館も張り込みしているが、その間に荷馬車とともに来た来客はドラステア男爵ではなかった。

 つまり、誘拐犯は複数人いるらしい。

 3ヶ月ほど監視し、護衛の行動パターン、どのタイミングで外部から人が来るのか、連絡役の男はどんな奴で誰なのか調査できたので、先ずは護衛となり代わることにした。

 護衛を捕縛し、代わりの者を護衛として置く。

 被害者たちと接触を図り、やはり彼らがスキル狩りにあった被害者であることが分かった。

 そして、何のために収容されているのかも。

 外から監視している時はわからなかったが、施設には大きな機械があった。

 彼らの話によると、その機械に入れられると自然と魔力を放出してしまうそうだ。

 そして魔力が切れると、次の人が中に入れられ、また魔力が切れると次の人……という風に魔力を搾り取られ続ける。

 部屋の隅には魔力がこもった魔石が山のように置いてあり、彼らの話を聞いて、それが彼らの魔力を使って無理やり充塡した魔石だとわかった。

 彼らは皆どこか体が黒くなっており、聞けば薬を打たれると「入れ」と指示されれば自主的に機械に入ってしまい、その後体が黒くなるのだという。

 俺たちが来て緊張の糸が途切れたのか、皆帰りたいとこぼす中、ひときわ黒い痣のある女は一度も帰りたいとこぼさなかった。

 それが不思議で問い詰めれば、レアというその女は泣いて語った。

 曰く、彼女を信頼するお嬢様の誘拐を手伝ってしまったと。

 薬を打たれ館の外からお嬢様を呼んだこと、つかまって馬車にお嬢様が乗せられたこと、すべて覚えていると。俺はすぐさま裏を取った。

 そこでやってきたのが、またあのアルフレッドという少年だ。

 今度はドレイト男爵からの手紙を手にやってきた。

 それから点と点がつながるようにいろんなことがわかっていった。

 レアが誘拐を手伝ったというのは、ドレイト男爵令嬢だったこと。

 アルフレッドの言う妹も彼女のことで、その彼女は今テルーと名を変え、貴族令嬢から冒険者となってクラティエ帝国に逃げたこと。

 レアは元夫であるタフェット伯爵に薬を打たれると、孤児院を出て、ドラステア男爵と共にテルーの誘拐を手伝った。

 その後は男爵たちと別れ、タフェット伯爵と共に王都の屋敷に戻ったが、薬の使い過ぎでレアの命がわずかだと知ると、この施設に送り込まれたという。

 冒険者のテルー。そうか、貴族令嬢だったのか。

 まさかこんな過去があったなんて。

 ウォービーズもスタンピードも彼女がいたから我が領は守られたのだ。

 次は俺たちが恩返しする番だ。

 それから、魔石を引き取りに来た連絡役にはすでに充塡済みの魔石を渡し、持ってきた空の魔石には辺境伯軍総出で少しずつ充塡した。

 次に渡す分は今まで渡していた魔石の量よりは少ないが、それも計画のうちだ。

 テルーの薬を思い出し、砦村から薬を取り寄せた。一番ひどいレアに服用させると、少しだけ回復した。彼女は確かに誘拐に加担したが、薬のせいだ。

 それどころか、ドレイト領に逃げる前も薬を使われていたというのだから、彼女の人生を思うと本当に回復してよかったと思う。

 被害者たちを機械にかけることはしなかったし、十分な食事を与えたが、まだ犯人たちに気づかれるわけにはいかず、彼らには解放まで随分我慢してもらった。

 連絡役の男を捕縛し、なり代わりができてからは、少しずつ辺境伯領へ逃がした。

 辺境伯領では、テルーが新たに作ってくれた薬で今彼らの治療をしている。

 そして今日。

「これで壊れてなかったら、ただじゃおかないぞ。さっさと機械のところまで案内しろ!」

 敵がかかった。

「ここも問題ないな。おい、そこのお前魔力を持って来い。聞いているのか!」

「魔力なんて名前の人間はここにはいませんよ。スキル狩りの目的はやはり魔力ですか? タフェット伯爵」

 タフェット伯爵が連れてきた付与魔法使いもすでに取り押さえ、伯爵自身の周りも取り囲んでいる。もう逃げられない。

「クックック。ハメられたのか? 俺は」

 ようやくタフェット伯爵も事態が吞み込めたようだ。

 それから伯爵が話すことは、予想はしていたものの聞いていて気分の良いものではなかった。

 魔導具を作るには、もちろん魔力が必要だ。

 その魔力を補うために、タフェット伯爵は研究を重ね、魔力を吸い取る機械を作った。

 機械ができてからは、魔力源となる人間をさらうことを思いつく。

 相手が火、水、風、地のスキル持ちだと反撃されて厄介であるし、聖魔法なら教会と世間を敵に回してしまう。そこで攻撃魔法の使えない五大魔法以外の人を狙い、さらに念には念を入れて、反撃できないような薬も作ったという。

「スキル至上主義のこの国で、誘拐するのは簡単だったよ。使えない奴らは魔力源として使えると教えたら、スキル至上主義の奴らは喜んで誘拐してきた。アレにも有効活用法があったのかってね」

 言っていることは、本当に最悪で聞きたくもないが……何か、おかしい。

 圧倒的に不利な状況なはずなのに、なぜこの男はこんなに余裕なのだ? ペラペラと話し過ぎる。

 ポロンと伯爵の手から何か出てきた。

 しまった! と思った時にはすでに部屋が火の海になっていた。

 続いて、ドンと大きな音が鳴り、壁に大きな穴が開く。伯爵は手持ちの魔導具を使って壁に穴を開け脱出したようだ。

 くそっ! やられた。

 施設の周りはクラティエ帝国の騎士が取り囲んでいる。

 だから万が一にも逃げられることはないと思うが……アルフレッド、やりすぎるなよ。


 ──チャーミントン領 タフェット


 はあっ、はぁっ。

 くそっ! やられた。いつの間に気づかれた!?

 スタンピードだかなんだか知らないが、それにビビってあのバカ王子が武器を増産しろなんていうから、こっちにまで気を回せなかった。

 あのバカ王子め。一つの魔導具を作るのに、どれだけ魔力使うと思ってんだ。

 俺の魔石製造機がなきゃ、武器なんて夢のまた夢だってわかってんのか、馬鹿野郎。

 だから焦って、しくじっちまった。

 少し前から魔石の納入が少なくなったと思ったら、その後ぱったり納入されなくなり、機械が壊れたと言ってきた。

 アレを作ったのは俺だ。

 俺以外直せる奴などいるわけがない。

 魔石納入量が減っていたこともあり、今あの機械が壊れたら壊滅的に魔力が足りない。

 今までは間に何人も連絡役を置いて、俺自身の関与がバレないようにしていたが……しくじった。

 機械の故障云々は俺をおびき出すためか。

 念のため、あのバカ王子に言われて開発した魔導武器を持ってきていたのは正解だったな。

 ザッ。

 不意に男が出てきた。追手かと思ったが、男と言っても若造がたったの一人。

 学校を卒業したばかりだろうか。俺は魔導武器を持っているし、問題ない。

「お前がタフェットだな」

「伯爵だ。口の利き方に気をつけろ」

「罪人に何故敬意をはらう必要が?」

 つまりあいつは……敵だな。

 突然若造は、剣を地面に突き刺した。

「何の真似だ?」

「生け捕りを命じられている。剣を使ったらお前を殺してしまいそうだから」

 ぶちっ。頭で何かがキレた。

 なんだと? こんな若造に手加減してもらわなきゃならねえってか?

 俺は魔力を込めて魔導具を投げつける。何かに当たると一気に炎が辺りを焼き尽くす魔導具だ。

 ぶわっと炎が立ち昇り、火の粉が舞い、熱風がふく。

 ムカつく若造のトドメは刺したいが、今はそれどころじゃない。本格的に追っ手が来る前に逃げなければ。くるりと方向を変え、逃げようとしたその時。

水滝ウオーターフオール

 大量の水が流れ落ち、あっという間に炎を消した。

 少しみくびっていたようだ。あの若造……魔力には恵まれているらしい。

 だが、あの規模の炎を消したのだ。若造だって魔力消費が大きかろう。

 それに比べて私は魔導具を起動させるほんの少しの魔力だけ。

 まだこちらが有利だ。

「はははは! お前のスキルは水か。ならば、水の攻撃の方がいいだろう。存外同じスキル同士は戦いにくいのだ!」

 俺はジャケット裏に携帯していた筒状の魔導具を取り出す。

 この筒からは高圧の水が出る。水と侮るなかれ、圧をかけた水は木をも貫通する。

 勢いよく出た水が辺りの木々を払う。

 あの若造はちょこまかちょこまか動いて、逃げの一手だ。

 こちらは一歩も動くことなく攻撃できるのだから、笑いが出そうになる。

 さて、あの若造はいつまで持つかな?

 突如若造が立ち止まった。

 諦めの早い奴。

消える水バニツシユウオーター

 奴が唱えると同時に高圧の水はどんどん減り……そして、消えた。

 ばかな! 消えるなどあり得ない!

 どういうことだ!?

 こうなりゃ、全部使い果たしても若造コイツを倒さねば。

 火、水、風、地あらゆる攻撃魔法の武器を使ったが、火は水で消され、土の弾を飛ばせば風で押し返され、水や風の攻撃は途中で消えた。

 どういうことだ? 若造アイツも何か魔導具を? いや、それはない。

 トリフォニア王国の魔導具は俺の管理下で生産している。

 俺の知らない魔導具なんてないはずだ。

 俺が繰り出す攻撃を全て無効化しながら、若造はどんどん近づいてくる。

 もう魔導具が効かないのはわかっている。

 何か……何かないか! もう為す術なしなのか?

 俺と若造の距離はもうわずか。若造が拳を振りかぶる。

 な、何か……。

「す、すごいじゃないか! 君ほどの魔法使いなら、俺が殿下に掛け合っていい役職を用意してやろう」

 お? 拳が止まったぞ。脈ありか?

 最後の最後に言った言葉が効いたようだ。これはいけるぞ。

「俺と殿下は切っても切れない関係でね。あの施設だって殿下のお墨付きだ。役立たずを有効利用できて喜んでいらっしゃる。俺が口利きすれば……」

「だまれ。氷短剣アイスダガー。お前など殴る価値もない」

 いつの間にか俺は、氷の剣で地面にはりつけ状態になっていた。

 辺りを見回すと、俺が木々を薙ぎ払った奥に何人もの騎士がいた。

 あぁ、若造がちょこまか逃げていたのは、「手を出すな」という仲間への警告か。

 なんだ、最初から負けじゃないか。


 ──チャーミントン領 アルフレッド


「アルフレッド、助かった。でも、一発も殴らなくてよかったのか?」

 タフェット伯爵との戦いの後ギルバート様がやってきて聞く。

「そのつもりだった。だがあれは殴る価値すらない奴だ。まぁ、こんな奴のせいでテルミスは逃げなきゃならなかったと思うと、未だにむかつくけど」

 少し噓をついた。本当は殴るだけじゃなく、文句を言って、痛めつけてやるつもりだった。何なら殺してもいいと思っていた。だが戦って分かった。あんなの殴る価値もないと。

 それに……テルミスを見ていると思う。テルミスはこんな奴らのことを少しも気にしていない。

 もちろん親兄弟に会えなくて寂しい気持ちはあるんだろうが、スキル狩りの首謀者を引き摺り出そうとか、復讐してやろうとか、そんな気持ちは全くないんだ。

 それは、テルミスが優しいとかそういうことじゃない。

 ただそんな奴らのこと気にもせず前を向いているだけだ。

 それに何よりしいだろ?

 そうやって前向いて頑張ってきた結果、タフェットなんて目じゃないくらい今のテルミスは強いのだから。役立たずと、魔力源にしかならないと思っていたライブラリアンに負ける気持ちってどんなものなんだろうな。

 これは確信を持って言えるんだが、今日タフェットが使った魔導具は、恐らくテルミスは簡単に作り出すことができるだろう。いや、それ以上の物を作れると思う。

 そして、あの魔導具を使って対戦しても完膚なきまでにやっつけるだろうよ。

 そう思ったら、俺も殴る気力も無くなってしまった。

 もうこんな奴どうでもいいかな? と。

「報告します! チャーミントン伯爵捕縛完了。館から帳簿も見つけました。実行犯は概ね事前調査で判明していた者ばかりです」

「ご苦労。町の者たちには気づかれていないか? よし、じゃあそのまま何事もなかったように。チャーミントン、タフェットの捕縛が外に伝わる前に全員捕まえるぞ」

「はっ!」

 ギルバート様たち辺境伯軍はこれからその帳簿を基に実行犯の捕縛だ。

 俺を含めクラティエ帝国部隊は、そのまま王都へ向かう。決戦は王都だ。

 まぁ王都はベルン様もマリウスもいるから帝国軍の出番などなさそうだが。

「なぁ、もう一つ聞いていいか? 何故お前は最初から辺境伯を信用した?」

「あまり理由はないよ。俺の恩人が辺境伯を信用していた。ただそれだけさ」


 ──王都 反乱軍


 王都中央の時計台。

「報告します! ハリスン殿下、チャーミントン男爵令嬢学校入りしました」

「ご苦労。予定通りだな。ではそっちは若者たちに任せ、我々も動くか。鐘を鳴らせ」


 ──王都 門番たち


 ゴーン、ゴーン、ゴーン。

 三つの鐘の音が鳴り響くと、その日王都は混乱に陥った。

 その日北門についていたのは新人と二人のベテランだった。一人のベテランが言った。

「そんなかじり付いて見ていたってそうそう敵なんかこねぇよ」

 もう一人が笑う。

「そりゃ違いねぇが、新人に楽を覚えさすなよ。基本は大事だ。面倒だけど、ちゃんと見ろよ」

「はいっ!」と元気よく返事した生真面目な新人は門の外を見て凍りついた。

 鮮やかな青の生地にメンティア侯爵家の家紋の入った旗。

 一目でどこの所属かわかる旗を掲げ持ち、森から出てくる軍勢。

 まさか……。

「せ、せんぱい? あ、あれ……敵ですよね?」

「あ? 何を言って……」

 門の外を見やり、笑い飛ばそうとしたベテラン門番の言葉が途切れた。

 そして……弾かれたように叫ぶ。

「も、門を閉めろー! 敵襲ー! 敵襲だー!」

「なにぃ? 報告しろ!」と上司が奥から飛んでくる。

「はっ! 敵はメンティア侯爵家の家紋を掲げています。軍勢は……」

 言い終わる前に、走り込んできた東門の門番が大声を張り上げた。

「東門より救援要請です! 10以上の貴族家が旗を掲げ、東門前に詰めています。どうか!」

「悪いが、こっちもメンティア侯爵家が押し寄せてきている。南か西に頼め!」

「無、無理です! 南はウルティマ公爵家の軍勢で手いっぱいで……」

 くそっ! そうなれば、西もか? そう思ったときまた一人伝令が走ってきた。

「報告します。西から辺境伯軍です!」

 やっぱりか。

 囲まれた!


 ──王都 王宮前


 ダン、ダダンダダン、ドンドンドンドン。

 太鼓と足を打ち鳴らす音が王都を囲む中、王宮の前にもずらりと屈強な男たちが並んでいる。

 一人の男が前に出て宣言する。


 我が名はトレヴァー・メンティア。

 我々は国の最高法規を平然と無視し、国を混乱に陥れた逆賊ハリスンに、その蛮行の責を問うこともなく、事態を終息させることもできぬ国王に王たる器なしと退位を迫るものである!

 現在明らかになっているハリスンの罪は二つ!

 一つ! 王命で結ばれた婚約を勝手に破棄し、婚約者アイリーン・メンティア侯爵令嬢を議会の承認や裁判など何らかの法的措置をとることもなく、追放し、殺害を指示していたこと。

 二つ! 王都を震撼させたスキル狩りの犯人、動機、誘拐先を知っていながら黙認、奨励したこと。スキル狩りに乗じ、その他の犯罪も増え、王都およびその周辺の領地も治安は悪化。

 国内から優秀な人材の流出はとどまることを知らず、王宮も汚職が蔓延はびこる事態。国家転覆と言っても過言でないこの状況を作り出したハリスンを国王は野放しにしている!

 今他国より攻められれば、王国はひとたまりもない。王国の民の命、生活、尊厳をかけて、我々は無能な国王に退位を求め、早急にこの王国を立て直さねばならない!

 王都を囲む四方の門も封鎖している。大人しく王が出てくるなら、他には手をかけぬ。だが抵抗するなら、こちらも徹底抗戦の構えだ!


 その声は、誰に遮られることもなく、皆に届いた。

 その衝撃たるや。

 侯爵令嬢の追放は知っていたが、まさかスキル狩りまで王子の仕業だったとは!

 その声明は声が届かなかった遠くまで、人から人へでんした。

 隠れながら成り行きを見守っていた王都の民の一人が叫ぶ。

「王を出せ! ハリスンを許すな!!

 それをきっかけに王族への反感が噴出。

「俺の妹を返せ!」

「父さんを返せ!」

「俺たちはお前らの道具じゃないんだ!」

 民の声は膨れ上がり、大きくなるも、未だ国王は出て来ない。

 一歩、また一歩と反乱軍が門に近づく。

 誰も止めることがないまま、反乱軍は門をくぐった。


 ──王宮内 王国副騎士団長


 国王派の副騎士団長は忠義心の強い騎士を集め、王の間の前で反乱軍を待ち構えた。

 高潔だった騎士たちは、汚職にまみれ正当な評価がされないことに、人の命を軽く見る上層部の命令に嫌気がさしたのか、皆辞めていった。

 反乱軍の宣言を聞き、職務放棄をする騎士もおり、この場を守る騎士の数は多くない。

 だが、それでいいと思った。

 中途半端な忠義では、いざという時寝返り、逆に王を危険にさらしてしまうからだ。

 ここにいるのは骨の髄まで王に忠義を誓った者ばかり。

 己が死んでも王を守るという覚悟のある者ばかり。

 俺には、ハリスン殿下が良いか悪いかなんてわからない。でも、わからなくたっていい。

 俺は、王を守る。

 騎士になった時に国家への忠誠を誓っている。

 王がどんな奴か、王子がどんな奴かなんて、そんなことは関係ない。

 俺は王を守る! ただそれだけだ。

「メンティア侯爵、貴方を通すわけにはいきません」

「力ずくでも我らは通る」

「では、こちらも力ずくでも止めて見せます!」

 キィン。

 振りかぶった剣は、メンティア侯爵に止められた。その一振りが合図になった。

 騎士たちと反乱軍が衝突する。くそっ! やはり数が足りない。

「よそ見していていいのか?」

 気づけば、メンティア侯爵が近くまで来ていた。

 侯爵もなかなかやるが、こっちは日夜訓練に明け暮れ、戦い、守ることをなりわいとしている。

 負けるわけがない。負けるわけにはいかない!

 メンティア侯爵が剣を振る。甘い! すんでの所で剣先をかわした……はずだった。

 ぐはっ。どういうことだ?

 確実にかわしたはずなのに。剣が……伸びた?

「単純な剣技、攻撃魔法でただの侯爵が現役騎士に勝てるわけがなかろう。もちろん対策を考えているに決まっている。我が家に伝わる宝剣風神の切れ味はどうだ?」

 風神! 斬撃が飛ぶというあの伝説の?

 そんなものが本当にあるのか。

 だが、まだだ。俺はまだまだ戦える!

火壁フアイアーウオールヴイエント

 そう思った瞬間、突如眼前に火の壁が立ちふさがった。

 しかもただの壁ではない。

 壁の向こうで風が吹いているのか、火は2階建ての高さまで燃え上がり、時折こちら側へ火を吐き、火の粉を舞い散らせている。

 この場を離れようと後ろを振り向けば、己が率いていた騎士たち、そしてその奥には燃え盛る火の壁があった。

 ようやく周囲を見渡せば、己の前にだけあると思っていた火の壁は、騎士たちをぐるりと取り巻く火の囲いだった。

 ばかな。こんな大規模な魔法。

 いったい誰が……!

「副騎士団長! 私の水魔法では到底太刀打ちできません!」

 水のスキルを持つ隊員が叫ぶ。

 くそっ。死んでも守ると誓ったのに、俺らは戦うことも叶わないのか。

「娘の魔法に勝てるわけがないだろう」

 壁の向こうからそんな声が聞こえた気がした。


 ──王の間 トリフォニア国王


 ノックもなしに、ドアが開く。

「何者か!」

 部屋に控える騎士団長が剣を抜いた。

「我が名はトレヴァー・メンティア。宣言通り退位を求めに来た」

 そうか。こうなってしまってはもう仕方ない。

 騎士団長に剣を収めさせ、問う。

「メンティア侯爵。隣はドレイト男爵か。久しいな。忠義のドレイト。貴君もそちら側なのか」

 ドレイト領は、先の戦争で多くの貴族が出兵を渋る中、国を守るためいち早く兵を出し、敵を退けた。その武功は、男爵位で済まないほどだ。

 であるのに、爵位を上げたくてやったわけではないとしようしやくも受けなかった。

 それは戦争が終わってからもそうで、いつだってドレイトは国のために働いてくれていた。

 それほどの忠義者が反乱側につくとは。

「我らの忠義は国にあります。その国が誤った方向に行くというのであれば、正すのも臣下の務め。今回殿下は法にのっとらず、独断で人々の命、暮らしをおびやかしました。到底許されるべきことではありません」

「そうか。侯爵、スキル狩り関与の証拠はあるのか」

 退位を迫る根拠は、アイリーン嬢の追放とスキル狩りの奨励だったか。

 アイリーン嬢に冤罪を擦り付け、追放し、その後殺害しようとしていたことは、王家の調査でもわかっている。

 ただ、スキル狩りは初耳だった。

 さすがにこれにも関与していては、お咎めなしということにはできない。

「チャーミントン領にて、すでに誘拐された被害者を発見、保護している。被害者たちは、無理やり魔力を搾り取られ、それをタフェット伯爵が魔導具に使っていたようだ。ハリスンはそれを知りながら、魔力消費の大きい魔導武器を製造させている。タフェット伯爵、チャーミントン男爵の供述も、ハリスンがタフェット伯爵宛てに送ったとされる指示書も押収している」

 証拠もあるのか。やっかいだな。

「アイリーン嬢には、本当に悪いことをしたと思っている。すまなかった。だがアレは、たった一人の王子だ。アレを罰すれば、次代の王がいなくなる。仕方なかったのだ」

 がちゃり。

 そこに入ってきたのは、学生に連れられたハリスンとチャーミントン男爵令嬢だった。

 二人は罪人のように縄で縛られしようすいしている。

 今日は学校の卒業パーティに主賓として参加していたはずだ。

 縄にくくられているということは、騒ぎを聞きつけてきたのではなく、学校で捕縛されたようだ。

「父上、お助けください! 不敬にもこの者たちが!」

 縄の届く限りこちらに駆け寄り懇願するハリスンに対し、チャーミントン男爵令嬢は髪を振り乱しわめく。

「私たちは悪くないわ! 愛し合う二人を邪魔するあの女が悪いのよ! スキル狩りの被害者だって、社会のゴミじゃない! 私たちが有効活用してあげたのよ。感謝してほしいくらいだわ!」

「父上! 学生は皆、こいつらに洗脳されているのです! 私たちが有効活用したことで、夢の魔導武器だって手に入れられると説明しているというのに、誰一人感謝しないのですから」

 なん……だと?

 学生たちのいる場で、スキル狩り関与を認めたのか。

「馬鹿者が……。侯爵、男爵。要求を吞もう」


 ──トリフォニア王国某所 トリフォニア元国王


 退位後、クラティエ帝国第三皇子オスニエル殿下とアイリーン嬢が新たな王と王妃としてやってきた。

 その熱烈な歓迎ぶり。またたった一日で、一人の死者も出すことなく終結した反乱。

 それで私はようやく民の声を知った。

 私はちつきよ生活の中で考える。

 蟄居前にドレイト男爵が言ったのだ。

 何が優れたスキルたらしめるのか……と。

 そんな答えなど決まっている。もちろん強さだ。

 だが、返答する前に男爵が続ける。

 戦争している時、平和な時、災害の時……常に変わりゆく時代の中で普遍的に優れたと言えるものは、何なのだろうかと。

 私は答えられなかった。

 そして同時に思う。

 何が王たらしめるのかと。

 以前は血筋だと思っていたが、もはやそれは覆された。

 だから私は考える。

 王とは何だ。スキルとは何だ。

 幸い時間はたっぷりある。