普段週末はアルフレッド兄様と魔法の訓練をしているが、ここ最近はお休みだ。
アルフレッド兄様は騎士団の中でも強いらしく、入団したばかりだというのに、騎士団の受付のお姉さん曰く「若手のホープ」と目されているらしい。
だからなのか今回長期遠征に行く人員に入っており、少し前にアルフレッド兄様は出発してしまった。どこに行って、何をするのかは守秘義務で聞いていないが、アルフレッド兄様は実力を認められているようで嬉しいと喜んでいた。
喜んでいた兄様を前に暗い顔は見せられず、「よかったね。気をつけて行ってきてね」と言ったけれど、内心すごく心配だ。
怪我はしていないか、病気になっていないだろうかとふとした瞬間に不安が押し寄せてくる。
父様や母様、兄様たちも、私がクラティエ帝国へ逃げている間こんな気持ちでいたのだろうか。
待つことしかできない身はつらいのだと初めて知った。
アルフレッド兄様が遠征に行ってから、私はいつも以上に勉強に力を入れている。
今読んでいるのは、『世界を変えた魔導具』だ。鑑定スキルの人が薬の鑑定魔導具を作ったと聞き、興味が湧き、勉強している。
それに何より集中していると、不安も一瞬忘れるからいいなと思う。
不安なことだけでなく、楽しかったこともある。
なんとトリフォニア王国からマティス母様が専属たちを連れて来てくれたのだ。
私が家を離れてから、専属のサリーとルカは今まで通り料理や靴づくりの修行をしつつ、ナリス語も勉強し、さらにドレイト領で自分たちの代わりとなる人材育成もしてきた。
それがようやく一段落したらしい。これからはこのクラティエ帝国で暮らすことになる。
ちなみに母様の付き人としてメリンダも来てくれた。
もちろんそれは
数ヶ月したら冬の社交が始まるので、母様とメリンダはそれまでに帰らねばならないが、もともと家を出た時にはもう父様とも母様とも、誰とも会えなくなるものだと思っていたから、とても嬉しい。
そしてもう一人。ネイトも私の護衛になるために来たという。え? 護衛?
私の頭の中は疑問がいっぱいだったが、母様が「さぁ、時間は有限。早速試食と近況報告から始めるわよ」と言うので、ついて早々試食会となった。
屋台の時いろいろと意見をもらっていたからバイロンさんも一緒に呼んだ。
それがまさかこんな展開になるとは。
「こ、これは! テルーちゃん、これ、プリンじゃない? え? 僕が食べたのと色が違う。これ本当に食べていいのかい? うん、美味い! え? でも、どうしてここに?」
大興奮のバイロンさんを
あちこち回って、やっと実食できたものの入手先を特定する前に資金が足りなくなり、一度戻ってきている途中で私たちに会ったらしい。
今ももう一度トリフォニア王国へ行くために資金を貯めている最中だったという。
私がそのプリンを売っているテルミス商会のオーナーと言えば、驚き、
「テルーちゃんがオーナーだったのか……。そうだよね。商会持っているって言っていたもんね。あぁ~あの時、何を売っているか聞いておけば! テルーちゃん、俺にこのプリン売らせてくれないかな? プリンに出合って、本当にこれを売りたいって思ったんだ。お願いします!」
母様は父様からバイロンさんのことを聞いていて、もともとこちらに引き込もうと思っていたようで、トントン拍子で話が進み、バイロンさんはテルミス商会の帝都支部長になった。
ちなみにパイはサクサクで完璧に再現できていた。
最初は砂糖を振りかけただけのパイで始めるが、その後従業員も増えたらアップルパイとかカラバッサのパイとかできるといいな。店で売るわけではないが、パイシチューも食べたい。
驚いたことにルカは、私の不在の間に冒険者にもなっていた。
なぜ? と思って問えば、すべては私が言った調整パッドのせいだった。
最初は木や土でパッドを作ったらしいが、もちろん木や土は堅い。
綿でも作ってみたが、すぐにヘタってしまう。私の要望は、柔らかい素材で、靴にくっつくことだ。それで、仕方なく自ら近くの森へ入り、いろんな素材を採集して実験して作ったらしい。
結果、綿にスライムを溶かしたものを練りこみ、ラーナと呼ばれる木の樹液を塗った布で包むことで完成したのだとか。
ラーナの樹液に至るまでも、並々ならぬ苦労があったようだ。
ただの布だと時間とともにスライムが滲み出してしまうし、他の素材を使ってもどうしてもスライムが滲み出てしまう。その上滲み出たスライムによって布も硬くなり実用化に耐えない。
やっと出合ったラーナは、塗ることで防水の膜が張り、それでいて布自体の動きも阻害しない最高の素材なのだとルカが熱弁をふるっていた。
ルカ、大変なことを言いつけてごめんね。道理で強そうになっていると思った。
「お母様。私からも紹介したい物があります。シャンギーラという国の商品を使って作りました。お菓子の後で申し訳ないのですが、食べてくれませんか?」
みんなに甘麴ミルクを振る舞いつつ、2種類の肉を取り出して、焼く。
「これは普通のお肉。こっちは私が作った調味料に漬け込んだお肉です。比較しやすいように、味付けは同じように塩とピミエンタだけにしますね」
こういう時、この大きくて開放的な調理場は便利だ。
「どうぞ、食べてみて。まずは普通のお肉から」
みんながもぐもぐ食べている。食べ終わったところでもう一種類の肉を出す。
一口食べた瞬間、みんなの目が輝く。
「美味しい。それに柔らかいわ」
私が作ったのは、塩麴。麴があるなら、絶対作らなきゃ損な調味料だ。
母様も、バイロンさんも、サリーも食いつきがよく、作り方や素材、使用方法などを話すとすぐ売り出すことが決まった。
母様は塩麴のつくり方が煩雑でないことから、フロアワイパーの時のように特許だけ得て、ロイヤリティで稼ぐのがいいと考えているようだ。
「人を雇って拡大することもできますが、菓子、靴とすでに2事業抱えていますから、そちらの2事業で人を育てる方が急務です。奥様の言う通りこちらは別の人にお願いするのが良いと思います」
新たに帝都支部長になったバイロンさんもそう言って母様に同意する。
それなら……。
それならば、海街の人にお願いしたい。元々塩麴は海街の物で作ったのだから。
そう言うとバイロンさんがにっこり笑った。
「そうだね。ナオミさんに相談してみよう。きっと大丈夫だよ」
以前ナオにシャンギーラの商品を売りたいと言って断られた時のことを言っているのだろう。
少しでも海街のためになるといいなと思う。
母様が言った通り、時間はあっという間に過ぎ去った。
母様はバイロンさんと今後取引しそうな貴族やギルドへ挨拶回りに行ったし、専属二人とネイトは仕事や生活に必要なものを揃えるため、町に出ている。
平日私は学園があるしで、それぞれが忙しく、なかなかゆっくりできる時がなかった。
母様たちが帰る前になんとか海街を案内できたくらいだ。せっかく来てくれたのに、母様たちは仕事漬けだった。
それでも朝と夜の食事は一緒にできたし、夜寝る前には母様と話ができた。
母様が泊まっている部屋で学園の授業の話や屋台をした時の話、アルフレッド兄様が遠征に行っている話をすると、母様は「テルミスは十分よく頑張っているわ」「大丈夫よ」と言って、まるで小さな子にでもするように抱きしめて背中をトントンと叩いた。
「もう子供じゃないんですから」と言ったけれど、アルフレッド兄様が遠征に行ってしまって、ここのところ不安だった気持ちがふっと軽くなった気がした。
そして、帰国が近づいたある日。
私はようやく庭でネロと遊んでいるネイトを捕まえた。
ネイトに聞きたいことがあったのだ。
私は最低スキルのライブラリアンで、今の私は平民だ。仕える価値があるわけではない。
その上、慣れ親しんだドレイト領を離れなければならないというデメリットまである。
それなのに何故……、何故護衛になんてなったの?
再会した時からずっとその疑問が頭の中を渦巻いていたが、来てくれたことが嬉しくてなかなか言い出せなかった。けれど、もうすぐ母様たちは帰る。
はっきりさせなければ。いつまでもうやむやにしていいわけじゃない。
「ネイト! ねぇ、護衛ってどういうこと?」
ネロは私の言葉に何かを感じたのかネイトの腕からぴょんと飛び降りて家の中へ帰っていった。
こっちは申し訳なさやなんやらで聞くのを
「ほら、お前一人じゃ危ないだろう? お前は鈍くさいし。だからお前が旅立つときも本当に俺は一緒に行くつもりだったんだよ。あの時も帝都についていくって言ったの覚えていないか?」
ドレイト領を離れる時の記憶が戻ってくる。
確かに、ドレイト領を去るときネイトも一緒に行くと言ってくれた。でも危ない旅に連れてはいけないと私が断った。もう誰かが傷つくのは嫌だったし、ネイトはまだ子供だったからだ。
「あの時、お前と一緒にいた美人の冒険者に言われたんだよ。『守りたかったら守れるほどの強さを持ちなさい。次のチャンスは摑めるように』ってな。それでマリウス様に頼み込んだんだ。だから今はちゃんとお前を守れる。心配すんな」
美人の冒険者……イヴか。あの時そんなことを言っていたんだ。
そしてマリウス兄様に頼んだ話を詳しく聞けば、私が旅立った後マリウス兄様は時折孤児院に行っていたようで、そこでネイトがどうしたら強くなれるかと聞いたらしい。
それでマリウス兄様はゼポット様に1ヶ月ネイトを預け、見込みがあるなら騎士見習いになれるよう便宜を図った。多分命を懸けて私を守ってくれたお礼でもあったのだと思う。
ネイトは見事騎士見習いになり、それから私の護衛になるため必死に訓練してきた。
「どうして……?」
気がついたら声に出して聞いていた。
「どうして来たの? あんなに危ない目にあったのに! ドレイト領に帰れるかどうかもわからないのよ。どうしてわざわざ私の所まで……」
「わかっているよ。でもお前は覚えていないか? ルークと一緒に誓っただろ?」
そう言ってスッと手を胸に当てる。
ドキン。
やめて。
やめて。やめて。やめて。
「命に替えてもあなたを守る。我が名にかけて」
やめてよ……。
誘拐事件の前にもネイトとルークは私にこうやって物語の真似ごとで騎士の誓いをしてくれた。
あの時は冗談だった。おふざけにも似たようなことだった。
でも私はもう知っている。ネイトは本当に命を懸ける。
あの時、誘拐されかけたあの時、ネイトもルークも何度倒れても身を挺して守ってくれた。
