アルフレッド兄様と私は、護衛たちと一緒に帝都に帰る。

「アルフレッド兄様、なぜクラティエ帝国に残っているのですか?」

「妹が心配で残った……ではダメかな?」

 ダメかな? と言う時点で、きっと違う理由なのだろう。

 ではなぜ? と思い、じっと兄様を見つめる。

 根負けしたアルフレッド兄様がため息をついて話すには、兄様はもともとクラティエ帝国出身なのだそうだ。ニールさんの所に住んでいたこともあるという。

 それを聞いてアルフレッド兄様のことを何も知らなかったのだと思い至る。

 領内一の強さで、マリウス兄様の友達で、魔力操作が上手で、マリウス兄様や私を本当の兄弟のように大事にしてくれること以外何一つ知らない。

 クラティエ帝国出身であることすら知らなかった。

 アルフレッド兄様の雰囲気から多分この話はこれで終わりだ。でもいつか話してくれると嬉しいと思う。

「これからはずっとクラティエ帝国にいるの?」と聞かなかったのは、せっかく薄れた寂しさが戻ってきそうな気がしたからだ。「すぐに帰る」という答えを聞きたくなかった。


 帝都に帰ってきた。建国祭まであと少しだ。

 バイロンさんとナオと最終確認をしつつ、我が家の1階の共同の調理場と応接室を使って、串餅の仕込みをする。

 後はタレを塗って焼くだけの状態まで準備だ。

 花あられはすでに空調の魔法陣を付与した大きな甕のような瓶に入れてあり準備万端だ。

 空調の魔法陣のおかげでしけらないから、早くから生産できたのが良かった。

 ナオがデザインした亀に乗る女の子の絵が描かれた器ももう出来上がっている。

 ちょっと苦戦したのはお土産用の瓶詰だ。

 事前に作りたい。けれど、早くに作り過ぎたらしけりそうだ。

 空調の魔法陣を付与することも考えたが、誰の手に渡るかわからないものに魔法陣を付与するリスクを考えてやめた。

 単純に今どき魔法陣なんてと馬鹿にされるのが嫌だったというのもある。ちょっとだけね。

 というわけで薬づくりが終わってからは、あれこれ本を読みあさって別の方法を探す。

 それで、見つけた本が『消失魔法』だ。

 この本は面白かった。

 簡単に言えば、魔法を使って火や水を出すことができるなら、逆に火や水を消すこともできるのでは? というのだ。

 例えばろうそくの火を消そうとする。

 もちろん水魔法で火に水をかけたり、風魔法で火を吹き消したりすることはできるけれど、そうではない。

 同じ火魔法をろうそくに灯る火に対してかける。そしてその火をどんどん内側に、内側にこもるように縮小させる。これ以上縮小できないところまでくると、火は分解され、失われるのだそうだ。

 これには、目から鱗だった。

 ずっと私は何かを作り出すために魔法を使っていた。それなのに消すための魔法だなんて。

 早速本に載っていたように、ろうそくの灯りで練習する。

 ろうそくに灯る火に向かって、火魔法をかけ、自分の魔力を魔力の器に閉じ込めた時のように、意識してぐっぐっと内側に押し込めていく。

 初めてやってみた消失魔法は、やはり初めてだから今までと勝手が違い、消費する魔力がとても大きく、10分もしたらくたくたになってしまった。

 しかも、小指の爪ほどの大きさにまではなったけれど、ついに集中力が切れてまたもとの大きさまで戻ってしまったので、消失できていない。

 失敗だ。

 疲れたので甘麴ミルクを飲んで、練習を終わる。

 今はメリンダがいないから、倒れたら最悪の場合孤独死だ。だから魔法の練習は慎重に。

 翌日からは、練習するのにろうそくの火は対象が大きすぎると判断し、一滴の水で挑戦する。

 昨日の感じだとゆっくり魔法をかけるより、一気に力業で押し切ったほうが良いのかもしれない。

 そう思った私は、水滴に水魔法を強めにかける。

 みるみる小さくなっていった水滴は、最後にぐっと力を籠めるとパンと弾けて消えた。

 その後は土魔法でも練習し、できるようになったら、水の量、土の量を増やして練習した。

 だんだんコツがわかってきて、一度に使う魔力も最初の頃よりかからなくなった。

 ろうそくの火にも再挑戦するとできるようになった。

 窓から入ってくる風に風魔法をぶつけると、一瞬無風になった。勿論風はずっと入ってきているから、私が風魔法をぶつけるのをやめた途端に再び部屋に風が入ってくる。

 だいぶものにした私は、お土産用の花あられの瓶の中から水分を抜こうと考えた。

 瓶に花あられを入れ、蓋を閉める。水魔法をかけようとするが、ここで問題が起きる。

 見えない対象にどうやってかければいいのだろう?

 これはかなり難航して、瓶の中の花あられを水浸しにしてしまうこともあった。

 空気中にある水の粒を想像してみてもダメだった。目に見えないもの……どうしよう。

 あーでもない、こーでもないと悩むこと三日。唐突に思いついた。

 魔法をかける範囲は瓶の中と決まっている。

 だから魔法をかけたあと、目で見るのではなく、魔力感知を使って魔法がかかった対象を認識できないかと。

アグア

 そのまま目を閉じ、魔力感知を展開。

 最初は何も感じなかったけれど、もっともっと意識を集中させると瓶の中がぼんやり薄靄のように光っていた。

 これだ。

 でも私は知っている。この靄……つまり湿気は、もっともっと小さな水の粒の集まりだということ。もっともっともっと集中する。靄みたいなのが点描のように見えてきた。

 点もどんどん小さくなり、目は開けていないのに目がチカチカするようだ。

 私はその点一つ一つを内側へ内側へと押し込めていく。

 一つ、二つ、三つ……あまりに小さい対象だからか押し込めるとすぐにパンと弾けて消える。

 四つ、五つ、六つ……ふらっとめまいがして魔法が解除された。

 はぁっ、はぁっ……。疲れた。

 元貴族令嬢としては恥ずかしいとわかっているけれど、よろよろと作業台を背もたれに座り込む。

 あー気持ち悪い。頭が揺れる。

 これは……倒れる一歩手前かもなぁ。やりすぎた。初めての魔法は魔力消費が大きいのだ。

 何か口に入れなきゃとか、誰か呼ばなきゃと思いつくものの体は動かない。

 カランカラン。

 来客のベルが鳴る。

 誰かわからないけど、お願い入ってきて……。

ヴイエント

 なけなしの魔力でドアに向かって風をぶつける。

 ドン!

 ドアは開かなかった。

 鍵をかけているから無理か。無駄なことしたなとそのまま意識を失った。


 目が覚めると、白い天井が見えた。いつの間にベッドに来たのかしら?

 どれだけの時間が経ったかわからないが、寝ていた分魔力も少し回復した。

 それでもかなり魔力を使ったのは事実なので、何か口にしたほうがよさそうだと考え、ベッドを降り、ドアを開ける。

「ひゃっ!」

 ドアを開けたら、まるで護衛のようにアルフレッド兄様が立っていた。

 び、びっくりしたぁ。いつも一人だから、ドアを開けたら誰かがいるなんて思わない。

「テルミス! 大丈夫か!? 怪我は? 何があった?」

「え?」

 とりあえず二人でキッチンに向かい、甘麴ミルクを飲む。美味しい。

 そうして一息ついて、私の体調も戻ったところで兄様の尋問が始まる。

 そして、倒れた原因が魔法の実験をしていたからだということがわかり、今盛大に兄様に怒られているところだ。

「何でそんなためらいもなく魔力を極限まで使うんだ。ちょっと疲れたなというところでやめないと危ないだろう。今回はたまたま俺がタイミングよく訪ねてきたからよかったものの、誰も気づかなかったらどうなっていたことか。テルミス! 大事な話をしているんだぞ。よく聞きな……」

 アルフレッド兄様ってこんな風に叱る人だったのか。

 これも初めて知った。

「はぁ。心配したんだぞ。部屋のドアがドンと鳴ってから、何度ベルを鳴らしても、声を張り上げても、中から物音一つ聞こえなくなって。嫌な予感がしてドアを蹴り破ってみれば、ここでお前は倒れているし。また誘拐されそうになったのかと焦った……」

「アルフレッド兄様、助けてくれてありがとうございました。あと、あの……心配かけてすみませんでした」

 兄様によると私は丸一日眠っていたらしい。

 それを聞いた私はというと、今回は早かったな、大したことなかったなと思ったのだけど、こんなに心配して怒ってくれる兄様を前に言えるわけがない。

 誘拐されかけた時もスタンピードの時も三日かかったものね。

「次から新しい魔法の練習は、俺がいる時にしてくれ。わかったな。それで、どんな魔法の勉強をしていたんだ?」

「消失魔法という魔法です。火には火魔法、水には水魔法、風には風魔法、土には土魔法をかけ、その魔法をかけた対象の内側へ内側へと押し込めるんです。それ以上押し込めようがなくなったら、消える……そういう魔法らしいのです」

「なるほど」

 そう言って兄様は顎に手を当て何やら思案し、おもむろに立ち上がったかと思うと、甘麴ミルクと水を持ってきた。

 そして水を少し作業台にこぼすとその水に手をかざし、少しためらうように考えてつぶやく。

消える水バニツシユウオーター

 零した水はあっという間に減っていき、最終的に消えてなくなった。

 アルフレッド兄様! 一発で!?

「確かに、これは中々疲れるなぁ」

 そう言って甘麴ミルクを飲むアルフレッド兄様。たった一度で成功させた人が何を言っているんだろう。

 その後私が倒れた原因である空気中の水分を抜く作業を兄様もやってみたのだけど、空気中に水分があるというのがいまいちピンとこないようで、その日はできないままだった。

 うん。これもすぐできるようになられちゃ私の立つ瀬がない。

 きっとあまり遠くない未来にできるようになっているのだろうけれど。

 翌日からアルフレッド兄様に付き合ってもらって、瓶の中の湿気を抜く練習をした。

 倒れる前に兄様によって強制終了させられ、甘麴ミルクを飲む。

 そんなことを何度か繰り返し、倒れることなくある程度まとめて湿気を消すことができるようになった。

 その翌日はさらにコツをつかんだようで、瓶内の湿気1割を消すこともできた。

 これだけできるようになれば、土産用花あられの湿気対策は十分かと思い、商品に消失魔法を二度掛けしていく。

 数をこなすうちに一度に2割の湿気を消せるようになったので、もっと訓練すれば一度にさらに多くの対象を扱えるようになるかもしれない。


 そんなこんなでお土産用の花あられの準備もでき、建国祭三日前になった。

 今日から三日間花あられと串餅を売りに売りまくる。

 ナオも私も本当に売れるのだろうかという不安はあった。だがそんな不安も昼には吹っ飛んでいた。匂いで釣る作戦が大成功したのだ。

 開店した時は、遠巻きに見ながら通り過ぎるだけだった人々が、タレを塗った串餅を焼きだすと足を止め、ぽつり、ぽつりと買う人が出てきて「ん~美味しい!」なんて声をあげてくれるものだから、なんだ? なんだ? と物珍しさに惹かれてどんどん人が寄ってきて、串餅を焼くスピードが間に合わなかったほど。

 串餅が焼きあがるのを待つ間にと花あられを買ってくれる人もいて、イラスト入りの器を持ったまま他の屋台を見にあっちへこっちへ拡散したため、「あーさっきの子が持っていた可愛い器のお店見つけた~!」とまたどこからか人がやってきた。

 人が集まり目立ってしまったのか、昼頃「なんだ、あれ海の民の店じゃねーか」という大きな声が聞こえた。目を向けると、ちょっと嫌な感じの男がなにやらぶつぶつ悪態をつきながら、こっちに向かってくる。

 ロゴがシャンギーラを想起させる絵だからか、黒髪黒目のナオがいるからか……。

 隠すつもりはなかったけれど、トラブルは嫌だな。隣でナオも身を固くしている。

「大丈夫ですよ」

 固くなる私たち二人に柔らかく声をかけてくれたのは、バイロンさんだった。

 バイロンさんが目を向ける先を見ると、騎士様が歩いてきていた。

 反対側にも目を向けるので、つられて反対を向くとそちらも騎士様が歩いている。人だかりで気づかなかったが、ここら辺は騎士様の巡回コースだったようだ。

 男もそれに気づいたのか、こっちにまっすぐ向かっていた足をくるりと向け、雑踏に紛れてどこかへ行ってしまった。騎士様の抑止力すごい。

「テルーちゃんのお父様に感謝だね」

「はい」

 騎士様たちは巡回だけでなく、交代でとる休憩時間中には買いにも来てくれた。

 巡回中に串餅の香りで食べたくて仕方なくなったらしい。

「串餅二つと土産用の花あられを三つ頼む」

 そんな中買いに来た二人に私は目が点になった。オスニエル殿下とアイリーンだ。

 二人ともお忍びの格好はしているが……まさか本人が買いに来るとは。

「こんなに人気では海街の方に足を延ばした人も多いだろうな」

「ええ。そうだと嬉しいです。海街でも今日から新メニューのチャーハンが食べられますし、よかったら足を延ばしてみてください」

 シャンギーラがあまり馴染めていないのを気にしていたから、今回この屋台の人気に殿下は満足気だ。アイリーンもニコニコで「またね~!」なんて言って去っていった。

 新婚さんは幸せそうだ。

 それから三日間、私たちは串餅も花あられも売りまくった。

 二日目には準備していた分を売り切ってしまったので、慌てて最終日の分を生産したくらい。

 ナオに声をかける人も続出したけど、その都度手伝いに来てくれたアルフレッド兄様とバイロンさんが追い払ってくれた。

 多分この驚異的な売り上げは、ナオの看板娘パワーもあると思う。

 海街へも人が流れたようで、花あられの原料である緑とピンクの餅も、醬油や味噌などの調味料もよく売れたらしい。

 何より食事処で提供しているチャーハンは、話題になって二日目からは長蛇の列になったとか。

 今は海街の食事処で屋台に関わってくれたみんなと打ち上げ中。

 大人たちは飲めよ、歌えよ、踊れよの大騒ぎ。私もジュースを飲んで、一緒に手を叩いて、大きな声で笑って、ナオの手を取って下手なステップを踏みながら大騒ぎだ。

 よかった。屋台ができて。大変だったけど、すごく楽しかった。

 こうして私のクラティエ帝国での夏は過ぎていった。


 あっという間に夏休みは終わり、新学期になった。久しぶりに来る学園にどこかそわそわする。

「テルー、おはよう。もうクラス見た?」

「まだ!」

 そうだった。試験結果はどうなったのだろう?

 ナオと二人で中庭へ行く。そこは一際ザワザワと騒がしかった。

 デニスさんが私たちに気づいて駆け寄ってきた。

「二人ともおはよう! みんなCクラス脱却だな。まだ見てない? じゃあまず自分で見て……」

「不正だ!」

 中庭中に響き渡る声にデニスさんの言葉がかき消された。声の方に目を向ければジェイムス様を中心に何人かの学生が、声高に誰かの不正に抗議していた。

「あぁ! そうに違いない!」

「こんなこと前代未聞だ!」

「不正をそのままにしていいわけがない! 学園側にはそれ相応の対応をしてもらわねば!」

 なんだろうと思いつつもクラス発表を見にいく。

 その途中でジェイムス様集団に見つかり、いつの間にか行く手を遮られた。

「お前らの不正はもうわかっている。ここで謝罪すれば、退学くらいで済むよう取り計らってやってもいいが?」

 ナオが否定したけれどジェイムス様たちは納得いかないようで、「しらばっくれるか」と口々に言い募る。

 多分私たちのクラスが彼らより上だったのだろうと思うけれど、まだ発表を見ていない私たちは責められつつも何クラスだったのだろうという興味ばかりが大きくなる。

「私たちまだ発表を見ておりませんので、失礼しますね」

「待て!」

 そう言うと取り巻きが私の腕を摑んだ……と思ったら、そのまま前に転んだ。結界があるからなのだが、はぁ、また巨神兵って呼ばれるな。

「何を騒いでいる!」

 そこに生徒会長でもあるイライアス皇子がやってきた。

 さすがに皇族の前では騒げないのか、ジェイムス様たちは「い、いえ……」と口ごもった。

「何もないなら、もうすぐ授業が始まる。解散するように」

 その言葉で生徒の大半が教室へ向かった。

 中庭から人が減るにつれて掲示内容が見えてくる。

 やっと発表を見て驚愕した。クラスはナオも私もAクラスだった。だが驚いたのはそれではない。

 実技、筆記それぞれに優秀者の名が張り出されているのだが、筆記は5位、実技1位に私の名前が書いてあったことだ。

「テルー、すごいじゃない」

 そう言うナオも筆記4位に名を連ねている。だからか……。だから不正だと叫んでいたのか。

 Cクラスの平民が筆記5位、実技1位なんて、海の民と蔑んでいたナオが筆記4位なんて認めたくないわよね。

 皇子たちが去るとデニスさんが来た。心配してくれていたみたいだ。デニスさんもAクラス。みんなでCクラス脱却を喜んだ。

 Aクラスは静かだった。

 初めてCクラスに行ったときは騒いでいたり、寝ていたりとすごい状況だったけれど、ここはみんな静か。制服を着崩している人もおらず、一見すると真面目そうな人が多かった。

 いや真面目というだけでなく、さっきの騒ぎがあったから様子を見ているのかもしれない。


 Aクラスになって、平穏な日が続いた。

 積極的に仲良くしてくれる人はいないけれど、誰も私たちのことを悪くは言わない。

 睨んだり敵意を感じたりすることもない。

 変わったのは食堂が近くなったので、週に数回はお弁当ではなく食堂で食べるようになったこと。

 食堂で食べているとジュードさんに声をかけられた。

 ここ半年見なかったからすぐに退学したかと思っていたらしく、かなり驚いていた。

「貴族たちの中でちゃんとやっていけているのか? 少し前も平民の子の偽聖女とかいう悪い噂があったから気をつけろよ」

「それ……私です。でも事実無根ですし、ヒュー先生が収めてくれたのでもう大丈夫です」

「もう目をつけられているじゃないか」

 そうかもしれない。そんな話をした数日後。

 今日は薬草学の助手のため温室に来ている。すっかりお決まりになっている傷薬を作り、授業で使う薬草を洗う。バンフィールド先生は、誰かが訪ねてきたようで温室の外で話している。

 温室に戻ってきたバンフィールド先生によると、クラス発表の影響で助手希望者が殺到しているそうだ。

「助手にさえなれば、成績が上がるとでも思っているんでしょ。初歩的な質問にも答えられない子に助手が務まるわけないじゃない」

 バンフィールド先生にとっては残念ながら、助手を希望してくる生徒はやる気だけはあるが、知識量が先生の基準に達していないようである。

 半年通ってわかったが、学園の先生たちは過剰に誰かをひいきしたりすることがない。

 平民である私も貴族である他の学生も等しく扱ってくれているから。

 大変だと思っていたバンフィールド先生の助手業も学びが多くていつの間にか好きになっていた。

 新しい助手が来たら、私はもうお役御免なのだろうか。

 そんなことを考えながら、温室を出る。

 温室を出て少しすると、ジェイムス様とその取り巻きがいた。

 何か嫌な予感がする。

「どんな手を使ったんだ。イライアス皇子にまで手を回すなんて」

 私の姿を見た途端に文句を言うジェイムス様たち。まだ不正を疑っているのか……。

「不正などしておりません。ましてや私はただの平民。手を回す権力なんてありません」

「不正でもなければ、貴様が1位などあり得ない。お前が認めさえすればいいんだ」

 また手を摑もうとするが、結界に阻まれて取り巻きの一人が転び、拘束しようと近づいたレスリー様も、結界に阻まれ尻もちをつく。

 足は遅いけれど、結界がある私を悪意のあるジェイムス様たちが捕まえることはできない。それなら強行突破で進もうかな……と思いながらふと後ろに目をやりゾッとした。

 結界に阻まれ、尻もちをついたレスリー様の顔が憤怒にまみれ、その手に大きな魔力が渦巻いていたからだ。

火球フアイアーボール!!

 彼の手からまさに火が放たれようと、渦巻いていた魔力が火に変わる。ここでこんな火を放てば、大火事になる。

 敷地の隅にある温室の周りは、人気がないが、木や植物は多いし、研究棟も近い。

 研究棟で何を研究しているかなんて私にはわからないけれど、可燃性のものがあったら? 危険な物質があったら?

 火を消さなければ危ないと若干パニックになりながら、必死で頭を巡らす。

 そして思いついたのは、この夏休みにたくさん特訓した消失魔法だった。

 フエゴ

 抑え込め、もっと小さく。もっと……もっと!

 彼から放たれた火は私に届く前に消えていた。

「魔力切れか?」

 結構な火の大きさに若干引き気味のジェイムス様が安堵の息を吐いた。ジェイムス様自身はそこまでする気はなかったらしい。

「何をしている! こんなところで火を放つなど愚か者が。爆発したら、誰一人助からないぞ」

 声のする方を見れば、前髪が顔に半分かかった男性がこちらを見ていた。

「まぁいい。お前らの処分は学園側に訴えよう。ついて来い」

 学園の応接室で待っているとオルトヴェイン先生がやってきた。

「すまんな、ユリウス。手間をかけた。悪いけどお前も事情聴取に付き合ってくれないか?」

 私は別室で待っている。

 先にジェイムス様たちから事情を聞いているのだ。私は今更になって、今の状況が怖くなった。

 ジェイムス様は伯爵家の子供だし、火を放ったレスリー様も男爵家の子。

 他にも子爵、男爵家の子が4人はいた。高位貴族でないとはいえ、貴族は貴族。

 それに引き換え私は平民だ。

 ドキドキと不安が入り乱れながら、一人待つ。

 一人になってどれだけ時が過ぎただろうか。

 真っ青になりながら待っていると、オルトヴェイン先生と先程間に入ってくれたユリウスという人が来た。

「あ、あの……」

「ん? あぁ大丈夫だ。レスリーが君に火を放とうとしていた所をユリウスが見ているし、クラス発表の時もあの集団は君に暴言を吐いていただろう。君が被害者なのはわかっている。まぁ、一応何があったか君の口からも聞かせてもらうけど」

 そう言われて、温室を出てジェイムス様たちに不正を認めろと絡まれたこと、手を摑まれそうになったり、拘束されそうになったりしたこと、火の魔法を放たれたけど途中で消えたことを話す。

 取り調べ自体は呆気なく終わった。

 間に入ってくれたユリウスさんが火を放つところを見ていたのが大きかったようだ。

 よかった。お咎めなしだ。

 逆にユリウスさんが見ていたのは火を放つところだけ。それ故に実際に火を放ったレスリー様は退学処分になっているが、他の人たちは彼ら自身「攻撃する気はなかった」と罪を認めていないこともあり、口頭注意で済んでいる。これを機に絡んでこないといいなと思う。

 せっかくCクラスを脱却したのだ。Cクラスの人たちに煩わされたくない。

「助けていただきありがとうございました」

「いや、私は何も助けていない。君自身の力だろう。名前を聞いてもいいかい?」

 じっと見つめられ、背筋に嫌な汗が流れる。何か見透かされているような……そんな。

 ん? 君自身の力? やっぱりバレている。バレたのは結界の方か消失魔法の方か……。

 拘束されそうになったときは、結界ではなく避けたことにしたし、火球フアイアーボールも消失魔法を使ったことは話していない。この人はそれが噓だとわかっていながら、あの場で追及せず黙っていてくれたようだ。

「テルーと申します。本当にありがとうございました」

 別に悪いことをしているわけではないけれど、魔法を使えるのを隠している身としては黙っていてくれたのはありがたい。黙っていてくれてありがとうの意味が通じたのか、ユリウスさんは黙ってうなずいた。

 あれからジェイムス様たちから何かしかけられることはなくなった。

 時折憎しみがこもったような視線を投げかけられることはあるけれど、実害はない。


 初級魔法学の時間。

 前期の授業は、浮遊紙を飛ばせたり、魔石に魔力を込めたりと魔力をコントロールする授業ばかりだったのだが、今期は違う。

 生活魔法を教えてくれるという。

「今から教えるのは、生活魔法。生活魔法はユリシーズ殿下が開発された魔法で、習得までに個人差はあるものの皆が使える魔法です。私も魔法を教えている身ですが、魔法に関してはまだまだ分かっていないことが沢山あります」

 使える魔法はスキル鑑定で鑑定されたスキル一つだけというのが常識だが、ユリシーズ殿下のように誰もが使える魔法を開発する人もいるし、自らのスキルを高め付与魔法使いではないのに自らのスキルを剣に付与して戦った人もいるらしい。

 つまり、魔法にはまだまだ可能性がある。

 そうウィスコット先生はいつになく熱く語っていた。

 付与魔法使いでもないのに自分のスキルを付与……か。

 私も付与魔法使いではないけれど付与することはできる。だが、それは魔法陣を使ってだ。

 たくさん練習したものは魔法陣なしでも使えるけれど、先生がおっしゃっていたのは、魔法陣なしで付与できるようになったということだ。どういうことなんだろう。

 スキル判定で受けた魔法しか使えないのではなかったの?

 うーん。考えているうちにも授業は進む。今日の授業は屋外だ。

 ウィスコット先生の前にも生徒の前にも、落ち葉や木の枝が準備されている。

「それでは皆さん、しっかり見ていてね」

 そう言ってウィスコット先生が落ち葉の山に手をかざす。

火花スパーク

 バチッと一瞬だけウィスコット先生から火が放たれ、焚火ができた。

 なるほど。

 一瞬だけ火を出す魔法。火起こしする必要がなくなるということか。便利。

「先程私が見せた魔法を思い出しながらやってみて」

 そう言うとあちらこちらから呪文が聞こえてくる。

 私もやってみる。落ち葉に手をかざし、一呼吸。

火花スパーク

 ウィスコット先生のようにパチッと一瞬だけ火が放たれ、焚火ができた。できた……。

 古代語じゃない、魔法陣じゃない魔法が……できた! すごい!

「さすが実技1位ね。お上手よ。テルー」

 ウィスコット先生にも褒められた。ここで今までなら他の生徒からジロリと睨まれるところなのだが……睨まれない。みんなぽかんと見ている。

「やはり不正なんかじゃなかったのね。負けられないわ」

 誰かがそうつぶやいて、みんなより一層魔法の習得に励み始めた。

 すごい。本当にCクラスを卒業してよかった。

 平民のくせに! と蔑むばかりだったCクラスの人に対し、負けられないと頑張るAクラス。CクラスからAクラスに上がる人がほとんどいない理由が分かった気がした。

 ちなみにスキルが火だったデニスさんには簡単だったようだが、スキルが水のナオは大苦戦で今日の授業でできることはなかった。

 習得に個人差があるというのは、スキルとの相性ということなのだろうか?

 初級魔法学は実際に魔法を使うようになったし、現在わかっている範囲ではあるが魔法についての知識というか魔法の歴史のようなものも教えてくれるようになった。

 曰く、バンフィールド先生が使っている薬の鑑定をする魔導具も本来は鑑定スキル(薬)の人が作ったそうだ。

 付与魔法使いではないのに、物体に魔法を付与できるなんて! と当時は大騒ぎになったらしい。

 その後自分も付与ができるのではないかと魔法の訓練を積む人が続出したが、結局付与できたのは先述した火魔法を付与した剣だけだったとか。

 また薬だけとはいえ鑑定の魔導具が大騒ぎになったのは、付与魔法使いで鑑定魔法を付与できるものがいなかったからでもある。

 付与魔法使いは何でも付与できるわけではなく、付与魔法使い(火)、付与魔法使い(水)というように限定的であり、付与魔法使い(鑑定)なんて人は今までいなかったのだ。

 現在その鑑定具を作った人はもう亡くなっており、現存する鑑定具は宮殿にある鑑定具と個人的に友達だったというバンフィールド先生の鑑定具だけだという。

 その他の授業もほんの少しずつ難易度が上がったように感じる。

 魔物学はAクラスになって周囲の攻撃力が上がったからか、D、Eランクの魔物なら2、3人につき1体で、Cランクの魔物なら全員で3体。

 私はもちろん後方部隊だが、どんなにグループが分かれていようと私は全員を見なければいけない。Aクラスは全員が火、水、風、地のいずれかのスキルのようで、後方部隊は一人だけだ。

 大怪我があった時に対応できないので、一人学園所属の聖魔法使いもすぐ出動できるようにはしているらしいが、一人で全員の怪我を手当てするのはなかなか大変だ。

 そういえば、Cクラスの時はBクラスと合同だったけれど、AクラスはSクラスと合同ではない。

 なんでもSクラスというのは、特別なのだとか。

 Aクラス以下は試験の順位で上から順番に振り分けているが、Sクラスは筆記も実技もある基準値を上回らないと所属できないという。だからどれだけ学年一位でも基準値を上回らなければ所属できないため、所属人数0人という年もある。

 薬草学も前期は単純に扱いやすい薬草だけだったが、魔草と呼ばれる植物も取り扱うようになった。この魔草というのは厄介で、切れ味鋭い葉を飛ばしてきたり、幻覚作用のある花粉をまき散らしたり、素手で触ると火傷やけどしたりと扱いづらい。

 言うまでもないことだが、助手業はさらに大変になった。

 体術も馬に乗りながら弓を引いたり、模擬戦方式になったりと確実に難しくなっている。

 私は隅でまだ体力づくりだけれど……。

 社会学だけは前期からさほど変わらないが、これは元々容赦ない授業なのでこれ以上手加減なしにしたら死ぬと思う。

 週末はアルフレッド兄様が訪ねてきて、一緒に食事をしたり、魔法の訓練をしたりする。

 そう。夏休みが終わっても、アルフレッド兄様はクラティエ帝国に残ってくれた。

 学校はいいのかと聞いてみたが、もうあの学校で学べることはないから大丈夫だと言っている。

 それならナリス学園に通うのかと思っていたら、兄様はいつの間にか騎士団に入団していた。

 今後は寮生活となるらしい。

 確かに兄様は強いけれど……いいのだろうか?

 騎士団は学歴重視ではないから、早いうちから訓練や討伐に参加して実力をつけたほうがいいというのが兄様の話だ。

 そう……なのかもしれない。



 あの日俺は聖女様に会った。

 あの日は初めての魔物との戦いでみんな緊張していた。もちろん俺もだ。

 だが全く反応のないウィプトスにいつの間にか緊張は解け、ただただ攻撃するだけになっていた。

 それが突然、ウィプトスが首を振り回し始め、いつの間にか俺は訳もわからず地に這いつくばっていた。

 いてぇ。

 何が起こったかわからず、ただ地面を見ていたら、突然風が吹き抜けるように声が届いた。

「動ける人は自力でこちらまで来てください! 他の皆さんも手を貸してください! 倒れた人をこちらに運んで!」

 その声でようやく周囲の状況が目に入ってきたと同時に恐怖した。

 地面ばかり見ていたが、振り返ると未だウィプトスは首を振り回し続けており、正に俺の近くに振り下ろされるところだったのだ。

 急いで体を翻して首をよけ、よろよろと怪我人が集まっているところへ行く。

 そこでは誰よりも小さな少女が、誰よりも懸命に働いていた。

 服が汚れるのも構わず、膝をつき、怪我を確認している。

 その怪我人は腕が折れていたのか、怪我の程度が薬で治るはんちゆうを超えると判断するや否や聖魔法使いのバーバラ嬢を呼ぶ。

 その声につられてバーバラ嬢の方を向くと、ちょうどこちらにやってきたところだった。

 それでこの小さな少女は誰よりも早く動いていたのかと気づく。

 ぼーっとバーバラ嬢の魔法を見ていると、いつの間にか小さな少女が横にいた。

 俺の怪我を見ると、水をかけ、薬を塗り、そして傷口を手で押さえた。

 一瞬時間が止まったかと思った。

 その真剣な横顔があまりに美しくて、押さえられた傷口がなんだか少し温かくて。

 なぜだか彼女の周りは光が差しているように見えた。

「ほかに怪我したところはありませんか?」

「あ、ああ……大丈夫だ」

 ただそれだけのやり取りで、彼女は次の怪我人のところへ行ってしまう。

 待って。待ってよ。

「聖女様……」

 反射的に引き止めようとするが、彼女の目にもう俺は映っていない。

 まだありがとうも言ってない……。

 俺の傷はあっという間に治った。

 傷跡もなく、あれは夢だったのではないかと思うほどだ。

 それほど俺にとっては、特別な……いやなんというか、神聖な気持ちになった出来事だったのだ。

 傷があった場所に時折視線を投げる俺を見て、友人らは「また聖女様を思い出している」と笑った。

 俺があの日「聖女様」とぽつりとつぶやいたのを知っているのだ。

 それがなぜあんなことになったのか。

 聖女様は、いつの間にか男をたぶらかす偽聖女になっていた。

 平民は図々しいと女どもは眉をひそめた。クラスが違うので知らなかったが、そうか、彼女は平民だったのか。ならば距離を取ったほうが、彼女のためにもよかろうと思った。

 事実無根なのだから、もう俺が聖女様などと言わなければ噂もすぐに消えるだろうと思ったのだ。

 それが何故か消えない。偽聖女から巨神兵にもなっている。

 訳が分からなかった。

 この頃になると彼女の悪評は学園全体に広まっており、しがない男爵家の俺には表立って彼女をかばう勇気はなかった。

 せめて、彼女が泣いている時は力になろうと思っていたが、彼女は思っていたより強かった。

 悪評にもかかわらず、毎日登校していたし、泣き顔一つ見せなかった。

 ある日、魔物学の授業で動きがあった。

 魔物の討伐が終わる頃、彼女の大きな声が聞こえたのだ。

「ぎゃあー! 何やってるんですか! いきなりナイフで腕を切る人がどこにいますか! バカなんですか! もう! 親からもらった大事な体に自分から傷つけるなんて罰当たりですよ!」

 そこには男をたぶらかそうとする意思など微塵も感じられない。恐喝するそぶりなどどこにも見えない。あるのはただ目の前の人を案じ、真摯に手当てする彼女の姿だけだ。

 ヒュー先生の檄により、彼女への悪い噂は聞かなくなった。

 俺は自分を恥じた。悪意など全くなかったが、おそらく俺の一言から噂が広まったのだ。

 それなのに、俺は彼女をかばうことも、彼女に謝罪することもしなかった。

 しがない男爵家だから……というのは言い訳だ。

 だって彼女の方がもっと弱い立場だったのだから。

 夏休み明け、クラス発表を見ると驚いた。彼女の名前が実技1位に載っていたからだ。

 クラスもCクラスからAクラスに上がっている。

 Cクラスの奴らが彼女の成績を見て「不正だ」と騒ぎ始め、あろうことか彼女自身に絡んでいった。それでも彼女は堂々としていた。

 その時俺は思ったんだ。

 彼女はいつだって前を見ているから強いのだと。

 誰かに悪い噂をされようとも、喧嘩を売られようとも相手にしない。

 相手は自分のレベルまで彼女を落とそうと必死だが、それを一顧だにせず彼女は進んでいく。

 きっとあいつらと彼女はもう取り返せないほど差が開いているんだろうな。

 俺とも。

 そんなことを思いながら、俺は駆け出す。

「イライアス皇子! 中庭で試験結果に不満な一部の生徒が騒いでいます!」

「わかった。すぐ行く」

 さて、俺も勉強しよう。


「おーい。まだ勉強してんのか」

 そう言ってくるのは、寮で同室になった奴だ。

 こいつは伯爵家なので、幼い頃から何人も家庭教師がついているだけあってAクラスだ。

 本当いいよな。金のある貴族は。

 ナリス学園は実力重視。家柄などは関係なく、試験結果でクラスが決まる。

 だが蓋を開けてみればAクラスは、伯爵家以上の者ばかりだ。

 理由は簡単。入学までの勉強量の差だ。

 俺みたいな男爵家は、入試に合格するよう家庭教師がつく場合がほとんどなので、入試の数年前からしか勉強しないし、勉強の目的はあくまで入試に合格することだ。

 それに比べ高位貴族は、幼いころから家庭教師をつけ、ありとあらゆる勉強をするのだ。

 今までなら俺も「本当にいいよな」で終わっていたんだが、今はもう終われない。

 俺は変わらずBクラスだった。

 今までなら男爵家でBクラスまで行けばいい方だと思っていたんだけどな……。

 彼女は、平民だった。なのに、Aクラスだ。

 彼女の友人二人も平民だが、今回Aクラスだ。家柄とか関係ないのだ。

 今まで学園に入学した平民だって、忖度していただけでAクラスに入れる実力の人もいたかもしれない。

 男爵家だからと言い訳していては、恥ずかしい。

 俺はいつかどこかで彼女にまた会ったときに恥ずかしくない大人になりたいと思う。

 その一心で今勉強している。

「お前の聖女様、本当凄いわ。お前が聖女と言うのも、最近わかる気がする」

 こいつから聞く彼女の話が、今の俺の一番のモチベーションだ。

 体術は苦手らしいが、薬草学では扱いの難しい魔草を難なく薬にしていく。

 最近バンフィールド先生は、生徒からの質問をまず彼女に答えさせるらしい。

 それでよどみなく答える彼女を見て、Aクラスの生徒は負けていられないとさらに薬草学に力を入れて勉強しているらしい。

 初級魔法学の話もすごかった。

 生活魔法をすぐにできるようになった彼女を見て、好奇心を抑えられなかったAクラスの生徒が聞いたらしい。

「試験はどこの輪までくぐれたのか?」と。

「最後の輪までくぐれたと知った時のクラスの激震をお前に見せてやりたかったよ」

 見てないが、Aクラスの奴らの気持ちはわかる。

 最後までって……最後って、あの針の穴みたいな奴だろ?

 できる奴なんているわけがないと思っていたもんな。

 魔物学は、後方部隊が一人になり、魔物のランクが上がったのに、一人で駆け回って怪我を治し続けているという。ほんとあの小さい体のどこにそんな力があるのだろうか。

「ダニエル、今度の課外授業で聖女様と一緒のグループになれるといいな」

「いや、俺はまだいいわ」

 会っても恥ずかしくない俺になってから会いたいと思う。

 さて、もうひと踏ん張り、明日の予習をしてから寝るか。