逆に「必死に勉強して何になる?」と小ばかにした態度の生徒も一定数いるからだ。
きっと一生懸命なのがダサいみたいな感じだと思う。少し気持ちわかる……。
なりふり構わず一生懸命になるって意外と難しく、恥ずかしい。
もし一生懸命頑張ってもダメだったらと思うと怖くもある。
記憶があまりないから想像でしかないけれど、前世の私も少し怖いと思っていたんじゃないだろうか。頑張ってもダメだったら? って。
そうやってほどほどの努力しかしなかったから、歳を重ねて、大人になって後悔したんだ。
もっと頑張ればよかった……てね。
だから私は頑張る。今世では後悔したくないから。
その他に最近変わったことと言えば、偽聖女だ。
偽聖女の噂は一気に学園を駆け巡った。絶対に私ではないのに、ナオが言った通り私のことを指していたようで、ひそひそと、時にあからさまに陰口をたたいてくる。
とにかくこういうのは気にしないように、陰口を聞かないようにするのが一番だろう。
ナオは私を守ってくれるつもりなのか、最近いつも以上に一緒にいてくれる。それだけで嬉しい。
時々一人になると、私の近くでバランスを崩してこける人がいる。
「大丈夫ですか?」と声をかけると、大抵赤い顔をして「大丈夫だ」と言って立ち去っていく。
多分私にぶつかって難癖をつけようとして、結界にはじかれているのだと思う。
悪意がないとはじかれないはずなので、わざとぶつかってくるつもりだったのだ。
よかった。護身用のアクセサリーを作っていて。
結界のおかげで実際にぶつかって難癖をつけられたことはないから、心のダメージも思ったより負ってない。多少はあるけどね……そりゃやっぱり。
だがその代わり、偽聖女の汚名と共に巨神兵なんていう意味の分からないあだ名もついているそうだ。
偽聖女にしろ、巨神兵にしろ。多分噂しているほとんどの人は私のことを姿、形まで知らないんだろうなぁ。だって私はまだ9歳だ。誰よりも小さい自信がある。それが巨神兵なんて、絶対私のこと知らないはずだ。
数ある噂を総合するとテルーという平民が偽聖女で、男をたぶらかし、よく効く薬の対価に無理な要求をして、巨神兵のように強く逆らえないそうなのだ。
もうなんなの? この噂?
そして噂がされ始めたころの「傷跡がキレイに治る」云々はどこに行ったのだろうか……。
これでは偽聖女というよりも、ただの脅し屋だ。
そんな忙しくも平穏? な日々に爆弾を落とした人がいた。魔物学の教師ヒュー先生だ。
いつもの通り後方部隊に配置されたのだが、最近みんな私に手当てをされたがらなくなった。
偽聖女と噂の人物だから当たり前と言えば当たり前なのだが、今まで手当てしてきた人にも避けられるのは疑問しかない。私が何も対価を要求していないことを知っているはずなのに。
その人たちまでも避けるものだから、事実無根なのに噂が全然消えない。
もちろん今日も私の周りには誰もいない。
今日の魔物は苦戦してないわね……。もうすぐ終わるかしら?
そんなことを思いながら、戦っている様子をぼんやり眺めていたらヒュー先生が近づいてきた。
「よぉ、暇そうだな。ちゃんと授業受けてんのか?」
偽聖女の噂で誰も来ないと言うと、ヒュー先生は顔をしかめる。
先生も噂は知っているようで、腕を組みながらうんうん悩んでいる。
「俺が渡した薬で対価なんて要求できねぇだろうし、できたとしてもたかが傷を治した程度で脅されても、平民のお前の方が潰されるだろ。男をたぶらかすってのも……なぁ。そんな年ごろでもないし、引っかかる男なんて……」
ヒュー先生が男をたぶらかすの部分で残念な子を見る様な表情でこっちを見てくる。どうせ子供ですよと複雑な心境になるが、誤解が解けるならいいかとも思う。
すると、ヒュー先生は思いもかけないことを言った。
「そうだな。平民のお前をやっかんで、変な尾ひれがついてんのはわかった。でも傷の治りがいいっていう噂は本当っぽいぞ。噂が出回ってから、俺もお前に処置された生徒を確認したからな」
え? しかも同じ薬を使っているはずのアビー様と比べても私の処置の方が変な膿も出ず、治りがいいそうだ。
「ということで……お前授業受けていても暇だろ? ちょうどいい。今から俺を処置してみろ」
「へ? 先生どこか怪我して……」
言い終わる前に突然ヒュー先生は、ナイフで腕に傷をつけた。
「ぎゃあー! 何やってるんですか! いきなりナイフで腕を切る人がどこにいますか! バカなんですか! もう! 親からもらった大事な体に自分から傷つけるなんて
びっくりして変な声が出ているけど気にしている暇はない。
赤い血がどくどく出ている場所に、水をかけ、止血し、薬を塗り込み、魔力でしっかり蓋をする。
「これで、よし! もう無茶なことはしないでくださいね」
私の言葉を無視して、ヒュー先生が問いかける。
「おい。何で水をかけた?」
何を言っているんだろうと思いつつ、傷口に汚れがついていたら良くならないからだと答える。
大体先生だって水を用意していたじゃないかと指摘すると、飲む用の水だったらしい。
魔物との戦いに取り乱した生徒が、緊張もあってか水分不足で倒れるからと。傷の洗浄用かと思っていた。
「じゃあ最後にお前は俺に何をした?」
「傷口がまた汚れたり、どこかに当たって悪化しないよう魔力で保護しました」
「ふーっ。何で傷口をそんなきれいにしたがるのか、理論は俺にはさっぱりわからんが、多分これだな。お前が聖女と呼ばれる所以は」
ヒュー先生が特大のため息を吐き出しながら言う。
たったこれだけで? と思ったら、こんな処置をする人は他にいないんだそうだ。
私に説明を終えたヒュー先生が声を張り上げる。
「お前ら見たか! 薬は特別なものではないし、処置の方法ももうみんな知っている。これで、もしテルーが何か対価を要求してきても、お前らは突っぱねることができるだろ」
気がつくと、既に魔物は倒され、授業を受けている全員から注目を受けていた。
何人かはバツが悪そうにしている。きっと私が処置した人だろう。そうか。偽聖女の疑いを晴らそうとしてくれたんだと感激していたら、まだまだヒュー先生の言葉は続く。
「わかったら、普通に授業を受けろ! アビーとバーバラばかりに処置させていたら、二人に負荷がかかるだろ。せっかく後方部隊が3人いるんだ。分散しろ! こっちは後方部隊の力も含めて、戦闘力を計算してお前らの授業の魔物を用意しているんだ。後方部隊の戦力が一人減ったら、今日みたいに魔物のランクも落とさなきゃなんねぇ。変な噂にふりまわされて授業妨害すんな」
確かに今日の魔物は簡単そうだと思っていたが、偽聖女疑惑で私が戦力にならなかったからだったとは。
週末、ナオが用意してくれた調理場はアンナさんの家だった。
「調理場まで貸してもらって良いんですか?」
「イイノ、イイノ! オモチノオカシ、ワタシモキョーミアル!」
まだ片言だけど、アンナさんは初めて海街を訪れた時よりも格段にナリス語を話せるようになっていた。
アンナさんはすでに海老餅、海苔餅自体は試食したようで美味しかったと喜んでくれた。
この揚げ餅に使う海老と海苔のお餅は建国祭の時からアンナさんの米屋でも売り始める予定だ。
早速普通のお餅、海老のお餅、海苔のお餅をサイコロ状に刻む。
あとは油で揚げて、塩を振るだけだ。
ナオとアンナさんは美味しい、可愛いと盛り上がり、調理工程を初めて見たバイロンさんは「これなら人を雇える」と言っていた。
バイロンさんの「人を雇える」というアドバイスから、何人人を雇うか、お餅をどれくらいで売ってもらえるか、それなら商品の価格は……と話がどんどん進んでいく。
「テルーちゃん、どうやって売るかも考えないと。瓶詰め?」
「そうですよね……でも瓶だと持ち運びも大変だし、せっかく軽いから、串焼きみたいに気軽に食べ歩きしてほしいのよ。そしたら食べている人を見て、またお客さんが来てくれると思うし。だから紙で器を作って、その器に海街っぽい絵でも入れるのはどう?」
その言葉でナオが「これはどう?」とサラサラと亀の上に乗った女の子の絵を描く。
なんでもシャンギーラは別名海の宮殿と言って、案内役の亀と一緒でなければ辿り着くことができないという昔話があるそうだ。
絵も可愛く、海街っぽさもあると満場一致でその絵の採用が決まった。
「あとは最初のお客をどう呼び込むか……」
話し合いをしていると何やらお味噌のいい匂いがしてきた。
「チョット、キューケイ、ヒツヨウヨ!」
そう言ってアンナさんが持ってきてくれたのは、小さめのおにぎりと味噌汁だった。
「ありがとう。あぁ、いい匂いで、お腹空いてきちゃった」
そう言うナオの言葉でいいことを思いついた。
上機嫌でアンナさんから残っているご飯や味噌、
鼻歌を歌いながら、ご飯を擂り鉢で軽く潰し、ポシェットから出した棒にご飯をつける。
カラヴィン山脈ではよくこの棒に肉を刺して焼いたなぁ。よく作っていたから、使えそうな木の枝を溜めていたほどだ。その枝に、まさかご飯をつけて焼くことになろうとは。
棒の先に小判形につけたご飯を直火で焼く。表面が固くなったら完璧だ。
次はタレ作り。木の実、胡麻、味噌と砂糖を擂り鉢で潰しながら混ぜていく。
それを焼いたご飯に塗りつけてさらに焼く。
はぁぁー良い匂い。
「なになに? 美味しそうな匂い!」と目を輝かせるのはナオ。
「棒に刺さっているのがいいですね。食べ歩き向きですよ」というのはバイロンさんだ。
私が作ったのは五平餅。正確な作り方は知らないから、タレとかはこれから要研究だと思うけれど、やっぱりこの匂いはそそられる。そそられて屋台にフラフラお客が集まらないかな?
出来上がった五平餅は、大好評だった。
味はもう少し甘いのがいいとか、大きさはもう少し小さい方が食べやすいなど改善点は多々あるものの、ついついお腹が空いてしまうこの匂いと食べ歩きしやすい形状がいいと、屋台では五平餅と揚げ餅の二つを売ることになった。売り出すときの名前は串餅と花あられだ。
この日以降ナオと私は試験前ということで、放課後は一緒に宿題をし、帰る間際にお茶をしながら屋台について話すようになった。週末も1日は我が家に来て、一緒に勉強する。もちろん屋台についても話す。その中で、海街にある食事処にチャーハンを教えることも決まった。
屋台の影響で海街まで人が流れた時に食べてもらえたらなと思ったのだ。
ナオは申し訳なさそうにしていたけれど、海街が人気になったら、屋台の商品も今後手がける海街関連のお店も繁盛するのだから、問題ない。海街のみんなでお金を稼ぐのだ。
こんなに一緒にいるからプライベートの話もたくさんして、ナオとの距離はまたグッと近づいた。
ナオはもう私がライブラリアンだから隣国から逃げてきたことも知っているし、商会を持っていることも、元々男爵令嬢であることも知っている。
所作が綺麗だから薄々元貴族ではないかとわかっていたそうだ。
以前はできなかった兄様たちの自慢もできた。自慢しすぎたのか最近は「はいはい」と聞き流されている気もする。