今回は花に直接付与したが、
付与魔法は、適切な素材を適切な処理してやっとその真価が発揮される。
火、水、風、地の魔法だって、同じだ。例えば、火は火として使うだけではなく付与することで熱として使うことができると『付与魔法の全て』に書いてあった。
熱として使うには、素材の研究などが必要だけれど、熱が使えたら魔法の幅はうんと広がる。
魔法はシンプルだけど、使いこなすにはきっと凄い努力が必要なんだ。
魔力を感知できるようになって、自在に操れるようになって、それを魔法として表現できるだけではダメなんだ。きっと魔法を使えるようになって、やっとスタートラインに立てる。
そこから自分が使える魔法をどう使うのが一番効率的なのか、さらに発展させることが可能なのか……そんなことを追求していくのが本当の魔法の勉強というのかもしれない。
ナリス学園と同じ敷地にある研究所では、そんなことを研究しているのだろうか。
魔法の勉強って奥が深い。
入学して2ヶ月が経った。私の毎日は相変わらずだ。
初級魔法学では未だ魔力操作の特訓。
ただし、浮遊紙を使って移動させる訓練は終わり、現在は魔石に魔力を込める練習をしている。
入れすぎると魔石は壊れるし、少なすぎると役に立たない。
魔石の容量ピッタリに魔力を込めるのはなかなか楽しい。
感覚としてはちょっぴり付与魔法に似ている気がする。
この訓練は魔力を扱う訓練にもなるし、自分の魔力量を知る訓練でもあるらしい。
確かに魔石の容量ピッタリ入れるためには、コップに水を入れる時みたいに
もうだいぶ上手になったと思っていた魔力操作も、新しい訓練方法のおかげか、さらに上達した気がする。こんな訓練法があったのか。やっぱり学園に来てよかったな。
自分の魔力量については、実はまだあまりわからない。
何度も魔石に自分の魔力を込めることで、魔力量を感覚的に測れるようになるというのだが……。
例えば中魔石一つを自分の魔力でいっぱいにした後の自身の中の魔力量と、魔力を込める前の自身の魔力量の差に注視すると、自分の魔力は中魔石何個分と分かるようになるらしい。
また、魔法を使った前後でどれだけ魔力が減ったかがわかるようになると、今の魔法は中魔石何個分の魔力消費だとわかるようになる。
うん。後者は私も精度はそこまでではないけど、なんとなくわかる。
ただ前者は……よくわからない。
いつも魔力の器から溢れないように魔力をむぎゅーっと押し込めているからかもしれない。
社会学では頭から煙が出るんじゃないかと思うくらい頭をフル回転して授業を受け、毎回宿題のレポートではたくさん赤字をもらう。そしてまた翌日の宿題に奔走し、赤字の単語を必死に覚える。
あぁ社会学が一番ハードだ。だがその甲斐あって、だいぶ赤字で直される単語も減ってきた。
体術は安定の落ちこぼれで、全くついていけないので私だけ校庭の隅で別メニューだ。
少しは筋肉もついてきたと思うが、未だに剣は危なっかしくて持たせられないと言われたし、弓も引く力がないから扱えない。ヒュー先生は、毎回どうしたものかと頭を抱えている。
ほら……私9歳だからさ。あと3年経ってみんなと同じ12歳になったらできると思うよ。多分。
薬草学は助手として大活躍だ。だがそのことに文句を言う生徒も今はいない。
ジェイムス様が助手というより雑用係だと言っているようで、雑用係なら平民がするのが適当だな……みたいな空気になっている。
初めての時は「個人授業ではないか!」と思った放課後の助手の仕事は、どんどんどんどんハードになってきた。もう個人授業などと生やさしい感想は持てない。
うん。これは、紛うことなく助手であり、雑用係だ。
確かに大量の薬草を延々と煮詰めたり、干して乾燥させたり、粉にしたり……大変ハードな雑用ではあるのだけど、この大量に処理することが私の経験になっているのも事実のようで、結果的に薬草の知識はついたし、薬づくりの腕も上がっている気がする。
もう最初に教わった傷薬なら一人で作っても品質に問題ないと太鼓判をもらい、体術や魔物学、課外授業に使う傷薬の生産も任されている。薬を作るスピードも上がってきた。
だから今となっては、助手に誘ってもらってよかったと思っている。
大変だけど。とても。
それに、大量の薬草の下準備と薬の生産をする代わりに、少しなら自分用にもらってもいいし、器具も使ってよいと言われているので、ひっそり
うすーく、ごくごくうすーく
休み時間は周囲の声を聞かないように勉強に没頭し、昼はナオと一緒にお弁当を食べる。
海街に行ってから、ナオとはまた一段と仲良くなった気がする。
貴族ばかりのこの学園で友達と呼べる存在ができるなんて。嬉しくてマリウス兄様に書く手紙の半分はナオの話だ。時々心無いことも言われるけれど、初めて知ることも多いし、ナオという友達もできた。充実している。学園に通えてよかったと思う。
それに心無いことを言われた日は、帰ったらネロにうんと甘えさせてもらうことでバランスをとっているから大丈夫だ。本当ネロがいてよかった。
今日は、初めての魔物学の実技の日。ヒュー先生はライブラリアンの私をどう戦わせるつもりだろう。弓や剣は扱えないし、魔法はなるべく隠しておきたい。どうしようかと頭を悩ませつつも良い解決法など思いつかず、少し不安を感じながら授業に参加した。
「今日は実技だからな、BクラスとCクラス合同でやるぞ。喧嘩しないよう仲良くな。さて今日初めて魔物と戦う訳だが、まずはちゃんとお前たちの頭の中に魔物の情報が入っているか確認するぞ。ジョン! この魔物の名前はなんだ?」
そう言って体術と魔物学の先生であるヒュー先生が指し示したのは、大きな亀だった。
「はい! ウィプトスです!」
座学で習ったウィプトスは想像よりもずっとずっと大きかった。
ちなみに『魔物図鑑』によるウィプトスの説明はこうだ。
『ウィプトス(Eランク)
体長130~150センチ
亀のような形で甲羅の強度だけならSランク魔物の攻撃も防げるほどの防御力がある。
弱点は首。ただしこの首は2、3倍に伸び、鞭のような攻撃を繰り出すので遠距離から仕留めるのが良い。
強い防御力と首を使った攻撃は要注意だが、首以外の動きは遅いので逃げるのは容易』
ヒュー先生が他の生徒を当て、ランクや特徴を答えさせている。
一通りウィプトスの特徴をおさらいしたところで、ヒュー先生が言う。
「この中で聖魔法使いか、または五大魔法でないものはいるか!」
「はい。私は聖魔法使いです」
そう答えたのは、Bクラスの男爵令嬢だった。バーバラ様というらしい。
「はい。私も鑑定です」
そう答えたのは同じクラスのアビー様。あ、私もだ。
「私もライブラリアンです」
するとヒュー先生は私たち三人に後方部隊として怪我した人の介抱をするように言った。聖魔法のないアビー様と私は薬を使って手当てをするらしい。
なるほど。無理やり戦わせるのではなく、自分の適性に合った場所で役に立てということか……。
ヒュー先生はさらに攻撃魔法を持たない私たちに、どこかへ行くときは必ず護衛を雇えという。
剣や弓を習うのもいいらしい。攻撃手段を持たない私たちはどれだけ自衛してもし過ぎではないからと。
「護衛を雇ってもそれで安心するな。護衛の足を引っ張らないよう逃げるだけの体力はつけておいた方が生存率は上がるし、護衛が怪我した時に応急処置ができればその護衛はまだ戦える。戦えないなら、戦えないなりの補助ができるようになれ。それが巡り巡って自分を助けることになる」
昔ゼポット様も言っていた。ピンチの時は戦って勝つことが大事なのではない。逃げて、逃げて、逃げること。生き延びることが第一だと。
ヒュー先生の言葉とゼポット様の言葉は少し違うけれど、その言葉の裏は二人とも一緒で「生き延びるために、自分にできることをやれるだけやれ」ということなんだろう。
ヒュー先生の「討伐はじめ!」という号令を合図にみんながウィプトスの周りを囲む。
ウィプトスは、動かない。
動かないことをいいことに、みんな思い思いの方向から首に攻撃を仕掛ける。ある生徒は火を放ち、ある生徒は水を放つ。風を放つもそよ風程度という生徒もいるし、魔法は苦手だから剣や弓で戦うという生徒もいる。
まだみんな魔力操作が苦手だし、初めての魔物で緊張しているし、初めての合同授業だ。つまり協力して討伐するということはなく、四方八方から各々自由に攻撃を繰り出している。しばらくは生徒が攻撃するだけの一方的な戦いが続いた。
後方部隊と言われた私たちの出番はなく、ただ見ているだけだ。
そんな時間が10分ほど経っただろうか。
絶え間ない攻撃にイライラしだしたウィプトスが突如首を振り回し始めた。
今まで反撃などなかったものだから、みんな油断していた。あっけなく、何人もの生徒が飛ばされていく。その光景を、攻撃の当たらなかった生徒たちが呆然と見ていた。
はっ! 怪我人の救助! 被害を受けた生徒の近くまで走り出す。
「動ける人は自力でこちらまで来てください! 他の皆さんも手を貸してください! 倒れた人をこちらに運んで!」
初めての魔物討伐で、非日常感があったからだろうか。
誰一人「平民のくせに指図するな!」なんて言わず、運んでくれた。
「テルー、いい判断だ! お前たち、まだウィプトスは暴れているぞ! このままだと第二、第三の被害が出る。どうするんだ!」
ヒュー先生が檄を飛ばし、何人かがハッとなった。
「土魔法はいないか! 首の周りを土で囲ってあの首を止めたい!」
「土魔法ならまかせろ! だが一人じゃ無理だ。他にいないか!」
「俺も土魔法だ」
そこからは、鞭のようにしなる首を土で固め、水、風、火と順番に魔法を繰り出して討伐する方法にしたようだ。
私も頑張らなきゃ。一番重傷そうな生徒のところに行く。
「ちょっと動かしますね」
腕を曲げようとするも、痛くて曲げられないようである。これは、折れているかな?
「バーバラ様お願いします! おそらく腕の骨が折れているんじゃないでしょうか」
バーバラ様とアビー様もヒュー先生の檄で動き始めたようで近くまで来ていた。
「わかったわ。任せて」
私は次の怪我した人のところへ行き、水で傷口を洗い、薬を塗る。まだ出血している人には、薬を塗った後、魔力で覆い蓋をする。イメージは絆創膏だ。これで、よし!
「ほかに怪我したところはありませんか?」
「あ、ああ……。大丈夫だ」
その答えを聞き、私はまた次の人へ。
水で洗い、薬を塗って、魔力で蓋をして、水で洗い、薬を塗って、蓋をして……。
アビー様も薬片手に救助者の周りを回っている。
吹っ飛ばされた時は大変だと焦ったけれど、大きな怪我をしている人はほとんどいなかった。
倒れていたのは、びっくりして腰が抜けたり、魔力が少なくなって動けなかったりした人が多かったのだ。
そりゃそうか。魔物討伐とはいえ学園の授業。そこまで危険なことはしないか。
あらかた手当てが終わったころ、ウィプトスも無事倒し、授業が終了した。
「ねぇ知っている? 聖女の噂」
今は昼食時。ナオと私は相変わらず東の庭園の奥で二人お弁当を食べている。
「聖女?」
「なんでも、聖女様に手当てしてもらうと傷の治りが早いんですって」
何か含みがあるようにナオがこちらを見る。
「けれどクラティエ帝国には聖女がいないんじゃなかった?」
「ええ。帝国には聖女制度なんてないから、聖女という身分はないわ。でも個人が勝手にそう呼ぶことまで規制できないでしょ? 私たちも海の民って呼ばれているし、あだ名みたいなものよ」
なるほど、力の強い聖魔法使いが見つかったのかと納得していたら、どうやら違うらしい。
魔物学で怪我をすれば後方部隊が手当てしてくれるが、聖女と呼ばれる子に手当てをしてもらえると怪我の治りが早く、傷跡もきれいなんだとか。
ナオは私のことではないかと思っているらしい。
「え? でも、私が使った薬は先生から手渡された薬で、アビー様も同じ薬を使っているんだよ。やっぱり、聖魔法が使えるバーバラ様かS、Aクラスの人じゃないかな?」
そう言ったものの、ナオはまだ私のことではないかと思っているようだった。
あれから何度か魔物学の実技があったが、私、アビー様、バーバラ様は毎回そろって後方部隊に配置されている。最近は同じ仕事をする仲間のような連帯感も生まれてきていた。
授業ではウィプトス以外にキャタピスなどいろいろな魔虫を取り扱った。
どれもランクは低いが、生徒は魔物に慣れていないからどうしても何人か怪我をする。
ウィプトスの時みたいに骨が折れるほどの大怪我はほとんどないが、小さな怪我は後を絶たない。
だから何人もの人に薬を塗って手当てはしたけれど、特別なことをした人は誰もいない。
みんな水で傷口を洗って、薬を塗って、魔力で絆創膏のように蓋をしているだけだ。
「いや、違うと思うんだけどな」
「どうかしら? テルーはそういう厄介ごとを引き寄せそうだし。貴女も大変ね……」
引き寄せないわよ! と反論しようとする前に、最後の言葉が気になった。
「貴女もって、ナオは何か今困っているの?」
「ん? あぁ、学園のことじゃないのよ。海街のこと。まだクラティエ帝国に慣れてないから仕方ない部分もあるのだけど、帝都の人とトラブルになることが多いし、海街に住む人は、先の災害で家や土地に被害を受けた人が多いからそんなに裕福じゃないの。それなのに閉鎖的でしょ? だからみんな貧しいのよ。このままこの状態が続けば、店や家を手放す人も出てきそうでね……」
ナオの言葉に深く納得する。確かに知り合いでもいなければ海街はちょっと入りづらい。海街は私も大好きだ。だから私にできることはないかと考えて、海街の商品を売ることを思いついた。
こう見えても商会のオーナーだから。
ナリス語ができる人でないと厳しいが、シャンギーラの人を雇うこともできるし、シャンギーラの品物が帝都の人に受け入れられたら、海街に行く人も増えて、海街のお店にもお客が来るようになるんじゃないだろうか?
凄くいい案だと思ったのだが、ナオは「その気持ちだけですごく嬉しい」「心配かけること言ってごめんね」と言うだけで、決して首を縦に振ってはくれなかった。
午後の体術の授業が終わり帰ろうとすると、早速「聖女様」という言葉が聞こえた。
聖女が噂になっているのは本当みたいだ。
「聞きました? 聖女様の噂」
「えぇ、聞きましたわ。希少な力を使って、殿方に気に入られようと必死なのでしょう」
あ、ほら私じゃない。
気に入られようとしたことはないし、9歳の子供を見てそんな感想を抱く人もいないだろう。
「まぁ! そうなんですの? 私は聖魔法ではなく良く効く薬を使って、その対価に無理な要求をしていると聞きましたわ」
薬は使っているけれど、対価を求めたこともないし、薬は先生から支給された一般的なものだ。
私じゃない。
「まぁ~。では、偽聖女という噂は本当でしたの。やはり平民の方は図々しくって嫌ですわね」
平民?
平民で後方部隊はBクラス、Cクラスでは私だけだ。きっとSクラス、Aクラスにいらっしゃるんでしょう。私じゃ……ない。なんだか急に怖くなって「私と言われたわけじゃない」と言い聞かせながら逃げるように家に帰った。
「テルーちゃん、おかえりなさい」
「バイロンさん、ただいま」
ただいまという私の顔が疲れていたのか、バイロンさんは心配して「今日学校で何かあった?」と聞いてきた。
バイロンさん、鋭い。けれど私のことだと決まったわけでもない偽聖女の話をして、バイロンさんに心配をかけるのも気が引け、代わりに昼のナオとの話をした。
「実はナオから海街の人たちが貧しいって話を聞いたの。だから私の商会でシャンギーラの物を売ったらどうかと提案してみたんだけど、断られちゃった。いいと思ったんだけどな……」
私の話を聞いたバイロンさんは、「悩みがあるときは甘いものだよ」とミルクティーを用意してくれる。
バイロンさんの淹れてくれたミルクティーを一口飲む。
甘さと温かさがホッと染み渡り、なんだか落ち着く。バイロンさんの言う通り悩みのある時は甘い物みたいだ。
「それでナオミさんの話だけど、もしかしたら遠慮したんじゃないかい?」
私が一息ついたのを見計らって、バイロンさんが口を開く。
「遠慮、ですか? 友達なんだから頼ってくれてもいいのに……」
やっぱり私が子供だから頼りにならないと思ったのだろうか。
私はそう思ったが、バイロンさんの考えはそれとは全く違うものだった。
「うーん。友達だからじゃないかな? 海街は閉鎖的だし、差別する人もいるからね。だからこそテルーちゃんが好意で海街の商品を売っても売れないかもしれない。いや、むしろその可能性の方が高い。そうすると、テルーちゃんは損する訳でしょ? 大事な友達に高リスクなお願いなんてしたくない。だから断ったんじゃないかなぁ?」
確かに海街は特殊だ。だけどみんないい人だし、私は大好きだ。だからこそ何も思っていなかったけれど、海街への差別ってそんなに大きなものなんだろうか。
差別のことなんて考えていなかったし、テルミス商会で海街の物を売るのは思いつきだった。
でも、私は海街の人のことが好きだし、海街の物も好き。もっと広まってほしいし、貧しさからお店が潰れちゃうのは嫌だ……。
今バイロンさんと話して気がついた。「海街のために」と言いながら、結局は私のため。海街のお店がなくなるのが嫌だから。これじゃただのわがままだ。
そんなことに気づいて自己嫌悪する私に、バイロンさんは一人の人間なのだから私欲が交じるくらい当たり前だという。
「それに、私欲が交じっている方が今回はいいかもよ?」
私欲が交じっている方がいい?
バイロンさんの言葉の意図が分からず首をかしげる。
バイロンさんが言うには、海街に対して差別があるから海街の商品を扱うのは大きなリスクだ。
だからこそ善意での申し出には申し訳なくて頼めないだろう。私との友達としての関係性だって変わってしまうかもしれない。それを考えるとナオは
「でもテルーちゃんが売りたいなら、テルーちゃん自身がお願いしたらいい。海街のためにではなく、あくまでテルーちゃんが売りたいからってことなら、同意がもらえるんじゃないかな?」
なるほど。そういうことは何も考えていなかった。
大事なナオとの関係を台無しにするところだった。
バイロンさんは再び落ち込む私を「テルーちゃんが海街もナオミさんのことも好きなのは伝わっているから大丈夫だよ」と慰めながら、来月末にある建国祭で屋台を出したらどうかと提案してくれた。海街の商品が本当に売れるか実験にもなるし、屋台ならハードルも低いから海街の人も参加しやすいのではないかと。
バイロンさんに相談してよかった。温かいミルクティーに癒やされ、海街の話に希望が湧いた私は偽聖女の話なんてすっかり忘れていた。
カランカラン。
「テルーちゃん、ナオミさんが来たよ」
「はーい! ナオいらっしゃい! バイロンさんもどうぞ」
今日初めてナオが我が家に来た。
海街で買った食材を使って食事を作るから、食べに来てほしいと招待したのだ。
「お邪魔します。今日はお招きいただきありがとう。まぁ、とっても素敵なおうちね。ここは? もう調理場なの? 珍しい造りね」
家の3階は私しか住んでいない。今は貴族令嬢でもないから使用人もいない。
だったら自分の好きなように、使いやすいようにしてしまおうと、家の改装をするときに居間や食堂に続く壁を全て取り払い、調理場の近くに大きな作業台を置いた。
だから3階中央にある我が家の玄関から入って右側のドアをくぐると、どーんと鎮座している大きな作業台が真っ先に目に入る。この作業台は、下部が棚になっているので調理場の大きな収納であり、調理する台でもあり、勉強する机であり、食事をとる机でもある。
そしてさらに奥には、座り心地のいい一人用の椅子が二つとカフェテーブルが窓辺に並んでおり、ちょっとリラックスして本を読むのにとてもいい。
そこからは庭や通りが一望できるから眺めも良く、私のお気に入りだ。
ちなみに居間とは反対の左側は、使っていない空き部屋が一部屋と私の私室がある。
「僕までお招きいただきありがとう。へぇ~。中はこんな風になっていたんだ。珍しいけど、開放的でなんかいいね。はい、これ僕とナオミさんからお土産だよ」
「ありがとうございます! ここのクッキー大好きなの。ふふふ。珍しいでしょ。普段は一人暮らしだから、この方が楽なのよ。それに開放的で日当たりがいい調理場は、心が上向きになるの! デメリットは、ついつい間食が多くなっちゃうこと。さぁどうぞ、ここに座って。準備はできているからお昼すぐ作っちゃうね」
二人には作業台の横に置いてある少し高い椅子に座ってもらい、話しながら料理をする。これもこの調理場のいいところだ。
待っている間、二人に飲み物を出す。出したのは、甘酒を牛乳で割った甘酒ミルク。甘酒も海街で買った物で作った。これを飲めば疲れも吹き飛ぶので、最近私は朝食と一緒に飲んでいる。
海街の物で作ったと言えば、目の前に置かれた真っ白な飲み物をバイロンさんは珍しそうに眺め、一口飲んだナオは「本当にこれが海街に?」とその甘さに驚いている。
「えぇ。エリさんのところで買った物で作ったのよ」
ジャウジャウと小さく刻んだ野菜と腸詰めを炒めながら答える。
そう。今日二人にふるまうのはチャーハンだ。
手軽だが、ナオは粘り気が弱い米の美味しさがまだわからないって言っていたから、絶対にチャーハンを食べてもらおうと思っていた。
今日は勝手に海街感謝祭。海街で買ったあれやこれやで二人をおもてなししようと思っている。
「エリさん!? 醬油屋の?」
ちなみにエリさんというのは醬油屋の女将さんだ。
醬油と味噌を作っているなら、
だが甘酒作りは、思った以上に大変だった。
麴の芯が残ってツブツブしていたり、甘くなかったり。
結局温度管理が上手くできていないのだろうという結論に達し、空調の魔法陣を瓶に付与して、温度を一定に保てるようにしてようやくできるようになった。
「気に入ってもらえてよかった。私も大好きで、朝食の時に飲んでいるの。名付けて、甘酒……じゃなくて、甘麴ミルクかな? そして、はい! お待たせ。海街で買った粘り気が少ない方の米で作った炒めご飯だよ。召し上がれ」
「あら、すごくパラパラしているのね。海街でも小さく野菜を刻んでご飯に混ぜることはあるけれど、炒めたことはなかったわ。シャンギーラは油を自国で生産していないから、本当に高いの。だから油を使った料理って新鮮」
みんなでチャーハンを食べて、一段落つく。二人とも美味しい美味しいと言ってくれて、バイロンさんはおかわりまでしてくれた。海街感謝祭は今のところ大成功だ。
でも、私の本題はここから。
食後のデザート用に小皿を出し、事前に作っていたお菓子を瓶から出す。
きつね色をした小さな
「ふふふ。これも海街で買ったお餅で作ったの。まずは食べてみて」
「塩気が効いていて美味しい! これはついつい手が伸びちゃうね」
ナオも美味しいと言って食べてくれる。餅を揚げて作ったと説明するとまた驚いていた。
「これだけ新しくて美味しいものを作れるなんてすごいわ」
「ありがとう。実はその件でナオにお願いがあるんだ。私ね……今日食べてもらった料理の他にも、こんなものがあったらいいなと思うものがあるの。もっとたくさんの人に知ってもらって、もっといろんなところでシャンギーラの物が食べられるようになったらいいなとも思っている。私が好きなだけでもしかしたら売れないかもしれないし、海街に多かれ少なかれ影響があるかもしれない。でも、このまま海街が廃れていくのは
話しているうちに言いたいことで胸がいっぱいになってきて、早口になりながらなんとかナオにわかってもらおうと説明する。
「だから、私、あの、海街に活気がないと私が困るの! 海街の物が食べられなくなっちゃうなんて絶対に嫌。だから私が、私のわがままなんだけど……。私が欲しいものをシャンギーラの物を使って作っていいかな?」
上手く話せない私をナオは急かすことなく、口をはさむことなく、じっと聞いてくれた。
突然ナオが笑いだす。
「ナオ?」
「やっぱりテルーは海街が、いやシャンギーラが好きすぎるわね。そこまで言うなら、私の許可なんて要らないわよ。私は海街の領主ってわけでもないんだし」
「うん。でも、ナオは友達だからナオが嫌がることはしたくない」
そう言うと、ナオは虚を
「もうっ! そういうこと平気で言わないでよね! 私も、手伝ってあげる。と、友達だから……」
バイロンさんはそんな私たちを見て「よかったねぇ」とニコニコしている。
その後、バイロンさんから提案してもらった屋台でこの揚げ餅を売りたいことを話す。
実際に売るときは、海街の乾物屋に売っていた海老や海苔をすりつぶしたものを混ぜてピンク色と緑色の揚げ餅も作る予定だ。
そうなると、米屋のアンナさんにピンクと緑の餅づくりをお願いしないといけない。
アンナさんは初めて海街に行った時ナオを呼びに行ってくれたおばあさん。あれから私が海街に行くたびに片言のナリス語で私に話しかけてくれ、もうすっかり顔なじみだ。
そんなことをナオに話せば、来週早速、海街でピンクと緑の餅の試作をすることが決まった。
そこで揚げ餅を試作して、そのままアンナさんに試食してもらって協力を依頼するのだ。
建国祭で屋台をするという新たな挑戦が始まるけれど、学校は相変わらず勉強漬けの毎日。
ただ今月末には初めて試験があるのでみんな少しピリついている。いや、みんなではないか。