ナオミさんは体術以外の授業で褒められている私を見て、いじめられると予想した。

 それなら本当はそんな厄介ごとからは離れた方がいいはずだ。それなのに、こうやって一緒に昼食を食べて、忠告してくれている。優しいなと思う。

「優しい!? あ、貴女と仲良くするのは、私にメリットがあると思ったからよ! それに私だけじゃないわ。デニスとかいう子も多分貴女を心配して言っていたんじゃないかしら? 彼は有名な商家の子みたいだし、平民で希少な聖魔法使いのことは知っていたんじゃない? まぁこれは私の想像だけどね。何よりこんな小さい子をいじめるなんて悪趣味よ」

 ナオミさんも最初は優秀な私をやっかんで嫌みを投げつけていると思っていたそうだが、あまりに毎回なので違う意図があると考えたらしい。

 そうか。デニスさんも忠告してくれていたのか。てっきり嫌われているのかと思っていた。

 まぁ本当に嫌われているのかもしれないけれど、心当たりがなかったのでナオミさんの話はすんなり心に入った。嫌われているわけではないと思いたかったのもある。

 またナオミさんの話で驚いたのは、優秀だといじめられるということ。

 私は今までライブラリアンは役立たずだから冷遇されると聞いてきた。

 まだ家族に庇護される年齢だったから、実際心無い言葉に触れたのはわずかだったけれど、それでも悲しかった。役立たずという評価だから、明るい将来も見えなくて。

 だから、役立たずなんて言わせない! 役に立ちたい! 幸せになりたい! と頑張ってきた。

 学園に入学してから褒められることも増えて、頑張ってきたことが実を結んだのかと内心喜んでいたのに……。

 確かに社会学や薬草学の時に睨まれた気もする。

 それはデニスさんの言うとおり「平民のくせにいい気になるなよ」ってことなんだろうな。

 だとしたら、このまま行くと私はいじめられるのか。困った。

 できればいじめられたくないけど、私にとって学園に通うことはチャンスだ。

 だからやめるという選択肢はない。

 ナオミさんは気をつけてと言っていたけれど、気をつけるって言っても今まで私の周りは優しい人ばかりだったから、気のつけ方がわからない。

 悪口や嫌みを言われたり、物を盗られたり、水をかけられたりするとナオミさんは言っていた。

 悪口や嫌みの対抗策は思いつかないけれど、物理的ないじめには結界がいいのではないだろうか。

 そこまで考えたところで、聖魔法使いの希少さ故にいじめられた平民の子の話を思い出す。

 だめだ。結界が使えることが知られたら、余計いじめられる。

 いや、それだけじゃない。火、水、風、地、聖魔法全部使えるとわかったらどうなるんだろう?

 練習したからとはいえ、今や魔法陣も使わずに魔法を行使できるようになっている。

 役立たずにならないために頑張った結果だが、はたから見たら(自分で言うのはちょっと恥ずかしいけれど……)天才に見えてしまうのでは!?

 だって普通なら、使用できるのはスキル鑑定で鑑定された一つのスキルだけだし、五大魔法全てを使える人なんて見たことも聞いたこともない。

 サーッと血の気が引く。絶対いじめられるし、なんか面倒なことになりそうな気がする。

「大丈夫? 貴女顔色が悪いわよ」

「あ。うん。大丈夫……」

 あっという間に昼食の時間は終わり、私は今後どうしたらいいのか頭を悩ませながら、よろよろと体術の授業に行った。

 その日の体術の授業は、もちろんいつも以上にひどかった。


 放課後、温室へ向かう。

 薬草学の助手として、バンフィールド先生に呼ばれているからだ。この「助手」っていうのもいじめられる原因にならないだろうかとも考えたが、一介の生徒に拒否権はないので考えても意味はないと考えるのをやめた。

「バンフィールド先生、いらっしゃいますか? テルーです」

 温室に着いたので、中へ呼びかけてみるけれど返事はない。

 室内で待たせてもらおうと中へ入るとそこには、緑豊かな空間が広がっていた。

 あ、授業で使ったラベンダーだ。アマルゴンも、白サルヴィアもマリーゴルディアだってある。

 懐かしい。マリーゴルディアはドレイトの庭に植わっていたっけ。

 温室にはさすがに知らない植物もあり『植物大全』を開いて調べてみる。

 夢中になって読んでいたら、いつのまにかバンフィールド先生が背後に立っていた。

「貴女ライブラリアンだったのね。道理でよく知っているわけだ。鍛えがいがあるわ~。さ、早速はじめましょう! こっちに来て。これは、今日授業で使ったラベンダーよ。しっかり乾かしたいから干しておいてほしいの。干し方はこれくらいの束にして、こうやってここを縛って逆さにして吊るす。いい?」

 言われた通り、私は大量のラベンダーを干していく。簡単だが、この量はなかなか大変な作業だ。

 全てのラベンダーを干し終わる。

 終わったら、すぐに次の作業だ。次はポーションに使うヤローナ草を処理するらしい。

 バンフィールド先生の説明を聞きながら、根と葉を分け、水でよく洗う。バンフィールド先生と大量のヤローナ草を洗うだけで結構疲れる。

 その後根は水けをきって、フライパンへ。よく炒って、細かく刻み、り鉢でさらに細かく。

 それを前世のドリップコーヒーのように蒸らしながら少しずつお湯を入れる。少ししてやっと、ポタと真っ黒なエキスが1滴落ちてきた。また少しお湯を注ぐ。

 ポタ、ポタ……。

 本当にコーヒーみたいだ。

 時間をかけて抽出したエキスの量は、大きなスプーン1杯程度だった。

 葉は、1枚ずつ丁寧にちぎって細かく刻み、擂り鉢に入れて練る。はちみつや蜜ろう、根のエキスを入れてさらに練る。

 最初はさらさらと混ぜるようだが、次第に粘り気が出てきてこの作業は結構な力仕事になった。

 私は力がないので、かなり時間をかけてやっと滑らかになった薬ができた。

「これは、基本の傷薬。授業でも話したでしょう? 薬草にはもともと効能があるって。聖魔法と比べると効き目は劣るけれど、これもちゃんと傷に効き目があるのよ。今日は乾燥させていないヤローナ草で作ったわね。来週は乾燥させたヤローナ草で作ってみましょうね。どれだけ違いがあるか見せたいわ。復習にもなるしね。はい、これは貴女にあげるわ。また来週の放課後来てね」

 助手というよりも、これでは個人授業みたいだ。私にとってはとてもありがたい話だけれど、いいのだろうか。

 本当に勉強になった。薬は私が今まで作ったものより工程が沢山あった。

 私が作った薬には聖魔法が付与されている。だから効能は私が作った薬の方が高いのだろうけれど、薬の質は今日作った傷薬の方が上だろう。塗った時にざらつきもないし、サラッとして使用感もいいから。

 これに聖魔法を付与したら、より魔力対効果が良いのではないだろうか……。

 そんなことを考えながら歩いているのが悪かったのだ。

 ドン。

 誰かにぶつかった。ぶつかった私が悪いけれど、小さいから私の方が後ろにこけた。痛い。

「すみません!」

「大丈夫ですか……って、なんだお前か。こんな時間まで何を遊んでいる?」

 ジェイムス様だった。ジェイムス様の一番の取り巻きレスリー様もいる。

「バンフィールド先生に呼ばれて……」

 言い終わらぬうちにジェイムス様が話し始める。

「あぁ、助手だったか。いい機会だから教えてやろう。助手なんて言葉で認められたと思っているんだったら大きな間違いだ。子供のお前にはわからなかったかもしれないが、お前がしているのはただの雑用係だ。そんな係、貴族である俺らにさせるわけにはいかないだろ? けれどお前は、平民だからな。だからお前が助手なんだよ。わかったか? わかったら自分の分をわきまえて、助手としてせいぜい励め」

 さっと立ち上がりスカートをはたく。内心私は二人の冷たい目に震えながら、「教えてくれてありがとうございます」と言って足早に立ち去った。

 今はまだ一言言われただけ。でもまだ入学して1週間も経っていない。

 これから先、大丈夫だろうか。


 白壁に黒いアイアンの門をくぐる。ここは中等部に入学すると同時に住み始めた私の新しい家。

 この家はオスニエル殿下からいただいた。

 スタンピードの時に結界を張って町を守った件と、今や皇子妃になったアイリーンを殺そうとしていた騎士やウォービーズの毒から守ってくれたお礼なのだそうだ。

 もともとは貴族の館のような大きな家をくれようとしていたのだが、さすがにそれは受け取れないと固辞したところ、学園にも近い、平民向けの少し大きな家をもらうことになった。

 これも私一人には不相応な大きな家だと思ったが、「使っていない部屋を貸し出せばクラティエ帝国で暮らすのに不自由ないくらいは稼げるのではないか?」と言われたことが決め手になって、ありがたくいただいた。

 というわけでこの立派な3階建ての家の3階が私の家。

 2階はそれぞれ鍵付きの部屋が四つあり、賃貸用の部屋だ。1階には共有の調理場と管理人部屋、入ってすぐの所に、誰でも使える小さな応接室がある。

 ちなみに管理人はスタンピードの時に出会ったバイロンさんだ。バイロンさんとニールさんは知り合いだったようで「顔なじみの方がいいでしょ」とニールさんが連れてきてくれた。

 商人の仕事はいいのだろうかと思ったが、バイロンさんは自分が気に入った商品しか扱わないこだわり派らしく、今は何も売りたいものがないということで管理人を引き受けてくれている。

 レンガの小道を抜け、家のドアを開ける。

「にゃーん」

 ネロが奥からひょっこり出てきた。

 ネロはトリフォニア王国とクラティエ帝国の国境で起こったスタンピードの時に出会い、そのまま一緒に帝都に来た。サンドラさんの家にいる時は、どこかをふらふらほっつき歩いていていないことも多かったけれど、今回の引っ越しにはちゃっかりついてきた。

 いずれまたふらふら出ていくことがあるかもしれないが、ネロには結界付与した首輪があるから危険はないだろうと出入りは好きにさせている。

 結界付きの首輪のおかげか、ネロはお風呂に入れていないのにいつも毛並みがツヤツヤだ。

「ネロー! ネロー!」

 ネロを見るなり、ぎゅーっと抱き着く。

「あのね。私学園でいじめられそうなの……」

「にゃっ!」

 相変わらずネロは、私の言葉がわかるかのような絶妙なタイミングで返事をしてくれる。

 今日は私が落ち込んでいたからか、ずっと近くにいてくれた。

 落ち込んだ時、今までならマリウス兄様が慰めてくれた。だけど今はいない。

「私も強くならなくちゃね」

 その日は寝るまでネロと一緒に過ごし、プリンも食べて、自分を甘やかした。

 明日からは勉強を頑張ろう。悪口も嫌みも聞こえないくらい勉強に没頭しよう。

 嫌なものは、こちらが受け取らなければいいのだ。受け取らなければ、その嫌なものはきっと相手に返っていく。

 あと、わからないようにひっそり自分に結界をかける方法を考えよう。

 私は平民だから、やり返したところで私一人が悪者にされてしまうだろう。だからこちらからは絶対に反撃しない。ただ攻撃も受けないだけだ。

 どんな厄介ごとになるかわからないから、魔法は取りあえず必要に迫られるまで使わない。

 強く、強く生きるんだから!