「7人ですか。Cクラスにしては多いですね。ではできた7人は浮遊紙を持って前に来て。できなかった人は的当ての練習を続けて。あ、疲れた人はすぐ休みなさい。魔力を消耗しすぎると倒れますからね! 7人はこのジグザグのコースを通って私のところまで浮遊紙を飛ばしてください。途中のコーンに当ててはいけませんよ」
ジグザグコースは難しいらしい。4人終わったが、まだ誰もできない。
私はできるかな? できそうな気はするのだけど……。
5人目は第一コーンを回り、第二コーンを回ろうとしたところでコーンに当たってしまった。
6人目は第一コーンを回っているところで落ちてしまった。
そして私の番になる。
掌に紙を置き、魔力を込める。10センチほど上がったところで前に進ませる。
右に回って第一コーン、そのまま進んで左に曲がり第二コーン、第三、第四と進んで、先生の掌に着地させることができた。
「よくできましたね! テルー。例年Bクラスでもできるのは5人程度なのですよ。この調子で頑張れば、次の試験でクラスアップも可能でしょう」
やった! できた!
ナリス語に不安があるから筆記は自信がないけれど、実技はなんとかなりそうだ。
入試にも実技があったらよかったのに。
「平民の#○×……」
何か聞こえた気がして振り向くと、クラス中の目が私に向いていた。
何人かは睨んでいる気がする。ちょっと……怖い。
浮遊紙を使った腕試しを終えるとウィスコット先生は飴玉を配った。
魔力は生命エネルギーのようなもの。枯渇すれば倒れ、死に至ることもある。
この減ってしまった魔力を取り戻すのに必要なのは、睡眠と栄養。ポーションほどは回復しないが、副作用のない一番安全な方法だ。授業では魔力を使うので、今後は飴玉のようにすぐに口にできる食べ物を用意するようにとのことだった。
ウィスコット先生が魔力回復のために配った飴玉を舐めながら、私はメリンダが淹れてくれた甘いチャイを思い出した。私が魔力を使いすぎるたびに、甘いチャイを淹れてくれたのよね。
メリンダ……元気かな。
「この一年で魔力コントロールを学ぶ訳ですが、コントロールというのは、先ほどのように自在に動かせるということだけを指すのではありません。自分の魔力量を知り、自分がどれくらいの魔法を使えばどれくらいの魔力を消費するのかを知ることでもあります。そして飴玉1個でどれだけ回復するのか、回復にどれくらい時間がかかるのか……もです」
浮遊紙を自在に動かすようなコントロールの練習は、ドレイト領でもやってきた。
でも、自分の魔力量がどれくらいなのか、どれくらい食べれば回復するかなんて考えたことがなかった。だから、いつも限界まで使ってしまうのかもしれない。
ウィスコット先生によると同じ魔法を使ったとしても人によって飴玉1個ですむ人もいれば、しっかりフルコースを食べなければ回復しきれない人もいるらしい。だから、自分の魔力を知り、使いこなすことが大事なのだそうだ。
最後にウィスコット先生が次回までの宿題をだして授業が終わる。
次は社会学。一番覚えることが多い教科だ。つまり、出てくる単語の数も多い。どうかわからない単語が出ませんようにと祈りながら、次の授業が始まるまでに知らない単語があれば覚えようとライブラリアンで出した辞書を片手にナリス語の本をめくる。
この単語は……あった。〈鉄鉱石〉だ。訳をメモしとこう。これは、えーっと……。
ふと目の前が暗くなる。不思議に思い、顔を上げるとデニスさんがいた。
「噓をついたな。お前、魔法を習っていただろ。師は誰だ?」
「いえ、だ、誰かに習ったことはありません。本を読んで自分なりに練習していただけです」
私の答えを聞いて、デニスさんが舌打ちをする。
「あまりいい気になるなよ! 貧乏平民のくせに!」
デニスさんはそれだけ吐き捨てて帰って行った。
デニスさんは私と同じ平民の子だが、何故か私にだけ風当たりが強い。入学式の後だって歩いて帰ろうとした私を見て、「馬車もないくらい貧乏なら、やめた方が身のためだぞ。Cクラスじゃとびぬけて才能があるわけでもないだろうしな!」と言ってきたのだ。
特に何もしてないはずだけど、彼には完全に嫌われている。
「気にしなくていいわよ。
隣からまさかのフォローが来た。
「ありがとうございます。話しかけてくれて嬉しかったです。私はテルー。歳は9歳です。よろしくお願いします」
隣の席のナオミさんは、私の年齢に驚きながらも「これからよろしく」と笑ってくれた。
あっという間に休み時間が終わり、社会学の授業が始まる。
これから1時間半は、ずっとナリス語を聞き、読み、書き続ける時間だ。
日常会話はスラスラできるし、読み書きもできるけど、それでもやっぱりまだ母国語と同じように扱える訳ではない。疲れそうだなとげんなりしたところで先生が入ってきた。
「みんな揃っているかー。俺はダン・オルトヴェイン。社会学教師だ。社会学ってのは、歴史も地理も、民族も、その土地の風習も、政治体制も、法律も。俺たちの暮らしに関わるありとあらゆることを学ぶ学問だ。だが、この授業で何年に何々戦争が勃発したとか、どこの地域でどんな習慣があるかなどの知識を教えるつもりはない。何が起こったかなんて、自分で調べたらわかること。調べりゃわかることを教えるなんて無駄だからな」
オルトヴェイン先生は、入ってくるなり教壇に紙の束をばさりと置き、話し出す。
砕けた口調ながら「無駄」とバッサリ言い切る様子に、背筋がひやりとした。
「授業では、その知識一つをどう読みとくかを問う。つまり知識を得ること──本読んで、要点を覚えることを勉強と思わないこった。むしろ知識があって初めてスタート地点に立てると思え」
オルトヴェイン先生はそのまま入試について話し出す。入試はクラティエ帝国の歴史や地理、法律など帝国内の知識を問う問題だった。それはオルトヴェイン先生曰くスタート地点に立てているかどうかを見ているらしい。
それでCクラスというのは、ギリギリスタート地点に間に合ったというところ。
今後授業では、入試で出た帝国内の事柄だけでなく、他国の事象も扱うそうだ。比較対象がなければ一方的な自己満足の答えにしか辿り着けないから。
「自力で必死に知識を身につけろ。その上で俺の授業についてこい。わかったな!」と言って、社会学の説明を締めくくるオルトヴェイン先生。先ほど背筋が凍ったのは、無意識に感じていたオルトヴェイン先生の容赦なさに恐怖していたからだと気づく。
日常会話以上のナリス語はまだ不安しかないというのに、一番ナリス語を使いそうな社会学の先生が一番厳しいようだ。
「それじゃ今日は初日だし、まずは復習がてらもう一回入試問題を解くか。社会学の範囲だけだし、一度解いた問題だから30分で問題ないよな? 君、これ配って。はい、はじめ!」
カリカリカリカリ……。みんながペンを走らせる音だけが響く。
よかった。試験でわからなかった単語を復習しておいて。
何度も何度も覚えるまで単語を叩き込んだから大丈夫なはずだ。
「はい、やめ! 全員前に提出して。俺が採点している間の問題はこれだ。これは80年前と60年前の餓死者数だ。まぁ見ての通り大幅に改善しているな。これが何故だか考えてみろ。もちろん君らはまだまだ知識が足りねぇだろうから、想像で補わなきゃなんねぇ部分もあるだろうけど、自分なりに根拠をつけて答えろよ。ん? 難しいか? じゃあヒントだ。これは、同期間で我が国が調査できるようになった島国の名前だ。さぁ、考えろー!」
試験問題を解いたばかりだというのに、一分一秒も無駄にしないよう即座に次の問題を出すオルトヴェイン先生にぎょっとする。やっぱりこの先生は容赦がない。
そんなことを考えていたら「簡単だな」とクラスで一番目立っているジェイムス様の声が聞こえた。彼は顔も整い、身分も伯爵令息とCクラスでは一番高位ということで、まだ二日目だがクラスで最大派閥を率いている。
「え? もうわかったのか?」
「ふんっ。問題にヒントを照らし合わせれば自然とわかるさ」
「さすがジェイムス様~! すご~い!」
そんな取り巻きの声も続く。私も心の中では彼らと同じく驚いた。
え? ジェイムス様もうわかったの? すごい。私も頑張らないと。
確かに餓死者が減っている。この数なら誤差ってことはないだろう。
この20年のうちに何があった?
脳をフル回転させて考える。
確かセイムス領、もとい元セイムス国がクラティエ帝国に併合されたのはこの時期。あと、ナリス学園初等部が開校になったし、通貨がドーラに統一された。セイムス領の特産は薬草だが、今回は病気じゃなく餓死ということであまり関係なさそうだ。他の二つはなおさら……。
ヒントである島々についても思い起こすが、そのうちの一つのラーナ島がとても遠くにある島だということしか思い出せない。
何もない岩ばかりの島で、その周辺の海流が複雑でなかなか近づけない……とかだったはず。
そんな島を調査したところで餓死者は減らないし、島と餓死者にどんな関係が? と考えたところで無情にもオルトヴェイン先生の採点が終わった。
全くわからなかった……。難しすぎる、社会学。
クラス全体の試験結果があまりよくなかったようで、オルトヴェイン先生は「一夜漬けするな」と苦言を呈し、餓死者の問題を簡単だと言っていたジェイムス様を当てた。
「はい! 調査した島で食料を生産し始めた結果食料自給率が上がり、餓死者が減ったんです」
ジェイムス様が自信満々に答える。
「なるほど。簡単ねぇ。ちなみにそう思った根拠はあるのか?」
「調査した島と餓死者。この二つの単語をつなぎ合わせればわかることです!」
「なるほど。つまり根拠はない訳だな。ちょっと短絡的すぎるな。他にわかるやついるか? いないか。じゃあさっきのテストで満点だったテルーに聞いてみよう。テルーどこにいる?」
満点に喜ぶよりも当てられたことにドキリとする。
「は、はいっ! 私です」
オルトヴェイン先生は目を見開き、ジェイムス様はぎろりと私を睨んだ。
「君がテルーか。君は入試後もちゃんと復習したな。その努力は褒めよう。だが、活用できてないようじゃ意味ないぞ。君はどう考えた?」
「あ、あのわかりません……でした」
「あぁ。わかってないのはわかっている。結論に辿り着いてなくていいから、考えたことを発表して」
そう言われて、考えたことを順に話す。まず餓死者が大幅に減った20年間に起きた出来事を思い出したこと。死者の減少ということで薬草が特産のセイムス国が関係ありそうだと思ったものの餓死との関係性で行き詰まったこと。島については所在地がほとんどわからず、唯一所在地が分かるラーナ島は遠くの小島ということで全く関連性が分からなかったこと。
「併合」などのナリス語が分からず、言葉に詰まりながらの発表だった。
つまり、「わかりません」ということを、もごもごと「あー」とか「えー」とか言いながら長々と説明したのだ。恥ずかしい。
だが、そんなしどろもどろした私の発表を聞いたオルトヴェイン先生は「まぁまぁ」と評した。だからオルトヴェイン先生の「まぁまぁ」は普通の先生の「大変結構」だと思って、心を慰めることにする。
初級魔法学と同様、オルトヴェイン先生も最後に宿題を出した。
宿題の内容は、授業で出された餓死者の問題を自分なりにありとあらゆる方法を使って調べ、どういう影響で餓死者が減ったのかレポートにまとめることだ。期限は次の授業まで。
そして次の授業は明日。オルトヴェイン先生はやっぱり容赦がない!
午前中にあったのは初級魔法学に社会学。たった2科目なのに疲労がすごい。体を引きずるようにして食堂へ向かう。
研究所が学園の敷地内にあるからか、学園の敷地は広い。そして学生も研究員も使うため食堂や図書室は中央にある。そして、1学年でさらに落ちこぼれCクラスの教室はというと一番東端。
食堂が……遠い。食堂に向かう人の波についていきながら、ひたすら中央に向かって歩き、やっと食堂に着いた。学生も研究員も使うとあって、すごい広さだ。
だが一番驚いたのは値段だ。一番安い本日のランチでも平民の奮発ランチよりも高い。学生も研究員も貴族ばかりだからこれくらいが普通なのだろうか。
明日からは学園に来る前にパンでも買っていこうと決め、本日のランチを頼む。
本日のランチは、白いふわふわのパンにビーフシチュー、ハムの載ったサラダに、クッキーも添えてあった。
確かに高いだけあって美味しい。こんなふわふわのパンは平民街のパン屋では買えないから。
「ここ、隣いいか?」
声をかけられ振り向くと、私の戦友ジュードさんがいた。
こんなに人がいるのによく私に気づいたなと思ったら、一人子供の姿だから私はたいそう目立つのだそうだ。やっぱり明日から食堂は避けようと思う。
ジュードさんと出会ったのは、ナリス学園初等部。
クラティエ帝国の帝都ナリスには二つの学校がある。一つは今私が通っているナリス学園中等部。そして、もう一つがナリス学園初等部だ。
初等部では、ナリス語の読み書き、簡単な算術が学べる。それも中等部とは違い、1教科からかなり低額で年齢、性別、身分関係なく誰でも受講できる。そのため受講生のほとんどは平民だ。
クラティエ帝国は、強大な軍事力、経済力を
一番母体が大きいのは、クラティエ帝国の前身ナリス王国の民なので、公用語もナリス語で、帝都も元々ナリス王国の王都があった場所。クラティエ帝国の公的な祝祭日や風習もナリスのものを踏襲している。
おそらくこの初等部は、多民族を一つにまとめるためのものなのだと思う。現に初等部に通うのは、子供より大人の方が多いくらいだ。授業は一日に複数回同じ授業をやっているので、仕事をしながらでも都合をつけやすくなっている。
そんな初等部に、ジュードさんは算術が苦手で、私はナリス語習得のため通っていた。
初等部はすでに仕事についている平民の大人が多いので、授業の後まで居残って勉強しているのは私とジュードさんくらいで、次第に
ジュードさんは今、知り合いのコネで研究助手という名の雑用係をしているのだそうだ。
そもそも初等部に通っていたのも、さすがに算術ができないと雇えないと言われたからだとか。
私は来年無事昇級できたら、魔法科に進みたいと思っているから、研究助手の話は興味がわいた。
中等部は1学年こそみんな同じ授業を受講するが、2学年からは学科選択制なのだ。
貴族科、魔法科、騎士科の三つから選べるが、今の私は貴族ではないし、運動の才は全くないので、迷うことなく魔法科だ。
魔法科の生徒は、授業時間外に同じ敷地内にある研究所の研究助手になることもできる。だがそのためには研究室が定める試験の通過が必要で、研究助手になれるのはほんの一握りだそうだ。
魔法の研究……すごく気になる。
その後ジュードさんと別れ、体術のクラスへ。
体術の授業は、初回ということもあり体力測定だった。
どれだけ速く走れるか、どれだけ長く走れるか、どれだけ高くジャンプができるか、何回腹筋ができるか、どれだけ重いものを持ち上げられるかなどなど……。
言うまでもないことだけど、私が一番できなかった。
100メートル走ではゴール手前で転び、ランニングは1キロメートルくらいでギブアップ。
腹筋は結構頑張って30回。上出来だと思ったが、100回未満は5人しかいなかった。50回未満なんて二人しかいなかった。貴族って……思ったより運動能力が高い。
先生からは完全に落ちこぼれの烙印を押された気がする。
9歳だもの、仕方ない。みんなと3歳も違うし、体格だって全然違うんだから、仕方ないわ! と心の中で擁護するけど、多分9歳の平均も超えてないんだろうな……。
唯一の救いは、体術の授業に試験がないこと。これで試験があったら、私は確実に落第だ。
1時間半動き回り、ヘロヘロになって教室に戻ってくる。
もう授業はない。早く帰りたいけれど、帰れない。地獄の社会学の宿題があるからだ。
取りあえずライブラリアンでクラティエ帝国の地図を出し、わからなかった島の所在地を調べる。どこもラーナ島と同じく大陸から遠い小島だ。船で行くなら1週間はかかるのではないだろうか?
以前読んだ船乗りの航海日誌に、ここよりずっと近い島に三日かけて到着したとあったから、その島より倍の距離があるラーナ島は、単純計算で六日かかるはずだ。
クラティエ帝国に入ってから私のスキルで読める本はどんどん増えている。何故かはわからないが、読み切れないほど。
船乗りの日誌を思い出したことで、餓死者と船乗りの共通点にも気がついた。両者ともに食料が十分にない。だからといって、セイムス領の特産は小麦や畜産ではなく薬草だから、セイムス領だけで食料不足が改善するほど生産できるかは疑問だが。
いや待って。薬草……あの薬草ならもしかして……。
私は仮説が合っているか確かめるために資料室に急いだ。

俺は今、先程提出されたばかりの宿題をチェックしている。宿題が大量で生徒は大変だと言うが、それを見る教師はその数倍大変だ。社会学の最初の宿題は、実は正しい答えを求めていない。
生徒に与えた二つの要素から何を調査するのか、どう考えるのか、またそれを論理的に説明できるか見るためだ。だからその宿題の答えが間違っていたとしても評価が下がるということはない。
「あーAクラスも半数がダメか~。こりゃ今年は大変だな」
もう一度言うが、答えが合っていなくてもいいのだ。
調査し、考え、仮説を立て、また調査し……そういうことを繰り返して得た事実をもとにどんな結末に導くかを見ている。まぁ、生徒に教えてはいないが。するとどうなるか。
「20年で餓死者が減った要因は何か?」という問いに対して「聖魔法使いが増えたから」「食料生産が増えたから」のように簡潔すぎるほど簡潔に一問一答のように書いてくる生徒が多いのだ。
それではどのデータからどう読み取ったのかわからないし、何よりレポートとは呼べない。
こういう奴は、卒業して仕事をし始めてもあんまりパッとしない。
目についた物事の表面だけで全てを理解し、わかった気でいるからだ。まぁそれも入学前までは、家庭教師に習ったことを必死に詰め込むばかりの勉強をしてきたのだからしょうがない。
知識を詰め込むのと、知っている知識を使うのは、頭の使い方が違うからな。
だから生徒たちには、この3年間でみっちり頭を使ってもらう予定だ。
大変だが、ついてこられた生徒は漏れなく仕事においても有能さを発揮している。
逆に入試ではいい点を取っていたのに俺の授業についてこられなかった奴は、言われたことしかできず、ある程度までは出世するんだが、いつまでも二流だ。
だから生徒たちには頑張ってほしい。俺の授業は厳しく大変だが、損はさせないからな。
「はぁ。明日はレポートの書き方からだな。ん? これは?」
Aクラス以降簡素なレポートもどきが続く中、びっちり書かれたレポートが目に入った。
「Cクラスのテルーか……」
色んな意味でびっくりしたからよく覚えている。
例年授業初日に再度入試問題を解かせるが、大概Cクラスの生徒は一夜漬けで覚えて入試の後はすっかり忘れてしまうから、悲惨な結果に終わる。
だが今年はその中で満点を取った奴がいた。それがテルーだ。びっくりした。
2回目とはいえ、満点が取れるならせめてBクラスに入っている実力はあるはずだ。
なぜCクラスにいる?
そしてどんな奴かと呼んでみればちっこい子供。しかも餓死者の問題を解かせてみれば、なかなかいい線をいっていた。
な。色んな意味でびっくりだろ? さて、レポートの書き方はどうかな?
【テーマ:626年~646年の餓死者の減少について】
1年Cクラス テルー
このレポートは、626年から646年の20年間で餓死者が大幅に減少している原因を考察するものである。
626年クラティエ帝国の人口はおよそ183万人、それに対し餓死者はおよそ16万人。これはその年の人口の約8.7パーセントに当たる。
646年には人口312万人に増えるが、餓死者は15万人に減っている。人口比になおすと、約4.8パーセント。20年で3.9パーセントも餓死者が減ったことになる。(※1)
ちなみに636年の調査では人口178万人に対して餓死者17万人で、人口比約9.5パーセントと増えていることから、餓死者が減少した原因は636年~646年の10年のうちの現象であるとわかる。
この年代は10年に1度しか人口調査がなされないため、636年以降の人口増加、餓死者減少のズイイを測ることはできないが、人口増加に関しては638年のセイムス国(当時人口130万人※1)のペイ合が理由と考えられる。
次に肉、魚、野菜、小麦などの食料流通量のズイイを見てみると、セイムス国のペイ合を境に増えていることがわかる。しかしその増加率は人口増加を補いあまるものではなく、よって餓死者の減少が食料生産増加によるものではないと考えられる。(※2)
セイムス国とのペイ合で増えたのは、人口だけではない。
クラティエ帝国内ではセイムス国で生産されている各種薬草、香辛料が安く調達できるようになった。特に流通量が上がり、流通価格が下がったのは、傷薬などに使うヤローナ草、香辛料のピミエンタであった。(※2)
ヤローナ草はポーションの材料にもなり、セイムス国がセイムス領となった翌年よりクラティエ帝国内のポーションの取扱量も増えている。(※2)
ピミエンタは今ではすっかり家庭料理にも使われる定番の食材となったが、当時のクラティエ帝国では生産されておらず、セイムス領になっても数年は価格も高いままで流通していなかった。
そのためピミエンタの価値は高まり「黒の宝石」と呼ばれ貴族や一部の裕福な家庭で楽しめるシコミ品という位置づけであった。(※3)
高値で売れるピミエンタの取引量が増えたためか、セイムス国でのざくづけ面積も640年には倍に増えている。642年には、セイムス領外でもピミエンタの栽培が始まり、流通量が増えるにつれ、ピミエンタの流通価格は下がり、富裕層のシコミ品ではなく、庶民の食卓に上がるようになった。(※3)
当時のピミエンタの使用法は、擂り鉢で細かくしたピミエンタを直接肉や魚に擦り込むというもので、香りづけの他、匂い消し、さらにボーフウ効果もあったという。(※4)
その調理法は、庶民に広がると船乗りの間でもされるようになった。642年シエル島に調査に行った調査船トリトナ号の出港準備品にもピミエンタとオイルに漬けた肉が含まれている。
同船長の航海日誌によると、シエル島到着後もしばらく持って行った肉を美味しく食べることができたという。(※5)
家庭で食べきることができなかったり、売り切れなかったりした肉は、腐り廃棄されるのみだったが、ピミエンタの普及により消費できる期間が長くなり、腐り廃棄される肉が減り、食べられる肉が増えた。
そのため、船乗りはより長期間海へ出ることができ、餓死者も減ったのだと考える。
〈参考資料〉
※1クラティエ帝国社会調査(626年度版、636年度版、646年度版)
※2クラティエ商業ギルド 主要生産物取引データ(食品部門、薬草部門)
※3『魅惑の黒の宝石 ピミエンタ』マリエラ・ベスティ
※4『植物大全』ゴラム・ロイド
※5『秘境シエル島調査~トリトナ号航海日誌』エリック
ふむ。データをよく探している。
数字のうわべを見るだけではなく、ちゃんと割合を割り出したうえでの比較も良い。
ちゃんと参考資料の出典も示しているし。本もよくこんなものを見つけたな……。
この航海日誌は俺も読みたい。あとで図書室に行こう。
ちょっと荒々しいが、ピミエンタにたどり着けたのはさすが。まだ薬草学の授業は受けていないだろうに、ヤローナ草、ピミエンタの効能まで盛り込んだか。最初から少し知識がないとなかなかそこまで辿りつけないだろうに。エイダのばあさんにも教えておいてやろう。
レポートの評価は、よくやった! と言いたいところだが……。
なんだ! この誤字のオンパレードは! ペイ合ってなんだよ。併合だろ?
ズイイって……推移なんだろうけどさ。シコミ品? 嗜好品だろ馬鹿者!
ざくつけ面積じゃなくて作付面積だし、ボーフウ効果じゃなくて、防腐効果だ。
しっかりナリス語を勉強しろ。初等部からやり直せ! と言いたいくらいだ。
俺はレポートの誤字に赤で印をつけていく。
真っ赤になったレポートを見て、俺はテルーがCクラスであることに深く納得したのだった。

1学年の授業科目は少ない。というのも、2学年時に学科選択をするため、どの学科の生徒にも必要な知識に絞って教えているからだ。
この一年で習う科目は五つ。
初級魔法学、社会学、体術の三つの授業を基本に、週に2コマだけ魔物学と薬草学がある。
先日受けた初めての魔物学の授業は、体術の教師でもあるヒュー先生が教えてくれた。
この一年間で学ぶ魔物は、クラティエ帝国内にいるCランク以下の魔物だそうで、初日の昨日はEランクの魔物の名前、大きさ、特性、それからどんな攻撃をしてくるのか、どこが弱点かなどを習った。習った10種の魔物の中には、冒険者登録の際に戦ったキャタピスもあり、なんだかすごく懐かしい気持ちになってしまった。
そうか……キャタピスは成長するとバタフリアになるのか。バタフリアは幻覚を見せる鱗粉をまく魔物でCランクだ。だからなるべくキャタピスの状態で討伐するのが望ましいとヒュー先生は言っていた。
知らなかった。
魔物学は座学だけでなく実技として魔物の討伐訓練もあるらしい。ちょっと不安。
反対に何とかなりそうなのが薬草学。薬草学の先生はエイダ・バンフィールド先生といって、イヴにも引けを取らないくらい美人の先生だ。
独学で薬を作り、旅の間『植物大全』を隅から隅まで読んでいたおかげか薬草学の授業は知っていることが多かった。
想定外だったのは、バンフィールド先生にすごく気に入られてしまったこと。
社会学のレポートでピミエンタやヤローナ草について言及したことで、私に薬草の知識があると先生間で共有されたらしい。初回の授業からバンフィールド先生は私に目をつけ、授業で扱う薬草の効能などを答えさせた。それにも私が答えられたものだから、バンフィールド先生は大喜びで、私を授業の助手に任命したほど。
例年、薬草学なんて聖魔法使いが学べばいいだろと生徒には人気がないらしい。だから聖魔法使いでない私が薬草に詳しいと知り大喜びなのだ。
そして先生に褒められたので来るだろうと思っていたが、やっぱり薬草学の後デニスさんはやってきた。「調子にのるんじゃない。貧乏平民なんだから、いい恰好しようとするな」とのことだ。
確かにデニスさんの言う通り、貴族ばかりのこの学校に、後ろ盾もなく、才能もなかったら通わないほうがいいのかもしれない。
けれど、トリフォニア王国では攻撃魔法の使えないライブラリアンは学校に通うことはできない。
そんな私にとってここはまたとないチャンスだ。
昼休み。
「私、今日東の庭園で食べる予定なんだけど、お弁当なら一緒に食べない?」
そう言ってきたのは、隣の席のナオミさん。もちろん快諾して二人で東の庭園へ向かう。
庭園の奥のベンチに着くなりナオミさんが口を開いた。
「貴女も大変ね。大丈夫?」
「心配ありがとうございます?」
返事をしつつも心当たりがなく、内心首をかしげる。
「あれだけ教師に注目される平民なんて、いじめてくださいって言っているようなものだわ。貴女もっと身の回りには気をつけたほうがいいわよ」
どういうことだと思っているとそれが顔に出ていたようで、ナオミさんが数年前に入学した平民の聖魔法使いの話を教えてくれた。
聖魔法使いの数はかなり少ない。実際Cクラスには一人もおらず、薬草学の授業の時バンフィールド先生は聖魔法使いやポーションだけに頼らず、薬草の知識を持ち、ある程度の怪我は自分で応急処置ができなければならないと言っていた。ポーションには劣るが薬草本体にも効果はあるし、いざという時に聖魔法使いが近くにいるとは限らないのだからと。
それくらい希少な聖魔法使いはどうしても目立つ。薬草学はもちろん、体術や魔物学でも怪我をした生徒を治療したりするのでやはり目立つ。それを面白く思わない人たちがいたらしい。
「たかが平民の癖に」と。
そんな妬みがだんだんいじめへと変わり、悪口や嫌みを言われるなんていい方。物を
知らなかった。
「あなたは聖魔法使いではないけれど、初級魔法学でも、社会学でも薬草学でも先生方に褒められていたでしょう。それを面白く思わない人もいるでしょうね」
なるほど。
説明し終わり、ナオミさんがお弁当箱を開ける。私は退学してしまった聖魔法使いのことを考えて気持ちが少し落ち込んでいたけれど、ナオミさんのお弁当を見て驚きのあまり陰鬱な気持ちはどこかにすっぱり飛んで行ってしまった。
「ナオミさん! それなんですか!? なんという名前で、どこで売っているか教えてくれませんか!?」
そこには、形は丸いけれどおにぎりがあった。これは、絶対、絶対におにぎりだ。
すごい! まさかここで、ご飯と出合えるなんて。
「これ? あまり馴染みがないかもしれないけれど、私たちの領土で昔から食べている『おにぎり』という食べ物よ。島でとれる米という穀物の実を炊いて、丸く固めて作るの。一つ食べる?」
一つもらった私は、久しぶりの……いや現世では初めての米の味に泣きたくなった。
おにぎりに感激した私は、おにぎりのお礼にプリンを渡す。ナオミさんは私の差し出した見たことのない食べ物に首をかしげた。
「プリンです。甘いものはお好きですか? 嫌いじゃなければ、美味しいですよ。食後のデザートにどうぞ」
お弁当を食べ終わり、プリンを食べたナオミさんが目を見開く。
「美味しい。っもう! 全く何なのよ貴女は。絶対ただの平民じゃ……」
最後の方はごにょごにょと言っていて、あまり聞こえなかったけれど、気に入ってもらえたようで良かった。
「ナオミさんって優しいですね」
ぽろりと言葉が出た。
もちろんおにぎりをもらったからではない。