十 不思議な駄菓子屋

竹林を巡る大騒動から、しばらく経った。

今年の田植え祭りも無事に終わり、田んぼには綺麗に苗が植えられ水が張られている。

風がない日は田んぼの水面が湖面のように青空を映して眩しい。

空は自分が大好きな景色が季節を一巡りしてまた戻ってきたと喜んで、最近は夕方前に熱心に田んぼまで散歩している。

だが今日は学校も保育所もお休みなので、久しぶりに明良や武志、結衣と共に米田家で遊んでいた。

「たうえまつり、じぃじがでなくてちょっとざんねんだったなー」

皆でパズルや熊ちゃんファイターで遊びながらおしゃべりしていると、先日行われた田植え祭りが話題になった。

「でもゆきおおじちゃん、つよすぎるからなぁ」

そう、今年の田植え祭りの田起し部門では、去年一町歩いっちょうぶ抜きを果たした幸生は殿堂入りで出場権なし、という扱いになってしまったのだ。

幸生が出場しないと聞いた和義もそれなら俺も出ないと言い張り、結局今年は去年の優勝者と準優勝者抜きで田起しが行われた。

空としては少々残念であったが、二人がいない分他の選手が張り切って珍しい田起し風景を見せてくれたのでそれはそれで楽しめた。

競争が終わった後の田起しには幸生たちも参加していたので、空は傍に行って二人を一生懸命応援した。本気の勝負ではないので二人は張り合いつつも適度に手を抜き、かっこいい田起しを見せてくれた。

雪乃もまた、幸生が田起しした田んぼからザリガニや貝を捕ってきてくれたりして、楽しく美味しい祭りであったことは間違いなかった。

「俺もいつか、田起し出たいなー」

「おれもー!」

武志が呟くと明良も手を挙げて続く。田起しや田植えで活躍することは、村の子供たちの憧れなのだ。

「そらは?」

「ぼくは……うーん、きょうそうはわかんない。でも、たおこしもたうえもしてみたい! あといねかりも!」

競技には出なくても、村には田んぼが沢山ある。競技の後は村人たちがそれぞれ得意な作業に加わって、手分けをして田起しや田植えを終わらせるのだ。空はとりあえずそれにはいつか絶対参加してみたいと思っている。

「わたしはたうえがいいかな! よしおにいちゃん、かっこよかったし!」

「うんうん、ああいうのも良いよな!」

「どっちもってでれないのかな?」

結衣の言葉に武志も頷く。明良は空と同じで、ちょっと欲張ってみたいらしい。

お祭りの田植え部門は、今年も良夫が優勝だった。

今年は忍野家の家族は出場しておらず、田植え部門は良夫以外知らない顔ばかりだったが、皆色々な技や魔法を駆使して田植えを行っていた。

良夫はまたも祖母が勝手に申し込んだらしくブツブツ言いながら参加していたが、去年よりもさらに手際よく田植えを終わらせて、腕が上がったところを披露しての優勝だった。

ちなみに泰造とは祭りの最中に顔を合わせたが、今年はまだ新技が出来ていないから不参加だったらしい。来年は必ず! と気合いを入れていたので空は少し楽しみにしている。

「どっちもかぁ……じぶんでおこめとか、やさいとかつくるのって、ぜったいたのしいとおもうから、ぼくもなんでもやってみたいなぁ」

「いいよなー! おっきくなったら、ぜんぶやろうな!」

「わたしもやる!」

「俺、狩りもやりたい!」

自分の食べるものを、自分で育てたり狩ったりして手に入れる。それこそが今の空の憧れるスローライフだ。

空の前世なら高価な機械で行っていたようなことも、この世界ならとんでもない身体能力や魔法で大体何とか出来る。ならば将来は絶対何とかして参加したい、と空は今から夢見ているのだ。

「でも、ことしはおにくあたらなくって、ざんねんだったなぁ」

それだけは大変残念だったが、それでもその前後の神楽やお昼ご飯を含めて、楽しいお祭りだった。

「はやくおこめできないかな……ぼく、まいにちたんぼみにいってるんだ!」

「たんぼって、まいにちおなじじゃない?」

その言葉に明良は首を傾げたが、空はぶるぶると首を横に振った。

「えー、なんかちょっとずつちがうよ! きのうはいねのなえが、ちょっとだけふえてたよ!」

「そらちゃん、それかぞえてるの?」

「うん。いちばんちかくのがね、さんぼんだったのが、よんほんになってたよ!」

毎日田んぼを見に行っていて気付いたことを、空は一生懸命皆に話した。

空が田んぼが好きなことはみんな知っている。去年稲刈りが終わって景色が寂しくなった後はしばらくしょんぼりしていたほどだ。それを知っているからか、明良たちは空の話を笑顔で聞いてくれた。

「そういうの、分けつって言うんだ。新しい茎が伸びてくることだって、学校で習ったよ」

「ぶんけつ……それいっぱいして、おっきくなったら、おこめがふえるね!」

そうしたらまたおにぎりが沢山食べられる。

空の顔にそう書いてあるように見えて、明良たちはくすくすと笑った。

「そらってば、さいきんおにぎりばっかりたべてるきがする!」

「うん!」

「おにぎりも良いけどさー、俺、うどんとかの麺も好きだな!」

「わたし、パンもすき!」

結衣の言葉に明良と武志も頷いた。

パンは魔砕村の食卓ではレアな食品だ。そもそもこの辺りではほとんど小麦を作っていない。

パンの作り方も近年伝わったものなので、自分たちで作る人はまだ少ない。村の中心部にあるお菓子屋が週に二日ほどパンを焼いて店に並べているのだが、すぐ売り切れてしまうらしい。

米田家でも雪乃が買ってきて出してくれることがあるが、ごくたまにだ。それよりも自宅で簡単に作れるパンケーキの方が出てくる頻度は高い。

「ぱんもおいしいよね!」

とは言ったものの、おにぎりの方が圧倒的に腹持ちが良いので、その観点で見れば空の中ではおにぎりの圧勝だ。空にとってパンはちょっとしたおやつなのだ。


「おや、また食いしん坊な話をしておるな?」

皆で何パンが好きかという話で盛り上がっていると、台所でお茶の用意をしていたヤナが戻ってきた。

「さ、皆おやつなんだよぅ」

「ありがとうウメちゃん!」

「わぁい、おやつ!」

今日は明良と一緒に遊びに来ていたウメが、子供たちにおやつを配ってくれる。今日のおやつは自家製のどら焼きだった。

「どらやき!」

「空のはこっちだぞ」

空が目を輝かせると、ヤナが空の前に大きな皿とお茶の入ったコップを置いた。大きな皿にドンと載っているのは特別製の大きなどら焼きだ。皆のものより、確実に一回りは大きい。

「空は普通のでは足りぬだろうからな。さ、皆も召し上がれ」

「雪乃さんのどら焼きは美味しいよぅ」

「いただきまっす!」

「いただきまーす」

空は素早く手を合わせ、さっそく大きなどら焼きを両手で持ってその端にパクリと齧り付いた。

ふかふかのどら焼きの皮は香ばしく優しい甘さで、空は思わず顔を綻ばせた。もくもくと皮を食べていくと、やがて餡子が顔を出す。

この餡子も雪乃が丁寧に炊いた自家製で、甘すぎなくていくらでも食べられそうだった。

「おいしーい!」

空が満面の笑みを浮かべると、縁側で日向ぼっこをしていたフクちゃんとテルちゃんがトコトコと傍にやって来た。

「フクちゃんとテルちゃんもたべる?」

巨大などら焼きなので分けてもいいと思い差し出すと、どちらも首を横に振った。

「ホピ、ホピピホピ!」

「テルハ、イッパイオヒサマアビタカラ、イラナイヨ! フクモイイッテ!」

「そっか、じゃあぼくがたべるね!」

フクちゃんもテルちゃんも省エネだな、と思いつつニコニコしながら空がどら焼きを齧っていると、ふと顔を上げた明良が空の方を見てぷっと吹き出した。

「そらのってば、かおとおなじくらいのどらやきだ!」

「あはは、すっごいおっきい!」

「どら焼きの向こう側から空の顔が見えるな!」

空のどら焼きはその顔を覆うくらいの大きさだった。大きめのパンケーキで餡子を挟んだような代物だ。それを上から少しずつ食べ進めているので、丸く切り取られた場所から空の顔が少しだけ覗いている。

それを見て明良たちは面白いと笑い、空もその欠けた部分から皆の顔を見て一緒に笑った。


おやつを食べ終わり、皆で庭にでも出ようかと話をしていると、ふとヤナが顔を上げた。

「……何か来たようだぞ」

「おきゃくさん?」

「ちと違うが……悪いものではないな。どれ」

ヤナはそう言うと立ち上がり、パタパタと玄関から出て行った。

皆はその後ろ姿を見送り、しばらくそのまま外には出ずに待つことにした。

「ウメちゃん、なんだろ?」

明良がウメに問うと、ウメはにこりと微笑んだ。

「多分アレだよぅ。この季節に来る、お楽しみのやつ!」

「あ、もしかして!」

明良は何か心当たりがあったらしく、パッと顔を輝かせる。空が首を傾げているとヤナが戻ってきて、皆に声を掛けた。

「皆、外に出るのだぞ。駄菓子屋の使いが来ておるぞ」

「やっぱり!」

「だがしやさん? やったぁ!」

「行こう!」

子供たちは大喜びで立ち上がり、我先にと玄関に向かって駆け出した。空が戸惑っていると、ウメがそんな空の手を引いて立ち上がらせる。

「さ、空くんも一緒に行こうよぅ。楽しいから!」

「うん!」

空は急いで玄関に行き、ウメに草鞋を履かせてもらって外に出た。

外では、門の傍に明良たちが集まり、何故か皆で下を向いている。不思議に思いながら空も近づくと、ヤナが手招きをしてくれた。

「ほら、空。これが駄菓子屋の使いなのだぞ」

ヤナにそう言われて、空は門の外を見る。そこにあったのは何とも不自然な綺麗に丸い水たまりと、そこから顔を出す奇妙なものだった。

いつか空が落っこちたものよりも大きく丸い水たまりが、午後の日差しと青空を映して煌めく。

その端っこから、水まんじゅうに簡単な目と口を描いたような、そんな謎の生き物(?)が顔を出しているのだ。

空が目を丸くしてそれを見つめると、それも空に気付いてこちらをキョロリと向いた。

「初めまして、米田の坊ちゃん」

「は、はじめまして……ええと、そらです」

しゃべった! という驚きをどうにか内心で納め、空が頭を軽く下げるとその生き物ももにょりと頭を下げた。

「これはどうも、ご丁寧に」

スライムのような見た目なのに、言葉は流暢で丁寧だ。

空がそれにも驚いていると、その謎の生き物は水まんじゅうからにゅるっと手のようなものを伸ばして、その先にくっついた紙をスッと差し出した。

そこには可愛らしい文字で、『駄菓子屋 狐狸庵陀亜 開店のお知らせ』と書いてあった。