九 大騒動の後始末

「さぁさ、沢山食べてくださいな!」

すっかり明るさを取り戻した楓の声で、昼の宴は賑やかに始まった。

なよ竹の姫は完全に息絶え、それを確認した一行はひとまず竹川家に戻ってきたのだ。

姫の残骸ざんがいの後始末や、傷んでしまった竹林の手当など色々としなければいけないことはあるが、その前に休憩や治療、腹ごしらえが必要だ。

楓たち竹川家の女性陣は善三たちの帰りを待っている間に、しっかりと昼ご飯の用意をしていてくれた。

屋外に並べられたテーブルの上には、朝掘ったばかりのタケノコの料理がずらりと並んでいる。

「ほあぁぁあ!」

空はそれらを見つめて目をキラキラと輝かせた。パカリと開いた口からは今にも涎がこぼれそうだ。

空の隣にいた雪乃は心得たもので、孫の可愛い口から涎がこぼれぬよう、サッとその口に炒めたタケノコを一欠片放り込んだ。

「んぐっ……むぐ」

「そら、お味はどう?」

「おいひい!! もっとたべたい!」

「はいはい。他にもあるわよ。次は何がいいかしら?」

「空くん、天ぷらはどう? 煮物もあるわよ」

「刺身はまだ早ぇか? 丸ごと焼いたのも美味いぞ。醤油でも塩でも味噌でも合う」

楓と善三がそう言って料理の皿を空の前に回してくれた。

皮が黒くなるまで焼いたタケノコは、切れ目を入れてパカリと開いてある。真っ白でホカホカと湯気を上げるタケノコは見るからに美味しそうだ。善三は空の為にそれをいくらか切り分けて皿に載せ、醤油を掛けてくれた。

「ほら、たんと食え。お前のとこのちんまいのにも助けられた。ありがとうな」

「ありがとう!」

空はほかほかと湯気を立てるタケノコを大喜びで受け取り、さっそく口に運んだ。

「あまくてほくほく!」

焼いたタケノコは驚くほど甘く香りが良かった。先の方はとろりと柔らかく、根元の方はホクホクシャキシャキと食感が楽しい。えぐみは全く感じられず、ただただ美味しい。

お刺身は先っぽの柔らかいところを貰ったが、これもシャキシャキして甘みがあって、醤油と良く合う。

朝から相当な数のおにぎりを食べた空だが、その大半は魔力になって消費されたのでまだまだお腹には余裕がある。

色々なタケノコ料理を少しずつお皿に取り分けてもらい、空は上機嫌でそのシャキシャキ感を味わった。


「お前らも、ちゃんと食べてるか? 沢山働いてくれたんだ、腹一杯食ってけよ!」

善三はテーブルの端にいた泰造や怪異当番の三人にそう言って料理の皿を差し出し、酒も勧めた。

四人は働いた後の若者らしい旺盛おうせいな食欲で、タケノコご飯や料理を楽しんでいたが、酒を勧められて少し困ったような顔をした。

「じゃあ、俺は少しだけ」

「ええと、まだ昼だし、今日の当番も残ってるんで……」

「ええ~! でも、ちょっとだけならいいんじゃない!?

「駄目だ、こら、飲むな千里」

泰造はお猪口ちょこを受け取り、怪異当番の二人は真面目に酒を断る。もう一人もしばらくごねていたが最後には諦めた。

それを横目に泰造はほんの少しだけ酒を貰い、焼いて味付けしたタケノコをシャクシャクと頬張る。

「泰造はもっと飲んでもいいんじゃないか?」

舐めるように酒を飲んでいる泰造を見て、良夫がふと首を傾げた。

「いや……この後また竹林行って後始末しないとだろ。アレがちゃんと死んだのかとか、卵とか子供とかいないか確認しないとだし」

泰造はそう言ってお猪口を置き、お茶が入ったコップを手に取る。良夫はその姿を見て、ふと笑みを零した。

「お前って、何かよくわかんねぇって思ってたけど……やっぱちゃんと村の男なんだな」

「ふん、当たり前だろそんなん」

良夫にとって泰造は友達と呼ぶには疎遠で、幼馴染みというのもしっくりこない、何だか謎の存在だった。

家が近所でうんと小さい頃は仲が良かったと思っていたのに、成長するにつれ何故か一方的に距離を置かれ、よくわからなくなっていったのだ。

けれど泰造も有事の際には自分の役割をきちんと果たす、信頼の置ける村の男だったらしい。

「お前も怪異当番やればいいのに」

「はぁ? 馬鹿言うな! んなもんになったって、俺に出来るのはお前の背中を見送るだけじゃねぇか。そんなつまんねぇことしてられるか!」

泰造がそう言って顔をしかめると、千里がうんうんと頷いた。

「その気持ちはわかる~!」

「なるほど。それは確かに共感できるな。よし、じゃあ一緒に修行するか?」

「いや、勝手に共感すんな! 修行とかいらねぇし! 俺はヒヨコの鑑定士をまだ諦めたわけじゃねぇから!」

そうは言いつつ、空に出番だと呼ばれてうきうきと駆けつけたのだから説得力はない。

何となく周囲にニコニコと温かい視線を送られ、泰造は居心地悪そうにご飯をかき込むと、席を立って逃げ出した。


「あ、たいぞうにいちゃん」

「おう、空、食ってるか……いや、めちゃくちゃ食ってるな!?

「どれもおいしいよ!」

煮物に炒め物、丸焼きに炊き込みご飯、天ぷらやお味噌汁。

あらゆるタケノコ料理を空はもう二周している。空の前には雪乃がちょくちょくおかずを追加しているので、幾つもの皿に色々な料理が沢山盛られていた。

まだまだ行けそうな空に驚愕しつつ、泰造はキョロキョロと空の周りを見回した。

「どしたの?」

「ああ、いや……あのさ、白い鳥と、あと謎の緑の……アレ、空のだよな?」

「うん。ぼくのしゅごちょーのフクちゃんと、ともだちのせいれい? のテルちゃんだよ」

空がそう言うと、空のフードからぴょこりとフクちゃんが顔を出し、椅子の足元からテルちゃんがひょいと飛び出した。

「あ、いた。ええと、礼を言おうと思って。手を貸してくれて、ありがとな」

「ホピピッ!」

「タイゾー、ガンバッタ! オツカレ!」

泰造を奥地まで運んでくれたフクちゃんが胸を張り、力を貸してくれたテルちゃんがニコニコと労う。

「たいぞうにいちゃん、がんばってて、すごくかっこよかったよ!」

「ホントか? ありがとよ!」

子供の素直な賞賛に、泰造は嬉しそうに表情を崩した。

「空もありがとな。ちゃんと俺のこと思い出して呼んでくれて、嬉しかったぜ」

「かつやくできてよかったね!」

「ああ。仕事以外で自分の能力が役に立つって、何かいいもんだな!」

呼ばれた当初は、ア●ンジャーズの中に呼ばれてしまった一般人のような反応を見せていたが、そこには触れず空は微笑んで頷いた。

泰造は雪乃が席を立ったため空いていた椅子に腰を下ろし、足元にいたテルちゃんをひょいと持ち上げた。泰造はまた下ろした前髪の下からじっとテルちゃんを見つめ、それから何度か首を傾げた。

照魂迷彦てるたままよひこ……変わった名前だな」

「えへへ、ぼくがつけたの。まよえるたましいをてらす、っていみなんだ!」

照り焼き目玉焼きのせマヨネーズかけハンバーグが由来だということは、もちろん秘密だ。

「迷える魂を照らすね……そう言われると何かかっこいい気がするな」

「でしょ!」

「そういえば戦ってる最中に、なんかすげー気軽に竹たちに復讐とか勧めてたけど……コイツは危なくないんだよな? まぁそれで助かったのは確かなんだけど……」

「そうなの? テルちゃん、あぶないことした?」

「シテナイヨ!」

テルちゃんはぷるぷると可愛く頭を横に振る。その姿には、全く悪びれた様子はなかった。

「まぁ竹は被害を受けた側だし、その無念が晴れるのは良いのか……? けど、精霊はよくわかんねぇのも多いから、扱いには気をつけろよ、空」

「テルハワカンナクナイヨ! テルヲツクルノハ、ソラノオモイダヨ! ダカラテルハ、イイセイレイダヨ!」

泰造の忠告にテルちゃんはプンプンと怒ったように両手をピコピコさせて抗議した。

空はそんなテルちゃんの頭を撫で、泰造に頷く。

「テルちゃんは、よくわかんないとこもあるけど……でも、いいこだとおもう!」

形を失い消えかけていたものを、テルちゃんにしたのは空の願いだ。空はその本質を知っている。

「ぼくねー、てるちゃんにたすけてってねがったんだよ。だから、てるちゃんはたすけてくれるせいれいなんだよね?」

「ソウダヨ!」

そのやり方が少々人の想定を外れていて理解しがたいこともあるのだが、その本質は変わっていない。空はフクちゃんやテルちゃんとの付き合いの中で、そういうことを少しずつ学んでいた。

テルちゃんは泰造の手の中からぴょんと飛び出し、地面に下りると短い手でピッと泰造を指し示した。

「セカイヲツクルノハ、ヒトノオモイダヨ! ダカラタイゾーハ、ウジウジシテナイデ、ココロヲチョットイレカエルヨ!」

その言葉を聞いて泰造は微かに痛いところを突かれたような表情を浮かべたが、目が隠れているせいか、それは幸いにも空たちには伝わらなかった。

「てるちゃんって、ときどきむずかしいこというね」

「テルハカシコイヨ!」

空はそんな賢いテルちゃんを良い子だと抱き上げ、その頭を撫でる。ほのぼのしたその光景はとても悪い精霊と騙されている子供には見えない。

「……心を入れ替えるねぇ」

生まれた時から持っている、不便で、自由にならない能力。それに縛られて、夢見たところに行くには足りないことばかりが目に入って、思い知って。

入れ替えたくらいで何とかなるならそうしたいと、きっとずっと願ってきた。

「そんな簡単に出来りゃ、苦労しないっての」

小さく呟いた言葉は誰の耳にも届かず、泰造の足元にぽそりと落ちた。

目の前の子供たちが何だか妙に眩しくて、泰造は目元を隠した前髪を撫でつけ、ため息を一つ零したのだった。



「ああ、随分傷んだなぁ……」

善三は折れた竹を見上げてそう呟いた。

昼食後、竹林の後始末や点検のため、善三と息子たち、雪乃と美枝、泰造、そして怪異当番から良夫が残り、再び竹林に足を運んだ。

佳乃子はそろそろ家のことをしなければと家に帰り、千里と菫は村の警戒に当たるためまた詰め所に戻っている。空はお昼寝の時間なので、幸生と共に竹川家で場所を借りて留守番だ。

美枝がいるため竹林は至極大人しく静かだ。もっとも、なよ竹の姫に操られていた半分ほどは動く元気もない様子だった。栄養不足や過労、皆に襲いかかったことによって切られたり、折られたりしてしまった竹も多い。

善三はそんな竹を切なそうな顔でしばらく見上げ、それから鉈を取り出して傷んだ竹を根元に近い場所でカコンと切り揃えた。

そうしながら奥に進むと、竹林が姫によって集められ、そしてテルちゃんによって二つに分けられて道が出来た場所まで戻ってきた。

竹たちは元の場所に戻ろうとして力尽きたのか、中心はまだ密集しているし端の部分は中途半端な間隔で離れている。善三はそれを見てため息を一つ吐いた。

「善三さん、この辺は私が動かすわ」

美枝はそう言って前に出るとしゃがみ込み、地面にそっと両手の平をつけた。そしてそこからじわりと魔力を流す。

「さぁさ、皆、元気を分けてあげるから、もう少しだけ頑張ってちょうだい。こんなに固まってたら、息苦しくて枯れちゃうわ」

美枝の魔力が竹の根を通してゆっくりと広がり、竹たちが目を覚ましたようにガサリと枝葉を揺らす。

「端っこの子たちから順番に動いてね。ゆっくりでいいわ。自分がいた大体の場所に戻りましょうね」

優しい言葉に導かれ、ガサ、ガサガサ、と葉を揺らして、少しずつ竹が移動していく。

「ありがてぇ。美枝さん、ここは頼んでいいか?」

「ええ、任せてちょうだい」

その場を美枝に任せ、善三は頭を下げて奥へと進んだ。


奥はもっとひどい有様だった。襲いかかられたので適当に切った竹や、姫に押されて折れた竹。そして溶けかけた姫の残骸が、山となって積もっている。

善三たちはまず、慎重に姫の残骸に近づいた。

「泰造、どうだ?」

「あー……多分、完全に死んでる、かな。詳細はこれから見るけど、大丈夫だと思いますよ」

泰造はそう言うと長い前髪を上げ、髪留めでパチンと留める。

細かく砕けた氷の破片は無数にあるが、泰造はその中でできるだけ大きめのものを選んでふわりと浮かせ、手元に引き寄せた。そして自分の目に、意識して魔力を流す。

「開け、『森羅万象』」

短く紡がれたのは、泰造が己の意識を切り替えるための言葉だ。能力や作った技に名を付け定義することは、使いやすくする為によく行われる。泰造の場合はそれによって普段はあまり細かいことを見ないように掛けている制御が外れるのだ。


『なよ竹の姫(残骸):裸殻翼足類の一種。主に海中に生息し海を漂う生物だが、稀に他の生物に寄生する個体がおり、さらにごく稀にその宿主が捕食されることで陸上に移動することがある。寄生種の場合、宿主を比較的頻繁ひんぱんに変えるが、陸上では大規模な群体と地下茎を形成する竹などを好んで最終宿主とすることが多い。その場合はかなり巨大化することが知られている。歌に似た音波で宿主を操り、栄養を提供させ自身を守らせる──』


細かく見えた情報を、泰造はさらに精査する。必要な項目を探し、わかりにくい言葉をさらに検索していく。

残骸を見つめる泰造の瞳は不思議な色合いをしていた。本来の金茶色の中に様々な色の光が次々生まれては消えてゆくのだ。光を当てたプリズムのようにキラキラと煌めく瞳は、目の前のものを通り越し、どこか見知らぬ遠い場所を映しているかのように不思議な色をしている。

善三たちはそれを物珍しく眺めながら、結果が出るのを静かに待った。

「──大体わかりました。コイツは本来は海に住む、殻のない貝の一種みたいですね……元々は寄生種じゃないらしいです」

しばらくして泰造は残骸から顔を上げると、善三を見上げてそう告げた。

「海の……貝? これが? じゃあ何だって陸にいたんだ?」

「成長過程で稀に寄生種に変化した個体のうち、さらにごく稀に宿主を変えるうちに陸に運ばれるものがいるようで。多分、寄生してた魚が鳥に食われたとか、そういうのかと」

「そりゃあ……じゃあそんなのがここに来たってのは、ものすごく運が悪かったってやつか」

そうとしか言えない事象に泰造は頷き、善三はため息を吐いた。

「突然変異で寄生種に変化したものは繁殖能力を失うそうです。だから、コイツは卵や子供は産んでいない。この破片も無害ですが、かなり栄養があるらしいからこの竹林に埋め戻したらいいかと」

泰造がそう言うと、善三は一転してホッとした表情を浮かべた。

「そうか……それは不幸中の幸いって奴だな。ありがとうな、泰造。本当に助かった」

そう言って善三は深々と頭を下げた。それに慌てたのは泰造のほうだ。

「いや、あの、ほんと見ただけなんで……俺は他には何も大したことしてないし」

「馬鹿言え! お前が見つけてくれなきゃ本体がどれかわからず、結局残らず焼くか切り倒すしかなかったんだぞ! その後もちゃんとここで踏ん張ってくれたじゃねぇか! おまけに、卵がいないとか栄養があるとか、そんなことまでちゃんと教えてくれて……これで竹林は、また安心して再生できる。全部お前のお陰だ」

「父さんの言う通りだ。本当に助かった。どうもありがとう」

「ありがとう!」

正竹や芳竹にも深々と頭を下げられ、泰造はますますうろたえた。仕事で普段から査定や鑑定はしている泰造だが、それはあくまで仕事なので、誰かからこんなふうに頭を下げられることなど滅多になかったのだ。

「いや、何かほんと……その、役に立ったならそれで……」

もごもごと呟くと、傍で見ていた雪乃が微笑み、その背をポンと叩いた。

「頑張ったんだから、もっと胸を張っていいのよ。さ、そうとわかればこの氷が溶けきらないうちに周辺に埋めちゃいましょ。皆で手分けして、穴を掘らないと」

雪乃の言葉に皆が頷き、竹の間に散ってゆく。雪乃は残骸を宙に持ち上げると、移動しやすいよう小分けにして、まとめてまたきちんと凍らせた。

善三の指示で地面のあちこちに穴が空けられ、そこに今度は小分けにした残骸が埋められていく。

泰造はついでに周囲の竹を点検しては、枯死してしまったものに紐で印を付けていった。それは後で切り倒すのだ。幸生が地面に打ち込んだ竹も簡単には引っこ抜けなかったので後回しだ。

「結構枯れたなぁ……」

善三は寂しそうに呟き、折れたり切られて散らばったりした竹は端にまとめておいた。これは乾燥させて、後でちゃんと何かに使うつもりだった。

やがて竹林はざっとではあるが、それなりに綺麗に整えられた。

最後に善三は、竹林を囲む塀を点検し、結界用の竹簡で傷んだものを見つけ出し、新しいものと交換を済ませる。

「こんなもんか……後は様子を見て、美枝さんに少し魔力を注いでもらうか」

「それが良いわね。じゃあ、帰りましょうか」

全員でぞろぞろと入り口の方へと歩くと、美枝もちょうど竹を移動させ終えたところだった。

「あら、終わった?」

「ええ、大体ね。美枝ちゃんもお疲れ様」

「美枝さん、また少ししたら竹の様子を見に来てくれないか?」

「ええ、もちろん構わないわ。竹たちが元気を取り戻すには、もう少し手入れがいるでしょうし、お手伝いするわね」

「ああ、よろしく頼む」


ようやく終わった騒動に一安心しながら、皆で帰路につく。泰造と良夫はその一番後ろを、何となく並んで歩いた。

まだ泰造は髪を上げたままで、その顔がよく見える。良夫は歩きながら、時折珍しそうにその横顔に視線を向けた。

「なんだよ、チラチラ見んな」

「いや……お前の顔久しぶりに見たと思って。お前ってそんな顔してたっけ?」

「んな変わってたまるか! 昔からこの顔だっての!」

「そうか? うーん……お前、髪切ったらモテそうだぞ」

あと、黙っていたら、という言葉を良夫はかろうじて呑み込んだ。

「うっせえの! この顔がモテるのは知ってるんだよ! そりゃもう何かすげー怖ぇ女たちに群がられたんだからな!?

泰造は以前少しだけ都会に行ったときに、自分の顔がモテるという事実を理解したのだ。しかし目を顕わにして歩くと視界に入る情報が多すぎて具合が悪くなってしまう。

それでもモテるために頑張ろうかと思ったこともあったが、結局それも泰造の望む形ではなかったので、諦めたという経験があった。

「怖い女……いやでも、お前モテたいとか言ってなかったっけ?」

「そりゃモテたいけど、何でもいいって訳じゃねぇだろ! お前にわかるか!? 俺の顔をべた褒めして胸を当ててくっついてくる美人が、現在進行形で四股掛けてるって見ただけでわかっちまう気持ちが!」

「……それはすげぇやだな」

それでこんなに捻くれたのか、と良夫は泰造に同情するような視線を向けた。しかし、ならばどういう相手にモテたいというのかは気になる。

「どういうのにモテたいんだ?」

魔砕村の男女の出会い方はそう種類が多くない。幼馴染みや同級生だった、縁故を頼って紹介してもらった、近隣の祭りで出会った、などと大体相場が決まっている。

いっそ具体的な希望や好みがあるなら、こまめに知り合いに伝えておくと良いと言われているのだ。なので良夫も軽い気持ちで聞いてみたのだが。

「そりゃお前、決まってんだろ。俺がかっこいい忍者っぽい活躍して、それを認められて、素敵! とか言われたいわけで……いや言わせんなよ恥ずかしい!」

「……」

良夫はどこから突っ込んだらいいのかわからず沈黙を選んだ。

忍者っぽい活躍っていつするんだ、あとそれはそもそも人に知られずに行うものでは? と思ったが、言うのも面倒くさい。

「……つまりお前は、やっぱり面倒くさい奴なんだな」

「はぁ!? どこがだよ!」

そこだけ自覚がない男がモテる日は遠そうだ、と良夫はため息を吐いて天を仰ぐ。

竹林の隙間から覗く青空は少しばかり狭く、けれど緑との対比が美しい。さわさわと風が奏でる葉ずれの音が、ようやく帰ってきた平穏を歓迎しているように竹林に響いていた。