八 なよ竹の姫討伐戦

「でか……」

呆然と呟いたのは泰造だった。

あの小さなタケノコからこんなに巨大な生物が出てくるとは考えてもみなかったのだ。それは恐らく善三以外、ここにいる誰もが抱いた感想だった。

しかし半透明の体はもにょりもにょりとうごめいて柔らかそうだし、薄緑色の内臓もうっすらと透けて見えている。

「行くぞ!」

そう言って真っ先に飛び出したのは大鎌を手にした和義だった。

「どりゃあっ!」

鎌が鋭く振られ、その巨大な胴体を切りつける。しかしその鎌はボヨンと弾かれ、次いでつるりと滑って和義は驚いてくるりとそのまま一回転してしまった。

「わわわっ!? なんだこりゃ!」

鎌によって姫の胴体に僅かに傷が付いたが、それもすぐにスッと塞がってしまう。

「くっそ、表面がヌルヌルして、おまけに柔らかいから手応えがねぇ!」

一度戦ったことがある善三はそういえばそうだったと思い出して頷いた。もう随分昔のことだったし、本体に関しては見つけるほうを優先して細かいことは忘れていたのだ。

「よっ!」

「はぁっ!」

良夫が小太刀で翼らしき部分を狙ったが、それも纏った粘液で滑らされてしまう。

足元を鉈で切りつけた正竹の攻撃も同じ結果だった。

「善三、前はどうやって倒したんだよ!」

何度も鎌を振るって小さな傷を付けながら和義が問うと、善三はあの時を必死で思い出した。

「あの時は……確か、どうしても本体が見つからず、周りを切り崩してから抵抗が激しい最後の一角に火を掛けたんだ。その火で竹を燃やして、最後に出てきた本体はその熱でかなり弱っていた……だから討伐は割とあっさりと出来たんだ」

それでは今回とは大分条件が違い、参考にはならなそうだ。

「チッ、仕方ねぇ! とにかく攻撃するぞ!」

あいにくこの場にいるのは魔法より物理攻撃が得意な人間ばかりだ。

それならそれで出来る攻撃をし続けるしかないと、善三も鉈と竹串を握りしめて姫に挑みかかった。

姫はしばらくは攻撃を受けるばかりで反撃する様子はなかった。だが鎌や鉈は滑り、竹串は弾かれ、当たっても厚い体に阻まれて深くは刺さらない。

いっそ殴るのはどうだと和義が試してみたが、ボヨンと弾かれて終わってしまった。

「だぁあ、面倒くせえな!」

「幸生、お前はどうだ!?

後ろで様子を見ていた幸生はその問いかけに頷き、魔法鞄から斧を取りだした。

「下がれ」

声を掛けると善三たちがサッと距離を取る。幸生は頷き、ゆっくりと一歩踏み出す。だが次の瞬間には幸生は姫のすぐ前に立っていた。

幸生は体を捻って大きく斧を振りかぶり、その胴体に思い切り刃を叩きつける。

凄まじい衝撃が姫の体を襲い、宙に浮いた体の下部がスパンと断ち割られた──

「効いたか!?

──が、それは僅か一瞬のことだった。

もにょん、と揺れて落ちるかと思われた断ち割られた三分の一が、しかしブルリと震えて伸びて、またバシャンと上の部分にぶつかって一つに戻る。周囲に飛び散った水玉のような破片はそのまま宙にしばらく浮き、そして突然バシュンッと弾丸のように善三たちに襲いかかった。

「危ねぇっ!」

「うわっ!」

善三と和義はかろうじて避けたが、破片の一つが避け損ねた正竹の足を掠める。

「ぐっ!?

「正竹!」

「大丈夫だ! ちょっと掠っただけだ!」

善三は正竹の右腿にじわりと血が滲むのを見て、庇うように息子の前に立った。

幸生はまた元に戻ってしまった姫を見上げ、困ったように斧を下ろす。自分が振った斧の衝撃で姫の後ろにあった竹がバサバサと何本も倒れてゆく音が聞こえる。そちらの方が被害甚大だ。

「駄目か……」

呟いて見上げた声は、珍しく自信がなさそうに響いた。


一方、戦闘が始まってから、泰造は後ろに下がって少し離れた場所からその姫を観察し続けていた。


『なよ竹の姫:裸殻翼足類らかくゆうそくるいの一種。ゼラチン質の体は小さく縮むため隠密能力に優れ、回復能力も高い。打撃や斬撃に強いが、炎や氷には比較的耐性が低い』


「裸殻翼足類とか、わかっても何の役にも立たねぇ……結局コイツが何なのかさっぱりだ」

とりあえず、姫が外に出たので竹が襲ってこなくなったことだけは確かだ。そうなれば応援も期待できる。それなら足手まといにならぬよう、自分はもう少し後ろに下がるべきかと泰造が考えた次の瞬間──

「うわっ!?

「ぐっ!」

──キイィン! と突然甲高く激しい音が響き、全員の鼓膜を揺らした。

前に出ていた全員が思わず耳や頭を押さえ、さらにはちょうど跳び上がっていた良夫がバランスを崩し、ドシャッと地に落ちる。後ろにいた泰造も思わず耳を押さえてその場にうずくまった。

姫の歌は攻撃にも使えるのか、と驚きながら顔を上げた泰造は目を見開いた。謎の生物の一番上、二本の角が生えた丸い頭だと思っていた場所が真ん中からパカリと開こうとしている。

「え……ええ!?

そのあまりにも不気味な光景に泰造は思わずうろたえ、けれど目が離せない。見つめていると真ん中から裂けるように割れた頭の中は緑色をしていた。竹の色だ、と思う間もなくその緑がしゅるりと細長く伸びる。

「っ!」

それが何をしようとしているか気付いた瞬間、泰造は思わず地を蹴った。

手には気絶しかけた時もしっかりと握ったままだった、空の盾がある。泰造は必死で走りながら、その盾を上に大きく振り上げた。

「っらぁっ!!

ズドンッ、と重い衝撃が盾を持った手にビリビリと伝わり、必死で堪えたが膝ががくりと沈む。だが善三の盾はさすがの性能で、盾の大きさを超えた防御結界が丸く広がり、泰造と、泰造が後ろにかばった良夫を、姫が振り下ろした三本の触手からしっかりと守り切った。

「っくぅっ、良夫ぉっ! 起きろ! 立て!」

「……っ! 泰造!?

跳び上がっていて姫の頭に最も近い場所にいた良夫は、落ちたまましばし気絶していたらしい。近くで響いた怒声にハッと目を覚まして頭を振ると、自分の前に立っている泰造に気づき目を見張った。

「良夫、今ので多分スミも耳をやられてるはずだ! お前が行け! 戻って雪乃さんを連れてこい! あの人じゃなきゃ駄目だ!」

「……わかった、すぐ戻る!」

泰造の言葉に良夫はふらりと立ち上がると、踵を返して真っ直ぐに走り出した。


「てめぇ幸生! お前、もうちょっと優しく助けられねぇのか!」

少し後ろでは、もう半分あった触手に狙われた善三や和義、正竹が幸生によって遠くに放り投げられたり引きずられたりして、文句を言っている。

「手が足りん」

幸生はいち早く歌の攻撃から立ち直ったが、三人を守るには手が足りなかったのだから仕方ない、と首を横に振った。

触手を防がれた姫はまた一度体を起こしそれを引っ込めた。しかしその触手は再びゆっくりと上に振り上げられ、力を込めるためか体も後ろに反らされる。

次は、一番前に立っている自分に全ての触手が襲いかかるだろうと、泰造はゴクリと唾を呑んだ。姫の動きはゆっくりだが、体が大きいためその攻撃は思いの外遠くまで届く。

「うう……やっぱ盾を良夫に渡して、俺が走る方が良かったか?」

泰造は逃げたくなってつい後悔をしたが、いや、とすぐに頭を横に振った。

「俺より、アイツの方が足がずっと速いし……だ、大丈夫! この盾があれば!」

泰造は腰を落として身を低く構えた。

今から後ろに下がっても多分攻撃は当たる。それなら全力で受け止めた方がマシだ、と泰造が覚悟を決めて盾を握りしめると、突然その頭に何かがぽすりと乗っかった。

「ひぇっ!?

驚いて思わず頭を振ると、上からピャッと可愛い声がする。

「タイゾー、アバレチャダメ!」

泰造の頭に落ちてきたのはなんとテルちゃんだった。テルちゃんは誰も知らぬ間にこんな所までやってきていたらしい。

ずり落ちて後ろ頭に張り付いたテルちゃんにメッと叱られ、泰造は慌てて暴れるのを止めた。

「タイゾー、テルガ、テツダッテアゲルヨ!」

テルちゃんがそう言って頭の上の葉をピコピコ揺らすと、泰造が構えていた盾がブルリと震えた。

「え、うわっ! 何したんだよ、何か育ってんぞ!?

盾は震えたと思ったら今度はミシミシと軋み、そしてパキパキと音を立てて何故か上下に広がってゆく。素材となった竹の節から新芽が現れ、ビシビシと音を立てて伸びてすぐに枝になり葉が付いた。伸びた枝葉は絡み合い、鋭いトゲのような形になって盾の表面を覆った。

「ツヨクシタヨー」

のんきな声が響くと同時に、再び姫の触手が降ってくる。善三たちが後ろに放り投げられたため、やはり今度は泰造一人を狙ってだ。

「ひっ!」

泰造はしっかりと構えつつもさっきより遙かに迫力のある攻撃に盾の後ろで思わず首をすくめた。しかし、今度は何故か先ほどよりも感じた衝撃は弱かった。

バンッと防御結界に当たった触手が大きく弾かれ、なんとそのうちの一本がバチンと千切れ飛んだではないか。

ドスン、と長い触手がすぐ脇に落ち、泰造はひぇっと小さな悲鳴を上げた。

「マジで何したのお前!?

「ツヨクシタヨー」

テルちゃんの答えは簡潔かつ大変わかりにくかった。


良夫を戻らせた泰造が無事に攻撃をしのぎ、それどころか姫に痛手を与えたのを見た幸生は、引きずっていた正竹と善三を下ろすと、さっきとっさに投げ捨てた斧を拾いに戻った。

そしてそれをすっと振りかぶり、周囲にある竹に向かって振り抜く。半ば立ち枯れていた竹はスパンと簡単に切り倒され、ガサリと揺れて倒れかかった。それを幸生はぐっと持ち上げる。

「幸生、何をやる気だ?」

「時間稼ぎだ。善三……和義でもいい。これの頭を切り落とせるか?」

上が邪魔だ、と竹を見上げた幸生に、和義が頷く。

「よっ、と!」

和義は鎌を上に向かって振り、そこからカマイタチのような斬撃を飛ばして、幸生が持つ竹の上部を高い位置で切り落とした。

「これが、あと何本か欲しい」

「わかったぜ!」

「仕方ねぇ」

怪我をした正竹を後ろに下がらせ、善三と和義が周囲の竹を何本も切り払い、あっという間に丸太のような状態に仕上げる。

幸生はそれをまとめて抱えると、姫に向かって走り出した。


その間、泰造は一人と一匹(?)で必死で姫に立ち向かっていた。とは言っても今の泰造に出来るのは、手にした盾でその攻撃を防ぐことだけだ。

だがテルちゃんが強化した盾によって触手を切り飛ばされた姫も、それを警戒して攻めあぐねている。

牽制するように盾を大げさに構え、姫が単発的に加える軽い攻撃を防ぐだけなので、泰造にもかろうじて何とかなっていた。

「タイゾー、コーゲキスルヨ!」

「無茶言うな! 俺はそういう担当じゃねぇの!」

ぺちぺちと頭を叩かれ、泰造が首を横に振る。

「ショクブツ、モッテナイノ? ソシタラ、テルガテツダウノニ!」

「植物? んなもん、ここには竹くらいしか……」

泰造は盾の陰から周囲を見回す。周りにあるのは戦いの余波で折れたり切り払われたりして、バラバラに散った竹の枝や葉くらいだ。泰造は魔力を僅かに伸ばし、その細い枝を一本浮かせて手元に引き寄せた。

「これぐらいしかねぇよ! っと、あぶなっ!」

上を警戒していた泰造に、横から触手が迫る。ぶつかる前にどうにか気付き、泰造は慌てて盾を動かしそれをしのいだ。身を低くして盾に隠れ、攻撃に耐える。

その間に、頭の上に浮かべたままの竹の枝をテルちゃんがどうやってかひょいと捕まえむむむと唸った。

「ヤラレッパナシ、ヨクナイヨ! クヤシイナラ、マヨワズフクシュースルヨ!」

テルちゃんは竹の枝にどこか楽しそうにそう告げた。すると枯れて折れたはずの枝が、その手の中で僅かに光を帯び、パキパキと音を立て始める。

「え、何してんの? こわ……」