六 竹林の異変

外の竈で温めた味噌汁の具合を見ていた楓は、突然竹林から飛び出すように現れた善三たちを見て目を見開いた。

善三は全員が竹林から出るとしっかりと塀の戸を閉め、それから焦ったように楓たちの所へと走り寄った。

「楓、すぐに怪異当番に連絡を……いや、美枝さんのほうがいいか?」

「何があったんです?」

「奥で妄想竹に襲われた」

簡潔に告げられた夫の言葉に、楓はハッと息を呑んだ。

「このタケノコの季節に!? 何で……あ、まさか……!」

「ああ。多分アレだ、間違いねぇ」

「父さん、アレって、まさか……姫か!?

父母の会話から事態を察した正竹が声を上げると、善三は息子たちの方を見て苦々しい顔で頷いた。

「恐らくな……とりあえず、急ぎ怪異当番に連絡してくれ。『なよ竹の姫』が出た、と」

そんな、と芳竹が悲痛な声を発した。


張り詰めた空気が流れる中、幸生はそっと気配を消して動いていた。

楓の後ろに回り、その向こうにあった竈と鍋を覗き込む。

ちょうど良い具合に味噌汁が出来上がっていることを確かめると、傍にいた芳竹の妻の奈菜にそっと声を掛けた。

「この味噌汁を一杯貰っても良いか?」

「えっ!? あ、ああええと、は、はい」

奈菜は突然横に現れたように見えた幸生に混乱しつつも、用意してあったお椀に味噌汁をサッとよそってくれた。

幸生はそれを持って、竹川家の前庭に用意されていた屋外用のテーブルと椅子の所に向かう。

そしてテーブルに味噌汁を置くと、幸生の肩の上でぐうぐうとお腹を鳴らしていた空をそっと下ろした。

「雪乃」

「はいはい。はい空、おにぎりをどうぞ」

「あ、ありがとう……いただきまぁす」

幸生が雪乃を呼べば、気配を消した夫の動向をうかがっていた妻は心得たもので、魔法鞄から用意していたおにぎりを取り出して空の前に並べ、おしぼりも出して空の手を拭いてくれた。

空はこの空気の中でのんきに朝食を始めていいものか一瞬悩んだが、もう限界を迎えていた空腹にすぐに負け、おにぎりに齧りついた。

最初に手を取ったおにぎりの中身は梅おかかだった。その酸っぱさがさらに食欲を刺激して、空はあっという間に周りの空気のことなど忘れ、がっつくように口に運んでしまう。

それを見守る幸生は満足そうな表情を微かに浮かべた。

竹林を襲った異変は気になるが、それよりも幸生には間近に響く空の腹の虫を退治するほうが遙かに重要なことなのだ。


空がもぐもぐと一生懸命口を動かし二個目のおにぎりを手に取ったところで、善三がその姿を見つめる幸生に目を留めた。

「っておい幸生! お前は何のんきに孫の世話焼いてやがんだ! こっちは一大事なんだぞ!」

「空の腹も一大事だ。空が空腹で倒れたらどうする」

「そりゃあ……いや、もうメシは食い始めてんだから、お前もこっちに加われっての! 眺めてる必要はねぇだろうが!」

善三がそう指摘すると、幸生は渋々振り向く。しかし向きを変えただけで空の傍を離れる気はないらしい。

「善三、俺に手伝えることがあるのか? なよ竹の姫は難しいとお前は以前言っていただろう」

「憶えてたのか……そりゃあまぁ、そうなんだけどよ……」

「竹林の半分を諦めて更地にする気になったら言え。ちゃんと綺麗にしてやる」

「やる前から諦めんな!」

空はそんな二人の会話を聞きつつ口を動かし、おにぎりをごくんと呑み込んでから幸生の背に声を掛けた。

「ねぇ、じぃじ、なよたけのひめって、なぁに?」

空の記憶では、それは確かかぐや姫を表す言葉だったはずだ。この世界にはかぐや姫もいるのかと最初は空も思ったが、それにしては何だか善三の焦りようは尋常じんじょうじゃない。

察するに、どうもおとぎ話のお姫様のような、可愛い存在ではなさそうだ。

そんな空の疑問に答えたのは、苦虫を噛みつぶしたような顔をした善三だった。

「なよ竹の姫ってのはな、竹みたいな群生する植物に寄生する、寄生生物のことだ」

「きせい……」

「他の生き物の体に入り込んで、栄養を取ったりすることをそう言うんだよ。なよ竹の姫は特に竹を好んで取り憑くことが多いから、そう呼ばれてんだ」

どうやらかぐや姫ではなかったらしい。寄生という穏やかでない言葉に空は怖々とさっき出てきた竹林に視線を向けた。

「きせいされると、どうなっちゃうの?」

「姫は竹の一本に寄生すると、その周囲の群体を全部自分の配下にしちまう。そうして外敵を攻撃させて安全を確保し、栄養を提供させて成長して力を増し、周辺に勢力を拡大していくんだ……」

「え、こわ……」

「本来なら竹はこの季節には攻撃してこないはずなんだが、あの反応……あの奥のどこかに、なよ竹の姫がいることは間違いねぇ。このままじゃ、栄養をとられ、本来の時期を外れて働かされ酷使された竹林はめちゃくちゃになっちまう」

(うーん……サークルの姫に勝手におさまって、そのサークルをめちゃくちゃにしちゃう感じ?)

タケサーの姫か、と空は何となく理解した。


「父さん、とりあえず怪異当番には連絡した。すぐこっちに来てくれるらしい……けど、なよ竹の姫はすぐ見つかると思うか?」

「無理かもしれねぇ……姫は身を隠すのがとにかく上手い。俺も実際に姫を見たのはもう随分昔だ。別の村で出た時に助けを求められて手伝いに行ったんだ。あの時は探知が得意な術者でも、竹と区別が付けられなかった。散々探して見つけられず広範囲に被害が出て、結局竹林を外から切り崩して追い詰めたんだ」

「そんな……あそこから同じことをしたら、うちの妄想竹が半分なくなっちまう」

「駆除は難しいのか……」

正竹と芳竹は兄弟揃って肩を落とした。二人ともこの竹林と共に大きくなったのだ。それが大きく損なわれる可能性を想像して表情が曇る。

「なよ竹の姫はどこから来るのかもその生態も、わかってねぇことが多いんだよ……ああ、俺が冬の間ももっとちゃんと点検してりゃあ……!」

善三はそう言ってがくりとしゃがみ込み、両手で頭を抱えた。

「仕方ないよ父さん……去年から父さんは何だか随分忙しかったから。むしろ俺がもっと竹の世話も手伝うべきだった。ごめんよ……」

正竹はそう言って悔やむ善三を慰める。

米田家の三人は、そんな善三や正竹から何となくそっと目を逸らしたのだった。



それから間もなく、今週の怪異当番だという三人が竹川家に駆けつけた。

来てくれたのは伊山良夫いやまよしおと、その幼馴染みである遠山千里とおやまちさとと、木ノ下菫きのしたすみれの三人だ。

「竹川さん、どうも。何かヤバいのが出たとか?」

良夫は善三とは、実家である雑貨屋の仕事の関係でよく顔を合わせている。その気安さで最初に善三に頭を下げると、後ろの二人を振り返った。

「こんにちは~。ざっと見た感じ、全然何も見えなかったけど、ヤバいのどこなんですー?」

千里はそう言って手を振ると、くるりと周囲を見回した。竹川家や竹林に向かって顔を動かすと、下ろした長い髪と一緒に、顔の上半分を隠した紙がひらひらと揺れる。

朱色の墨で一つ目が描かれた白い紙を顔に貼り付けた千里は、遠見の術で離れた場所を視認するのが得意だ。

けれど怪異当番の詰め所に連絡が来てからすぐに竹川家や竹林を確認したが、特に異変は見当たらなかったと千里は告げた。

「俺も特に異変には気づかず……申し訳ない」

そう言って謝ったのは体格の良い強面の青年である菫。両耳に貼り付けた術符で村内の異変を聞き取ったり、結界を抜けたものを探知したりすることに長けている。しかし菫もやはり特に異変は感じなかったらしい。

それを聞いた善三は思わず眉間に皺を寄せた。

「お前らは、なよ竹の姫についてどこまで知ってる?」

「話くらいは……そういう寄生生物がいるって聞いただけっすけど」

「全然知らないでーす」

「他所の村の記録や古い文献は一応以前に読みましたが、大した情報はなかったですね」

三人が口々に応えると、善三はそうか、と呟き肩を落とした。

「なよ竹の姫は、多分最初はすごく小さい存在だろうと言われててな……だから結界を抜けて村に来たんだとしても気付かなくても仕方ねぇ……ある程度育つまで、気付かれるようなヘマもしないらしい」

「今まで村で出たって聞いたことはないですけど、いつもはどうやって防いでたんです?」

良夫が首を傾げると、善三は竹林をぐるりと囲む竹の塀を指し示した。

「害虫避けとかの結界を張って防いでいる。広範囲結界を張るための術を付与した竹簡ちっかんを、あの塀に等間隔で配置して、竹林をぐるりと囲んでんのさ」

善三が代々引き継いできた竹林はかなり広範囲だ。妄想竹や魔竹またけ覇竹はちくなど、用途に合わせて色々な竹を育てている。それらを囲む結界となるとかなりの広範囲だ。

「多分、どっかの竹簡に傷んで交換が必要なやつがあったんだろう……それを俺が見逃したんだ。そこから結界に綻びが出来たのかもしれねぇ」

そう言って善三は深いため息を吐く。

米田家の三人は、その姿からまたそっと目を逸らした。

「どんな見た目とか、わかることはないんすか?」

良夫が問うと、善三はううん、と唸って言葉に詰まった。しばらく考え、説明が難しいんだが、と前置きして、知ることを話す。

「本体の見た目は……何とも言いがたい形をしている。何に似てるとも言い難い。宿っている竹を暴いて切り倒せば中から姿を現すが、そもそもその宿っている竹を探すのが難しい。見た目は完全に竹のまま、気配や魔法探知でも竹と見分けるのは困難だ」

「う、見た目も竹なら私の遠見でもわかんないかも……」

「俺も魔法感知は得意なほうですが……竹と見分けられるかはちょっと近くに寄って試してみないと」

視認が得意な千里は首を横に振り、菫は難しい表情で腕を組んだ。

二人の反応を見て、良夫は自分に出来そうなことを考える。

「そうすると……もういっそ、襲われることを覚悟で偵察してみますか? 攻撃が激しい方向に本体がいるだろうから、俺が場所を変えながら近づいてその様子を外から千里に観察してもらうのは?」

良夫のその提案に、しかし善三は首を横に振った。

「それが、姫は外敵が自分に迫ると近くの竹伝いに移動して逃げることが出来るんだ。多少の時間は掛かるようだが……偵察を繰り返すと、見つける前に別の場所に逃げられることは十分考えられる」

「……めちゃくちゃ面倒くさいっすね?」

良夫はしばし言葉を失った後、心底嫌そうな顔でそう呟いた。その場の誰もがその言葉に共感し、深いため息を吐く。

「やはり更地にするか?」

「だからいきなり諦めんな!」

過激派の意見を却下し、善三は頭を掻きむしりながら手立てを考える。

「美枝さんに頼むのはどうだろう? さっき父さんも考えてたよな?」

正竹がそう問いかけると、雪乃は難しい顔をして首を捻った。

「美枝ちゃんなら竹はわかるし、彼女のお願いならある程度届くと思うのよ。でも竹じゃない子はどうかわからないわ……姫は植物ではないのよね?」

「ああ。多分違う」

「そうなると難しいかもしれないわ。でも、最低限周りの竹の抑えにはなるかもしれないから来てもらう?」

「出来れば、頼みたい」

藁にも縋るような面持ちで善三は雪乃に頭を下げた。雪乃は頷き、すぐに連絡用の鶴を取り出し術を掛けて飛ばした。


空は六個あった自分用のおにぎりを全て綺麗に平らげ、幸生が貰ってきてくれた三杯目の味噌汁を飲み干し──その間、ずっと皆の会話に耳を傾け、考えていた。

善三が忙しくなったのは、どう考えても米田家が原因だ。

竹細工師として大人気にさせてしまったことに、空自身も一役買っている。そこはさすがに少々申し訳ない。

自分に何か出来ることはないだろうか、と空は考え、そして栄養を補給し目が覚めて回り始めた頭で、すぐに一つの結論を導き出した。

最近出来た、なんか変な友達がいるじゃん、と。

「ね、ばぁば。ぼくにもそのつる、ひとつちょうだい」

「え、これ? 良いけど、何をするの?」

「ぼくのねー、ともだちで、たすけてくれそうなひとをよぶの」

空は雪乃から折り鶴を一つ貰うと、羽を開いて左の手のひらに載せた。これの使い方は、この間保育所で鶴を作った後に雪乃が参考にと教えてくれたのだ。

空は雪乃に教わった手順を、頭の中で思い返した。

(えっと、確か決められた言葉を最初に言って、伝言を誰に届けるかを言って、それから伝言だって言ってたよね? ばぁばの鶴の場合は、「可愛い小鳥」だって教えてもらったから……)

空は鶴の背中に右手の指でちょんと触ると、魔力を少しだけ注いで言葉を紡ぐ。

「かわいいことり、ぼくのことばを、『まさいむらのおしのたいぞう』にとどけてほしい……『たいぞうにいちゃん、じけんだよ! でばんがきたよ! たけざいくしのぜんぞうさんちに、いますぐしゅうごうだよ!』」

空が魔力を注ぐのを止めると、パタパタと鶴が羽ばたき出す。

鶴はふわりと手のひらから浮き上がり、真っ直ぐ西に向かって飛びたった。それを見送る空に、少々困惑した顔の雪乃が問いかけた。

「空、泰造くんって幸江さんとこの子よね? 友達って、いつ知り合ったの?」

「ほいくじょであうよ! なんかねー、ぼくとともだちになりたいんだって!」

「あ、そういえば非常勤だって言ってたわね……」

雪乃はまだ保育所で働く泰造とは会ったことがないらしい。そういえば泰造と空が友達になった日も、雪乃と泰造は顔を合わせていない。

雪乃が空を迎えに来たとき、泰造は「乗車率百五十パーセントってなにぃ……!?」と未知の世界に恐れおののき泣き崩れていたので、置いて帰ったのだ。

まぁそれは今はどうでもいい話だ。

「何で泰造くんを呼んだの?」

「だって、たいぞうにいちゃんなら、きっとみただけでひめがわかるもん」

「何っ!? 本当か、空!」

空の言葉が聞こえたらしく、善三がガバッと顔を上げて詰め寄った。空はそんな善三にうんうんと何度も頷く。

「ぜったいみつけてくれるから、だいじょぶだよ!」

しかし、泰造の名を聞いた怪異当番の三人はどことなく複雑そうに、お互いの顔を見合わせた。

「泰造か……確かにアイツなら……でも鑑定能力はすごいけどなぁ」

「ちょーっと面倒くさいんだよね~」

「うむ……アイツがそう都合良く働くと思うか?」

三人がぼそぼそとそんな不安を話し合っていると、パタパタと走る音が聞こえてきた。

「あ、美枝ちゃん!」

竹川家に駆け込んできたのは、いつものワンピースとエプロン姿の美枝だった。よほど急いで来てくれたのか、息が荒い。

「おは、よう、緊急、だって言うから、ハァ、来たわよ」

「ああ、ありがてぇ! すまねえ美枝さん、朝から呼び出して……」

善三や正竹たちが頭を下げると、美枝は汗を拭きながら首を横に振った。

「ご近所なんだから、いいのよ。で、何があったの?」

「ああ、実は竹林の奥に、なよ竹の姫っていう寄生生物が出た可能性が……」

善三が美枝に事情を説明していると、しばらくして遠くからまた走る音が聞こえてきた。

泰造が来たのかと空が入り口の方を見ると、そこに現れたのは何と和義だった。和義は竹川家の敷地に飛び込む勢いで走ってきて、善三の前で器用に急停止して胸を張った。

「おう、来たぞ善三!」

「はぁ!? お前は呼んでねぇぞ!」

「ああ、俺が呼んだ」

「いつの間に!?

幸生は先ほど空が雪乃に鶴を貰ったとき、ついでに自分も一枚貰って和義に伝言を届けていたのだ。

「呼ばないと、後で何かあったとバレたときにうるさい」

「ったり前だ! つーか真っ先に俺を呼べよそこは! 水くさいじゃねぇか!」

和義は憎まれ口は叩くが幼馴染み二人のことを何だかんだ言って大事に思っているし、何より仲間外れが嫌いなのだ。それを幸生はよく知っている。

善三もまた、和義のそんな気質を思い返し、確かにと頷いた。

「……悪かったな。じゃあ、手を貸してくれ」

「おう、任せろ!」

和義が嬉しそうに笑い、自分の胸をドンと叩く。するとそこにまた誰かが走ってくる音が聞こえてきた。

「あ、こんどこそきた?」

「来たっぽいな……なぁ空、アイツを呼んで、本当に大丈夫なのか?」

「よしおにいちゃんも、たいぞうにいちゃんのことしってる?」

「ああ、まぁ同い年だし家もすぐ近所だし。多分、友達……いや、どうかな……幼馴染み?」

何故そんな間柄で疑問形なんだろう、と空が首を傾げると、ザザザッと敷地に滑り込むように入ってきた男が一人。

「空、来たぞ! 俺の出番だって聞い……た……ちょ、おま、何で……何でこんな主人公とか山のぬし級のがゴロゴロしてるとこに俺を呼ぶんだよおぉぉぉ!」

そう叫んで泰造はその場にくずおれ、ここが地面でなければゴロンゴロン転がりそうな勢いで嘆き出す。

「この面子じゃ俺が輝かねぇだろおぉぉ!」

「いやお前何しに来るつもりだったんだよ」

「ほら~、やっぱり面倒くさい!」

「全くだ」

同年代たちの感想は実にもっともだった。


しかししばし嘆いた後、泰造はすぐに立ち直った。

「だいじょぶだよ! ちゃんとかがやくから!」

と空が頑張って宥めたせいだ。

周りの視線はすっかり冷え込み、大丈夫かコイツ、という空気が漂っているが本人と空はあまり気にしていない。空と善三が事情を説明すると、泰造は理解したらしく自信満々の顔で頷いた。

「なるほど。じゃあ俺はその、『なよ竹の姫』ってのが寄生してる竹を見つけりゃ良いんだな? 簡単じゃん! そういうのなら俺に任せろ!」

「さすがたいぞうにいちゃん、たよりになるね!」

「だろぉ?」

空におだてられて、泰造はすっかり舞い上がっている。それを見ていた良夫は心配になって、泰造、と声を掛けた。

「お前、ホントにわかるのか? 大丈夫なのか?」

「チッ、んだよ良夫! お前にゃ負けねぇからな! この主人公野郎め!」

泰造はそう言って良夫をキッと睨むと、面白くなさそうに口をへの字に曲げた。確かにこれは、友達とか幼馴染みという態度にはあまり見えない。

(泰造兄ちゃんは、すごく独特なののしり方をするなぁ……それ悪口なの?)

良夫は泰造の態度に慣れているのか、呆れたようにため息を吐いたが怒り出したりはしなかった。

「また意味わかんねぇこと言う……勝ち負けじゃないだろ。俺が心配してんのは、竹に襲われてもちゃんと鑑定できるのかってとこだよ」

「うっ……そ、それは……いや、でも俺だけが奥に行くわけじゃねぇだろ? お前だって行くんだよな!?

「あはは、急に弱腰になった~」

「いつも通りだな」

そのやり取りを見ていた千里と菫が呆れたように首を横に振る。善三もため息を一つ吐いたが、何も言わなかった。

善三はしばし考え、それから顔を上げて今ここにいる人たちをぐるりと見回し、前に出た。そして、全員に深々と頭を下げた。

「すまねぇが、皆、俺に手を貸してくれ。ここは俺が親から受け継いだ大事な竹林だ……三男の俺に一番竹細工や付与の才能があるからと、兄貴たちも俺にここを譲ってくれた。俺の代でここを失う訳にはいかねぇ」

「父さん……」

正竹や芳竹が父のその姿に息を呑み、そして慌ててその隣に並んで同じように頭を下げた。

楓も五月も、奈菜も、竹川家の一員として同じように頭を下げる。

「絶対、姫に乗っ取られたり、更地にしたりできねぇんだ。頼む」

「……駄目か」

「駄目に決まってんだろうがこの野郎!」

ぼそりと呟いた幸生に反射的に怒鳴り返して、善三はハッと我に返る。善三たちの前に立つ全員が、皆笑顔で頷いた。

「もちろん協力するわ」

「ええ。竹たちをしずめるのは任せてちょうだい」

「私も、攪乱かくらんや囮くらいならできますよ。竹林が駄目になったら、タケノコが採れなくなっちゃうしね!」

雪乃、美枝、佳乃子がそう言って微笑む。

「怪異当番なんで……出来る限りは、頑張ります」

「あんまり役に立ちそうにないけど、協力はしますよ~!」

「後方支援を頑張ります」

「任せてください! なんたって俺が! この作戦の要!」

怪異当番三人ともう一人が、元気良く頷く。

「がんばろうね、じぃじ!」

「うむ」

「いやお前ら二人は帰っていいぞ」

「なんでー!?



さて全員の意思を確認したところでさっそく姫捜し……とはいかなかった。

「はらがへっては、いくさはできないんだよ!」

「うむ。空は難しいことを知っていて偉いな」

ということでまずは腹ごしらえということになったのだ。

楓たちはタケノコ狩りの参加者のために温かい味噌汁とおにぎり、漬物などを用意してくれていた。

屋外に設置された椅子に座り、朝食がまだだった人たちが味噌汁を啜りおにぎりを頬張る。善三も渋い顔をしつつも温かい味噌汁を飲み、おにぎりを腹に入れると少し気持ちが落ち着いた様子になった。

沢山用意したからと、怪異当番三人や泰造、美枝や和義も味噌汁で体を温めた。

食べながら、これからの方針を皆で話し合う。

「まず……姫を泰造に見つけてもらうためには、いると思われる場所に踏み込まなきゃならねぇ」

「あ、俺、戦闘は全く自信がないんで……そこだけよろしく頼みます!」

泰造はいわば生来の鑑定能力に能力値を振りすぎたような男だ。それ以外は体力も魔力も魔砕村の成人男性の平均辺りをうろうろしている。

忍者に憧れて派手な魔法やおかしな技を開発したりしているが、それらは攻撃力には期待できないという自覚もある。

一応魔砕村の平均値なので全く戦えないという訳ではないが、ここにいる人間の中ではやはり戦闘が苦手な部類だった。

「この作戦のきもは、泰造をどうやって無事に竹林の奥まで連れていって、姫を見つけさせるか、だな」

善三がそう言ってうむうと難しそうに唸る。

妄想竹は村ではよく竹垣などに使われるため、竹川家では結構広く栽培場所を作ってある。

先ほど竹に襲われた場所からどのくらい奥になよ竹の姫が潜伏しているか予想はつかないが、最悪を想定するなら、妄想竹の林の半分が支配されていることになる。そこから姫がいる場所を割り出すのは、かなり難しい。

「人数も増えたし、やっぱり一度偵察のために近づくしかないっすね。攻撃はあまり加えず、ただ近づいて避けるだけで良いとなると……俺だけじゃなく、田村さんと、竹川さんちで素早い人と……佳乃子さんも行けます?」

「もちろん行けるよ。さっきは油断しちゃったけど、襲ってくるってわかってれば大丈夫!」

竹が襲ってきた場所では、タケノコは襲ってこなかった。多分栄養を姫にとられていて、タケノコが育っていないのだ。ならば気をつけるべきは地面より上だけとなる。

竹川家からは善三と息子たちが偵察に参加することになった。

「なら、まずはこの面子で、竹に異変がある場所を囲むように少しずつ場所を変えて並び、真っ直ぐ進んでみるか」

「じゃあ私が少し離れた場所に結界を張って、そこで遠見や探知をする人たちを守るわね」

千里と菫、泰造、美枝は雪乃と一緒だ。そこに幸生と空も結局ついていくことになった。

幸生と雪乃から離れない、という約束をして見学が許されたのだ。孫に強請られた祖父母が許してしまったので、善三も仕方なく諦めたらしい。

「竹が襲ってくる境目をまず見極めたい。それより外はタケノコが襲ってくるから、それも先に狩っちまわねぇと足元が危ないしな」

「あら、じゃあそれは私に任せてちょうだい。私がその辺をうろうろすれば、タケノコをくれる竹とそうじゃない子たちと、すぐ見分けがつくわ」

さすが、植物界のアイドルは頼もしい。

美枝に頼むと頷き、善三は全員の顔を見回した。

「よし、じゃあ行くぞ。楓たちは、何かあったときのために連絡役や治療なんかの用意を頼む」

「ええ。任せてちょうだいな。お昼ご飯もちゃんと用意しておきますからね。さっさと終わらせて、皆でタケノコを食べましょうね」

あえて何でもないことのように、楓はそう言って笑顔を見せた。善三はいつも自分を支えて励ましてくれる大切な妻に頷き、竹林へと歩を進めた。