「よっと」
そんな軽い掛け声と共に、善三は手にした鍬をストンと地面に振り下ろした。軽い動きだが鍬の刃はタケノコの根元に正確に打ち込まれ、タケノコは一瞬震えた後それっきり動かなくなった。
善三はひょいとタケノコを手に取り、こちらを振り向いてそれをぽいと幸生に向かって投げる。
幸生はそれを受け取り、空に渡してくれた。
タケノコは中くらいの大きさだがずしりと重い。善三に襲いかかるまでは地面に埋まっていたせいか、外側の皮は空が知るタケノコより白っぽく優しい色をしていた。
「な、別に面白いもんじゃねぇだろ?」
善三が新たなタケノコの襲撃をスッ、スッ、と謎の動きで
「う、ううん……おもしろかったよ!」
「そうか?」
空の感想を聞いた善三は、何でもないように返事をしたが、やはり嬉しそうだった。
「ほら、正竹、芳竹、お前らもどんどん狩れ。日が高くなっちまう」
「はいよー。ったく、あんな技見せられるとやる気が失せるっての」
「ほんとほんと」
「ほら二人とも、ぼやかない!」
正竹と芳竹、そして正竹の妻の
「はいはい。じゃあいつも通り、俺が
正竹がそう言ってスタスタと歩き出す。
「俺がその後を狩っていくな。五月さん、回収はよろしく」
「はーい」
芳竹は正竹の少し後ろを、一定の距離を空けて縦になって歩き始めた。そのさらに後ろに五月が続く。
正竹は善三と同じように無造作に、わざと枯れ葉の多い場所を選びガサガサと足音を立てて進んでいった。
すると当然、すぐに近くからドシュッとタケノコが勢い良く突き出る。それを正竹がピョンと軽く跳びすさって避けると、そこにすかさず芳竹がタケノコ用の鍬を振り下ろした。鍬は軽々と地面に食い込み、柄を反対側に押すだけでタケノコがボコッと掘り起こされる。
竹川家に生まれ育ちこの竹林の傍で育った二人は、タケノコの狩り方を当然よく知っていた。さらに、一人でも狩れるが二人でやれば早い、と仲の良い兄弟は自然と協力するようになったのだ。今はそこに兄弟の妻が時折加わって手伝ってくれる。
二人は襲ってきたタケノコを何本か手際良く狩りとるとそのままにしてサッと次に移動し、掘り起こされ放置されたタケノコは後に続く五月が回収して籠に入れていった。その作業はなかなか息が合っていて、空はなるほどと感心した。
ああいうやり方なら、大きくなれば空にも何とか出来るんじゃないかと少し希望が持てる。
(アキちゃんとかに手伝ってもらったりして……出来ると良いなぁ)
とりあえず希望は捨てないでおこうと、空は華麗に宙を舞う佳乃子や、縮地を繰り返す善三からそっと目を背けた。
「ね、ばぁばだったら、たけのこどうやってとるの?」
ふと気になった空は隣で見学していた雪乃に聞いてみた。雪乃はその問いに少し考える。
「うーん、私もこういう場所での細かい作業は、あんまり得意じゃないのよねぇ」
雪乃は日常生活の細々したことや、狩りなどを主に魔法で済ませている。なのでタケノコ狩りも当然魔法でということになるのだが。
「結界を張っておいて、おびき寄せて攻撃させてから風の魔法を地面に深く打ち込む感じかしら? そうじゃなきゃ、ちょっと浮いた状態で周囲の地面を深く探知して、襲ってくる前に氷の槍を打ち込むとか……自分で狩るときはそんなことをしてた気がするわね」
「いまはあんまりしてないの?」
言い方が過去形だったことを不思議に思った空がそう問うと、雪乃は頷いた。
「結界を張るとタケノコがぶつかるからちょっと傷むことが多いし、地面の下で仕留めると後から掘り起こすのが面倒なのよね。だから最近は佳乃子さんみたいに得意な人と、物々交換にしてもらうことが多いのよ」
雪乃がそう言ってため息を吐くと、大分離れた所にいた佳乃子がこちらを振り向いて手を振った。
「雪乃さんのハムとかと交換してほしくて多めに採ってるのよー」
「ほらね?」
「ばぁばのはむ、おいしいもんね!」
空が納得したところで段々と入り口から遠くへ行っていた善三も振り向き、こちらに声を掛けた。
「おーい、大体この辺は狩ったから奥へ行くぞ。空は幸生が抱えて連れてこい。雪乃さんは念のため結界を張っても良いかもな」
「うむ」
「そうね、念のためそうするわ」
幸生は一つ頷くと、空に手を伸ばす。空は幸生にいつも通り肩車をしてもらって入り口付近から先に進んだ。
高いところから見ると皆がタケノコを次々に掘っていく姿がよりよく見える。
佳乃子は少しずつ進んでは軽業のようにタケノコを狩り、善三は普通に歩いているように見えるのに時々シュッと姿を消す。
善三の息子たちはそれぞれ役割分担して、順調に周囲のタケノコを掘っていく。
「ぜんぞーさんたち、みんなかっこいいなぁ」
「ええ、そうね」
「ぼくもたけのこ、とれるようになるかな……」
「きっとね。空もいつか、自分に合った狩り方が出来るようになるわ。それを一緒に探していきましょうね」
「うん!」
「ホピッ、ホピピッ!」
空のフードの中にいたフクちゃんが急に飛び出てきて、それなら自分が手伝うと言わんばかりに主張をする。空はそんなフクちゃんを何度も撫でた。
「いつか、いっしょにとろうね!」
「ホピッ!」
その日まで、なるべく色々な人の狩り方をしっかり見ておこうと、空はまた善三たちに真剣な眼差しを向けた。
タケノコ狩りはその後も順調に続いた。
用意された籠はどれもどんどんいっぱいになって、何度か雪乃が魔法鞄に中身を回収したくらいだ。そんなに沢山採って大丈夫なのかと思う量だが、善三は全く構わず次々掘っていく。
「ぜんぞーさん、こんなにほってだいじょぶなの?」
空が聞くと善三は掘らなきゃ困ると呟いた。
「竹の生命力ってのはすげぇからな。この後もまだまだ出る。このくらいの時期のはほとんど採っても良いくらいだ。残すやつはちゃんと選んでいくから気にしなくて良いぞ」
善三は周囲をぐるりと見回してため息を一つ吐いた。
「油断すると家の方まで浸食したり、別の竹を植えてある区画まで入り込んだりして始末が悪いんだ。大幅に刈り込んでから、しばらく遠慮するように美枝さんに説教してもらうこともあるしな……」
植物のことなら何でもお任せという美枝の説得は、どうやら竹にも有効らしい。
「みえおばちゃんて、たけのこどうやってとるのかな?」
空がそう呟くと雪乃がくすりと笑いを零した。
「美枝ちゃんはねぇ、竹林に行くだけでいいのよ。そこで立ってると足元にボコボコとタケノコたちが顔を出してきて、先を争うみたいに分けてくれるんですって。だから貰いすぎないように、よほどのことが無ければ自分では採りに行かないって言っていたわ」
「たけもおばちゃんにみつぐんだ……」
それはかなり羨ましいような、だがよく考えればそうでもないような……。ファンから差し出された子供を食べるような真似は、やはり空にとってはまだ少し気が引けるのだ。
しばらくの間、竹に襲われては狩り、襲っては狩りを繰り返して、一行は竹林の真ん中辺りまで歩を進めた。
足元に出てきたタケノコを二本一度に狩り終えると、善三がふと空を見上げる。
「そろそろ一度帰って、メシにするか」
ここに来た頃はまだ夜が明けたばかりだったが、気付けば空は随分と明るくなっている。
メシ、という言葉を聞くと空のお腹が途端にくるると可愛く鳴き出した。
「おなかすいたぁ……」
「ああ、じゃあ戻るぞ。家で楓たちが軽く何か用意を──」
「キャアッ!?」
と善三が言いかけたところで、不意に辺りに悲鳴が響いた。全員が素早く悲鳴の方を見ると、もう少し奥に進みかけていた佳乃子が、何かに叩かれて大きく後ろに弾き飛ばされたところだった。
「佳乃子さんっ!」
慌てて雪乃が手を伸ばし、風を飛ばして佳乃子の体を包み込む。佳乃子はその風に包まれてふわりと速度を落とし、くるりと回転して少し離れた所に着地した。しかしすぐにそこにまた影が迫る。
「避けろ、竹だ!」
善三の声に佳乃子は顔を上げ、横から襲いかかってきた竹を見るや跳び上がり、高飛びのバーを超えるようにひらりと跳び越えた。その後もすぐに体勢を整え、次々襲いかかる竹を避けて少しずつ後退する。
「くそっ、何でこんな季節に竹が襲ってくるんだ! 佳乃子さん、ちっと待ってろ!」
善三は自身にも襲いかかってきた竹をするすると避けながら、佳乃子のいる方向へと走った。走りながら息子たちにも指示を飛ばす。
「正竹、芳竹も五月さんもそこからすぐに離れろ! 入り口の方へ戻れ!」
「離れろって、うわっ!?」
佳乃子を襲った異変に駆けつけようとしていた正竹が足を止め、慌ててその場に身を屈めた。
ブンッと風を切る音を立て、正竹の頭上を太い竹がしなりながら通り過ぎる。
「兄貴!」
「大丈夫だ、良いからお前と五月は離れてろ!」
正竹は竹細工師として修行中の身なので、善三と一緒に竹林の世話もしている。竹に襲われることは慣れていると、とりあえず弟たちを下がらせた。
芳竹は五月を庇いながら、竹林の入り口の方向へと急いで戻る。そちらの方の竹は今のところ襲いかかってくる気配はなかった。
正竹は襲ってくる竹の気配に意識を集中させて、次々避けて走った。
「佳乃子さん、こっちだ!」
「ええ!」
正竹は佳乃子の傍に駆けつけると、彼女を襲おうとしていた竹を鍬で打ち返した。その隙に佳乃子が宙返りやバク転で竹を避けながら後方へと下がる。
「大人しくしろってんだ!」
善三はどこからか取り出した愛用の武器である竹串を指の間にずらりと並べ、それを次々と暴れる竹に向かって放った。
竹串はストトトトン、と軽い音を立てて次々竹の根元に突き刺さる。すると竹たちはギシリとその場に縫い止められたように動きを止めた。
「今だ、下がるぞ正竹!」
「おう!」
善三と正竹、佳乃子は大急ぎで竹が暴れ回る範囲から撤退した。
「あわわ……ぜ、ぜんぞうさんたち、だいじょぶ? だいじょぶ?」
空はその突然の騒動を、離れた場所からハラハラと見守っていた。
竹が暴れ出してからすぐに雪乃が結界を張ったが、もとから善三たちがいる場所からはしっかりと距離を取っていた。危険のない場所をちゃんと幸生が選んで見学していたおかげか、今のところ空たちは竹に襲われるようなことにはなっていない。
「大丈夫よ、皆強いから。芳竹くん、五月さん、こっちよ!」
雪乃は駆け戻ってきた芳竹と五月に声を掛け、二人を結界の中に招き入れた。
「ありがとうございます!」
「助かりました……あ、マサくん、こっち!」
五月は走ってくる正竹に呼びかけ、手を振った。
それに応えて奥から正竹と佳乃子、善三が走って戻ってくる。三人が離れると、暴れていた竹たちは少しずつ静まり、やがて何事もなかったかのように元に戻った。
「善三、無事か」
「見りゃわかんだろ……とりあえず、奥に行かなきゃ危険はねぇようだ。全員で一度戻るぞ」
善三の言葉に皆は頷き、すぐに竹林から出るべく入り口へ急いだ。
「ああ、道具と籠、あそこに置いてきちゃったわ……」
帰り道を急ぎながら、残念そうに佳乃子が呟く。
正竹や芳竹たちは自分の道具や収穫した籠を持ち帰ってきたが、佳乃子は鋤も籠もあの場に置いてきてしまった。下からの攻撃ばかり警戒して、上から襲われるとは思ってもみなかったのだから仕方ない。
「後で俺が取ってきてやるよ」
善三はそう言って佳乃子を慰めながら、内心では少々厄介なことになった、と焦りを覚えていた。