五 スタイリッシュタケノコ狩り見学

「空……明日一緒に、タケノコ狩りを見に行かないか?」

とある日の夕飯の席で、空は幸生にそんな提案をされた。

「たけのこがり……みにいけるの?」

「ああ。善三が、そろそろ時期だから、見たければ見学させてやると言っていた。あれの家の竹林は広く、タケノコが沢山採れる」

竹細工師である竹川善三の家の周りには彼が管理する竹林が沢山ある。そこでそろそろタケノコが採れる時期が来たので、善三が幸生に声を掛けてくれたらしい。幸生や雪乃が、村の色々なことを空に見せたり体験させたりしたいと言っていたのをちゃんと憶えていてくれたのだ。

空は善三の家に行ったことがあるので、その周りが竹林だというのは知っている。しかしこの村の竹の生態は、そういえばよく知らなかった。

「たけのこがり……あぶなくない?」

念のため聞いておこうと空が問うと、幸生は首を捻り、それから雪乃の方を見た。幸生では危ないかどうかの判断が付かないらしい。

「私たちと一緒に、危なくないところから見るだけにしましょうね」

雪乃は朗らかな笑顔でそう提案する。

(つまり、危ないんだね……)

空は念のため、いつもの草鞋をしっかり履いていこうと心に決めた。

「タケノコか。もうそんな季節かの。空、善三が育てたタケノコは他より美味いらしいぞ。ヤナは他をよう知らぬが、誰かがそんな話をしておった」

「えー、そうなの? たのしみ!」

「善三のところのタケノコは、えぐみがなく味が良い」

幸生も美味しいと太鼓判を押してくれた。

「たけのこ、なにしてたべるのがおいしいかな?」

「そうねぇ、タケノコご飯、煮物、お味噌汁、天ぷら……普通に焼いてお塩やお醤油をかけても美味しいわ」

「採りたてなら薄く削いで刺身もいいな」

「ほあぁ……どれもおいしそう! じぃじ、ぜったいいく!」

(見学だけでも、可愛くおねだりして沢山分けてもらおう……!)

心の中でそんなあざといことを考えながら、空は初めてのタケノコ狩りを楽しみにしつつ、その日の夕食をゆっくりと終えた。


次の日の、かなり早い時間。

空は半ばうとうとしながら、温かくて広い幸生の背で揺られていた。

まだ夜が明けたばかりという時間帯だ。空は半分眠ったような状態でおんぶ紐によって幸生の背にくくられて運ばれ、気がつけば東地区の端にある竹川家の前に到着していた。

「空……着いたぞ」

「ん、うん……じぃじ、ここ、ぜんぞーさんち?」

「ホピ……」

幸生は空に声を掛け、しゃがみ込んで背中から下ろした。下ろされた空を追って幸生の頭から飛び下りたフクちゃんも若干眠そうだ。フクちゃんは空のフードの中にいそいそと潜り込むと、それっきりまた静かになった。

空は大きなあくびを一つ零すと目を擦り、周囲をぐるりと見回した。辺りはまだ薄暗いので見分けが付きづらい。

けれど確かに目の前にある家には見覚えがある。そしてその後ろには黒々と影を作る竹林らしき姿が見えた。

「おう、来たか、こっちだ。おはようさん」

「ああ、おはよう」

「おはよう、善三さん」

竹林の傍では善三が切り株に腰を下ろして待っていて、空たちに手を振って挨拶してくれた。善三の傍には善三の妻の楓と、もう一人別の女性が座ってお茶を飲んでいた。

「あら、佳乃子かのこさん。おはよう、佳乃子さんも参加?」

佳乃子と呼ばれたもう一人の女性は、同じ東地区内の住人だ。地区内の主婦が集まる共同作業やお茶会に雪乃と行った際、空も何度か顔を合わせたことがある。

「おはよう。今日は私も助っ人を兼ねてお呼ばれしたのよ。今年はタケノコが豊作だから、人手が欲しいんですって」

「佳乃子さんはタケノコ採るの得意だものねぇ」

「ええ、任せておいて!」

佳乃子は動きやすそうな服装に、地下足袋じかたびを履いて準備万端のようだ。

「私はすぐに茹でたい人のために、お湯を沸かして待っているわね」

楓はどうやらタケノコ狩りでは裏方で応援する係らしい。竹川家の作業小屋の横にはレンガで組んだかまどがあり、そこに大きな鍋が据えられていた。

空は掘りたて茹でたてのタケノコを思い、今から何だかそわそわしてしまう。


大人たちの雑談をしばらく眺めていると、竹川家の母屋の方からまた誰かやって来た。今度はぞろぞろと四人ほどだ。

「遅えぞ、正竹まさたけ芳竹よしたけ

「皆さん、おはようございます。いや、父さんが早すぎるんだよ」

善三を父さん、と呼んだのは竹川家の長男、竹川正竹だった。善三を少し若くしたような細面で、雰囲気もよく似ている。正竹はこの竹川家の敷地内に自分の家を建て、そこで妻と暮らしているのだ。

「あら、芳竹くんたちも今日は手伝いに来たの?」

「ええ。ちょうど仕事も休みですし、夫婦でタケノコを分けてもらいに」

そう言って笑うのは次男の竹川芳竹。こちらは楓に似たのか善三とはあまり似ていない、丸みのある穏やかな顔立ちだった。芳竹は隣の魔狩村で仕事を見つけ、普段はそちらで暮らしている。

正竹の妻は動きやすい格好なのでタケノコ掘りに、芳竹の妻はエプロン姿なのでその後処理や料理に参加する予定らしい。

「おし、じゃあ揃ったし、行くか」

「うむ」

立ち上がった善三に幸生が頷くと、善三はキッと眉を上げて、幸生に向かってビシリと指を突きつけた。

「良いか幸生! お前は、空と見学だからな!」

「……うむ」

空は素直に頷いた幸生を驚いたように見上げた。

「じぃじはけんがくなの?」

「ああ。幸生は絶対やりすぎるからな。だから参加するかじゃなくて、見学するかって呼んだんだよ」

幸生は地魔法が得意なので地に関するものとは相性が良い。しかし同時に、加減をするにはそれなりの練習や準備が必要で、一本だけタケノコを掘る、などの細かい作業は苦手なのだ。

「お前んとこの分はちゃんと分けてやるから、空は幸生と一緒に、大人しく竹林の傍で見学してろ」

「うん!」

タケノコが貰えるならまぁいいかと空は素直に返事をした。佳乃子たちと話をしていた雪乃も傍に戻ってきて、皆で竹林へと移動する。

竹川家の竹林は丁寧に手入れされていることがよくわかる場所だった。林の敷地は竹で作った長い塀でぐるりと囲まれている。そこに生えた太い竹はどれも一定の間隔を保っていて、鬱蒼うっそうとはしていない。落ち葉が積もった地面は雑草の姿も少なく、遠くまで綺麗に見渡せた。

善三は塀を開けると全員を竹林の中に招き入れた。入り口付近には白っぽい砂利じゃりが敷いてある。

「ここなら、とりあえずタケノコは襲ってこねぇ。まずはここから見学してるといい」

(タケノコ……襲ってくるんだ……)

何となく危険があることは予想していた。だからまだ大丈夫、と空は自分に言い聞かせ、隣にいる幸生のズボンをきゅっと掴む。幸生はそんな空の不安を察してか、何も言わず優しく頭を撫でてくれた。

「ここは妄想竹もうそうちくの竹林だ。本来ならちっと面倒くさい気性をしてるんだが、タケノコの出る季節なら竹は襲ってこねぇ。だから上は警戒しなくていいからな」

それ以外の季節は竹も襲ってくるらしい。空は善三に用があっても、竹林にいる時は近づかないことにしようと、そっと記憶した。

(孟宗竹かぁ……なんか名前からして強そうだもんね)

耳で聞いただけなので、漢字が間違っていることに空は気付かなかった。


「よーし、採るわよ~!」

元気良くそう言って、最初に足を踏み出したのは佳乃子だった。手には大きな背負い籠と、真っ直ぐな棒の先にこれまた真っ直ぐなくわの刃を付けたような道具を持っている。見た目で言うならボートのオールに形が少し似ているが、それよりも短く、先端は鋭そうだ。

「佳乃子さんはすきで採るのね」

雪乃がその道具を見てそう言うと、佳乃子は楽しそうに頷いた。

「そう、根切り用の鋤ね。私はこれが使いやすくって。あ、せっかくだから空くんにちょっとかっこいいところ見せちゃおうかな?」

「あら、いいわね。佳乃子さんは上手だから、ぜひお願いするわ」

「あはは、任せて!」

佳乃子は楽しそうに笑うと、竹林の入り口から少し入った所で立ち止まって籠をその場に置いた。地下足袋を履いた足を揃えて立ち、その足で落ち葉に覆われた地面を探るように少しずつ移動していく。

(あ……こういうの、前世のテレビに出てた、タケノコ名人とかがやってたやつ……見たことある!)

と空は何となく嬉しくなる。

しかし見たことがある、と思ったのはそこまでだった。

しばらくその体勢で少しずつ移動していた佳乃子は、ある場所に来るとピタリと動きを止めた。

周りの大人たちはこれから何が起こるか知っているらしく、誰もが静かに息を潜めている。

佳乃子は立ち止まって地面を睨むように下を見ていたが、不意にすっと膝を曲げて体を沈み込ませ──次の瞬間、その体がふわりと宙を舞った。

(えっ!? あ、え、ええっ!?

空はその突然の動きに思わず口を開いたが、悲鳴を上げるのをどうにか堪えた。空の視線の先で佳乃子は音も立てず真っ直ぐに跳び上がり、そして彼女の足元を狙って地面からシャキンッと勢い良く飛び出してきたタケノコ目がけて、手にした鋤を投げつける。

幅が細く鋭い鋤の刃はタケノコの根元に向かって斜めに深く突き刺さった。

佳乃子はそのままくるりと宙返りを一回して、鋤を投げて崩れた姿勢を整え、体重を感じさせない動きでトン、と鋤の柄の上に真っ直ぐ降り立つ。

すると地面に深く刺さった鋤が佳乃子の重みで大きくしなり、テコの原理でタケノコを根元から掘り起こして跳ね上げた。

(えええぇ……)

佳乃子はポーンと高く上がったタケノコを片手で受け止め、地面に下りて足でコンと鋤を蹴り、浮かせて回収した。

「はい、一本目。まあまあの大きさねー」

佳乃子は何でもないことのようにそう言うと、採った竹の子をぽいと籠の中に放り込んだ。

「いつもながら身のこなしが見事ねぇ」

「あはは、ありがとう! でも私なんて気配を読むのがそこそこ得意とか、ちょっと身軽くらいの取り柄しかないからねぇ。タケノコ狩りくらい活躍しないとね!」

(ちょっと……今の動きをちょっとで済ますんだ……)

空の目から見ればそれこそ物語の中の忍者のような動きだったのに。

やはり魔砕村には、普通の主婦は存在しないようだ。

「あ、空くんどうだった? おばさんかっこよかった?」

佳乃子が空の方を振り向き、手をひらひらと振る。空は何度も頷いて手を振り返し、声を張り上げた。

「すっごくかっこよかったー!」

「ほんと? よかったぁ!」

佳乃子はその返事に子供のように喜び、しかし次の瞬間、また唐突に高く跳び上がった。

その足元からシャキン、シャキン、とタケノコが二本突き出て、空を切る。

「よい、しょっと!」

再び投げられた鋤が、片方のタケノコの根元をドスッと音を立てて穿うがつ。くるりと回った佳乃子は体を丸め、今度は鋤の柄ではなく地面にふわりと着地した。そして下りると同時に構えた右手を鋭く振り下ろす。振るわれた手刀は深々と地面に突き刺さり、残るもう一本の竹の子を根元から刈り取った。

「あーあ、泥だらけね。ま、いっか。うん、これは大物ね」

手に付いた泥を振り払いながら、佳乃子は二本のタケノコを拾って籠に入れる。

手を痛めた様子もなく、佳乃子は楽しそうに道具を回収して先に進んで行く。空はその後ろ姿を悟ったような微笑みで見送った。

魔砕村の主婦は襲い来るタケノコを素手でも狩れるらしい。どうやら鋤は、手を汚さずにタケノコを掘る為のものだったようだ。

空はそこでふとまだ近くにいた善三を見上げた。

「ぜんぞうさんは、どうやってたけのことるの?」

「あん? 俺は普通に、これで掘るぞ」

そう言って善三が持ち上げて見せたのは、タケノコ掘り用の鍬だった。持ちやすそうな柄に、細長い刃が大体九十度の角度で付いている物だ。

「みてみたい!」

空がそう言うと善三はフンと鼻を鳴らした。

「別に面白いもんでもねぇぞ?」

そう言いながらもどことなく嬉しそうに善三は竹林に向かって歩いて行く。佳乃子とは少し方向を変えて、善三は至って無造作にスタスタと歩いていった。

「空、よく見ていろ」

不意に幸生がそう呟く。空は頷いて、善三の動きをじっと見つめる。

善三が竹と竹の間をスッと通り抜けた次の瞬間、その足元の地面がすごい勢いで盛り上がった。ドシュッと音を立てて土をかき分け、白っぽいタケノコが善三を襲う。

「あっ」

そのタケノコの先端が善三の足に刺さるかと思われた次の瞬間、しかし善三は既にそこにはいなかった。

フッとその姿がかき消え、そしてタケノコの後ろに現れる。