幕間 届けたい心
空に、新しいちょっとおかしな友達が増えたその日。
空は少し疲れたなぁと思いながら、お昼少し前に迎えに来た雪乃と共に家に帰った。
「ただいまぁ」
「おかえり、空」
「ホピピッ! ピルルルル!」
バスから降り、門を潜ると外にいたヤナが空に手を振り、その傍にいたフクちゃんがパタパタと飛んでくる。
「ただいま、フクちゃん!」
「ホピピッ!」
空はパッと顔を輝かせてフクちゃんを受け止め、何度か頬ずりをすると肩に乗せた。そして外で何か作業をしているヤナの所に走り寄った。
「ヤナちゃん、なにしてるの?」
ヤナは母屋の傍にある納屋の前に敷物を広げ、そこに茶色い何かもしゃっとした物を並べていた。
「これか? これはこの前空たちが採ってきたゼンマイなのだぞ。それをサッと茹でてアク抜きした物だ」
「おひさまにほすの?」
「うむ。こうして小分けにして日に当て、たまに揉みながら乾燥させるのだ。そうするとカリカリになって日持ちするし、戻しても柔らかくて美味しくなるのだぞ」
「へぇ~!」
ヤナは適当に小分けにしたゼンマイの上に手を載せ、くるくると敷物の上で回すように揉んだ。
「空もやってみるかの? あまり力を入れぬようにな」
「うん!」
空はさっそく見よう見まねでゼンマイに手を当ててみる。
「んしょ……ん、あれ?」
しかし空の手はゼンマイを揉むにはまだ少々小さすぎたらしい。回しているうちにゼンマイは段々と空の手から逃れ、ぽろぽろとこぼれてゆく。
「あらあら、こぼれて手の下から出てきちゃうわ」
「はは、空の手はまだ小さいからなぁ」
「うむむ……むずかしい!」
空はちょっとだけ残ったゼンマイを見ながら唇をきゅっと尖らせた。それを見て雪乃とヤナがくすくすと笑う。
「さぁさ、お家に入って、お昼にしましょ」
「お、そうだな。空もお腹が空いたであろ?」
「あっ、おひるたべる!」
空は慌ててゼンマイをその場に置くと立ち上がり、パタパタと玄関に走った。思い出すと途端にお腹の虫がくるくると騒ぎ出す気がするから不思議だ。
家に入ると何と幸生が台所に立ち、腹を空かせて帰ってくるであろう空の為に、冷蔵庫から常備菜を出して並べ、茶碗や皿の用意もしていてくれた。
「じぃじ、ありがとう!」
「うむ」
空は幸生と二人で笑顔を交わしながら、山盛りご飯をいつも通り美味しく食べた。
「ごちそうさまでした!」
お腹いっぱいになり手を合わせてそう言うと、フクちゃんがテーブルの上をトテトテと歩いて近づいてくる。
「ホピッ」
「あ、ごはんつぶついてた?」
目の前をフクちゃんがうろうろとするので、空は自分のほっぺたにそっと手で触れた。
「これかな? はい」
右頬に付いたご飯粒を手に取ってフクちゃんの前に差し出すと、フクちゃんはピルピルと嬉しそうに囀りながらご飯粒を啄む。
フクちゃんは食べる物と食べない物があるし、沢山は要らないようだが、こうして空から米などを少しばかり分けてもらうのが好きなのだ。
嬉しそうなフクちゃんを見ていると空も何だか嬉しくなる。保育所に通い始めてから午前中は一緒にいないので、その嬉しさも何だか以前より強く感じるようになった気がした。
「空、今日はなにをしたんだ?」
空とフクちゃんを眺めていた幸生が、食後のお茶を飲みながら空に問いかける。幸生は可愛い孫が保育所で何をしているのかが気になるようで、最近は毎日こうして保育所の話を聞きたがった。
「きょうはねー、おりがみのつるをつくって、ふわってとばしたんだよ! ぼくねー、せんせいにじょうずだっていわれたの!」
空は服のポケットに入れてあった折り鶴を取り出し、幸生に見せた。幸生はそれを見て頷き、空の頭を撫でる。
「よく出来ている」
「ええ、綺麗に折れてるわね。空、飛ばしてみせてくれる?」
「うん!」
空は畳んであった折り鶴の羽をそっと開き、手のひらに載せてほんの少し魔力を流した。
保育所でやったことを思い出しながら、少しずつ魔力を流すと、折り鶴がふわりと宙に舞う。
「ほら、とんだ!」
空が飛ばした折り鶴は、空の意思を受けて台所のテーブルの上空をくるりと回った。少しばかりふらふらしているがどうにかちゃんと飛んでいる。
「上手に出来てるわね」
「うむ、上出来だ」
「なかなかやるではないか、空。この調子ならすぐにもっと色々出来るようになりそうだの」
「えへへ……」
皆に口々に褒められ、空は少し恥ずかしそうな笑顔を見せた。
フクちゃんは注目を集める折り鶴に対抗心が湧いたのか、パタパタと羽ばたいて飛ぼうとしたところを、ヤナにパシリと捕まえられた。
「これフク、食卓の上を飛ぶのは駄目なのだぞ」
「ホビッ!?」
「あはは、フクちゃん、これはすぐおちてきちゃうんだよ」
空がそう言うと、折り鶴がふらりと力を失い落ちてくる。雪乃がそれをそっとすくい取って空に返してくれた。
「ね、ばぁばがつかう、おてがみのつるも、こういうのなの?」
「ええ、そうよ。空が作ったそれをもっと難しくしたものね」
雪乃は
「これは、声を届ける用ね。文字を書いて手紙になるものとか、行った先でお返事を貰ってくるものとか、色々あるわ」
「へ~!」
「今度空にも使い方を教えてあげるわね。そんなに難しくないから」
「うん! あ、ねぇばぁば、これって、とうきょうまでとどいたりする?」
空は折り鶴をじっと見つめてそう聞いた。しかし雪乃は首を横に振る。
「東京までは無理ねぇ。東京まで送る手紙や荷物は、役場に行って出してもらうのよ。何せ遠いから」
「そっかぁ……」
折り鶴を見つめる空の表情は、まだ少しだけ寂しそうだ。
「空、ワラビの塩漬けやゼンマイの干したのが出来たら東京に送るけど、空もまた皆にお手紙書く?」
「……うん!」
空はその後東京の家族に手紙を書き、鶴の使い方を教えてもらったのだった。
東京では紗雪が、すっかり暖かくなったベランダで洗濯物を干していた。
もう子供たちは保育園や学校に行き、家の中は静かだ。
帰ってくればすぐに賑やかになるが、紗雪は一人で家事をこなすこの時間も楽しんでいる。
子供たちの洋服を干していると、一番小さい陸の服が出てきた。紗雪はそれを手に取り、大きくなったと感じて頬を緩める。
陸はこのところ、以前より少し落ち着いた雰囲気になってきた。多分、田亀から貰ったシロの分体が傍にいる良い影響なのだろうと紗雪や隆之は見ていた。
シロの分体はチビと名付けられ、陸はいつもチビの依り代を肌身離さず身につけている。
保育園に行くときは服の下にしっかりと隠し、耳も出さないようにと言い聞かせてあった。
最近、陸は毎日保育園から帰ってくるとすぐ、紗雪に公園での遊びを強請る。公園に行くと走ってくると言ってチビと一緒に駆け出し、ジャングルジムを上り下りしたり、鉄棒に挑戦したりと忙しなく動く。
多分陸なりに体を鍛えているつもりなのだろう。
休みになるともう少し遠くの大きい公園に家族で出かけ、隆之や樹、小雪も加わって遊び回ることも増えた。
「……楽しいんだけど、ままはさんかしちゃだめ! っていうのはひどいと思うのよねぇ」
ママには勝てないから! というのが家族たちの意見だ。
「ま、いいけど……私もまたダンジョン行って一稼ぎしてこようかな!」
そんなことを考えていると、不意にバサリとどこからか羽音が聞こえた。
紗雪がベランダの外に視線を向けると、一羽のハヤブサが真っ直ぐに降りてくる。いつもの荷物か、と予想が付いた紗雪は少し下がって場所を空けた。
ハヤブサはバサバサと羽ばたいてベランダの床に降りると、キョロリと辺りを見回し、口を開いた。
『杉山紗雪さんでお間違えないですか』
「ええ、間違いないです」
『杉山空様よりお届け物です』
「え、空から? あ、わかりました、ありがとう」
紗雪が驚きつつも頷くと、ハヤブサはゆるりと解けて消え失せ、後には箱が一つ残された。
その箱を手に取り、紗雪は部屋に入ってさっそく中を確かめてみることにした。
「空からって、珍しいわ……」
パカリと箱を開けると、中には何だか色々なものが入っていた。
紗雪は一つずつ眺め、まずは手紙をと大きな紙と小さな封筒を取り出す。
「この大きいのは、空のお手紙ね!」
空が画用紙に書いた手紙を開くと、以前より大分滑らかになった線で色々と書いてあるのが見て取れる。紗雪は描かれた絵と文字を眺め、解読していった。
「ええと……タラノメ、ゼンマイ、ワラビ、かな? ああ、山菜採りに行ったのね! それと……ホイクショ、トモダチ? 新しいお友達が出来たのかしら」
それならとても良かった、と紗雪は微笑み、雪乃からの手紙を開けた。
雪乃の手紙には空や幸生、明良や美枝と一緒に山菜採りに行ったこと。空が頑張って盾を持ってタラの芽のトゲを受け止めたり、ゼンマイを追い詰めたり、ワラビと踊ったりしたことが書いてあった。
「すごいわ、空……」
今回の荷物には、空が入れたいと言ったものが入っているらしい。干したゼンマイに塩漬けのワラビ、タラの芽はあまり日持ちしないので入れなかったが、雪乃が作ったフキ味噌を代わりに入れてくれたようだ。それは苦いので大人用だが。
そして、端からは白い折り鶴が一つと、折り鶴と同じ素材の紙、朱色の絵の具が入った瓶が出てきた。
「これは……ああ、保育所で習う、初歩の符に使う絵の具と紙ね!」
紗雪にも当然、村の保育所でそんなことをして遊んだ経験がある。
手紙には、「空が、自分が作った鶴を皆に見せたいというので送ります。その鶴には空が指で印を押してあると思うけど、上書きすれば紗雪にも動かせるはずなので、見本として皆に見せてあげてね」
と書いてあった。
どれどれと空が作った鶴をそっと解いて開いてみると、辿々しくも懸命に描かれた紋の周りに、確かに小さな指の痕がハンコのように押してある。
紗雪はそれを愛おしく眺め、そして消さずにそのまま鶴をそっと元通りに折り直した。
「見本なら、新しいのを描けばいいわ」
紗雪はそれよりも、空の小さな指の跡をとっておきたくなったのだ。
新しい紙を一枚手に取り、絵の具を少しだけ皿に出して、水で溶き、筆がないので指に付けた。
遠い記憶を頼りながら、紗雪は白い紙に懐かしい紋を描く。
ただ空を飛ぶだけの鶴を、あの頃はまだ上手く作れなかったことを思い出しながら。
「よし!」
紋を描き、紙をパタパタと乾かして、最後に自分も指で印を押し、紗雪は鶴を折って完成させた。
「ほんの少しの魔力……ほんの少し……」
魔力を絞りに絞って、ほんの少しだけ完成した鶴に流す。すると鶴はゆっくりと浮き上がり、紗雪の意思に従ってテーブルの上でくるりと円を描いた。
「ふふ、あはは、懐かしい……よく魔力を入れすぎて燃やしたっけ……」
うまく出来なくては、
自分の幼い頃によく似た空が、けれど自分とは違いちゃんと鶴を作り上げたことが紗雪には何だか誇らしかった。
「皆が帰ってきたら、教えてあげなくっちゃ!」
きっと全員が大騒ぎしながら、自分の鶴を一生懸命作るだろう。
「最初に飛ばすのに成功するのは誰かしらね。空にも教えてあげなくっちゃ」
空から皆への贈り物を丁寧に箱に戻し、紗雪はベランダの外へ視線を向けた。
今日は天気が良く、青い空が美しい。
「次にこっちから出す手紙は、空に宛てて、陸の名前にしようかな?」
きっとどちらも大喜びするに違いない。
そんな想像をして、紗雪はまた洗濯物を干すために、ベランダに戻ったのだった。