すると明良がびくつく空の手を軽く引っ張り、だいじょうぶ、と言って安心させるように笑顔を見せ、それからくるりと後ろを振り向いた。

「さちえせんせー! たいぞーせんせーが、またほっさだよー!」

その途端、近くにいた子供たちが泰造の方を見る。

「たいぞー、またかよー!」

「たいぞうにいちゃん、かっこわるーい!」

「さちえせんせー、はやくー!」

子供たちは泰造を囲むと、口々にそう言って、ちょんと突く。泰造は床に突っ伏し、うるせーとくぐもった声を上げながら、持ち上げた足をバタバタさせた。

「泰造! アンタ何してんの、子供たちがびっくりするでしょうが!」

「うるせーババア! だったら俺をこんなとこで働かせんな!」

子供たちに呼ばれた幸江が慌てて走ってきて息子を叱ると、しかし息子は反抗期の中学生のような口調で返した。

「まった口の悪い! せっかく資格を取ったんだからたまには活かして働きなさい!」

「だから俺は保育士なんか興味ないって言ってんだろ! 俺はヒヨコの鑑定士になりてぇの!」

「ここにいる子供たちだって可愛いヒヨコみたいなもんでしょうが! 子供たちに、情けないとこ見せないのよ!」

幸江はそう言ってため息を吐き、泰造の服の背中をエプロンの紐ごとぎゅっと掴むと、ずるずると引きずって教室から引っ張り出した。泰造は足をばたつかせて抵抗しているがものともしない。

「ちょっと落ち着かせてくるから、待っててね!」

「は、はぁい……」

空はその二人を、半ば呆然と見送ったのだった。



結局その後、泰造はすぐに戻っては来なかった。

友達に鬼ごっこに誘われた明良を見送り、空は部屋の中で遊ぶ班の一つに入ることにした。

「じゃあ、皆で折り紙を折りましょうね。好きな色の折り紙を一枚ずつ取ってね!」

テーブルと先生を囲む子供たちが、それぞれ手を伸ばして好きな色の紙を取ってゆく。空も一枚、水色の紙を手に取った。

「じゃあ、今日はこれで鶴を折るんだけど、その前に紙の裏に、この模様を描きます」

そう言って先生は描く模様の見本を皆に見せた。

(風車の時のと一緒かな? ちょっと違う?)

「せんせー、そのもようなに?」

「これはねぇ、棒や糸で繋がってなくても、魔力を受け取ることが出来る模様なのよ」

思ったより高度な話になってきたようだ。

(風車は棒から魔力を流してたけど、これはそうじゃないのか……)

先生は自分でも折り紙を一枚手に取ると、そこに筆でささっと模様を描いた。そしてそれをサッと乾かし、パタパタと鶴を折ってゆく。その手つきは慣れたもので、あっという間に折り紙の鶴が完成した。

先生はその羽をぐっと開くと手の平に載せ、皆に見せた。

「見ててね。これに魔力をほんのちょっとあげると……」

手に載った鶴が一瞬キラッと光ったかと思うと、それはふわりと手の平から飛び立った。

「あ、とんだ!」

「ふわぁ……」

鶴は宙を舞い、見上げる子供たちの頭上でくるりくるりと円を描く。

「こういうのをお手紙にして、お家の人が飛ばしてるの見たことないかな?」

「あるー!」

「ままがやってる!」

「わたしもやりたい!」

皆が元気に返事をすると先生は笑顔で頷き、皆の前に子供用の小さな筆と赤い絵の具が入ったお皿を配った。

空はわくわくしながらその筆を手に取り、見えやすい場所に貼られた見本をじっと見てから絵の具をつけた。

「んしょ……まる、むずかしい……」

大きな丸を真ん中に描いて、それからそこに模様を足していく。最近空はクレヨンでよく絵を描いていることもあり、少しずつ描くのが上達してきた。

丸の端が多少歪んだがどうにか似た模様を描き上げ、空はそれを先生に見せた。

「せんせい、これでいい?」

「どれどれ……うん、いいね! じゃあ後は指に絵の具をちょっとつけて、紙の端っこにぽちょっと押してみて!」

「えのぐを、ゆびに……」

どの指でも良いと言われたので、空は皿の絵の具に人差し指をちょんとつけた。それから紙の端にその指をぎゅっと押しつける。

「うん、上手! じゃあ、次は皆で鶴を折るから、描き終わるまでちょっと待っててね!」

「はーい」

空は皆が模様を描くのを眺めながら大人しく待った。眺めていると隣の男の子が中に描く線の一つを反対向きにしようとしたので、そっちじゃないよ、と教えて指をさす。

「そらくん、ありがと!」

「うん!」

ちらりと彼の名札に視線をやると、こうた、よんさいと書かれていた。この子とはたまに同じ班で遊ぶことがあるが、実はまだ名前を憶えていなかった。

(子供の人数が多いし、年もごちゃ混ぜで皆好きに遊ぶから、全然憶えられないんだよね……)

子供たちの顔や名前を頑張って憶えようとは空も思うのだが、まだ新しく仲が良い子も出来てはいない。空とあまり変わらないくらいの身体能力で、出来ればインドア派っぽい子と仲良くなれたら良いな……と探しているところだった。

とりあえずこうたくんをそっと友達候補リストに入れたところで、他の子供たちが模様を描き終わったので今度は折り紙をすることになった。

「折れる子はどんどん折ってもいいからね。わからない子は、先生と一緒にゆっくりやろうね!」

先生はそう言って、まず三角に折って、それからもう一回……とゆっくりと子供たちに実演しながら教えてゆく。

空はそれをしばらく眺めていたが、折り紙の鶴ならちゃんと自分で作れそうなことを再確認して、目の前の紙を折り始めた。

「さんかくで、もっかいさんかくで……んで、ひらいて……」

手が小さいため動きは辿々しいが、空の中には前世の知識が残っている。鶴の折り方くらいは知っているし、端をきちんと揃えるなどといったコツも憶えているので、順調に鶴は折り上がった。

「できた!」

やがて水色の鶴は思いの外きちんと折りあがった。

今世で初めて折ったわりには上手いんじゃない? などと内心で自画自賛していると、他の子供たちの作業も徐々に終わってゆく。

「皆自分の鶴は折れたかな? まだ折れてない子は手を挙げて……大丈夫そうね! じゃあ、羽を広げて飛ばしてみようか」

先生は自分の折った鶴を一つ手に取り、さっき見せたのと同じように手の平に載せた。

「魔力を少しだけ流すんだよ。ほんの少しだからね」

先生の注意にはーいと返事をし、子供たちは思い思いに自分の鶴を手の平に載せ、魔力を込める。

空も同じように手の平に鶴を載せて、魔力を流してみた。

「ほんのすこし……」

少し、少しと呟きながら僅かに魔力を流す。ここで流しすぎると紙を燃やしたり焦げ付かせたりするのだと、保育所に通い始めてから何回か同じようなことをやった空は学んだ。

ほんの少しの魔力が移動するように、と念じながらじっと見つめていると、じわりと移動した魔力が鶴をほんのり包み込んだ。

鶴はその魔力を受け、ゆっくりと宙に舞い上がる。

「あ、とんだ!」

飛んだことが嬉しくて思わず声を上げると、途端に鶴がふらりとバランスを崩して落ちそうになった。

「あ、あっ、だめ!」

慌てて意識を集中させると、またふらりと鶴が浮き上がる。その後はどうにか飛行を維持出来るようになった。

「皆の鶴は飛んだかなー? 回れとかまっすぐ行けとか、念じると動いたら成功だよ」

「とばなーい!」

「せんせー、もえた!」

「どっかいっちゃった……」

子供たちの作品はそれぞれ個性的で、全く動かないものから燃えてしまったもの、すごい勢いで飛び上がってどこかに消えてしまったものまで色々だ。

空の鶴はちょっとふらふらして軌道が安定しないが、空が念じた方向に辿々しくも曲がり、かろうじて旋回を繰り返している。

「空くん、上手に出来てるね!」

「えへへ、ありがとう!」

先生に褒められて、空はちょっと照れくさそうに微笑んだ。


不思議な折り紙が一段落したので、この班は一度解散となった。まだやりたい子や再挑戦したい子がその場に残り、飽きた子は他のところへ向かってゆく。

次はどうしようかな、と立ち止まって考えていると、空のお腹がくるると小さく鳴いた。おやつの時間か、と時計を振り向くと確かに十時が近い。

すると教室の入り口から幸江が顔を出し、空の名を呼んで手招いた。

「空くん、あっちでおやつにしようか」

「はーい!」

空の事情は保育所側にもちゃんと伝わっているので、雪乃が持たせたおやつをこうして十時に食べさせてくれるのだ。

空は幸江と一緒にまず手を洗いに行き、それから教員用の休憩室へと移動した。

「あ……」

するとその部屋には、さっき幸江に連れて行かれた泰造が椅子に座って書類を広げ、何か作業をしていた。

「はい、空くん。おやつをどうぞ。泰造、見ていてあげてね。あとちゃんと謝るのよ」

「うぇい……」

雪乃が用意したおにぎりの包みを幸江に渡され、空はそれを受け取って椅子に座らせてもらう。

するとテーブルの向かいに座っていた泰造が立ち上がってどこかに行き、コップにお茶を入れて出してくれた。

「あ、ありがとうございます……」

「うん、食べてどうぞ」

ちょっと緊張しつつお礼を言うと、意外にも泰造の声は優しく穏やかだった。

促されて包みを解き、出てきた竹籠の蓋を開けると中には雪乃特製の大きなおにぎりが四つ入っている。それを見て空はパッと顔を輝かせた。

「いただきまっす!」

「……どうぞ」

手をパチンと合わせて元気良く言うと、泰造が律儀に返事をしてくれた。声が小さいのは、別に自分が用意したご飯じゃないのに言っても良いものか……とか考えていそうな雰囲気だ。

空はどれから食べようかと少し悩んで、一番手前の海苔が巻かれたおにぎりを一つ手に取った。

「んむ……おいひい!」

食べたおにぎりの中身は筋子だった。これも空が大好きな具の一つだ。しょっぱさと筋子の旨味がご飯とたまらなく合う。これだけもう五個くらい食べたい気分だ。

瞬く間に一つ食べきって次はどれにしようかと空が悩んでいると、黙ってそれを眺めていた泰造がぼそりと口を開いた。

「あの、さっきはごめんな。取り乱して……」

「あ、ううん、だいじょぶ……えっと」

先生は何故あんなにいきなり取り乱したのか、と聞こうとして、空はハッと気がついた。

(そういえばあの時この人、何か結構重要そうなこと言ってなかった? 確か……異世界のサラリーマンって言ってた気がしない!?

あの時は泰造の突然の奇行に驚きすぎて、何を言っていたのかを気にするどころではなかったのだ。あと確かヒヨコの鑑定士がどうとか、そんなことも言っていた。

「んと……たいぞうせんせいって、ほんとにせんせいなの?」

「う……い、一応、資格はある。非常勤だけど……」

「じゃあせんせい、なんでさっき、じたばたしたの? ぼく、なにかした?」

おにぎりを片手に持ちながら、恐らく目があるであろう場所を空が見上げると、泰造はうっと呻いて言葉に詰まった。

「ぼくがなにかしたなら、ごめんなさい……」

「ぐっ!?

空はしゅんと肩を落とし、小さな声でそう呟いた。

罪悪感に訴えかける少々あざとい作戦だが、効果は覿面てきめんだった。泰造は思わず胸をおさえ、罪悪感に耐えるように俯くと首を横に振った。

「いや、謝るな! お前は悪くない! 俺が悪いんだ……俺が勝手に人の前世まで鑑定しちまう超有能な鑑定士なばっかりに……!」

「かんてーし……?」

「うっかり勝手に見ちまった俺が悪いんだ……! だから俺はヒヨコのオスメスを鑑定する仕事につきたいって言ってんのに田舎じゃそんな需要ないし、仕事が暇そうだと母ちゃんがここに……!」

泰造の苦悩を聞き流しつつ、空はおにぎりを齧りながら鑑定士という言葉について考えた。

空の前世で鑑定士と言えば、骨董品や宝石などの価値や品質を評価してくれる職業だった。ヒヨコの雌雄を判別する鑑定士も確かに仕事としてあったと思う。

だがそれとは別に、人の能力などを鑑定できるというのは、ファンタジーではよくある話だった気がする。多分泰造はそちらのほうなのだろうと、話の流れから何となく想像がついた。

(鑑定なんて、そんなファンタジーな能力もやっぱりあるんだぁ)

空は三個目のおにぎりを食べきり、感心したように息を吐いた。

「たいぞうせんせいは、いろんなひとのことが、みるだけでわかっちゃう?」

「ああ……俺は『森羅万象しんらばんしょう』っていう特殊な能力があって……知りたくないのに見ただけで大体のことはわかっちまうんだ。気になるあの子の意中の相手から、声を掛けてきた美人が美人局つつもたせだってことまで、うう……!」

泰造は何か嫌なことを思い出したらしく頭を抱えた。だがそんな言葉を子供に聞かせないでほしいと空はちょっと思う。

「じゃあぼく、どんなだったの?」

「空は……ええと、能力値は今のとこ魔力に偏っていて、他はまだ二歳児並みだが伸びしろはある……」

「に、にさいじ……」

空はその言葉にショックを受けた。もう四歳なのに、二歳児並み……いや、魔砕村基準の二歳児なら仕方ない、とぷるぷると頭を振って気を取り直す。

「あとなんか妖精とか精霊っぽいのと契約しててそっちの方が将来有望? いやだがそれよりも気になるのは前世だ。前世が異世界のサラリーマンって、何かよくわかんねぇけどすごいかっこいい気がする!」

「さらりーまん、よくわかんないんだ……ぜんせって、どんなかんじにわかるの?」

空が問うと、泰造は軽く首を捻り、考えながら答えてくれた。

「んーと……前世記憶(異世界サラリーマン)みたいな感じに見えるんだけど……説明が難しいな。前世の記憶を持ってる人間にある称号みたいなもんだな。たまにいるぞ」

かっこサラリーマンかっことじ、と説明され、空はそれを頭の中で想像してみる。物語で言うところのステータス表記みたいなものだろうか、と何となく納得する。

「そうなんだ……ほかのみんなにはないの?」

「あるだろうけど、記憶が無けりゃ表には出てないな。そういうのはもっと意識して深く見ないとわからねぇ」

空は泰造と話をして少しホッとした。前世の記憶があっても、泰造は羨ましいと言うだけで特にそれが変だとは思っていない様子だからだ。

「空のはどんな感じなんだ? はっきりした前世の記憶があんのか?」

その質問に少しドキリとしたが、今更か、と空は素直に頷いた。

「ぼんやりしてるけど、ちょっとだけ」

空がそう言うと泰造は拳を握ってぷるぷると震えだした。そして机にバタンと突っ伏し、低く呻いた。

「ううぅぅうらやましいぃぃ!! やっぱり羨ましい! 前世の記憶持ちとか、完全に主人公じゃん! どうして俺の前世は忍者じゃないんだぁあ! こんな面倒くさい鑑定能力、全然いらなかった! かっこいいのは俺がつけた名前だけ!」

その奇行を再び目にし、しかし空は今度は慌てなかった。何となく、泰造という人間が少し理解出来たからだ。

(多分この人は、ちょっと……すごく、変な人なんだな)

何かすごそうな鑑定スキルを持っていて何でもわかるようなのに全然喜んでなくて、忍者に憧れてコスプレまでし、仕事はヒヨコの鑑定士が良かったと嘆く男。しかも森羅万象とかいう能力の名前は、自分でつけたもののようだ。

紛れもなく変人だ。

だがこの村にはかなり個性的な人が多いので、空も大分慣れている。こうして嘆くだけなら実害は特にない。

変人が嘆く声を聞きながら、空は最後のおにぎりを手に取り、もぐっと頬張った。

ちょっとうるさいが、タケノコご飯のおにぎりはとても美味しかった。


空がおやつを全部食べ終える頃、ガラッと戸が開いて幸江が様子を見に顔を出した。

そしてテーブルに突っ伏す息子を見て盛大なため息を吐く。

「またアンタは……ほら、仕事しなさい、仕事!」

スパンと肩を叩かれ、泰造は渋々顔を上げた。空はそんな泰造を眺め、それから幸江を見上げた。

「ね、さちえせんせい。たいぞうせんせいって、せんせいのほかは、なんのおしごとしてるの?」

「泰造はねぇ、物でも人でも見ただけでいろんなことがわかっちゃうのよ。だから普段は役所とか農協で、輸出品や農作物の査定……ええと、村のお野菜なんかの、値段を決める仕事をしてるのよ」

(なるほど鑑定の無駄遣いだ……いや、いっそ有効活用?)

何だかすごい鑑定能力を持っているらしいのに、普段の仕事は野菜の値付けか……と空はちょっと泰造に同情を覚えた。

「収穫期には忙しいけど、今の時期は暇なのよね。だから保育士の資格も取らせたんだけど」

「俺はヒヨコの鑑定士がいいっつってんのに……ああ、ふわふわピヨピヨした可愛く情報の少ない生き物を一生眺めていたい……」

どうやら春はまだ村から出荷する品物が少ないらしい。春野菜くらいはあるが、大体は自家用なのだろう。

「この村じゃそんな仕事に需要がないんだから仕方ないじゃないの。前にちょっと都会に出たら、視界の情報量が多すぎて目を回してすぐに戻って来たし」

「それって、じぶんでみないようにできないの?」

「泰造はその能力が強すぎてねぇ。こうやって前髪で視界を隠してなるべく見ないようにしてるけど、初めて見るものとかが多いと、気になった物を無意識に片っ端から鑑定してしまうのよ。おまけに使う魔力も結構多いのか、やりすぎるとすぐ魔力切れで動けなくなるし」

なるほど。

さっきは空と初めて顔を合わせたので、無意識に鑑定してしまったということのようだ。

「ああもう、なかなか自由にならないし、くだらねぇことばっか見えるし、燃費悪いし、ほんっと最悪……」

泰造はまた机に突っ伏しそうな雰囲気を出したが、幸江に背中をパシリと叩かれてどうにか堪えた。

「この村にいれば、そんなに力を使わなくて済むでしょうが! その間に、また別の新しい技でも何でも開発しなさい! ほら、もうめそめそしてないで、空くんと教室に戻って遊んでらっしゃい!」

「へぇい……」

空になったおやつの包みを幸江に渡してしまってもらい、空は泰造と共に休憩室を後にした。

泰造はどんよりした空気を纏いながらも、教室に向かって歩いていく。空はそんな彼を横から見上げ、ポンポンとその足を慰めるように叩いた。

「あんね、たいぞうせんせい。ぼくねー、ぜんせのきおくがあっても、あんまりいいことないんだよ」

「……そうなのか?」

「うん。だって、このむらって、ぼくがしってるとおもうものと、ちがうものばっかりなんだ。だからさいしょは、こわいものばっかりだったんだよ」

「怖い……知ってるのに、違うのが嫌ってことか?」

「うん。だってさ、たとえば、これはうごかないってしってるはずのはなが、うごいてかみついてきたら、びっくりしちゃうでしょ」

「それは……確かに驚くかもな。そういうこと、けっこうあるのか?」

「いまでも、そういうことばっかりだよ! だから、げんきだして! ぜんせとかわかんなくても、へいきだよ!」

空がそう言うと、泰造はその場にへたりとしゃがみ込んで頭を抱えた。

「子供に慰められるとか俺かっこわる……空は良い子だなぁ」

泰造はそう言ってしばらく呻いていたが、しばらくするとがばりと顔を上げて立ち上がった。

「うっし、遊ぶぞ、空! 何か楽しいことしようぜ! 忍者の絵本とか一緒に読む? 俺の一押し絵本読んでやるよ!」

「うん、あそぼー! にんじゃはまたこんどで!」

「何で!?

どうやら空の精一杯の慰めは、泰造の元気を出すことに成功したらしい。


教室に戻ると、子供たちはそれぞれ班に分かれて色々な遊びをしている真っ最中だった。今からそこに交ざるのは少し難しそうな気配だ。泰造は周囲をぐるっと見回すと、腰を屈めて空の顔を覗き込んだ。

「空は何の遊びが好きとかあるか?」

「んと……ぼく、まだおにごっことか、ぜんぜんついてけないんだ。もじあてとかも、よくみえないし。だから、こうさくとかばっかりしてるよ。それはすき……かな?」

「あー……なるほど?」

泰造は空をじっと見て少し考えると立ち上がり、教室の片隅にある棚の所まで行って何かを手に取って戻ってきた。

「空、じゃあこれで遊ぼうぜ」

泰造が手にしているのはトランプのようなカードが入った箱だった。教室の空いている片隅に移動して二人で床に座ると、泰造が箱を開けて中身を取り出す。

バラバラと並べられたカードには、可愛い絵柄で色々な野菜が描いてあった。

「おやさいのかーど? これでなにするの?」

「神経衰弱っていう遊び、知ってるか?」

「あ、しってる! おなじえのかーどをあつめるやつ!」

空が知っていると言うと、泰造は頷いてカードをバラバラにして裏返しにし始める。

「それそれ。俺はなー、何でも見えちまうからそれ全然楽しめねぇのよ。でもまぁ、これはちょっと違うからな」

バラバラに並んだカードの裏は一面の白で、手がかりになるものは何もない。

泰造はそれらを指さして、不思議なことを空に告げた。

「これをな、まずは目を瞑って当てるんだよ」

「えっ!?

泰造はそう言って身につけたエプロンのポケットから、パチンとするタイプの髪留めを取り出した。端に摘まみ細工の可愛い花が付いている髪留めだ。

思いがけぬ可愛い持ち物に、空がそれをじっと見つめると、泰造はちょっと照れくさそうに唇を尖らせ、もっさりした前髪をまとめて掴んで高く上げた。

「これなー、去年卒園した子から貰ったんだけど、たまに見に来ては使えって怒るから持ち歩いてんだ」

そう言って泰造は上げた前髪を頭の天辺でパチリと留める。

意外と律儀な男だと感心すると同時に、空はその子が何故そんなことを言ったのかを、露わになった泰造の顔を見て理解した。

「せんせい……いけめん?」

「イケメン? 何?」

「なんでもないです……」

そう、泰造はなんと顔が良かった。それも、ものすごく。空は陰キャ風の目隠れ前髪の下から出てきたその顔に驚いて、思わずぽかりと口を開けてしまった。

前髪で顔の半分が隠れていても、真っ直ぐ通った鼻筋とバランスの良い唇から、造作は良さそうだなと何となく予想はしていた。

しかしそこに彫りの深い目元が加わるとさらにすごい。

形の良い額に整った眉、濃いまつげに彩られたくっきりと二重で切れ長の目。泰造は、雑誌のモデルをやっても全く不思議ではないような華やかな美形だったのだ。

可愛いお花がついたパッチン留めで髪を上げていても、それが全くマイナスになっていない。

(イケメン、ずるくない……?)

いやでも、あの謎の変人ぶりを考えると相殺か……などと悩んでいる空を置いて、泰造はスッと目を瞑った。

どうやら目をちゃんと瞑っているということを空に示すため、髪を上げたらしい。

「まずこうやって最初は目を閉じて、札に手をかざして絵柄を当てるんだ」

そう言うと泰造はカードの上にかざした手を左右に何回か動かす。そして手を止めると、一枚めくり、そこから少し離れたもう一枚もめくった。絵柄はどちらもキュウリで、当たりだ。

「すごーい、あたった!」

泰造の顔を見上げても、確かにずっと目を閉じたままだ。

空が驚くと、泰造は目を開けて、当てたカードを手に取って見せた。

「この札にはそれぞれ二枚で一対になるように、ちょっとずつ違う魔力が込められてる。だから目を閉じてそれを感じて当てるっていう遊びだな」

「へぇ~! おもしろそう!」

「おう。空もやってみな」

「うん!」

空はさっき泰造がしていたように両目を瞑り、小さな手をカードの上に伸ばして手の平をかざした。

しかし手は宙をすかすかと掻くばかりで、特に何も感じない。

「……わかんないかも」

そう呟くと、泰造が空の手を上から押して、ぺたりとカードの上に当てさせた。

「最初はぺったりくっつけたらいい。そんで、札に触れた感じを意識するんだ。何か感じないか? ちょっと温かいとか、その逆に冷たいとか」

そう説明されて、空は手に触れたカードに意識を向けた。カードは固く、つるっとしている。

ペタペタと手で触れていると、ふとそのカードがなんだかほんのり温かいような気がしてきた。

「なんかちょっと、あったかい、かも?」

「お、じゃあそれをめくって。それから他の札に触れて同じ感じのを探してみな」

そう言って泰造は空の手を取り、隣のカードに導く。隣のカードはしばらく触れていると、何だかひんやりしているような気がした。

「これじゃないみたい?」

首を傾げつつ手を浮かすと、また別のカードへと導かれる。次のカードは温かくも冷たくもなかったが、何だか少しチクチクしているように思えた。

違うと思えば手を浮かすと、また新しいカードに向けて手を引かれ……それを二度繰り返した時、空はついにさっきと同じほんのり温かいカードを見つけた。

「あ、これ! これ、さいしょのとにてる!」

「お、じゃあ目を開けてめくってみな」

空はパチリと目を開け、今触れているカードをそっとめくった。カードの裏面には可愛いトマトの絵が描かれている。最初に空がめくったカードの絵も、やはりトマトだった。

「あたったー!」

「やったな!」

泰造に頭を撫でられて、空は嬉しそうにトマトのカードを二枚手に取った。

「じゃあ今度は、目を開けたままで良いからやってみな。さっきの感じを思い出して、ちょっと違うのを探すんだぞ」

「うん!」

空は大喜びで、手の平をカードにかざす。すると目を瞑っていたときよりわかりにくいことにすぐに気がついた。

「さっきより、わかりにくい?」

「だろ? 目を閉じるとそれだけで感覚が一つ減るから、他がわかりやすくなるんだよ。でもどんどん試してれば、そのうちわかるようになるぞ」

「うん!」

空はわからないカードは諦め、何枚ものカードに次々触れてみる。それを繰り返していると、徐々にわかるカードとわからないカードがあることにも気付いた。

「こっちのはひんやりしてる……でもこれはわかんない?」

「やるなぁ。そういう強弱もあるんだよ。込めてある魔力が少ないやつは、目を開けてるとわかんないってことだな」

なるほど、と空は頷き、とりあえずわかるカードを一枚めくってみた。カードにはニンジンの絵が描いてある。

空は目を開けていてもわかるカードで、ひんやりしているものを探した。

「これ、かな?」

ちょっと自信なさそうにめくられたカードには、しかしちゃんとニンジンの絵が描かれていた。

「わぁい、あたった!」

「上手い上手い!」

その後も空はカードに手を当てては、その魔力を懸命に探った。チクチクするカード、何だかくすぐったいカード、ペタペタするような気がするカードなど、探っていくとそれぞれに固有の感覚が段々よくわかるようになってゆく。

結局空は三十枚ほどあったカードのうち、約半分ほどを当てることが出来た。


「うん、結構当てたなぁ。残ったのは魔力が弱いやつだから、そういうのは目を瞑って探すといいぞ」

「うん! ね、せんせい。これって、くんれんとかになるの?」

「ああ。初歩の魔力感知が多少できるようになるぞ」

「まりょくかんち……」

ファンタジーっぽい単語に空は少し嬉しくなった。

「空はまだ他の子に比べて体力が少ないからな。鬼ごっことかは無理に参加しないで、こういう遊びのほうが合ってると思う」

「ぼく、そんなにたいりょくすくないの? だいぶげんきになったのに……」

「他の子と比べたらな。だが魔力は多い……けどその魔力もなんつーかちょっといびつなんだよな。ちっさい頃に魔力が足りない時期とかあったりした?」

泰造の見立てに空は感心しつつ頷いた。

「ぼくね、まそけつぼーしょーっていうので、からだがよわかったんだ……とうきょーでは、まそがたりなかったんだって」

「ああ、器がでかすぎるってやつか。なるほど……俺の見たとこだと、そのせいで体の成長がまだちっと遅れてんだな。最初からここで生まれてりゃ、今頃は体力も魔力も有り余って既に手がつけられねぇ感じに育ってたやつだな」

「そうなんだ……それって、そのうちなおる?」

「大きくなれば、そのうち追いつくと思うぞ。ただ、今はまだ他の子よりは足が遅いとか、色々出来ないことは多いだろうが……まぁ、だからこそ今はこういうので、魔力ってやつをもっとよく知ることから始めるといいんだよ」

泰造はそう言ってカードを手に取りひらひらと揺らした。空が前世の記憶持ちだと知っているせいか、泰造も空を子供扱いしないでちゃんと説明してくれるのが少し嬉しい。

「風車とか鶴とか、そういうのに魔力を込めるってのはやったんだろ?」

「うん、ちゃんとうごいたよ!」

「あれ面白いよな。魔力ってのはああいう単純な、ただ出しただけのもの以外にも色んな形に変えられるんだよ。この札の魔力も一人の人間が籠めたやつだ。この札は、そういう性質の違いを感知できるようにして、教えるためのもんだな」

空はこれを一人の人が作ったと聞いて驚いた。カードから感じる魔力は色々で、その違いは気付いてみると結構大きく思えたからだ。

「いろんなまりょくがわかると、どうなるの?」

「魔法を使うのが上手くなったり、色んなことが出来るようになったり……するかもな。そこは、個人差があるからよ」

泰造はそう前置きしつつも、空に丁寧に説明してくれた。

「例えば、温かい感じにした魔力を使って、氷の魔法を使うってどう思う?」

「うーん……こおりがとけそう?」

「そうそう。氷の魔法を使うなら、それに使う魔力の性質は冷えてたほうがいい気がするだろ?」

「うん、そっちのほうが、こおりがながもちしそう!」

「だろ。まぁ魔力自体を上手く冷やせるかは本人の素質や技術の問題だから、全員がそれを出来るようになるとは言わねぇけど、魔力や魔法にはそういう理屈が影響を与えるって、知ることは大事なんだよ」

「そっかぁ」

「この村の連中は、何となく本能で魔法や魔力を使ってるやつが多いからな……空は体の成長を知識で補っていくといいさ」

空はその言葉に大きく頷いた。それなら確かに、今の空でも出来そうなことだからだ。何か出来ることがあるのはやはり嬉しい。

「そうしたら、将来的には忍者っぽいかっこいい魔法とか使えるようになるからな!」

「それはべつにいいかな!」

「何でだよ! 忍者最高だろ!?

空は別に忍者という存在に特別な思い入れがあるわけではないので、それは要らないかなと思う。

「せんせいは、ほんのうでまほうつかうの、にがてなの?」

忍者からどうにか話題を逸らそうとそんな質問をすると、泰造はうっと小さく呻いて頷いた。

「俺はあれだ、人が魔法を使うところを見てると、それが何をどうしてるのかまで勝手に見えちまうんだよ。見えて理解出来ちまったら、もう本能で同じようにっていうのが難しくて……けどそもそも俺は魔力があんまり多くねぇから、理解出来ても同じことは出来ないんだよなぁ」

空はその状態を想像して、何となくわかるような気がすると頷いた。

(絶対音感がある人が、音が全部わかっちゃうっていうのと似てるのかも?)

それは確かにある意味不便そうだ。

「その点空は魔力も多いし……前世持ちだし……ああぁあ、やっぱ主人公なんじゃん! 完全に主人公! っかー! 羨ましい!!

しまった、どうやらまた何かに触れてしまったようだ。

床に両手と両膝をついて俯いているだけなので、まだかろうじて理性が残っていそうだと空は見て取り、ポンポンとその肩を宥めるように叩いた。

「ぼくのぜんせって、まほうとかないせかいだったよ。だからやくにたってないし……」

「え、そうなの? 魔法がないってわかんねぇな……そういえばサラリーマンって何?」

「ええと……かいしゃから、きまったおきゅうりょうもらって、はたらくひと、かな?」

「へ~」

空が説明すると泰造は興味を引かれたらしく、気が逸れたようだ。

また起き上がって、それから形の良い顎に手を当ててしばらく黙り込む。空がそれを黙って見ていると、やがて顔を上げてパッと笑顔を見せた。

「よし! 空、俺と友達になろうぜ!」

「えっ? でも、えっと、せんせいなのに、ともだち?」

「そう! 空はどう考えても主人公枠だ! そんな空の近くにいれば、俺もいつか輝く日がやってくるに違いねぇ!」

そんなメタな。

空はそう思ったが、泰造の瞳は真剣だ。

「ぼく、よんさいだよ?」

「いいじゃねぇか! これが同い年とかだったら、俺は嫉妬で死んじまうからな!」

そんなかっこ悪いことを胸を張って言わないでほしいと空は切実に思う。あと普通は自分より将来有望そうな年下にこそ嫉妬するのではないだろうか。

「空が何か事件に巻き込まれたら呼んでくれよな! 俺が何でも鑑定してやるから!」

何かに巻き込まれる前提で話を進めないでほしいとも心から思う。

「そんで、空の前世の話とかもっと聞かせてくれよ、興味あるからさ!」

「それはいいけど……あ、じゃあせんせい、ぼくがつよくなるほうほう、いっしょにかんがえてくれる?」

「おう、任せとけ! 俺のことは泰造って呼んでもいいぞ。気に入ってる名前じゃねぇが、友達だしな!」

ビックリするほど整った顔で、泰造は子供のように無邪気な笑顔を見せた。そんな顔をされると断りづらいし、自分にもメリットがあるならまぁいいかと空は頷いた。

「じゃあえっと、たいぞうにいちゃん、よろしく?」

「ああ、よろしくな!」

(……僕、保育所で同い年の友達を作ろうって思ってたんだけどなぁ)

保育所での新しい友達の一番目は、残念ながら随分年上のおかしな男ということになりそうだ。

「昼まではまだ時間あるし、良かったら神経衰弱しながらでいいからサラリーマンのこと聞かせてくれよ」

「んー、いいよ。じゃあ……あんね、さらりーまんはまいあさ、まんいんでんしゃっていうのにのるんだよ……」

この後、空が語ったサラリーマンを襲う恐ろしい朝の一幕に、泰造はまた泣き崩れることになった。