二 山菜採りの朝

少々差別的なキャベツが美味しいロールキャベツになった、その二日後。

今日は山菜採りに行こう、と雪乃と約束していた空は、朝からそわそわと出かける時間を待っていた。

朝ご飯の後片付けを終え必要な道具などを揃える雪乃を、空はフクちゃんをもみもみしながら大人しく待つ。

「ねぇフクちゃん。フクちゃん、ちょっとおっきくなった?」

「ピ!」

空がそう問うと、フクちゃんはちょっと胸を張って高く鳴いた。フクちゃんを手で揉んだときの感覚から、何となく少しフクちゃんが大きくなった気がしていたがどうやら気のせいではなかったらしい。

「なんでおっきくなったの? フクちゃんってそだつの?」

「ホピ……ピキョ?」

その問いにはフクちゃんも首を傾げた。どうやら本人も何故かは知らないらしい。

「空の魔力が少し増えたのではないか? 多分、フクは空の能力に影響されるのだぞ」

「え、ぼくのまりょく、ふえたの?」

「ああ、大きくなれば少しずつだが増えるものだぞ。空はここに来てから大分背も伸びたしの」

背が伸びた、という言葉に空はパッと嬉しそうな笑顔を浮かべた。周りには大人や年上の子供しかいないので、成長している実感が空にはあまりなかったのだ。背が高くなっているというのは空にとっては嬉しいことだった。

「ホピピ、ピピ!」

「フクちゃんもおっきくなってうれしい? よかったね!」

空は一回りふくっと大きくなったフクちゃんを撫でながら、ふと自分の胸に下がった守り袋に視線を落とした。

「テルちゃんも、おっきくなるのかな?」

テルちゃんは相変わらず午前中は、守り袋に入れたしろの石の中で眠っていることが多い。

「テルはどうかの……あれはよくわからぬな。まだ眠っている時間も多いし、それが短くなることはあるかもしれぬな」

「そっかぁ。もっとおきてられるように、はやくなるといいね!」

「うむ。まぁ、そのうちそうなるのだぞ。それより空、そろそろ雪乃の準備も終わるから、草鞋わらじを履くか」

「うん!」

空は元気良く頷くと立ち上がり、玄関へと走っていく。しゃがみ込んで愛用の草鞋を手に取ると、ヤナがそれを受け取って小さな足に履かせてくれた。

「さんさい、なにがあるかなぁ」

「裏山なら、少し入った所でも色々あるぞ。ワラビやゼンマイ、タラの芽とかだな」

「おいしい?」

「空の口に合うかどうかは、試してみなければちとわからぬなぁ。すぐに食べられぬものもあるしの」

すぐに食べられないというのは少し残念な話だ。空は雪乃が作る煮物によく入っているゼンマイの姿を思い出した。あのゼンマイは、干してカリカリの黒い紐のような状態で保存されているのだ。

「とったの、ほしたりするの?」

「それは山菜それぞれで違うのだぞ。アク抜きをしたり、サッと茹でてから干して保存したりな。タラの芽なら採ってすぐに天ぷらにできるかの」

「てんぷら!」

空はその言葉を聞いてパッと顔を明るくした。

「空は天ぷらが好きかの?」

「うん! てんぷらおいしいからすき!」

「そうか。なら天ぷらの準備をして待っているのだぞ」

ヤナがそう言って頷くと、支度を終えた雪乃が玄関にやってきた。長袖のシャツとズボンという動きやすい服装で、背には愛用のナップサックを背負っている。

「天ぷらって聞こえたけれど、今日の夕飯の相談かしら?」

「うむ、空は山菜の天ぷらが食べたいそうだぞ。天ぷらの具になるような山菜を頼むぞ」

「わかったわ。タラの芽のちょうど良い大きさのがあると良いわね。さ、行きましょう」

「うん! ヤナちゃん、いってきまーす!」

「ああ、いってらっしゃい」

手を振るヤナに見送られて、空は雪乃と一緒に玄関を出た。

すると出てすぐに、玄関前に幸生が立っていて誰かと喋っていることに気がついた。幸生は作業着姿で、腰には竹製の籠を着けている。

「あ、アキちゃん! おはよー!」

「おはよー、そら!」

「空ちゃん、雪乃ちゃんおはよう」

「おはよう、美枝ちゃん。今日はよろしくね」

幸生と話していたのは美枝と明良だった。今日は二人と、そして幸生も一緒に山菜採りに行くのだ。

「いまねー、おじちゃんに、おねがいしますってしたとこなんだ!」

明良はそう言って嬉しそうに幸生を見上げた。

今日は幸生と雪乃、空の三人で山菜採りに行く約束だったのだが、裏山にタラの芽などを探しに行くと空から聞いた明良が参加したがったのだ。

「おれ、まだたらのめ、じぶんでとったことないんだ! やってみたい!」

そう強く主張され、美枝は雪乃に相談を持ちかけた。

裏山に行くには明良の年では本当はまだ少し早い。だが幸生たちが空を連れていくのと一緒なら安全だろうということで、美枝と二人で参加することが決まったのだ。空は明良と一緒にまた山菜採りに行けるというだけで嬉しいので、歓迎だった。

いつもはワンピースとエプロン姿のことが多い美枝も、今日は山歩きをしやすい服装をしている。

「アキちゃん、たのしみだね!」

「うん!」

二人は向かい合って笑い合う。

そんな可愛い孫の姿に幸生は思わず天を仰ぎかけたが、側に来た雪乃に背中を叩かれ、気を取り直して空をひょいと持ち上げた。

「坂道を歩いたりするから、空はじぃじと一緒に行きましょうね」

「うん!」

大きな肩に乗せてもらって、空はご機嫌で頷く。

空の肩に乗っていたフクちゃんも、幸生の頭にさっと下りてちょこんと座り込んだ。

「しゅっぱーつ!」

空がそう叫ぶと、幸生がうむと一つ頷いて歩き出し、その隣を明良が楽しそうに歩く。雪乃と美枝はお喋りをしながらその少し後ろを歩き始めた。

頼もしい祖父母や明良たちが一緒なら何も怖い物はない。

空はわくわくしながら幸生の頭にしがみ付き、初めて入る裏山をじっと見つめた。


細く、緩やかな坂道は林の中へと続いてゆく。

空は物珍しそうに木々を眺め、そこかしこで芽吹いている草を見つけては幸生に声を掛けた。

「じぃじ、あのやわらかそうなくさ、たべられる?」

「食えない」

「あのはなは? あとあっちのはっぱ!」

「あの花も食えない。葉は食えないことはないが……まずい」

空は食べられそうな山菜がないか熱心に探すのだが、どれがそれかもよくわかっていない。とりあえず目についた淡い緑の草や葉、見慣れない花などを適当に指さして聞いてみる。

幸生はその度に頑張れば食える、毒がある、美味しくない、などと律儀に応えた。

「たべられるの、このへんにあんまりないの?」

「一応あるけれど、美味しいのはもう少し奥ね。ほら、そこにこごみが少し生えてるけれど、細いでしょう?」

「あ、ほんとだ!」

空は幸生の肩から乗り出すように、雪乃が指し示す道端を見下ろした。

道端の草むらの中から、見たことのあるくるりと丸まった草が何本か頭を覗かせている。しかしそれは確かに去年皆で採ったものよりもひょろりと細長く、どことなく頼りなげな姿だった。これなら絡みつかれても、空でも振りほどくことが出来そうだ。

「日当たりとか水場の近さとか植物によって好きな条件が色々あって、場所で育ちも違うのよ」

「そうなんだ……じゃあ、じぃじはいいのがあるとこ、しってるの?」

「うむ。任せろ」

幸生はそう言って深く頷く。空にはその姿がとても頼もしく見えた。

「あ、そら、あれのくきはたべれるよ!」

食べ物を熱心に探す空を笑って見ていた明良が、不意に少し離れた場所に生えた丸くて大きな葉の草を指さした。

「ほんと? あれなぁに?」

「あれはふきね。空ちゃん、フキノトウは知ってるでしょ? あれはその葉っぱよ」

「ふき! ばぁばがにたやつ、たべたことある!」

蕗は茎の中が中空で、それを甘辛いきんぴらのように煮た料理がとても美味しい。

空がよく見ようと幸生の肩から身を乗り出すと、雪乃が慌ててそれを止めた。

「空、あそこのはあんまり大きくないみたいよ。あれももっと良いのが採れる場所があるから、またにしましょう」

「そうなの? じゃあ、あとにする!」

それならまだ慌てなくても良いと空は納得して、また幸生に掴まる。しかしその蕗の横を通る時、空はふと気になって雪乃を振り向いた。

「ねぇ、ばぁば。ふきって、なくの?」

「蕗は鳴かないわねぇ」

「じゃあ、にげる?」

「大丈夫、逃げないわよ空ちゃん」

折り取るときに可愛い声で鳴いて罪悪感を与え、採った後もころころと逃げ出すフキノトウと、蕗は違うらしい。それなら去年のような罪悪感はなさそうだ、と空はホッと胸を撫で下ろした。

「蕗は手を伸ばすと茎をねじって避けるから、素早く捕まえるだけでいいわ」

「……そっかぁ」

ホッとしたのも束の間、やはり一筋縄ではいかないらしい。


しばらく歩くと幸生は山道を逸れ、道の脇にあった林の中に踏み込んだ。空は近くなった木々とその向こうの青空を見上げる。まだ木々の葉が生い茂っていないので、林の中は明るく見通しも良い。

「……この辺で準備をするか」

「そうね。空、一度下りてちょうだいな」

「うん」

幸生が身を屈めると、雪乃が手を伸ばして空を受け取る。地面に下ろされた空は、少しだけ不安そうに辺りを見回した。

「あっちの方にじぃじが植えたタラの木の群生地があるのよ」

雪乃が指し示した先は、背の高い木々を減らしてあるのか明るい草地になっているようだ。その場所から距離があるここで、まず準備をするのだと雪乃は背中のナップサックを下ろした。

「えーと……ああ、あったわ、これね」

雪乃は魔法のナップサックの口を開け、その中に手を突っ込んで小さく呟く。

そして何かをぐっと引っ張ると、ナップサックの口から何か四角い大きな物が、物理法則を無視するようにみにょんと取り出された。

「わぁ……ばぁば、それなに?」

「これは、空の為に用意した盾よ」

雪乃が手にしていたのは、竹で出来た四角い板のようなものだった。三センチくらいの幅に切りそろえた細長い竹を並べて繋げ、一枚の板にしてあるのだ。雪乃がそれをくるりと回すと、裏側の真ん中辺りに持ち手がついていた。

「善三さんにつくってもらったの。じぃじが」

「そっか……じぃじ、ありがとう!」

「うむ」

どうやらまた善三さんは忙しい時期に幸生に無茶を言われたらしい。

心の中で善三さんにお礼を言いながら、空はその盾を受け取って手に持ってみた。竹で出来た盾は軽く、空でも簡単に持つことが出来る。

「そら、おれも! おれもおそろいなんだ!」

「あ、ほんとだ!」

明良に呼ばれてそちらを向けば、明良も空と同じ盾を手に満面の笑みを浮かべていた。

「あとな、じいちゃんがたのんでくれて、おれもわらじもらったんだ!」

言われて足元を見ると、確かに明良も空が履いている物と同じような草鞋を履いていた。

「よかったね、アキちゃん!」

「うん!」

今年の冬以来、矢田家の家族は明良に少し過保護になったようだ。

「さ、明良も空ちゃんも、準備はいい?」

「うん!」

「はーい!」

はしゃぐ二人に美枝が声を掛けると、元気な声が返った。

「二人共、その草鞋を履いていれば大体の危険は防げるけれど、盾もしっかり持っていてね」

「ええ、タラの芽は、近づくとトゲを飛ばしてくるから、盾に隠れていてね」

その注意事項は、出かける前に空も聞かされていた。

子供たちはトゲが飛んでくるのを怖く感じるかもしれないと、盾が用意されたのだ。

空は盾を体の前で構えて、それが自分の身長よりも大きく、頭の天辺までちゃんと隠してくれることを確かめる。明良の盾もちゃんと、その背丈より少し大きく作ってあった。

「フクちゃん、ぼくのあたまのうえにいると、ちょっとはみでない?」

「ホピ?」

いつの間にか幸生の頭から空の頭へと移っていたフクちゃんが首を傾げる。

「あぶないからぼうしにはいっててね」

「ホピピ!」

空がそう言うと、フクちゃんはいそいそと背中に垂れたフードの中に潜り込んだ。

これで良し、と空が大人たちを見上げると、皆が頷く。

「じゃあ行きましょうか」

「うん!」

空は元気良く頷き、前を歩く大人たちについて歩き出した。


少し歩くと前方の木々の隙間から草地がはっきりと見えた。背の高い木を取り除いて、空き地のようにしてあるらしい。そこにポツポツと少し白っぽい木肌の低木が生えている。

前を歩く幸生は林の端で立ち止まると、その低木を指さした。

「空、あれがタラの木だ。アレの新芽を採る」

空は手に持った盾の横からひょいと顔を出し、幸生が指し示す方向を見た。

タラの木は細長く真っ直ぐで、途中から何本かの枝を伸ばしている。幸生が植えたという言葉通り、何本かの木が等間隔に列を成すように並んでいた。草地にはそんな連なりが何列かあるようだ。

「……ほんとにとげとげ、いっぱいだね」

空はタラの木を見て、どことなく嫌そうにそう呟いた。遠目から見てもわかるくらい、タラの木はその枝のほぼ全体が鋭く細かい棘でびっしりと覆われていたのだ。

「いたそう……」

「仕方ないわ、タラの木はそれが特徴だから。ほら、あの枝の先が新芽よ」

雪乃に教えられて枝の先を見れば、確かに緑色の小さな新芽がぽつりぽつりとくっついている。新芽はどれも五センチから十センチを少し超えるくらいの大きさだ。

「丁度採り頃みたいね」

「ええ、良かったわね」

「おっきくないほうがいいの?」

「ええ。あんまり育つと硬くなるのよ。あのくらいがちょうど良いわ」

大人たちはそう言って頷き合う。顔を見合わせ、幸生が一歩前に出た。

「俺が前に行くが……子供らはどうする」

「せっかく盾を持ってきたし、普通の採り方を教えてあげたいから結界は張らずにおくわ」

「それが良いわね。さ、明良、空ちゃん、二人並んで、幸生さんの隣に立って、一緒に少しずつ前に進みましょうね」

「うん!」

「は、はぁい……」

明良は元気良く返事をして幸生の隣にちょこんと立った。空はびっしりと生えたトゲに少し怯えつつ、盾を握りしめてその隣に並ぶ。耳元で励ますようにフクちゃんがホピホピ鳴いているが、応える余裕はなかった。

雪乃と美枝は幸生の体に隠れるようにその後ろに立った。空はそれをちらりと見て、自分もあっちが良かったかも、と少しだけ思う。

「そら、だいじょぶだよ! じいちゃんがこのたてに、なんかすごいまほうかけてもらったっていってたもん!」

「そうなの? ぼくのも?」

「ええ、そうよ。その盾と草鞋があれば、トゲなんてチクリとも刺さらないから安心してね」

実はその完全防御が付与された草鞋だけでも全く平気なのだが、一応そういう装備がない場合や、結界が苦手な人などがする普通の採り方を教えようと雪乃たちは盾を用意してきたのだ。

空は雪乃の言葉にホッと息を吐き、それから幸生を見上げた。

「じぃじは、たてがなくてもへいき?」

「うむ、大丈夫だ」

幸生は力強く頷き、無造作に足を踏み出した。一歩、二歩と大股でタラの木に近づくその姿に、空たちも慌てて歩き出す。

子供たちは盾を構えていると前がよく見えないので、足元に気をつけながら、隣に立つ幸生にくっつくように足を進めた。

「そろそろ来るぞ。しっかり盾に隠れていろ」

一番端に生えたタラの木の列まで、残りの距離は二メートルほど。しかし明良と空にはその距離がよくわからない。二人は思わず足を止め、地面に盾をしっかりつけて身を縮めた。

それを横目で見ながら、幸生がもう一歩足を踏み出す。すると突然、前方のタラの木がブルッと枝を震わせた。

次の瞬間、バチン、と何かが盾に当たって弾けるような音がした。

「わっ!」

「ひゃわっ!?

幸生が足を進める度、その音は数を増やしていく。

ヒュッ、という風を切るような鋭い音が幾つも重なって響き、空たちが構えた盾にバチンバチンと何かが連続して当たるのだ。その激しさに明良と空は身を竦ませ、小さな悲鳴を上げた。

「うわわ、ね、ばあちゃん、これトゲ!?

「はわわわ!」

「そうよ。明良、音が止むまで、ちゃんと隠れててね」

「空もね」

「う、うん、でもこれいつやむの!?

空は必死で盾の持ち手を握りしめて堪えるが、バチバチと何かが当たる音はなかなか止む気配がない。

思ったより大きな音と盾を持った手に伝わる感触に、空は盾を持ったまま思わずしゃがみ込んだ。強い衝撃があるわけではないが、鋭い音にハラハラしてしまう。

しかししばらくそうやってじっとしているとトゲが当たる音は少しずつ数を減らし、やがてピタリと聞こえなくなった。

空は知らず瞑っていた目をそろそろと開け、きょろりと辺りを見回し、少し後ろに立っている雪乃と美枝に慌てて声を掛けた。

「ばぁば、おわった? もうだいじょぶ?」

「ええ、とりあえずこの列は大丈夫よ。盾から出て良いわ」

頷いた雪乃に空はホッと息を吐き、ゆっくり立ち上がって、恐る恐る盾の横から顔を出した。

「うわぁ……とげ、すごい……」

見れば、空と明良の前の草むらに無数のトゲが落ちている。どれも先が鋭く尖って、三センチから五センチくらいとなかなかに大きい。

「あたったらいたそうだなぁ」

明良の零した感想に、空もコクコクと頷いた。

「たてがあってよかった……あ、でもたてには、ささってないね?」

「善三さんの盾は丈夫だから……二人の頭の上辺りの、盾のない場所もこんな感じでちゃんと守ってくれてたわよ」

雪乃はそう言って半円を描くように手を動かした。

考えてみれば、盾は空より少し大きいくらいで、それよりも背の高いタラの木が頭上からトゲを飛ばしたら当たってもおかしくないはずなのだ。

しかしこの盾は板がない部分もバリアのようにカバーしてくれたらしい。

(善三さんの謎技術……さすがぁ)

空は思わず竹川家のある方を向いて拝みたくなった。


「空、もう採れるぞ」

不意に空は幸生に呼ばれ、慌てて前を向いた。幸生はトゲを飛ばしきってつるっとしてしまった木の脇に立ち、下の方にある枝を指で示している。

空は幸生の隣に駆け寄り、届きそうな所に生えている新芽をじっと見つめた。

「とってもいい?」

「ああ。根元の少し上を持って、横に倒すようにすると採れる」

新芽にも僅かにトゲのようなものがあるが、どれも短い。空が試しに指でちょんと触れると、それらは柔らかくて痛くはなかった。

「んしょ……よこ、よこに……」

痛くないと安心した空はよいしょと手を伸ばし、言われた場所をそっと掴んで横に倒すように力を込める。

するとタラの芽は枝との境目からぽくりと綺麗に折れ、空の手の中に新芽が残った。

「わぁ……とれた!」

「うむ、上出来だ」

初めて採ったタラの芽はまだ短く、柔らかくて美味しそうだ。

「アキちゃん、とれたよ!」

「やったな! おれもとったよ!」

明良も別の枝を見つけてタラの芽を収穫していた。二人で採ったばかりの芽を見せ合い、嬉しそうに笑い合う。

上の方は幸生たちが手を伸ばし、適当に幾つか芽を残しながら、食べ頃のものを収穫していった。

一番近い列の芽を収穫すると、次に行くからまた盾を持つように、と空たちに促した。

「いちれつずつ……だからちょっとはなしてうえてるの?」

「そうよ。そのほうが危なくないからね」

木は五本ほどを一列として五列分植えてあるようだが、その列同士は距離を取って配置してある。

「このやり方が村では普通だから、植えてる人は大体こうしてるわね」

美枝の言葉に幸生はその通りだと頷いた。

「俺には必要ないのだが……一応な」

「そうなんだ……じぃじ、なんでへいきなの? ぼく、みてみたい!」

さっきは自分が盾に隠れることに必死で、幸生の様子まで見る余裕が空にはなかった。

何か特別なことをしているのなら見てみたい、と空がキラキラした目で見上げると、幸生はふぐふんっ、とむせたようなおかしな音を立てた。

「うむ……別に面白いものでもないと思うがやって見せよう。少し離れておけ」

「うん!」

「あら、じゃあ空と明良くん、こっちに来てばぁばたちと一緒に見学しましょ。ばぁばが結界張ってあげるわね」

「はーい! アキちゃんいこ!」

「うん!」

二人はパタパタと雪乃たちの所に駆け戻ると、その隣に立って幸生に手を振る。

それを見ていた幸生は一つ頷き、それから次のタラの芽の列に向かって足を踏み出した。

背の高い幸生の一歩は大きく、離れて植えてある次の列までもあっという間に近づく。大丈夫だと知りつつも、空は息を詰めてそれを見守った。

やがて幸生と木との距離が二メートルを切った時、タラの木々がぶるりと幹や枝を震わせた。

「あっ!」

幸生が大股で一気に近づいたせいか、バシュンッと大きな音が立ち、空は思わず声を上げた。木のトゲがほとんど一度に射出され、すごい勢いで幸生に襲いかかったのだ。

「ふんっ!」

しかし幸生は慌てる様子もなく、腕を持ち上げて拳を握り、気合いのこもった……というには少しばかり軽い声を上げた。

次の瞬間、バチン、と弾けるような音がして、その体に当たりそうだったトゲがパッと飛び散った。

空は思わず目を見開いた。幸生に当たるかと思われたトゲは一本残らず弾かれて、その周りにバラバラと飛び散ったのだ。

「えええ……じぃじ、すごい!」

思わずそう叫ぶと、幸生が振り向いて手招きをする。それに誘われて空と明良は走り寄り、その巨体を懸命に見上げた。けれど幸生の服や肌にトゲが刺さった様子は一切見当たらない。顔すらかばっていなかったのに、全く平気そうだ。

「すっげー、ぜんぶはじかれちゃった!」

「じぃじ、なにしたらそうなるの!?

空が不思議そうに見上げると、幸生は少し考えて口を開いた。

「魔力をだな、こう瞬間的に、体にぐっとまとうとそこにトゲが当たって全部跳ね返る……のか? 多分そうだ」

「そうなの!? すごーい!」

相変わらず、幸生はよくわからない力技で襲い来るものを退けているらしい。幸生自身もわかっているのか若干怪しい。

それでもすごいことは確かなので、空と明良が喜んでいると雪乃がクスクスと後ろで笑いを零した。

「すっかり加減が上手くなったわね、幸生さん」

「……うむ」

「かげん?」

「ええ。あんまり力を入れて弾くと、跳ね返ったトゲがタラの木や他の草木に強く当たって、食べる部分や木本体まで傷めてしまうことがあるの。でも空が来てから、じぃじはそういう力加減が大分上手になったのよ」

「そうなんだ……じぃじ、ありがとう!」

空がそう言って足元に纏わり付くと、幸生は照れたようにギギ、と口の端を上げ、空の頭を優しく撫でた。

「ね、ぼくもいつかできるかなぁ?」

「そうね、頑張れば多分……でも今はまだ真似しちゃ駄目よ?」

「うん!」

雪乃の言葉に空は元気良く何度も頷く。その振動でフードの中のフクちゃんがホピホピ言いながら揺れていた。



「ててんててん、てんぷらてんぷら~」

草地を出た先はまた林の中だった。緩やかな斜面がずっと続いているが、見通しも良くて進みやすい。大人たちも明良も山を登るのは苦ではないらしく、足取りは速かった。

空は幸生の肩の上で通り過ぎる景色を眺めながら、上機嫌におかしな歌を口ずさんだ。

「あはは、おもしろいうた! そら、てんぷらすき?」

「うん、すき! あんね、なんでもあぶらであげると、おいしくなるんだよ! ぼくしってるんだ!」

その法則はかなり信頼できると、空は前世の記憶からよく知っている。

「素揚げにして塩もいいわよね」

「ふふ、揚げ物もいいけど、ごま味噌和えなんかも美味しいわよ、空ちゃん」

「えっ、それもたべたい……」

空はそれを聞いて雪乃の方を振り向いた。雪乃はその視線を受けて心得たと頷く。

「沢山採れたから、それも作りましょうね」

「うん!」

空が天ぷらやごま味噌和えに早くも心を馳せていると、やがてどこからか水音がしてきた。大きくはないがはっきりと聞こえるその音に、空はきょろきょろと辺りを見回し耳を澄ませる。

「かわ?」

疑問を口に出すと、空が掴まっている幸生の頭がうむと頷いて軽く揺れた。

「この先に沢がある。そこに行く」

「さわって、なにがあるの?」

「恐らくはゼンマイが……」

幸生はそう言いかけて口を閉じ、ピタリと足を止めた。そして少し考え、空をそっと肩から下ろした。

「どうしたの?」

「うむ……沢でゼンマイを探して採ろうと思っていたが、このまま行くと逃げられるか?」

「あ、そうね。子供たちを連れてゼンマイだと……私が先に行って結界を張ったほうがいいかしら」

下ろされた空が二人の相談に耳を傾けていると、隣に明良がやって来た。

「ね、アキちゃん。ぜんまいってどんなの?」

「ゼンマイは……こごみにちょっとにてるかな?」

「じゃあくるってしてるの?」

「そうそう、そんで、もっとせがたかいんだ。んで、けはいに……さとい? から、きづかれるとはしってにげるって、じいちゃんがいってた」

「へー……」

前半は空でも理解出来るが、後半はちょっと理解したくない。

だがしかしこの村の周辺には変な植物ばかりだし、今更だ、と空は気を取り直した。

「じゃあ、ちかづくとにげちゃうの?」

「そうそう。だから、けはいをけして、きょーしゅー? っていうのができないと、とるのむずかしいって」

「きょーしゅー?」

どんな字かな、と首を捻ると、美枝がクスクス笑って頷いた。

「強襲ね。要するに、気配を消して近づいて、一気に飛び掛かったり木の上から襲いかかったり、そういう技がないと簡単には採れないってことなのよ。何しろ素早いから」

素早く逃げる、と聞いて空はツクシを思い出す。

「その上一度逃がしてしまうと、急いで成長しようと無理をするから味が落ちるし、雄株おかぶは胞子を飛ばして遠くから攻撃したりしてくるから、出来れば逃がさず捕まえたいわね」

(ええ……何か、聞いてるだけでかなり面倒くさそう……)

などと空が考えていると、幸生たちの相談がちょうど終わりを迎えた。

「やっぱり私が結界を張るわね。子供たちに見せてあげたいし」

「うむ。いるかどうかは、俺が探ってくる」

幸生はそう言って歩き出そうとしたが、しかしそれを美枝が呼び止めた。

「幸生さん、待ってちょうだいな。私がここから探れるから、行かなくても大丈夫よ」

「む……」

「え、ばあちゃん、そんなことできんの!?

「ええ。植物たちは同じ種族なら強く、それ以外もうっすら繋がっていて、周囲のことを結構よく知っているのよ。私はそれを教えてもらうの」

美枝はそう言うと沢の音がする方へ少し足を進め、傍にあった立派な木の幹に手を掛けた。

「こんにちは。少し、話を聞かせてくれるかしら」

美枝の柔らかな声に応えるように、芽吹き始めたばかりの葉や細い枝がさわりと揺れる。

木の幹に美枝が寄りかかると、木が喜ぶように微かに震えたのが空にもわかった。

「……そう。そうね、今年も、暖かくなって、気持ちが良いわね」

美枝は目を瞑り、小さな声で木と話をしている。しばらくするとパチリと目を開き、それから木から体を離して雪乃の方に顔を向けた。

「沢の斜面には芽吹いたゼンマイがいっぱいいるって。ここからもう少し上流に向かって数が多いみたい。雪乃ちゃん、筒状にして片方だけ開けた結界って作れたわよね?」

「ええ、作れるわ。どっちを閉じるのがいいかしら」

「こう、半割にした竹みたいな形の結界を沢沿いの斜面の上に立てて、上流を閉じる形にしたら良いと思うのよ。それで、下流から追い立てたらどうかしら」

手を動かしながら美枝がした説明に、雪乃は出来ると頷いた。

「それなら、子供たちと幸生さんに追い立ててもらえるわね」

「やったー! おれやるよ!」

自分でも出来ると聞いて明良がぴょんと跳びはねる。幸生は空と明良を交互に見て、それから一つ頷いた。

「空はフクに乗ったらどうだ。細い沢だが一応斜面になっているし、足場が悪い。川は浅いから、フクなら中を歩けるだろう」

「そうね、空を乗せてたら幸生さんが動きづらいわね。ゼンマイは素早いし」

「フクちゃん、いい?」

「ホピッ! ホピピピピッ!」

空が肩の上のフクちゃんに聞くと、フクちゃんは任せろとばかりに高くさえずり、ぴょんと地面に飛び下りる。そして、むくむくっと体を膨らませ、たちまち空よりも少し大きくなった。

「ぼくがのれるくらいで……あんまりおっきくなくても、いいかな?」

空を背に乗せていたら激しい動きは難しい。安全に皆について行けて、邪魔にならないくらいの大きさがあればいいかなと空が考えていると、フクちゃんはそれを察したのか、空がちょうど良く乗れるくらいで大きくなるのを止めた。

「ホピピッ!」

「ありがと、フクちゃん!」

身を低くしたフクちゃんにお礼を言って、空はその背に乗り込む。羽がふわふわで気持ちいいが、その下の体はみっしりと筋肉質で安定感があった。空はフクちゃんの首にピタリと体を寄せ、軽く腕を回す。

「ここにつかまっても、くるしくない?」

「ホピ!」

「準備できた? じゃあ、結界も張ったから行きましょうか」

空とフクちゃんが準備している間に、雪乃もさっさと結界を張っていたらしい。まだ沢自体は見えていないのに、器用に遠隔から魔法を使ったようだ。

「こっちだ」

幸生に先導されて、明良と空を乗せたフクちゃんがその後に続く。緩やかな斜面を登り切ると、その先は下りになっていて、水音がかなり近くなった。

「この下が沢だ。下りやすい場所がこっちにある」

幸生はそう言って、周りを軽く見回し頷いた。危険なものがいないかどうかを簡単に探ったのだ。

「大丈夫そうだな。こっちだ」

普段から自分が管理している山なので、どこが歩きやすいのか幸生はきちんと知っている。少し下流側に向かって歩くと、沢のすぐ傍まで続く細い道があった。

五人と一匹でぞろぞろと連れ立ってその道を下りる。空はフクちゃんの横に顔を突き出すようにして、水音の先を見た。

「わぁ、かわ……おみず、きれい!」

斜面の先に見えたのは、木々や草の間を縫うように流れる細い小川だった。雪解け水が流れているのか、細い割に流れはそれなりに速いようだ。水は澄んでいて、冷たそうだった。

「ゼンマイは、こういう場所が好きだ」

幸生の言葉に空は辺りを見回した。

「ぜんまい、いる? どれ?」

空が聞くと、美枝が上流の方を指さす。

「この辺にいたのは、私たちが下りてくる気配を察知してさっき逃げていったわ。結界のある上流にいると思うわよ」

「もうにげちゃったの!?

そんな気配を空は微塵みじんも感じなかった。

驚いて上流に目を凝らしたが、沢の斜面や小川の縁に生える植物のうち、どれがそれなのか空にはわからない。

「ちゃんといるから大丈夫よ」

雪乃はそう言って微笑んだ。幸生も頷き、そして大股で小川をひょいと跨ぐ。上流に向かって右側の斜面に降り立つと、幸生は先を指さした。

「俺はこちら側を行く。フクは川の中を歩けるか?」

「ホピピッ!」

フクちゃんが任せろと言うように片方の翼を上げた。

「じゃあおれこっち!」

明良は左側の斜面に立つと手を振る。雪乃と美枝は明良のすぐ後ろについた。

「じゃあ、行きましょうか」

「うん!」

空を乗せたフクちゃんが、小川の中にぱしゃりと踏み込む。流れはそこそこ速いが、水深は浅いらしい。

「フクちゃん、つめたくない? だいじょぶ?」

「ピルルル!」

フクちゃんは平気な様子で、一声高く鳴くとパシャパシャと水を跳ねさせながら歩き始めた。

「つめたくなったら、あがってね?」

「ホピ!」

フクちゃんの足をちょっと心配しつつも、空はその背中から周囲をぐるりと見回した。

斜面は起伏があったり岩が転がっていたりするが、幸生は平地とさほど変わらぬ様子で進んでいる。明良は時折足元を確認したりジャンプしたりしているが、やはりあまり苦労する様子もなく歩いていく。

斜面や小川沿いには水辺を好むらしい色々な草や低木が生えているが、皆はそれに目を留めることなくただ先を目指しているように見えた。

足を止めないということは、生えている草の中にゼンマイはないらしい。空は一体どこに目当てのゼンマイがあるんだろうと疑問に思う。くるっと丸まっていると言っていたが、そんな草はないように見えるのだ。

しかし川の上流に再び視線を戻した瞬間、その視界の端で何かがシュッと動いたように見えた。

「あ!」

「どうした、空」

思わず声を上げると、幸生が空の方を向く。

「いま、なんかしゅって……うごいたみたい?」

「見えたか。あれがゼンマイだ」

「みえ……え? あんなはやいの!?

視界で何か動いたことには空もどうにか気づけたが、しかしそれが何だったのかは全くわからなかった。目を凝らしても、見える範囲にさっき動いたと思えるものはいないのだ。

「あれは素早い。もう先に行ってしまった」

「大丈夫よ、空。この先は行き止まりだから」

雪乃が何でもないように言い、美枝も笑顔で頷いた。明良はちょっと不満そうに唇を尖らせて振り向いた。

「おれ、いっしょうけんめいけはいなくしたのに、すぐきづかれちゃった!」

明良にはそれが何か見えていたし、自分に気がついて逃げたこともわかったらしい。

「けはい……ぼくけせないから、ぼくかも?」

「どっちもかも! おれもまだぜんぜんだもん」

「明良も空ちゃんもそのうち出来るようになるわ。それにゼンマイは、大人でも採るのが苦手な人も多いのよ」

「そうなんだ……」

とは言っても、それは食べ物だ。食べ物なら何でもいつかは自分で採ってみたいと思っている空としては、姿さえ捕捉できないというのは少々残念な話だった。

「ねぇフクちゃん、フクちゃんだったら、こう……ちいさくなって、シュってつかまえるの、できるとおもう?」

「ホピッ? ホピピピピ!」

フクちゃんは少し考え、コクコクと頷いた。本気を出したフクちゃんは、かなり素早い。秋の稲刈りの時に空に米を採ってくれたように、まだ見ぬゼンマイも……と思ったのだが。

「あら、駄目よ空。ゼンマイは、採って良いものと駄目なものを、ちゃんと選んで採らないとなの。加減なくまとめて刈り取っちゃ駄目なのよ」

「え、そういうのあるの!?

「ええ、そうよ、空ちゃん。そういう山の決まりみたいなのも明良と一緒に少しずつ憶えましょうね。大事なことだから」

「はぁい……」

「そら、いっしょにがんばろうな!」

残念ながら、フクちゃんに採ってもらう作戦は試みる前から却下されてしまった。


沢を少しさかのぼると、不意に雪乃が上を指さして声を上げた。

「この辺から結界があるわよ」

その言葉に空は視線を上げる。しかし雪乃の作る結界は透明でじっと目を凝らしても全く見えない。トンネル状になっているはずだと見回してみてもよくわからなかった。

「このさきに、ぜんまいいる?」

「ええ、いっぱい集まってるわ。ほら、水音が聞こえない?」

「みずおと?」

川の音なら聞こえているが、と空は耳を澄まし、その音の中にバシャバシャと不規則に水が跳ねるような音が交じっていることに気がついた。

「そろそろ見えるかしら」

そう言われてフクちゃんの首の横から顔を出して前方を見た空は、しかしすぐにヒッと息を呑んでサッと首の後ろに隠れた。

(な……何あれ!? 何か、いっぱいいた!)

「わぁ、ゼンマイ、いっぱいあつまってる!」

明良の無邪気な声に空はもう一度恐る恐る顔を出し、そしてぞっと背筋を震わせた。

川の上流には、その川の流れも両脇の斜面も隠すほど数多くの何かが、わしゃわしゃと寄り集まってうごめいていたのだ。

「あ、あれが……ぜんまい?」

こごみのようにくるっと丸まっている……と空が聞いたとおり、確かにゼンマイと思しき植物の上部には新芽らしき部分が伸びていて、その一本一本の先端がくるりと丸まった可愛い姿をしていた。その丸まった先端は薄茶色のふわふわした綿帽子のようなものを纏っている。

そんな新芽が何本も寄り集まって一つの株となっているようだ。しかし、空が注目したのはその上の方ではなかった。

「うぇ……ねっこが、わしゃわしゃしてる……」

そう、ゼンマイはその株の下の方から細い根が無数に伸び、それを足のように使ってその場から逃げだそうとしきりに動き回っているのだ。

しかし結界に封じられて行き場がないので、追い立てられた沢山のゼンマイが逃げ場を求めてひしめき合っている。数が多すぎるし、姿や動きが見慣れなさすぎて、空にはそれがどうにも不気味に見えてしまう。

「沢山いたわねぇ。じゃあ結界は閉じちゃうわね」

雪乃はその光景を見てニコニコし、サッと手を振る。トンネル状にした結界のうち、開けてあった部分を閉じて逃がさないようにしたらしい。

「さ、これで逃げられないわ。明良くん、ゼンマイは逃げるだけで攻撃してこないから、捕まえてみる?」

「うん!」

「素早いから頑張ってね、明良」

明良はその提案に元気良く頷くと、待ってましたとばかりに飛び出した。斜面を駆け抜け、進行方向にあった岩を蹴ってゼンマイの群れの中に飛び込む。

ゼンマイたちは明良から逃げようとザザッと動いたが、結界の端で押し合うばかりでは、いくら素早くても逃げようがない。

「えいっ! つかまえた!」

明良は逃げ遅れた一株を両手でわしっと掴むと、高く持ち上げた。捕まえられたゼンマイは大慌てでピコピコと新芽を揺らし、宙に浮いた根っこをシャカシャカ動かしている。

(うわぁ……ちょっと気持ち悪い……)

空はそのぴちぴちと動く謎の植物を、ちょっと引いた顔で見つめた。明良は気にした様子もなく、美枝の所に戻ってきてその株を見せている。

「ばあちゃん、これとっていいやつ?」

「ええ、それは雌株めかぶだから採っていいわよ。でも、少し芽を残してあげてね」

「わかった!」

美枝の言葉に頷くと、明良はしゃがみ込んで膝と片手で株の根元を押さえて動きを封じ、上の芽をポキポキと何本か素早く折り取った。

「このくらいかな?」

「ええ、それで良いわ。終わったら逃がしてあげてね」

「うん!」

解放してやると、弱々しくもがいて抵抗していた株がひょこりと立ち上がり、サカサカと慌てて逃げ出した。

ゼンマイはよろけるように蛇行してフクちゃんの足元を通り過ぎ、川を渡って反対側へ行こうとして……立っている幸生に気付いてぴゃっと跳び上がって立ちすくんだ。

「あ、ぜんまい、とまっちゃった」

「じぃじが奥のゼンマイを逃がさないように威圧してるから……」

「ああ、そうね。ほら、こっちにおいでなさい」

怯えて動けなくなったゼンマイに美枝が優しく声を掛ける。するとゼンマイは美枝や明良が立つ方へとまた駆け戻った。

「芽を分けてくれてありがとう。あっちで待っててね」

美枝はゼンマイの残った芽をそっと撫で、下流の方を指し示す。ゼンマイはぴこぴこと新芽を振りながら、その言葉に従って下流へとカサカサ歩いていった。

何となく哀れっぽいその後ろ姿を眺めていると、雪乃が空に声を掛けた。

「空も捕まえて採ってみる?」

「え……ぼ、ぼくにつかまえられるかなぁ」

空はまだ素早さにも腕力にも自信がない。走って近づいても両脇に分かれて逃げられてしまう気がするのだ。すると、そんな空の言葉を受けてフクちゃんがトコトコと歩き出した。

「あらフクちゃん、空を下ろすの?」

「ホピッ!」

フクちゃんは雪乃の所まで行くと、身を低くして空をその場に下ろした。雪乃が空を抱き上げて下ろすと、フクちゃんは立ち上がって一声鳴いて走り出した。

「ピピピッ!」

フクちゃんは走る間にむくっと一回り膨らみ、そして勢い良くゼンマイの群れの中に飛び込む。

逃げ遅れた一株の根元をクチバシで素早く掴むと、とって返してまた同じ勢いで空の元へと戻ってきた。

ぽかんと口を開ける空の前に、フクちゃんは暴れるゼンマイをぽいと落として逃げられないよう足で踏みつけ、自慢げにドヤッと胸を張った。

「ふ、フクちゃん……すごぉい」

(接待プレイ! 接待プレイ再び……!)

そんな内心を隠して空はニッコリ笑い、パチパチと手を叩く。

「ば、ばぁば、これとっていい?」

「どれどれ……あ、これは雄株ね。ここの、丸まってる葉っぱになるとこがふっくらしてるでしょ。これは採っちゃダメな株よ」

「ホキョピッ!?

駄目だと言われたフクちゃんがおかしな声を上げてがくりと首を下げる。空はその頭を撫でて慌てて宥めた。

「ふ、フクちゃん、だいじょぶだよ! もうおぼえたし、つぎはふくらんでないの、つかまえよ!」

「ホピ……!」

空に励まされ、フクちゃんはまたぐいっと頭を上げ、そしてゼンマイを踏んでいた足を浮かせた。

途端に雄株のゼンマイが慌てて逃げ出し、美枝に誘導されて下流へと駆けていく。

フクちゃんはそれを放って即座にまた群れに突っ込むと、今度は少しうろうろした後、また新しい株を捕まえて戻ってきた。

「ばぁば、これは?」

「これは大丈夫! ちゃんと選べて偉いわ、フクちゃん」

「ホピピホピッ!」

今度こそフクちゃんは、思い切り胸をふっくらさせた。


その後は、雪乃と美枝も加わって手分けして収穫することになった。

幸生はゼンマイの群れの手前に立って、逃げ出さないよう威圧する係だ。脇を駆け抜けようとする勇気あるゼンマイが時折現れるが、それを素早い動きで捕まえている。

明良は自分で走り回ってゼンマイを捕まえ、空はフクちゃんに一株ずつ捕まえてもらっては新芽を採った。

雪乃は適当に何株かまとめて魔法で捕まえ、すぐ傍まで浮かせて運んでいる。空中でジタバタと根っこが虚しく暴れているが、ゼンマイたちには為すすべもない。

追い立てられ、次々に捕まえられたゼンマイたちはやがてどうあっても逃げられないと、自分たちの運命を悟ったらしい。

しばらくすると、ゼンマイたちが列をなし、美枝の前に並び始めた。

「あら、分けてくれるの? どうもありがとう」

美枝は自分の前に差し出された新芽を何本か折り取る。

「このくらいで十分よ。はい、お礼に魔力を少しあげるわね」

そう言って美枝がゼンマイを撫でると、彼らは残った芽をピコピコ揺らして喜び、そして下流へと去っていった。

「みえおばちゃん、すごぉい……」

並ばなくても良いはずの雄株までが美枝の前に並んでは、芽を揺らしてアピールしている。美枝は苦笑しつつも魔力をちょっとだけ分けてやり、雄株たちはご機嫌で下流へと逃げていった。


最後には、礼儀正しく列に並んだゼンマイたちのうち、雌株の新芽を雪乃と空と明良が手分けして収穫し、終わったものから美枝が魔力を少し分けて逃がしてやるという、流れ作業になってしまった。

それはもはや、美枝とゼンマイたちの握手会のような光景だった。

「ばあちゃん、しょくぶつにモテモテなんだ。ときどきじいちゃんがヤキモチやくんだ」

「もてもて……」

確かにこの光景はそれ以外表現しようがない。

空は、ちょっと羨ましいと思ったが、美枝のように植物の声が聞こえたら食べづらいからまぁいいか、とすぐに考え直した。

握手会に来たファンを食べるのは、空にはまだ難しい気がするのだ。


「はい、最後の子ね。どうもありがとう」

美枝の前にできた列の、最後のゼンマイが撫でられて走り去っていく。それを皆で見送ったあと、空はため息を吐いて立っていた岩の上に座り込んだ。

周りには、持ちきれなかったゼンマイの新芽が束になって幾つも置いてある。

「沢山採れたわねぇ」

「ええ。これは干すのが大変ね」

口ではそう言いつつも、雪乃も美枝も嬉しそうにしている。後始末が多少大変であろうとも、毎年この時期しか得られない春の恵みは誰にとっても嬉しいものなのだ。

持ちきれなくて斜面のあちこちに置いてあるゼンマイの束を全員で集めると、かなりの量になった。それをまた幾つかに分け、風呂敷でまとめて魔法鞄にしまい込む。

その作業が終わる頃、不意に空のお腹がきゅるる、と可愛い音を立てた。

「おなかすいた……」

「あら、じゃあそろそろ十時ね。ちょうど良いから休憩にしましょう」

空の腹時計は極めて正確だ。

斜面では休憩しづらいので皆で沢を少し遡り、上に登りやすい場所からまた林に入った。空はまたフクちゃんに乗せて運んでもらう。

「この辺でいいか」

先導していた幸生が、皆を木々の合間に出来た比較的平らな草地まで案内すると足を止めた。

幸生は周りをぐるりと見回すと、その場にしゃがみ込んでトントンと軽く地面を拳で叩く。するとズズ、と地面が微かに震えた。

「こんなもんだろう」

「ありがとう。じゃあ敷物を出すわね」

雪乃は魔法鞄から敷物を取り出し、テキパキとその場に敷いていく。

「じぃじ、いまなにしたの?」

「座りやすいよう、少し平らにした。座ってみろ」

幸生に勧められ、空はさっそく敷物の上に靴を脱いで上がり込んだ。確かに敷物の上に座り込んでも斜めじゃないし、石が当たったりもしない。

「じぃじすごい!」

空が素直に賞賛すると、幸生はしばらく天を仰いでから敷物の上に座り込んだ。

「はい、空。おやつのおにぎりよ」

「ありがとう! いただきまっす!」

雪乃から渡されたのは海苔が巻かれた大きなおにぎりだった。

あーんと大きな口を開けてかじり付くと、中からシソの実と大根の味噌漬けが出てきた。そのしょっぱさとシソの香りがご飯と良く合って、空の頬が思わず緩む。

「おいしーい! これすき!」

「良かったわ。まだ沢山あるからね」

「うん!」

ちなみに、空が嫌いなおにぎりの具は今のところ存在しない。

「ばあちゃん、おちゃちょうだい」

「はいはい」

「アキちゃん、おにぎりいらないの?」

「おにぎりおいしそうだけど、おれはおひるでいいかなぁ」

空や幸生ほどエネルギーを必要としない明良や美枝は、持ってきた小さな饅頭まんじゅうを一つ二つと食べてお茶を飲むだけでいいらしい。

「空ちゃんもお饅頭食べる?」

「ください!」

空はおにぎりを三つ食べてからお饅頭を一つ分けてもらい、軽くお腹が膨れたところでおやつを切り上げた。一休みを終えた面々はそれぞれ腰を上げ、食べ物や敷物を片付ける。

「じぃじ、つぎどこいくの?」

「うむ。少し歩いた所に、日当たりの良い場所がある。そこにワラビが多く生えているはずだ」

「今日採り頃なのはそのくらいかしらね?」

「沢山あると良いわねぇ」

少し歩くならまたフクちゃんに乗せてもらおうかと空は考え、すぐ傍の草むらで何かついばんでいたフクちゃんを探した。するとどこからか視線を感じ、空はふと顔を上げる。

するとじっと空を見下ろしている幸生と目が合った。

「……」

「……じぃじ、またのせてくれる?」

「うむ」

表情には一切出ないが、幸生の纏う空気がたちまち軽くなる。

どうやら正解だったらしいと内心でホッとしながら、空は幸生の肩によじ登り、そこからフクちゃんを呼んだ。

「ホピッ!」

フクちゃんがパタパタと飛び上がり、幸生の頭にぽすりと降り立つ。

全員の準備が終わると、一行はまたぞろぞろと林の中を歩き始めた。


「わらびって、なにしてたべるの? てんぷら?」

「ワラビはあんまり天ぷらにしないわね。おひたしとかが多いかしら」

「そら、みそマヨおいしいよ。しゃくしゃくするんだ」

「みそまよ!」

明良の提案に、それは絶対美味しいと空は目を輝かせた。

確かにマヨネーズはシャキシャキしたものを大抵美味しくしてくれる。油で揚げると大体美味しい法則と同じくらい信用できる。

さっきおにぎりを食べたばかりだというのに、空はもうワラビをみそマヨで食べたくなった。

「じぃじ、いっぱいとろうね!」

「うむ。もうすぐ近くだ」

空が気合いを入れていると、やがてまた林が途切れ、周囲が明るくなった。この辺りは南向きで日当たりが良く、傾斜の緩やかな草地になっている。

幸生は空を肩から降ろすと、足元の草を軽くかき分け、その中からニョキリと伸びたものを指さした。

「空、これがワラビだ」

「これ? なんかひょろっとして、ほそながい……ぜんまいとちょっとにてる?」

草の間から生えていたのは、綺麗な緑色の細長い新芽だった。途中には葉も枝もなく茎一本だけで地面から真っ直ぐ生え、先端がくるりと曲がって下を向いている。先っぽは三本に分かれていて、それぞれの端がぽこりと膨らんでいた。

「これを採るんだが……普通に採ると、こうなる」

幸生が手を伸ばすと、その手を避けるようにその茎がふにょっと曲がった。

「えっ!?

スカッと空振りした手が再び茎に伸びると、ワラビはまた別の方向に身を捩る。少し速度を上げて手を動かしても、ワラビはす、す、とテンポ良く身を捩り、くねくね曲がって器用に避けている。

試しに空も真似をして近くにあったワラビに手を伸ばしたが、やはりスカッと避けられてしまった。

「これ、とれないの? うんとすばやくやるの?」

「ワラビより素早く動けば採れるわね。でもそうすると、アクが強くなっちゃうのよ」

「そうなるとアク抜きが大変なのよねぇ」

「そうでなければ、完全に気配を消してワラビに一切察知されずに採るっていう方法もあるけど……ちょっと玄人くろうと向けねそっちは」

そんな手練てだれの暗殺者みたいな技術がいるなら無理すぎる、と空はがっかりして肩を落とした。

ならばどうするのかと空が幸生を見上げると、幸生は首を横に振った。

「俺はワラビ採りは苦手だ」

「ええ!?

「じぃじは気配を消すのは上手いけど、こういう開けた場所だと限界があるのよね」

ではまた美枝の出番なのかと空が振り向くと、その前に何と明良がサッと手を挙げた。

「おれやるー! ほいくじょで、かんたんなおどりならったんだ! ワラビとったことあるし……あ、ばあちゃん、あれちょうだい!」

「はいはい、これね」

「おどり……?」

空の困惑を他所に、美枝は鞄から何かを取り出し明良に手渡した。途端に、シャン、と聞いたことのある音が周囲に響く。

「た、たんばりん?」

明良が受け取ったのは、どこからどう見てもタンバリンだった。明良はタンバリンをシャランと鳴らし、皮の部分をパンと一回叩くと頷き、ワラビの方へそれを突き出し宣言した。

「ワラビたち、おれと、おどりでしょうぶだ!」

「え、えええぇ……?」

「はい、空。空はこれね」

「はえっ!?

す、と空の目の前に横から差し出されたのは、これも見たことのある、赤と青の二枚貝のような──カスタネットだった。空はそれと差し出している雪乃の顔を交互に何回か見て、それから恐る恐るそのカスタネットを手に取る。

「あ、そらもやる? じゃあいっしょにやろ!」

「え、あ、うん」

空は今世で初めて触れるその懐かしい楽器を手に持ち、戸惑いながらも明良に頷く。明良はにこっと笑って、それから手にしたタンバリンを高く上げ、シャララララと軽快に鳴らした。

「そら、おれのまねして、てをふって! んで、てをだしたのといっしょに、おなじほうのあしもまえにだすんだよ! さいしょはみぎ、ひだり、もっかいみぎ、ひだり!」

シャン、シャン、と音を立てながら明良が両手を斜めに振り上げ、それに合わせて片足も斜め前に出す。右に、左にとリズム良く動かす度に、タンバリンについているシンバルが楽しげな音を立てた。空も慌てて見よう見まねで両手を挙げ、右に、左にと後を追った。

「んで、りょうてあげて、くねくねして、まんなかでパン!」

「わ、わっと」

明良は真ん中に腕を戻すと今度は両手でタンバリンを持ってその手を真っ直ぐ挙げ、体をくねくねと左右に揺らす。それを真似するように明良の前のワラビも茎を左右にくねらせていたが、空はそちらを見る余裕がない。

それから体を真っ直ぐに戻した明良は、高らかにタンバリンを一つ打ち鳴らした。空も真似をしてカン、とカスタネットを思い切り叩く。

「うまいうまい! さいごにくるっとまわって、パン、パン!」

明良はその場でくるりと一回転して今度は二度タンバリンを鳴らす。空も少々辿々たどたどしくくるりと回ると、カスタネットを二回叩いた。

「じゃあ、またさいしょっから! いくよー!」

「う、うん!」

また両手を右に左にと動かす明良に合わせて、空も懸命に手を振り上げ、カスタネットを鳴らし、くるりと回る。

必死でその動きを追っていると、空は何だか段々楽しくなってきた。簡単な動きばかりなので、慣れれば空でもついていける。

そうやって何度目かにくるりと回ると、不意に明良が空の名を呼んで目の前を指さした。

「ほら、そらみて! ワラビ、あつまってきた!」

「えっ、えええっ!?

いつの間にか目の前の草原に、ひょこひょこと無数のワラビが顔を出している。ワラビたちは明良と空の踊りに合わせるように右に左に茎を動かし、風もないのにピコピコと揺れている。

「もういっかいいくよー!」

「うん!」

シャン、シャン、カン、カン、と楽しげな音が草原に高らかに響き、明良と空が笑いながら踊る。

それを見学するワラビたちは段々と数を増やし、気付けばいつの間にか草原は揺れるワラビでいっぱいになっていた。