空が残念そうにそう呟くと、美枝が近寄ってきて、その頭を優しく撫でた。
「ごめんね空くん。キャベツはねぇ、ちょっとこう……照れ屋さんなの」
「てれやさん……じゃあ、はずかしいからかくれちゃったの?」
空は褒めないと赤くならないトマトや、光学迷彩のナスなどと言った謎野菜たちとも一夏の付き合いを経験している。照れ屋なキャベツくらいなら何とか……と納得しかけたのだが、しかしその言葉にウメが首を横に振った。
「美枝、そんな言い方は良くないよぅ。ちゃんと本当のことを教えてあげるべきだよぅ」
「そうだよばあちゃん、うそはだめだよ! あんな、そら、キャベツはおとこがきらいなんだよ!」
「おとこがきらい……? え、もしかして、さべつって……そういう?」
空は明良の言葉に目を見開き、頑なに隠れたままのキャベツを見下ろした。
「そう。だからおれとかとうちゃんとか、じいちゃんもみんなきらわれてるんだ」
「そうなの? じゃあ、じぃじのはたけにきゃべつがないのも、そのせいなの?」
そう言って空がヤナを見上げると、ヤナはうんうんと深く頷いた。
「キャベツはどういう訳か、この村で育てると男嫌いになってしまうのだぞ。収穫しようにもこうして男が近づいただけで隠れてしまう。それに、種だの苗だのの段階から男が植えると育ちが悪いらしい。うちは幸生が主に畑の世話をしているから、キャベツは諦めておるのだ」
「そんなに……じゃあ、みえおばちゃんがちかづくとどうなるの?」
空のその疑問に、皆は顔を見合わせた。
それならば試しに見せようと、明良が空を手招く。
「そら、ちょっとこっちきて! あ、ばあちゃんたちもいっしょにきて!」
明良は空の手を取ると、キャベツ畑から距離を取る方向に歩き出した。
呼ばれた皆もぞろぞろと付いてきて、全員がある程度の距離を取ると明良は立ち止まった。
「このへんでいいかな?」
十メートル以上離れたことを確かめ、明良は空と共に振り返った。しかしキャベツはまだ警戒しているのか、玉になったままだ。
「きゃべつ、かくれてるね……」
「うん。ね、ばあちゃんちょっとちかづいてみて!」
「ええ。空くん、見ていてね」
明良がそう願うと、美枝は心得たようにキャベツの方へスタスタと戻っていく。空は美枝の姿とその向こうのキャベツをじっと見つめた。
その視線の先で、美枝が徐々にキャベツに近づくと変化はすぐに現れた。
「あ……うごいた?」
畑に並んだ緑色の玉が、美枝が五メートルほどのところまで近づくともそりと動いたのだ。外側の葉が一枚、また一枚とじわじわ開いてゆく。
そして美枝がキャベツたちの前に立ってその葉を覗き込むと、それを歓迎するかのようにどの玉も一斉に葉を大きく開いた。
美枝はその姿を見回し、そして頬に手を当てて困ったような笑顔を見せた。
「貴方たちって、相変わらずねぇ。あんな小さな子まで嫌だなんて……少しくらいいいじゃないの」
美枝のため息交じりの言葉を受け、キャベツたちがちょっと葉を丸める。何となく後ろめたそうな雰囲気が滲む動きだ。
「嫌なの? 何でなのかしら……理由は特にないんでしょう?」
美枝の質問にキャベツたちがわさわさと葉を揺らす。何となく嫌だから仕方ないというようなことでも訴えているのか、美枝はまた呆れたようにため息を吐いた。
「仕方ない子たちね。ところで、今日は美味しいキャベツ料理が食べたい気分なんだけど、誰か私に一玉分けてくれないかしら?」
美枝がそう言うと、キャベツたちは何事か相談するかのようにまた葉を揺らし、葉ずれの音を交わし合う。そして美枝の前に並んだ株が葉を次々大きく開いて、我も我もとアピールをし始めた。
「あらあら、じゃあそうね、二つ貰うわね」
美枝は主張の強い株を見極め、一際大きく玉が育ったものを選んで手を伸ばす。美枝が真ん中の玉に触れると、株の根元からパキリと硬い音がして茎が勝手に折れ、大きなキャベツの玉が美枝の手の中に自ら転がり込んだ。
「うわぁ……」
空はそれを遠くから見ていて、思わずそんな声を漏らした。
「すごいだろ? キャベツはばあちゃんがだいすきなんだ」
「美枝は特別だよぅ。でも、キャベツはウメにも収穫させてくれるよ」
キャベツたちは男には顔(?)も見せたくないが、女性であれば年齢や種族に関係なく甘いらしい。
「だんじょさべつ……」
「そらって、むずかしいことばしってるなぁ」
空はがっくりと肩を落として、恨めしそうにキャベツ畑を見つめた。
はっきりした理由もないのに性別だけで区別され、この村では自分はキャベツを育てられないらしいと知ってしまったのだ。
「うう、ろーるきゃべつ……ほいこーろー……」
キャベツで作る美味しい料理が何だか急に遠いように感じられて、空はちょっぴり悲しくなってしまう。将来、自分はどうやってキャベツを調達すればよいのだろう。
そんなことを考えて肩を落とす空の前に、不意に緑色の大きな玉が差し出された。
「はい、空くん。一つどうぞ」
顔を上げると美枝が、キャベツたちから二つ貰った玉のうちの一つを手にして微笑んでいる。
「え、でも……みえおばちゃんがもらったのに、いいの?」
「ええ、もちろん。雪乃ちゃんに渡して、料理してもらってね」
そう言われて受け取ろうかと手を出しかけ、しかし空はキャベツ畑の方をちらりと見てその手を止めた。
「きゃべつ、ぼくにたべられるの、やじゃない?」
男には食べられるのも嫌だったら、と考えると何となく
そんな優しい空の気持ちが伝わったのか、美枝はにこりと笑ってくるりと振り向き、キャベツたちの方へ顔を向けた。
「ねぇ、貴方たち。こんな可愛い子に美味しく食べてもらえるのを、嫌だなんて言わないわよね?」
ざわ、とキャベツの葉が一瞬ざわめき、そして束の間静まりかえる。
美枝の口調は穏やかだったが、その奥には確かに、『嫌だと言ったら許さん』という強い意志が滲んでいることに彼らは気付いたのだ。
「ぼく、きゃべつもらってもいい?」
そんなことには気付かず、静まりかえったキャベツたちに空がそう聞くと、葉っぱがわさわさわさっと激しく揺れた。まるで何度も頷くように。
「美味しく食べてくれるなら嬉しいそうよ、空くん」
「わぁい、どうもありがとう!」
空は大喜びで、今度こそ美枝からキャベツを受け取った。よく育った玉はずしりと重く、空は思わずふらついたが、落とすまいと大事に抱える。
「そら、よかったな! ばあちゃん、おれもろーるきゃべつたべたい!」
「じゃあ今日の夕ご飯に作るわね」
「ぼくんちも、ろーるきゃべつにしてもらう!」
「じゃあおそろいだな!」
「うん!」
美味しいロールキャベツを想像して明良と空が笑顔を浮かべると、それを遠くから見ていたキャベツたちがゆらゆらと葉を揺らす。その動きは何だか楽しげで、二人に食べてもらうことを楽しみにしているように見えた。
態度は差別的だったが、美味しく食べてもらえるなら男でも構わないらしい。
「むらのやさいって、いっつもへ……ふしぎ!」
変、と言いたいところをぐっとこらえ、空は重たいキャベツを抱きしめた。
大きくなって必要になったら、キャベツは何かと物々交換にしよう、と心に決めて。