電子書籍特典 クーファルの入学式
アーサヘイム帝国の最高教育機関である学士院。通称アカデミーの入学式が、今日行われる。
アカデミーは高等部を卒業した18歳になる者達が進学する。その高等部をスキップして一年早く卒業し、アカデミーに17歳で入学したクーファル・ド・アーサヘイム。
アーサヘイム帝国第2皇子だ。見目麗しい兄弟の中でも、一番だと言われるイケメンぶりはこの頃から健在だ。
そのクーファルが、アカデミーの中を疾走している。絹糸の様なブロンドヘアーを靡かせながら、風を切って駆けて行く。入学式が行われる予定の講堂とは反対方向、門の近くにある馬車止めへと急いでいる。
後を追うクーファルの側近、ソール・ルヴェイク。
その周りに偶然居合わせた女生徒から、悲鳴の様な甲高い声が上がる。
──クーファル殿下だわ!
──キャー!
──殿下!
そんな声にも、見向きもせずに目的地へと急いでいる。
「クーファル殿下! そんなに急がれなくても!」
「早く行かないと到着するじゃないか!」
「で、ですから! 式が終わってからお会いになれます!」
「その前にも会うのだよ!」
どうやら、誰かが来るらしい。第2皇子のクーファルは、活発な第1皇子フレイとは違っていつも穏やかだという評判だ。
そのクーファルが慌てている。それ程大切な人物なのだろう。
クーファルが馬車止めに到着すると同時に、そこに入って来た豪華な馬車が一台。
白い車体に金の飾りが付いている。見るからに、特別な人が乗っているだろうと想像できる。
「ああ、間に合った」
「殿下、式に間に合いません。少しだけですよ」
「ソール、分かっているよ」
馬車の扉が開き、中から降りて来たのはこの帝国の皇帝であり父のオージン・ド・アーサヘイムと、皇后であり母のフリーリ・ド・アーサヘイムだ。
クーファルは皇后似らしい。見た目も雰囲気も良く似ている。
そして、父である皇帝に抱かれて一緒に降りて来たのが……
「リリ! よく来たね!」
「くーにーしゃま! おめれとごじゃましゅ!」
辿々しい喋り方の幼児だ。リリと呼ばれたのは第5皇子リリアス・ド・アーサヘイム。まだ2歳だ。
そのリリアスを父から奪い取り抱っこするクーファル。イケメンがデレている。デレッデレだ。周りに花がポンポンと咲き乱れているのが見えるぞ。
「有難う。待っていたよ、リリ」
「くーにーしゃま、かっちょいいれしゅ!」
「そうか? クー兄様はカッコいいか? リリはとても可愛いよ」
ほっぺにスリスリしている。なんならリリアスの頭に鼻をつけ、スースーと匂いを嗅いでいる。溺愛とはこの事だろう。
「いやだわ、クーファル。あなた、新入生代表なのでしょう?」
「母上、まだ大丈夫ですよ」
「お前達は、本当に……フィオンといい……」
呆れられている。
普段は冷静な、クーファルのこんな一面が見られるのは珍しい。偶然、周りにいた者達も固まって見つめている。
「くーにーしゃま、いきましょう」
「ああ、兄様が抱っこして連れて行ってあげよう。今日もリリは可愛いね」
「きょうのお洋服はおにゅーれしゅ。かーしゃまが、えりゃんれくりぇました」
「そうか、とてもよく似合っているよ」
二人の世界だ。周りが口を挟む隙がない。それでも、果敢に挑むソール。
「殿下、時間がありません。早く行かないと!」
「ソール、僕はリリを抱っこしているんだ」
「分かっておりますよ?」
「だから、走れないんだ」
なら、抱っこを代わってもらおう。
「殿下……」
「いや、僕が抱っこする」
「ああ、もう! クーファル、さっさとお行きなさい!」
皇后は無敵だ。クーファルからリリアスを奪い取り、追い立てている。
「式が終わってから時間があるだろう? 城で毎日会っているだろうに」
皇帝は呆れ加減だ。この兄姉達はリリを溺愛している。目に入れるどころか、食べてしまうかの様な勢いで可愛がっている。
歳が離れている末っ子という事もあるのだが、とにかくリリアスが可愛くて仕方ないらしい。何かと言うと、リリアスに会いに行く。
誰が抱っこするかで、揉めていたりする。そのうち、奪い合いになる。当のリリアス本人は素知らぬ顔なのだが。
「クーファル殿下、行きますよ!」
「分かったよ。仕方ないなぁ」
「早く行きなさい。立派に務めるのですよ」
「母上、分かっていますよ」
新入生代表で、挨拶をするらしい。
クーファルはこれでも優秀だ。高等部を一年早く卒業した事もある。その上、入学試験では一番の成績だったらしい。冷静沈着、頭脳明晰、そんな形容詞がぴったりなクーファルだ。
なのに、リリアスに対してだけはそうではないらしい。
入学式が始まり順調に進んで行く。来賓の祝辞も終わり、新入生の挨拶になった。クーファルの出番だ。
名前が呼ばれ、檀上へと上がるクーファル。会場の此処彼処からため息が聞こえてくる。
女生徒や、来賓、列席の女性達だ。洗練された気品のある所作と、まだどこか少年らしさも残してはいるが、スラリと伸びたしなやかな体躯。何処から誰が見ても、御伽噺に登場する様な皇子様。白馬どころか、ユニコーンが似合いそうなクーファルに皆が注目している。そのクーファルが貴賓席に向かって微笑んだ。
焦がれている様な、慈しむような、なんとも言えない微笑みを見せた。その途端に、会場から黄色い声が上がる。
──キャー!
──気絶しちゃうー!
──こっち向いてー!
これは入学式だ。間違っても、ファッションショーでも、アイドルのライブでもない。厳粛な入学式だ。『バキュンして!』と書かれたウチワや、カラフルなペンライトもない。
クーファルが微笑んだ先では、リリアスが小さな手をフリフリと振っていた。流石に『くーにーしゃまッ!』とは、叫ばない。2歳児でも、弁えている。
そんな中、クーファルが挨拶文を読み出す。
「柔らかい風が木々の幼い緑をゆすり、春の息吹を感じられる今日、私達は……」
会場は誰も聞いちゃあいない。皆、クーファルの輝く様なイケメンぷりに釘付けだ。年配の男性教師まで、うっとりとした顔をして見つめている。
クーファルは会場の一点を見つめながら読んでいた。その一点とは、当然リリアスのいる貴賓席だ。
父である皇帝のお膝の上に座り、ニッコニコしながら檀上の兄を見つめている。
「こうごうしゃま、くーにーしゃまかっこいいれしゅね」
「ふふふ、そうね」
「いやいや、今日はデレているだろう。困ったものだ」
「本当ですわね。リリがいるからと言って、入学式であれは頂けませんわ」
「まったくだ」
リリは何の事だか分かっていない。
「……以上をもちまして、新入生代表の挨拶とさせていただきます」
挨拶が終わったらしい。前を向いて一礼し、後ろに並んで座っているアカデミーの関係者に一礼をした。そこまでは良かった。無難に済ませた。だが、その後だ。
檀上から降り、自分の席に戻るのかと思いきや、そのまま会場を出て行ってしまった。そして、クーファルが向かったのは、勿論貴賓席にいるリリアスの元だ。
「あなた、何をしているの!?」
「くーにーしゃま」
「リリ、さあ、帰ろうか」
「クーファル、何を言っているんだ。入学式はまだ終わってはいないぞ」
「父上、もう私の役目は終わりました。リリ、兄様が抱っこしてあげよう」
「あい」
リリアスが両手を伸ばすと、クーファルが満面の笑みを浮かべながら抱き上げる。
この入学式は後々語り継がれる事となった。
数年後、リリアスが入学した時には、校長に笑いながら言われたらしい。
「あの時の小さな皇子殿下がこの様に立派におなりになって。クーファル殿下はお変わりありませんか? 相変わらず、リリアス殿下を溺愛されておりますか? あの時は本当に驚きました」
何かと話題に事欠かない兄姉だった。