
5歳のお披露目パーティーで俺に友達ができた。もちろん、5歳のお友達だ。
お人形のように可愛らしい、ディアーナ・アイスクラー。
いつも冷静で頭の良い、レイリオン・ジェフティ。
オクソールに憧れているやんちゃな男の子、アース・シグフォルスの三人だ。
パーティーの時に、狙われたディアーナ嬢を助けた事でその後も会う様になったんだ。特にレイとアースはしょっちゅう来ている。
レイは気付けば俺の部屋で本を物色しているし、アースは騎士団の鍛練場に入り浸っている。
ディアーナは唯一の女の子だ。侯爵家のご令嬢がそう度々来ていると、痛くもない腹を探られる。俺の婚約者に決まったんじゃないかってな。だから、ディアーナだけは少し遠慮してくれている。
5歳のちびっ子が城に来る事なんて普通はない。だから、三人は早々に城の警備に覚えられ顔パスになっていた。今日も四人で集まっている。
城にある一室で、俺達四人は顔を突き合わせて一点を見ている。一応同じ部屋に、リュカが護衛兼従者見習いとしているんだが、その表情は「あぁ〜あ、まただよ」と、思っていそうな感じだな。
「殿下……」
「うん、レイ」
「殿下!」
「なんだよ、アース」
「うふふ、どうしましょう」
「どうといってもね、ディア」
俺達が見ているのは、今いる部屋の壁だ。丁度、大人の腰辺りの高さから下の部分の一部が、アースがぶつかった拍子にパコンと開いたんだ。
おや? と、思って押してみると、どこかに続いているような通路が現れたんだ。そこからモワッと埃っぽい空気が入ってくる。もちろん光源なんてない。通路といっても、四つん這いにならなきゃいけない程度の高さだ。
そこを四人で見つめている。だってこんなの好奇心を搔き立てられるじゃないか。
「殿下、駄目ッスよ」
「リュカ、ボクまだ何も言ってないよ」
「いやいや、目がキラッキラしてるじゃないッスか」
そりゃあ、キラッキラにもなるさ。こんな隠し通路みたいなのを見つけたらさ、入ってくれと言っているようなもんだろう。
「人を呼んできますから、そのままですよ」
「リュカ、それは面白くないよ」
「面白くなくていいんッス」
「リュカはボクの従者だよね?」
「そうですよ、見習いですけど」
「そう、ならボクが行くところは何処へでも付いてくるよね?」
「それが役目ですからね」
「なら黙って付いて来てよ」
「いや、殿下。時と場合によるッス。またクーファル殿下にお叱りを受けますよ」
「あー……それを言ったらだめだよ」
「なにがッスか?」
しかぁしッ! そんなものは俺の好奇心には勝てないのさッ!
「よしッ、行こう!」
「殿下! 聞いてましたか!?」
「ねえねえ、みんなはどうする?」
「殿下が行くなら行きますよ」
「そんなの行くに決まってる!」
「うふふ、ちょっぴりワクワクしますね」
ほら、多数決で決まりだよ。女子のディアーナでさえ「ワクワクする」なんて言っているんだ。
行かないで、ただ見ているだけなんて選択肢はない。
「あー! もう何でそうなるんッスかー! そうなるだろうとは思いましたけどー!」
リュカが両手で頭を抱えている。でも、もう決まりだからね。諦めな。
「殿下、誰が先頭ですか?」
「俺! 俺が行く!」
「えぇー、アース?」
「うふふ」
「いや、ボクが行くよ」
「殿下が先頭は駄目でしょう?」
「レイ、どうして?」
「だって、もし先に罠とか落とし穴とかあったらどうするんですか?」
「だからぁ! 俺が行くって!」
「だよな、アースの方がいいよ」
「なんだよ、レイが先頭って事はないのかよ?」
「僕は二番目か三番目がいいな」
「え? そうなの?」
「はい。殿下の前か後ろで」
「そう? よく分かんないけど」
「うふふ」
四人で誰が一番最初に突入するか順番を決めてたんだ。取り敢えず、先頭はアースだ。その後をどうするのか話していた。
「あぁー! もうッ! 俺が最初に入りますよ! だから殿下は俺の後ろです!」
突然、リュカがそう言い出した。やっと諦めたみたいだね。よしよし。
「何かあった時に殿下をお守りできるように俺の後ろが殿下です!」
「そう、じゃあ、ボクの次は?」
「そりゃ、ディアーナ嬢でしょう」
「リュカ、なんで?」
「だって令嬢が
「そう? やっぱそうかな?」
そんな感じで話し合った結果、リュカが先頭。その後が俺、ディアーナ、レイ、アースの順になったんだ。
「俺、最後は嫌だな」
「アース、怖いんだろう? 変わってやろうか?」
「怖くねーよ! 俺が最後でいいよ!」
またまた、痩せ我慢してるよ。俺が最後でも良かったんだけどね。
「殿下は俺の後ろです。それは譲れないッス」
て、リュカが言うからさ。
「でも真っ暗ですよ」
「本当だ」
どれどれ。マジ、先が全く見えない。
「大丈夫だよ」
俺は心の中で唱えたんだ。『ライト』てね。ポンポンと光が前後に二つ出る。
「おー、殿下これなら見えますね」
「うふふ」
好奇心はあるんだろうけど、ちょっと腰が引けてないか? 特にアースがさ。
「じゃあ、入りますよ。ちょっと狭いッスね」
そう言って、リュカがブワワンと変化したんだ。初めて見たよ。
「おぉー! リュカ、カッコいい!」
「はいはい。もういいッスから。きっとまたクーファル殿下に叱られるッス。もう確定ですよ。叱られる未来が見えました」
ブツブツ言ってる。けど、行く気満々じゃん。だって、リュカが狼の姿に獣化したんだ。
青み掛かったダークシルバーの体毛に、鋭いアンバーのウルフアイ。尻尾がフッサフサだ。
精悍なシルバーの狼だ。しかも、とっても毛並みがいい。艶やかで光沢もある。
「うわー! リュカさん超カッケー!」
「まあッ!」
「おおー!」
ほら、三人もびっくりしている。俺だって、リュカの獣化した姿を初めて見るんだ。
「リュカ、ナデナデしたいな〜」
「俺もー!」
「じゃあ、行くの止めますか?」
「其れと此れとは別」
なんだよ、もう諦めたんじゃないのかよ。ほら、行こう。入ろう。
獣化したリュカが先頭になって、ポッカリと開いた隠し通路に入って行く。ちびっ子の俺達でも四つん這いにならないと狭い位の通路だ。これは、やっぱ緊急避難とかの場合に使うつもりで作ったのかなぁ? 火事とか、クーデターとか?
随分長い間、使われていなかったのだろう。埃っぽいし、隅っこには蜘蛛の巣もある。
「ディア、ドレスは大丈夫?」
「はい、殿下。なんとか進めますよ」
「そう?」
「うわ、マジで真っ暗じゃん」
「アース、ちょっと近過ぎだ。アースの頭が僕のお尻に当たってるって」
「え、気の所為だよ」
「そんな訳ないじゃん」
何をやってんだ。落ち着こうぜ。こんな事滅多にないんだからさ。ワクワクするじゃん。
「あ、先が広くなってますよ。広い通路に合流するみたいです」
ほんの5メートルほどしか進んでない。
リュカが言った通り、充分に立って歩ける程度の通路に出たんだ。
「これ、どっちに行きます?」
と、広い通路に出たとたんにリュカが元に戻った。あー、残念だ。モフりたかった。
「どっちでしょうね?」
「よし」
「アース、何してんの?」
「殿下、風を見てるんだ」
「ほう、なるほど」
「まあ、凄いわ」
アースが人差し指を立てて、風がどちらからか吹いていないかを見ているのだそうだ。
ほぉ〜っと俺が見ていると、ディアーナまで感心している。
「殿下、ディア、そんな訳ないじゃないか」
「レイ、失礼だぞ」
「だって風が吹いているとは限らないだろう?」
「あ、そっか」
あらら、頼りないなぁ。まあ、5歳だもんな。
「リュカ、匂いは?」
「埃っぽいッス」
そんな事は分かっているんだよ。だからさぁ、リュカも5歳児と変わんないぞ。頑張ってくれよ。
「ん〜、城の建て方と方角から考えると右側が城の奥に繫がっているのかな?」
「で、結局どっちに行くんだ?」
「よし、右に行こう!」
「殿下、その自信満々の理由は何ですか?」
「え? 何?」
「ですから、自信満々で右を選んだ理由ですよ」
「レイ、そんなの決まってるじゃない」
「あぁ、もう俺分かった気がするッス。殿下って時々そういう感じになるッスね」
リュカ、どんな感じなんだよ。さっきからブツブツ言ってんじゃないよ。
「右に決めた理由はね」
「はい、理由は?」
「うふふ」
何故かディアーナが超微笑んで俺を見ているんだけど。
「そんなの、なんとなくに決まってるじゃん!」
「……」
「うふふ」
あ、あれ? 何で無言になるかな?
「やっぱそうだと思いましたよ。だって、リリアス殿下ッスから。本当、時々ボケボケになるの止めて欲しいッスね」
ボケボケって何だよ。酷い言い様だな。
「その所為で、何回クーファル殿下に叱られたと思ってるんスか」
さぁ? 何回だったかなぁ?
「リュカ、怖がってばかりだと駄目だよ。時には思い切りよく行動しなきゃ」
「殿下、それは今じゃないッス」
そうかなぁ? 俺は今だと思ったんだけどなぁ。
通路が広くなった所為で、恐怖心も無くなったらしい。だって、見るからに作られた通路なんだ。
人が二人程しか並べない幅だけど、歩いて行くと両側にあった光源に次々と灯りが灯っていく。まるで人感センサーだ。
「殿下、この灯りは魔石ですよね?」
「レイ、そうだね。人が歩くと点くのか、動くものに反応しているのか」
「どっちにしろ、この通路を使う事があると仮定していますね」
「そうなんだろうけどなぁ」
うん、そう思うけど。でも、必ず使用するとは仮定していない気がするんだよなぁ。
「殿下、違いますか?」
「ん〜、レイ。光源があるからといってそうとは限らないと思うんだ。使うかどうか分からないから、何かに反応して灯りが点くようにしてあるんじゃないかな?」
「なるほど」
そんな話をしながら暫く通路を進むとまた狭く低くなってきた。
「え、何でだ?」
「アース、馬鹿だな。出口に近いんだよ」
「レイ、馬鹿って言うなよ」
「ふふふ」
「もう出口だと思いますよ。俺がまた先頭に行きます」
今度はリュカは獣化しなかった。そのまま四つん這いになって進んで行った。おしいなぁ。モフモフが見たかった。いや、撫でたかった。また入った時と同じ順で、俺達も四つん這いになってリュカの後を付いて行く。ほんの数メートルだ。
「あ、突き当たりましたね」
「リュカ、そうっと開けよう」
「いいッスか?」
「うん」
リュカが突き当たりになっている壁をグッと押すと、ギギギと音がして開いた。
途端に光が入ってくる。これは自然光か?
「え? 何処?」
「殿下、外みたいですよ」
「城の中だよね?」
「この距離で城の外には出てないでしょう」
「だよね」
リュカがそっと壁を押し開け外に出る。俺達もそれに続く。
確かに外だったんだけど。丁度、城の裏側だった。それも、裏にある大きな温室の中だった。温室の一番奥に出たんだ。鉱石のフレームに何枚ものガラスを、嵌め込んで作られていて天井もガラスを嵌め込んだドームのようになっている。高い天井には空気を入れ替えられる様に開閉できる天窓が付いている。そこでは、珍しい花や植物だけでなく、薬草も育てられている。中央には小さな
「まあ! こんな場所があるのですね」
「凄いな」
「おぉー」
「城の裏側になるんだ。ボクはあまり来ないけど」
「どうしてですか?」
「ん? 単純に用がないからだけど」
「ふふふ」
そこに、温室の中程から声がした。
「その声はリリなの?」
南国っぽい植物の葉を避けながら、ブラウスとロングスカートという軽装で現れたのがフィオンだった。一緒に侍女のアズもいる。二人共、手には手袋をしてスコップを持っている。
「姉さま」
「やはりリリね。どうしたの? どこから入ってきたの?」
突然のフィオンの登場に、三人は頭を下げている。
「あら、リリのお友達ね。顔を上げてちょうだい」
「お初にお目に掛かります。ジェフティ侯爵家の次男レイリオンと申します」
先ず最初にレイが挨拶をした。レイはこんな時はとてもしっかりとしている。
「アース・シグフォルスです!」
うん、アース。元気が良いぞ。
「アイスクラー侯爵家の次女、ディアーナと申します」
可愛らしくカーテシーをしている。ちょっぴりドレスの裾に埃がついているぞ。隠し通路を、四つん這いになって通って来たのだから仕方ない。
「まあ、リリと仲良くしてくれているのね。有難う」
「姉さま、何をしていたのですか?」
「お花を植えていたの。アリンナ様が種を下さったのよ」
「辺境伯領の花ですか?」
「そうなの」
だから温室なのか。王都と辺境伯領だと気温が違う。こっちの方が気温が低いんだ。
「婚姻の時のね……ブーケや飾りに」
と、照れ臭そうに話すフィオンは幸せそうだ。なんでも、辺境伯家では代々受け継いできたものがあるのだそうだ。幾つかあるそうだけど、その内の一つが花嫁のブーケに使われる花だ。
「リリが作ってくれた転送の小箱を使って送って下さったの」
花の種だ。初代辺境伯の頃から、咲かせて種を保存し、また花を咲かせて種を採る。そうして何百年も受け継いできたものらしい。とんでもない事だ。気が遠くなるよ。
咲かない時は無かったのかな? 失敗する時だってあっただろうに。
「真っ白な花が咲くそうなのよ。その花を花嫁が使うの。ブーケだけじゃなくて、髪にも飾りにもね」
「姉さま、凄い事ですね」
「ふふふ、そうね」
初代辺境伯の時代はまだ帝国は荒れていた。そんな中で、一輪だけ咲いていた花なんだそうだ。
魔物に踏み荒らされていた地に、折れず枯れずに咲いていた花。普通に野に咲く花だそうだ。名前すら分からないんだって。でも、きっと初代辺境伯は何か思い入れがあったんだろうな。
そんな気持ちを汲んで、代々受け継いできた。辺境伯家にはそんな事が色々あるらしい。
「きっとね、魔物に荒らされていた頃を忘れないように、油断しないようにじゃないかしら? て、アリンナ様が仰ってたわ」
「それを姉さまが受け継ぐんですね」
「リリのお陰よ」
いつも俺を最優先に考えてくれたフィオン。俺が生まれた時から、ずっとそれは変わらないそうなんだ。その愛情が、時には少し重く感じる時だってあったんだけど。
でも、いざこうしてフィオンが辺境伯家へ嫁ぐとなると寂しく感じるのも本当なんだ。
だって、辺境伯家だよ。普通に遠いじゃん。いくら転移門があるといっても、そうしょっちゅう会えるわけじゃない。
辺境伯家が代々受け継いでいたものを託されたと聞いて、なんだかとても誇らしく思う気持ちもある。将来、フィオンとアルコースに子供ができたら、今度はそれを託す方になるんだろう。
もしかしたらフィオンが、皇家から辺境伯家へ嫁ぐのも何か意味のある事なのかも知れない。
何にしろ、フィオンは俺の大切な姉なんだ。ずっと事ある毎に、気に掛けてくれた姉なんだ。
そのフィオンがいなくなるという現実をイマイチ受け入れられないでいるのかも知れない。
ちょっぴり寂しくなって、ウルウルしそうになっちゃった。
そんな気持ちを気取られないように俺は言った。
「ボクは何もしてませんよ」
そうだよ、俺は辺境伯領で楽しい日々を過ごしていただけだ。
なのに、フィオンは優しく微笑んで俺をふんわりと抱きしめるんだ。
「リリ、離れても私はリリの姉様よ。それは変わらないわ」
「姉さま……」
なんだよ、いつものキャラでいてくれよ。俺の息が苦しくなる程、ギュッと抱き締めてくるフィオンでさ。そんなに優しく抱きしめられたら、涙が流れてしまいそうだ。
「ずっと受け継がれていくなんて、ステキ……」
ディアーナが、話を聞いて呟いた。
「ふふふ、貴方達はまだまだ先の事ね」
「良い話をしているのに悪いんだけど」
あ……この声は……
「ほら、殿下。言ったじゃないッスか」
「あ……」
「リリ『あ……』じゃないよ、バレてるんだよ」
そう、ラスボスのクーファルだ。いつの間に入って来たのか、すぐそこにクーファルが腕を組んで立っていた。涙が一気に引っ込んでしまったじゃん。ヤバイぞ。俺はラスボスには勝てないぞ。
「あら、お兄様」
「フィオン、リリには困ったものだよ」
「リリは良い子ですわよ」
「リリ、良い子はこんな事をしないよね?」
「……はい、兄さま」
「どこからこの温室に入って来たのかな?」
「え……」
「言えないのかな?」
ああ、クーファルの後ろに魔王が見えるぞぉ。俺とリュカだけでなく、レイやアース、ディアーナまで固まっている。だって、言えない場所を通って来たんだから。
「リュカ、君も何故止めない?」
「いや、クーファル殿下! お止めしました!」
「止められてないよね?」
「う……」
ああ、怖い。どうしてバレたかなぁ? 何でいつも知っているんだ?
「君達もだよ。ほら、ドレスの裾に埃がついている」
「まあ……」
ディアーナ「まあ……」じゃないよ。
「リリ、どこから入ってきたの? 全然気が付かなかったわ」
「姉さま……」
フィオン、聞かないでくれぇー。
「兄さま、ごめんなさい!」
俺はガバッと頭を下げる。こんな時のクーファルはとっても怖いんだ。
雰囲気はもちろん、いつもと目が違う。だって背中に魔王を背負っているんだもん。
「リリ、好奇心や悪戯心で通ってはいけない。分かるよね?」
「は、はいぃ……」
「リュカもだ。
「申し訳ありません!」
なんでそんな事までバレてんだよ!?
「リリ、兄様はお見通しだ」
「はい、ごめんなさい」
クーファル、恐るべし。
その時、入口の方から天使の様な声がした。
「殿下ぁッ! おやつですよぉッ!」
あ、シェフだ! 助かった!
「シェフ! ありがとう!」
「仕方ない、食べてきなさい」
「はい、兄さま!」
今だ! と俺達はシェフの声がする方へと駆け出した。
でもシェフまで、どうして此処にいるのが分かったんだろう? 不思議だ。
『だって殿下の周りには影がいるッス』
と、リュカは心の中で思っていた。