一段上がった場所で、父と母に挟まれて貴族の挨拶を受けている。なんでも、位の高い貴族から順らしい。最初は公爵家らしいのだが、今年5歳の子供はいないそうだ。

 次は侯爵家だ。最初は、いかにも貴族のご子息という感じで利発そうな男の子だった。次も同じ侯爵家だ。

「リリ、衛生管理局の局長だ」

「父さま、レピオスがいるのも?」

「ああ、医師も所属は衛生管理局だ」

「陛下、エイル様、ご挨拶申し上げます。リリアス殿下、お初にお目に掛かります。衛生管理局局長を拝命しておりますヒューイ・アイスクラーと申します。妻のエリーネ、娘のディアーナにございます。ディアーナ、ご挨拶を」

「お初にお目に掛かります。アイスクラー侯爵が娘、ディアーナにございます。お見知りおき下さい」

 小さな令嬢は、胸の部分に大きめのリボンが付いた淡いすみれ色のふわふわのドレスで、優雅に綺麗なカーテシーをした。可憐でお姫様のようだ。瞳の色と同じドレスがよく似合っている。この世界ではよく髪色や瞳の色を服に用いる。俺の服もそうだ。

「アイスクラー侯爵、リリアスはよく医局に出入りしているのだよ。医師のレピオスには世話になっている」

「はい。殿下のお話は伺っております。まだ、5歳なのに薬湯をお作りになるばかりか、万能薬まで作れると。娘のディアーナも、回復魔法を少々使えますが、リリアス殿下はハイヒールもお使いになられるとか。素晴らしい事でございます」

「有難う。リリアス」

「はい。リリアスです。よろしくお願いします」

 ヒューイ・アイスクラー侯爵。歳の頃は……シェフより少し上位だろうか? シルバーグレーの髪にブルーの瞳。細身だが、目に力があるのが印象的だ。

 娘のディアーナ・アイスクラー。アッシュブロンドのふんわりした髪を顔の両脇だけ編んでいて、紫の瞳がチャーミングだ。髪も瞳も夫人と同じ色だ。まるでお人形みたいだな。

 ちょっと顔色が悪い気がするが、大丈夫か?

 挨拶と言っても、5歳児がいる貴族限定だからそう多くはない。

 早々に挨拶を終えて、俺は両親と一緒に並んで座っている。ちょっと一息だ。

「リリ、フロアに出ても良いんだよ?」

「父さま、ボクを猛獣の中に放り出すつもりですか?」

「リリ、これ位あしらえなくてどうするの?」

「母さま、これ位ですか?」

「そうよ。リリのお兄様達はもっとよ。凄いわよ」

「エイル、リリはまだ今日が初めてだからね」

「陛下、慣れですわ。それに、同じ歳のお友達が出来るかも知れませんわよ? リリはこんな機会でもないと、同じ歳の子達と知り合う切っ掛けがないでしょう?」

「はい」

 まあ、そりゃそうだ。城から出ないからな。城には子供なんていないし。いつも大人に囲まれている。でも中身は大人だから、今更5歳児の友達を作れと言われてもなぁ。仕方ないか。

「母さま、じゃあフロアに出てきます」

「ええ、それが良いわ。陛下、私達も参りましょう」

「ああ、エイル」

 俺はフロアに出る。と、あっという間に子供達に囲まれてしまった。

 ──リリアス殿下、魔法がお得意だそうで?

 ──リリアス殿下、ダンスはされませんか?

 ──リリアス殿下、辺境伯領に行かれてたとか?

「ああ、うん……」

 もう、俺5歳のちびっ子にタジタジだよ。中身は大人の俺の方が圧倒されている。少し間をおき、逃げようかとした時だ。一人の男の子が話しかけてきた。

「殿下は医師になられるのですか?」

「ううん。皇宮医師に師事はしてるけど、そんなつもりもないよ? まだ全然考えてないんだ」

「殿下の護衛はオクソール様だと」

「ああ、うん」

「もったいなくはないですか?」

「もったいない?」

「はい。せっかく上級騎士のオクソール様がお側におられるのに」

「オクソールからも教わっているよ。毎日鍛練を受けている」

「オクソール様にですか!?

「え? ああ、うん」

「羨ましい! オクソール様はどうですか? 厳しいと噂では聞きますが?」

「もう、厳しいなんてもんじゃないよ」

「羨ましい!」

 え? 羨ましいのか? 小さいのにもう脳筋なのか? オクソールに憧れていたりするのか?

「え? 毎日ヘロヘロだよ?」

「殿下! そんなにですか!?

「うん、そんなにだよ。もう、容赦ないからね」

「僕も受けてみたいです!」

「君は騎士になりたいの?」

「はい! あ、僕先程ご挨拶しましたが、第1騎士団に二番目の兄がいます。シグフォルス侯爵の息子でアース・シグフォルスです。アースとお呼び下さい」

「宜しく。ボクはリリ」

 アース・シグフォルス。金髪碧眼。ぴょんぴょん跳ねた癖っ毛を短くしていて、碧眼が爽やかだ。

 同じ5歳なのに、俺より大きい。

「じゃあ、アースは3番目なの?」

「いえ、5番目です。うちは男ばっかりの5人兄弟なんです。ですから将来は家を出ないといけません。僕も兄の様に、騎士団に入りたいのです」

「5番目! へえ、偉いね」

「殿下、これくらい当たり前です。貴族も大変なんです」

「そっか」

 う、5歳児に負けてる俺。どーなの? 情けねー。

「殿下は学園に入られないのですか?」

 また、別の子が話しかけて来た。この子は……確か一番最初に挨拶した子だ。

「どうかな? でも兄さまも姉さまも、皆学園に行っていたから行くと思うよ」

「僕は、身体を動かす事は出来ませんが、沢山学びたいと思っています」

「えっと、君はたしか……」

「僕はジェフティ侯爵の息子でレイリオン・ジェフティと申します。父は文官をしております。レイとお呼び下さい」

 レイリオン・ジェフティ。ダークグレーの髪を後ろで一つに結んでいて、青緑の瞳の聡明そうな子だ。この子は俺と同じ位の身長だな。

 線が細くて、さっきのアースと名乗った子とは正反対の印象だ。

「じゃあ、レイはどんな学問が好きなの?」

「色々好きです。物語を読むのは好きですが趣味です。考古学も好きです。でも、戦略を考えたりするのも好きです」

「へえ、凄いね。君も兄君がいるの?」

「はい、僕は三人姉弟で次男です。一番上が姉で学園の高等部に通っています。兄はまだ学園の初等部です。殿下は、薬学にお詳しいと聞きました」

「別に詳しい訳じゃないんだ。薬湯を作れるってだけだよ」

「殿下、僕らの歳で薬湯を作れる者などいませんよ」

「そうなの?」

「はい、殿下。そうですよ。凄い事です。それに殿下は回復薬や、回復魔法もお使いになるとか」

「うん」

「回復薬はハイポーションですか?」

「ううん、万能薬」

「では、回復魔法は?」

「え、ハイヒール?」

「殿下はバケモンですか?」

「うわ、レイ。その表現は酷いね。アハハ」

「でも殿下。大人でもそんなに出来る人はいないですよ」

「殿下は、魔物の討伐もされたんですよね?」

「ああ、アース。辺境伯領に行っていたから」

「うわぁ、俺も討伐したい!」

 あれ? この子、僕と言っていたのに俺になってるぞ。

 この二人の男の子は、ギラギラしてなくて良いな。普通に話してくれる。

「討伐なんて危ないよ。まだ子供だから力がないだろう」

「レイには分かんないだろうな! 気合いだよ! 気合い!」

「気合いなんかで魔物を討伐できる訳ないじゃないか」

「レイの言う通りだよ。アースは剣が得意なの?」

「はい。ずっと稽古してます」

「魔法は?」

「魔法はまだまだです。まだ属性と魔力量を見てもらえていないので」

「ああ、そっか。それは10歳だったね。辺境伯領でね、剣に風属性を付与して斬撃を飛ばす人がいたよ」

「ええ! 超カッケー!」

「アハハ、カッコ良かったよ」

「魔法を剣に付与するのですか?」

「レイ、そうだよ」

「それは興味深いですね」

 その時、ふと目の端に捉えた。淡いすみれ色したふわふわのドレス。あれは、確か……衛生管理局局長の御令嬢でディアーナだっけか? 一人でどこに行くんだ? そう言えば、顔色が良くなかった。

「ちょっとごめん」

「殿下、どうされました?」

「アイスクラー侯爵のご令嬢が、一人で外に出て行かれた」

「それがどうかしましたか?」

「レイ、子供一人で会場から出るなんて危なくない? それに、挨拶の時に顔色が良くなかったんだ」

「殿下、行ってみますか!?

 あー、君達はここにいて欲しいんだな。もしも危険な事があったりしたらさ。

「城の中ですから、大丈夫でしょう?」

「うん。アース、でも気になるんだ。ボク、ちょっと見てくる。君達はここにいて」

「殿下、そんな訳にいきません」

「そうです。お供します」

「でも、危ないかも知れない」

 そう話しながら、俺達三人は騒がせない様、目立たない様に移動する。

 フロアを出て、バルコニーから下を見ると、木陰に淡いすみれ色が見える。

「あ、あそこだ。やっぱ気分が悪いのかな?」

「え? どこですか?」

「アース、馬鹿だな。あそこの木の陰に、すみれ色のドレスが見えてるだろう?」

「レイ、馬鹿とか言うなよ」

 ついて来ていた二人が、同じ様にバルコニーから下を見ていた。

「ボク、行ってくるから、君達は戻って。オクソールを見つけて、話してくれない?」

「分かった!」

「殿下、お気をつけて!」

 そして、二人はフロアに戻って行った。

 俺は急いで、淡いすみれ色が見えている木陰に向かう。外階段を使う方が早いな。急いで階段をおりて、庭に出る。もう少しだ。見えてきた。やっぱり、気分が悪いのか? しゃがみ込んでいる。

「ディアーナ嬢、どうしました? 大丈夫ですか?」

 声を掛けると、真っ青の顔で振り向いた。

「リリアス殿下、どうしてここに? 私は大丈夫です。どうか、お戻り下さい」

「此処は木で死角になってしまうから、危ないよ。控室はどこ? 一緒に行こう」

「申し訳ありません。家を出る時はなんともなかったのですが。気分が悪くて……外の空気を吸おうと出てきたら、身体が動かなくて」

「え!? 身体が動かないの?」

「はい」

 その時、どこから出てきたのか数人の大人達に囲まれた。見るからに城で働いている人間ではない。勿論、招待客なんかじゃない。どう見てもならず者だ。どうして城の中にこんな奴等がいるんだ? 全部で7人か。他に隠れていないよな?

「そりゃ、動けねーさ。あんたの侍女が薬をもったからな」

「薬? お前達なんなの?」

 俺は、ディアーナ嬢を庇い前に出る。この子が狙われたのか。

「殿下、なりません。大事なお身体です。どうか、お逃げ下さい」

 ディアーナ嬢は、動かない身体で、俺の前に出て庇おうとする。

「何言ってんの。放っておけないよ」

「いいえ、放っておいて下さい! 殿下のお身体には、帝国の命運が掛かっているのです」

 子供なのに。女の子なのに。怖いだろうに。震えているじゃないか!

「殿下だと!? 知らん振りしてもらえませんかね? 俺達は、そこのお嬢様に用があるんですよ。なぁに、殺したりはしませんよ。少しだけ、一緒にいて頂くだけです」

 こいつら何言ってんだ。言う通りにする訳ないだろ。

 一人の男が、ディアーナ嬢に手を伸ばした。俺は心の中で詠唱する。

『エアーシュート』

 ブオッと空気の塊が、男の身体を押し倒す。

「こいつ……! 皇子には怪我させるな! お嬢さんを連れて行くぞ!」

 クソ、そうはさせるかよ!

『ユキ! おいで!』

 俺が心の中で、ユキを呼ぶ。シュンッと、小さい竜巻の様な風が起きて、ユキが現れた。

「ユキ!」

「リリ、呼んだか?」

「ユキ、こいつら捕まえて! 殺したらダメだよ!」

「分かった!」

 ディアーナ嬢は、力尽きたのかその場に崩れ落ちた。俺は、辛うじて支え抱き寄せた。尻餅をついちゃったけど。