ケイアにも謝罪をしたと聞いた。アラウィンは自分を責めたのだろう。

「アラ殿?」

「お辛い思いをさせてしまいました。申し訳ございません! なのに、殿下はお強い。お強いだけでなく、慈悲深い。私達大人が殿下に守られてしまいました。どうか、これに懲りずにまた是非お越し下さい!」

「はい、もちろんです。アラ殿、もう二度とアリンナ様を泣かせたら駄目です。もし泣かせたら、ボクがアリンナ様を頂きに来ますよ」

「殿下、お約束します。有難うございます」

 夫人にも横からフワリと抱きしめられた。

「アリンナ様、よく耐えられました。あなたの優しさと強さに、ボクは脱帽します。今迄、我慢してこられた分、これからはアラ殿ともっともっと幸せになって下さい。アリンナ様がいてくれてよかった」

 本当に、長い間よく耐えてこられた。しかも愛情を持って耐えておられた。

 最後までケイアを守っていた。俺は、敵わないよ。

「殿下、有難うございます。今度いらした時は、一緒に遊びましょうね」

「はい、楽しみです!」

 俺は、アルコースを振り返る。

「姉さまを宜しくお願いします。ボクの大事な姉さまを泣かせたら、ボクがアルコース殿をやっつけに来ますから」

「はい、殿下。大事に致します。必ず、幸せにします!」

「アルコース、私からも頼んだよ」

「はい、クーファル殿下」

 うん。泣かずによく頑張ったぜ、俺。


「んん〜……」

「殿下、おはようございます。ご用意して、食堂に参りましょう」

「うん、ニル」

 ユキも、のそっと起きてきた。

 この邸で食べる、最後の朝食だ。今日、俺達は転移門を使って城に帰る。

 騎士団もいるので、今日は俺が魔力を流す。だから、転移門から帰るのは俺が一番最後だ。

 辺境伯邸の地下にある、転移門の部屋に降りる階段には馬車用のスロープがあった。きっと、今迄にも馬車ごと使った事があるのだろう。

 俺が頼んでいたのはこの事だ。何せ600年間使われていなかったんだ。だから、取り敢えず、馬車や馬が通れるかを確認してもらっていたんだ。城の方もね。なんとか大丈夫そうだ。

 これから、もっと城もこの邸も整備するそうだ。

「殿下! おはようございますッ!」

「シェフ、おはよう!」

「ニルズさんとテティさんから、沢山食料を頂きましたよ!」

「それは良かった。こっちの食べ物はお城にはないもんね」

「はい。卵や、チーズ等は定期的に頂きに来ようかと。ですので殿下、またいつでも来れますよッ!」

「うん、シェフありがとう」

 俺が寂しく思っているのがバレているぞ。シェフはよく見ている。

「リリ、おはよう」

「兄さま、おはようございます」

「さあ、食事を頂こう。シェフ、頼んだよ」

「はいッ! お任せ下さい!」

 クーファルと一緒に食堂に入ると、既に皆揃っていた。

「クーファル殿下、リリアス殿下、おはようございます」

「お兄様、おはようございます。リリ、おはよう」

「アラ殿、姉さま、おはようございます」

「今朝はリリアス殿下がお好きな、クロックムッシュです!」

「シェフ、ありがとう」

「クロックムッシュを、初めて食べたのは最近なのに、もう懐かしい気がしますね」

「アスラール、本当に」

「こちらの料理人は、皆作れますので」

「シェフ、そうか……また作ってもらおう」

「ん〜! シェフ、おいしい〜!」

「殿下、有難うございますッ!」

「本当に食事が豊かになりましたわね」

「ええ、母上。ニルズとテティも頑張ってくれてます」

「私の知らない料理が、沢山あるみたいだから作ってもらわないと」

「母上、少しずつですよ?」

「アスラール、分かっているわ」

「クーファル殿下、フィオン様、リリアス殿下。邸の者や、領主隊がご挨拶をしたいと申しておりまして」

「辺境伯、大袈裟にしたくはないのだが」

「殿下、皆感謝をお伝えしたいのです」

「私達は、出来る事をしただけだ。それに、リリのお陰でいつでも行き来できるようになった事だし」

「殿下、お願い致します。お別れを言わせてもらえませんか?」

「フィオン、リリ?」

「お兄様、構いませんわよ」

…………

「リリ? 無心で食べてるね。聞いていたかな?」

「……ゴクン。兄さま、ボクもみんなにありがとうを言いたいです」

「じゃあ、辺境伯。少しだけ。またフィオンの事でも来るからね。本当に大袈裟にしたくないんだよ」

「はい、殿下。有難うございます」

 ま、いいじゃん。また直ぐに来たりしてな〜。季節が変わる度に来たいなぁ。

 食堂を出ると、オクソールとリュカが待っていた。

「クーファル殿下、フィオン様、リリアス殿下、おはようございます」

「オクソール、もう準備は出来ているかな?」

「はい、クーファル殿下。いつでも、出発できます」

「殿下、それより大変な事になってます」

「リュカ、どうした?」

「お邸の前庭に、領主隊だけでなく領民まで集まってます!」

 邸を出て、前庭に降りる階段に出ると、前庭に領主隊が整列しているのが見えた。

 その後ろには、領民達が集まっている。ニルズやテティの顔も見える。

 領主隊隊長のウルが一番前の中央にいた。ウルがこっちに一礼して領主隊や領民達の方を振り返り、一同を見回しておもむろに笛をふいた。

 ──ピピーーー!!

 同時に領主隊が一斉に、右手を胸に持ってくる。帝国の敬礼だ。

 ──ピピッ!!

 ──有難うございましたッ!!!

 打ち合わせでもしたのか? 領主隊と領民達が、一斉に大きな声で言った。集まってくれた人達の、多さと雰囲気に圧倒される。駄目だ、泣きそうだ。

 アラウィンが一歩前に出た。

「先ずはクーファル殿下、フィオン殿下、リリアス殿下に心からの感謝を申し上げます」

 領民達や領主隊の前で、アラウィンが俺達に向かって深々と頭を下げた。そして、皆の方に向き直り話を続ける。

「殿下方がお越し下さって、この領地は生まれ変わった。皆の不安を解消して下さり、新しい特産品まで見出して下さった。そして、我が辺境伯家にやり直す機会を与えて下さった。知っている者もいるだろうが、私が不甲斐ないばかりに今まで心配を掛けた。悔しい思いをした者もいることだろう。だが、これからは違う。殿下方がご尽力下さった事を決して無駄にはしないと皆の前で誓おう。そして、これからも皆でこの領地を守り抜き、より良くしていこうではないか! どうか、皆も力を貸してくれ! アーサヘイム帝国の要となるこの地を、守り立てていこうではないか!」

 領民達はまさかアラウィンがそんな事を言うとは思わなかったのだろう。ほんの少しの間、沈黙が流れた。だが、その後、誰かが叫んだ。

「当たり前だぁ! 領主様に付いて行くぜ!」

 ああ、この声はニルズじゃないか? テティと一緒に心配していたんだ。ニルズを見ると、横にいるテティに背中を叩かれながら、男泣きをしている。また泣いてるよ。俺まで、もらい泣きしそうだ。そのニルズの声が切っ掛けになり、場が沸いた。

 領主隊は皆拳を挙げて、おおーッ! と叫んでいる。

 領民達は口々に、アラウィンの事を呼んでいる。次は俺達の番だ。

「兄さま」

「お兄様」

「ああ……」

 クーファルがゆっくりと、階段ギリギリまで前に出るとその場が静まり返った。

「皆、有難う。大変、世話になった。私達は、この地を、この地の民達を誇りに思う。良い領地だ。この地はまだまだ良くなる。初代皇帝と初代辺境伯が守り抜いた地だ。その縁は今も繫がっている。この地から帝国全土へ、新しい風を吹かせてくれ。更なる繁栄を!」

 ──おおーーッ!!!!

 空気が震えた。クーファル、カッコいいぞ! 俺には真似できない。

 堂々としていてさ、しかも落ち着いている。俺なんかきっとテンパっちゃうよ。

 俺がクーファルを尊敬の眼差しで見ていると、領主隊の後ろからニルズの声が聞こえてきた。

「リリ殿下! 待ってるからなーッ! また来てくれよー!!

 おいおい、ニルズ。恥ずかしいから、止めてくれ。泣いてしまうだろう。

「フィオンさまーッ! 奥様を助けてくれて有難うー!!

 この声はテティだ。似たもの夫婦だ。領民達が口々に叫びだした。

 ──有難うー!

 ──また来て下さーい!

 ──クーファル殿下、カッコいいー!

 ん? カッコいいて今言う? 確かにクーファルはカッコいいけどさ。

「リリ、手を振ってあげなさい」

 クーファルに言われて、俺は手を振る。また、絶対に来よう。アスラールと領地を探検しよう。ニルズと、海に出よう。次は、夫人と沢山遊ぼう。

「さあ、城に帰ろう。父上とリリの母上が待ってる」

「はい、兄さま」


 俺は辺境伯邸の地下にある、転移門に魔力を流している。

「これで最後だね」

 騎士団30人、フィオンやレピオス、シェフやお付きの者達、騎士団と一緒にケイアも既に転移させた。邸の裏に搬入口があるんだ。そこから直接、馬車や馬を入れた。

 俺が転移門を修理した時に容量を大幅にアップしておいた。それこそ、もしもまたスタンピードが起きても大丈夫なようにな。

 ま、向こうに着いて転移門から捌ける事を考えて、少し時間を空けないといけないけど。次々と転移させてしまうと支かえてしまう、て事だ。

 残っているのは、クーファルとソール、オクソールとリュカ、ニルとユキだけだ。またいつでも来ることができる。だから、俺は泣かないぞ。アッサリとにこやかにさよならするんだ。

「辺境伯、世話になった。フィオンの事はまた連絡があるだろうから、それを待ってくれるかな」

「はい、クーファル殿下」

「辺境伯、夫人、これからだ。まだまだ、これから本当に幸せにならなければ。この領地はもっと発展する。期待しているよ」

「はッ! クーファル殿下」

「さあ、リリ帰ろう」

「はい、兄さま」

 クーファル達と転移門の中央に立つ。

 初代皇帝が作った転移門だ。それをこれからは俺が引き継ぐんだ。

「アラ殿、アリンナ様、アスラ殿、アルコース殿。お世話になりました!」

 俺は転移門に魔力を流した。

 転移門が光り、俺達も光に包まれる。


 目が眩むような真っ白な光が収まると、目の前に父と母がいた。

「母さま!」

「リリ! お帰りなさい!」

 抱きついた! 抱き締めてくれた! ああ、やっぱ母は良いな。

 そんな母との感動の再会からまだ10日も経っていない。感動……冷めまくったよね、本当。あの時の感動を返してほしい。何故かと言うとな……

「まあ! リリ、とってもお似合いよ! なんて、可愛いのかしら!」

 これは、その母の言葉だ。俺は今、パーティーに出る為にキラキラの服を着せられたところだ。

 そう、今日は5歳のお披露目パーティーだ。俺が、辺境伯領に行っていたので、ずっと延期になっていたらしい。延期なんかしないでいいのにさ。俺に構わずやってくれたら良かったのに。

 お披露目パーティーなんて、すっかり忘れていたさ。

 俺は、以前に母が用意してくれていた白の上下の正装だ。

 上着は白地にグリーン掛かった金糸で細かい刺繡があったり、飾りが付いていたりする。中に着るシャツも、襟も袖もフリフリだ。しかも前で結ぶフンワリした大きなおリボン付き。

 はぁ〜……慣れねー……なんせ、中身は現代日本人。皇子様でもなければ、5歳児でもない。

 強張った笑顔を貼り付けるのが精一杯だ。

「さあ、リリ。参りましょう」

「はい、母さま」

 あー、母のスイッチが入ってるよ。なんせ母は生粋の侯爵令嬢だ。

 母に言わせると、パーティーは戦場なのだそうだ。

 部屋を出ると、これまた騎士団の儀礼用の団服を着たオクソールが待っていた。上級騎士の位を持つオクソールの服装もなかなかに豪華だ。流石に勲章はつけていないが、騎士団の儀礼用の白の団服にその上からネイビーブルーのベルベットのマントだ。右肩にたすき掛けにマントと同色のサッシュを着けた姿は、騎士と言うよりモデルか? て感じだ。いや、コスプレか?

「オク、凄いね……」

「殿下こそ……なかなかのもんです」

 お互い、こういうの向いてないよな? と、目で会話をする。でも、オクソールはまだいい。大人だし、上背もある。俺なんてまだちびっ子だよ。服に着られている感が否めない。

「まあ、なあに? 二人とも。しっかり胸張って背筋を伸ばしなさい」

「はい、母さま」

 オクソールが軽く一礼する。

「リリアス殿下、本日はおめでとうございます。エイル様、リリアス殿下、本日は私が護衛につきます」

「有難う、オクソール。宜しくお願いしますね」

「はッ、では参りましょう」

 オクソールは俺と母の後ろについた。うん、カッコいい。

「オク、今日はリュカはいないの?」

「リュカはまだこの様な場には出られません」

「え? そうなの?」

「はい、そうです。従者と言ってもまだ見習いですし、護衛としてはまだ騎士の誓いもしていませんし」

「そうね。リュカはまだ正式な場には出られないのよ」

「母さま、そうなのですか?」

「リュカは騎士団員でもないわ。従者の正式な教育課程もまだ終わっていないのよ」

「でも、ずっとボクの側にいるのに」

「リリ、騎士団には皆何年も学園で勉強をして鍛練もして、騎士団の入団試験に合格した者だけが入る事ができるの。従者もそうよ。皆子供の頃から、何年も掛けて勉強しているの。リュカは特殊な入り方をしているから、まだ暫くは仕方ないわ」

「そっか……そっか……」

「殿下、お気になさる事はありません。皆、そうやって来たのです。リュカも同じです」

「そうなんだ。オクも?」

「もちろんです。私も騎士団の入団試験を受けて入っております」

 そっか。そう言うものなんだろうな。リュカは俺が助けた獣人だ。教育とかそんなの全部すっ飛ばして、俺の従者兼護衛として仕えてくれている。リュカはまだ、勉強中なんだな。

 今日のパーティーは5歳のお披露目パーティー。結局、ルーはうまく逃げた。俺の肩に止まっておくように言われたとか言ってたけどな。まあ、どっちでもいいけどさ。

 このお披露目パーティー、前世で言うと七五三みたいなもんだ。帝都にいる高位貴族の子息子女が、城に招待されている。お子様メインだから、真昼間だ。アルコールもなく、ジュースだ。

 この世界の今の時代は、生まれてすぐに亡くなる子も少なくはない。また、貴族の子だと、命を狙われたりする事もある。俺の様にな。

 5歳まで無事だったぞ。ちゃんと育っているぞ。と、お披露目だ。

 今年は、俺の側近や婚約者の立場を、狙っている者も多い。ほんと、困るんだ。側近は、ニル達の様に決められた家系から、教育された者がなると決まっている。それを知らない訳でもないだろうに。大人達や下手したら子供まで、目をギラつかせて寄ってこられても、怖いだけだ。

 そんな子供は家でも親に言われているんだろうな。子供にそんな事をさせるんじゃないよ。

「リリ、エイル。二人共、よく似合っている」

 会場に入る扉の前で、父が待っていた。相変わらず、キラッキラな父だ。

 真っ白な儀礼用の正装に緋色のマントだ。ブロンド色のロングヘアーが眩しいぞ。

 そのキラッキラな父の側には、相変わらず全身黒の服で黒髪のセティがいる。正に、光と影だな。

「陛下、お待たせしてしまいましたか?」

「エイル、大丈夫だよ。リリ、さあ父様によく見せておくれ」

「父さま、今日は頼りにしてます」

「リリがそんな事を言うなんて、珍しいね」

「ボクは苦手です」

「リリ、慣れなさい。あなたは皇子なのだから、逃れられないわ」

「はい、母さま」

 母はいつになく、厳しい。思わず母の手を握ってしまったよ。気後れしてしまう。公の場に出るのは初めてなんだ。

「リリ、大丈夫よ」

「ああ、リリ大丈夫だ。笑って躱していれば良い」

「陛下、お願いします」

 セティが声を掛けてきた。とうとう出るらしい。

「では、私は下でお待ちしております」

 オクソールが一礼して、先に会場に入る為に別の扉へ向かう。

 俺達の前にある扉が開かれる。会場のざわめいた声が聞こえてくる。昼間なのに、照明が沢山つけられている。この扉を入ると、俺達は会場のフロアに下りる階段に出る。

 もう既にそこに、ライトが当てられている。

 俺は父の後をついて、足を踏み出した。