声援を送っていた領民達から、歓声が上がる。
「「「「「おおーー!!」」」」」
「ユキ、凄い! 強いね!」
「リリ、我は負ける訳がないと言ったであろう」
「楽勝だったね! ビクともしなかった!」
「殿下、ユキは凄いですね!」
「リュカ、引いてた?」
「ひどっ! 引いてましたよ! 全然動きませんでした!」
「ああ、やはり神獣は凄いな」
「オク、残念だったねー。エヘヘ」
あれ? そう言えば……
「オク、シェフいなかったね」
「ああ、殿下の食事を作るからと言ってましたよ」
「ああ、そう」
そうだ。本業はシェフだった。いつも当たり前の様に混じっていたから、シェフだって事を忘れちゃうよ。
「……んん〜……」
お昼寝してたんだよ。まだ俺の体にはお昼寝は大事。前世だと幼稚園児だからね。
ベッドの中で伸びをする。
「殿下、お目覚めですか?」
「うん、ニル」
「また、楽しそうでしたね」
「え? ずっと見てたの?」
俺はベッドから下りる。ユキは大きいまま、ベッドの横で寝ていた。
「はい、フィオン様と見てました。りんごジュースどうぞ」
「ありがとう……」
「殿下が真ん中で、旗を振りながらぴょんぴょん跳ねてらして可愛いと」
あー、フィオン。また見るとこが間違ってる。
──コンコン
「殿下、起きておられますか?」
クーファルの側近、ソールだ。
「うん、起きてるよ」
「失礼致します。クーファル殿下がお呼びです」
「分かった」
俺は、ニルとユキを連れてソールの後を歩く。
「殿下、楽しそうでしたね」
「え? ソールも見てたの?」
「はい。クーファル殿下と」
「楽しかったよ〜」
「ぴょんぴょん跳ねてらして。クフフフ」
またクーファルまで見るところが違っているよ。
「本当にお可愛らしいと」
「やめて、ソール」
「どうしてですか?」
「だからね、ボクは男の子。可愛いは、だめ」
「駄目ですか。クフッ」
「だめだよー。兄さまなんて、いつもカッコいいもん」
「でも殿下、可愛いと言われるのは今の内だけですよ?」
「あー、そうだね。でもだめ」
「クフフフ」
クーファルの部屋に着いた。
「殿下、お連れしました」
「リリ、よく寝たかな?」
「はい、兄さま。兄さま何か御用ですか?」
「ああ、うん。楽しかった後に、言いにくいんだけど」
「兄さま、何ですか?」
「もう、城に帰るだろう? ケイアに会っておくかい?」
会えるのか!? もう、諦めていたのに。
「兄さま、いいのですか!?」
「でも、リリ。条件がある」
「兄さま。何ですか?」
「兄さまと一緒だ。それと、牢の外からしか会えないよ」
「兄さま……それは、話せる状態じゃない、て事ですか?」
「そういう事だ」
そうなのか……一体どんな状態なんだ?
「やっとね、喚き散らしていたのは落ち着いて、大人しくなったんだ。会話は出来ないけどね。だから、兄さまと一緒に牢の外から見るだけだ。それでも、良いかい?」
「はい、兄さま。会いたいです」
どんな状態でも、このまま会えないより良いさ。
「分かった。じゃあ、今から行こう」
「はい、兄さま」
俺はクーファルに連れられて、邸の地下にある牢に向かう。ニルとユキは先に部屋に戻ってもらった。ニルには見せたくない。て、俺より先にもう会っているかも知れないけど。
邸の裏側の方へ向かうと、牢のある地下に下りる階段があった。
こんな裏側に、階段があったんだ。オクソールとリュカが待っていた。
「殿下、抱っこしましょう」
「オク、ありがとう」
オクに抱っこされて、階段を下りて行く。どんどん暗く湿っぽく重苦しい感じになって行く。壁や天井は岩肌が剝き出しになっている。
等間隔に、光る魔石が設置されているから、歩くのには支障がないが、それでも暗い。
転移門も地下だけど、空気が全然違う。それに、使う階段自体が違う。
転移門のある地下とは、わざわざ階段を離して分けてあるんだ。正に光と闇って感じだな。
「リリ、良いかい。兄さまが駄目だと思ったら、直ぐに引き返すからね」
「はい、兄さま」
突き当たりの扉をソールが開けると、一層空気が変わった。体に纏わりつく湿気が不快だ。
ゴツゴツとした、岩肌が丸出しの空間に、鉄格子の部屋が並んでいる。中には小さいベッドが一つ。扉は勿論鍵付きの鉄格子だ。
「この奥だよ」
俺はオクソールに抱っこされたまま、クーファルの後ろを行く。
俺は、ケイアもある意味被害者だと思っている。確かに罪は犯したが、前世で言う情状酌量があっても良いだろうと思っている。いくら甘いと言われようがだ。俺はそう思う。勿論、他の考えもあって当然だ。
だが、俺はまだ子供だ。俺にはどうする力もない。俺だけの意見で、どうなるものでもない。
それに、ここは法治国家の日本じゃない。異世界だ。皇帝が治める国だ。
現代日本より、命の価値は軽い。そして、簡単に失われる。奪われる。
牢が並んでいる一番奥に、ケイアはいた。簡易の様なベッドに腰掛けていた。
静かだ。目が何も捉えていない。
「兄さま……」
「昨日からずっとあのままだ」
「食べてますか?」
「ああ、少しだけど食事はとっている」
「そうですか。話しかけてみたらだめですか?」
「名前を呼んでみるかい?」
「はい。オク、下ろして」
オクソールに下ろしてもらい、牢に近づく。俺は出来るだけ優しく静かに名前を呼んだ。
「ケイア……」
ケイアがピクッと反応した。ちゃんと声は届いている。
「ケイア、ちゃんと食べてる?」
俺がそう話しかけると、ケイアはゆっくりと首を動かし此方を向いた。
「ケイア」
「…………」
やっぱ話せないか……いや、ケイアの口が何か言おうとして微かに動いている。
「ご……」
「ん? 何? ケイア、言いたい事があるなら、何でも言って」
ケイアは、掠れた小さな声で呟いた。目はちゃんと、俺を見ている。
「……ご……ごめん……なさい……」
辛うじて言葉を発すると同時に、ケイアの目から涙がこぼれ落ちた。
ポロポロと……瞬きもしないで、ただ涙を流していた。
髪は乱れ以前より目が落ち窪み、唇も荒れてカサカサなのが離れていても分かる。たった数日で何年も歳をとったみたいだ。
「……ごめんなさい……わ、わたし……酷い事……を……」
大丈夫だ。現実を分かっているんだ。自分の中で、なんとか折り合いをつけようとしているのかも知れない。気持ちが少しでも聞けて良かった。
「ケイア、ちゃんと治療しよう。身体も心も、元気になるように治療しよう」
「……ごめ……」
ケイアがゆっくりと、首を横に振る。
「大丈夫だよ。まだケイアは生きている。まだ幸せになれるんだ。やり直せるんだよ」
「……しあわせ……ご……めんな……」
「ケイア……」
「リリ」
クーファルに呼ばれて気が付いた。また俺は涙を流していたんだ。くそ、5歳児。弱っちい。
「リリ、戻ろう」
「兄さま、もう少し。お願いです」
「リリ……」
俺はもう一度、ケイアに向かい話しかける。ゆっくりと、出来るだけ穏やかに。
「ケイア、元気になるんだよ。元気になって、またボクと話そう。ゆっくりでいい。ケイアの幸せを探そう。ケイア、待ってるからね。ボクは忘れないよ。約束だよ……ケイア」
「……ゔッ……うぅッ……」
ケイアの目から涙がボロボロ流れる。自分の心を抱き締めるかの様に、腕にギュッと手を回している。
泣ける心が残っているんだ。涙を流せるんだ。
涙を流しながら、目はちゃんと俺を見ている。
入ってきた時に見た、何も捉えていない目じゃない。
俺は思わず鉄格子を握っていた。
「ケイア、約束だ。元気になって、話せる様になったらまた話そう。覚えているからね。ケイア、ボクは待ってるからね」
「……は……い……はい」
「ケイア。よく答えてくれた。ありがとう」
「……あ、あ……あり……がとう……ござ……」
俺は何度もケイアに頷いた。充分だ。ケイア、通じたよな?
「リリ、行こう。オクソール」
「はい」
俺はまたオクソールに抱っこされた。
「ケイア、約束だよ。待ってるからね。元気になるんだよ」
俺は、オクソールに連れて行かれながらも、声をかけた。
クーファルの部屋に戻ってきた。
オクソールにソファーに座らせてもらうと、クーファルが抱き締めてきた。
「リリ……君は本当に……」
「兄さま?」
「ケイアが謝罪の言葉を口にしたのは、さっきが初めてだ。こちらを見て、話す意思を示した事自体、今までなかったんだよ」
「兄さま、そうなのですか?」
「だけど、リリが泣く必要はない。兄さまは、リリが泣くのは見ていられない」
「兄さま、もしも……もしも、同情ではなく、ちゃんとケイアの心に寄り添ってくれる人が一人でもいれば、違ったはずです」
その機会を無くしたのがアラウィンなのだろう。いや、アラウィンの母なのかも知れない。
ルーが言っていた様に、もっと早くにハッキリと拒絶しなければならなかったんだ。
拒絶されたら、その時は苦しいだろう。でも、早い方が傷は浅くて済んだかも知れない。その分、やり直すチャンスが今よりはあったかも知れない。取り返しがつかなくなってからでは、苦しみも傷も深くなる。
ケイアは自分で自分を傷つけていたんだ。心が耐えられなくなって、壊れていたんだ。ケイアも、ある意味被害者なんだろう。それでも、誰もケイアの幸せを奪う権利なんかないんだ。
「兄さま、帝都に行ったらケイアはどうなるのですか?」
「然るべき施設に入る事になる」
「然るべき施設?」
「ああ。カウンセリングを受けて、心専門の治療をするんだ。それから罪を償う事になるだろうね」
「そうですか。よかった」
この世界にカウンセリングがあって良かった。治療できるんだ。後はケイア次第だ。
どうか、頑張ってくれ。元気になってくれ。子供の頃に両親を亡くして、このまま牢の中で人生を終えるなんて悲しすぎるじゃないか。幸せになってくれ。俺はそう願うよ。
「リリ、もう泣かないでくれないか?」
「兄さま、……ヒック。ありがとうございました。ヒック……ケイアに会わせてくれて……ありがとうございます」
「ああ、ああ。もう分かった。リリ、泣かないで」
「兄さま……ヒック」

「ケイア、ちゃんと食べてる?」
リリアスがケイアに話しかけた最初の一言……その一言が真っ暗な闇に覆われていたケイアの心にわずかな光を落とした。
小さな石が投げ入れられた水面の様に、波紋が広がりどんどん大きくなっていく。
ケイアのなかでは、まるで走馬灯の様に思い出していたんだ。
ケイアがまだ幼かった頃の事だ。
ケイアの両親が亡くなり、この辺境伯家へ引き取られた日の事だ。
連れて来られたのは、両親がまだ元気に生きていた頃、一緒に何度か訪れた事がある伯父の家だった。出迎えてくれたのはケイアより10歳年上の辺境伯嫡男のアラウィンだ。
泣きはらした目で、やつれた様子のケイアを見てアラウィンが声を掛けた。
「ちゃんと食べてる?」
その言葉を思い出したんだ。それから、ケイアの中に様々な事が蘇ってきた。ずっと長い間忘れていた事。
「これからは僕が兄だ」
「お兄様?」
「そうだ。これからケイアは幸せにならなきゃな」
そんなアラウィンとの会話も思い出した。
「じゃあ、私は姉様ね」
アラウィンの隣には、ふんわりと優しく微笑む当時は婚約者のアリンナがいた。アリンナは両手を広げてケイアを迎え入れてくれた。まるで、本当の妹に接するかの様に。アリンナが邸にやって来た時はいつも一緒にいてくれた。一緒に食事をし、庭の花を見たりした。
ケイアが薬師を目指す切っ掛けをくれたのもアリンナだった。
「まあ、ケイアは薬草を覚えるのがとっても早いのね。薬師に向いているかも知れないわ」
それからだ。ケイアは寂しさを紛らわすかの様に、勉強をした。先ずは字を覚えるところからだった。それもアリンナが親身になって教えてくれた。
寂しい夜は、同じベッドで眠ってくれた。少しずつ、ケイアにとって安らぎになっていった。
それでも、どうしようもなく両親が恋しくなった時は木の陰に隠れて泣いていた。
帰ってくると信じて疑わなかったのに、いくら待っても父は帰って来なかった。
父が亡くなり、日に日にやつれていく母。その母は父を追うように逝ってしまった。母の葬儀の後、冷たい雨の中一人で墓石の前に立って泣いた。
自分一人が暗闇に引きずられていくような気がした。
「ケイア、大丈夫よ。あなたは一人じゃないわ」
いつも見つけ出してくれたのも、アリンナだった。抱き締めてくれた時の、アリンナの温かさがケイアを引き上げてくれた。
「ケイア、一緒に幸せになるのよ」
手を繫いで歩いている二人を、アラウィンは微笑ましく思いながら見ていた。
あの時、自分は笑顔だったのではないか? アリンナと一緒に笑っていたのに。幸せだったじゃないか。
辛い思い出と共に思い出すのは、兄だと言ってくれたアラウィンと手を握ってくれたアリンナだ。
どうして自分は忘れていたのだろう。
いつから、こんな自分になってしまったのだろう。
ケイアの心の中に後悔と懺悔が広がっていく。
何て事をしてしまったんだろう。
「あ……あぁ……ああー……」
リリアスが牢の前からいなくなってから、ケイアは声を上げて泣いた。
リリアスがケイアに掛けた言葉はちゃんと心に届いていたんだ。

俺はまた、泣きながら寝てしまいました。昼寝したのに、どんだけ寝るんだよ。
目が覚めたら、自分の部屋のベッドだった。オクソール、いつも悪いね。
「殿下、大丈夫ですか?」
「うん。ニル、また心配かけちゃったね」
「それがニルの役目ですから」
「ニル、ごめんなさい」
「殿下、謝らないで下さい。さあ、りんごジュースをご用意しましょう」
「うん、ありがとう」
「ニル、我も欲しいぞ」
「はいはい」
あー、ニルは本当にいい子だわ。俺は感謝してるよ? マジでさ。いつもありがとう。
「殿下、もうすぐ夕食ですが、食べられますか?」
「うん。食べるよ。おやつ食べてないから、お腹すいちゃった」
「まあ、そうですか」
「我もおやつ食べてないぞ」
「ユキ……」
「リリ、なんだ?」
「ユキ、本当食べてばっかだね」
「……!!」
そんなガーン! て顔するなよ。
まあ、豹だから表情は変わらないんだけどな。なんとなくだ、なんとなく。
──コンコン
「ハイクです。宜しいでしょうか?」
ん? アラウィンの側近か? なんだ?
「殿下?」
「うん、入ってもらって」
ニルがドアを開ける。
「失礼致します。殿下、有難うございました」
ハイクが深々と頭を下げた。
「ハイク、何?」
「ケイアの事です。会って下さったと聞きました」
「うん」
「有難うございました」
んー、何だろうなー。ハイクは一番ケイアと話していたと聞いた。注意したり、時には叱ったりもしていたと。ちょっと話してみるか。
「ハイクはケイアをどう思ってんの? 幼なじみと、言ってたっけ?」
「はい」
「で? それだけ?」
「ケイアはずっと一緒に育ったので、妹みたいな感じでしょうか」
「そっか。じゃあ、そのスタンスをハッキリしてあげてね。もう分かってるよね? 余計な期待をさせたら駄目だからね。それは余計にケイアを苦しめる事になるからね。また新しい苦しみを与える事になるんだよ」
俺は、ハイクの目をしっかりと見て言った。
「弱ってる時は、誰でも何かにすがりたくなるんだよ。そこで同情かなんか知らないけど、優しくされると勘違いする人もいるんだ。だから、妹なら妹だとハッキリしてあげて。その上で、気に掛けるならそのスタンスで心配してあげて。手助けしてあげて」
「殿下、分かりました」
「自己満足は駄目だからね」
「殿下……」
「ハイクは奥さんいるんでしょ?」
「はい。おります」
「なら、中途半端なのはケイアだけじゃなくて、奥さんも傷付けるからね」
「はい……」
大の大人が、下を向いてどんどん泣きそうな顔になっていく。
もしかして、今回の事で奥さんに何か言われたか? まあ、いいや。
「殿下、5歳児の言う事ではないですよ」
「え、ニル。そう?」
「はい。まるでおじさんです」
「げッ……!」
「フフフ、可愛いおじさんですね」
「ニル! 酷いー!」
「フフフ」
ハイクがしっかりと顔をあげた。俺が話した事を分かってくれたのかな?
「有難うございます。殿下のお言葉を肝に銘じます」
「あー、ハイク。偉そうな事言ってごめんなさい」
「いえ、何を仰います。正論です。私の方が大人なのに、恥ずかしいです」
そうだよ、本当だよ。まあ、俺も甘いけどさ。
「ケイアは治療してもらえるそうだから、大丈夫だよ」
「はい、殿下」
「殿下、そろそろ食堂へ参りましょう」
「うん。じゃあ、ハイク」
「はい、お邪魔して申し訳ありませんでした。有難うございました」
さあ、夕飯だ! お腹すいたぜ。

リリアスがケイアと話した翌日、アラウィンがケイアに会うために牢に足を運んだ。
まだ足元がおぼつかないアリンナと一緒にだ。
アラウィンが声を掛ける。
「ケイア」
「あ……」
「すまなかった。辛い思いをさせてしまった」
「……」
「私がハッキリとしなかったからだ」
「……」
ケイアは黙っていた。アラウィンの目を見ようとしない。
「王都で専門の施設に入れるそうだ。今度こそ幸せになってほしい」
アラウィンに支えられながら、アリンナも声を掛ける。
「ケイア、辛い思いをしていたのね」
「あ……」
「なんだ? 何でも言ってくれ」
「あ、アリンナ様……」
「なあに、ケイア。なんでも話してちょうだい」
「アリンナ様……申し訳ありません……アリンナ様……」
真っ直ぐに、アリンナを見つめるケイアの目から涙が零れ出す。