「おいおい、リリ殿下。おっちゃんはねーだろ」
「えー、だっておっちゃんじゃん」
「ガハハハ! ちげーねー!」
「リリが世話になったそうだね? 私は兄のクーファルだ。今日はよろしく頼むよ」
「え、えぇッ!? ク、クーファル殿下!? ニルズと申します! こちらこそ、宜しくお願いします!」
ニルズがガバッとお辞儀した。おいおい、俺と随分態度が違うよね。
「おっちゃん、兄さま知ってんの?」
「何言ってんだ、当たり前じゃねーか! フレイ殿下にクーファル殿下と言えば、カッコいい! つって、帝国中の女が騒いでるぜ!」
「そっか。兄さまカッコいいもんな」
「ん? どうした? リリ殿下だって、とんでもなく可愛いって有名だぜ?」
「おっちゃん、可愛いは駄目。ボクは男の子!」
「ガハハ! そーかそーか、男の子か! まだ殿下は、ちっさいから仕方ねえわ。大きくなったら、リリ殿下カッコいいー! て、ブイブイ言わしてやんな!」
「ブイブイ!!」
「おお! ブイブイだ!」
「うん! おっちゃん!」
「こらこら、ニルズ。殿下に変な事を教えるんじゃない」
「領主様、今日はすまねーな! 宜しく頼んます!」
「いや、こっちこそ。宜しく頼むよ。で、どこだ?」
「ああ、こっちだ」
ニルズに連れて行かれた所には、沢山の海の幸が所狭しと並んでいた。
「おっちゃん! 凄い! 何これ! どうしたの!?」
「ああ、海に沢山いるんだよ。でも、食べ方が分かんなくってな。今迄食べてなかったんだ。リリ殿下なら分かるかと思って、今朝早くにとってきたんだ」
本当に!? こんなにあるのに、食べてなかったのか!? 勿体ない!
「こら、あんた! 言葉遣いを直しな、て言ってるだろ! リリアス殿下、すみません。うちのが失礼ばかり言って」
えっ!? うちのが……!? 何、この美人さん!
「あー、殿下。うちの女房だ」
「リリアス殿下、初めまして。テティと申します。おばちゃんでいいですよ」
「えー! おっちゃん! めっちゃ美人の奥さんじゃん!」
フィオンや母も美人だが、また違う。健康的な美人だ! 赤茶の緩いウェーブの髪に、淡い茶色の瞳。無造作に結んだ髪の後れ毛が、大人の色気を感じさせるね!
「ガハハハ! そーだろそーだろ!」
「殿下、奥様を助けて頂いて有難うございました」
テティが俺に、声を抑えて言った。
「ケイアの事です」
「あれはボクじゃない。クーファル兄さまと、フィオン姉さまだ」
「いいえ、殿下もですよ。私は子供の頃から奥様と一緒に育ったんですよ。奥様の侍女だったんです。この人と婚姻して、今は漁師の女房ですけどね。ずっと心配していたんです。殿下方のお陰で、やっと風が通った気がします」
いや、俺はなんもしてないよ。できなかったよ。
「兄さま、助けて下さい」
「リリ、どうした? 珍しいな」
「まあ! クーファル殿下! よくいらして下さいました!」
おいおい、声が1トーン上がってるじゃないか。クーファルは奥様達にも人気なのか。
「兄さま、おっちゃんの奥さんです」
「ああ、そうなのか。リリが世話になった」
「いえ、こちらこそ! 奥様を助けて頂いて、感謝しております。本当に有難うございました」
「あー、いや。遅くなってしまって、夫人に怪我をさせてしまった。力足らずで、すまない」
「殿下、何を仰いますか! 誰もどうにも出来なかったのです。もう、殿下方には感謝しかありません!」
「ああ、その通りだ! クーファル殿下、リリ殿下。有難うございます!」
「もう、おっちゃんまで……やめて!」
「ふふふ、本当に可愛らしい殿下ですね。おばちゃんとも仲良くして下さいね」
「そんな! こんな綺麗な人に、おばちゃんなんて呼べません。テティて呼んでもいいですか? ボクはリリです!」
「プフ……」
うん、ここでリュカが吹き出すのは、もう定番だな。この吹き出しがないとちょっと寂しいかも。
俺は、ズラリと並べられた魚介類の前に、ニルズと一緒にしゃがみ込んでいた。
「殿下、分かるかい?」
「んーとね、おっちゃん氷水ある? それと、大きな鍋で茹でられる様に用意してほしいな。あ、あと焼く用意もお願い!」
「よしきた!」
「それから、シェフ!」
「はいッ、殿下! どうしますか?」
「あのね、氷水で洗ってから、ここに小さなナイフで……」
ニルズが大きい鍋で茹でる用意をしてくれた。
「殿下、これこのまんま突っ込んでいいのか?」
「うん、いいよー」
「生きてるぜ?」
「うん、いっちゃって!」
「よし!」
「殿下、剝きましたよ!」
「じゃあ、これは一口大に切って、前みたいにソイをつけて食べよう」
「こっちの大きな貝はどうしますか?」
「ああ、それもそこにナイフを入れて……」
「殿下、もういいか?」
「うん、おっちゃん。いいよ!」
「これどうすんだ?」
「もうこのまま食べれるよ。食べやすいように、ここにね……」
さあ、出来たぜ! シェフが剝いたり切ったりしていたのが、伊勢海老とアワビだ。刺身にしてもらった! 超新鮮! 超贅沢! 伊勢海老なんて身が透き通ってぷりぷりしている!
おっちゃんこと、ニルズが茹でていたのが……そう、蟹だ! まず、茹で蟹を用意した。
「兄さま! みんな! 食べよう!!」
「リリ、生で食べるのかい?」
「はい! 兄さま、美味しいですよ! この、ソイをつけて下さい」
「さあ、殿下。どうぞッ!」
「シェフ、ありがとう。ソイをちょんちょんとつけて……んー、超おいしい! とけちゃう!」
「うわ、うまっ!」
リュカ、お前はもう食べたのか? 早いよ。躊躇がないな。リュカの横でオクソールまでアワビを食べている。前に船で刺身を食べているから、二人は生と言う事にもう全く躊躇しない。
「リュカ、生でも平気なのか?」
「クーファル殿下、いっちゃって下さい! 超美味いです!」
「クーファル殿下、これは美味いですよ」
いつの間にか俺の横で、黙って伊勢海老を食べていたオクソールが声をかける。
「オクソールもか? リュカ、抵抗はないのかい?」
「以前船の上でも食べましたから、慣れました。クーファル殿下、これも美味いですよ、どうぞ!」
リュカに勧められて、クーファルが伊勢海老を口に入れる。
「そうか、じゃあ……お、美味しい! 甘いんだな! 身がプリプリしている」
「でしょ? クーファル殿下、美味いでしょ!?」
「リリ殿下、こっちはどうすんだ?」
「おっちゃん、足をバキッて折っちゃって!」
「え? マジか?」
「うん、マジ!」
「こうか?」
──バキッ……バキッ……!
「おっちゃん、1本ちょうだい!」
「おう、熱いぞ」
「うん、シェフ!」
「はい、殿下ッ!」
「これ、この切り口から剝いてほしいの」
「殿下、こうですか?」
「うん、そうそう。これをこうやってとって……ん、あまーい!」
「え? 殿下、甘いですか?」
「うん、シェフ食べて!」
「では、失礼して……うん、甘いですッ!」
「でしょー! シェフ、これね、焼いても美味しいの。グラタンもいいね。こっちはバターでソテーしても美味しい。ソイで甘辛く煮ても美味しい。これは、焼いても美味しいし、生でも食べれるよ。あー、しゃぶしゃぶしてもいいかなー」
「ふむふむ。ソテーですね。ん? しゃぶしゃぶ?」
シェフ、いつの間にかメモってるよ。最近メモをいつも持っているな。
「で、殿下。これは何と言うのですか?」
「え? おっちゃん、これ何ていうの?」
「知らねー。俺達は、『海の蜘蛛』て呼んでるが、ちゃんとした名前は知らねーよ。モグモグ……」
「えー、蜘蛛!?」
おっちゃん、めっちゃ食べてるよ! 両手に蟹の足を持ってるぞ。
「こいつはな、デケーだろ? 漁の網は破るし、魚は食い散らかすし、共喰いまでするんだよ。オマケにこの足だよ。鋏に挟まれて怪我した奴もいる。で、この見た目だ。昔から忌避されてきたんだ。まあ、単純に足が長いし多いから見た目で『海の蜘蛛』て、いつからか呼ぶ様になったらしいぞ」
なるほど、それで食べていなかったのか。
確かに俺が知ってる蟹よりかなりデカイ。バケモン級だよ。でもその分、身もたくさんあるぞ!
「殿下は何と?」
「かに」
「では、これは?」
「これは、伊勢海老」
「こっちは?」
「アワビ」
「はいはい。了解ですッ!」
「こら、ソール。お前食べ過ぎだ」
ん、ソールが? そのクーファルの声で、ソールを見てみると……どんだけ食べたんだ!?
ソールの前に、でっかい蟹の足の殻が小山になってる!
「だって殿下、めちゃくちゃ美味いですよ! 止まりません!」
いや、止めようよ!
みんな食べてるのかな? と、思って見回してみると……スッゴイ大勢の人が集まっていた。ビックリしたよ。まあ、デカイし沢山あるから大丈夫だろうけど。
ニルズが茹でていたのは最初だけで、途中からは漁師のおかみさんらしき人達が、次から次へと茹でている。シェフも、奥さん連中に囲まれて色々作っている。
「殿下、どうしました?」
「テティ。みんな食べてるかな? て思って」
「食べてますよ。港中の人が集まってしまって、大騒ぎになっちゃいましたね」
「うん。ビックリしちゃった。テティは食べた?」
「はい。頂きました。とっても美味しかったです。今まで食べなかったのが、こんなに美味しいなんて。驚きました」
「アハハ、前も言ってたよ」
「前もそうですが、今日食べ方を教えて頂いたのは……」
「あれでしょう? 見た目で敬遠されていたんでしょう?」
「ええ、そうなんです。さっきうちの人も言ってましたけど、危険ですし」
「まあ、ね。だって見た目もだけど大きいもんね」
「ウフフ。ですね」
──大変だー!!
──大変だ!! 出たぞー!!
領主隊の声が聞こえてきた。ん? 何だ? どうした?
「リリ殿下! 港に魔物が出た! 避難してくれ!」
「おっちゃん! 魔物って!?」
「ああ、クラーケンてやつだ! 早く!」
「オク!」
「はい! 殿下! 彼方に……」
「行こう!」
「いえ、殿下! 避難して下さい!」
「オク、駄目! 行くよ!」
「殿下!」
「リリ、駄目だ! 避難しなさい!」
「兄さま、大丈夫です!」
だって、あれだろ? クラーケンて、でっかいタコだろ!? 食えるんじゃないかな? もしかして。てか、なんでもでっかいなぁ!
蟹も伊勢海老もアワビだって、前世にあるものより倍は大きい。
豊かな海だからか? 今まで捕っていなかったからか? それとも、異世界仕様なのか?
「オク、抱っこ! クラーケンのとこまで走って!」
「殿下、駄目です!」
くそッ! ユキがいれば、乗って走るのになぁ!
「オク! おねがい! 大丈夫だから!」
『リリ!』
「えッ!?」
小さな竜巻の様な風が起こったかと思ったら……
──シュタンッ!!
「リリ、呼んだか?」
ユキがどこからともなく現れた! ユキはお邸でニルとお留守番の筈なのに。
「リリの声が聞こえたのでな」
「ユキ、凄い! そんな事できるの!?」
「我はリリを守ると言ったであろう? どこにいても、リリの声は聞いておる」
「ユキ、ありがとう! 行くよ! 乗せて!」
「ああ!」
俺はユキの背に乗った。やったぜ。これで動けるぞ。
「殿下! ユキ! 危険です!」
オクソールが叫びながらついてきている。リュカもだ。よし! 行くぞ! ユキに乗って、港の端までやって来た。いたいた! 超デカイ、タコだ! 大きな頭が、離れたこの場所でも確認できる。その大きなタコさんが、港に迷い込んだ所為で停泊していた船が巻き込まれている。このまま放っておけば、人にも被害が出るかもしれないぞ。もう、領主隊が数人来ている。早いな。
「リリアス殿下、危険です! 離れて下さい!」
「殿下、お戻り下さい!」
アスラールと領主隊が慌ててやって来た。
「アスラ殿、よく出るの?」
「いえ、港にはめったに出ません。普通は此処まで入って来ないんですよ」
そうか。じゃあ何が原因なんだろう?
「アスラール様、分かりました!」
「ウル、どうした!?」
「どうやら、沖の方でメガロシャークが出たようです。それで逃げて港に迷い込んだのでしょう。沖に出ていた漁船が確認しています!」
「メガロシャーク?」
「まあ、めちゃくちゃでっかいサメの魔物です」
「そんなのがいるの!? て、言うか、ウルいたんだね」
「あー、はい。頂いてました。美味かったです! ハハハ!」
そりゃ良かったよ!
「アスラ殿、どうするの?」
「私が風魔法で仕留めます」
「アスラ殿、足切らないでね」
「は? 殿下?」
「あれ、美味しいよ?」
「……まさか殿下!?」
「本当だよ、食べてみたくない?」
「分かりました! 頭ならいいですか?」
「うん!」
「分かりました! いきます!」
──ギュイィィーン!!!!
「アスラ殿、すごーい!」
アスラールが剣に風魔法を付与して斬撃を飛ばした!
こっちに来る時も見たけど、目の前で見ると本当凄いよな! 俺もやってみたい!
「あー、アスラール様! 致命傷になりませんでしたねー! 残念!」
アスラールが飛ばした斬撃は、巨大なタコの眉間の辺りを斬ったが致命傷にはならなかった。
「はい! 次はボクがやります!」
「え、殿下が!?」
俺はユキに乗ったまま、元気に手を上げた。超やる気だ。
「いきますッ!」
『ウインドエッジ』
ヒュンッ!! と、風の刃が飛んだ。丁度、アスラールが傷をつけた辺りを深く切り裂いた。
──ザバーーン!!
巨大なタコが水飛沫をあげて倒れた。