
「リリしゃまッ!」
「アウル! おはようー!」
「リリでんか!」
「アーシャ! おはよう!」
翌日、食堂で可愛い天使2人のお出迎えだ。
「リリ殿下、疲れてませんか?」
「うん、レイ。有難う。全然大丈夫だよ。アース、どうしたの?」
レイの横で、アースの元気がない。
「ああ、気にしないで下さい。アースは昨日調子に乗って食べ過ぎただけですから」
「レイ、そうなの?」
「はい。途中で止めろと言ったんですよ」
「レイ、もう言うなよ。分かったよ」
アハハハ、フレイにちょっと似てる。プププ。
「おはようございますッ! 昨日皆様飲み過ぎたらしくて、トマト味のアッサリしたリゾットにしました。リリアス殿下、ホットサンドもご用意できますが」
「シェフ、有難う。リゾットでいいよ」
「はい、畏まりました! お持ちしますッ!」
ああ、男性陣は全滅か?
「リリ、おはよう」
「フレイ兄さま、おはようございます。テュール兄さまはもう戻られたのですか?」
「ああ、昨夜のうちにな」
「リリアス、フレイみたいになったら駄目よ」
うわ、皇后様酷い。
「もう昨夜は酷かったのよ。調子に乗って飲み過ぎて」
「母上、もうお小言は充分頂きました」
朝からもう叱られたのか? フレイ、どんだけだよ?
朝食はシェフが言っていた通り、男性陣が皆元気がなくリゾットで正解だった。
きっと皆、女性陣に叱られたんだろうな。心なしか小さくなっている。仕方ないよね。ダンジョンを攻略したんだから。テンションだって上がっちゃうさ。が、領主隊、騎士団、近衛師団は元気だった。もう朝から鍛練を済ませたらしい。一体どうなってるんだ? 強靱すぎるだろ。
「リリしゃま! むいむい!」
「アハハハ! アウルは虫が駄目なの?」
俺達は裏の畑に来ている。アウルとアーシャ、レイ、アース、ラルク、アスラール、オクソールとリュカも一緒だ。シェフは喜び勇んで、大きな籠を抱えて野菜を収穫している。
「リリアス殿下ッ! 見てください! 立派なキャベツですッ!」
「シェフ、本当だね。ロールキャベツが食べたくなるね」
「殿下、そうですね! 今夜は久しぶりにロールキャベツにしましょうか!」
「うん、シェフ! 楽しみ!」
「リリ殿下、何だそれ?」
「え? アース、知らない? ロールキャベツ。ミンチ肉をキャベツで包んでコンソメのスープで煮るの。ボクはトマト味が好き」
「ほうほう。リリアス殿下はトマト味と」
シェフが何かブツブツ言ってる。
「此方に来て知らない料理ばかりです。どれも美味しくてビックリです。帝都にはない料理ですよ」
「あらら、定番なんだけどな」
「殿下、まだレシピが出回ってないんですよ」
「シェフ、そうなの? 何で?」
「さあ? 私には分かりません」
「あー! またむいむい! いやー!」
「アハハハ! アウル転ぶよ!」
そりゃあだって、無農薬だもんな。虫はつくよ。
「殿下、以前森の調査の時に作られた虫を駆除する薬液を覚えておられますか?」
そう言えば、作ったな。
「アスラ殿、作りましたね」
「あれを薄めて使っているのです。ですので、かなり虫の被害はマシになっているのですよ」
「そうなんだ」
活用してくれていて、嬉しいな。城でも庭師が使ってると言ってた。
「ひゃぁー! うにゅうにゅ!」
うにゅうにゅ!? なんだそれ!? アウルが指差す所を見る。確かに。うにゅうにゅしている。
「アウル、これはミミズさんだよ」
「みみじゅしゃん……?」
「そう。このミミズさんはね、土をフカフカにしてお野菜が大きくなる為の栄養分を作ってくれるんだよ。大事な役割があるんだ」
「え? えいよ??」
「んー、アウルはご飯を食べるでしょ? それと一緒だ」
「おやしゃいのごはん?」
「ん、そんな感じ」
小さい子に説明するのは難しいな。
「らいじれしゅか?」
「そう。大事なんだよ。怖がらずにそっとしておいてあげようね」
「あい!」
「リリアス殿下、先生ですね」
「リュカ、止めて。どう説明すれば良いのか分かんないよ」
みんなで沢山のお野菜を収穫して、その日の午後だ。
「のどかですね」
「うん、ラルク。そうだね」
「アースさま! ちゃんとしてください!」
「分かったよ。もう、何で俺なんだよ」
「リリしゃま、アーシャぷんぷんれしゅ」
「アウル、そうだね」
オヤツのパンケーキも食べて、俺達は裏庭でのんびりしている。
アースが、アンシャーリのごっこ遊びに付き合わされているのをボーッと見ている。
「これからもりに、じゅんかいにいきます! みんなぶじにかえってくるように!」
「はい、隊長」
アースが仕方なく付き合っている。
「ねえ、ラルク。今時の女の子の遊びって、領主隊ごっこなの?」
「リリアス殿下、そんな訳ないでしょう」
「アーシャはよくやるんですよ」
「そうなの?」
アルコースだ。アウルースをお膝に乗せながら一緒に見ている。アンシャーリは領主隊ごっこをしている。アンシャーリが隊長で、アースが隊員だ。全然女の子っぽくないんだけど。
「リリアス殿下!」
おや? ニルだね。ニルが邸から慌てて走ってくる。
「ニル、どうしたの?」
「アイシャが! 産まれます!」
「「ええーーッ!!」」
アルコースと2人で叫んでしまった。
アンシャーリとアウルースはアルコースに任せて、急いで皆で邸に戻る。
「ニル、それでアイシャは?」
「はい、調薬室で陣痛が始まったので、そのまま邸の治療室に入っています!」
「医師はついてる? 助産師さんは?」
「はい! ついています!」
邸に戻ると、辺境伯夫人のアリンナ様が待っていてくれた。
「殿下、始まったばかりです。まだまだ掛かりますわ」
「うん。初産だしね」
「はい。お騒がせしてばかりで、申し訳ありません」
「とんでもないです! アイシャとレイリの赤ちゃんに会えるんだ。嬉しいですよ」
「リリ、来たのね」
「母さま」
母が、邸の奥から出てきた。もしかして、アイシャに付いてくれていたのか?
「大丈夫よ。あの様子だと、まだまだ掛かるわ」
「母さま、付いていて下さったのですか?」
「出産ばかりは、リリにはどうしようもできないでしょう? 経験者の私が付いてるわ」
さすが、母だよ。こんな時は頼りになる。母は回復魔法が使えるしな。
「母さま、有難うございます。レイリは?」
「アイシャに付いているわ。アイシャが背中と腰が痛いと言ってるから、一生懸命さすっているわ」
陣痛を和らげる事もできないし。今回は俺は役立たずだな。
「まだまだ何時間も掛かるわ」
「はい、母さま」
レイリ、今夜はきっと徹夜だろう。頑張れ!
夕食を食べて、寝る頃になっても変化はなかった。何十時間も掛かる人がいるからなぁ。疲れてないと良いけど。時間が掛かり過ぎて疲れてしまって、いざと言う時に力が出なかったりしたらまた余計に時間が掛かってしまう。
「殿下、いつになるか分かりませんから。お休みになって下さい」
「うん。ニルも寝てね。もし、何かあったら直ぐに起こしてね」
「はい、殿下」
そうして俺はどれ位眠っただろう。ニルが俺を呼ぶ声で目が覚めた。
「……殿下、リリアス殿下」
「……ん、ニルどうしたの? 何時?」
ニルか。寝てないのか?
「まだ夜中です」
「アイシャに何かあったの?」
「はい、逆子だそうです。助産師がひっくり返そうとしたらしいのですが、できなくて破水をしてしまったそうなんです」
「え、それは大変だ」
破水とは、赤ちゃんを包んでいた膜が破れてしまって羊水が流れ出す事だ。
「はい。なかなか出てこられないそうで……殿下、何かできませんか?」
「んー、できるか分からないけど、ボクが見てみてもいいかな?」
でも俺、小児科医なんだよ。産まれた後からが仕事だ。出産は産婦人科だからなぁ。
知識はあるけど、役に立つかなぁ。しかし、破水したとなると感染症に気をつけないと。
「殿下、お願いします。私の一存なんです。申し訳ありません」
「ううん。ニル、教えてくれて有難う」
話しながら、ニルが着替えさせてくれる。俺はまだ頭が動かない。
「ニル、りんごジュースちょうだい」
「はい、殿下」
「……コクンコクン」
よし。りんごジュースも飲んだ。行くぞ。とにかく見てみる。考えるのはそれからだ。
ニルと一緒に邸の治療室に行くと、母がいた。メイドがつけている様なエプロンをしている。
「あら、リリ。起きたのね」
「はい、母さま。どうですか?」
「赤ちゃんが大きい子みたいなの。大きい子は動かし辛いみたいなのよ。何度もお腹の中で動かそうとしたのだけど、タイミングが遅かったのかも知れないわ。もう、赤ちゃんが下りてきているから」
「母さま、もしかしてずっと付いていたのですか?」
「だって、心配だもの。初めてだと不安でしょうし」
母よ。有難う。頼りになる。
「母さま、ボクは何もできないと思いますが、見ても良いですか?」
「ええ、もちろんよ。アイシャに声を掛けてあげて」
治療室に入ると、アイシャよりレイリの方が悲惨な顔をしてアイシャの腰をさすっていた。真っ青な顔色をして目の下にクマまで作っている。
「レイリ、どう?」
「殿下、こんな時間に申し訳ありません」
「気にしないで。アイシャ、大丈夫? ちょっと見せてね」
これも鑑定で何か分かると良いが……『鑑定』
「あ、本当だ。逆子だね。でもよく育ったね。元気な子だ」
「殿下……」
レイリが泣きそうだよ。
「アイシャ、頑張って」
「で、で、殿下! 無理です! 無理! 無理! 痛すぎますッ!」
アイシャはもう汗だくだ。ユキの身体から銃弾を出した時の様に、なんとか動かせないかなぁ。
「アイシャ、少し手助けさせてね」
「殿下……お願いします」
俺はアイシャのお腹に手を当てる。ごめんよ、君の母さんが苦しんでいるんだ。君も苦しいだろ?
少しだけ手助けさせてくれ。そうっと……そうっと……ゆっくりと……。
俺は魔力でお腹の赤ちゃんを包み込み、時間を掛けてゆっくりと胎児を正しい位置に戻そうと動かしていく。でも、もう破水してるから、あまり時間はない。
「ゔゔー……くッ!」
駄目だ。アイシャが陣痛の痛みを息を止めて堪えている。息を止めたら赤ちゃんも苦しくなるぞ。
「アイシャ駄目だ! ちゃんと息して! 深くゆっくり息して! 力を抜いて!」
「アイシャ! アイシャ!」
「レイリ、フー、フーって、誘導して! ゆっくり息を吐かせるんだ。息をちゃんと吐かせたら次は自然に吸うから」
ラマーズ法しかないな。赤ちゃんの心拍はどうなんだ? あー、せめて聴診器が欲しい。欲を言えば、輸液セットが欲しい。破水しているからなぁ、感染症を起こしてなければ良いけど。
「アイシャ、ずっと力を入れてたら駄目だ。赤ちゃんが動けない。強い波が去ったら、力を抜いて」
「で、殿下……フゥー、フゥー。ハァ……今は少し楽です」
「うん。今のうちに水分とって。赤ちゃんが出てくる所が全開にならないと、いくらアイシャがいきんでも駄目なんだ。まだ痛みをうまくそらさなきゃ。痛くなったら、フー、フーって息を吐いて」
そう言いながら、俺はずっと胎児を動かしている。逆子だと
アイシャの子宮口もまだ開ききっていない。レイリがアイシャにスポドリ擬きを飲ませている。大丈夫だ。水分はとれているな。手に魔力を流して、胎児を動かしながら常に鑑定で確認。思ったより魔力を消費している。頑張れ、あともう少しだ。
「母さま、助産師さん達にクリーンを」
「リリ、分かったわ。お湯も用意する?」
「はい、お願いします。レイリ、君もアイシャもクリーンして」
「で、殿下……」
「レイリ、しっかりして」
「は、はい」
レイリはオロオロしながら、アイシャと自分にクリーンをかける。これで感染症は防げる筈だ。
「レイリ、ボクとこの部屋全体にもクリーンをお願い」
「はい、殿下」
よし。もう直ぐだ。まだ見ぬアイシャとレイリの赤ちゃん。頑張れ! 君のお母さんやお父さんも頑張っているぞ。元気な顔を見せてくれ。
「あー! 痛ッー!!」
「アイシャ、フー、フーだよ! まだいきんだら駄目だ。力を抜いて」
もう少し、もう少し頑張ってくれ。正しい位置に戻したら、後は時間が掛からないと思うんだ。この子も出たがっている。もう少しだからな。頑張ってくれ。
俺、魔力量が多くて良かった。普通の魔力量じゃ無理だ。実感した。
「ああー! 殿下!! 無理ですー!!」
アイシャが痛みを堪えきれずに叫ぶ。フーフーと息を吐いて痛みをそらしている。
俺はずっと魔力で胎児を動かしている。もう少し……よし、いいぞ。戻った。結構時間が掛かってしまった。アイシャの身体の準備もできた。俺はアイシャから離れる。
大丈夫だ。安心して産まれておいで。みんな君に会いたくて待っているんだ。頑張れ!
「アイシャ、いいよ! 次に強い痛みが来たらいきんで!」
俺が声を掛けると、助産師さんもスタンバイした。
「アイシャ! アイシャ!」
「レイリ、手を握ってあげて。アイシャが力を入れやすいように」
「は、はい。殿下!」
助産師さんがアイシャのお腹を触りながら確認している。いわゆる、触診だ。
俺を見て頷く。よし、大丈夫だ。て、俺立ち会っていいのか?
「アイシャ、次の波でもう一度いきんで」
助産師さんが指示をだす。
「アイシャ、頭が出たわ。ゆっくり息を吐いて」
「フゥー、フゥー……」
アイシャが助産師さんの声に従って息を吐く。後は任せるしかない。俺は下がって母の側に行く。
「リリ、有難う。凄い汗だわ」
母が俺の額の汗を拭いてくれる。魔力を操作してこんなに汗をかいたのは初めてだ。
「母さま、有難うございます。ボクここにいていいんでしょうか?」
「今更、何を言っているのよ」
「そうですか?」
「そうよ」
アイシャが数回いきむと助産師さんが赤ちゃんを取り上げた。
「おぎゃー!!」
「産まれた! 母さま! 産まれました! 元気に泣いてます! 良かった!」
「ええ、リリ!」
助産師さんが、赤ちゃんをアイシャに見せる。
「男の子ですよ。元気な大きい子ね」
まん丸としてプクプクした男の子だ。よく育ったよ。
「アイシャ、よく頑張った。有難う!」
「レイリ、有難う」
アハハハ、やった。よく頑張ったよ! アイシャ! おめでとう! レイリ! おめでとう!
「リリ……」
母に抱きしめられた。俺はまた泣いていたらしい。命が産まれる瞬間は感動だ。
「母さま……グシュ」
「あなたも、ああして産まれてきたのよ。あなたも、皆に愛されて産まれてきたのよ」
「母さま……母さまも大変な思いをして産んで下さいました。有難うございます」
「当たり前じゃない。あなたは私の子なんですから」
俺は、この母の子で幸せだ。
「殿下! 見てやって下さい! 男の子です!」
赤ちゃんは綺麗にしてもらって、フワフワのおくるみに包まれてレイリの腕に抱かれている。
「うん! レイリ、おめでとう!」
「殿下! 殿下! ……ああ! 有難うございます! 殿下のお陰です……!!」
レイリがボロボロと涙を流している。あの冷静なレイリが。
「殿下、抱いてやって下さい」
「アイシャ、怖いよ。産まれたばかりなのに」
「リリ、母様と一緒に抱かせてもらいましょう。そしたら、大丈夫でしょう?」
「はい、母さま」
レイリが、俺の腕にそっと赤ちゃんを抱かせてくれて、母が後ろから腕をのばして支えてくれる。