「でしょ? シェフが作るのは美味しいんだ」

 妖精は自分より大きい肉まんに、必死で齧り付いている。

「んまッ!」

「アハハハ、凄くお腹が空いてたんだね」

 妖精って、こんなの食べないかと思ったよ。だってルーは食べないからな。

 それから妖精の話を聞いた。今から数日前に、オークエンペラーに捕まったらしい。この森には元々オークエンペラーなんていなかったそうだ。なら、どうしてダンジョンにいたんだろう?

 オークエンペラーの面倒なところは状態異常を使う事だ。それで、動けなくなったらしい。

 で、あれよあれよと言う間にダンジョンコアに縛り付けられた。

 妖精の話から推測すると、あのダンジョンは本当にできたばかりだったんだな。

 良かったよ。早く発見できてさ。

「だからな……ボクはそれからずっと食べてなかったからさ」

「うん。りんごジュース飲む?」

「うん! 飲む!」

 俺はりんごジュースを入れている容器の小さな蓋に、りんごジュースを入れてあげる。

「リリ! お前、いい奴だな! 有難うな!」

「うん、いいよー」

「おい、妖精」

 俺の肩にとまり、ルーが妖精に話しかけた。偉そうだな? きっと、ルーの方が偉いのだろう。

「なんだよ、偉そうに……て、げッ!? 精霊様!?

 やっぱり。ルーに気付いた妖精がビックリしてるよ。

「ああ、光の精霊だ。リリに加護を授けている」

「か、か、加護!?

「ああ、そうだ。お前さ、いくら状態異常に掛かったからって、何でオークエンペラーなんかに捕まってんだよ?」

「だって精霊様! まさかオークエンペラーが、いると思わないじゃないですか!?

「それでもだよ。いくらエンペラーだと言っても、オーク種に捕まるなんて。ボーッとしているんじゃないよ?」

「すみません……」

 妖精がシュンとした。正座しちゃってるよ。あーあ、かわいそうに。

「リリ、かわいそうなんかじゃないよ? 妖精がオーク種なんかに負ける訳ないんだよ。捕まるなんてマヌケすぎる」

 そうなのか? 俺は全然分からないけど。

「リリ、我もそう思う」

 え!? ユキも!? そうなのか。力関係はそんな感じなんだ。

「ユキさん、肉まん食べた?」

「ああ、美味かった」

 それは良かった。どれだけ食べたんだろう?

「この森の妖精の長がいるだろ? そこからこの国の妖精の長に話がまわって、妖精女王に救援要請がいって、女王から僕のところに話がきたんだ。僕が加護を授けているリリが丁度近くにいるからってさ。お前、戻ったら長にしっかり謝りなよ」

「はい……それはもう、分かってます。有難うございます」

 妖精はルーに平伏した。あーあ、もういいじゃん。助かったんだしさ。

「リリ、良くない」

 はーい。て、言うかその話の内容だとルーは知ってた訳だね。

「リリ、知ってた訳じゃない」

 救援要請が来て、ルーが気配を探ってみたもののヒットしなかったらしい。まさか格下のオーク種に捕まってダンジョンコアにされていたとは思わなかったそうだ。

「じゃあ、そのオークエンペラーはなんでいたの?」

「殿下、隣国から来たオークです」

「見て確認しました」

「他にはもういない?」

「はい、いません。オークの中でもハグレですね」

 へぇ〜、ハグレ? 全然分からない。

「まだ、1匹だけで良かったよ」

「ルー、そうなの?」

「リリ、オークは食い意地が張ってるからな。そこら中、食べ散らかすんだよ。森にいる魔物以外の生物まで食われてしまう」

 へぇ〜、そうなんだ。魔物以外の生物って何? 人とか? それは嫌だなぁ。

「早く食べな。食べたら僕が長の所まで送ってあげるからさ」

 あら! ルーさん優しいじゃん。なんだかんだと言っても、面倒見は良いよね。

「妖精女王から話が来たからね。仕方ないさ」

 妖精女王なんているのか。全然知らなかった。ファンタジーだな。

「誰も知らないだろ? 妖精は気まぐれだし、絶対に人には姿を見せないからね」

「殿下、私も『精霊の眼』が無ければ妖精とは信じられませんでした。お伽話でしか知りません」

「じゃあ君はかなり叱られちゃうね」

「リリ、それは仕方ないさ」

 あらら、ただでさえ小さい妖精がより一層小さく見える。まあ、仕方ないよ。態とじゃないんだし。今はしっかり食べな。元気になって、しっかり怒られるといいよ。

「……ケフッ。美味かった! 有難う!」

 今、この妖精ゲップしたよな? 可愛いな。

「じゃあ、行くか」

「あ、精霊様! ちょっと待ってください!」

 なんだ? 妖精がヒラヒラと飛んできた。

「リリ、本当に有難う。ボクの命の恩人だ。何かお返ししたいんだけど、ボクは何もないから。だから、せめて今後森に異変があったらリリに伝えるよ」

「え? 本当? 助かるよ。ああ、ボクじゃなくてこの人に伝えてくれる? ボクはずっとここにいる訳じゃないからさ」

 そう言って近くにいたアルコースを引っ張った。アルコースはキョトンとしている。

「へっ? 殿下、俺ですか?」

「え? 誰だよ?」

「ボクと一緒にダンジョンにいたでしょ? この森のある領地を治めている人達なんだ」

「ああ、あの人間の街か?」

「そうだよ。ボクはこっちの街にはいないんだ」

「そうか、じゃあ仕方ないな。お前、名前は?」

 ──パシッ!

 あ、ルーが妖精を叩いた。羽でパシッとね。まるで手の様に使っている。

「イテッ!」

「お前、助けてもらって何偉そうにしてんだよ?」

「せ、精霊様、すみません」

「私はアルコースだ。宜しく頼むよ」

 アルコースが妖精に向かって手を出す。いや、握手は無理だろう。

「アルコースか。ボクはフィー。宜しくね」

 フィーがアルコースの指先を両手で摑むと、指に深い緑色の葉の模様が指輪の様に浮かび上がった。そして妖精はヒラヒラと飛び、アルコースの額に小さな手をポンッとついた。

 アルコースの額が一瞬小さく光った。

「おい、お前。良いのかよ。それじゃあ、妖精の加護を与える事になるぞ?」

「はい、精霊様。命を助けてもらったんです。これ位はしないと」

「そうか。じゃあしっかり加護しなよ」

「はい! 精霊様!」

 え……? 加護!?

 ルーが言うには、妖精の加護と言ってもそう大した事はないらしい。どこにいても、どれだけ離れていても念話を繫げられるそうだ。妖精が見たものをそのままイメージで伝える事もできるそうだ。まあ、いいじゃん。便利そうだ。

「僕の加護に比べたら、全然大した事ないさ」

 と、言ってルーは胸を張っていた。

「リリ、本当に有難う!」

 フィーはヒラヒラと飛んで俺の指先を摑んだ。アルコースと同じ模様が指輪の様に浮き出た。

「これでリリとも話せる」

「そうなの?」

 俺はマジマジと自分の指に浮き出た模様を見る。

「うん。また森に来たら会おうよ。待ってるからさ」

「うん、有難う」

「じゃあ、いいか? 行くぞ?」

「はい、精霊様」

「リリ、気をつけて戻るんだよ」

「うん、ルー有難う」

 ルーと妖精のフィーは光って消えた。

「人騒がせな妖精だ」

 アハハハ、ユキがおじさんみたいな事を言ってるよ。

「リリアス殿下、まだ夢を見ている様です」

 アルコースが、葉の模様の入った自分の指をしみじみと見ている。

 精霊、神獣ときて、今度は妖精か。次は何だろう。なんてな。ま、でもさ。

「森に異変があったら知らせてくれるそうだから、良かったんじゃない?」

「そうですね。うん。アウルースに何か言われそうだ」

「アウルにですか?」

「はい。リリ殿下と一緒だとか絶対に言いますよ? あの子は鋭いところがありますから」

 なるほど。うん、賢いからさ。きっと視点が凡人とは違うんだよ。

「アウルは賢いからね」

「そう思われますか?」

「うん。あの子はよく見ているし、よく考えている。ちゃんと理解している。偉いよ、怖くなるよ。ちゃんと大人になるまで、アルコース殿、アウルを守ってね」

「もちろんです。我が子ですから」

「そうだね」

 ダンジョンに入っていた隊員達が戻ってきた。

「殿下、既に魔物は少なくなってきている様です。元々できたばかりで強くありませんでしたし、後は毎日の巡回ついでに討伐する程度で大丈夫でしょう」

「アルコース殿、じゃあ帰りましょうか」

「はい、殿下。アウルが待ってますよ」

 ああ、そうだ。アウルが待っている。

「アハハハ、早く帰ろう!」

「よし! 皆ご苦労だった! 戻るぞ!」

 ──はッ!!

 帰りも森の中で出てくる魔物は討伐していく。あきらかに数が減っている。

 俺は相変わらずオクソールに乗せてもらっている。

「リリ、楽勝だったな」

「フレイ兄さま。そうでしたね」

「兄上、それはリリのナビゲートがあったからですよ。普通は罠の場所が分かったりしませんから」

 近衛師団と領主隊、アスラールが見えてきた。

「ご無事で!」

 アスラールが馬で駆け寄ってきた。

「殿下方、有難うございます! ご無事で何よりです!」

「ああ、アスラ。もう大丈夫だ。ドロップアイテムも沢山あるぞ。早く帰ろう」

「ええ、フレイ殿下!」

 そうか、この2人は学園時代から仲が良いんだったな。盟友だと言っていたか?

「シェフ、今日の夕食は何かなぁ?」

「今日は前庭で、皆でバーベキューをするそうですよッ! 討伐した時の恒例だそうですッ!」

「そうなんだ! 楽しみだね〜!」

「はい! 良い肉もドロップしましたしね!」

 そうなのか? もしかして熊さん? オーク? シェフ、抜け目ないな!

 さあ、早く帰ってアウルと遊ぼう!


「リリしゃま! リリしゃまッ! うぇーん! あぁーん!」

 邸に戻ると、アウルースが前庭にいて泣きながらトテトテと転がる様に走ってきた。

 ああ、危なっかしい!

「オク、はやく下ろして!」

 俺はオクソールに馬から下ろしてもらって、アウルースに駆け寄る。

「アウル! 危ないよ! 転けたら痛いよ?」

「リリしゃま! あぅッ! うぇッ! よかったれしゅ! いたいいたいありましぇんかッ!?

「アウル、大丈夫だよ。何ともないよ」

「リリ、お帰りなさい」

「母さま、ただいま戻りました!」

「無事で良かったわ」

 アウルースごと、母に抱きしめられた。

「うぇーん! あぁーん! よかったれしゅー!」

「あらあら、アウルは大泣きね」

「母さま、有難うございます」

「あら、何の事かしら? さあ、中に入りましょう」

 母がアウルースを抱き上げ、俺の背を撫でる。アウルースは母に抱きついてまだ泣いている。

 きっと母はアウルースの相手を、ずっとしていてくれたのだろう。

「リリ、そうなのよ」

 邸に入るとフィオンが出迎えてくれた。

「エイル様がずっとアウルに付き合って下さっていたわ。エイル様だって心配でしたでしょうに」

「フィオン姉さま、母さまはそう言う人です」

「そうね。有難いわ」

「フレイ、テュール、無事で良かったわ! 貴方達、リリアスの邪魔をしなかったでしょうね!?

 え!? 皇后様、そんな事全然ないから。

「母上、それは心外ですよ?」

「皇后様、俺達も役に立ちましたよ?」

「本当に? 夢中になって周りが見えなくなっているのではないかと、心配だったわ」

 あー、なかなか良い所をついている。流石、フレイの母親だ。

「ご無事で何よりです。殿下方、有難うございました」

 アラウィンが深々と頭を下げた。


 応接室で、皆が集まっている。アルコースはこれから詳細を報告するのだろう。妖精の件もあるしな。

「リリしゃま、なんれしゅか? ……ヒック……」

 アウルースはまだ泣きじゃくりながら、俺の手を離さない。いや、指を摑んで離さない。

「ん? アウル、何?」

「リリしゃまと、とうしゃま、なんれしゅか?」

 え!? 俺とアルコースは思わず互いに顔を見合わせた。

「アウル、何がだ? 父様に教えてくれないか?」

「わかりましぇん。リリしゃまと、とうしゃまなんれしゅか? なにしましたか?」

「アルコース、何があった?」

「兄上、実は……」

 アルコースが妖精の事を話した。ダンジョンコアに閉じ込められていた事から、助けて異変を知らせてくれる事になった事、そして加護を授かった事。

「それは……何と言うか、有難い事だが。何故、アウルは分かった?」

「リリしゃま、こりぇ……」

 アウルースが俺の指に浮き出た葉の模様を指した。

「アウルは凄いなぁ」

 俺はアウルースをナデナデする。本当にこの子は不思議な子だ。心配になるよ。

 さっきまで泣いていたのに、俺の指を握りながら、フィオンに抱かれてウトウトとしている。

「お昼寝してないから眠いのよ。リリにお昼寝は大事て言われたから、寝ようとしていたんだけど。心配で眠れなかったのでしょうね。ホッとして一気に眠くなったんじゃないかしら」

 フィオンがアウルースの背中をゆっくりとトントンする。小さい子特有の寝る時のお口をしている。ムニャムニャと。ぷぅ〜、と寝息が聞こえてきそうだ。

「寝かせてくるわね」

 フィオンが席を立とうとするが……。

「姉さま、アウルが指を握っていて」

「まあ、アウルったら」

 アウルースが俺の指を離さない。

「リリ、ここはもう良いから、リリも一緒に休んできなさい」

「フレイ兄さま。すみません」

「いや、リリもまだ子供なんだ。今日は助かった」

「そうだよ。リリ、お疲れ様」

 フレイもテュールも有難う。



 俺はアウルースと一緒に、いつの間にか寝ていた。

 夢を見た……気がする。これは前世の母か? 泣いている。何故だ?

 場面が変わった……ああ、妻と息子達だ。姉もいる。やはり、泣いている。泣かないでくれ。

 俺は元気でやってるよ。もう会えないけど、忘れない。どうか、幸せでいてくれ。

 また場面が変わった……これは今の世界だ。今よりも若い父と母。大人になりきれていない兄達。

 俺は皆に囲まれて幸せだった。

 また変わった。アウルースだ……産まれた時か? 俺はアウルースが産まれる時に、フィオンが呼んでいると知らせをもらって出産に立ち会ってしまった。少ししかいられなかったけど、産まれたばかりのアウルースを覚えている。そうだ、あの時も俺の指を握って離さなかった。

 赤ちゃんのアウルース。ジッと俺を見ていた。ニコッと笑いながらずっと俺の指を握っていた。

 そして……また場面が変わった。多分初代皇帝。前世の俺と同じ歳位だろうか? 最後の時の様だ。まだ早いだろう。若すぎる。『帰りたかった……だが、幸せだった』そんな皇帝の意識が流れてくる。白い光が初代皇帝の身体を包み込む……。

「……しゃま……リリしゃま……?」

「ん……アウル」

「リリしゃま、いっちょにねてましたか?」

「うん、寝てた。アハハ、アウルと一緒に寝ちゃったよ」

「エヘヘへ」

 夢を見ていたよな……? なんだったか……覚えてないや。

 アウルースがモゾモゾと動いてくっついてくる。まだ赤ちゃんっぽさを残した体温と匂い。温かい。

 俺もアウルースを抱き寄せる。

「エヘヘ、リリしゃま。おかえりなしゃい」

「アウル、ただいま。お腹すいたね」

「あい」

「あら、起きてたの?」

 フィオンが入ってきた。

「姉さま、寝てしまいました」

「フフフ、2人共よく寝ていたわ。兄弟みたいね」

「かあしゃま、リリしゃまと、ぼくれしゅか?」

「ええ、そうね。仲良しね」

「あい。かあしゃま」

「さあ、夕食にしましょう」

 その日の夕食は外でバーベキューだった。もう既に前庭は宴会の様だった。領主隊、騎士団、近衛師団が集まっている。辺境伯一家も兄達もアースとレイ、ラルクもいる。もちろん、オクソールとリュカ、ニルとユキもだ。

 串にさした肉が焼かれ、シチューも用意されシーフードや肉のカツもある。

 ワインが樽ごと出されて開けられている。

「ひょぉ〜! しゅごいれしゅ!」

「アウル、凄いねー! 何から食べようか?」

「リリさま! おかえりなさい!」

「アーシャ、ただいま! もう食べてるの?」

「はい! おいしいです!」

「リリ殿下!」

「リリアス殿下!」

「アース、レイ、ラルク!」

「リリアス殿下、ご無事で良かったです」

「ラルク、有難う。皆、食べてる?」

「はい!」

「リリ殿下、肉うまいよ!」

 アースは片手に、串に刺した大きな肉を持っている。

「殿下、ご無事で」

「うん。ニル、有難う」

「リリ、美味いぞ」

 ニルにはいつも心配かけるな。ユキさんもうガッツリ食べてるね。

「アウル、ボク達も食べよう!」

「あい!」

 アウルースやフィオンや皆と一緒に、簡易に用意されたテーブルセットに座る。

「リリアス殿下、アウル様、さあ、沢山食べて下さいッ!」

 シェフが皿に色々盛って持ってきてくれた。美味しそうだ。

「シェフ、有難う! 疲れてない?」

「なんのッ! 楽勝でしたからねッ!」

「アハハハ、そうだね」

「リリアス殿下、此度もまた殿下に助けて頂きました。有難うございます」

「アラ殿、ボクだけではありません。皆の力です。領主隊の皆さんは強いです!」

「有難うございます!」

 ──殿下!

 ──リリアス殿下!

 ──お疲れ様ですー!

 アハハハ、皆もうお酒が入ってるよ。

「有難う! みんな! お疲れさまー!」

 ──おぉー!!

「リリしゃま! ウマウマれしゅ、おいしいれしゅよ!」

 ふと横を見ると、アウルが焼かれた肉にかぶりついていた。リスみたいにほっぺが膨らんでいる。

 アウルースや皆と一緒に沢山食べた。幸せだね。うん、俺は幸せだ。