
「……んん〜……」
「殿下、お目覚めですか?」
「あ、ニル。ボク寝てた?」
目が覚めたらベッドだった。久しぶりだな、これ。
俺はよっこいしょとベッドを下りてソファーに座る。
「はい。久々にオクソール様が」
「ああ、疲れちゃって。りんごジュースちょうだい」
「はい。珍しいですね。そんなにお疲れになるのは」
「うん。初めて海に潜ったんだ!」
「海にですか!? 殿下は泳げましたか!?」
りんごジュースを置きながらニルが聞いてきた。
「泳げる訳ないじゃん。オクに連れてってもらったの。良い経験になったよ」
「そうですか。何事もなくて良かったです。ああ、殿下。アウル様がお待ちかねですよ」
「アハハハ、アウルが?」
「はい。オクソール様に抱かれて戻ってらしたので、殿下が倒れられたのだと勘違いされて」
「あらら……」
俺は疲れて寝ているだけだと、クーファルやオクソールが説明したそうだ。だがアウルースは、そんなになるまで何をさせたんだ! と、怒ったらしい。あの子はまだ2歳なのに賢い子だ。
クーファルは辺境伯にブルーホールの説明をしてくれていた。夕食にニルズが捕りたての魚を持ってきてくれるそうだ。夕食を食べたらクーファルは城に戻る。
いや、クーファルはマジで残ってほしい。頼りになる兄だ。
「リリしゃま! リリしゃまッ!!」
アウルースがトコトコと走ってくる。
「アウル、ごめんね。心配かけちゃった」
俺はアウルースの待つ応接室に来ている。
「リリしゃま、へいきれしゅか!? いたいいたいないれしゅか!! おねちゅないれしゅか!?」
アウルースが心配そうに、俺の身体のあちこちを小さな手でペタペタと触る。
俺はソファーに座り、アウルースを自分の横に座らせる。
「アハハ、アウル大丈夫だよ。寝ていただけだから」
「リリしゃま、よかったれしゅ」
「あー! もう! アウルはなんて良い子なんだ! 有難う!」
「キャハハハ! リリしゃま!」
俺は、アウルースを抱きしめる。身体全部がぷよぷよだ!
「フィオンの息子は、リリが大好きらしいね。私はさっきアウルに叱られたよ」
「リリには何かあるのでしょうか?」
「ん? フィオン、どうした?」
「本当に、こんなにリリに懐くとは思わなかったのです。仲良くなるだろうとは思ってましたが」
「そうだね。もしかしたら、何かあるのかもしれない。でもリリが好かれるのは、子供に限った事じゃないだろう?」
「そうですわね」
「ああ。王国でもそうだったよ。リリを崇拝する者もいた程だよ」
「兄上、その話を聞いた時は心臓が止まるかと思ったのを覚えてますわ。リリを狙っている王国にわざわざ連れて行くなんて無謀な事を! 無事だったから良かったものの……本当に父上は何を考えておられるのかしら!」
あーあ、クーファル。駄目だよ、王国に行った事を言ったらさ。知らないぞ、俺は。
「リリしゃま、うみにいったれしゅか?」
アウルースが俺の横にちょこんと座っていて、まだ足が下につかない。
「そうだよ。オクに摑まって潜ったんだ」
「もぐりゅ?」
「そう。海の中にブクブクって」
「えぇぇッ!! リリしゃま、へいきれしゅか!?」
「アハハ、大丈夫。オクは凄いからね」
「おぉーッ!! オキュはしゅごい!」
「そう。オクは凄いんだ」
「クーファル兄上」
俺とアウルースの話を聞いていたフィオンの雲行きがまた怪しくなってきた。
「ん? 何かな? フィオン」
「リリは海に潜ったのですか? リリは泳げませんよね?」
「あ……いや。大丈夫、オクソールと一緒だから。ね、フィオン」
「兄上! もう、リリに危険な事はさせないで下さい!」
それからクーファルはフィオンとアウルースに責められまくった。
嬉しいね。そんなに俺の事を思ってくれて。フィオン親子は本当に有難い。
「リリ、兄様はもう疲れたよ。こんなに親子で責められるとはね」
「クーファル兄さま、すみません。アウルはさすがフィオン姉さまの子ですね」
「ああ、まったくだ。そっくりだな」
それから、ニルズが持ってきてくれた魚介類をたらふく食べて、クーファルとソールは城へ帰って行った。クーファル、本当に助かったよ。有難う。

「リリアス殿下、今日は昼から裏山の果樹園に行きませんか?」
「アスラ殿、山ですか?」
翌日、朝食を食べているとアスラールが誘ってくれた。
「ええ。以前リリアス殿下が栗と松茸を見つけられた山です。今の季節は苺がなっていますよ」
「おぉー、苺ですか!? アスラ殿。また連れて行ってもらえますか?」
「ええ! もちろんです!」
「れしゅ! ぼくもれしゅ!」
「あー、アスラ殿。どうしましょう?」
「ああ、父親に面倒見てもらいましょう」
「じゃあ、アーシャも行きましょう!」
「え? アーシャもですか?」
「もちろんです! アウルだけなんて不公平は駄目です。アーシャも父親のアスラ殿が見て下さい」
「アーシャも! いっしょれしゅか!?」
「そうだよ、アーシャも一緒に行こう」
「あい!」
そうして、俺とアウルースはオクソールの馬に、レイはリュカに、アースはシェフに、ラルクはアスラールの側近セインに、アンシャーリはアスラールに、其々の馬に乗って出発する事になった。
なんだか、子供が多いな。保護者同伴の遠足みたいだ。
俺の前にちょこんと乗って、アウルースは空を見上げる。
「リリしゃま、おしょらきれいれしゅ」
俺は後ろからアウルースの身体に手を回して支えている。のんびりと馬は進む。
「ピカピカれしゅ。リリしゃまといっしょれしゅ」
「ピカピカ? お空がなの?」
「あい。おしょらも、おやまもれしゅ」
「ピカピカ?」
「あい。リリしゃまもピカピカ」
「ボクもなの?」
「あい! ピカピカれしゅ!」
アウルースにはどう見えているのかなぁ? ん〜、分からん。とにかくアウルースはご機嫌だ。
「ククク……リリアス殿下でも分からない事があるのですね」
アウルースと俺を後ろから器用に支えながら馬を進めるオクソールが言った。
「オク、当たり前じゃない。分からない事だらけだよ」
「だりゃけ?」
「うん。アウルはクー兄さま覚えてる?」
「あい。リリしゃまのにいしゃまれしゅ」
「そう。クー兄さまはね、凄いんだ。何でも知ってるんだ」
「ひょぉ〜! なんれもれしゅか!」
「そう。なんでもだ。凄いでしょ?」
「あい! しゅごいれしゅ!」
裏山に向かう途中にも果樹園があり、領民がチラホラと作業していた。
──あ、リリアス殿下よ!
──大きくなられた!
──一緒に乗っておられるのはアウルース様じゃない?
──次期様もいらっしゃるぞ!
──アスラール様!
──リリアス殿下!
と、声を掛けてくれる。5年前に来た時にもそうだった。
「リリ殿下って、スゲーんだな」
アースが何か言ってる。まあ、スルーだ。
果樹園を過ぎて山に入る。日当たりの良いところに、立派な苺が沢山なっている。
「アウル、見て! 苺が沢山だ!」
「いちご!!」
「アウル、苺好き?」
「らいしゅきれしゅ!」
「一緒に沢山摘もうね!」
「あい!」
馬を下りる。さあ、苺狩りだ! 辺境伯邸の裏山の果樹園の一角に苺が栽培されている。この地は気候が良いから果物でも作物でも良く育つ。
深い緑の中に、宝石の様に真っ赤な苺が沢山なっていた。
どの苺も一つ一つが大きくて、艶々としている。美味しそうだ。
「リリアス殿下、見事ですね!」
「シェフ、そうだね! 凄いや!」
シェフが俺の横で赤く色づいた苺を見て感心している。
「これは苺のケーキを作らなければッ!」
「アハハハ、シェフ楽しみだ!」
「シェフ、ケーキ!?」
「はい、アウル様。苺のケーキは好きですか?」
「らいしゅき!」
「それは、張り切って作らなければなりませんねッ!」
「ひゃぁ〜! ケーキ!」
「アウル、良かったな!」
「あい! とうしゃま!」
「アース、アーシャを頼むよ」
「リリ殿下、了解だ! アーシャ、苺だ! 苺ケーキだ!」
「アースさま、ケーキはまだです」
これじゃあ遠足だ……まあ、いいけど。これはこれで楽しい。
みんな小さなカゴをもらって、苺を摘む。真っ赤に大きく実った苺。1個ずつ、指で摘む。
苺狩りかぁ。前世で息子が保育園の時に行ったなぁ。懐かしいな。
「シェフ、食べてもいい?」
「殿下、少しなら良いのじゃないですか?」
「やった!」
特に赤くなっている実を選んで食べてみる。つややかに光る粒にかぶりつくと、口の中に甘酸っぱさが広がる。
「んん〜! 甘〜い!」
「あぁー! リリしゃまたべた! とうしゃま! ぼくもいい!?」
「ああ、アウル、少しだけな」
「あい!」
アウルースが小さい指で、真っ赤な苺を摘む。大きな口を開けてパクッと食べた。
「んん〜!! おいしい! あまいれしゅ!」
「アハハハ、アウル良かったな!」
「あい!」
いいなぁ〜!
「殿下、どうされました?」
「オク、こんな環境で育つのも良いなぁ、て思ったんだ。親子の距離が近いのは良い事だね」
「殿下」
「ああ、勘違いしないで。ボクは今の両親で幸せだよ」
「殿下、そうですか。良かったです」
「うん。オクもリュカもいて幸せだよ。あ! アウル! お口の周りが真っ赤だ!」
「ふぇッ!」
アウルースは、見つかった!! とばかりに両手で口を隠す。まだエクボのある手の甲にまで、苺の赤い果汁が付いている。
「こら、アウル。どんだけ食べたんだ!?」
「エヘヘへ~」
「あの笑い方、殿下そっくりですね」
「え? リュカそう?」
「はい……ん! 甘い!」
リュカが苺をパクッと一口で食べた。
「ねー、めちゃ美味しい!」
「やだ! アースさま! たべてばっかり!」
アースが両手に苺を持って頰張っていた。
「アース、お前何してんだよ!」
「レイ、食べてみなって! 超甘いぞ!」
「アハハハ! アース幾つ食べたんだよ!」
「リリ殿下、めちゃうま!」
「あんまり食べてしまったら苺ケーキ作れませんよーッ!」
お、シェフの鶴の一声だ。
「それは駄目だ。ちゃんとしよ」
ブハハハ! アースは本当に単純だ。アンシャーリはしっかりしているから、どっちが子供か分からんぞ。いや、どっちも子供じゃないか。
「殿下、ケーキ以外に何かありませんか?」
シェフが俺の隣で苺を摘みながら聞いてきた。
「シェフ、ケーキ以外かぁ……ボクは苺のショートケーキも良いけど、ミルフィーユが好きだなぁ。んー、後は苺ジャム位しか思いつかないなぁ」
「なるほど、ミルフィーユにジャムですか。いいですね」
「苺ジャムはパンにぬって食べたら美味しいよねー」
「帝都ではなかなか手に入りませんからね」
「ねー。苺自体がそんなにないもんね」
「そうなんですか? じゃあ、沢山持って帰って下さい」
「え!? アスラ殿、いいんですか!?」
「ええ、もちろんです!」
周りの景色をボーっと見る。以前とは色が違うんだなぁ。季節の色だ。王都だと春なのだけど、ここはもっと南に当たるから王都よりずっと暖かい。もう初夏だ。
果樹園の木々も、陽を沢山浴びて、元気な緑色をしている。葉っぱが艶々として、輝いて見える。
「殿下、お疲れですか?」
「アスラ殿。いえ、以前来た時は秋でしたか。景色が全然違いますね」
「あの時は殿下に山の恵みを教えて頂いて」
「そうでしたね」
苺狩りをして、シェフが持ってきた軽食で食事を済ませた。アウルースはアルコースに抱っこされておネムだ。俺は少し山に入って景色を見ていた。これからグッと植物が育つ季節だ。
「あれ? アスラ殿、あれは……竹ですか?」
山の少し入ったところに、竹の様な木が見える。
「ええ。あそこにだけあるんですよ。初代皇帝が植えたらしいのですが」
「なるほど……少し行ってみても?」
「ええ、構いませんよ」
まだあるのか? もうこの辺りは初夏だろ? でも竹だろ? もうこの流れだと絶対あるだろ?
「やっぱりだ! アスラ殿、何か掘る物はありませんか?」
「ちょっと待って下さい」
アスラールが、戻って行く。暫くして
「殿下、どこを掘りますか!?」
もう、アスラールも何かあると分かっているな。慣れたもんだ。
「あそこ! ほら! 芽が出てます!」
俺はそこを少し手で掘り返す。
「これは……!? とにかく掘りますね!」
「土の中の方が大きいので、気をつけて下さい」
「ええ!」
アスラールの側近のセインも鍬を持ってやってきた。
「リリアス殿下、どの様な物ですか!?」
「これ、こんな感じで少しだけ頭が出てるんです! こう足を滑らせていくと分かり易いです!」
「了解です!」
シェフもやってきた。
「殿下ッ! 私もッ!」
「アハハハ。シェフ、こんな小さな芽が出てるから気をつけて見て」
「殿下、これはどうしたら良いのですか?」
アスラールがどう採れば良いのか聞いてきた。
「アスラ殿、その根元のところで鍬をザクッと入れて」
「こうですか?」
「そうそう。立派な筍だ!」
「リリアス殿下、筍と言うのですか?」
「うん! コレ、掘りたてだからこのまま焼いてみますか?」
「え!? このまま焼くんですか!?」
「うん。掘りたてだからアクもないし。ちょっと食べてみたくないですか? 掘りたてはこのまま生でも食べられるんですよ。でも、今日はこのまま焼きましょう」
「殿下、さつまいもみたいな感じで?」
「シェフ、そうそう。このまま焚き火の炭の中に入れて焼いてみよう」
俺はりんごジュースを片手に、筍が焼けるのを待っている。しゃがみ込んでじぃ〜と焼いている筍を見ている。
「ねえシェフ、まだ?」
「もうそろそろ良いでしょう」
シェフが筍を焚き火から出して皮をむく。フワリといい匂いがする。
「シェフ、ソイないよね?」
「殿下、ありますよ。かけますか?」
「うん! スライスして、ソイを少し垂らして」
「了解です」
ふぉ……なんて贅沢なんだ! さっき掘ったばかりの筍だ。こんなの前世ではめったに食べられないぞ。シェフがマジックバッグからソイを出して、少し垂らしてくれる。
「殿下、どうぞ」
「シェフ、有難う! いただきます! ハフッハフッ……美味しい。旬だね。なんか優しい味だよ」
「殿下、これは他に食べ方は?」
「あのね、ソイと出汁で煮るの。炊き込みご飯もいいなぁ。でもね、掘ってから時間がたったらアク抜きしないと駄目なんだ。エグミが出るからね」
「なるほど、なるほど」
「あー、これは酒が欲しいですね」
「えー、アスラ殿。そお?」
「アハハハ、何でも酒が欲しくなるんですけどね」
「おとうさま、あたしも!」
「アーシャ、食べられるか?」
アンシャーリがアスラールに小さなものをもらっている。子供はどうだろう?
「あ、うまッ!」
リュカ、いつの間に。
「意外とホクホクしてますね。美味い」
オクソールまで食べてたよ。この2人は、いつもいつの間にかしっかり食べている。
「ね、美味しいね。掘りたてだからできる事だね」
「ん〜、大人の味だ」
「アースはまだお子ちゃまだからな」
「コレは……私は好きです。美味しい!」
アースとレイにラルクまで!
「あれ? もしかしてみんな来ちゃった?」
「いえ、アルコースが残っていますよ。アウルがまだ寝てますから」
「あらら、アルコース殿かわいそう」
「びぇーーッ!! いないぃーーッ!!」
「あ、アウルが起きた」
「殿下、起きましたね」
アスラールが食べながらアルコースの方を見ている。
アルコースがアウルースを抱っこしてやってきた。
「殿下! すみません! 起きました!」
すみません、起きましたって何だよ! 言葉が変じゃないか? 起きてもいいよ。全然いいよ。
「アハハハ! アウル! どうしたの!?」
「リリしゃま! リリしゃまッ! いないかりゃぁッ! ひっく」
「アハハハ! アウルいるよ! おいでー!」
アルコースに下ろしてもらって、トテトテと小走りでやってくる。
「リリしゃまッ!」
「どうしたの? ボクはいるよ?」
「あい。あい、リリしゃま! ぼくねむねむちてました!?」
「うん。よく寝てたよ」
「ああーッ! しぇっかくぅーッ! しぇっかくリリしゃまといっしょに、おれかけなのにぃ!」
小さな身体で、項垂れている。まぁるい背中から残念な気持ちが伝わってくる。
「アウル、良いんだ。まだアウルはお昼寝が大事だよ。よく寝て、おっきくなるんだ」
「らいじ? リリしゃまもねむねむれしたか?」
「うん。ボクもよくオクに抱っこされて寝てたよ」
「オクれしゅか!?」
「うん。まだアウルは2歳だ。まだまだお昼寝は大事」
「あい」
「殿下、コレ美味いですね!」
いつの間にか、アルコースが筍を食べていた。
「良かった。アルコース殿だけ食べられないかと思った」
「リリでんかは、もうたべたの?」
アンシャーリがつんつんと俺の服を引っ張って聞いてきた。
「うん。アーシャ。食べたよ。アーシャは食べた?」
「はい! おいしいです」
「そうか。良かった。アーシャもいい子だね」
俺はアンシャーリの頭をナデナデした。女の子は可愛いね〜。なんせ周りは男ばっかだからなぁ。前世も息子2人だったし。女の子って身体がもう違うんだ。男の子よりずっと柔らかい。力加減を間違えると壊れてしまいそうだ。
「リリでんかは、アーシャすきですか?」
「うん。好きだよ。アーシャもアウルも大好きだ!」
「アーシャもリリでんかすき!」
「ぼくも! ぼくはらいしゅき!」
両側からアンシャーリとアウルースが抱きついてきた。天使2人に抱きしめられてしまった!
「リリ殿下、モテてますね」
「ラルク、めちゃ嬉しいね」
「アハハハ! リリ殿下、豊かな領地ですね。私は辺境伯領のイメージが変わりました」
「でしょ? とても豊かな領地なんだ。資源も食べ物も」
「はい。これで魔物がいなければ……」
「ラルク、ボクもそう思っていた」
「違うのですか?」
「5歳の時に辺境伯に言われたんだ。魔物は確かに危険だ。でも、恵みももたらしてくれるってね。毎日食べている卵、料理に使われているミルクにチーズ。魔物の肉。それに魔石もだ」
「なるほど。確かに」
「ボクはこの領地が大好きだよ」
「はい、良い所です。来て良かったです」
「そう? それは良かった」
「リリしゃま! かえるれしゅよー!」
「はーい! アウル!」
さあ、邸に帰ろう。帰りはアウルースはアルコースの馬だ。疲れたのだろう。さっきも少ししか寝ていないから、アウルースはコックリコックリしている。父親の腕の中で安心しているのだろう。
アスラールの腕の中では、アンシャーリがウトウトしている。
この子達が大人になる頃はどうなっているだろう? このまま平和が続けば良いな。心からそう願うよ。そんな事を考えていた。
「殿下、どうされました?」
「ん? オク。この平和を守らなきゃね」
「はい、殿下」
結局アウルースとアンシャーリは、馬に乗りながら眠ってしまった。
その日の夕食だ。
「さあさあ、お食事に致しましょうッ!」
皆で食堂に入る。すぐ後から辺境伯達や母達が入ってきた。勢揃いだ。
アウルースとアーシャが子供用の椅子に座らせてもらっている。首元に食べこぼしの汚れ防止の為のナプキンをかけてもらっている。
順に夕食が出てくる。今日はクリームシチューだ。
「フフフフ……」
「リリ、どうしたの?」
「母さま、アウルとアーシャを見ていると懐かしいです」
「ああ、そうね。リリもああして食べていたわね」
「はい、母さま」
「リリアスはお口を拭きなさいと言っても、どうせ汚れるから最後に拭きますと言うのよ」
「えー、ボクは皇后様にもそんな事を言ってましたか?」
俺って皇后様になんて生意気な事を言ってんだよ!
「ええ。でも私はリリアスの、可愛らしいお顔が汚れるのが気になってしまって」
「フフフフ、皇后様。そうでしたわね」
「ええ、エイル。ついつい手を出してしまって、よくクーファルに叱られたわ」
「え? クーファル兄さまですか?」
「そうよ。リリアスが自分でしようとする気持ちより先に手を出したら駄目だと言ってね。あの子はリリアスを、育てているつもりだったのかしら?」
「フフフフ、クーファル殿下はリリにベッタリでしたわね」
「あら、エイル。クーファルだけじゃないわ。兄弟みんなよ」
「そうでしたわ。フフフフ」
ん〜、俺が覚えてない事を言われるとな、ちょっと恥ずかしい。
「シェフ、いただきます! あ、エビのクリームコロッケもある! こっちはフライ?」
「はい、リリアス殿下。今日のお昼にニルズが捕りたてのエビとホタテを持ってきてくれたのです!」
「おー! 美味しそう」
「ええ、美味しいですよ!」
「シェフ! シェフ! こりぇ! しゅっごくおいしー!」
あーあ、アウルースのお口の周りがベトベトだ。
「アハハハ、アウル様。有難うございます」
「アウル、お口の周りがベトベトだよ」
「リリしゃま、いいんれしゅ。あとれふきましゅ」
「アウル、だめよ。ちゃんとふかなきゃ!」
「アーシャ、いいの」
「だめよ、おぎょうぎわるいわ」
「あい……」
「アハハハ! 皇后様、母さま、アーシャはまるでフィオン姉さまですね!」
「シェフ、このコロッケは絶品だな!」
「フレイ殿下、有難うございます!」
「あい! じぇっぴん!」
「アハハハ、アウル。絶品だね」
「あい! リリしゃま!」
「リリ、幸せね」
「はい、母さま」
「皇后様、フレイ兄さま。本当に」
辺境伯夫人のアリンナ様がしみじみと言う。
「5年前、リリアス殿下やクーファル殿下、フィオンが来て下さったから、この日々があります。皆様のお陰ですわ」
「お義母様、それだけではありませんわ。お義母様やこの家の皆が耐えたからです」
ああ。フィオンの言う通りだ。
俺達が来たからだけではない。俺達はきっかけにすぎない。この辺境伯家皆が耐えたからだ。辺境伯夫人は傷付いても耐えようとした。
「クーファル兄さまがずっと前に……ボクが泣いていた時に言ってくれた事があります。同じ状態が続くと先が見えなくなって不安になる。だけど、良い事も悪い事も同じ状態がずっと続く訳がない。必ず変化する時は来る。先には未来しかないんだ。人は未来を選べるんだと。ボクもそう思います。誰が言ったのかは忘れましたが、『明けない夜はない』んです」
前世、日本人だった時に聞いた。何かの歌詞だったか、アニメだったか? ベタすぎてなんとも思わず聞き流していた言葉だ。
だが、この世界では違う。理不尽でどうしようもない事の多いこの世界ではな。
この世界で、こんな平和で穏やかな日々を過ごせるとは思わなかった。俺、幸せだよ。
こんなに和やかに食事できるなんて。3歳の頃、泣いていた俺には想像もできない事だ。

翌日朝食の後に俺は、リュカと一緒に邸の調薬室に向かっている。5年前はレピオスと一緒だった。ケイアが仕切っていて、皆身動きができなくてピリピリしていた。雰囲気が最悪だったよ。
ケイアの事が解決して、城に帰る前に新しい薬師の登用試験をして、アイシャとレイリを採用した。あの時既にレイリはアイシャの事が好きだったんだ。誰の目から見ても明らかな程に。
2人はやっと婚姻したらしい。しかも、アイシャから告白したとアスラールは言っていた。
みんな、上手くやってるかな? 楽しみだ。
「リリアス殿下! ご無沙汰しております!」
「あ、あ、アイシャ!」
「殿下、よくお越し下さいました」
「レイリ……! おめでとう!」
「ハハハッ、恥ずかしいですね。有難うございます」
ビックリした。アイシャのお腹が大きかったんだ。もう臨月じゃないか? て、くらいにだ!
「アイシャ、いいの? お仕事していて」
「はい、殿下! 平気です! 動く方が良いんですよ」
「殿下、少し言ってやって下さい。私の言う事なんて、何も聞いてくれないんですよ」
「レイリ、煩いわよ」
「アイシャ、そんな言い方しては駄目だよ。レイリだって心配なんだよ。で、いつ産まれるの?」
「もう、いつでも!」
「はぁッ!?」
「殿下、ですからもう臨月なんですよ」
「レイリ、本当に!?」
「はい。なのに、仕事するわ、徹夜するわで」
「アイシャ、それは駄目だ」
本当に出産を何だと思っているんだ? あれ程医学が進んだ前世でさえ、命に関わる事なんだぞ。
「とにかく、アイシャ。座って」
5年前に見た顔が並んでいる。うん。以前と空気感が全然違うな。
「どう? みんな上手くやってる?」
「はい。アイシャ様とレイリ様の指導で、皆ハイポーションを作れる様になりました!」
それは頑張ったな。そうか、色々やってるんだな。
「もちろん、領主隊への納品は遅れた事などありませんよ」
うん、うん。そんな当たり前の事が以前はできていなかったからね。
それから俺は皆の色んな話を聞きながらお茶をした。平和になったものだ。
あの頃はこんな時間が訪れるとは思わなかった。皆も同じだろう。
「殿下、ケイアさんはどうしてますか?」
薬師の1人が
「ああ。帝都の専門の施設で治療を受けているよ。かなり落ち着いたらしい」
「そうですか」
皆、ケイアには苦しめられたからな。やはり良い感情は抱いてないだろう。
「ケイアさんも、幸せになって欲しいと今は思えます。あの頃はそんな余裕はありませんでしたが」
「そう。有難う」
「殿下が、有難うと仰る必要はありません。私達の方が殿下にお礼を言わないと」
「殿下、皆色々考えた様です」
「レイリ、そうなんだ」
薬師達は本当にあれから色々葛藤したみたいだ。
辺境伯が何もしないからと、自分達も何もしようとしなかった。
もしもあの時、誰かがケイアに声を掛けていたら。もしもあの時、皆で話し合っていたら。
辺境伯夫人が犠牲になってしまった事も防げたのではないかと。それに、どうせケイアが握り潰すからと、自分達のスキルアップも努力しなかったと。何もかもに無関心になっていたんだ。
今はそれだけ皆の気持ちに、余裕ができたと言う事だ。良い事だ。
人は自分に余裕がないと、他人の事まで考えられない。思いやりを持つ事なんて難しい。
「皆、色々思う事はあるだろうけど。そうだね……あの時、父さまとクーファル兄さまが言っていた。何もしない事も罪だと。だからと言って、皆が罪悪感を持つ必要はないよ。二度と同じ事を繰り返さない事だ。考えて、また考えて、皆で意見し合って最良の答えを導き出して欲しい。皆はこの地の要の1つだ。命を預かっている。責任は重いよ。でも、それだけ必要な人達だと言う事を忘れないで。未来は選べるんだ。皆で最良の未来を選んで摑み取ってほしいな」
「はい、殿下。有難うございます」
レイリがそう言って頭を下げると、皆も同じ様に頭を下げた。自分達が苦しい思いをしていたのに、相手を思いやる事はそうできる事じゃない。皆、優しいし強い。いや、強くなったのかな?
「リリしゃま!」
俺が調薬室から戻ると、アウルースがアルコースと一緒に待っていた。
「アウル、どうしたの?」
「リリしゃま、ろこいったれしゅか!?」
「調薬室にね。薬師達に会ってたんだ」
「ち、ちょう……?」
ん〜、分からないか。
「アウルがお熱を出したりすると、薬湯を飲むでしょ?」
「あい。にがいのきりゃいれしゅ」
「アハハハ、そうだね。あの薬湯を作っている人達に会ってたんだ」
「んんー……」
ん? 分からないか? どうした? アウルースが何かを考えている。
まだちびっ子なのに、眉毛を下げて、じっと俺を見ている。
「リリしゃまは、いっぱいしってましゅ」
「ああ、そうかもね」
「アウル、リリアス殿下は沢山の人達を救ってくださったんだ」
いや、アルコース。それは違う。
「アルコース殿、それは違います。この地の人達の努力ですよ」
「んー、ぼくないないれしゅ!」
「え? アウル、どうしたの?」
「じぇんじぇんらめらめれしゅ! もっとおおききゅなって、ぼくもリリしゃまみたいに、ピカピカになりたいれしゅ!」
驚いた……! この子は本当に只者じゃあないぞ。思わずアルコースと見合ってしまった。
「リリアス殿下、驚きました。私はこの子の父親なのに、分かっていなかった」
ああ。このまま真っ直ぐに育って欲しい。素直に笑って、泣いて、喜べて。
素直に自分が未熟な事を認識できる。それは素晴らしい事だ。大人になるに連れて、いらないプライドや見栄等が邪魔をしたりする。そんな事のない様に。真っ直ぐに育って欲しい。