「アウリュれしゅッ!」

「私は君の母上とリリの兄様だよ。クー兄様だ」

「クーにいしゃま!」

「そうだ。宜しくね」

「あい!」

「アハハハ、可愛いなぁ」

「クーファル兄さま、懐かしいですね。クー兄さま」

「ああ、リリも小さい時はクーファルと言えなくて、クー兄様と呼んでいたからね」

「クーファルでんか?」

「ああ。君はアスラールの子かな?」

「はい! アンシャーリです!」

「そうか、お利口だね。なんだ、ここには天使が2人もいるのか?」

「兄さま、可愛いでしょう?」

「ああ、リリの小さい時を思い出すよ。リリ、ブルーホールを見に行けないかな?」

「クーファル兄さま、直ぐには……」

「殿下、直ぐにニルズに伝えますから大丈夫ですよ」

「アスラ殿! 有難うございます!」


「よお! クーファル殿下! 来たか!」

 俺達はまた港に来ている。ニルズがまた船を出してくれるそうだ。何度も悪いね、ニルズ。

「ニルズ、また世話になるね。無理言ってすまない」

「いいって事よ!」

「兄さま、おっちゃんの息子さんでニディです」

「ク、クーファル殿下! 初めまして、ニディです!」

「ああ、君が潜ったのかな?」

「はい!」

「詳しく聞かせて欲しいな」

 船がブルーホールに着くまで、クーファルはニディを質問攻めにしていた。

「なるほど、じゃあ鍾乳洞かどうかは確認できていないんだな。ニディ、私も潜ってみたいのだが」

「「えぇっ!?」」

 思わず俺も驚いて声を上げたよ。

「クーファル殿下、泳ぎは平気ですか?」

「ああ、大丈夫だ」

 なんだよ! クーファルだけズルいじゃん! 俺だって潜りたい!

「兄さま! ボクも!」

 思わず元気よく手を上げてしまった。

「リリは泳げたか?」

「いいえ、泳いだ事ないです。湖に落ちてからは、水場には近寄らせてもらえなかったですから」

「そうだよね。オクソールは泳げたかな?」

「はい、獣人なので得意ではありませんが、泳げます」

「クーファル殿下! リリ殿下が行くなら俺も行きます! 得意ではありませんが泳げます。あの湖の底まで潜れます!」

 あの湖とは、俺が3歳の時に落ちた湖の事だ。リュカのいた村からは近い。

「そうか。んー、リリはでも……」

「兄さま、何ですか?」

「泳げないだろう?」

 そうだ。俺、泳げないんだった。今更、ガビーン! だ。

「殿下、私が抱えて潜りましょうか?」

「オクソール、できるのか?」

「はい。リリアス殿下お1人位なら」

「俺も! 俺も側で補助します!」

「んー、ニディどう思う?」

「え!? クーファル殿下、俺ですか!?

「ああ、だって実際に潜ったのはニディだけなんだろう?」

「え!? お、親父! どうしよう!?

「お前が思う事を言えば良いんだ。この方達はそう言う方だ。変に構えなくていい」

「じ、じゃあ……あの……深さはありますが、海流がある訳ではないんです。むしろ、ありません。ですから、補助さえしっかりすれば大丈夫だと思います」

「そうか、流れがないのか。それはまた、どうしてだ? リリ」

「兄さま、ブルーホールですから。そこだけ落ち込んで深くなっているので、底に行けば行く程流れもないのでしょう」

「なるほど。しかし、ブルーホールだけでも珍しいのに、そこから魔石とはね。この領地は一体どうなっているんだ」

「兄さま、大陸の端ですから」

「そうだな」

「クーファル殿下、見えてきましたよ! あれです!」

 ニディが指差す方角に、珊瑚礁が白っぽく丸く円の様になっているのが見えてきた。

 浅瀬の、どこまでも澄み渡った珊瑚礁の海のブルーが、円の中だけまるで藍色のインクを落としたかのように濃い色になっている。知識がなければ、とても自然にできた物とは思えないだろう。

「リリ、凄いね。本当にブルーホールだ」

「はい、兄さま。こんなに海の色がハッキリと違うとは思いませんでした」

「ああ。素晴らしい。よく見つけたな」

「シェフが気付いたんです」

「そうか、シェフが。シェフもいたら潜りたがっただろうね」

 今回シェフはお留守番だ。シェフのお仕事があるからな。夕食の準備をしたいのだそうだ。

 残念がっていたが、自分で残ると言ってきた。シェフは、自分はリリアス殿下の食事を作るのが1番ですから。と、言いながら肩を落としていた。苦渋の決断みたいにさ。大袈裟な。シェフも潜ってみたかったんだろうね。クーファルの側近ソールもお留守番だ。オクソールもリュカもいるからいいと、クーファルに言われていた。せっかく来たのに。ユキとラルクも、アーシャとアースとレイに捕まってしまいお留守番。

 ブルーホールの真ん中に船を進ませる。

「リリ、まるで吸い込まれそうだな」

「はい、兄さま」

「海底に横穴があるのではなくて、途中にあるんです。そこも海流はなさそうでした」

 ニディが説明する。

「横穴か……外海に繫がっているかも知れないね。リリ、船からでも鑑定をしたかな?」

「あ、いえ。忘れてました」

「リリ、鑑定しながら移動できるのかな?」

「はい、兄さま」

「よし! 一度リリも一緒に潜ってみよう。オクソール、無理そうなら直ぐに上がってくれ」

「はい、殿下」

 やったぜ! 俺も潜れる! 超嬉しい!

 この世界、水着やウェットスーツなんて物はない。だから皆下着姿だ。ニディに例の石をもらう。

「これを咥えるのか?」

「はい。クーファル殿下。そしたら、息ができます」

「どれ位の時間大丈夫なんだ?」

「分かりません。ですが、何時間でも。それこそ、これ1個を何十年と使います」

「そうなのか!? 凄いな」

「殿下、絶対に私を離さないで下さい」

「俺も絶対に側にいますから」

「うん。オク、リュカお願いね」

 俺とオクソールは万が一、流されたり等で離れたりしてしまう場合を考えて、腰にロープをくくりつけて繫げる。

「皆さん、いいですか? 付いてきて下さい」

「ニディ、頼んだぞ。俺は船からずっと見ているからな! もしヤバくなったらそのまま真っ直ぐに上に上がってくれ!」

 ニルズが船で番をしてくれる。さあ、ブルーホールに潜るぞ!

 ──ザバーン!!

 皆、ニディについて海に飛び込んだ。3歳の時以来だ。足の着かない水中に身を投じる。

 本当は少し怖いかもと思ったりしていたのだけど、全然そんな事もなくオクソールに抱えられて潜って行く。オクソールは、俺をしっかりと抱えて海底を目指す。

 深いブルーに吸い込まれる様だ。どんどん陽が届かなくなっていく。静かな世界だ。

 ブクブクとみんなが吐き出す空気の音だけが聞こえる。波の音さえ聞こえない静寂の世界。

 俺は体をオクソールに預け、摑まりながら、海面を振り返る。太陽の陽が海面でキラキラしている。海中から見た海面は幻想的だった。こんな世界を、俺は知らない。

 この小さい体は大丈夫だろうか? この世界の俺は、前世では想像もできない経験をしている。

 前世で平和に医者をしていたら、到底できないだろう経験をだ。

 ずっと海底を目指して潜る。本当に息が苦しくない。この石は何なんだ? 不思議だ。まあ、魔法のある世界だ。俺にとっては、不思議だらけだ。

 暫く潜ると、陽の光があまり届かなくなるので魔法のライトで光を出す。

 海底に到着し、俺はクーファルに言われた通り鑑定をする。海底にはニディが話していた通り、大きな魔石がゴロゴロと一面に敷き詰められていた。鑑定で見ると、其々の魔石がどの魔物の物なのか分かる。

 よく見ると周りの岩盤も詳しく見える。地層の大きな縞模様になっていて、かなり古い年代のものだ。このブルーホールは一体いつできたのか。鑑定をして、その地層に教えてもらう。ああ、そうか。そう言う事か。オクソールも精霊の眼を使っている。魔石を手に取って見たりしている。

 そして、ニディが上の横穴を指す。あそこに横穴があるのか。

 クーファルが頷くと、ニディが横穴を目指して少し浮上する。海底から1/3位浮上したところに、大きな横穴があった。先頭のニディが入って行く。俺はずっと鑑定をしている。

 ここはやはり鍾乳洞になっていた。気の遠くなる様な時間をかけて、こうなったんだ。ブルーホールだけでも、想像できない程の時間が掛かってできている。

 その中にある鍾乳洞だ。しっかり鍾乳石も残っている。

 全くと言って良い位、流れがない。少し横穴に入ると、もう陽が届かなくて真っ暗になっていく。

 暗くて静寂な海中を進んでいく。俺は前後と真ん中位に、数個ライトを出す。前は大きめに出した。ライトで照らし出された鍾乳洞は幻想的で、何億年もの時間が作り出したファンタジーだ。

 この鍾乳洞の壁……オクソールを見ると頷いた。オクソールにも見えている。

 どんどん、奥へと進む。微かに陽が差し込んできた。どこかに出るらしい。

 途中に横穴はなかった。これ1本だけか。オクソールに抱えられて海面を目指す。

「プハッ!」

 俺はオクソールに抱きかかえられたまま、海面に顔を出した。リュカも直ぐ側に顔を出している。

「殿下、大丈夫ですか?」

「うん、オク。大丈夫。壁を見た?」

「はい、驚きました」

 俺の鑑定より、オクソールの精霊の眼の方が詳しく見えているはずだ。

「皆さん! 大丈夫ですか!?

「ああ! リリ、大丈夫か!?

「はい、兄さま! ニディ! ここはどこ!?

「殿下、振り返って下さい! 親父の船が見えます!」

 そう言われて、俺はオクソールの首元に抱きつきながら振り返ると、ニルズが手を振っているのが見えた。それ程離れていない。外海にも出ていないらしい。足は着かないが、海底は珊瑚礁だ。

「あと10分か15分程沖に向かって泳げば外海です。ギリギリのとこです。船に戻りましょう!」

 皆、船に向かって泳ぎ出す。

「殿下、私の背中に乗って寝そべって摑まれますか?」

「うん、オク」

 俺はオクソールの背中にヒョイと乗せられ、小判鮫の様にオクソールの身体に摑まる。海原が青くゆったりと膨らんだりする中を、大きく手で海水を搔き進んで行く。

 オクソールもリュカも泳ぎは得意ではないと言っていたが、現役漁師のニディに平気でついて行く。クーファルもだ。

「無事で良かったよ! なんであんな所に出てきたんだ?」

 船に戻るとニルズが驚いた様に聞いてきた。聞きたいのは分かるが、ちょっと待ってくれ。

 とりあえず、皆にクリーンだ。海水でベタベタしたのがなくなる。

 次は、ドライ。シュルン、と水分がとんで皆乾いた。

「リリ、有難う」

「いえ、兄さま」

 さて、俺はりんごジュース飲むぜ。適当な場所に座り込み、マジックバッグからりんごジュースを出す。説明はクーファルに任せていれば安心だ。もうニルズと話しているし。服だってちゃんと着ている。やっぱクーファルだよ。フレイだとこうはいかない。

「……コクコクコク……ぷはッ」

「皆さんも水分とってください」

 ニディが飲み物を配っている。冷たい紅茶かな? 普通の茶葉? 何?

 俺1人りんごジュース飲んじゃってごめんね。

「ああ、これは水に砂糖と塩を混ぜて、ユノスの果汁を絞ってます」

 なるほど、スポドリの柚子味ね。柚子に豊富に含まれるクエン酸は、乳酸を速く分解し、疲労からの回復を早める効果がある。良い選択だ。

「オクソール様。コレ、良いッスね。普段飲んでるのより、美味い」

「ああ、リュカ。風味がいいな」

「ユノスを入れているからですかね? ユノスがない時は、リモネンやオロンジュを絞って入れたりしますよ」

「なるほど、騎士団でもそうしてみよう」

「オクソール様、騎士団でも飲まれているのですか?」

「ああ、ニディ。鍛練の後にな。水分補給と言ったらコレだろう?」

「アハハ、そうですね。建国当時からの定番ですね」

 だって、皇帝は元日本人なんだもんな。そりゃ、スポドリを知っているさ。

「コクコクコク……」

「リリアス殿下、りんごジュースはもうそれ位にしとかないと」

「リュカ、もう? まだ飲みたい」

「いや、殿下。もうかなり一気飲みしてますよ? こっちの飲んでください」

 仕方ない。マジックバッグに仕舞っておこう。

「リリ、どうだった?」

「はい、兄さま。魔石だらけでした。ね、オク」

「はい。海底も、横穴の壁にも魔石がありました」

「オクソール、それは本当なのか?」

「はい。クーファル殿下」

「リリ、どう思う?」

「あれですね。とんでもなく想像できない程の時間、何億年も掛けてああなったんでしょうね」

「そうか。地層になっていたからね」

 さすがクーファル。地層に気付いてたか。

「じゃあ、海底のはブルーホールになった時に出てきたと見ていいね」

 元々は地層の中にあった魔石が、海底が沈下しブルーホールができた時に底に出てきたのだろう。

「みたいですね。兄さま、それしかないですよね、あの地層を見ると」

「ああ、そうだね。しかし……大昔はこの近辺にも大型の魔物がいたと言う事だね」

「はい。もしかしたら、海の深さも違っていたのかも知れませんね」

「そうだね。これだけの珊瑚礁だ。気が遠くなる程の時間を掛けてできたのだろう。地層に埋もれていた事と、海流がなかったから魔石も削られずにあの大きさで残ったのだろうね」

「はい。兄さま。実際に見て良かったです。ブルーホールに潜れるなんて機会はありませんし」

「ああ、本当に。貴重な体験をさせてもらったよ」

 実際に潜って見た結果、危険は無いだろうと言う結論になった。また辺境伯の儲けに繫がる。

「さ、戻ろう」


 港に戻ってきた。俺は若干お疲れだ。ちょっと眠い。久しぶりだ、この感じ。

 お昼寝が必要な時は、よくこうなっていた。

「クーファル殿下、有難うございました!」

「いや、ニディ。私もとても貴重な体験をさせてもらったよ。あの魔石を採りに潜る時は必ず2人以上で潜る事だね。あの深さまで潜るのは危険だから、1人では駄目だ。戻って辺境伯に報告しておくよ。それからにする方が良い」

「はい、分かりました」

「クーファル殿下もゆっくりできるのか?」

「いや、ニルズ。私は急に来たから直ぐに帰るんだ。城でフレイ兄上の代わりをしないとね」

「じゃあ、夕飯に間に合う様に魚を届けておくから食べて帰ってくれ」

「ニルズ、有難う。嬉しいよ。おや、リリが珍しく寝そうだ」

 そうなんだよ。俺はもう目がショボショボしておネムの目になっている。

「おっちゃん! また来るよ!」

「ああ! またゆっくり来な!」

「うん! ニディも有難う!」

 そうして俺達は港を後にした。