辺境伯邸の広い裏庭、その1番奥に大きな樹が5本並んでいる。

 そこに小さな男の子を抱っこして、佇む男性がいた。

 この地の領主である、辺境伯アラウィン・サウエルだ。ガッシリとした腕に大事そうに抱かれているのが、孫のアウルース・サウエルだ。

 まだ2歳になったばかり。その子を抱っこして、この樹の元に来るのが日課になっている。

 辺境の地はもうすぐ夏だ。少し潮の匂いの混じった風が吹き抜けていく。

 辺境伯邸の裏には、鶏舎や牛舎がある。といっても、飼われているのは魔物なのだが。

 その並びには、領主隊の鍛練場もある。広大な敷地の1番奥に並ぶこの5本の樹は特別なものだ。

 初代辺境伯が、初代皇帝と一緒に植えたと言い伝えられている樹。別名、光の樹と呼ばれている。

 その樹に7年前、突然花が咲いた。それまで咲いた事がなかったのに、突然蕾が膨らみだし真っ白な小さな花が競うように咲き乱れた。

 それは帝都近くにある光の大樹に、第5皇子リリアス・ド・アーサヘイムが花を咲かせた時とリンクした。

 その話をいつも話して聞かせている。

「じーしゃま、おうじでんか?」

「そうだ。リリアス殿下だ。とてもお優しい、光の皇子殿下だ」

「ぴかぴか?」

「そうだな、ピカピカだ」

 そんな話をいつも聞かせているものだから、アウルースは当たり前の様にその皇子に憧れるようになった。絵本に出てくるヒーローの様に。

「アウルもそのうちお会いできるだろう」

「おうじしゃまと?」

「ああ、そうだ」

「ぼく、あいたいれしゅ!」

「アハハハ、そうかそうか。アウルも好きになるだろう」

「しゅきッ! らいしゅきれしゅ!」

「お会いした事がないのに、もう好きなのか?」

「あいッ!」

 小さな手を元気に上げる。その手で、樹に触れようと手を伸ばす。

「ぼくも!」

「ん? なんだ?」

「ぼくも、おはなしゃかしぇるのれしゅ!」

 どうやら自分も花を咲かせると言っているらしい。まだ舌足らずな辿々しい喋り方だ。

 伸ばした手の甲に、エクボができている。その手で、大きな樹の幹をトントンと触っている。

「おはなをしゃかしぇてぇ、じーしゃままもりゅ!」

「おう、私をか? アウルが守ってくれるのか?」

「あい! まもりゅ! みんな、み~んなまもりゅれしゅ!」

「アハハハ! それは楽しみだ!」

「あいッ!」

 アラウィンの腕の中から下りて、トコトコと危なっかしい足取りで樹の周りを走るアウルース。

 5本の樹全部に触りながら、樹の周りを走っている。

 時々樹に抱きつく。両手を目一杯広げて、ポフッと太い幹に抱きついている。

「アウル、何をしているんだ?」

「おはなを、しゃかしぇるのれしゅ!」

「アハハハ、アウルには無理だ」

「むりれしゅか?」

「ああ、まだ小さいからな」

「ちいちゃくて、むりれしゅか?」

 小さなアウルースの頭を、大きなゴツゴツとした手でそっと撫でる。

「アウルはまだ小さい。これから大きくなるんだ。花を咲かせられなくてもいいんだ。アウルが元気で大きくなってくれればな」

「ぼくはげんきれしゅ!」

 まだ見ぬ誰かに訴えているかの様に、アウルースが樹を見上げている。幼いアウルースの目には何が見えているのだろう。