「は? それってつまり、ウチに住むってことか?」

「そうだ。そして、アカデミー在学中はお前がこの方の面倒をみるのだ」

「は? 俺がかよ!?

 いくら美少女でも、人の世話など面倒なだけだ。少なくとも選ばれた人間である俺のやるようなことではない。だが、親父はいつになく強い口調で俺に命じた。

「お前がだ! 丁度良いではないか。お前も、今のバディはとんでもない落ちこぼれだと嘆いておっただろう。キャリー嬢はお前と同じ風属性、面倒を見るついでに、彼女にバディになって貰えば良かろう」

 俺は、あらためて彼女の方へと目を向ける。

 細身のシルエットが美しい赤いドレス姿で、年齢に似つかわしくないほどの色気を醸し出している。確かに美しい。だが、だからと言って、精霊魔法に長けているかどうかは別の話だ。

「バディねぇ……落ちこぼれの代わりに、別の落ちこぼれじゃ笑い話にしかならねぇぞ」

 すると、キャリー嬢がニッコリ笑って口を開く。

「精霊力は九四〇、固有魔法も修得しておりますが、それでもご不満でしょうか?」

「な!?

 これには、流石に驚かずにはいられなかった。

 精霊力九四〇が本当なら、フレデリカ姫殿下と同等レベル。すなわち、アカデミーでも最上位クラスの精霊力である。

「……マジか」

 俺は、思わずゴクリと喉を鳴らす。

「なあ、アンタ……シスターアンジェとやり合って勝てると思うか?」

「シスターアンジェ? ああ正教会のシスターでございますわね。噂に聞いたことがございますが……おそらく、雑作もございません」

 嫣然と微笑む彼女の姿に、俺は心の中で快哉を上げた。

 やっと、俺にも運が向いてきた。そう思った。話半分としても、ミュシャ落ちこぼれよりは全然使える。

(とりあえず模擬戦で、俺の前にこの女をあのクソシスターにぶつけるか? たとえ倒せなくとも疲弊させることぐらいはできるだろ)

 この女の使い道を思案し始めた俺を、親父が手招きした。耳を近づけると、親父は俺の耳元でこう囁く。

「この小娘はビューエルの王位継承権第六位、そしてワシはアモット家とともに、この娘を王位につける算段をつけておる、もちろんお前のためにだ。うまくやれ」

 俺は、思わず目を丸くする。

 つまり、この女を篭絡してモノにすれば、将来はビューエルの王配の地位が確約されるということだ。この国でどれだけ出世しようとも、王家を上回ることは有り得ない。ならば、遠く離れた国とはいえ、一国の支配者になりうるという話は悪くなかった。

(こんな良い女をモノにして、精霊力と権力がおまけについてくるってか? くくくっ……笑いがとまらねぇな)

 俺は、とびっきりの笑顔を彼女へと向ける。

「よし! キャリー嬢、アカデミー在学中のことは全部俺にまかせろ!」



 夕刻、オズマさまとザザさま、それとは別にアーヴィン姫殿下が王城にお戻りになってしばらく経った頃、フレデリカ姫殿下が、シスターアンジェを伴われてお戻りになりました。

「ちっ……掴みどころのねぇ女、ムカつくぜ」

「うふふ、誉め言葉として受け取っておきます」

 ワタクシ──ジゼルが出迎えに参ると、お二人が丁度モトのキャビンから降りられるところでございました。

 どんなやり取りがあったのかはわかりませんが、降り立ったシスターアンジェは、うんざりした表情。一方のフレデリカ姫殿下は、いつもどおりにこやかでいらっしゃいます。

 やはり、腹芸の勝負となると王族相手に一介のシスターでは、太刀打ちできないといったところでございましょうか。

 恐らくシスターアンジェは、姫殿下のてのひらの上で思うように転がされたのでしょう。

「お帰りなさいませ」

 ワタクシが腰を折ると、フレデリカ姫殿下がニコリと微笑まれました。

「ご苦労さまです、ジゼル。シスターアンジェをお部屋にご案内して差し上げて。私はお母さまのところへ参りますので」

「……女王陛下のところは今、少し修羅場かもしれません。アーヴィン姫殿下が、物凄い形相で突貫しておられましたので」

「あらあら……それでは、私もお母さまと一緒に、アーちゃんに叱られに参りましょうか」

 クスクスと笑いながら姫殿下はワタクシに背を向けて、女王陛下の居室の方へと歩み始められます。

「……変な女」

「姫さま方の中では、女王陛下に一番良く似ておられますので」

 ワタクシが呟きを拾ってそう応じると、女王陛下を揶揄する形になったことに気がひけたのか、シスターアンジェは、少しバツの悪そうな顔をなされました。

 こういうところを拝見する限り、相応に常識的な方のようにも見受けられます。

「ようこそシスター、それではこちらへ」

「お、おう」

 ワタクシは先に立って、シスターアンジェをご案内いたします。

 物珍しげにキョロキョロと周囲を見回しながら後をついてこられる彼女に、ワタクシはこれからご案内する場所がどういう場所であるかを、少しお話しすることにいたしました。

「シスターは、高祖陛下の『大英雄オズマ復活の予言』は御存じでしょうか?」

「あ? お前、アタシを馬鹿にしてんのか? 知ってるに決まってんだろ。何年シスターやってると思ってんだ、ブス。正教経典にもちゃんと書いてあらぁ。それどころか、この間立ち昇った火柱で、オズマさまが復活されたんじゃないかって、教会中大騒ぎになってるっての」

「なるほどでございますね。クレア司教さまからの再三のオズさまへの面談希望然り、その真偽を確認するために、正教会は一時的にでもシスターのアカデミー移籍を受け入れられたと……そういうことでございますか」

 ワタクシのその一言に、背後で殺気が膨れ上がります。

(まったく……この程度で心を乱すようでは、最強のシスターと言えど、未熟な小娘としか言いようがございませんね)

「……口に気をつけな、はした。好奇心は猫を殺すっていうぜ」

「左様でございますか。残念ながらワタクシは、ベッドの上では、ネコよりもタチの方でございますので、あしからず」

「は?」

 意味がわからなかったのでしょう。シスターは眉間に皺を寄せながら、首を傾げられました。

「正教会にどのようにお知らせいただいても問題ございませんが、残念ながらオズマさま復活の事実はございません」

「……どうだかな」

 ワタクシは、廊下の突き当たりの扉を押し開けます。

「ですが……王家でも例の火柱の一件を軽視しておるわけではございません。大英雄の復活は近いものと、女王陛下は周到に準備を進めておられます。これからご案内する場所は、正にその一環。大英雄オズマさまが復活を果たされた際に、お使いいただく後宮ハレムでございます」

 扉の向こうは、四棟の建物に囲まれた中庭。そこに足を踏み入れたシスターは、周囲の建物を見回しながら呆然と呟かれました。

「こ、これが、オズマさまの後宮ハレム……」

「ええ、約八十部屋ございます。オズマさまが復活なさられれば、その全てがオズマさまの伴侶となる方々で埋まる予定でございますが、今現在、ここで起居されているのは七名の方、北棟には近衛騎士第二席のシャーリーさま、オズさまの御姉弟。東棟にはアーヴィン姫殿下とその侍女であるザザさま、南棟にはフレデリカ姫殿下、西棟にはマール姫殿下。いずれもオズマさまの伴侶として捧げられる予定の皆さまでございます」

「ちょ、ちょ、ちょっと待て!」

「ああ、そうでございました。あと御一方、近日中にご入居される可能性がございます」

「待てって言ってんだろ! なんであのクソ野郎まで混じってるんだよ!」

「クソ野郎? ああ、オズさまのことでございますか。これはおかしなことを仰います。シスターともあろうお方が、どうしておわかりにならないのでしょう? オズマさまは古今無双の性豪、その前には男女の性差など無きが如しでございます」

「そ、それって、つまり……」

 ワタクシが頷くと、シスターの喉がゴクリと音を立てました。

「左様でございます。現在はオズマさま復活に備えて、あえてどこをとは申しませんが、伝説にも語られるほどのオズマさまのごんぶとを受け入れられるように、日夜拡張に励まれておられるという次第でございます」

「な、な、なるほど……道理で女みたいな顔してると思ったぜ」

「オズさまの学園生活に支障をきたしかねませんので、今のお話は、ここだけのお話にしてくださいませ」

「あ、ああ……わかった。しかし、そいつはアタシも度肝抜かれちまったぜ」

 彼女は、手の甲で顎を伝った汗を拭うような仕草をなされました。

(これで、オズマさまがこの後宮ハレムに出入りしているのを見られても不思議ではなくなりました。我ながら非常に冴えた受け答えでございます)

「シスターもオズマさま復活の暁には、伴侶として身を捧げるお覚悟はおありなのですよね?」

「え?」

 ワタクシの問いかけに、シスターは一瞬きょとんとした顔をなさいます。

 瞬時に、彼女は耳の先まで真っ赤に染めて、あたふたと口を開きました。

「と、と、と、当然だ! シスターは出家した段階でオズマさまに嫁いだことになっているわけだからな!」

「安心いたしました。今日以降お住まいいただくのは、このオズマさまの後宮ハレムの一室。アーヴィン姫殿下やフレデリカ姫殿下のお近くでは気が休まらないかと思いましたので、西棟にお部屋をご用意させていただいております」

「そ、そうか……う、うん、それは助かる」

「はい、滞在されている内に、オズマさまが復活なさられれば、そのまま寵姫として可愛がっていただくことも出来ましょう」

「ひっ!? あ、いや、そ、そうだな、そ、それは喜ばしいな」

 オズマさまの後宮ハレムと聞いて以降、彼女から殺気が消え去って、その代わりにガチガチに緊張した雰囲気が漂って参ります。

(シスターは生涯処女を守ると聞きますし、ネコとタチの意味もわからないということであれば……性的な方面は随分未熟なようでございますね。これはちょっと楽しくなって参りました)

「それでは、どうぞこちらへ」

「う……うん」

 ワタクシは、すっかり大人しくなってしまったシスターを西棟へとご案内いたします。

 そして、ワタクシたちが西棟の吹き抜けのロビーに足を踏み入れた途端、頭上から幼い女の子の声が降って参りました。

「あははっ! ねぇねぇ、ジゼルぅ、誰? そのお姉ちゃん?」

 見上げれば、黄土色の短い髪が特徴的な幼女の姿。三階の手摺りの間から、マール姫殿下がこちらを覗き込んでおられます。

「姫殿下、降りてきてくださいませ。ご紹介いたしますので」

「うん、わかったー!」

 姫殿下は頷かれると、そのまま手摺りを乗り越えて宙に身を躍らされました。

「え!? ちょ、ちょっと待て!」

 慌てるシスターに構うことなく、姫殿下は宙で二回転してあっさりと着地、「あはは!」と無邪気な笑顔を向けてこられます。

 目を丸くするシスターとは裏腹に、姫殿下は興味津々と言ったご様子。取り急ぎワタクシはシスターに姫殿下をご紹介することにいたしました。

「こちらは、マール姫殿下であらせられます。ちょっぴりおつむがアレでございますが、すばしっこくて、非常に頑丈でいらっしゃいます」

「紹介に姫の要素が欠片もねぇ!?

「仕方がございません。実際、あまり姫らしくないお方でございますので」

「あははは! そうかも。それで……ねぇねぇ、ジゼル! このお姉ちゃん、誰なの?」

「こちらはシスターアンジェ、正教会のシスターでいらっしゃいます。しばらくは、こちらでお過ごしになることになっております」

 ワタクシがそう告げると、姫殿下は嬉々としてシスターの腰にしがみつかれました。

「やったー! お姉ちゃん、よろしくー!」

「お、おお……よ、よろしくな」

 お怒りになるかと思ったのですが、意外にもシスターアンジェは、ちょっと嬉しそうでございます。そんなワタクシの視線に気付いたのか、シスターはぶっきら棒にこう仰いました。

「こ……子供は嫌いじゃねぇんだよ」

「性的な意味で?」

「なんでだよ!?

 ふむ……どうやらワタクシの常識とシスターの常識は異なるようでございますね。



「ん、あっ……んんっ……」

 深夜の寝室に、押し殺したような女の嬌声が響いた。

 騎乗位で突き上げれば、ジゼルのたわわな乳房が大きく弾み、俺の眼が釘付けになる。

 とはいえ、彼女は俺の妻ではない。だが、浮気でもない。というか、セックスですらなかった。

 これは、俺の体内で精製される媚薬を除去するための処置。要は治療行為だ。

「あ、あんっ……もう少し、処置する頻度を増やした方が良いかもしれませ……んんっ、んね」

「ああ、前回処置してから、一ヶ月ももたなくなってきたしな」

 今回クロエを妻に迎え入れるに当たって、媚薬のお陰で助かりはしたが、放置して愛する妻たちを媚薬中毒の危険に晒す訳にはいかない。

 本来であれば、昨晩ベッドを共にする予定だったのはザザ、今晩はアーヴィン、そのはずだったのだが、クロエの登場で大幅に予定が狂ってしまった。

「順番通りなら、明日はザザを抱くべきなんだろうけど……アーヴィンの機嫌がなぁ」

 ぺったん、ぺったんと音を立てて身を上下させながら、ジゼルが応じる。

「ん、あんっ、あ、あん……姫殿下は、ザザさまの順番に強引に割り込んだ末に媚薬の洗礼を浴びた訳でございますから、自業自得なのでは?」

「いや、理屈はそうなんだけど……まあ、いいや。で、クロエは?」

「午後にご自宅へとお帰りになり……んあっ! ました」

「そうなのか?」

 俺が突き上げる腰を止めると、ジゼルは息を乱しながら頷く。

「はぁ、はぁ……はい、ザザさまとは異なり、婚約に伴う行儀見習いというような大義名分もございませんし……もうしばらくは、バディのザザさまを訪ねるという名目でお通いいただく形になっております」

「まあ、そうか……」

「はい、特に今はシスターアンジェも滞在されておりますので……」

 そう言いながら、ジゼルは円を描くように腰を動かして、質の違う刺激を与えてくる。

「シスターアンジェか……」

「んっ……はぁ……ご心配には及びません。大人しいものでございます」

「大人しい? あれが?」

「ええ、マール姫殿下があのお方にいたく懐かれまして……あんっ、シスターも満更でもないご様子で、んっ、あんっ……あ、あっ、ワタクシが先程ご様子を窺ったときには、んっ、お二人で一緒にお休みでいらっしゃいました」

「ふーん……そうなんだ」

 マール姫がうっかり俺がオズマであることを口走るんじゃないかと気が気ではないが、シスターが子供に優しいというのは、さほど違和感のあることではない。

「そんなことよりオズマさま、お喋りはこれぐらいにしておかないと、いつまで経っても処置が終わりません。それにあまり焦らされると、ワタクシの女の部分が我慢できなくなってしまいます」

 ジゼルはそう言いながら自らの唇を舌で舐めると、激しく腰を動かし始めた。


  第四章 迷宮攻略ダンジヨンアタツクと新たな編入生  


迷宮攻略ダンジヨンアタツク』の詳細が開示された翌朝のこと。

 特別授業期間がスタートしたとはいえ、午前中はこれまでと変わらず座学である。

 現時点では、どのグループもまだ迷宮へ降りる予定はないらしく、教室に掲示された探索予定表も空欄のままだった。

 隣の様子をちらりと窺うと不遜な態度は相変わらずだが、シスターアンジェは一応、大人しく席に着いている。反対側に腰を下ろしているアーヴィンのご機嫌は斜めなまま。二人の間に挟まれる俺の胃の耐久性が試されていた。

 ガラリと教室の扉が開いて、アルメイダ先生が入ってくる。

 教壇に立った彼女は、彼女自身どこか納得の言っていないような口ぶりでこう告げた。

「えー……二日続けてというのは、あまりないことなんですけれど……今日も新たに編入生を紹介します」

 途端に、ざわつく教室。

(また、正教会から生徒を受け入れるってことか?)

 思わずシスターアンジェの方へ顔を向けると、こっちを見んなとばかりに思いっきり睨まれた。

「キャリーさん、キャリー・アモットさん、こちらに来て自己紹介を」

 先生の呼びかけに応じて、廊下から一人の少女が教室へと足を踏み入れる。

 前髪の切りそろえられた艶やかな黒髪。肌は驚くほどに白く、スタイルは抜群。どこか妖艶な雰囲気をたたえた美少女である。

「皆さま、ごきげんよう。キャリー・アモットと申します」

 嫣然と微笑む彼女の姿に、一部の男子が溜め息めいた声を漏らす。いつも通りトマスは無反応ではあったが、奪われまいとするかのようにアマンダが彼の腕にしがみつき、編入生に敵意剥き出しの目を向けた。

 そんな教室内の反応に、アルメイダ先生が苦笑気味に言葉を紡ぐ。

「アモットさんはビューエル出身で風属性。成績は優秀で、既に上位精霊との契約も済ませているとのことです」

「へぇ……」

 俺の隣で暴走シスターが新たな獲物を見つけたと言わんばかりに、犬歯を剥き出しにして口元を歪めた。

「えーっと、それでですね。彼女のバディは……」

「ひゃはははは! この俺様だ!」

 キコが席を蹴って立ち上がり、先生の言葉を遮って声を上げると、俺の左右でアーヴィンが肩を竦め、シスターアンジェが呆れ切ったかのような顔をした。

「ほんと、懲りないわね」

「もしかして、バカなのか? いや、バカなんだな」

 ──ところがである。

「そうですね。アモットさんのバディは、キコくんということで」

 アルメイダ先生が、さらりとそう口にしたのだ。

 思わず目を丸くする俺たち。その中で、ザザが慌てて声を荒げる。

「ちょ、ちょっと待って! 先生! キコのバディはミュシャじゃないの!」

 すると、アルメイダ先生より先に、キコが勝ち誇ったような顔をして口を開いた。

「この女の世話は、俺の親父がアモット家から直々に依頼されてんだ、バーカ。俺のバディになるのは当たり前だっての」

 そして、キコは席を立つと編入生へと歩み寄り、その肩を抱きよせる。

「そもそも、そこの万年最下位クラスの落ちこぼれ女じゃ、この俺様のバディとしちゃ不足だったんだっての!」

「ア、アンタねぇ!」

「ザザ、落ち着いて」

 いきり立つザザの肩をクロエが押さえつけた。水触手ウオーターテンタクルで。

 魔法が上達したのは良いことだけれど、触手の日常遣いは、流石にどうかと思う。

「うーん……キコくんの言い方は、もうちょっと考えた方がいいとは思いますけれど、一応アモットさんのバディはキコくんということで法務大臣閣下直々に指名が来てますし、女王陛下もご承認ということですので、先生にはどうにもできませーん」

 先生が役立たずなのは今に始まったことではないが、キコに抱き寄せられた編入生も、イヤそうな顔をするどころか、むしろ媚びるかのように彼へとしな垂れかかっていた。

 意外と正義感の強いアマンダが、そんな編入生を咎める。

「アナタ! 人のバディを奪うなんて浅ましいですわよ!」

「そうは仰いますけれど、私が意図したことではございませんの。まあ、殿方を惹きつけてしまうのは、仕方のないことですわ。私、あなたよりずっと美しいので」

 臆面もなくそう言い返す編入生に、アマンダは呆気に取られたような顔をしたかと思うと、顔を真っ赤にしてギリリと奥歯を鳴らした。

したに出ていれば、いい気になって……!」

 したに出ていたかどうかはともかく、そんなアマンダのキレ顔を指さして、キコが笑い転げる。

「ひゃははははは! ちげぇねぇ!」

「お黙り!」

「アマンダ、落ち着いて」

 今にも暴発しそうなアマンダを、クロエがまた水触手ウオーターテンタクルで押さえつけた。ちなみに、彼女のバディであるトマスは例によって我関せずである。

(だから、触手の日常遣いはやめなさいってば……)

 俺がちらりとアーヴィンに視線を向けると、彼女は溜め息交じりに吐き捨てた。

「お母さまもいちいち一介の生徒のことなんて気にしてらんないわよ。たぶん、好きにしろとかそんな風に言ったんだと思うわ」

 キコと編入生がバディを組もうが、正直俺にとってはどうでも良いことだ。

 だが問題は、ミュシャである。

 俯いたまま、机の天板をじっと見つめている彼女の姿はとても痛々しい。

 流石に、これは放っておけない。

「先生! じゃあ、ミュシャは俺たちのグループに貰います。元々一人少ないし……」

 俺がそう声を上げると、意外な人物が言葉を継いだ。

「そのミュシャってのが、アタシのバディってことでいいぜ。そっちのバカな野郎に比べりゃ、なんぼかマシだろ」

 シスターアンジェが面倒臭げにそう告げると、ミュシャが驚くように顔を上げる。

 一方、キコが悔しげな顔をした。

 昨日、彼女に袖にされたキコからしてみれば、ミュシャよりも劣っていると言われたに等しい。プライドの高いキコにしてみれば、耐えがたい屈辱だったのだろう。

 それでも彼が怒鳴り声を呑み込んだのは、昨日で少し懲りたのかもしれない。

 だが、意外にも、キコの代わりに留学生が口を開いた。

「ああ、この方が噂のシスターでいらっしゃいますか。猛々しい方だと、お噂はかねがね聞き及んでおりますが、本当に殿方のようですわね、お胸も

「てめぇえええ!」

 止める間もなく、いきなりシスターアンジェが雷撃を放つ。顔を引き攣らせるキコ、だが、留学生は、顔色一つ変えることなく宙に手を翳すと、彼女に届く前に稲妻が雲散霧消した。

「なっ!?

「うそっ!」

 呆気に取られたような空気の中で、留学生が嫣然と微笑む。

「失礼、先程は言葉足らずでございました。私、美しいと申しましたけれど、それ以上に強いので」

 途端に、シスターの口から噛み殺すような笑い声が洩れ落ちた。

「は、ははっ……上等だ。ぶっ殺してやる!」

 騒然とする教室。思わず席から腰を浮かしかける生徒たち。そんな不穏な空気をモノともせずにアルメイダ先生がパンと大きく手を叩いた。

「はい、そこまで! アンジェリーナさん、言うことを聞いてもらえないと模擬戦を中止にしちゃいますよ?」

「あん? おい先公、そんなのでアタシを大人しくさせようったって……」

 先生は威嚇するシスターの傍へと歩み寄り、なにやら耳元で語り掛ける。すると、シスターは「チッ」と舌打ちしたかと思うと、不貞腐れるような顔をしてドサッと椅子に座り込んだ。

「それじゃあ、ミュシャさんは、アンジェリーナさんの隣に席を移ってくださいね。アモットさんはキコくんの隣で」

 言われるがままに、ミュシャがシスターアンジェの隣へと席を移し、編入生がキコの隣の席に腰を下ろす。流石にシスターアンジェの隣は緊張するのだろう。ミュシャの表情には、若干の怯えが見てとれる。だが、わずかに安堵の色も混じっていた。

「ありがとうな」

 俺がシスターアンジェにこっそりそう囁くと、彼女は心底イヤそうに「あ?」と頬を引き攣らせる。どうやら別に俺に協力して、ミュシャをバディに迎えてくれた訳ではないらしかった。



 その日の午後、俺たちはアルメイダ先生の後について学舎の最奥、立ち入り禁止区域に早速、足を踏み入れていた。

「今日、迷宮に降りるのは、アナタたちのグループだけですけれど、本当に良いの?」

「『慎重に』って言ったとして、あのシスターが言うこと聞いてくれると思います?」

 先生は、少し考えるような素振りを見せた。

「……思えませんね」

 他のグループは、連携の強化や情報収集に更に数日を費やした上で、迷宮攻略ダンジヨンアタツクをスタートさせるらしい。先生曰く、それが普通なのだと。

 だが、シスターアンジェは「そんな、まどろっこしいことやってられっか!」と言い張り、それに突っかかったアーヴィンは、シスターに「怖いんだろ?」と煽られて、「やってやろうじゃないの!」と、見事なまでにミイラ獲りがミイラになった。

 俺とザザ、クロエ、そして新たに加わったミュシャの四人は、引き攣った顔を見合わせることしか出来ず、結局、迷宮を見学に行くだけ、これは下調べだと自分に言い聞かせて現在に到っている。

「繰り返すようだけど、今日のところはあくまで様子見だからな。第一階層のエントランス近辺を探索して、二、三度戦闘を経験できれば良しとしてくれよ」

 俺が、そう念押しすると、「へいへい、わーった、わーった」と、シスターはうるさげに手をヒラヒラさせる。

(……絶対わかってないな、コイツ)

 厳重に閉じられた扉を一つ、また一つと通り抜け、四つ目の扉を通過したところで、アルメイダ先生が俺たちの方を振り返った。

「あれが迷宮ダンジヨンの入口です」

 彼女が指さす先に目を向けると、実に立派な白亜の門が鎮座している。そして、門の向こうには、大きな階段が地下へと続いていた。

「それでは、皆さん。今日はまだ初日ですから、くれぐれも無理しないでください。いいですね」「しつこいな、わーってるっての」

 シスターアンジェはさっさと階段を下り始め、俺たちは先生に軽く会釈をして、慌ただしく彼女の後を追った。



 門をくぐったその向こうには、幅数メートルにも及ぶ大階段が、地下へと真っ直ぐに伸びている。フェリアが造ったというのが本当なら、この大階段も二百年以上前の物なのだろうが、きちんと整備されていて実に立派なものだ。

 俺たち六人の階段を下りる足音が、壁に反響して響き渡る。

「ねぇ、オズ」

 階段を下りる途中でアーヴィンが突然、俺の制服の袖口を引っ張った。

「どうした?」

「この迷宮には、守護者ガーデイアンというのがいるみたいなんだけど……」

「ああ、先生もそう言ってたな」

「フレデリカ姉さんは迷宮攻略ダンジヨンアタツクの経験者だから、昼休みに色々聞いてみたんだけど、その守護者ガーデイアンというのは古代語魔法で創り出された疑似生命体らしいのよね」

「は?」

 それはまた、随分おかしな話だ。はっきり言って矛盾している。

 先生はこの迷宮を造ったのはフェリアだと言っていた。だが、フェリアには古代語魔法を学ぶ機会なんて無かったはずなのだ。現に、この時代には古代語魔法は完全に失われてしまっている。

「それで……階層を下れば下るほど守護者ガーデイアンはどんどん強くなっていくらしいの。あの姉さんが手こずったって言うんだから、相当なものよ」

「うん」

 そしてアーヴィンは前を行くシスターの背を見据え、真剣な顔でこう言った。

「だから……いざとなったら、あのバカシスターを囮にして逃げましょう」

「ちょっと待って!?

 もはや、連携とかチームワーク以前の問題である。思わずザザやクロエの方へ、救いを求めるような目を向けると、クロエがうふふと笑ってこう言った。

「食べた守護者ガーデイアンがお腹を壊しそうですし、毒の代わりに使えて一石二鳥ですね」

「クロエェ!?

 すると、ザザが小さく首を振る。

「クロエ……それは流石に不憫じゃない?」

(良かった。ザザはまともだ)

「……守護者ガーデイアンが」

「違った!? 餌にする気満々だ!」

「それは困るってば……一応、私のバディなんだから」

 ミュシャが控えめに抗議するも、声が小さすぎて誰にも聞こえていない。

 あらためて様子を窺うと、アーヴィンはまるで汚物を見るような目で、クロエは憐れむような目で、そしてザザは呆れ果てたと言わんばかりの目で、それぞれに随分前を歩いているシスターの背を眺めていた。

(チームワークって何だっけ……)

 確かにシスターアンジェには大いに問題があるのだけれど、こうやって女の子の怖いところをまざまざと見せつけられると、男の身としてはドン引きするしかない。

 バディとして受け入れてくれたシスターに恩義めいたものを感じているらしいミュシャが唯一の例外だが、彼女一人でどうこうできるものではないだろう。

(これ……どうにか間に入って上手く取り繕わないと……)

 俺は、思わず頭を抱える。

 石造りの階段を降りきってしまうと、一気に周囲の雰囲気が変わった。

 光源の何もない暗闇。俺とアーヴィンが、それぞれ掌の上に火球を引っ張り出すと、正面には、王都の大通り程もある巨大な通路が浮かび上がる。

 通路には一定間隔で左右へと続く細い横道が伸びていて、それが暗闇の中にうっすらと見えた。

「広すぎるでしょ、これ……」

 ザザの呆れるような、そんな呟きが聞こえた。

 あらためて周囲の状況を確認すると、壁面は方形に固めた土をモザイク状に積み上げたもの。

 手をつけば、荒い土のザラリとした感触があった。

 空気は淀んで生暖かく、風が抜ける様子がないということは、背後の階段の他に地上と繋がっている場所が無いことを示している。

 さっさと奥へと歩き始めようとするシスターアンジェ。俺は彼女の肩を掴んだ。

「勝手に先に行かないでくれ! もっと慎重に進めないと……」

 途端に、彼女は不愉快げに片眉を跳ね上げて、俺の手を払いのける。

「触んな、ボケ! アタシだってこの迷宮についての知識ぐらい持ってるっての! シスター舐めんな! 一階層で気をつけなきゃならねぇのは、巨大ナメクジジヤイアントスラツグだろ? 突然、上から落ちてくるらしいからな」

 彼女がそう口にした途端──

「んがっ!?

 ドスンと鈍い音がして、俺の背後でアーヴィンが短い悲鳴を上げた。

 慌てて目を向ければ、なにかウネウネしたものが、彼女の上にし掛かっている。

 もはや言うまでも無いことだが、それは巨大ナメクジジヤイアントスラツグであった。

「うわぁああああ! アーヴィンっ!?

 慌てて、彼女の上でウネウネしている粘液塗れの物体を蹴り飛ばすと、それは壁にぶつかって、ゴム風船のようにパシャンと水分を散らす。

「だ、大丈夫か! アーヴィ……ひぃぃっ!?

 地面に横たわるアーヴィンは、白濁した粘液塗れでぐちゃぐちゃ。乱れた黒髪が顔に張り付いて、訳の分からない毛玉みたいになっていた。

 迷宮に入ってわずか数分。まさかの、粘液姫殿下の誕生である。

「あ、あの……ア……アーヴィン?」

「ううっ……オズ、もう駄目。きっと毒に侵されてしまったに違いないわ」

 弱々しくそう告げるアーヴィンに、シスターアンジェが呆れ口調でこう言った。

「アホか。毒なんか持ってねーっての。巨大ナメクジジヤイアントスラツグの粘液は、ただ気持ち悪いだけだってよ」

「そう……なの?」

「ああ」

 きょとんとした表情のアーヴィンに、シスターが肩を竦めてみせる。すると、アーヴィンはギギギと錆びた歯車みたいな動きで俺の方へ顔を向けると、そのままボロボロと泣きだした。

「ふぇぇ……オズぅうう!」

 わかる。流石にこんな目に遭えば、泣きたくなるのはわかる。年頃の女の子にとって粘液塗れは、あまりにも過酷過ぎる。

 だが、彼女が悲しみのままに、俺の方へと抱きつこうとしたその瞬間、俺は反射的に飛び退いてしまった。

「え……?」

 思わず距離を取った俺と、彼女との間に壮絶な沈黙が舞い降りる。

 後にも先にも、これほど気まずい沈黙を味わったことはなかった。

「……オズ?」

「ち、違うんだ……ア、アーヴィン」

 彼女の顔から、完全に表情が消える。

 この瞬間の空気が想像できるだろうか?

 他の女の子たちは、アーヴィンと目を合わさないように一斉に俯いた。

 あのシスターですら……である。

 たじたじと後退りながら俺は考える。

 そして、この状況で何を言えばいいのかと逡巡した末に、俺は──

「み、水も滴るイイ女なんて言葉もあるしな……はは……は」

 ──笑ってごまかすことにした。

 俺のわざとらしい笑い声が、空疎に迷宮の中に響き渡る。

 だが、次の瞬間、愛する我が妻(粘液塗れ)は、ぷるぷると肩を震わせてボソリと呟いた。

「……粘液」

「は?」

「水じゃない……粘液」

「あ……ハイ」

 そして、再び息遣いまではっきりと聞き取れるほどの壮絶な沈黙。

(あ……終わったわ、コレ)

 つかつかと歩み寄って来たアーヴィンが、光の消え失せた目を見開きながら、俺の顔を下から抉るような角度で覗き込んできた。

「オズ……」

「は、はい……」

「水も滴るいい女?」

「あ……うん、いい女だと……思う、思います、はい」

 今この状態では、そうとしか答えようがない。

 俺は思わず目を逸らした。だが、それが命取りだった。

「目を……逸らしたわね? そんなに私が見るに堪えないのかしら?」

「い、いえ、け、決してそんな訳では……」

 次の瞬間、我が愛しの粘液妻が絶叫した。

「なら、大サービスよ! 感謝しなさい! アナタも粘液も滴るイイ男にしてあげるからッ!」

「ちょま!? 待って、アーヴィン!」

 そのまま彼女が飛び掛かってきて、俺はあわあわと後ずさる。

 ドンと背中が壁にぶつかったその瞬間、実に運の悪いことにトラツプが発動した。

 背後の壁がガタンと開いて、そこに傾斜角五十度を超える下り坂が出現したのだ。

「えっ!? うわああああああああ!」

「きゃあああああああ!?

 俺はそのまま後ろへと倒れ込み、突っ込んで来たアーヴィンと絡まる様に背後に開いた急角度の傾斜を転げ落ちた。

「オズくん!?

「姫殿下!?

「え? ど、ど、どうしよう!」

「ちっ! 間抜けが!」

 ザザとクロエ、そしてミュシャの慌てふためく声とシスターの舌打ちする音。遠ざかるそれを聞きながら、俺とアーヴィンは暗闇の中を転げ落ちていく。

 光一つ無い暗闇の中へと落ちて行く恐怖。狭い縦穴にアーヴィンの悲鳴が反響し、落ち始めた時点で精神の乱れとともに、照明代わりの火球は消え失せている。

 傾斜を滑り落ちる内に上下の感覚は失われ、地面に叩きつけられるその瞬間が脳裏をよぎって、思わず身体がこわった。

 やがて、宙に投げ出される感覚を覚えたのとほぼ同時に、背中に僅かな抵抗を感じる。次の瞬間、バシャン! と、暗闇の中に大きな水音が響き渡った。

「プハッ!? な、なんだ!? 水!?

「ひ、ひ、ひっ……た、助け……!?

 俺が慌てて立ち上がると、混乱しきったアーヴィンが、水と一緒に喉の奥から声にならない声を吐き出して、必死に俺の身体へとしがみついた。

「アーヴィン! 落ち着いて! ここ、足が着くから!」

「……へ?」

 彼女の間の抜けた声が、暗闇の中に響く。光一つない闇の中ゆえに、はっきりと状況はわからないが、どうやら俺たちは水の中へと落ちたらしかった。

 感触でしか判断できないが、水があるのは恐らく腰の辺りまで。

 耳元には彼女の荒れた呼吸音。身体の正面に柔らかな感触。服越しに人の体温。どうやら彼女は両手両足で、正面から子猿のように、俺にしがみついているらしかった。

 一国の姫としては、暗くて良かったねとしか言いようのない、実にはしたないお姿である。

「……大丈夫?」

「う、うん……な、なんとか」

 手探りでアーヴィンを横抱きに抱きかかえ、俺は水の中から石のフロアへと這い上がった。

 彼女をフロアに下ろすと、密着していた体温が離れていく感覚。急にひんやりとした肌寒さに襲われて、俺は思わずぶるりと身体を震わせる。

「あーあ、もう……びしょびしょ。なんで私がこんな目に……」

 彼女の愚痴めいた声を聴きながら、俺はあらためて掌の上に火球を引っ張り出した。

「ぶほっ!?

 ぼんやりとした灯りの向こうにアーヴィンの姿が浮かび上がったその瞬間、俺は口元を押さえて即座に目を伏せる。

 面白すぎたからだ。

 落下する過程で風圧に逆立った彼女の髪が粘液で固められて、人参の葉の如くに上へと伸びている。ウチの奥さんが縦長過ぎた。

(ダメだ……笑ったら、たぶん火球が飛んでくる)

 俺は必死に笑いを堪えながら、灯りを掲げて周囲を見回す。

 個室のような空間。それほど大きくはない。

 四方を取り囲んでいるのは、第一階層とは違って磨き上げられた大理石の壁。向かって右側の壁に扉の無いアーチ状の出口があって、更にその向こう側には通路が見えていた。

 背後を振り返ると、俺たちが転げ落ちてきた傾斜が天井の方へと伸びている。その真下に目を向ければ、そこにはまるで浴槽のような、並々と水をたたえた大きな窪みがあった。

 傾斜を滑り落ちてきた者が、そこに落ちる構造になっているのを見る限り、殺傷するための罠ではなさそうだ。

(どれぐらい墜ちてきたんだろう? 二階層分ぐらいか……だとすれば、これってもしかして罠じゃなくて、最短コースなんじゃないか?)

 一階層から二階層目をすっ飛ばして三階層。迷宮に入ってすぐの場所に、何のヒントも無く最短コースが隠されていたのだとしたら、この迷宮ダンジヨンの設計者は相当意地が悪い。

(フェリアがこの迷宮を造ったってのは本当なんだろうか? 転生してから聞く彼女についての話は、俺の知ってるあの子とは全然噛み合わないんだよなぁ……)

 もちろん、俺が知っているフェリアは、十歳やそこらでしかない。それ以降、どんな風に成長したかなんて知る由もないのだけれど。

 とりあえず、室内に危険はなさそうだ。俺は、壁面に開いた出口の方へと歩み寄り、そこからそっと顔を覗かせて、左右の様子を窺った。

 左右に続く通路は、人が二人並んで歩ける程度の広さ。見回してみても、灯りが届く範囲には何も見当たらなかった。

 続いて俺は、水を湛えた窪みの方へと歩み寄り、そこに足を踏み入れ、傾斜の真下へと歩み寄って、上の方を覗き込む。

 いくら炎を高く掲げても、上の方まで光が届くことはないし、暗闇の先に微かにも灯りが見えるなどということもなかった。

(これは……上層階への階段を探すしかなさそうだな)

 落ちてきたルートをアーヴィンの『噴射アフターバーナー』で逆戻り出来ないかとも思ったのだが、どうやら壁の穴は、既に固く閉ざされているらしい。登ったところで、その先の壁が開かなければ脱出は不可能だ。

 とりあえずの安全を確認し終えて、俺はアーヴィンの方を振り返る。

「大丈夫だった? 怪我は無いか?」

「ええ……肘を少し擦りむいちゃったけど、それぐらいよ」

「そうか……とりあえずは地上に戻るルートを探さないとだな……。十二時間以上経ったら、俺たちは落第ってことになる訳だし」

「でも、戻るルートなんて、そう簡単に見つかるかしら」

「最悪の場合、俺の魔法で天井をぶち抜く」

「やめなさい。迷宮は歴史的建造物だし、この上にアカデミーの学舎があること忘れてるでしょ」

「言われてみれば、そうか……」

「そうよ。オズって時々恐ろしく雑な発想するわよね」

「……研究者は効率重視なんだよ」

 ジトっとしたアーヴィンの視線に耐えかねて、俺は目を逸らす。

「まずは、このフロアを探索しないと……当然、このフロアにも守護者ガーデイアンは居るわよね?」

「それは心配しなくていい。アーヴィンは、俺が絶対に守るから」

「う……うん」

 彼女は小さく頷くと、照れたような微笑みを浮かべた。

「あ、あはは……でも、地上までどれぐらいかかるのかしら。入口付近を軽く探索するぐらいのつもりだったから、食糧とか全然持ってこなかったのは失敗ね」

「ああ、ちょっと甘く見すぎたな。ところでアーヴィン、食糧と言えば、海産物は好き?」

「どうしたの急に? うん、好きよ」

「ナメクジってのは、貝殻が退化した貝なんだそうだ。食えなくはないかも」

「……今、嫌いになったわ」

「それは残念」

 どうやら冗談が過ぎたらしい。アーヴィンが拗ねたような顔をして、俺を睨んでくる。

「えーと……とりあえず、粘液全部洗い流した方が良くないか? 制服も洗って、乾かして。それぐらいの時間はあるだろうし」

 こういう時、炎属性は便利だ。服を乾かすことぐらい訳もない。

「そうね……オズも粘液で汚れちゃったみたいだし、その……一緒に水浴びしちゃう?」

「……それは、マズいんじゃないかな」

「いやなの?」

 上目遣いに見つめてくるアーヴィンから、俺はそそくさと目を逸らした。

「我慢出来なくなっちゃうから……さ」

 普段の近寄りがたい雰囲気を放ちまくる彼女と、二人きりの時の彼女はほぼ別人。とんでもない甘えん坊なのだ。

「……二人だけなんだよ?」

 確かにシスターアンジェが王宮に居る間は、いつ夜討ち朝駆けを仕掛けてくるとも限らないから、誰ともベッドを共にしない。昨日、ジゼルに処置して貰った後、話し合ってそう決めた。

「ダメだってば、もし始めちゃったら……我慢できなくなっちゃうだろ」

 すると、彼女はニッといたずらっぽい微笑みを浮かべる。そして、こう言った。

「我慢する必要……ある?」

「……ない、かも」

 我慢する必要があるかないかという問題以前に、迷宮攻略の真っ最中、要は授業中である。本来なら性行為などもっての外なのだ。だが、可愛い奥さんにおねだりされて、俺がそれを無碍にできる訳などなかった。

 アーヴィンは粘液に塗れた制服を脱ぎ棄て、身を捩りながら両手で胸を隠す。

「そんなにジロジロ見ないでってば……恥ずかしいのはやっぱり恥ずかしいんだから」

「あ……その、ごめん」

 彼女の裸はもう何度も見ているはずなのに、恥じらう仕草にはやはりドキドキさせられる。

 傾斜の下に湛えられた水は身体を清めるのに充分なほど深かった。そして、幸いなことに常時入れ替わっているらしく、淀みもせずに澄んでいる。

 俺の視線を気にする素振りを見せながら、彼女は水の中にそっと足を差し入れる。

 チャポンとつま先がみなを揺らし、彼女はゆっくりと白い裸身を水の中へと沈めていった。

 水の深さはアーヴィンの胸のすぐ下辺り。彼女は一度、肩まで水の中に沈んだ後、俺に背を向けて身体を洗い流し始めた。

「やだぁ……髪もベトベトぉ……」

 厭わしげにそう口にすると、彼女は突然、頭まで水の中に沈み込んで、勢いよく浮上する。

「ぷはぁ……」

 長い黒髪が弧を描いて水面を叩き、盛大にみず飛沫しぶきが飛び散った。

 俺も制服を脱ぎ棄てて、水辺に腰を下ろす。

 足だけを水に浸けて彼女の姿を眺めれば、ささやかな膨らみを滑り落ちる水滴、乱れた濡れ髪、白いうなじ。宙に浮かべた火球が描く淡い陰翳の中、水と戯れる彼女の姿は、あまりにも幻想的だった。

 しばらくして、ひとしきり粘液を洗い流せたのか、アーヴィンは髪を搾りながら、俺の方を振り返る。

「ずっと見てたんだ……」

「ああ、綺麗だなって」

「うふっ、今更口説いたって、もう好きになんてならないわよ」

「そうなの?」

「だってもう……限界いっぱい大好きだもん。これ以上は無理よ」

 はにかむような微笑みを浮かべて、彼女は水の中を俺の方へと歩み寄ってくる。

 初めて出会った時の、あの虫を見るような彼女の表情が脳裏を過って、今の彼女とのギャップに思わず苦笑する。二人きりの時にしか、彼女のこんな表情は拝めない。

 そろそろ俺も水に浸かろうかと腰を浮かしかけると、アーヴィンがそれを制した。

「オズはそのまま座ってて」

「あ? うん……?」

 アーヴィンは首を傾げる俺を水辺に座らせたまま、その目の前でかがみこむ。そして、俺の脚の間で肩まで水に浸かったかと思うと、いきなり肉棒をパクリと咥え込んだ。

「ア、アーヴィン!?

 彼女の裸身を眺めている内に当然、俺のモノは硬く張り詰めている。その赤黒い先端を頬張りながら、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

「い、いきなりだな……」

「ふぁっへ……ぷはっ、だって、二人っきりになれるチャンスを無駄になんてできないもの」

 咥え込んだペニスを一旦吐き出して、アーヴィンはチロチロと先端を舌で刺激する。

 蠢く舌の感触に、俺は思わず眉根を寄せた。そして彼女が再び俺のモノを咥え込んでゆっくりと顔を前後させ始めると、あまりの気持ちよさに声が洩れそうになる。

 彼女は普段のキツイ物言いとは裏腹に、二人きりの時はいつも献身的だ。最初の夜を一緒に超えてから、俺に尽くそう、尽くそうとしてくれる。ベッドの上では特にそうだ。

 だからなのかはわからないけれど、口淫の上達っぷりは驚くほど。

 おかげで今も、俺のモノはあっという間に極限まで昂り、ともすれば発射してしまいそうなほどに張り詰めていた。

「うぅっ……アーヴィン……」

 呻き声を漏らすと彼女は嬉しそうに俺を見上げて、舌の動きを速める。

「ぷはっ……ちゅっ、ちゅっ、れろれろっ……」

 そして、また肉棒を口から吐きだすと、亀頭に軽くキスの雨を降らせたり、肉茎を舌先でなめあげたりと、今度は焦らすような奉仕に切り替えた。

(アーヴィン、無茶苦茶上手くなってるな……)

 次第に高まってくる射精欲求。俺が身を固くすると彼女は股間から俺を見上げ、肉棒に舌を絡めながら笑った。

「うふっ……我慢できなくなっちゃったんでしょ?」

 一国の姫にあるまじき淫蕩な表情。そして、あまりにも淫らな美しさ。

「誰のせいだよ」

 彼女はふふっと口元を弛ませると、今度は亀頭だけを口に含み、チェリーをしゃぶるように執拗に口の中で舐めまわす。そして、散々先端を嬲ったかと思うと、そのまま幹に舌を這わせ、裏筋を舐め下ろして睾丸までを口に含んだ。