先生の登場で、教室は一応の平穏を取り戻したとはいえ、イニアスは担架で保健室に搬送され、ボルツは真っ青になって俯いたまま。キコは不貞腐れて教室を飛び出し、アーヴィンの俺を見る目は今も氷点下である。
(炎属性なのに氷点下とは、これいかに……)
そして、今は──
「アンジェリーナ・アクィナスだ。あー……アンジェでいい。ムカついたら遠慮なくぶっ殺すから、覚悟しやがれ!」
──と、暴走シスターが教壇の上から、自己紹介とは名ばかりの威嚇を終えたところであった。
(これはもう……できるだけ早く模擬戦で負けて、お帰りいただく方が誰にとっても幸せなんじゃないかな?)
何とも言えない教室の空気に耐えかねて、俺が本気で接待バトルを検討し始めたところで、アルメイダ先生が話を仕切り直そうとした。
「は、はい、それでは、えーっと……アンジェリーナさんのバディは──」
だが、シスターアンジェは先生の言葉を遮って、俺の方へと指をさす。
「おい、先公。アタシのバディは、アイツでいい」
途端にアーヴィンがバン! と席を叩いて立ち上がった。
「アンタ、まだそんなこと言ってるの! 私のバディだって言ってるでしょ! この泥棒猫!」
「いや、泥棒猫って……」
ザザがツッコミながら、苦笑気味に俺の方へと視線を向ける。頭に血の上ったアーヴィンは俺との関係を隠さなきゃいけないという大前提が、すっ飛んでしまっているらしかった。
「いいぜ、力ずくで奪い取ってやるからよぉ」
「ふん、やれるもんなら、やってみなさいよ!」
売り言葉に買い言葉。だが、流石にアーヴィンとシスターアンジェでは勝負が見えている。
確かに、アーヴィンは特訓を経て相当強くなってはいるが、まだシスターアンジェの化け物じみた強さには遠く及ばない。
俺が慌てて割って入ろうとしたところで、先生がパンと手を叩いた。
「じゃあ、オズくんのバディは、姫殿下とアンジェリーナさんの両方ということで」
一瞬、教室の時が止まった。
「はぁああああああっ!? ちょ、ちょっと先生、な、何を!」
アーヴィンが、一国の姫にあるまじき大声を上げると、先生はニッコリ微笑んで、彼女にこう告げる。
「フレデリカ姫殿下が、そうするようにと仰ってましたのでー」
「そんな無茶苦茶な!」
「我慢してください、姫殿下。先生だって、ちょーっとだけおかしいなーとは思いますけれど、昇進したいし、お給金下げられたりしたくないのです」
「教育者が絶対言っちゃダメなヤツ!?」
思わず俺が口を挟むと、先生はまたニッコリと微笑んだ。
「というのは、冗談で」
「冗談には聞こえなかったよね」
ザザが、ジトっとした目を向けるも、先生はお構いなしに話を進める。
「実はですね。ここから次の昇格試験までの実習授業は、バディ単位ではなく、グループ単位になるんです」
「グループ単位?」
「三組のバディ、つまり合計六人で一グループを形成するのですけれど、オズくんたちは、あと一バディを加えて、五人構成ということにしましょう。他のグループより一人少ないですが、そこはアンジェリーナさんが二人分ということで」
すると、アーヴィンが怪訝そうに首を傾げた。
「先生、私も長くこのクラスに居ますけど、今までグループ単位の実習なんてありませんでしたよ?」
「うふふ、今年は特別なんです。今年の最下級クラスは例年に比べてレベルが高いので、試しに上級クラスと同じカリキュラムを施してみたらどうかと法務大臣閣下が仰って、女王陛下が賛同なされたそうですので」
「……お母さまには、後できっちり話をしておきます」
アーヴィンが眉間に深い皺を寄せると、シスターアンジェが先生へと問いかけた。
「まあ、なんでもいいけどよ。グループの実習って何すりゃいいんだよ?」
すると、先生は満面の笑みを浮かべて、こう言った。
「

先生の指示に従って、まずはグループ分け。
俺たちのグループは俺、アーヴィン、シスターアンジェの変則三人バディに、ザザとクロエを加えて完成。順当と言えばあまりにも順当だが、全員が対抗戦出場者である。クラスでも指折りの強豪グループと言っても良いだろう。
「なんというか……オズくんのハーレムみたいだよね」
一か所に集まる俺たちを目にしたミュシャが、何とも言えない顔をする。
授業を休んでいるクロエを含めれば、女子四人の内三人が実際に俺の奥さんな訳で、ミュシャのその一言は、正に正鵠を射ているのだが、妻ではない残りの一人──シスターアンジェは、その表現が非常にご不満だったらしく、ギロリと彼女を睨みつけた。
「あ? んだと、こら!」
「ひぃっ!?」
一睨みで卒倒しそうになっているミュシャ。そんな彼女からシスターの注意を逸らそうとしたのだろう。ザザが、背中から俺へと抱き着いてくる。
「あはは、ミュシャったら、もう冗談ばっかり。ハーレムなんかじゃないってば、だってオズくんは、アタシの婚約者なんだから」
ザザの意図はわかるし、言っていることも間違いではないのだけれど、今ここでそれを口にするのは、油田に松明を投げ込むようなものだ。
案の定、アーヴィンの背中で、メラッと炎が揺らぐ気配がした。
それはともかく、グループは全部で四つ。
俺たちの他にめぼしいところとしては、トマスとアマンダが、イニアスとボルツの他に水属性の男子二人を加え、男子五人に紅一点の逆ハーレムっぽいグループを形成している。
可哀想なのはミュシャである。バディであるキコが教室を飛び出してしまったせいで、キコともども余り物として残りのグループに入れられていた。
グループ分けが済んだにも係わらず、俺たちのところから離れようとしないのを見ればわかると思うが、入れられたグループのメンバーと彼女は、あまり親しくはないようだ。
「ふえぇ……私も、こっちのグループがいいよぉ」
一人だけ別のグループとなってしまったミュシャが、凹みまくった顔で嘆く。
キコは、このツインテールが可愛らしい小柄な少女のことを『落ちこぼれ』と言っていたが、今となってはその表現は正しくない。
ザザとボルトン先輩との決闘以後も、彼女は俺たちとの特訓を継続していてつい先日、オリジナル魔法を完成させたばかりなのだ。
魔力そのものも、その制御も、以前のことを思えば各段に上達している。模擬戦を行えば、おそらくこのクラスの中位以上の成績を収められるはずだ。
(ミュシャについての一番の問題は、自信が無さすぎることなんだけどな……)
ミュシャだけなら是非、グループに受け入れたいところなのだけれど、バディのキコを除外するという訳にもいかない。
(暴走シスターとミュシャを入れ換えられたら、どれだけ気が楽になることか……)
やはり不安の種は、シスターアンジェである。ついさっきも「よろしくね」と声を掛けたザザを、「あ?」の一言で怯ませていた。チームワークなど期待するべくもない。
グループ分けが済んでそれぞれが自席に戻ると、そこからは『
先生の配慮というか余計なお世話と言うか、シスターアンジェの席は俺の右隣に決まった。ちなみに左隣はアーヴィンである。
こんなにスリリングな席は、そうはないはずだ。替わりたいという人がいれば、是非名乗り出て欲しい。本当にお願いします。
だが、予想に反して席に着いた後のシスターアンジェは、非常に大人しかった。
もしかして寝ているんじゃないかと、そっと彼女の方を盗み見ると、「見んな、殺すぞ」と、やたら低い声で威嚇してくる。そして、なぜかアーヴィンが「そうよ、見るならこっちでしょ!」と、意味の分からない発言をしながら、自分の方へと俺の首を捻じ曲げようとした。
うん、アーヴィン。そろそろ、俺たちの関係を気付かれちゃいけないという事実を思い出してほしい。
そんな俺たちをよそに、教壇に立ったアルメイダ先生が、いかにも楽しげに説明を開始する。
「それでは、『
彼女は『
「皆さんも御存じの通り、王都の地下には高祖陛下がお造りになった広大な地下迷宮が広がっています」
(思いっきり初耳なんですけど!?)
思わずアーヴィンの方に目を向けると、「当然でしょ」と言わんばかりの顔をする。どうやら、これも俺が知らないだけで、皆にとっては常識らしい。
(地下
俺が思わず眉間に皺を寄せると、俺の心を読んだわけでもないのだろうが、アルメイダ先生がこう告げた。
「このダンジョンは、大英雄オズマの陵墓として造られたものと言われております」
(……つまり、俺、明日から自分の墓を荒らしにいくんですね?)
セルフ墓荒らしとは、斬新にも程がある。
「このダンジョンの最奥には、大英雄オズマの遺体が安置されていると言われておりますが、正教経典に記されているところによると、このダンジョンは全五十階層。ちなみに、十階層より下への降り方を御存じなのは王家の方々のみ。五十階層に到ってはまだ高祖陛下以外の誰も足を踏み入れておりませんから、本当にオズマの遺体があるかどうかは誰にもわかりません」
そこで、アマンダが手を挙げる。
「もしかして、ワタクシたちで未踏破の五十階層を攻略するということですの?」
すると、先生は苦笑しながら首を振った。
「いいえ、今回皆さんに課せられた課題は第十階層、通称『鏡の間』への到達です。到達の証しとして、そこにある碑文に記された文章を正確に描き写してきて提出。それで課題は達成となります」
途端に、いくつも安堵の吐息が聞こえてきた。
確かに、それぐらいなら何とかなりそうに思える。だが、弛緩した空気を締め直すように先生がこう口にした。
「皆さん、安心するのは早いですよ。各フロアには、無数の罠と
「
ザザが首を傾げると、先生はさらっととんでもないことを言い出した。
「先日、対抗戦に現れた巨大ゴーレムみたいなものですね。あそこまで巨大なものは居ませんが……」
一気にざわつく生徒たち、そんな中でシスターアンジェが、犬歯を剥き出しにして楽しげな笑みを浮かべる。
「それは、ぶっ壊していいんだよな?」
「ええ、お好きなだけどうぞ」
先生がそう口にするやいなや、シスターアンジェは俺の方へと指を突き付けてきた。
「おい、てめぇ、コラ! どっちが多くぶっ壊せるか勝負だ!」
「いやだってば」
「なんだ、逃げんのか? あぁん!」
「壊すのが課題じゃないだろ?」
「ちっ……つまんねぇヤツ」
シスターアンジェがプイっとそっぽを向くと、先生が苦笑しながら、再び口を開いた。
「ちなみに『
「それはつまり……迷宮内で夜を明かすことは禁止ということかしら?」
アーヴィンが問いかけると、先生は大きく頷く。
「ええ、そうです。皆さんが迷宮に侵入してから十二時間以内に帰還が確認されない場合、教員による捜索隊を派遣します。捜索隊が派遣された時点で、そのグループは落第となりますので気をつけてくださいね」
すると、アマンダが怪訝そうな顔をした。
「十階層までなら、十二時間で往復できるということですの? そんなに短時間で往復できるのなら、大した課題ではないのではありませんか?」
「良い質問ですね。十二時間以内に往復は可能です。但し最短ルートであれば」
「最短ルート?」
「つまり、迷宮探索を繰り返して最短ルートを調べながら、毎日階層深度を深めていく。この課題はそういう作業です」
「……意外とシビアだな」
思わず、そんな言葉が俺の口を突いて零れ落ちた。
勢い任せに下層へ下層へと進んでも、それが最短ルートでなければ、どこかで失格になる可能性が高いということだ。そして、地道なマッピングが必要になる以上、俺達には、この突貫シスターの存在がハンデとして圧し掛かってくる。
(頭の痛い話だな……)
「あと……即死する類の罠はありませんが、負傷することは充分有り得ます。攻略期間中は各フロアの階段傍に係員が常駐しておりますので、問題があれば救助を求めてください」
「それぐらいの安全対策はしてもらえるのね」
アーヴィンが独り言のようにそう呟くのを耳にして、俺は彼女に問いかけた。
「精霊魔法に治癒系の魔法ってあるのか?」
「ええ、風系統と土系統の魔法には癒やしの効果を付与できた筈、あとは固有魔法でそういう魔法を使える人もいるわ。たぶん各フロアに常駐する係員は、そういう人の中から選ばれるんだと思う」
「風系統か土系統……それならシスター、アンタは治癒の魔法は使えるのか?」
俺が話を振ると、シスターアンジェは面倒臭げに目を細める。
「あ? 誰に物言ってんだ、てめぇは! こちとらシスターだぞ? シスターといえば癒やしだろうが!」
『シスターと言えば癒やし』、その一言に、クラスメイトが一斉に彼女の方を二度見した。

「女王陛下、フレデリカ姫殿下がお戻りのようでございます」
ワタクシ──ジゼルがそう告げるのとほぼ同時に、テーブルの上で水差しが泡立ち、そこから激しく水飛沫を撒き散らしながら、全裸の姫殿下が飛び出して参りました。
「フレデリカ……もう少し登場の仕方を考えて欲しいものですわね」
飛び散った水でびしょ濡れになった女王陛下が、じとっとした目で自らの娘を見据えられます。
「うふふ……ごめんなさい。お母さまに一番近い場所を選んだのですけれど」
フレデリカ姫殿下の固有魔法「スプラッシュムーブ」は、水から水へと瞬時に移動する魔法でございます。服を着たままでも問題なく移動出来るはずなのですが、恐らく濡れるのを嫌って脱がれたのでしょう。
「それで……シスターアンジェの件、オズマさまにお願いできましたの?」
「はい、まさに今、そのお話を済ませたことをご報告に参りましたの」
「それは重畳」
女王陛下が、たかが編入生一人のことを気に掛けるのには、相応の理由がございます。
高祖フェリアの残した予言によりますと、オズマの五人目の妻が『巨乳のシスター』であることだけはわかっているからです。
アーヴィン姫殿下が二人目、ザザさまが三人目、クロエさまが四人目と実に予言通りにオズマさまは妻を娶られております。では、五人目は……と、目星を付け始めたところで、女王陛下の下に正教会から、シスターアンジェを預かって貰えないかという打診が参ったのです。
そして女王陛下は、これはもうシスターアンジェが五人目に違いないと、早速オズマさまに押し付けたと……まあ、そういうわけでございます。
『巨乳』の部分は、誤差の範囲であろうと……。
女王陛下に彼女を預けようというのは、実に思い切った処置だとは思いますが、正教会側の事情もわからなくはございません。
対抗戦のテロで数多くの神官、シスターが負傷。更には双子のシスター。その片割れは『
その上、最強戦力であるシスターアンジェを失う訳にはいかないと、そう判断されたのでしょう。
正式に彼女が五人目に確定するまでは、オズ・スピナーを名乗る少年がオズマ本人であることを隠匿する必要がございますが、女王陛下はもう決まったも同然と、本日以降の彼女の滞在先として、後宮の一室を宛がわれました。
女王陛下が、言い出したら聞かないのは今に始まったことではございませんが、メイドの立場としては、実に厄介なことになったというのが、率直な感想でございます。
「丁度良いですわ、フレデリカ。あなたも聞いておいきなさい。それで、ジゼル……マレクという殿方からは、どんなお話を聞けたのかしら?」
フレデリカ姫殿下の登場で話が逸れてしまいましたが、先般の女王陛下暗殺未遂事件、その首謀者であるマチュア独立派幹部のマレクという男を拷問して聞き出した話、ワタクシはその報告を行おうとしていたところでございました。
「はい、まずは残念なお知らせからでございますが、マチュア王家は、すでに独立派の支配下にあるようでございます」
「そうなのですね……」
女王陛下は顎に指を当て、なにやら思考を巡らせ始められます。
「あまり気は進みませんけれど、マチュア王家を廃して併合を進めねばならなくなりそうですわね……」
マチュアは属国ではございますが、それを完全に取り込んでしまうとなれば、それはかなり困難なことでございます。少なからず血も流れることになるでしょう。
「マチュア王家を廃して、あらたな傀儡政権を据えるという手もございますが、いずれにせよ問題は独立派の首魁でございます。その人物を排除できれば、独立の気運は霧消するかと……」
途端に、女王陛下は少女のように唇を尖らせられます。
「帝国最後の皇帝を僭称されておられる方でしたわよね……子孫でもなく、本人であると」
「はい……マレク自身も直接の面識はなく、存在そのものが怪しゅうございますが……」
「一度、マチュアの状況を確認する必要がありますわね……」
女王陛下は、再び顎に指を当てて黙考されます。そして、しばらく考え込まれた末に、自らの娘へと顔を向けられました。
「フレデリカ、行ってくれますか?」
「お任せください。お母さま」

「くそっ! くそっ! どいつもこいつも舐めやがって!」
俺──キコ・クリスナは、教室を飛び出して屋敷に帰るなりメイドに鞄を投げ渡し、親父の執務室へと足早に向かった。
苛立ちは臨界点。アカデミーに入学する以前に思い描いていたのと、今の状況は似ても似つかない。親の権力は絶大で精霊力も人並み以上、見た目だって悪くない。地方分校では神童とすら呼ばれていたこの俺様を蚊帳の外にしやがるなど、そんなこと絶対に許されて良い訳がないのだ。
(本当なら今頃、女を侍らせているのは、俺のはずだったんだ!)
そもそもケチの付き始めはオズ・スピナー、あの野郎だ。
劣等属性のくせに、近衛騎士の姉の威光を振りかざし、色目を使って姫殿下を篭絡。対抗戦で巨大ゴーレムを倒したって話も、きっとたまたまゴーレムが魔力切れか何かで停止したのを、アイツが倒したと言い張っているに違いなかった。
そして気に入らないと言えば、もう一人──シスターアンジェだ。
(卑しい身分の癖にデカい顔しやがって! 乳も無ければ、女らしさの欠片もねぇ。大人しく従ってりゃ可愛がってやったものを! あのアマ、親父に頼んで罪をでっちあげてでも牢にぶちこんでやる!)
全裸で土下座する彼女の頭を踏みつけにする光景を思い浮かべて、俺は思わず口の端を歪める。
(まあ、泣いて詫びるなら、ペットとして飼ってやらなくもないがな)
怒りまかせに大きな足音を立てながら廊下を進むと、途中で執事が両手を広げて俺の行く手を阻んだ。
「坊ちゃま、お待ちください! 旦那さまは今、大事な御来客で……この先には誰も入れるなと仰せつかっております」
「あ? 来客? 知るか! こっちの方が急ぎだっての!」
必死に止めようとする執事を振り払って、俺は親父の執務室の扉を開け放つ。
扉の開く音に、ビクッと振り向く親父。俺にしがみついていた執事が慌てて声を上げた。
「だ、旦那さま、申し訳ございません! ぼ、坊ちゃまが……」
大体の
「はぁ……キコ、せめてノックぐらいせんか」
親父が大きく溜め息を漏らすと、その向かいのソファーに座っていた人物が、微笑を浮かべて口を開く。
「まあまあ、クリスナ卿。元気の良い殿方は好ましいと思いますわ」
その人物に、俺の目は釘付けになった。
それは、実に妖艶な雰囲気の漂う美少女である。
年の頃は、俺とほぼ同年代の十七、八。真っ直ぐに切りそろえられた前髪。ストレートロングの黒髪。赤いドレスに包まれた肢体は細身ながら出るところは出、引っ込むところは引っ込んで、実にグラマラスな印象を受ける。
法務大臣である親父の来客にしては違和感があるが、出来ることなら自分のモノにしたい。そう思えるような美少女だった。
「まあいい。どちらにしろ、お前には紹介するつもりだったからな。キコ、こちらはビューエルの有力貴族、アモット家のキャリー嬢だ」
「ビューエル?」
親父の紹介に、俺は思わず首を傾げる。
ビューエルは、マチュアを挟んでその向こう側にある国だ。
独立国ではあるが、我が神聖オズマ王国とは対等とは言えない同盟関係にある国で、俺の認識としては属国と大差がない。鉱物資源に恵まれているとは聞くが、交易も大半がマチュア経由で行われるために、印象としては滅多に名を聞くこともない、非常に地味な国という程度である。
「そんな遠い国のご令嬢が、なんでウチに居んだよ?」
「留学だ。アモット家は、ビューエル王家と繋がる名家だが、我が家とは先々代の頃から懇意にしてくださっておる。今回、キャリー嬢の留学にあたって、滞在先として我が家を頼ってくださったのだよ」