温泉街にて
「ショウタさん、ショウタさん。起きてください」
「着いたわよー」
優しく身体を揺すられ、目を開ける。どうやらぐっすりと眠っていたらしい。外はすっかり夜も更けており、時刻は19時ごろか。まあ初の『ダンジョンボス』戦を経験した上に、初のダンジョンコアとの対面だもんな。疲れが溜まるというものだ。
「お嬢様も起きてください」
「むにゃむにゃ……」
だけど、ダンジョンボスでもその手前のレア戦でも、前線で盾役をこなしたり旅行先まで運転をしてくれてるアイラの方が大変だったはずだ。でも彼女は、その顔には一切の疲れを見せないでいる。
あとでちゃんと労ってあげないと。
「ではご主人様。温泉は貸切にしておりますので、混浴と洒落込みましょう」
「え?」
心を読まれて先読みされるのはいつもの事だが、混浴だと!? それ、他の皆は……。
「「……」」
知っているみたいで、露骨に視線を逸らす。1人は寝ぼけているので、まだちょっと、うとうとしていた。
車を降りた後は、先頭を歩くアイラに着いていくと、和風の旅館へと辿り着いた。正面玄関に飾られたのぼりには、見慣れた協会のマークと、見慣れない家紋の2つが並び、予約者の看板にはデカデカと『Aランク冒険者チーム 天地様御一行』と書かれていた。
ちょっとどころかかなり恥ずかしいが、聞けばそういうものだという。
「世間ではゴールデンウィークですから、本来であればこの辺り一帯の旅館は賑わいを見せるものです。ですが、宝条院家の伝手を使えるこの旅館では、懇意にしている冒険者チームが貸し切る事は多々あるのです」
見慣れない家紋は、宝条院家のものだったのか。
「その為、外部アピールのためにも、ああやって派手に宣伝する必要があるのです」
「箔付けってこと?」
「そのようなものです」
「ふーん……」
そうして、玄関をくぐれば熱烈な歓待を受ける。慣れない空気の中、手慣れた彼女達に身を任せて客間に辿り着くと、そこは畳の香りに懐かしさを感じる和室だった。
さっき寝たばかりだけど、ここで身体を休めればぐっすりと眠れそうだな。テーブルを囲んでお茶を啜っていると、アイラが『予定表』と書かれた紙を取り出した。
「さて、ご主人様。もうご存じかと思いますが、ここは温泉街です。そして宝条院と早乙女、両家共に縁が深い場所でもあります」
「へぇ。どんな縁があるんだ?」
「はい。宝条院と早乙女に生まれたものは、必ず通うことになる武術院がございます。そこでご主人様には、扱いきれていないステータスを身体に慣らし、更には基礎的な武術の見直しをして頂きたく思います」
「となると、皆はここに来たことがあるんだ?」
「はい。初期のダンジョンブレイク……。いえ、スタンピードの時にここに避難してきて、その時にお世話になりました」
「わたくしもその時期にお世話になりましたわ!」
最初期と言うと、2年目突入直後のあの事件だな。となると、もう9年も前か。
「どのくらいの期間お世話になったの?」
「通信教育を受けながら、大体2年くらいかしら」
「2年もか……」
「ちなみに私も、お嬢様とは別口ですが修行をつけていただきました。ダンジョンが出現する前に1年、出現後に1年ほどですね」
「なるほど、全員先輩なわけだ。……でも俺、数日くらいしか日程取れなくない?」
「はい。ですので、基礎的な事を流した後はひたすら独自メニューでの修行ですね。とはいえ、あくまでもメインの目的は湯治ですので、修行は明日からです。今日はゆっくりしましょう」
良いのかなぁ。こういうのって、結構ガッツリみっちり時間を使ってやるもんだと思うんだけど。
「ご主人様の場合、ステータスの限界値と扱える技量は、強敵達との戦いの中で伸ばしてきました。ですので、今回の修行では、今後の強敵戦において『効率よく』成長できるように、地盤を整えるのです」
「なるほど?」
言いたいことはなんとなくわかった。まあ、100回の練習より1回の本番だよな。そうして今回の旅行スケジュールを説明してもらっているといい時間になったようで、部屋に料理が運ばれて来た。これはいわゆる、懐石料理という奴だろうか?
豪華だし美味しそうだし、実際美味しかったんだが……。
「なんと言うべきかな、この感覚」
「ショウタさん、お口に合いませんでしたか?」
「いや、マキとアイラの食事に慣れてるせいか、感動が薄いというか、どうしても比べちゃうなーって。いやまあ、美味しいんだけどね」
どうにも上品な味わいが多くて、慣れてないせいもあるんだろうけど、味を理解して美味さを感じるまでに、ワンテンポ遅れるような感覚なのだ。
「えへへ、ありがとうございます」
「ご主人様にそう評されると、嬉しいものですね」
「んふ。気持ちは分かるけど、旅館の人がいるところで言っちゃダメよー?」
「分かってるって」
そうして会話をしている間も、隣にいるアヤネは黙々と食事を摂っていた。
その食べ方は上品そのもので、食器の音も立てないし、食事中は静かにしないといけないという空気を全開に発していた。普段はそんな空気を微塵も発さずに楽しくお喋りしてくれるんだけど……。一体どうしたんだ? もしかして、この料理のせいかな?
お嬢様としての気質が前に出ているような感じだ。
「アヤネー」
食事中のほっぺをプニプニする。
「ふゃっ!?」
驚いた彼女は可愛らしい悲鳴を上げた。どうやら集中して、俺たちの会話に気付いていなかったらしい。
「アヤネ、食事の雰囲気に呑まれてたか?」
「はうう、ごめんなさいですわ。昔、ここで食事をしてた時を思い出してしまって……」
甘えん坊なアヤネが食事中こうなるって、どんだけ空気が重かったんだか。
「まあ昔は昔、今は今だ。のんびり楽しもうぜ」
「えへへ、はいですわ」
そうして皆で食事を楽しんだ。
そして、問題の時間がやってきた。
◇
「ほらショウタ君、なにぼーっと突っ立ってるのよ。早くこっちに来なさいよー」
「ショウタさん、そんなにマジマジと見つめられると、恥ずかしいです……」
「旦那様ー! とっても気持ち良いですわー!」
「フフ、効果は抜群のようですね。ご主人様はモロ見えよりも、ギリギリの着衣を好まれます。旅館にお願いをして、バスタオルの使用許可を得て正解でした」
アイラがドヤ顔を決めているが、今はいい。問題はこの、ほぼ強制的に発生した混浴イベントに、どう対処するのが正解かだが……。
アキは堂々としたもので、湯船に浸かりながら早く入れと催促している。だがあの態度は薄氷の上で成り立っているものだろう。どうせバスタオルが無ければ、縮こまっていたに違いない。
マキはバスタオル有りとはいえ、恥ずかしいようで背中を向けている。だがそれはそれで、その汗ばんだ背中からうなじまでのラインが美しく、思わず吸い込まれそうになる。
アヤネは、こんな時でもいつも通り元気いっぱいだ。食事中は淑女然としていたのに、子供の時にできなかった分全力ではしゃいでいる感じがする。そんなに動き回ると、バスタオルがずり落ちちゃうぞ。
アイラはその圧倒的なプロポーションを隠そうともせず、湯船の縁に腰掛けている。1度湯船に浸かってから座り直した影響か、バスタオルがぴっちりとお肌に張り付き、ところどころ透けていて、直視が難しいほどの色気を発している。
「もー、いつまで見惚れてるつもりー?」
「ショウタさん、風邪ひいちゃいますよ?」
「旦那様、まだですのー?」
「ご主人様、我慢できなくなったらいつでもお申し付けください」
「はぁ」
ま、なるようになるか。
俺は意を決して温泉へと飛び込んだ。
◇
翌日、俺達は例の道場へと向かっていた。その足取りが軽いのは彼女達くらいの物で、俺の足取りはちょっと重かった。
「……おかしいな。俺は湯治に来ていたはずなんだけど、休んだ気がしない」
そうぼやくと、彼女達が視線を交わらせる。
「ふむ。やりすぎましたか?」
「やっぱり、1人2回は負担が大きかったみたい」
「『ダンジョンボス』の後ですから、余計に影響はありそうです……」
「でも昨日の旦那様、素敵でしたわ」
「ええ、本当にね」
「格好よかったです」
「これは早急に、『初心者ダンジョン』の第四層攻略を優先すべきですね」
第四層? 何かあるんだろうけど、視線を送ってもアイラはにっこりと微笑むだけだった。俺はもうAランク冒険者だし、権限的にも積極的に調べれば支部長経由で情報が回されてきそうだよな。けどどうせなら、ダンジョン攻略は全力で楽しみたいから、なるべく情報は集めないまま挑みたいところだ。以前、マキを迎え入れる時に支部長から、このダンジョンの詳細ドロップリストをデータとしてもらっていたけど、結局まともに開いたことは無かったしな。この考え方は、あとで彼女たちにも共有しておくか。
「ご主人様。到着しましたよ」
そうこう考えていると、どうやら目的地に到着したらしい。目の前には、立派な門と看板が立てかけられていた。
「……『魔闘流』?」
聞いたことない流派だな。というか、ちょっと厨二臭くないか?
「ご主人様。この武術院は、はるか昔から存在する由緒ある流派でした。ですが、スタンピードのあと、各地にある武術院や道場が今のままではモンスターに太刀打ちできないと危惧し、合併する事となりました。そうして出来上がった対モンスター用の流派こそ──」
「この『魔闘流』ってことか。魔物と闘う為の流派、ね」
アイラはしれっと紹介したが、各地に散らばる道場を纏め上げるなんて簡単な事ではなかったはずだ。誰かが音頭を取らないとまともに成り立たないと思うが、誰が先頭に立ったんだろうか。……まさかここで、宝条院家が関わってくるのかな?
「では参りましょうか」
そうして敷地を跨ぎ、俺達は誰もいない広々とした道場へとやって来た。
「……懐かしいな、この空気」
ダンジョンが出る前は、俺も街中にある道場に通っていた事を思い出す。ステータスが何よりも重要視される社会になって以降、もう来ることはないと思っていたが……。また来ることになるとはな。
しかし、本当に誰もいないな?
「こういう所って、道場主とか師範代とかいるもんじゃないの?」
「普段なら門下生でいっぱいですが、こちらも貸し切らせていただきました」
なんだかAランクになってからというもの、貸し切りが当たり前のようになってきたな。
「そんな状態で何を修行するのさ」
「まず、この道場ですが冒険者用に改築されているため、非常に堅牢です。ご主人様がちょっと本気を出したくらいで壊れるほど柔ではありません」
「ほう」
「そして誰もいない広い空間というのも、中々確保がし難いものです。各協会には修練場がございますが、こちらを貸し切るのは現時点では難しいでしょう。そしてダンジョンではないため、モンスターからの横槍が入ることもありません」
まあ確かに。誰からも見られない環境で、広い空間かつ、壊れにくい場所となれば、用意するのも大変か。そういう意味では『ハートダンジョン』の第二層は広くて使えそうだけど、俺の都合で遊びに来ている人達をどかす訳にもいかないし、東西エリアは遊ぶだけならまだしも修行するには少し狭いよな。
「ではまず、基礎の基礎である、座学から始めましょう」
「座学かよ」
「そう言わずに。すぐに終わりますから」
そう言ってアイラはホワイトボードを取り出した。
「まずご主人様は、現在ステータスの全てを十全には扱えていない。そうですね?」
「ああ」
「その状態で各種ブーストスキルを使った場合の挙動について説明します」
「お」
それはちょっと気になっていた。ステータスを満足に使いこなせていないのに、ブーストスキルを使えばしっかりと結果にだけは反映されるのだ。俺としてはいつものように力を振るっているだけなのに。
「まずブーストスキルですが、腕力系、頑丈系、俊敏系の3種類をお持ちですよね。これらはご主人様が扱える力の最大値に対して、乗算した結果を得る事ができるスキルです。一概に言えば、これらのスキルを使ったとて、実際にご主人様のステータスが変化することもなければ、扱える力が増すわけではありません」
うん、やっぱりか。
「ですので、これらに頼ってばかりいては地力の強化には繋がりません。今回の修行では一切の使用を禁じます」
「了解だ」
「まずはご主人様の基本的は動きから見て行きましょう。ですがスキルがありますので、煩わしい最初の導入は全カットです」
「なるほど?」
「ご主人様の持つ武術系のスキルは『体術Lv9』『格闘術Lv2』『剣術Lv5』『槍術Lv8』『弓術Lv2』でしたよね。まずは『魔闘流』で教えている各技術を流していきましょう」
「よろしくお願いします」
今回ばかりはアイラが先生なのだ。礼儀を忘れず、頭を下げる。
「いいでしょう。しっかりついて来てくださいね」
「ではアイラさん、ショウタさんをお願いしますね」
「お任せください」
そう言ってマキ達は道場から出ていく。何か用事でもあるんだろう。
「ご主人様、集中を」
「はい、すみません先生」
◇
そうして各技術について、入門編から応用編、免許皆伝にいたるまで、本当にさっと流す感じでアイラは教えてくれた。そんなすぐには身につかないだろうと最初は思っていたが、スキルがあるおかげか、教えられればすぐに技術を取得し、アイラの動きを模倣することができてしまった。ただまあ、スキルレベルが低く普段から使用頻度の低い『格闘術』に関しては、途中でついていけなくなってしまったが。
それ以外の技術も、模倣できただけで本番ですぐに使いこなせるとは思わない。練習あるのみだな。
「では次に、今の技術を駆使して私と組み手をしましょう。防具も無ければ外装も禁止です。まずは私が攻撃しますから、ご主人様はひたすらに回避をしてください。制限時間は……5分としましょうか」
「よろしくお願いします!」
そうして攻守を入れ替えた組み手を1セットとして、合計で3セットしたところで、俺は少し息を切らせているのに対し、アイラは涼しい顔をしていた。俺は被弾しまくるのに、アイラは全部回避してくるのだ。こっちは30分間全力でやったってのに、こやつめ。
アイラには技量やら何やら、色々と敵わない部分があるのは承知の上だし、この結果も分かりきっていた事ではあるが……。やっぱり悔しいものは悔しいな。
そんな俺の姿を見て、アイラは優しく微笑んだ。
「では続けて、回避の次は防御の練習です。先ほどと同じ流れで、今度は攻撃を避けずに防いでください」
「よろしくお願いします!!」
アイラのスパルタ修行は始まったばかりだ。
◇
無手での回避、防御、そして受け流しの修行を行った。アイラ曰く、これは『魔闘流』の基本動作となるらしい。この3種を3セットし終えたら、次は木刀を使った3種3セット。その次は体術と剣術なんでもありの3種3セットが待っていた。
終わる頃には俺もアイラも汗だくになっており、俺はまともに立てなくなっていた。
「ぜひぃ、ぜひぃ」
途中、昼食の為の大休憩や小休憩も挟んだが、組手は朝の9時から始めたのに、もうお昼の3時になっている。結構熱中しちゃったが、ちょっとは成長できただろうか。お昼休憩に戻ってきたマキ達は、こうして各種セットの合間に汗を拭いていてくれていたが、この瞬間が本当に心地良い。もう、このまま寝ちゃいたい気分だ。
「ご主人様。何を終わった気になっているのですか?」
「……
っ!?」
まだ、終わりじゃない……!?
「次は、奥方様……。アキ様とマキ様、それからお嬢様の3人からの攻撃に回避・防御・受け流しを行ってください。私と違って攻撃することは躊躇われるでしょうから、攻撃のターンは不要です」
そうして、限界になって笑う脚は、『回復魔法』で疲労だけ治され、修行が再開させられた。『回復魔法』は怪我や状態異常の治療だけでなく、軽微の疲労値すら回復する能力を持っているらしい。けど、それは疲労値の回復であって、失った体力だけはどうしようもないので、疲れてないのに体力はないという変な状態になっていた。
「それではショウタさん、行きますね?」
「最初は手加減してあげるわねー」
「はわわ、旦那様。痛かったらごめんなさいですわ!」
最初は遠慮がちに攻撃してきた彼女達だったが、疲労が抜けたことで攻撃がことごとく回避される現実に、彼女達も次第に熱が入ってしまい、最後には容赦のない拳と足、それから槍と魔法が飛んでくるのだった。そして最後の締め括りとして、それぞれの修行を収めたカメラ映像を使って、反省会だ。褒められたりダメ出しを受けたりして、その日の修行は終了。
旅館に直帰し、温泉に浸かって汗と疲労を流す。そして食事を摂ったら、泥のように眠った。
そうして次の日、午前中はアヤネとアイラの主従コンビ、アキとマキの姉妹コンビと交互に組み手を行い、午後は4人対俺という構図で3セットの修行を行うのだった。
◇
「今日はもう終わりでいいのか?」
時刻は午後3時ごろ。俺達は今、帰路についていた。
今日で旅行3日目なので、明日には帰らなければならないのだが、想定よりも早くに修行が終わってしまい、拍子抜けしていた。昨日はここから追い込み修行をしたというのに……。けど、今日は昨日と違って周りに目を向ける余裕があるので、皆の様子を見ることができていた。
程良く汗をかき、上気した彼女達からは何とも言えない色気を感じた。
「修行は何でもかんでも詰め込めば良いというものでもありませんからね。それに、旅行は明日までですが、必要とあらばまた来れば良いのです」
「まあ、それもそうか」
必要なら、また休暇を取ればいいだけだもんな。それこそ好きなだけ。
「それに、あまり無理に詰め込むとご主人様の睡眠も深くなり、1日お預けになりますから」
アイラがボソリと呟き彼女達も小さく頷いた。……取ってつけた理由より、絶対そっちが本音だろ。
「それはともかく、なんで皆、このタイミングで浴衣なんだ?」