「旦那様!?」
回転する視界の中、離れていくその巨体を見て初めて理解した。殴りつけてきたあの岩の塊は、『ジャイアントロックゴーレム』の巨腕で、俺はそれに吹き飛ばされたのだ。奴の身体は全身が堅固な岩で構成されているはずだが、あの巨体でどうやってあれほどのスピードが出せるのか。
ひとまず、観察するためにも現状を立て直さなければ。俺は空中でバランスを取り、魔法を行使する。
「エアウォーク!!」
俺は背面に足場を縦に呼び出し、激突により勢いを殺す。そして直後に2枚目の足場を直下に出現させ、落下を防いだ。ぶつかった衝撃で背面の『エアウォーク』には亀裂が入ったが、割れるまでには至っていないようだ。
これで、パネルが割られたりしない限り、ここから落下する心配はないだろう。
「ふぅー……」
上空へ上がったり移動したりする分には使えないが、咄嗟の落下防止用としてはこの魔法は有用だな。一応、使える場面を想定してイメトレしておいてよかった。
アイラからは『空から落ちる場面を想定してください』とか言われたときは、何言ってんだコイツと思ったけど、どうやら俺の想定が甘かったらしい。
エアウォークに失敗して空から落ちるならまだしも、敵に吹き飛ばされる場面なんて、凡人には想像がつかないよ……。
「旦那様、ご無事ですか!?」
一息ついていると、アヤネの叫びが聞こえた。
下を見れば、地面からは30mほど離れていて、アイラがアヤネを背負って不安定な足場を走り回っていた。追いかけているのはあの巨人と、周囲に再出現したゴーレムの群れだ。俯瞰して見る事で改めて分かった事だが、俺は奴を舐めていた。今更『俊敏』400なんて大したことないと。
だが、それは大間違いだった。
まず奴は、1歩1歩がいちいちデカイ。つまり距離の詰め方1つとっても普通の人間とは尺度が違い過ぎるんだ。その上動きも軽やかな上にパワーもあるから、あの岩の腕は脅威そのものだ。
それに、速度の違うモンスターに追われるというのもまた厄介だ。一番素早いモンスターに注意してグルグルと回れば、そのうち周回遅れした敵と正面や死角から鉢合わせる事になる。『金剛外装Ⅲ』を覚えたアイラに滅多なことがあるとは思えないが、早急になんとかしなければ。
「ああ、無事だ!」
『ピシッ』
無事を知らせた直後、不意に嫌な音がしたので視線を動かせば、愛用のサブウェポンである『御霊』にヒビが入っていた。
「あの時か……」
これは撮影なんて悠長な事は言ってられない。近接戦は諦めて、この場所から奴を始末する!
「2人とも、反撃開始だ! 攻撃を入れながら引っ張ってくれ!」
「はいですわ!」
「お任せを!」
『カイザーヴェイン』を構え、弦を引き絞る。危険度からすればレアモンスターからと言いたいところだが、生憎奴はちょうど俺に背を向けている。今の状態ではコアの位置が見えないので、あれは後回しだ。
まずは周回遅れしている連中から射止める。
「おらっ!」
距離だけでなく高低差もある分、今まで以上に狙いにくいが、わがままは言ってられない。ここまでゴーレムには百発百中だったが、何発かミスが生じてしまう。
だが、幸いにも矢の在庫を気にする必要がないので、大した問題ではなかった。
けどやっぱり、せっかく撃つんだから綺麗に一発で決めたいよな。
「となると……マジックミサイルか」
この魔法は風による影響を受けないし、俺の意思で自在に動く。コストは矢30発分と重いが、正確に相手を射抜ける以上こちらの方が楽で良いな。
魔法により次々とゴーレムが土へと還り、アイラを追うモンスターは『ジャイアントロックゴーレム』のみとなった。
よし、これである程度余裕が出来たはずだ。改めて奴を観察しよう。
「んー……」
『知覚強化』のスキルでその全身を隈なく観察したところ、どうやらあの軽快な動きの秘密は関節部にあるようだった。肩や脚の付け根には微細な砂がまとわりついており、それが緩衝材となる事で滑りを良くしているらしい。あれも『砂塵操作』による力の一部という訳か。
更には、アヤネやアイラによる攻撃も、削った先から砂を使って補修している。あれでは、奴の魔力が尽きるまで永遠に決着がつかないだろう。コアに対しての攻撃は、その軽快な動きで避けたり巨腕でガードまでしてくるようだ。なんとも厄介なモンスターだ。そう考えていると、ようやく奴の中心にあるコアが見える位置までやって来た。
どうやら、アイラが走り回りながらも、上手く位置調整をしてくれているらしい。
「流石アイラ」
しっかし、デカい図体で回避も防御もそつなくこなす相手か……。なら、そのガードの腕すらも貫通する、超速度の攻撃で吹っ飛ばすしかないだろ!!
「ご主人様、決めて下さい!」
「ああ! 『剛力Ⅲ』『怪力Ⅳ』『金剛力Ⅱ』『紫電の矢』『力溜め』」
『ヂリッ……バチバチバチ!』
「うわっ」
『紫電の矢』から荒々しい稲光が発生した。今までこんな現象が起きたことはなかったが、俺のステータスが上がったことに加えて、多様なスキルを重ねがけしたからだろうか。
「『真鑑定』」
名前:雷鳴の矢
品格:《固有》ユニーク
種別:武技スキル《弓》
説明:武技スキル・紫電の矢の力を限界まで引き出し、進化させた姿。使用する度、魔力を500消費する。最大5体まで貫通する。衝撃、貫通、雷、炎のダメージを与える。
「進化か……気に入った! 貫け、『雷鳴の矢』!!」
『ズパァン!』
空気が破裂したような音が鳴り響き、その瞬間奴の身体のど真ん中に大きな穴が開いた。『ジャイアントロックゴーレム』は身体を維持できなくなり、バラバラに崩れ落ちていく。そうして、砂埃を上げながら煙へと変わり果てるのだった。
【レベルアップ】
【レベルが55から92に上昇しました】
「うへー、めっちゃ緊張したー!」
俺はその場にへたり込むと、下から楽しげな声が聞こえる。
「旦那様ー! いっぱいレベルが上がりましたわ~!!」
「ああ、俺もだ!」
「ご主人様、降りてこられますか?」
アイラがアイテムを回収しながら問いかけて来る。改めて下を覗けば、俺はかなりの高さにいた。ビルの7、8階くらいか。改めて考えても、一体どれだけの力でぶっ飛ばされたんだ?
いや、それを考えるのは後だ。今はここからどう降りるかを考えなきゃ。
「どうしようか……。1枚1枚エアウォークで降りて行くべきか……?」
「旦那様! 『金剛外装』で飛び降りれば無傷ですわー!」
「その手があったか!」
アヤネの機転のお陰で、俺は無事に地上に降り立つことが出来た。ただ、ちょっと怖かったので目は閉じながらだったが。地上に降り立った俺は2人と合流し、砂場地帯の外へと脱出した。
この第二層では、エリアの境目には基本的にモンスターがいないことは常識となっているようで、それを逆手にとって境目を休憩所として利用する者は多い。俺達もそれに倣って休む事にした。
「旦那様、ご無事で何よりですわ~」
「ご主人様がお星さまになった時は、背筋が冷えました」
「うん、ごめん。心配かけたね。初見の敵相手に、無暗に突撃しないよう次から気をつけるよ」
「そうですわ。わたくし達は皆『金剛外装』があるのですから、是非そうしてくださいましね!」
「モンスターの種類によっては、逆に接近した方が先手を取りやすく推奨される行為です。本来ならゴーレムも、その手のタイプなのですが……。今回は相手の方が上手でしたね」
そうなんだよな。速度の遅い巨大な相手の場合って、懐に潜り込んでしまえば後は好きに出来るというものだ。『ストーンゴーレム』なんかは正にそれで、弾き飛ばさなくても裏に回ってしまえば振り返る事すら難儀するだろう。
けど、『ジャイアントロックゴーレム』はそれなりに高いステータスではあったが、あの巨体に全身岩の重装兵だ。もっと鈍間なやつだと思ってしまった。
『俊敏』がもっと高い奴とも戦ってきたはずなのに、気付いたら奴の腕が目の前まで来ていた時は本当に焦った。一体いつの間に攻撃をされたんだか。
「ご主人様、こういう時の為の、録画ですよ」
アイラの言葉にハッとなる。
「また心で会話してますわ……」
アヤネはいじけていたが。
「……そうか。なにも、初心者の為だけの動画じゃないもんな」
「はい。昨日のように、振り返りや参考にするためにも何度も見て構わないのです」
「旦那様が吹き飛ばされた姿は、バッチリ収めましたわ!」
「あー……そこはカットで」
「それを判断するのは、残念ながら奥方様達です。受け入れましょう」
「……怒られる未来が見える」
「反省してください」
「はい、気をつけます……」
1人落ち込んでいると、アヤネが袖を引っ張ってきた。
「旦那様、旦那様。お疲れみたいですから、今日も膝枕しましょうか?」
アヤネがちょこんと座り込んで、太ももをポンポンする。なんとも魅力的な提案だ。
「んー……。そうだな、とっても心惹かれるけど、今日はもう撤退しよう」
「えっ? 旦那様が、撤退……!?」
「よ、宜しいのですか?」
あれ、思った以上に驚かれてる。俺、何だと思われてるの?
「ああ。想像以上にあいつとの戦いで心が疲弊したし、慣れない攻撃を受けたせいで思った以上に疲れが溜まってるみたいなんだ。それに、サブウェポンの『御霊』がリタイア間近でさ。折るまで酷使したくもないから、こいつは休ませてあげたい」
剣芯の中央に大きな亀裂が入った『御霊』を2人に見せる。
こいつには世話になったし、せめて部屋の武器ラックに飾ってやりたい。その為にも、完全に破損する前に持ち帰ってやらなきゃ。
「これは……。そうですね、継戦は難しいでしょう。ゴーレムとの戦闘は主に弓を用いたものになりそうですが、ご主人様が難しいと判断した以上、その指示に従います」
「旦那様、今日もお疲れさまでしたわ」
「ああ。帰ろう」
◇
「「おかえりなさい!」」
「ああ、ただいま」
アキとマキ、2人に出迎えられると、やっぱり安心するな。
俺の様子を察したのか、2人は不安そうな顔をする。
「ショウタさん、もしかして……」
「めっちゃ疲れてる?」
「うん」
そう告げると、次の瞬間には鎧を脱がされ、椅子に座らされていた。
あれ? 今何が起きた??
「想定よりも早い帰還だったもんね。なにかイレギュラーがあったの?」
「怪我はないようですが、どうされたんですか?」
「ああ。『エンペラーゴブリン』や『甲殻騎士』よりも、数段ヤバイのが出てきてさ。連戦はしたくなかったから、引き揚げてきたんだ」
そう告げたところで、急遽支部長も会議室に呼んだ上で、動画が再生された。
最初のゴーレム、そして『ストーンゴーレム』の際には、比較的御しやすく初心者冒険者の狩りの対象としても申し分ない相手として評価された。だが、『ジャイアントロックゴーレム』が出てきた瞬間、部屋の空気は重苦しい物へと変わった。その巨体、そして強大なステータスに、強力な能力。
それらを目の当たりにして、三者三様に絶句していた。
「ああっ……!」
「なんてこと……」
「うわ、打ち上げられてんじゃん」
俺の超絶ダサいシーンに、悲観に溢れた感想が3人から漏れ出てしまった。マキは若干悲鳴に近かったけど。間抜けな醜態を晒してるなぁ……。
そして動画では、俺の『空間魔法』による立て直しも見事にカメラに収められており、アイラの鬼ごっこによって戦場が整えられ、徐々に形勢は逆転。
最後に、俺の新技でフィニッシュ。そうして動画は終わった。
「ショウタさんっ……!」
マキは俺の無事を再確認する様に抱きついてくるし、支部長はこのレベルのモンスターが現れたことで今後の対応策を検討しているのか、何やらぶつぶつと言っている。けど、アキは気になることがあるのか、映像を何度も巻き返しては同じ場面を見て思案していた。
いや、そこ、俺が吹っ飛ぶシーンなんだけど。
笑うでもなく真面目に見られると反応に困ると言うか……。
「やっぱり……」
ん?
「ショウタ君、無意識にだけど踏ん張りをやめて、自分から飛んでるわね」
「え?」
「本当ですか、アキ様」
「ええ。ほら見て、このシーン。ショウタ君、インパクトの直前に後ろに飛んでるでしょ。きっと無理に耐えると危ないことを本能と『直感』で理解したのね。ほら、マキも落ち着いて見返してみなさい。思っていたような悲惨な映像じゃないわ」
アキにそう言われて、恐る恐るといった様子でマキが顔を上げたので、俺も一緒になって動画を見る。アキがそのシーンをコマ送りで再生しながら説明をしてくれた。
確かに、俺、後ろに飛んでる様に見えるな? いやまったく、覚えがないんだけど。
「さすが旦那様ですわ!」
「これが意識的に可能になれば、ショウタさんは……」
「そうよ。無意識でこんな芸当が出来るのなら、意識してやればもっと効果的だわ。吹き飛ばされたのが自分の意思で行ったのかどうかで、リカバリーの速度も段違いだしね」
「確かに、そうかも」
あの時は何とかエアウォークを思い出して復帰する事が出来たけど、慌てたままだと事故が起きる可能性もある。まあ今回の事で、落下なら『金剛外装』でどうにでもなる事は知れたけど、それで毎回魔力を200も使っていたら、その内魔力が必要な場面で足りないなんて事にもなりかねない。
取れる手段が多いに越した事はないよな。
「んー……。次の連休、どうやらアイラさんの言う通りになりそうね」
「ええ。面白くなってまいりました」
「え?」
なんだろ。どんな計画がされてるんだ?
いつもと比べるとかなり早いが、俺の疲労を考慮して皆で帰宅する事にした。
実のところアキとマキは、ここのところ協会内であまり大きな仕事を割り当てられていない。何故なら彼女達の仕事は、Aランクの俺をサポートする事であり、それ以外の優先度は低いからだ。更には、現在彼女達は近々公開予定の動画を編集する作業がある為、支部長からも家で出来る仕事との理由で、早めに帰るよう勧められた。
なので正直な所、彼女達が協会にいるのは俺がダンジョンにいるからであり、俺がダンジョンに入らないのであれば協会に行く意味はないらしいのだ。
Fランクの専属とAランクの専属とでは、だいぶ仕様が異なるみたいだな。まさか、出勤すら免除されるとは……。まあでも、それは嬉しい情報でもあった。俺が彼女達を連れまわす事で、業務に支障をきたすのは心苦しいと考えていたからな。
そう考えながら協会の出口へ向かっていると、懐かしい声に呼び止められた。
「おお、ショウタ君ではないか!」
「あ、シュウさん。久しぶりですね!」
チーム『一等星』のリーダー、シュウさんだった。他のメンバーの人達もいる。
まだ日も傾いていないこんな時間にいる上に、防具にも汚れが見える。という事は、ダンジョンでのキャンプから戻ってきたタイミングらしい。
「旦那様、この方々は?」
「ああ、アヤネは知らなかったね。紹介するよ、この人達はチーム『一等星』。ランクは……」
そう言えば知らないや。
「Cランクですよ」
「ああ、ありがとうマキ。んで、この人はリーダーのシュウさんだ。『マーダーラビット』と最初に挑んだ時に知り合ったんだ。ちょっと暴走癖があるけど、気の良い人達だよ」
「旦那様のお友達ですの?」
友達か。
……そうだな、友達みたいなもんだよな。
「ああ、友達だ」
「そうなのですわね、初めまして皆様方。ご紹介に与りました、ショウタ様の婚約者、宝条院 綾音と申します。以後お見知りおきを」
「おお、これはどうもご丁寧に」
そう言ってアヤネは『一等星』の人達に順番に挨拶して回った。
うーん、いつもは子犬ムーブしてるアヤネが、急にお嬢様のように見えてきたな……。目をこすってみるが視界に映るモノは何も変わらなかった。どうやら現実らしい。
お嬢様なアヤネ、なんだか新鮮だなぁ。
「なあショウタ君、向こうで少し話さないか」
「良いですよ」
俺は彼女達をちらりと見ると、皆頷いてくれた。
俺とシュウさんは協会のフロントエリアに設置されているテーブル席についた。ここは基本的にチームの待ち合わせや簡単な相談などを行うスペースで、本格的な話し合いをする場合は談話室や会議室などを使うようになっている。
言うまでもなく、俺がこのスペースを使うのは初めての事だった。
「シュウさん達は、今帰りですか?」
「それもあるんだが……。実を言うと、ここにいれば君に会えるんじゃないかと思ってね」
「俺に?」
「ああ。ちょっと会わない間にAランクに昇進して、数々の活躍をしている君がどんな風に成長したのかこの目で見てみたかったんだ。そして君を見て、はっきりしたよ。明らかに漂う風格が、前回出会った時とは隔絶している。『男子、3日会わざれば刮目して見よ』とはよく言ったものだが、たったの10日ほどしか経っていないのに、一体何があればこんな風になるんだか。正直言って、自分の目を疑っているところさ」
「あはは……。『運』が良かったんですよ」
「『運』か……。確かに、君ならそうかもしれないね」
まあそうだよな。
『レベルガチャ』なんていうぶっ飛んだスキルの効果で、数日会わなかっただけで急成長してるんだもんな。このスキル、強くなればなるほど強敵と戦いやすくなって、低レベル補正の影響も受けて更に成長しやすくなって、それがまたガチャを回す為の弾薬になって……。
たまに沼る事はあれど、俺の成長係数は本当に異常だ。混乱するのも仕方がない。
「しかし、君から感じる強者の香りを嗅いでみると、どうしても1つ聞きたい事が出来てしまったな。……あっ、いや、すまない。やめておくよ、忘れてくれ」
シュウさんは何かを思い出し、ばつが悪そうな顔をした。
少し前までならその反応から真意を読み取る事は出来なかったが、ここの所色々と経験した俺は、すぐに言い淀んだ理由を理解した。
「もしかして、ランク差の事を気にしてます? シュウさんなら構いませんよ。勿論、答えられることに限りますが」
「……ああ、ありがとう。君はランクが上がっても、真っ直ぐな君のままだね」
シュウさんはそう言うと、姿勢を正した。
「ショウタ君は掲示板をよく見るかい?」
「あー……。レアモンハンターの事ですか?」
「ははっ、知っているなら話は早い。今朝からうちの掲示板で1つの事が話題に上がっていたんだが、君は見たかい? ここの講習室の1つが、急遽改装工事を始めたそうなんだ」