その瞬間、アイラのポーカーフェイスは崩れ去った。

そんな彼女に追い打ちをかけるように、俺とアヤネで畳みかける。

「実は喜んでる時のアイラって、普段より1度か2度ほど目尻が下がるんだよね」

「そこに気付くとは流石旦那様ですわ。わたくしがそれに気付くのに、数ヶ月はかかりましたのに」

「これも直感力かな?」

「いいえ、旦那様。そこは愛ですわ!」

「愛か~。愛なら仕方ないな」

アイラをちらりと見ると、彼女はそっぽを向いていた。どうやら顔を見られたくないらしい。珍しい反応をする彼女に更なる追撃を仕掛けるべきか悩んでいると、アヤネがモジモジしながら見上げてきた。

「で、では旦那様。わたくしの事も何かありまして?」

「ん? そうだなー。今は抱き着きたくて仕方がないけど、我慢してる、とか?」

「せ、正解ですわ! なぜお気付きになられたのですか?」

何故ってそりゃ、いつもの事だし。

でも俺はそれを口には出さず、頭を撫でる事で誤魔化した。

「今からまたモンスターを狩るからって、遠慮してるんだろ? それが終わったら、また甘えに来て良いからな」

「えへへ、はいですわ!」

「それじゃ、もう100匹狩ろうか。湧かせる場所はここで良いだろ」

2個目のトロフィーは、もう目の前に迫っていた。

キラーラビットを100体討伐し終えた俺達の前に、そいつは現れた。


*****

名前:マーダーラビット レベル:40

腕力:240 器用:300 頑丈:120

俊敏:420 魔力:450 知力:30 運:なし


装備:なし スキル:俊足Ⅱ、迅速Ⅲ、暗殺術Lv1、限界突破

ドロップ:マーダーラビットの逆刺の鋭角、マーダーラビットの強化革、マーダーラビットのトロフィー、大魔石

*****


あいつの角、通常個体と違って捻じれてはいないけど、よく見ると無数のかえしが付いてるな。あれを無理やり引き抜こうものなら、傷口がボロボロになるだろ。

この兎シリーズ、どいつもこいつも殺意高すぎるんだよな。

『ギゥゥ……!』

「まあ、順当な強化かな」

「ご主人様」

「分かってるって」

油断は禁物、ってことだろ? ま、あの角を見て油断はしないって。

……ん? 気のせいか? 奴の角、何だか妙な違和感を感じるな。

そう思って目をこすると、その隙をつく形で目の前にいた『マーダーラビット』が姿を消した。慌てて気配を追うと、通常タイプと同じく側面から攻める腹積りらしい。『暗殺術』の効果か、元のと比べても死角への潜り込みが上手い。より鋭く凶悪になったその角で、俺の身体を抉りたいようだがそうはいかない。


『ギャリン!』


剣で受け流そうとして、角と接触した瞬間。俺の全身を得体の知れない衝撃が襲った。

「ぐっ!?

「旦那様っ!」

「お、らぁ!」

『ギッ!?

衝撃に動揺をしてしまったが、優先順位を見誤ってはいけない。俺は相手の勢いと『体術』を使って、奴を明後日の方向に投げ飛ばした。剣での受け流しだけでは弾けないと『直感』が告げたからだったが、その判断は間違っていないようだった。

幸い、このフィールドに余計な観客はいない。奴は勢いをそのままに、近くに生えていた木へと激突した。その激突音は凄まじく、まるでドリルが突き刺さったかのような耳障りな音を発していた。

「なんだ、今の攻撃は……」

「旦那様、ご無事ですか!?

「平気だ! あまり前に出るなよ」

「はいですわっ!」

身体のあちこちを見回すが、怪我らしい怪我は見当たらない。だと言うのにあの衝撃と、腕に残った痺れのようなものが、俺の不安を掻き立てる。

「……ご主人様、次は私がお受けしても?」

「何か予想がつくのか? 気をつけてな」

「おまかせを」

『ギウウウ』

アイラが前に出たところで、体勢を立て直した『マーダーラビット』が、彼女を攻撃対象と定めた。

『……ギッ!』

『迅速Ⅲ』の効果か、少し離れた位置にいる俺ですら見失いかねない速度で、奴は動いた。アイラからすれば死角に入られたはずなのだが、彼女はさも当然のように奴を目で追い、その角を短剣で受け流した。

先程の俺と比べても、より洗練された受け流しに見惚れていると、気付いたら奴は木の根元へと、頭から突っ込んでいた。しかも、先ほどより威力が分散しなかったのか、より深く刺さっている。あれだと、抜け出すのに時間を要するだろう。

それにしても、あれだけ頭から何度も激突してもピンピンしてるなんて、見えていたステータス以上に『頑丈』だな。もしかして奴の『限界突破』のスキルは、丸ごと全部あの角や頭に集約されていたりしないよな?

「……なるほど」

手の感覚を確認していたアイラは、答えを見つけたのか満足げな顔をしていた。

「恐らく、スキルにない系統外の特殊能力持ちですね。奴の角から放たれる衝撃は、受け止めた物質に留まらず、相手を貫くようです。さしずめ、『振動貫通』と言ったところでしょうか」

アイラの言葉には納得がいった。ダメージこそなかったが、あの痺れは身体全体を貫くものだった。それに、俺の感じた違和感も、彼女は見通していた。

「振動?」

「奴の角をよくご覧になってください。静止しているかのように錯覚してしまうほど、高速で振動しているのが見えませんか?」

「……ほんとだ」

あの時感じた違和感は、これだったのか。『知覚強化』で感覚が鋭くなったおかげで違和感に気付けたが、言われてようやく気付くんじゃ意味ないな。それにドリルと称したのも、あながち間違いではなかったか……。回転するドリルを剣で受け流すなんて真似、不可能に近いだろう。だから俺の『直感』は警戒信号を発したわけだ。

……だが、アイラはやってのけた。

「さてご主人様、奴の危険度合いは今ので十分伝わったかと。如何されますか?」

それは、動画を見る人達に向けて、ということだな。なら後は、決まってる。

「当然慣れるまで続ける。せっかくの機会だから、アイラ並みに完璧に捌けるようになっておきたい。さっきの受け流し、もう何度か見せてくれる?」

「畏まりました」

そこから、アイラによるスパルタ教室が始まった。

【マーダーラビットのトロフィーを獲得しました】


【レベルアップ】

【レベルが54から57に上昇しました】


「ふひー、疲れたー……」

煙になって四散する『マーダーラビット』を見届けると同時に、俺は大の字になって寝転がった。訓練時間は30分ほどだったと思うが、俺の体感時間はそれの数十倍はあった気がする。技を真似るって、口で言うのは簡単だけど、実際にやるとこんなにきついのか。『直感』と『予知』に加え、『体術』『剣術』を駆使して動きをトレースすることで、なんとかモノに出来た。アイラは短剣で、俺は長剣ということもあってその辺の差異は戦闘中に無理やり修正するしかなかった訳だが……。それに、モノにしたとはいっても完璧には程遠かった。所詮最低限の動きを真似ることが出来ただけの付け焼き刃のようなもの。俺の動きは、見惚れるようなアイラの美しさとは比べるまでもない。

今後も鍛錬あるのみだが……。ああ、頭が痛いし糖分も欲しい。

今は、何も考えたくない。しばらく、ここから動きたくない。

目を閉じると、心地よい疲労感に襲われる。そんな中、彼女達から労いの言葉がかけられた。

「短い訓練時間でしたが、ご主人様の吸収力には驚かされるばかりです。あれほどの動きが出来るのであれば、近いうちに会得することも可能でしょう」

「旦那様、お疲れさまでしたわ」

頭を持ち上げられ、柔らかい物が敷かれる。目を開けると、アヤネの顔が近い位置にあった。

「えへへ。わたくしもやってみたかったのですわ」

……ああ、膝枕か。

手を伸ばして、彼女の頬を撫でると、彼女は嬉しそうにはにかんだ。

「旦那様の疲労は、わたくしが癒してみせますわ」

「ああ、ありがと……」

疲労と、丁度良い心地よさから睡魔に襲われ、俺は目を閉じた。

「おやすみなさいませ、旦那様」

目を覚ますと、甘い香りが鼻腔をくすぐった。

ゆっくりと起き上がって辺りを見渡すも、場所は変わらず林の中にぽっかりと開いた謎の空間……レアモンスターの出現地点だった。だというのに、アイラはどこからともなくカフェテーブルとお洒落な椅子を取り出していた。まるで、緑豊かな庭先でお茶会が開催されそうなその様子に、俺は面食らった。

テーブルには、当然のようにケーキと紅茶が並べられている。

……ここ、ダンジョン、だよな??

「ご主人様、おはようございます」

「……あ、ああ。おはよう?」

「お嬢様を起こしてくださいますか。ご主人様の寝顔を見ていたら、一緒に眠ってしまったようで」

振り返ると、アヤネは座ったまま眠りこけていた。

ああ、もう。アヤネも寝転がれば良かったのに、律儀に膝枕を続けて……。可愛い子だな、本当に。

そうしてアヤネを優しく起こして、俺は心と身体が猛烈に欲していた糖分を、めいっぱい摂取することにした。ティータイムを終え、改めて時刻を確認すると15時過ぎ。元より、今日だけで第二層を全チェック出来るとは思ってなかったけど、想定以上に時間を使っちゃったな。

「ご主人様、如何されますか?」

「んー……。そうだな、帰る前に『ホブゴブリン』と『ジェネラルゴブリン』だけ動画に収めておこうか。第一層と第二層では強さに違いがある事もきちんと残しておきたいし」

「承知しました。それと、先ほど得たスキルオーブです。『俊足Ⅱ』はしまっておきますので、こちらは取得しておいてください」

アイラが取り出したのは『迅速Ⅲ』と『暗殺術Lv1』だった。

「ああ、ありがとう」

「旦那様、ファイトですわ!」

そうして俺達は、近くのマップ角を目指しながらゴブリンのみを100匹討伐。

今の『運』なら確定湧きなのかは分からないが、何の問題もなく2種とも出現し、楽に討伐できた。レベルは残念ながら57で止まったままだったが。得たアイテムは再びアイラが袋へと詰め込み、俺達は帰還した。

そういえば、今日だけでだいぶスキルオーブをゲットしたよな。それなりに俺とアイラで使ったはずだけど、在庫としてはどれくらい集まったんだろうか?

アキとマキに出迎えられて、俺達はいつもの会議室へと向かう。

そこで今日の成果を報告したり、動画の確認なんかを済ませたわけだが……。皆には、今俺が立ててる今後の予定を伝えておくことにした。

「とりあえず今日で、第一層の全てと、第二層の半分をクリアしたわけだけど、恐らく明日で第二層は完全に制覇することが出来ると思う」

「でしょうね~」

「旦那様ならきっと出来ますわ!」

「それで、明日のオークションに合わせた動画投稿だけど、色々と考えた結果、止めておこうかと思うんだ。流石に忙し過ぎるし、2人の負担が大きい」

動画の数が数だし、全部を編集しきるのは流石にきついと思う。今更だけど。

「そう? 実はあたしもキツイと思ってたんだけど、『A+』って言われるとやる気出ちゃってさー。でもそっか、落ち着いて考えてみれば、動画の期日を明日のオークションに定める必要って、特にないのよねー」

「まあね。出品する物が物だけに、情報公開もセットでって考えてただけなんだけど、別に明日全部出品しなきゃいけない訳じゃないし……」

そう考えると、次のオークションに回してもいい気がして来たんだよね。

「というか、余ったスキルを出品するにしても、ショウタ君の入手スピードはおかしいんだから。そんなに一気に放出してたら皆金欠になるわ」

「そうですね。現在出品を控えているスキルだけみても、『金剛力』『金剛壁』『金剛外装』が5つずつあります。これだけでも十分かと」

「本日の活躍で、スキルの在庫はもっと酷い事になりましたし、明日も増加することは目に見えています。加減は大事かと」

「そうですわね。加減という意味では、お休みも取った方が良いと思いますわ!」

「休みか……」

確かに、休みらしい休みは、『レベルガチャ』を取る前は1度も無かったし、取った後もアヤネがいなかった1日くらいだけだもんな。

「わかった。明後日からオークションの日……。歓迎会前日まで、長期的な休みを入れようか」

俺のその言葉に、彼女達は歓声を上げた。どうやら、よっぽど嬉しかったらしい。

……もうちょっと、彼女達に気遣いをしなきゃな。

俺はそう心に誓った。

けど、そう言った矢先になんだけど、どうしても気になる事があるんだよな……。

「ごめん、水を差すようで悪いけど、やっぱり1日だけダンジョン行って良い?」

そういうと、呆れたような視線がアキから飛んできた。

「ショウタ君ってさ、ダンジョン行かないと死ぬの?」

「……ごめん。どうしても古巣が気になってさ」

「ご主人様の古巣というと、『アンラッキーホール』ですね」

「ショウタさん、もしかして……」

「ああ。あそこのトロフィー獲得が何なのか調べたい。1日だけじゃ調べ切れない可能性もあるけど、息抜きも兼ねて原点に帰ってみるのもありかなーって……」

今の俺の『運』ならば、恐らく5段階目の『白スライム』までは確実に湧かせられると思う。そこから先は何回か試行する必要があると思うけど、比較的簡単に『虹スライム』まで辿り着けると思う。再び『レベルガチャ』がドロップするのかの検証と、そこから先にトロフィー関連の何かがあるのか。調べてみたい。

ちらりとアキを見ると、ため息を吐かれた。

「……はぁ、良いんじゃない? このままいけばショウタ君のレアモンスター討伐動画のお披露目タイミングと重なるわ。ほとぼりが冷めるまでは、『初心者ダンジョン』や『ハートダンジョン』には近付かないようにするべきね。あのダンジョンなら危険はないし、問題ないとは思うけど……。でも、1日よ? それ以上は駄目なんだからね??

「はい。肝に銘じます……」

「よろしい」

その後、彼女達はお休みの間何処に出掛けるかで大いに盛り上がった。

それがあまりに楽しそうだったから、そんなに休みが欲しかったのかと聞いてみると、俺からダンジョンを丸3日分取り上げられる機会なんて、滅多に無いと言われてしまった。

……俺のせいで1日潰れたけど、3泊4日の連休だ。

その3連休でここまで喜ばれてしまう事実を思うと、もうちょっと……ダンジョンよりも彼女達を顧みるべきなんだろうなと、反省した。

そうして彼女達の話題は尽きる事無く、支部長が止めに来るまで続いたのだった。

帰宅した俺たちを待っていたのは、いつものように光り輝く『黄金の実』だった。その数、数えるのも億劫な数だったが、合計125個だった。

収穫をすれどもすれども輝きが消えないから、実に参った。しかも明日は、もっと強烈な輝きを放つ連中が待ち構えてるんだよな。彼女達の成長に必要とはいえ、今からちょっと憂鬱だ。

「旦那様、お疲れ様でしたわっ!」

「手を伸ばすだけとはいえ、大変だったでしょ。しかも、手伝おうにもあたし達には無反応だなんてね」

「資格のない人間は収穫することすら出来ない。ある意味で、ご主人様にしかマスターキーが存在しないトラップですね」

「それにしても、凄い数でしたわ」

「植えた数は全部で47個もありましたからね。ほとんどの種から3つも実がなっています。日に日に収穫可能な実の数が増えていることを考えると、これもやっぱり『運』が必要なのでしょうか」

「多分ね。……ああ、まだ目がチカチカする」

『知覚強化』の悪い点が出てしまったかもしれない。より良く見えるのは良いんだけど、見えすぎると言うのも問題だな。

そうして収穫した成長アイテムは、以下のような結果となった。


『腕力上昇+2』×7、『腕力上昇+3』×14、『器用上昇+2』×8

『器用上昇+3』×14、『頑丈上昇+2』×5、『頑丈上昇+3』×15

『俊敏上昇+2』×7、『俊敏上昇+3』×14、『魔力上昇+2』×6

『魔力上昇+3』×16、『知力上昇+2』×5、『知力上昇+3』×14


……やっぱ、『運』が良くなるとこっちの結果も良くなるわけか。

『+3』がやたらと多い。

「それじゃ、かなり量があるけど……アヤネ、アイラ」

「は、はいですわ!」

「ありがたく糧にさせて頂きます」

アヤネは『頑丈』+55、『魔力』+60、『知力』+52

アイラは『腕力』+56、『器用』+58、『俊敏』+56

という結果になった。

「数は多くても、上昇量が少ないからまとめるとそうでもない気がしてくるな」

「もう、ショウタ君。君のガチャと同じように考えちゃダメでしょ」

「そうですよ。ショウタさんの突き抜けた『運』が必要とはいえ、モンスターのドロップからこれだけの成果が得られるのは凄い事なんですから」

「……それもそっか」

今の俺からすれば微々たる量だけど、『レベルガチャ』を取得した当時の俺のステータスと同じくらい増えたんだもんな。ああ、あの頃が随分と昔のように感じるな……。『黄金の実』の収穫祭を終えた俺達は、食事をしながら編集済みの動画を鑑賞したり、アヤネが撮影してくれていた強化体の『マーダーラビット』戦の動画を見直して、アキとアイラに解説してもらいながら受け流しの復習をしたりと、有意義な時間を過ごした。

そんな中、俺が零したちょっとした疑問から、急遽明日、支部長会議が開催されることとなったり、多少バタバタしたりもしたが、いつも通りの賑やかな夜だった。

そうして夜も遅くなり部屋で掲示板を見ながら時間をつぶしていると、緊張した面持ちのアヤネと、いつも通りのアイラがパジャマ姿で入ってきた。

「あれ、どうしたんだ?」

「リ、リベンジですわ!」

アヤネはやる気に満ち溢れていた。どうやら、今朝マキに任せた結果、この作戦を提案されたらしく、アイラはそれに乗っかったようだ。

「そういう事です、ご主人様。お覚悟を」

「……まて、それは2人同時という事か?」

「私はあくまでお嬢様のサポートがメインのつもりでしたが、ご主人様がお望みとあらば吝かではありませんね」

とかなんとか言ってるが、アイラは元からそのつもりだった節があるな……。

「わたくしだけ見られるのは恥ずかしいですわ。ですので、アイラも参加なさい」

「畏まりました」

「待て待て待て待て!」

そんな俺の静止は2人に届くことはなく、圧倒的不利の中貪られるのだった。