「凄い……フラワーシャワーまで出来ちゃった」
小さくなったぷにちゃんを受け止める時、両陛下が目に入った。なんとうちの王様、立ち上がって喜んでいた。誰よりも興奮して頭の上まで腕を伸ばして拍手していたのだ。つられたのかアルーバの王様も立ち上がったと思ったら、二人で楽しそうにハイタッチしている。うん、やっぱりこの国は平和だ。
大興奮の中、つつがなく式が終わり主だった面々はガーデンパーティーへ。そこでやっといつものメンバーが合流する。勿論、ルトとクレート王太子、サルドの王子たちも一緒。
「いいお式だったわ。私も指輪の交換? あれやりたい」
チタの興奮は未だ冷めていないらしく、自分たちの式でもやりたいとオレステに言っている。チタ大好きなオレステの返事は勿論オッケーのみ。チアもジュリーもロマンティックだったと、自分たちでも出来るならと話している。
「あれってアリーの考えでしょ? あの花びらが降って来るのも演出?」
チアの質問に首を振る。
「あれは興奮したぷにちゃんが突発的にやったのよ」
「そうなの? ぷにちゃん、私の時も花を撒いてくれない?」
チアがスカウトすると嬉しそうにぷにちゃんが鳴く。どうやらやる気らしい。きっと楽しかったんだろう。
「クストーデにもお願いしてもいい?」
ジュリーが聞くと満更でもない様子のクストーデ。
『仕方がないな』
なんて言っているけど、尻尾が小さく揺れてる。もっとやってもいいって感じだったもんね。ツンデレ状態のクストーデに笑っていると、お兄様とお義姉様がやって来た。
「皆、今日はありがとう」
白いタキシード姿のお兄様が笑みを浮かべると、通常時の数倍カッコいい。思わず見惚れたチアが、はぁと溜息を吐く。
「ジャンネス兄様とイレーネ様が並ぶと、この世のものとは思えない程綺麗よね」
「知ってる? ジャンネス兄様が結婚するって知って、今シーズンの社交界では令嬢の参加率が下がったんですって。ジャンネス兄様が人のものになってしまう現実に、絶望した令嬢がたくさんいたらしいわ」
双子の言葉にロザーリオが続ける。
「ジャンネス様の人気は、ヴィストリアーノ公爵の時に引けを取らないと父上から聞いたことがあります。エンベルト殿下が社交界に出席するまでは、本当に女性全ての視線を集めていたと」
話を聞いていたアッバス王太子が、信じられないという表情で口を挟む。
「昔のヴィストリアーノ公爵は、女にモテていたのか?」
アッバス王太子の問いに対してお兄様は「それは違いますよ」と首を振った。
「モテていた、ではなくモテているです。父上は今現在でもモテていますよ」
三兄弟は驚き過ぎたのか、同じように口を開けて呆けている。そんなに驚くことだろうか。だってお父様ってめちゃめちゃイケメンだよ。
「確かに顔は恐ろしい程いい。だが顔がよくてもあの無表情は怖いだろ? 絶対、恐ろしいが勝つだろう?」
納得がいかないらしいアッバス王太子は、皆に同意を求めるように言った。もうアッバス王太子の中では恐ろしいが定着してしまったんだと思う。
ルトがアッバス王太子の様子に笑いながら真実を語る。
「あの無表情さが逆にクールでカッコいいとなっているらしいですよ。しかも当時から誰もが認める強さを誇り、多くを語らないその口から愛を囁かれたらと、妄想するレディたちがたくさんいるのだとか……」
「私も父上から聞いたことがあるよ」
急に話に入って来たのはセヴェリンだった。
「父上って一つ先輩だったらしいんだけど、入学当初から公爵は男女ともに注目されていて、それは大変な騒ぎだったって。夫人が入学するまでの間、数えきれないレディたちが撃沈したって」
突然のセヴェリンの登場に、誰も突っ込まない。それだけお父様がモテるという事実が衝撃だったようだ。
「……怪物はなにもかもが怪物ということか」
フレド王子の言い得て妙な言葉に、全員が頷いた。
どうしてこんな話になったんだったっけ? なんだか変な空気になったと思っていると、その空気をものともしないお義姉様が一掃した。
「そうだ。あのね、アリーたちに渡したいものがあるの」
「私たちに?」
優しく笑ったお義姉様に首を傾げていると、お義姉様は自分が持っているブーケのリボンを解き出す。そんなことをしたらせっかく綺麗に纏まっている花がバラバラになってしまうのでは? そう思っているとなんと、大きなブーケは四つの小さなブーケになった。
「次の花嫁たちに幸せのお裾分け」
「わぁ、ありがとうございます」
一人ずつブーケを受け取る。ブーケを持ったチアたちと私たちに微笑みを向けているお義姉様を見た途端、何故か再び感動の涙が流れてしまう。私の涙につられてチアたちも泣き出してしまい、お義姉様まで泣いてしまった。
急に泣き出してしまった私たちと、それを見て慌てふためく男性陣と、ちょっとしたカオスになった。
後からどうして泣いてしまったのか皆に聞いてみると、もらったブーケを見たらまるで次の結婚を約束されたような、次に幸せになるのはあなたなのよと言われたような気持ちになったんだと口を揃えて言っていた。ただの花束だと思っていたブーケだったけれど、ブーケトスという文化が前世でもあったことを思い出し、その力は偉大なんだなと実感した。
星が瞬き出した頃。ガーデンパーティーも盛況のうちに終わり、すっかりいつもの庭園に戻っていた。
お兄様たちとクレート王太子や国王夫妻含めアルーバ神国の招待客の方々は、自国でのお披露目の為にとゆっくり休む間もなく、アルーバへ戻って行った。私は当日のみの参加なので後から行く予定だ。
サルドの王子たちはいつものようにあっという間に帰って行ったし、静かになった屋敷は自分の家なのにちょっと寂しい。
「お式もガーデンパーティーも素晴らしかったですね」
裏庭でぼうっとしている私に、声をかけてきたルトがゆっくり歩み寄って隣に並ぶ。仄かな灯りに照らされたルトは本当に美しい。
「本当にね。フフ、クストーデとぷにちゃんも大活躍だったし。蝶ネクタイさせておいて本当によかったわ」
朝の騒動を思い出して笑ってしまう。笑った私を見て不思議そうにしているルトに、簡単に内容を話して聞かせるとルトも笑った。
「ハハハ、二匹の騒いでいる姿が目に浮かびます」
「フフ、でしょ? それにね。ついさっきぷにちゃんから聞いたのだけど、大教会で花びらを撒いたじゃない? あれっていつ仕込まれたんだと思う?」
「そういえば……あれはアリーが用意した訳ではないということですか?」
そうなのだ。フラワーシャワーなんて計画にはなかった。なのに、ぷにちゃんはたくさんの花びらを撒いた。
「覚えてる? ブラジオーガの花祭りで、私が街の人たちからもらった花束があったじゃない?」
一昨年の花祭りでもらった花束をぷにちゃんが食べた時があったのだ。
「まさか……あの時の花なのですか?」
呆気に取られているルトの表情に笑いながら頷く。
「そう。言われてみればぷにちゃんって食べ物以外の物を食べた時には、絶対に吐き出していたの。でもあの花々は吐き出さなかったの。もう二年も前の物なのに萎れることも枯れることもなくぷにちゃんの中にあったのよ」
「それはまた……」
言葉が続かなくなっているルトにまた笑ってしまう。ずっとスライムの中で保存していた物と考えると、嫌だと思う人も絶対にいると思う。だからこれは二人だけの秘密だ。
「ぷにちゃんの中って、もしかすると異空間に繋がっているのかもしれないわね」
そう考えれば花が綺麗なままだったのも納得出来る。私たちが使う空間魔法と同じ効果がぷにちゃんの中にある。それが本当ならやっぱりぷにちゃんって凄い。
「はあぁ、これは絶対に魔術師団にバレないようにしなくては。バレたらあの親子がぷにちゃんを捕まえて研究しかねませんね」
フレゴリーニ親子のことだろう。確かにあの二人にバレたら大変そう。でもお父様がいるから平気かな? なんて考えているとルトも同じ思考に至ったのか、二人で顔を見合わせて笑ってしまう。
ひとしきり笑った後、爽やかな風が吹き小さな花たちが揺れた。
「本当に見事に育ちましたね」
ルトも私も目の前の大きく成長した〈桜花〉を見上げた。優しい色味の花たちがもうだいぶ咲いている。六分咲きといったところだ。
「これを見たクレート殿の驚いた顔、当分は忘れられませんね」
そう話しながら思い出したようで笑っているルトに「もう」と言いつつ自分もクスッとしてしまう。
元々〈桜花〉は成長が早い木ではあるらしいのだけれど、それでも数年はかかるところをたった一年足らずでアルーバにある〈桜花〉に遜色ないくらい成長してしまったのだ。クレート王太子が驚くのも無理はない。
「聖女であるアリーが世話をしていると聞いていましたので、成長が早くなる可能性はあるだろうとは思っていました。ですが、ここまでとは……」
顎が外れてしまいそうな程大きく口を開けて呆けていたその顔が、いつもの美しいクレート王太子からはちょっと想像出来ない表情だったのだ。
「やはり聖女が育てると花木も健やかに育つのですね」
そう結論づけた時の王太子の顔は、すっかり元に戻っていた。
そして〈桜花〉の姿に感動した人物がもう一人。イレーネ王女だ。
「故郷の、それも私が一番好きな花をここで毎年見ることが出来るなんて。こんなに嬉しいことはないわ」
涙ぐみながら薄ピンクの花々を見つめていた姿に、育ててよかったと心から思った。私も桜が毎年見られることになって嬉しいし。
「これから毎年この花を見ることが出来るなんて、本当に楽しみだわ、フフ」
前世では花より団子だった私がこんなことを言うなんて、と少しおかしくなって笑うとルトが急に私の腰を抱いた。突然の零距離に小さく心臓が跳ねる。
「結婚しても毎年、花の為に里帰りするということですか?」
わざと耳の側で囁くように問いかけてくる。心臓は少しだけ騒がしいけれど、私だって負けていない。今は結婚というワードに酔っているのか、少しだけ大胆な気分なのだ。
「ダメ?」
上目遣いで見つめれば、ルトは少し困った顔をして笑う。
「そのような顔で聞かれてしまうと、ダメとは言えなくなってしまいますね。けれど、その度に迎えに行く私を想像すると……いずれ花にまで嫉妬してしまいそうです」
冗談なのか本気なのかわからない話し方をする。もしかしたらちょっと本気なのかもしれない。
「じゃあ」
そんなルトの頬を指先でつついた。
「一緒に来ればいいのよ。そうしたら行く時も帰る時も一緒だもの」
少しだけ目を見開いているルトが面白くて、また笑ってしまう。一緒にという考えに全く及ばなかったみたい。
すると、今まで私の腕の中で眠っていたはずのクストーデが笑った。
『その頃にはアリーに愛想を尽かされているんじゃないか? 何処に行くにも着いてくるのが嫌だとか言われてな』
「なっ!?」
言葉に詰まったルトの目が今度は大きく見開かれている。自分でも可能性がないと言えないんだろうな。
クストーデを見つめたまま固まってしまっている可哀想なルトの頬を再びつつく。
「フフ、大丈夫。文句は言うかもしれないけれど、嫌になるとか嫌いになるとかそんなことにはならないから」
「アリー!」
感動したのか、ルトのエメラルドの瞳がキラキラになった。そしてクストーデごとギュウっと抱きしめる。
実際問題、結婚したからといって四六時中一緒に過ごすなんてあり得ない話なわけで。ルトにはルトの仕事がたくさんあるし、私には私の仕事がきっとたくさんある。
現に学年末の試験が終わったら、王妃教育が待っているのだ。やることも覚えることも山積みなんだろうなと、今から戦々恐々としている。それでもルトが大好きだから頑張るつもり。
「ルト、私頑張るね」
急な宣言に一瞬だけポカンとしたルトだったけれど、とてもいい笑顔で私を見つめる。
「はい、私も頑張りますね」
ルトはそう言うと自身の顔をゆっくりと近付けてきた。いつものクストーデならここで邪魔をするはずだけれど、何故か動かずにいる。もしかして動けずにいる?
あと十センチの距離になったところで、私の肩で眠っていたぷにちゃんが起きたらしく微かに動いた。そして伸びをするように大きく膨らむ。見事にルトと私の顔の間に挟まったぷにちゃんは不思議そうに「ぷに?」と鳴いた。
「このあどけなさは、実は邪悪さを隠すためのものなのではないかと思うのは私だけですかね?」
ぷにちゃんのマシュマロのようなゼリーのようなボディにキスをしたルトが、苦虫を噛み潰したような顔で言う。ルトの拘束から逃れたクストーデと私が笑い出したのは、ほぼ同時だった。