ミケーリ王立魔法学校の大きな門扉にはキラキラ輝く大きな看板が宙に浮いていた。そこには大きく『ミケーリフェスティバル』と書かれている。門扉をくぐり中に入った途端カラフルな世界に包まれる。色とりどりの風船があちらこちらで浮かんでいたり、花火が打ち上がったりと否が応でも気分が盛り上がる光景が広がっていた。

 そんな中、私たち三年Aクラスも気合い十分で最後の仕上げに忙しくしていた。

「どうだ? 終わったか?」

 既に準備が終わっているラウリスがこちらに声をかけてきた。

「うん、ちょうど終わったよ」

 そう言った私は、仕切っていたカーテンを一気に開いた。途端に外で待っていた男性陣から歓声が上がる。

「どう? 皆、すっごく綺麗でしょ?」

 意気揚々と言った私含め、令嬢たちは皆浴衣に身を包んでいた。

 実はアルーバ神国のお土産で浴衣をいただいて、珍しくて可愛いとジュリーたちが興奮していたのを見て文化祭で皆が着たら可愛いのでは? と思い立ちクラス分作ったのだ。勿論、男性陣も浴衣姿。

「不思議とこの世界観に合っていますね」

 濃紺の浴衣を着たロザーリオが、教室内と浴衣姿の皆を見て感心している。

『海の中のカフェ』と看板を掲げているAクラスは、その名の通り教室全てが海の中に入ってしまったように感じるカフェになっている。

 魔法で作り出した海の中には色とりどりの魚が泳いでいる。魚だけでなく亀やイルカもいて時折、実際にはない水上でイルカがジャンプをすると、ザパーンという音が聞こえ、それに合わせて白い泡が天井付近に浮かんだり、大きく水が揺れたりする。

 そんな中で青色や紺色、水色や白、紫色や黒の生地に色とりどりの模様が入った浴衣は海の中で楽しそうに泳いでいる、鮮やかな魚たちのように溶け込んで見える。

 思いつきで浴衣にしてみたけれど、大成功だったようだ。因みに私は黒地に銀色と金色の魚の模様の浴衣を着て、緩くアップにした髪には銀細工でシャチの飾りが付いているかんざしを挿している。

「チタ、おしとやかにしないと着崩れるわよ。気を付けてね」

 ふざけた調子で言うチアに、チタは心外だという顔をしながら私を指差す。

「それを言うならアリーにでしょ。着付けの最中からぷにちゃんとふざけてて、メリーに怒られていたじゃない」

 着付けを手伝ってくれたメリーが片付けの手を休めぬまま大きく頷いている。

 チタの言葉に他の令嬢たちだけでなく、何人か手伝ってくれていた侍女の人たちもクスクスと笑う。

「だってぷにちゃんがあちこちに潜り込むんだもん。仕方ないじゃない」

 浴衣が珍しいからなのか、ぷにちゃんは合わせの隙間や帯の結び目に入り込んで、しかもそこで膨らんだり縮んだりするものだから中々着ることが出来なかったのだ。それなのに怒られるのは私って理不尽すぎない?

「合わせの隙間で膨らむから胸元が苦しく仕方がなかったのよ。だから大きく開いただけなのにメリーに怒られるし」

 そこでラウリスに口を手で塞がれてしまう。

「ふごっ」

 変な音が漏れた私の頭上からラウリスの大きな溜息が聞こえた。

「おまえは全く。場所を考えて発言しろ」

 口が塞がれたまま周りを目だけ動かして見てみると、男性陣の何人かが頬を染めていた。

 私が胸元を開いたと言ったせいで、余計な想像をしてしまったようだ。ラウリスの手を外しながらごめんと謝ると、たまたま視線が止まった先には大きく着崩れしているオレステが見えた。

「え? オレステ?」

 私の言葉でオレステに視線が集まる。今度はオレステの隣にいたロザーリオが大きな溜息を吐いた。

「あなたはこの短時間でなにがあったのです? ただ立っていただけだというのに」

 注目されていることに気付いたオレステは、自分で自分の姿を見て驚いていた。

「え? うおっ! なんでだ!?

 自覚していなかったのか、本気で驚いているオレステを見て教室内で笑いが起こる。まぁ、オレステならそうなるかもって思ってたよ。

 そう思いつつ笑っていると、メリーがオレステに近寄り「失礼します」と言ってものの十数秒で着崩れを直してしまう。おまけに小さくなにかを呟いてから離れた。

「これで今日は着崩れすることはないでしょう」

 どうやら着崩れを防止する魔法をかけたようだ。流石はメリー、本当に私のメリーは凄いのよね。

 それからすぐに片付けが終わりメリーたちは教室を後にした。

 メリーたちを見送り教室の扉を静かに閉め皆の方を見るとラウリスと目が合う。そして互いに大きく頷き合うと、ラウリスが皆に向けて声を張った。

「よし、これで準備は万端だ。目一杯楽しもう!」

「おお―――!」


 文化祭一日目が終わり、いつものカフェの奥に陣取る。私たちは疲労こんぱいながらも達成感に包まれていた。はっきり言って『海の中のカフェ』は大盛況だった。途切れることなくお客さんが入って目の回る忙しさだった。

 不定期に大きなサメが睨みを効かせたり、クジラがブリーチングをして海が大きく揺れたり、イルカがグルグルと高速で泳いだりするのが好評だったようで、後半は噂を聞きつけそれを目当てに更にお客が増えるという状態になっていた。

 ジンベイザメが口を開いて水を吸い上げる姿を見た一年の令嬢が、本気で驚いてしまって腰を抜かすというハプニングもあったけれど、皆楽しめたと思う。

「アリーはやたらと声をかけられていたわね」

「ああ、聖女効果だったみたいだぞ」

 ソファに深く座り身体を沈めながらチタとオレステが言うと、ジュリーも入ってきた。

「聖女様って崇めていた子もいたわ」

「聖女か……基本装備は阿呆なのにな」

 そう言ってジュリーの隣で笑うラウリスを睨んでいると、ロザーリオも笑った。

「下級生はアリーの本質をわかっていませんからね」

「本質ってなによ?」

 ムッとして聞き返す私に答えたのはチアだった。

「見た目は淑女、中身はじゃじゃ馬? かしら?」

「あ、酷い」

 落ち込んでいるとオレステが追い打ちをかける。

「戦闘狂じゃないか?」

「それを言うならオレステもいい勝負でしょう?」

 そんなじゃれあいをして笑ってから皆揃って大きく息を吐いた。一瞬の静寂の後、ラウリスがボソッと呟く。

「明日はもっと大変だろうな」

 明日は家族や一般の人も参加出来る。となれば、特に招待はしていないけれど、ルトやお兄様が来るのは間違い無いだろう。

「なんだろう? すっごく大変な一日になるような気がする」

 今度は私がそう呟く。すると皆が大きく頷き賛同を示した。

「偶然ね、私もそう思っていたわ」

「私も」

 チアとジュリーが言うとラウリスが言葉を続けた。

「まあ、最悪の場合はアリーをいけにえにすればいいだけだ」

「確かにな」

 オレステが頷くと皆が一斉に笑った。


 文化祭二日目。まだ始まっていないにもかかわらず、既に教室の前には人が並んでいるようだった。中でお菓子やお茶の準備を始めていると、ロザーリオが困惑した表情でこちらに歩いてきた。

「エンベルト殿下がもう並んでいます。しかもお一人で」

「え? もう? しかも一人ってお兄様は?」

「さあ……少なくとも殿下の付近にはいらっしゃいませんでした」

 お兄様を崇拝しているロザーリオが言うのだから、いないというのは本当なのだろう。

 一応確認するとラウリスも覗きに行ったら、やっぱりルトが一人で並んでいるとのこと。

「ウキウキした表情で並んでいる。これはもうアリーを戦力に換算するのはやめた方がいいな。兄上専属になりそうだ」

 始まる前から早々に戦力外通告を受けてしまった。まあ、こんなに早く来るとは思っていなかったけれど、楽しみに来てくれているみたいだし素直に嬉しい。

 そう思っていると開始の合図の鐘が鳴った。


「……」

 次々と人が入って来る中、扉のすぐ横で呆然と立ち尽くしている人物がいる。無言のまま私を見つめ頬が上気している。

 そしてその人物の腕の中には黒いドラゴンがおさまって、鼻をヒクヒクさせていた。

「えっと……いらっしゃいませ。クストーデも連れて来たんだね」

 私の声に反応したルトはハッと覚醒しクストーデを捨てるように手放した。そして左手で口を覆いながらスマホを取り出す。

「なんて……なんて……ああ、可愛らし過ぎて言葉になりません」

 リンリンと鈴の音を鳴らし続けるルトに苦笑しつつ、私の胸に飛び込んで来たクストーデを受け止める。

「ルトは一人で? お兄様は?」

 やっと鈴の音が止み席に案内しながら聞くと、ルトはいい笑顔で答えた。

「今日は営業時間中ずっとここにいるつもりでしたので、ジャンには休暇を差し上げました。ああ、ジャンも後から来ると言っていましたよ」

「そっか……じゃあお茶持って来るから。ごゆっくりね」

 ラウリスの予想通り、今日は一日ここにいるつもりのようだ。スマホを片手に嬉しそうに席に座ったルトが、クスクスと笑いながら仕事に戻ろうと踵を返した私の浴衣の袖を掴んだ。

「今日は是非アリーに校内を案内していただきたいのですが? 休憩時間はあるんですよね? 何時頃です?」

 一緒に見て回りたいということらしく、そのために今日は一日中ここで待っているつもりだったと聞いて驚いてしまう。

 確かに昨日は忙し過ぎて他のクラスの出し物を見る暇なんてなかったから、ちょっと回ってみたいとは思っていた。ラウリスたちはちゃっかりカップルで回っていたのを見て羨ましいと思っていたんだよね。

「じゃあ、一区切りしたら一緒に行こう」

 笑顔でルトに答えると「お待ちしてます」とルトも笑顔で答えた。

 そして二時間程してから、私たちは校内を回ることにした。


 どこも綺麗に飾り付けられていて、いつもの学校とは全くの別世界のようだ。

 文化祭前の数日は自分の教室とカフェと寮の三ヶ所を行き来していただけだったから、魔法や花々で華やかになっているなんて気が付かなかった。Aクラスは階段を上がってすぐの場所だったから余計に気付けなかったのだ。

「凄いね。なんだか学校じゃないみたい」

 キョロキョロしていると隣を歩くルトが笑いながら握っていた手にキュッと軽く力を入れた。

「ちゃんと前も見ながら歩いてくださいね。混雑してきましたからぶつかってしまいますよ。まあ、その時はすぐに抱き上げてしまいますけれど」

「……気を付けます」

 ルトに抱き上げられた自分と、そんな私たちに視線が集まる光景を想像してしまいすぐにキョロキョロするのをやめた。ルトなら本気でやるに違いない。しかも嬉々としてやるだろう。

 大人しくなった私とは逆にクストーデが鼻をクンクンさせながら、ルトの肩越しに聞いてきた。

『アリーのクラス以外に食べ物はないのか?』

 うん、そうよね。神獣様は食べ物が欲しくて来たんだわね。決して私の晴れ姿を見に来た訳ではないのよね。本当、食いしん坊め。なんて心の中では思いつつも返事を返す。

「あ、そういえば四年のAクラスもワッフルとクレープを売っているはずよ。なんでも魔法で全ての工程をやっているって言ってたわ」

『ならばまずはそこだ』

 クストーデの言葉に反応したのか、肩の上のぷにちゃんがプルルンと揺れた。そんな二匹を見た私たちは吹き出しながら目的のクラスへと向かった。

 三階に向かう階段の途中から甘くていい匂いが漂ってくる。教室の前にはアップルグリーン色の看板にベビーピンク色の文字で『スイーツ』とシンプルに書かれていて、周りには魔法で出来たクレープやワッフルが浮かんでいた。中に入ると結構人がいる。

「どちらにしましょうか?」

 ルトが話した途端に女性たちから黄色い声が飛んだ。それなのに、ルトもクストーデもぷにちゃんも気にする素振りすら見せない。

「い、いらっしゃい、ませ」

 注文を聞く店員姿の生徒が緊張で吃りながら応対する中、二匹はとっとと注文を始めた。

『我はクレープとワッフルを三個ずつだ』

「ぷににぃ」

『わかった。ぷににも我と同じものだ』

 ノリノリで注文をするドラゴンとスライム。

「私は一つずついただきますね。アリーも同じでいいですか?」

「あ、うん。お願い」

 注目を浴びながら注文を終えると、数人の生徒が魔法を発動し出した。タネを薄く丸く広げ焼き上げ終わるとふわりと浮かんだ生地は隣に移動し、今度はフルーツやクリームなどが載せられる。そしてクルクルと巻き上げクレープが自ら紙の包みの中に入った。

「見てるだけで楽しいね」

「ぷうに」

 私とぷにちゃんが作られていく工程を眺めている間にルトとクストーデは出来上がったクレープとワッフルを受け取って、ルトの空間魔法で収納していった。

 最後のワッフルを受け取ろうとしている時、教室の扉が開くと生徒会長のボネット様と会計のモンテッラ嬢が入って来た。

「ヴィストリアーノ嬢、来てくれたんだね」

 私を見つけた会長が話しかけてくる。そして隣にいるルトに気付くと即座に頭を下げた。

「王太子殿下、すぐに気付かず申し訳ありません」

 詫びる会長にルトが笑顔を向ける。

「頭を上げてください。ここは学校で私はあくまでお邪魔させていただいている身です。そこまで畏まる必要はありませんよ。それに去年度までは教師としてですが、あなたと剣を交えたこともあったでしょう?」

「は、ありがとうございます」

 王太子殿下が自分のことをしっかり覚えてくれているという事実に感動したのか、更に畏まってしまう会長に微笑んでいるとモンテッラ嬢がいつの間にかルトの横に並んだ。

「王太子殿下、私のことは覚えておいでですか?」

 ラウリスを呼ぶ時と同じような猫撫で声になるモンテッラ嬢に一瞬だけムッとする。

 この人ってラウリスが好きだったのでは? もしかして王族であればどっちでもいいって感じなのかしら? なんて思っているとルトが笑みを浮かべたまま首を振った。

「申し訳ありませんが」

 それだけ言うルトにモンテッラ嬢は笑みを向けた。

「では、今日こそは覚えてくださると信じて。メリタ・モンテッラ、モンテッラ子爵家の長女でございます。殿下のことはずっと尊敬しておりました。この機会に是非――」

 つらつらと言葉を並べるモンテッラ嬢だったが、目の前でルトが手を上げたことで途中で口を噤むしかなくなり大人しくなる。

 そんな彼女にルトはニッコリと微笑みかけた。なにかを期待したのか、モンテッラ嬢は瞳をキラキラさせてルトを見つめている。けれど、笑みを浮かべたルトの口からは辛辣な言葉が紡がれた。

「もう結構ですよ、モンテッラ子爵令嬢。今は愛しい婚約者との逢瀬を楽しんでいる最中ですので、あなたの話を聞く時間はないのです」

 それだけ言うとルトは私の腰を抱いて入り口へ向かう。そして一度足を止めて振り返った。呆然と私たちを見ていたモンテッラ嬢の瞳に生気が戻る。振り返ったルトの顔は私からは見えなかったけれど、発した声色は優しかった。

「ボネット殿、あなたの剣技は中々見所があります。是非精進を重ねてくださいね」

 それだけ言ったルトは再び入り口へ足を向けた。

「はい! ありがとうございます!」

 深く頭を下げるボネット様に対して、モンテッラ嬢の表情は悲壮感が漂っていて可哀想なくらいだった。腕の中にいるドラゴンがクククと楽しそうに笑う。

『アリーと一緒にいる時のエンベルトに色目を使おうなどと、随分と滑稽なことをする女がいたもんだ』

「そうですね。モンテッラ子爵でしたか? 彼は王城勤務でもないようですので、私たちの仲睦まじさを知らないのかもしれませんね。ふむ……これは由々しき問題です。もっと私たちは心から愛し合っているのだとアピールしなければ」

 真剣な顔でとんでもないことを問題視しているルトと、それを見て爆笑しているクストーデ。モンテッラ嬢に見向きもしないルトに少しだけときめいたというのに、今の言葉で台無しだ。

 真面目な顔でどうしたら自分たちの仲を広く伝えられるかと悩んでいるルトの手を強く引く。

「ほら、せっかく買ったんだからクレープ、食べよう」

 そのうちパレードをするだのと変なことを言い出しかねないと思った私はルトを引っ張るようにして中庭に向かう。そこでゆっくりクレープやワッフルを食べて、変な計画を立てることなど忘れてしまえと願わずにはいられなかった。

 スイーツを食べ終わり、次は何処に行こうかと話している時だった。私のスマホが鳴る。相手はチアだ。

「どうしたの? なにかトラブル?」

 そう聞いた私にチアは「トラブルといえばトラブルね」と言って笑う。

「どっちなの?」

 よくわからない返答に質問を重ねるとチアがニヤニヤした口調になった。面白くて仕方がないと思っている時の口調だと気付く。なんだか聞く前から嫌な予感がする。

 そんな私をよそにチアは笑っている。

「フフ、アリーを指名しているお客様が何人も来ているの。だから早く殿下と一緒に戻って来て」

 ルトも一緒にとはどういうことなのか? 疑問に思いつつチアの話をそのままルトに伝えるとルトの表情が曇った。

「嫌な予感しかしませんね」

「だよねぇ」

 会話を聞いていた二匹はまだまだ腹減り状態のようで、私の腕に飛び込んで来た。

『ちょうど食べ終わったし、もう一度アリーの店の菓子を食うとしよう』

「ぷにぷに」

 二匹の目的とは大きく違っているけれど、私たちは皆で教室に戻ることにした。


 そろりと扉を開いて中を覗くと、すぐにラウリスに気付かれてしまう。

「戻って来たか」

 小さく溜息を吐いたラウリスは、そのまま私の腕を掴むとルトごと引っ張った。そして奥の方を指差す。そこにはこちらに向けて手を振る異国の王子たちがいた。

「なんで?」

「なんでです?」

 二人の声が重なる。この王子たちは本当に神出鬼没過ぎる。

「二人揃って苦虫を噛み潰したような顔をして。少しは嬉しそうにしてくれ」

 そんな私たちを見て楽しそうに笑ったのはサルド王国のアッバス王太子。

「せっかく聖女様に会いに来ましたのに。お二人でお出かけになっていたなんて寂しい限りですね」

 ナシル王子もいる。そして……。

「お久しぶりですね。妹に便乗して一緒に来てしまいました」

 アルーバ神国のクレート王太子まで、私たちを見てニコニコと笑みを浮かべていた。

 周辺には王子たち目当てなのか、女性ばかりが座って小さくキャーキャー言っている。これだけ色々なイケメンが集まればそうなるのは当然なのかもしれない。

「またあなたたちですか? アリーの文化祭のことは言っていなかったはずですのに、どうしてわかったのです?」

 ルトが大きな溜息と共にサルドの王子たちに向けて言った。

 すると何故かクレート王太子が「すみません」と謝った。どうやら文化祭の少し前に二国間で商談があって、ポロッと漏らしてしまったらしい。

「はあ、アリーのこの姿を見せたくなくて、わざわざ内緒にしていたというのに」

 ルトがクレート王太子を軽く睨むと、クレート王太子は申し訳なさそうに笑った。けれどすぐに私に視線を移してうんうんと頷く。

「聖女様はなにを着てもお美しいです。我が国の民族衣装のひとつである浴衣を見事に着こなしておいでですね」

「本当ですか? 嬉しいです。ありがとうございます」

 褒めてもらうと素直に嬉しい。笑顔でお礼を言うとアッバス王太子から不満があがった。

「聖女よ、クレート殿にはやけに愛想がいいな。どういうことだ? まさか浮気か?」

 お礼を言っただけでどうしてそういう解釈になるのか不思議だ。私はアッバス王太子を軽く睨んだ。

「そのような言い方をなさるからですよ。もっと素直に褒めてくだされば私だって素直にお礼を言えますのに」

 すると徐に立ち上がったナシル王子が私の手を取った。

「聖女様、あなたの衣装の中で泳いでいる魚が羨ましいです。私も魚になってあなたの身に溶け込んでしまいたい」

 周りから黄色い声が上がる。高い位置で結んだナシル王子の金色の髪がサラリと揺れる。私を見つめているはく色の瞳を見つめ返すと引き込まれてしまいそうになる――なんて、普通の女性ならイチコロになるところなのだろうけれど、私の感想は胡散臭い。これに尽きる。

「またまたぁ。そんな殺し文句を使っても胡散臭さが隠せていませんよ」

 ケラケラと笑う私にナシル王子は残念そうな表情をした。

「これでもダメですか。それは残念」

 そう言ってちゃっかり私の手の甲にキスを落とした。油断も隙もあったもんじゃない。

「ナシル、私に殺されたいのですか?」

「いえいえ、とんでもありません。やるなら兄上をどうぞ」

 そう言いながらルトに向かって両手をあげる。今日はアッバス王太子よりも先にナシル王子が降参のポーズをすることになった。

「ところで三男坊はどうしたのです?」

 確かに、フレド王子がいない。ルトが周りを見回しながら問いかけるとアッバス王太子が笑った。

「あいつか? ハハハ、あいつは留守番だ」

 なんでも仕事があるから誰かは残れと父王に言われ、くじ引きで負けたのがフレド王子だったそうだ。可哀想な気はするけれど、仕事があるのなら仕方のないことだ。

「それにしてもこれは凄いですね」

 クレート王太子が教室の中を泳ぎ回る魚たちを見ながら感心したように言うと、アッバス王太子もナシル王子も賛同する。

「海の中というのは素晴らしく美しいな。聖女を待っている間にとてつもなく大きな魚を見た。ジンベイザメというらしい。それにシャチという黒と白のものもいた。流線型が美しい生き物だった」

 海がないサルド王国にとっては新鮮なのだろう。海がある国でも海中で過ごすなんていう経験はしないのだから感動するのも当然だ。

「フフ、喜んでもらえたようでよかったです」

 クラスの皆で作り上げた世界を褒めてもらえて、本当に嬉しかった私は素直に礼を述べた。

 するとアッバス王太子が呆けたような顔で私を見つめた。ナシル王子も驚いたような表情を浮かべている。

「参った」

 ガクンと項垂れたアッバス王太子がボソリと呟く。なにに参ったのかと不思議に思いぷにちゃんと一緒に首を傾げる。ルトは面白くないという顔をしているし、クレート王太子はフフフと笑って楽しそうだ。ナシル王子は「困りましたね」と苦笑していた。

「なにがです?」

 私だけがわかっていない状況のようだ。ぷにちゃんもいるけど。すると、腕の中にいたクストーデがニヤニヤと笑った。

『我の聖女に微笑みかけられて腑抜けたか?』

 ピクリと身を固まらせたアッバス王太子だったが、大きく息を吐き出すと顔を上げた。

「耐性がないせいでモロに効いた。聖女のそれは国を滅ぼしかねないな」

 乾いた笑いを漏らしルトの方を見たアッバス王太子に、ルトはニヤリと笑った。

「傾国のなんとやらです。本当に困ってしまいますよ、アリーの魅力には。ああ、言っておきますがどんなに本気になろうとあなた方に決して渡しませんから」

 ルトはアッバス王太子とクレート王太子、ナシル王子を順番に見た。

「しかもどうやら新たな敵も現れましてね、久々に本気の訓練を再開しようかと考えているところです」

「エンベルト殿が本気で訓練を? それはもしや?」

 クレート王太子がそう問いかけると、ルトは無言で頷いた。アッバス王太子もナシル王子も理解したようで溜息を吐く。

「よりによってあそこか。なんだ? 仲間とでも思われたのか?」

「まあ、それもあるのかと」

 ルトは三人が座っているテーブルに座り出し、話し始めた。

 四人が揃って真剣な顔を突き合わせて話し込んでいる姿は、ちょっと恐ろしい。

「ええっと……私はもういいかな?」

 そっと後ずさり四人から離れた私は、仕事を再開することにした。

 相変わらず次々と人が入って来る最中、騒がしい声が聞こえてきた。団体さんかな? と思っていると扉が開く。

「いらっしゃいませ」

 振り返った私の目に飛び込んだのは、美しいカップル。

「盛況のようだね」

「もう少し後にした方がいいでしょうか?」

 入るのを躊躇している二人に向かって私は走り寄った。

「お兄様、お姉様。来てくれたのね」

 走ったそのままの勢いで飛び込む私を見事に抱き留めたのはお兄様。

「そんなに走ったら着崩れてしまうよ。せっかく可愛らしい装いなのに勿体ないんじゃないかな?」

 私が離れるとすぐにスマホを取り出して鈴の音を奏でる。

 そんなお兄様に笑いつつ今度はイレーネ王女に抱きつく。

「お姉様、来てくださったんですね」

「ええ、私が作った浴衣姿をどうしても見たくて来てしまいました」

 二人で抱き合いながら笑っている横で、鈴の音が鳴り続ける。

「美しい婚約者と美しい妹のツーショット。とてもいいね」

 そう言いながら撮り続けるお兄様にお姉様と二人で笑ってしまった。

 するとお兄様の背後に人が立っていることに気付く。

「あ、すみません。いらっしゃいませ」

 そう言った私は、扉の向こうに立っている人物が抱いている二匹に驚いて、身を固まらせてしまった。

「え? さん? ?」

 震える声で二匹に声をかけると、二匹は嬉しそうに小さな尻尾をブンブン振りながら私の腕の中に飛び込んで来た。

『聖女様~、会いたかったです』

『僕もです』

 ゾルガ王国との一件以来の再会に、嬉しくて二匹をギュッと抱きしめる。

「私も、珊瑚と瑠璃に会いたかったよ」

 そんな私たちを微笑ましく見つめていたお兄様が、横でメロメロになっているイレーネ王女を支えながら話し出した。

「ちょうど下でお会いしてね。先日転送魔法陣を完成させたから、試験的に来てみたそうなんだ」

 ベスティエ共和国と友好条約を結んだので、ガンドルフィンと直接行き来出来るようにと魔術師団がベスティエ共和国に赴いて転送魔法陣を張ったのだそうだ。団長であるフレゴリーニ侯爵とセヴェリンが一度転移した場所だからと、問題もなくあっという間に張れたらしい。

「じゃあ、珊瑚と瑠璃にいつでも会えるね」

 私が二匹に言うと綺麗に揃って「アン」と返事をした。ああ、可愛過ぎて死んでしまいそう。そう思っているとお兄様の声がした。

「ほら、イレーネ。しっかりして」

 イレーネ王女の方が先に死んでしまいそうになっていた。そしてその背後から申し訳なさそうな声がした。

「申し訳ありません。また後で来た方がよろしいでしょうか?」

 私ったら珊瑚と瑠璃に夢中になってしまって忘れてた。

「すみません、ハグワールさん。それにアエトスさんも。ようこそいらっしゃいました。どうぞ、こちらへ」

 そこでやっと教室内に獣人の二人が入る。お兄様とイレーネ王女の美しさに既に視線を集めていたせいで、後から入った二人にも視線が集まる。野生的な二人のイケメンに歓声が上がった。

 イケメンがこれだけ集まると、もうこの中にいる女性たちは生きて戻れないかもしれない。なんて思いながら席に案内しようとすると、ハグワール氏から微笑みかけられた。

「聖女、珍しい服装をしているな。とてもよく似合っている」

「本当ですね。ガンドルフィン王国の服ではなさそうですが、とてもよくお似合いです」

 トリーの姿の二人はそう言って微笑んだ。すると予想通りに黄色い声が上がる。もう女性たちは海の中とかどうでもよくなってそうだ。

「これは……凄いな」

 四人は教室内を見渡すと溜息を吐く。

「本当に海の中にいるようだね。あ、イルカだ」

 四人が四人とも楽しそうにキョロキョロしていると、奥の席で立ち上がっている男性たちが。

「皆さん、こちらでご一緒にどうです?」

 そう言っているルトの顔が若干引き攣っているように見えるのは何故だろう? それどころか他の王子たちもなんだかピリついている。もしかして喧嘩してたのかな?

「ああ、これは大変そうだ」

 お兄様はそう言いつつもなんだか楽しそうで、お菓子でクストーデを釣ると「万が一の為にね」と言いながら一緒に四人がいる席に連れて行った。

「大丈夫なのかしら?」

 チアが大所帯になった席を見ながら零す。

「まあ、ジャンネスもクストーデもいるから、なんとかなるだろう」

 ラウリスは肩をすくめながら笑う。

「なんかピリついてたのよね。喧嘩でもしてるのかな? 友好条約結んでるんだから仲良くすればいいのに」

 そう零すとオレステ以外の皆が大きな溜息を吐いた。

「アリー、本当にわからないのですか?」

 至極真面目な顔でロザーリオが問いかけてくるけれど、なにがわからないのかがわからない。

「なにが?」

 私も真剣な顔で聞き返した。ロザーリオは尚も言い募る。

「アリーのせいだと、思い当たる節はありませんか?」

「え? 私のせい? なんで? 私、なにか悪いことしちゃってた?」

 アルーバでもベスティエでも別に悪いことはしていない、はず。サルドはそもそも行ったことないし。

 珊瑚と瑠璃を抱いたまま、真剣に過去を思い返してみる。けれどやっぱり思い当たる節などなかった。

 そんな私を見たロザーリオはまたもや溜息を吐き、珊瑚と瑠璃をひと撫でしてから「もういいです」と仕事に戻った。なんだか匙を投げたようなそんな感じだ。

「ねえ、どうしてロザーリオは落ち込んでるの? 私、なにか知らない間に問題起こしちゃったの? なら謝ってこなきゃ」

 チタとチアに言うと二人は揃って笑い出した。そして二匹を撫でながら私を見る。

「大丈夫、アリーのせいではあるけれどアリーが悪い訳ではないから。そのままのアリーでいてね。私たちはね、そんなアリーが大好きだから。だって退屈しないもの」

 若干バカにされている気がしなくもない。もしかして私が聖女なのがいけないのかな? いつまでも考えている私の頭をラウリスが小突いた。

「大丈夫だ。アリーのせいじゃない。ない頭で深く考えるとハゲるぞ」

「ハゲるって、レディに対して失礼過ぎない?」

「ん? レディは何処だ?」

「ここ、ここにいるでしょ?」

「戦闘狂のことか?」

「違うし」

 言い合っているとオレステに呼ばれてしまう。

「おい、まだどんどん入ってくるぞ」

 二人で顔を見合わせると、どちらからともなく笑ってしまった。

「あとひと踏ん張りだ。やるか?」

「うん」

 ルトたちのことは一旦置いておいて、私たちは仕事に集中することにしたのだった。


 残り時間もあと僅かという時。生徒は勿論、保護者や一般の人たちも帰り始めて私たちの『海の中のカフェ』もルトたち一団以外は誰もいない。

「この後の予定は?」

 もう新たなゲストは来ないだろうと、イスを片付け始めたラウリスをルトが呼び止めた。

「ああ、今日は片付けたら解散です。打ち上げは後日やることになっているので」

「それならばどうです? 頑張ったご褒美を兼ねて私たちだけですが、打ち上げを王城の方でしませんか?」

 明日は休日なのでゆっくり楽しめそうだし、皆も一緒なら楽しいに違いない。私たちは喜んで受けた。

「皆、そのまま王城に泊まって構いませんからね。こちらからそれぞれの家には連絡を入れておきます。アリーも私の部屋の隣の部屋を用意させますから」

 その言葉にお兄様がいち早く反応した。

「殿下、まだアリーはうちの子なので」

 微笑んでいるけれど怖い。こういう時のお兄様は、ちょっとお父様に雰囲気が似ている。アッバス王太子がお兄様に続いた。

「そうだぞ、聖女はエンベルトの婚約者ではあるが、まだ妃ではないからな。どうだ? エンベルトは危険だから俺の隣の部屋にしてもらうか?」

「兄上の隣なんて危険極まりないですよ。それでしたら私の隣の方が。なんでしたらご一緒になんてどうです?」

「あなた方はどうしても私に切り刻まれたいのですね。いいでしょう、いつでも細切れにして差し上げます」

 ルトとサルドの王子たちがいつものように戯れあっていると、クレート王太子が耳打ちしてきた。

「危険を感じるようでしたら、私の部屋の隣にしては如何いかがです? イレーネと挟むようにすればいざという時、助けに入ることが出来ますよ」

 それは心強いかも。イレーネ王女が隣なら安心かもしれない。なんて思っているとハグワール氏も入ってきた。

「私の隣の部屋なら不穏な音が聞こえればすぐ対処出来る。アエトスが飛んで逃がすことも出来るしな」

 それもありがたい。でもどうして皆して隣の部屋にこだわるの? なんて思っているとルトから冷気が発せられた。

「皆さん揃ってアリーにちょっかいをかけないでいただけますか? アリーは私の婚約者ですので私の隣の部屋に決まっているでしょう。いい加減にしないと皆揃って切り刻みますよ?」

 そんな時だった。教室の扉がゆっくり開いた。そして妙な空気感をものともしない柔らかな声色が響く。

「あら? まだ大丈夫かしら?」

 顔を覗かせたのはなんと、お母様だった。

「お母様?」

 驚く私に気付いたお母様は、暢気に手を振りながら入って来た。

「アリー、とっても可愛いわね。似合ってるわ。ふふ、流石私の娘ね」

 一瞬のうちにほんわかした空気になる。が、次の瞬間電流が走ったような緊張感に包まれる。

「これはこれは殿下。なにやら不穏な会話が聞こえてきましたが?」

 後から入ってきたのはお父様。お母様とは真逆に奥にいる面々に睨みを効かせている。けれどルトも負けてはいなかった。

「公爵もいらっしゃるとは思いませんでした。あ、今日は城の方で打ち上げをする予定になりましたので、アリーをお預かりしますね」

「わざわざ王城で打ち上げですか? わかりました、ジャン。今日おまえは王城の方へ。わかっているな?」

「ふふ、勿論ですよ。父上」

 お兄様は楽しそうに頷いた。

「ジャン、あなたは私の味方ですか? それとも義父上殿の味方ですか?」

 そんなお兄様に対し少し不貞腐れたようにルトが言うと、お兄様はフフフと笑いながら私をチラッと見てからルトを見た。

「残念ながらアリーはまだうちの子なので」

「ジャンがそちら側ですと勝ち目はないですね」

 諦めたように零したルトの肩に、アッバス王太子が神妙な顔つきで手を置いたと思ったら、いきなりニヤッと笑う。

「これで同じスタートラインに立ったな」

「そんな訳ないでしょう!!

 怒るルトとギャハハと笑うアッバス王太子を横目に、お父様はイレーネ王女の前で片膝をついた。いきなりの出来事に、イレーネ王女はピキリと固まったままお父様を凝視している。

「イレーネ殿下、お帰りになる前には是非、我が家にお寄りください。クレート殿下も宜しければご一緒に」

 厳格な表情のままではあったけれど、イレーネ王女を呼ぶその声色は優しい。どうやら未来のお嫁さんをもてなしたいと思っているみたい。いつの間に移動したのかお父様の背後ではお母様もはしゃいでいる。

「それなら一緒に街にお買い物に行きましょう。フフ、楽しみだわ」

 二人の気遣いを感じ取ったイレーネ王女は嬉しそうに微笑んだ。

「是非。よろしくお願いいたします」

 王女の返事が聞けたら終わりとばかりに立ち上がったお父様は、他の王子たちを無視して海の中の世界に視線を移した。

 いつの間に搭載したのか二人揃って鈴の音を鳴らしている。どうして二人にもその機能があるのかと聞くと、お父様がニヤリとする。

「団長に頼んだだけだ」

 不敵な笑みを見せるお父様。もしかしたらフレゴリーニ侯爵を脅した? ふと二人のやり取りが頭に浮かぶ。侯爵はまた、無表情のお父様に追いかけ回されてしまったのかもしれない。

 侯爵には申し訳ないけれど、きっと面白かったんだろうなと思ってちょっと笑ってしまう。今度セヴェリンに、実際はどうだったのか聞いてみよう。

 それからもお父様たちは楽しそうに鈴の音をさせていた。

 ふと、お父様がたまに海ではないところを撮っていることに気付く。それは見慣れない魚が通って、お母様がはしゃいでいる時だったということは内緒にしておこうと思う。

 海の中を堪能した二人はお茶を飲んでから帰って行ったのだがその際、しっかりルトたちのテーブルに近付き忠告するのを忘れなかった。

「うちのアレクサンドラを好ましく思うのは構いませんが、よこしまな気持ちを抱くようなら覚悟してください。国ごとぶっ潰して差し上げますから」

 そこにいたお兄様以外の全員が、時が止まったかのように微動だにせずただお父様を見つめている。その姿に満足したのか、お父様は「またな」と私のおでこにキスを落とし、お母様の腰を抱いて去って行った。両親が去って暫くすると皆の金縛りが解け、一斉に話し出す。

「なんだあれは? 本当にただの人間か? 神獣に負けないくらいの圧を感じたぞ。あれなら本当に世界を滅ぼせるだろうな」

「いや、本当に。目が合ったわけでもないのに身がすくみ上がりました」

「お噂以上の力の持ち主のようですね」

 サルドの王子たちとクレート王太子は、力を入れすぎた身体をほぐすように首をコキコキと動かしている。獣人であるハグワール氏たちでさえ、魂を抜かれたように呆けていた。

「姿を見ただけで毛が逆立つ思いでした。絶対に勝てない、そう思わされたのは初めてです」

 何故かこの一言で一気に場が盛り上がった。

「獣人に畏れを抱かせるってどれだけなんだ?」

「獣人だからこそ、絶対強者という存在がわかる。そういうことでしょうか?」

 アッバス王太子とクレート王太子が興味津々といった表情でハグワール氏たちに話しかけ、ナシル王子はルトとお兄様にお父様の実力はどれほどのものなのかと聞いている。

 紅一点であるイレーネ王女は、自分の膝の上でお菓子をむさぼっているクストーデを、目をハートにしながら愛でている。

 一連の出来事を見ていた私たちは「片付けるか」というラウリスの言葉に大きく頷いた。


 迎えの馬車に乗り込み王城に到着すると、小ホールに案内された。疲れたとかお腹が空いたなんてことを話しながら中に入ると、既に酔っ払いたちが楽しそうに騒いでいた。

「私たちのご褒美とかって言ってなかったっけ?」

 この状況を見る限り、本来の目的を覚えている人物の方が少ないだろう。

「公爵という絶対的な敵が出来たことで、変な仲間意識が芽生えたんだろうな」

 ラウリスは呆れた顔で酔っ払いたちを一瞥すると、少し離れた場所に席を設けさせた。

「俺たちだけで打ち上げをしよう。下手に絡むとろくなことにならない」

「ああ、ラウリスったらすっかり立派になって。見守ってきた甲斐があるってものよ。私は本当に嬉しいよ」

 いつの間にブラコンを卒業したのだろう。魅了でバカになっていたラウリスの面影は微塵もない。冗談めかしながらも本気で言った言葉に、ジュリーがブラウンの瞳をキラキラさせながらラウリスを見つめた。

「ラウリスは役員も頑張っていて、皆からも頼りにされて本当に凄いわ」

 愛しい婚約者に本気で褒められて、ラウリスの顔が真っ赤に染まった。

 そんなラウリスの姿にチタとチアがクスクスと笑い出す。ロザーリオは私と一緒に「これからも頼りにしてますよ」と言って笑った。オレステはというと、既にお皿を持って奥に並んでいる食べ物を取りに向かっていた。その後ろにはちゃっかりぷにちゃんが同じようにお皿を持って跳ねている。

「早く取らないと食べ尽くされてしまうわ」

 焦った私たちはお皿を手に取り、オレステたちの後に続く。お腹が空いていたせいであれやこれやと欲張ってしまい、気付けばお皿が二つになってしまった。全部食べる自信はあるけれど、食べ過ぎになってしまうかもしれない。

 そんなことを思いつつ席に戻ると、私のイスに黒い物が。

「ん?」

 なんだろうと思ったのはほんの一瞬。すぐにクストーデだと気が付いた。ルトたちと先に王城で食事は済ませているはずなのに、また食べようとしている。

「いい加減太るわよ」

 なんて言ってみてもクストーデは知らん顔で、早くと急かしてくる。仕方がないので膝に乗せグラスにワインまで注いであげた。

「よし、皆座ったな。初めての文化祭は皆のお陰で大成功に終わった。本当にお疲れ様だった。来年は更に盛り上がるように頑張ろう。乾杯!」

 ラウリスの乾杯の合図に私たちもグラスを高く掲げる。

「「かんぱーい!」」


 翌日。目を覚ました私はベッドの真ん中で布団もかけずに丸くなって眠っていたことに気付いた。そして周りにはクストーデとぷにちゃん。珊瑚と瑠璃が私に身を寄せて眠っている。

『いつの間に?』

 食事の途中で眠ってしまった珊瑚と瑠璃はアエトス氏に回収されていったはず。抜け出して来たのだろうか。

「ふふ、可愛い」

 未だぐっすりと眠っている皆を起こしたくなくて、起き上がることを諦めた私はいつの間にか再び眠りに落ちていった。

 どのくらい時間が経ったのか。扉をノックする音が微睡まどろみの中で聞こえる。それでも眠気に勝つことが出来ずにいると扉の向こうから「アリー? 大丈夫?」と声が聞こえる。声の主はお兄様だ。何度か名前を呼ばれたけれど、どうしても微睡の中から抜け出せない。暫くすると、鍵の開く音がして静かに扉が開く気配がした。

「具合が悪いとかだったらどうしましょう」

 イレーネ王女の声も聞こえる。もしかして私が起きてこないから心配になって様子を見に来たのかもしれない。

「アリー?」

 お兄様の声がベッドのすぐ傍で聞こえた。

「ん……はぁい」

 なんとかそれだけ返事をした途端、リンリンと鈴の音が鳴り出した。しかも音は一つではない。眠い目を擦りながら身体を起こすとお兄様とイレーネ王女がいた。

「どうしているの?」

 頭がぼうっとしているせいで口が上手く回らない。ぽけっと二人を見ていると、イレーネ王女が腰が抜けたように座り込んでしまった。

「はあぁぁ、もうダメ。可愛過ぎて本当に……」

 そう言いつつスマホだけはこっちに向いている。

「もしかしてお姉様のスマホも?」

 完全に目が覚めた私が王女のスマホを指差しながら聞くと、王女は嬉しそうな顔をして私を見た。

「はい、先程魔術師団の団長様に偶然お会いしまして。お願いしましたら取り付けてくださいました。これでアリーをたくさん収められます」

 ああ、なんか嫁ぐ前からすっかりヴィストリアーノ家に染まっている。苦笑しつつ今が何時なのかお兄様に教えてもらおうと口を開きかけた時だった。

 コンコンとノックの音がしたと思ったら、徐に扉が開かれる。

「アリー、起きましたか? 具合が悪いとかではないですか?」

 そのまま入って来ようとするルトを、扉の方へ向かったお兄様が止める。

「殿下、心配してくださるのはありがたいことですが、部屋に入るのは許しませんよ。しかもこんなに引き連れて」

 開いたままの扉の向こうには、クレート王太子とハグワール氏。更にその背後では「俺にも見せろ」や「ズルイですよ」と騒いでいる声が聞こえる。つまり、見えないけれど、アッバス王太子とナシル王子もいるということだろう。

「この方たちは勝手についてきたんです。振り切ろうにも城の中ではなかなか難しくてですね。それで? アリーは起きたのですか? アリー?」

 お兄様と扉の間からなんとか入ろうとしているのか、私を呼びながら左右に動いているルトの姿がこちらから見てとれる。思わず王女と二人で笑ってしまう。

 すると、私の周りで眠っていた子たちが次々と起き出した。

「ぷに」

『おはようです、聖女様』

 ぷにちゃんと瑠璃がまず起き出して、それから珊瑚が起きた。

『おはようです、聖女様』

 珊瑚と瑠璃に聖魔法をあげていると、やっとクストーデが大きな欠伸をしながら起きた。

『アリー、飯の時間か?』

 寝ぼけたままのクストーデはヨタヨタと私の膝に乗り、そのまま腕をよじ登る。そして肩に掴まると頬におでこをくっつけた。スーッと魔力が流れていくのを感じる。どうやら本当の食事をしているようだ。

 すると、王女から凄まじい鈴の音が鳴り出した。

「可愛い可愛い可愛い。可愛過ぎる」

 可愛いという言葉が最早呪文のようになっている。王女の威力に若干引いていると、急に扉の向こうから威圧的な空気を感じた。ルトがピキッと凍ったように固まったのが見える。背後でチラリと見えるハグワール氏も廊下の方を見て固まっているのが見えた。

「各国の王子たちが揃ってなにをやっている? この場で叩き斬ってやろうか?」

 地の底から這うような声色で各国の王子たちに敬語すら使わずに脅しているのは、姿が見えなくてもわかる、お父様だ。

「ジャン、これはどういうことだ?」

 厳しい声でお兄様に問いかけているけれど、怯える様子もないお兄様は涼しい顔で答えた。

「そろそろ父上が来るだろうと思いまして」

 完全に楽しんでいる。そんなお兄様の意図を汲み取ったのか、それとも本気でやるつもりなのか、お父様はなんの前触れもなくカウントダウンを始めた。

「十……九……」

「なんだ? なにが始まるんだ?」

 アッバス王太子が素っ頓狂な声をあげている。反対に固まっていたルトがクレート王太子の腕を引っ張った。

「逃げますよ! 捕まってしまったら死ぬまで訓練をさせられてしまいます」

「八……七……」

「訓練ならいいのでは? 逆にお願いしたいくらいだ」

 暢気な声色のハグワール氏に対して、ルトの声色は真剣そのものだ。

「なにをバカなことを。死ぬまでと言ったでしょ。本気で瀕死になるまでってことです。あんな訓練、今のテンションの公爵とやったら本気で死にますって」

「六……五……」

 ルトたちの会話が聞こえているにもかかわらず、淡々とカウントダウンしていくお父様に私まで震えてしまいそうになる。刻々とゼロに近付いていく中、これ以上は本気でヤバいと思ったのかルトは大きな声を出した。

「とにかく逃げますよ!」

「四……三……」

「死にたくなければ走ってください!」

 そのままルトは一気に走り出した。すると、訳がわからないながらもつられるように他の面々も走り出す。蜘蛛の子を散らすようにという言葉がピッタリな光景になにも言えずにいると、何故かお父様はお兄様と一緒に私の方にやって来た。

「アリー」

 ほんの少し前までの威圧感は何処へ行ってしまったのか、優しく私の名を呼んだお父様は私の傍まで来て頭を撫でてくれた。

「よく眠れたか? そういえばつい先程、フェリチタとフェリチアがダイニングに向かっていた。アリーもお腹が減っただろう、早く食事をしてしまいなさい」

「はい。お父様、あんまりルトたちをいじめないでね」

 ルトでも勝てないお父様を相手にしたらハグワール氏やアエトス氏はまだしも、他の皆は本当に死んでしまうかもしれないと思った私は、お父様に軽く釘を刺しておいた。私の言葉に、お父様はほんの少しだけ口角を上げる。

「ああ、わかっている。流石に一度に死なせては後が面倒だからな」

 そう言って再びゆっくりと頭を撫でたお父様は「ではな」と言うと踵を返し、弾丸のようなスピードで走って行ってしまった。

『あの様子では一人か二人死ぬな』

 伸びをしながらクストーデが笑う。確かにあの感じではありうると思っていると、呆けた表情でお父様を見送っていた王女がボソリと呟いた。

「兄上の体力で持つのかしら?」

 その言葉に、顔を見合わせたお兄様と私は、どちらからともなく笑い出してしまう。確かにあの中では、武闘派ではないクレート王太子が一番危険かもしれない。

「義兄弟になにかあっては困るかな。ちょっと私も行って来るよ。久々に本気の父上と一戦交えるのも楽しそうだ」

 そう言うとお兄様は私の頭にキスをして、王女の頬にもキスをして走って行った。不意打ちを喰らった王女の顔も耳も首も真っ赤になっている。可愛い。

「フフ、お姉様。一緒にダイニングへ行きませんか? 急いで食事をしますから訓練場へ行ってみましょう」

 手早く着替えを済まし、クストーデを王女に任せ珊瑚と瑠璃を抱っこする。ぷにちゃんは既に定位置である肩でプルプルしている。

 多分、ルトたちはお父様から逃げられない。クレート王太子だけではなく皆が無事でいてくれたらいいなと思いながら、私はダイニングへ向かったのだった。