
クストーデの転移で、主要なメンバーはベスティエ共和国へ向かった。ベスティエで待っていた獣人たちは聖獣たちと仲間たちの帰還を涙を流して喜んだ。
メインハウスへ入ると早速ホウツ氏への事情聴取が始まる。
「何故だ?」
ホウツ氏に問いかけたハグワール氏の声は静かなものだった。
しかしホウツ氏からの答えは返って来ず、沈黙の時間が流れる。俯いたまま無言を貫くホウツ氏にアエトス氏が苦言を呈そうと口を開きかけたけれど、ハグワール氏がそれを止めた。このままだんまりで終わってしまうかもしれないと思いかけた時、ホウツ氏はボソボソと話し始めた。
「見下されている……ずっとそう思っていました」
自分が獣としての力が弱いこと。人間とのハーフのせいで人間の姿以外の変化が出来ないこと。周りから気にするなと言われれば言われる程、バカにされているように感じていたこと。国外の交渉ごとは絶対自分ではなくアエトス氏を連れて行くことに納得していなかったこと。
「私以外にも人間とのハーフはいます。トリー以外の姿に変化出来ない獣人たちも勿論います。けれど自分の中の劣等感は消えない。それどころか日に日に強くなる一方で……そんなフラストレーションを唯一任されていたゾルガとの取引の際にゴバルデに吐き出していました。奴は親身になって聞いてくれて……奴の生い立ちも聞いていました。そうするうちにこの気持ちから脱却するには、自分たちが頂点に立てばいいんじゃないか、という結論に達したんです」
一通り話し終わったホウツ氏は自嘲して、俯いたまま大きく息を吐いた。
「無謀な計画だとは思っていたんです。けれど、ゴバルデから魔道具で獣人を言いなりに出来ると言われて……上手くいけば獣人としての力が最弱な自分でも頂点に立つことが出来るのだと証明される。ドヴァーにもアジーンにもノーリにもなれない、トリーと呼ばれながら力は全く持っていないこの私が。そうなればきっとハグワールさんにも認めてもらえるって思ったんです……ははは、そんな訳はないのに」
力なく笑ったホウツ氏の声があまりにも切なくて。許せないことをしでかした人だけれど、憎む気持ちにはなれない。ハグワール氏もアエトス氏も、ただただ悲しそうな表情でホウツ氏を見ているだけだった。
そんな中、ルトがホウツ氏に問いかけた。
「獣人を言いなりに出来るという魔道具はどうしました?」
すると、答えたのはホウツ氏ではなく壁に寄りかかっていたマント姿の人。
手には金属のようななにかを持っていた。
「ここにありますよ、殿下」
マントを外したその人はゴルフボールくらいの大きさのブローチ? のような物をヒラヒラさせて見せた。
白い髪は短いけれど整えられてはおらず、少し無精
間違いない、セヴェリンのお父さんであるフレゴリーニ侯爵だ。
侯爵は魔道具を手の中で転がしつつ、地下での出来事を教えてくれた。
「いやあ、獣人さんってのは本当に力が強いんですね。純粋な力だけなら多分、ヴィストリアーノ公爵より上なんじゃないかなぁ? ああ、でも公爵もなぁ、化け物なんだよなぁ、うーん。どうだろう?」
突然お父様の名が獣人との力比べにあげられたことにびっくりする。
「あ、これ、公爵には内緒で。バレたら追いかけ回されちゃうんで」
てへぺろな顔をしながらこっちを見るから、思わず吹き出してしまった。
ああ、セヴェリンのお父さんだと実感させられる。
侯爵は笑っている私に更に「内緒ですけど」と言って来た。ここで話す時点で内緒ではない気がするけれど。
「あの人、無表情で追いかけて来るでしょ。それがもう怖いのなんのって。私より後輩なのに本当に容赦ないんですよぉ」
そうぼやきながら、ルトに魔道具を渡した。
「ほお、これが。でもいいのですか? 私に渡してしまって」
そう問いかけるルトに侯爵は笑った。
「ははは、大丈夫ですよ。ちゃんと研究用に確保してますから」
そう言ってポケットからいくつかの魔道具を見せた。セヴェリンもポケットから出して見せていた。この親子、本当にそっくり。
「実際に地下牢に入っていた獣人たちには、これがつけられていてですね。なんというか自我を無くした感じでしたね。目にしたもの全てに襲いかかる感じでしたから、まだ未完成だったのでは? と思いました」
魔道具の中心部分に小さなボタンがあり、そこを押すと長い触覚のようなものが出てくる構造になっているようで、獣人たちはそれを首の後ろに付けられ、首に巻きつけられるようにして装着されていたらしい。
「まあ、こちらの魔法ですぐに動作停止に出来たので。そちらの方もお二人につけようとしてましたが、すぐに避けられてしまって失敗に終わってましたし」
ホウツ氏を見ながら答える侯爵の言葉にホウツ氏はますます俯いてしまう。きっとハグワール氏とアエトス氏につけようとして失敗したということなのだろう。
確かにその二人を一度に相手にするのは不意打ちをしたとしても無理だろうなと納得してしまう。
「あとはもうこれで、あっという間に終わりでしたよ」
今度は反対側のポケットからぐるぐる巻きになるボールを見せた。けれどここでふと疑問が湧く。あっという間だったにしては訓練場に到着するのが遅かった気がしたからだ。素直に疑問を口にした私に侯爵が笑いながら答えてくれた。
「ゾルガの人間には獣人たちを手駒に出来たのだと、最後まで勘違いさせておいた方が都合がいいと思ったのでね。私の演技、なかなか上手かったでしょう?」
そういえば獣人たちが~って叫んでる声が聞こえてた。あれって侯爵だったんだ。妙に納得がいったと思っていると、ルトが侯爵に笑みを向けた。
「団長はやはり素晴らしいですね。戻りましたらこの魔道具の解析と封印をお願いします。どんな理由があろうとも、他人を操る魔法は御法度ですから」
ルトがそう言うと、団長は急に真面目な表情になり大きく頷いた。
そしてセヴェリンと二人で転移魔法で消える直前、侯爵が私に向かってニコニコしながら手を振る。
「ご令嬢、今度魔術師団棟にいらっしゃる時は、私もご一緒したいですから呼んでくださいねぇ」
『セヴェリンの上をいく陽気さだな』
魔法陣があった場所を見ながら、膝の上のクストーデがそう言って笑った。
本当に、楽しい人だ。お父様と仲がいいみたいだし、今度遊びに行く時は団長がいる時ってセヴェリンにお願いしておこう。
そう思っているとルトがジト目でこちらを見ていることに気付く。考えてることがバレたようだ。
「その時は勿論、私も行きますから」
黒い笑みで私にそう言ったルトはある意味、お父様よりも怖いのでは? と思ったのは内緒だ。
ホウツ氏を残してゾルガ王国の王を含め、この件に携わっていた重鎮数名はガンドルフィンで預かることになった。
私がスマホで
死罪は免れないしゾルガ王国も消滅することになるとルトは言っていた。
ゾルガの土地はベスティエ共和国と、メディオ公国と、ほんの少しだけガンドルフィン王国で分けることとなった。
国民たちには今よりも安定した生活を送る約束をしたことで終結させることが出来たそうだ。彼らにとってはかえっていい結果になったと言えるかもしれない。少なくともどの国に属するようになっても、今以上の生活が待っているのは間違いないはずだ。
「あの趣味の悪い城もなくなったことですし、これからどんどん美しい場所が増えていくことになるでしょうね」
ルトもきっとゾルガの惨状を見たのだろう。晴れ晴れとした表情でそう言ったルトに私は大きく頷いた。お兄様は頷きながらフッと笑う。
「それにしても見事な破壊っぷりでしたね」
そう、王城は本当に見事に木っ端微塵になったのだ。罪人も含め誰もいなくなった王城を
クストーデが周辺に結界を張ってくれたから誰もケガすることなく、高みの見物が出来た。
「私も参加したかったですがね」
ルトが少しだけ残念そうに言った。鳥籠を含め謁見室をボロボロにしただけでは物足りなかったらしい。
「参加する余地なんてなかったもんね」
流石は聖獣というべきか、二匹揃った力はとても大きなものだった。助けてもらいっぱなしではダメだと、二匹が城の破壊を買って出て、ものの見事に吹き飛ばしたのだ。まあ、その後は瑠璃の方が疲労がピークになったのか眠ってしまったけれど、二匹は満足していたからよかったのだと思う。
そしてゾルガの罪人たちは、メリーとガエターノ様が責任を持ってガンドルフィンへ連れて帰ることに決まった。ガンドルフィンで刑を執行するのだそうだ。
けれど普通に戻ったのでは、道中でメリーが私を閉じ込めた恨みを晴らそうと、刑を執行する間もなく王とゴバルデを
「いいですか? くれぐれもあなたの妻がやらかさないように見張っていてくださいね。ゾルガの王には一発……いえ二発、五発? 十発? 兎に角、私も自身の手で制裁を加えなくては気が済まないのですから」
何度も何度もガエターノ様に念を押していたルトは、ちょっとシュールだった。
◆◆◆◆◆
その夜、ベスティエでは仲間の帰還を祝して宴会が開催された。メインハウスの庭園にはたくさんの食べ物や飲み物が並べられている。
クストーデとぷにちゃんのために私もサンドウィッチを大量に作った。お菓子は空間魔法でしっかり常備している。獣人仕様の料理だとまた機嫌が悪くなってしまうと思ってキッチンを借りて作った。お菓子以外ではそれくらいのものしか作れないけど。
ホウツ氏はというとメインハウスの地下にある独房に入っているそうで、明日以降に何人かの獣人たちでどのような刑罰を与えるかを決めることになっているとハグワール氏が言っていた。多分、国外追放になるのではないかとのことだった。
疲れてしまって眠っていた瑠璃は、私が聖魔法を流したこともあってか夕方には目を覚ました。今は、私のすぐ傍でクストーデとぷにちゃんと一緒に料理に齧り付いている。
『これ、とっても美味しいです』
サンドウィッチを初めて食べた瑠璃は、黒い瞳をキラキラさせながらハグハグと嬉しそうに頬張っている。
『僕もこれ、とっても好きです』
瑠璃と並んでやはり黒い瞳をキラキラさせながら食べている珊瑚が言う。可愛いが倍になった喜びに私の口元が緩くなる。
『涎』
一言だけ言ったクストーデは既に三個目を手にしていた。ぷにちゃんもプルンと震えながら三個目を取ろうとしている。気に入ったようでなによりだ。
私も涎を堪えつつ一つ手に取って頬張ったその時。リンリンと鈴の音が鳴り響いた。
「なんでしょうね、可愛らしいが溢れています。アリー、ちょっと耳を出してくださいませんか? ケモ耳姿のアリーと聖獣たち、絶対に可愛いはずです」
鈴の音を鳴らし続けながらルトが興奮気味に喋っている。お兄様もちゃっかり撮ってるし。周りの視線が痛いし恥ずかしいからやめてほしい。
そんな風に思っているとルトとお兄様、そしてハグワール氏とアエトス氏の周りに続々と女性の獣人が集まり出して来た。
ドヴァーの人が殆どでちらほらトリーの人もいる。気が付いてはいたけれど、獣人の人って男性も女性もスタイルが凄くいい。そんな美しい面々が集ったその一角はあっという間に華やかになった。
「王太子殿下はドヴァーの姿がお好みですか? それなら私のこの真っ白で長い耳はどうです? 手入れは欠かしておりませんから触り心地は抜群ですよ」
「私の垂れ耳の方がふわふわしてますよ。どうぞ、触ってみてください」
「私の耳だって。ほら、先端にふわっとした飾り毛があるでしょ。これが最高に触り心地がいいんですよ」
す、凄い。ケモ耳のアピール合戦だ。トリーの姿だった人もいつの間にかドヴァーの姿に変わっているし皆、ルトたち四人に身体を密着させて色気たっぷりの視線を向けている。
「なんか、近過ぎじゃない?」
ボソリと不平を漏らす私に珊瑚がキョトンとした表情を向けた。
『獣人の女の人は自分より強い男性が好きです。ハグワールさんやアエトスさんはいつもあんな感じです。あれが普通です』
『そうです。少しでも優秀な血を取り込むことが大事なんだそうです。この人と決めたら押しまくる、です』
瑠璃もサンドウィッチを頬張りながら言う。なるほど。獣としての本能で、自分よりも強い男性を選ぶのだろう。
実際、ルトは今回偶然とはいえあんな頑丈な檻を破壊してドヴァーの人たちを救ったのだ。その後もきっとゾルガの騎士たちと戦った姿を見たりしたのだろう。それで強い男性だと見極めたのかもしれない。少しでも強い種を残す為にアピールを始めたということだろうし、それが必要なことなんだろうと理解は出来る。
けれど、理解は出来ても納得は出来ない。気のせいかルトもちょっと嬉しそうだし。やっぱり私云々ではなくケモ耳自体が好きなんだ。そう思えば思う程面白くない。
『なんだ? 焼き餅か? 焼き餅は彼奴の専売特許かと思っていたが、お主も焼くんだな。だが食えない餅を焼いても仕方がないぞ』
ムスッとした顔の私を見て、クストーデはそう冗談を言いながらもサンドウィッチを食べるのをやめない。そんなクストーデをむんずと抱き上げ、そのままふわふわな胸に顔を埋める。
「ううぅ、なんかムカつく――」
そう言いながらぐりぐりする。ふわふわな毛の感触とお日様の匂いでなんとなく癒されるような気分だ。
「はあぁ、なんか癒されるなぁ」
そう言いながら尚もぐりぐりし続けると、くすぐったかったのかクストーデが笑い出した。
『ちょ、お主。喋りながらぐりぐりするのはやめろぉ』
苦しそうに身を
そんな私にヒイヒイしながらクストーデが言った。
『そんなに嫌ならアリーも耳を出して彼奴のところへ行けばいいだろう』
「え?」
思わずぐりぐりするのをやめクストーデを見つめると、クストーデは大きく息を吐き出しながら私を見つめ返した。
『彼奴はアリー以外に興味などない。それはお主もわかっているだろう? 今だってそうだ。彼奴をよく見てみろ、
ルトをもう一度見てみる。そう言われればそんな風に見える? 気はする。でも嬉しそうにも見える気もする。
お兄様やハグワール氏たちに比べると、困ったよりも喜んでいる方が強いように見えてしまうのだ。もしかして嫉妬で目が曇っているのかも? 納得しきれていない私の表情に、クストーデは苦笑した。
『アリーよ、お主はどうも色恋に関することには消極的になるようだが、それではいつかエンベルトに飽きられてしまうかもしれんぞ』
「え?」
ルトが私に飽きてしまう? 衝撃的な言葉に身を固めた私にクストーデはニヤリと笑うと続けた。
『いいか? 獣人の女というのは非常に極端だ。どんなにいい男が求愛しようとも、自分がいいと思わない限り絶対に受け入れない。反対に自分がいいと思った男にはどんな手を使おうが落としにかかる。婚約者がいようが関係なく迫るからな。ぼやぼやしていると掻っ攫われるぞ』
ルトが他の人の元に行ってしまう? それは嫌だ。ルトが私じゃない人になんて嫌に決まっている。
そう思いながら再びルトの方へ視線を向けると、誰かがルトの手首を掴んでいるのが見えた。銀灰色のピンと立った耳のドヴァーだ。狼だろうか?
『アリー、とっとと耳を生やして彼奴を呼べ。積極的な女がいるようだぞ』
「え? でも……」
戸惑う私の耳に銀灰色の耳の女性の声が入ってきた。
「フフ。王太子殿下、私の尻尾に触れてくださいな。感触の良さに一度触れたら離れられなくなりますよ」
妖艶な声色で掴んでいるルトの手を、耳と同じ銀灰色のふさふさした尻尾へ導こうとしているのが見えた。
『早く耳を出せ。女の獣人が自分の尾を触らせるのは、
「そんな」
言っているそばから女性の手はルトの手を自分の尻尾へ触れさせようとしている。このままでは本当にルトを取られてしまう。それが嫌なら自分から動かなくていけない。覚悟を決めた私は大きく息を吸い込んだ。
「ルト!」
大きな声を出した私に周辺の獣人たちは勿論、ルトたちもこちらを見た。恥ずかしくてカァーッと顔が熱くなる。今なら私の頭でお湯を沸かせそうだ。それでも私は言葉を続けた。
「耳……出した、よ」
声は小さいし吃ってしまうしもうホント、恥ずかしくてこのまま走り去ってこの場から逃げてしまいたい。けれど、そんな私に腕の中のクストーデは言う。
『次は尾も振ってみせろ』
そう言ってニヤニヤしているクストーデはどう考えても面白がっている。
それでもルトを誰かに取られるのは嫌だという一心で、クストーデに言われた通りに尻尾もファサっと動かした。すると何故か周辺の獣人たちが盛り上がった。
「やはり獣人に見えるな」
「聖女が俺たちと同じ種族であれば、これほど光栄なことはないのだがな」
「はあ、本当にそれな」
などという声があちこちから聞こえる。なんだかもう……やっぱり逃げ出してしまいたい。そう思った時だった。