「わあ、殿下凄いね。怒り度マックスって感じかな?」
あの姿を見て楽しそうに笑えるのってセヴェリンとお兄様くらいだと思うよ。あ、もう一匹いたわ。
いつの間に乗ったのか、魔馬の上でケラケラとクストーデが笑っている。
「はっ、そういえばこんな暢気にしている場合じゃなかった。お兄様、私瑠璃を助けに行ってくるわね。セヴェリン、この子借りるわよ」
魔馬に飛び乗ると、魔馬はわかっているかのように猛スピードで謁見室を後にした。
珊瑚の言う通りに魔馬で突き進む。
途中で二、三人魔馬が吹き飛ばしたような気がするけれど、明らかに敵だったしいいかな。勢いのまま進み続け、あと少しで城の外というところで見事に騎士たちを蹴散らしている二人がいた。
「メリー! ガエターノ様!」
二人で一体何人を相手にしているのか。次から次へと敵を薙ぎ倒す夫婦は、私の呼び声に「お嬢様~」と余裕の表情で手を振っている。頼もし過ぎませんか?
惚れ惚れする戦いっぷりを眺めていると、その一瞬の隙をついて逃げ出そうとした騎士がいたので、試しにとセヴェリンからもらったボールを投げてみた。魔馬の上から投げたボールは見事に騎士の肩にヒットする。と思った瞬間、騎士はもうぐるぐる巻きになっていた。
「うわっ、これ凄――い」
予想以上に凄かった。それに面白い! 流石魔術師団の団長とその息子が作った物だ。
『感心している場合ではないぞ』
ぐるぐる巻きになった騎士をまじまじと見下ろしていると、クストーデに急かされてしまう。
「二人とも、頑張ってね」
メリーたちにそう声をかけ、そのまま城を飛び出し裏手に伸びる道を進んだ。すると、大きな訓練場が見えてくる。
「あそこね」
訓練場の一角には小さな建物があり、周辺には多くの騎士たちが警護を固めていた。
『瑠璃の匂いがします!』
私に抱かれている珊瑚の尻尾が、忙しそうに揺れる。
「なんだか騎士の数がやけに多くない?」
はっきり言ってこの状況下で瑠璃を死守したところで、もう地下にはハグワール氏たちが向かっているはずだし、ドヴァーの人たちもお兄様たちに助けられているはず。しかもここに来るまでに既にメリーたちにゾルガの騎士たちはやられている。劣勢状態なのは明らかなのに加勢する気配もない。
「怪しいわね」
『ああ、王でも一緒に隠れているんじゃないか?』
「ぷにぷに」
『瑠璃!』
魔馬の背でそんな会話をしている最中、魔馬は大きくジャンプをして騎士たちの前に颯爽と着地した。作戦もなにもまだ考えてないというのにだ。
普通の馬よりも遥かに大きな魔馬の登場に騎士たちは呆気に取られていたけれど、我に返ると慌てて剣をこちらに向けてきた。
「あちゃー。これはもう正面突破以外ないわね」
『いいじゃないか』
「ぷうに」
『僕も頑張ります!』
うん、珊瑚は危ないから魔馬の上に乗っていてね。魔馬から降りた私は珊瑚を魔馬の背に乗せ、魔馬にも珊瑚を守るようにお願いした。すると、魔馬はちゃんと理解してくれたようで私たちと少し距離を取った。これで心置きなく暴れられる。
私は騎士たちの前で仁王立ちした。
「つかぬことを伺いますけれどその中に聖獣、いますわよね?」
私の質問に明らかな動揺をみせる騎士たち。それではいると言っているようなものだ。素直過ぎると思っていると、一人の騎士がやけに芝居じみた口調で否定してきた。
「な、なにを言っているのかと思えば、聖獣だと? そ、そんなものいる訳がないだろう」
それで、誤魔化せると思っているの? バカバカしくてせっかく我慢していたのに、声を出して笑ってしまう。
「フフフ、もうそういうのはいいですから。これだけ騎士の皆さんがいらっしゃって、そんな嘘を吐かれてもバレバレですって。フフ、しかも聖獣だけじゃないですよね? そこにいるのって」
更に動揺し出す騎士たちにクストーデもケラケラと笑っている。
『このまま口だけで言っていても
まあ、確かにそうだわ。仕方がないと小さく息を吐いた私は、令嬢らしく上品な微笑みを作った。
「よろしければ中を確認させていただけます? いないのであれば諦めますから」
「そ、それ以上こちらに近付くな! 近付けば問答無用で斬るぞ!」
せっかく丁寧に言ってあげたのに。わざと残念そうに溜息を吐いた私は上品な笑みは崩さずに、まるで準備運動のように両手両足をブラブラさせた。
「仕方がないですわね。お相手いたしますわ。斬れるものなら斬っていただきましょうか?」
ザッザッと地面を踏み鳴らしながら騎士たちへ近付く。本当に来るとは思わなかったのか、騎士たちは皆して動かず、動けず? 私を見ているだけだった。
けれど、緊迫感に堪えきれなくなったのか一人の騎士が「うわあぁぁ!」と叫びながら剣を振り上げ切りかかってきた。そこからはもう一方的な戦いだった。
クストーデが絶妙な力加減で騎士たちの服を全て切り裂いて全裸にしていく。何人か本当に斬られていた気がするけど、あれは多分わざとだろう。
ぷにちゃんの方は身体の一部を
私はというと、最初に剣を振り上げた騎士と二匹が取りこぼした騎士を二、三人沈めただけ。私、いらないかも。やることもないし、仕方がないので先に建物の中に入ることにした。
「お邪魔しまーす」
鍵もかかっていないその部屋は物置ではなく、事務所のようなところだった。机とイスがいくつか並んでおり書類の束が無造作に積まれている。
「誰もいないわね」
となると奥にある扉の向こう、あそこに瑠璃とあの小太りたちがいるのだろう。鼻歌混じりに奥まで進み、勢いよく扉を開けた。
「失礼しまーす」
次の瞬間、ズガーン! ともの凄い音が鳴り響き、同時に背後に積まれていた書類が散乱した。
「あっぶな」
扉を開ける前に小さな魔力の塊を感じ警戒していたお陰で避けられた。撃ったのはゾルガの王。両手に小型の銃のようなものを持ったまま、座り込んでブルブルと震えていた。
「ちょっと、危ないでしょ。避けたからいいようなものの、当たってたら大変なことになってたかもしれないのよ」
素で怒りながら撃った張本人である王へ詰め寄ると、王は「ヒイッ!」と悲鳴を上げて後ずさる。
レディを見て怖がるってどういうことよ? イラっとした私はへたり込んでいる王の前に立つと未だ手に握られている銃の銃口に指を入れた。
「こんな物騒な物、何処で手に入れたんだか。危ないったらないわ」
「ヒイッ!」
再び悲鳴を上げた王は私の指が入ったまま引き金を引いた。しかし、カチッという音が鳴っただけでなにも起こらない。
それはそうだ。さっきの魔力の気配からして、相当量の魔力を溜め込まなければ発砲出来ない仕組みのようだ。
「フフ、残念」
「残念なのはおまえだ」
王の斜め後ろにある扉から瑠璃の入った籠を持った小太り男が現れる。しかも手には王が持っている物と同じ銃が握られ、その銃口は瑠璃に向けられていた。
一方、瑠璃の方はだいぶ弱っているようで、丸まって動かない。微かな身体の揺れで息をしていることだけはわかった。
「おお、ゴバルデ」
助かったと思ったのか嬉しそうに小太り男に向かって名を呼んだ王。ゴバルデっていうんだ、知らなかったと思っているとゴバルデは王に向かって言った。
「ここは私にお任せを。早く、ここからお逃げください」
「お、おお。わかった」
逃げろと言われた王は銃を手放し、そそくさと逃げ出す。外に出たって逃げられる訳がないのにね。
「あなた、あれで王が逃げられるなんて思ってないでしょ?」
瑠璃に銃口を向けたまま、ゴバルデはニヤリと笑う。
「勿論、でもそれでいいんだ。私が新たな王になるのだから」
ああ、やっぱり。見た目が似ている時点でそんなことを考えてたり? って思ってたんだよねえ。
そんな風に思っていると、ゴバルデがすぐ横にあった木箱に座り瑠璃の入った籠を下に置く。身体が重いからかずっと立っているのが辛いらしい。しかもそのまま勝手に語り出す。
「俺とあの王は似ているだろう。当然だ。父親は一緒だからな」
ゴバルデが語った内容は自分が庶子であること。先代の王が侍女に手を出し、ゴバルデが生まれたのだそうだ。母親は妊娠したことがわかった途端、城から身ひとつで追い出され極貧の中なんとか生き抜きゴバルデに復讐を誓わせた後、身体を壊して亡くなったのだとか。ゴバルデはその事実を隠して城に入り込み今の立場になったのだそうだ。
「だから俺が王になってもなんらおかしくはないのさ」
自分の生い立ちを振り返り浸っているのか、フッと笑みを浮かべいい男を気取っている。けれど私には全く響かない。
「ふーん。で? あなた、この状況下で王様になれると思っているの?」
もう崩壊寸前なのに、謁見室なんてボロッボロなのに。そもそもこんなところに追い詰められている時点で、敗北確定だとは思わないのかしら?
瑠璃の様子を見つつゴバルデから目を離さないでいると、ニヤッと口の端が上がった。
「それは終わってみなければわからないだろう?」
やけに自信がある風だ。そういえば、ハグワール氏たちはどうなっているんだろう? 地下からの知らせはなにも来ない。
その時だった。城の方から大きな爆発音が鳴り響く。
「獣人たちが! 獣人たちが! うわあぁぁぁ」
獣人たちに何かが起こったらしい。途端にゴバルデは声高らかに笑い出す。
「アッハハハハ、よし、いいぞ。あの猿、上手く事を運んでくれたらしい」
「は? 猿? 猿ってホウツさんのこと?」
心の底から楽しそうに笑っているゴバルデに、問いかける。焦りから声が裏返ってしまった私とは反対に、勝利を確信したのか落ち着いたゴバルデが話し出した。
「ああ、そうだ。ホウツだよ。そもそもこの話を持ちかけたのはあの猿からだったんだ」
ゴバルデの話によれば物々交換をしていた当時、ベスティエ側の責任者がホウツ氏だったらしく、ゾルガ側の責任者であったゴバルデにゾルガとベスティエを一度に手に入れる方法があるとホウツ氏の方から話をふられたのだそうだ。
「獣人たちは結束力が固いからな、まさかそんなことを言ってくる獣人がいるなんてとはじめは疑っていたんだ。だがあいつも獣人たちの中で異質な存在なんだと零していた。何度も話をしているうちに作戦に乗ってもいいと思うようになったんだ。まあ、元々ゾルガ王には復讐してやるつもりでいたしな」
ホウツ氏が首謀者だったことには正直、驚いた。だって私がベスティエで過ごした数日間、ホウツ氏が差別を受けるような場面は一度もなかったのだ。
それどころか皆に慕われているようにしか見えなかった。意外な事実に驚愕している私に、ゴバルデは続ける。
「ハハハ、あとはそうだな。このまま大人しくしていてくれるなら、おまえを妃に迎えてやろう。獣人という兵を手に入れた今、本気で世界を手に入れることも出来そうだしな。更に聖女を手に入れれば芋づる式に神獣も手に入る。アハハハハ、庶子が世界の王になる、最高じゃないか」
夢が膨らんでとっても楽しそうだ。けれど私の答えは決まっている。
「嫌に決まってるでしょ。私にはエンベルトっていう婚約者がいるの。あなたなんかと比べものにならないくらい素敵な人なの。大好きなの」
キッパリと言い切ると急に背後に人の気配を感じた。
「ああ、アリー。なんて素敵な告白でしょう。私もアリーだけです。アリーの全てを愛しています」
「え? ルト?」
いつの間に来ていたのか、全くわからなかった。すっかりいつものルトに戻っているようだ。よかったと思う反面、このタイミングで? と呆然としてしまう。
「もしかして……聞いてた?」
「勿論です。アリーからの熱い告白に感動のあまり目眩がしてしまいました」
満面な笑みを浮かべるルトに、カアッと顔が熱くなる。まさか聞かれているとは思っていなかった。何故かルト本人に告白するより恥ずかしい。顔を覆ってしまいたい衝動になんとか耐えつつ、頭の中でだけのたうち回る。ゴバルデの方はというと、驚愕の表情でルトを見つめている。
「何故……獣人たちに襲われなかったのか?」
「獣人たちにですか? いいえ、獣人たちは勿論、我がガンドルフィンの人間も皆、怪我もなく外におりますよ。証拠をお見せしましょうか」
そう言うとルトはパチンと指を鳴らした。すると、いきなり建物がガタガタと揺れ出す。何事かと身構えるけれど、地面が揺れていないことに気付き首を傾げた。
「なにが起こってるの?」
小首を傾げたまさにその時、建物の天井と四方の壁が外に向かって倒れ出した。壁がなくなり外の外気に触れる。書類の束は風に煽られて四方八方に舞う。
「なんだ!? どうした?」
建物が一瞬にして床だけになってしまったのだ、驚くのも無理はない。
「流石は獣人です。純粋な力では到底敵いませんね」
ルトがニコニコしながら周りを見る。そこにはハグワール氏やアエトス氏たち獣人が、ロープのような物を持って立っていた。
「え? もしかして?」
私の呟きにルトが微笑む。
「はい、そのもしかしてです」
クストーデに念話で呼ばれ、私たちが中にいることを知ったルトたちは建物の大きさを見て皆で乗り込むことは出来ないと判断し、ならば壁を取っ払ってしまえばいいという結論に達したのだそうだ。
しかし魔法を使おうとしても、ここにいるのは魔力の高い人ばかり。
全てを破壊しかねないと困っているとハグワール氏の「上手く引っ張ることが出来れば屋根も壁も破壊せず外せそうだ」という呟きに、皆が賛同したのだそうだ。
結果、ロープを魔法で固定させて獣人たちに引っ張ってもらったらこうなったと。
「楽しかった?」
「はい、それはもう」
絶対面白がっていたんだろうなと思いながら聞いてみると、ルトはそれはそれは嬉しそうな顔で答えた。そんなルトを見て思わず笑ってしまう。男の人たちって変なところで子供っぽくなるみたい。こんな昔のコントみたいなことを、大の大人たちがこぞって音を立てないように準備していたのかと思ったら笑わずにはいられなかった。ゴバルデだけは顔を引き
そして木箱から立ち上がると、下に置いていた瑠璃に向けて再び銃口を向ける。
「これ以上俺に近付くな! こいつがどうなってもいいのか!? 畜生、どうすりゃいいんだ? そうだ、アイツは? ホウツはどうした? 何処だ!? ホウツ!」
一瞬の沈黙。けれどホウツ氏は現れない。
「アイツが出来ると言うから乗ってやったっていうのに! ホウツ!」
そんなゴバルデの叫びに答えたのはホウツ氏ではなくハグワール氏だった。
「ホウツならそこにいる」
ハグワール氏が指差した方を見ると、ぐるぐる巻きになっているホウツ氏がいた。その隣ではゾルガ王もぐるぐる巻きになっていた。
「ゴバルデ! 助けてくれ!」
この状況で助けを呼べるゾルガ王って凄いわと感心していると、すぐ側に立っていたお兄様がニコニコしながら王に言った。
「フフフ、ゾルガの王はなかなか面白い方ですね。このような絶対的不利な立場で助けを呼ぶなんて。フフ、無理ですよ。万が一、どなたかがあなたを助けようとしても私に斬られるだけですから。私の可愛い妹を閉じ込めていたあなたを助ける人間がいるなら、ですがね」
少し離れた場所にいる私でもわかる。今のお兄様を敵に回してはいけないと。ルトと違ってお兄様は黒い笑みは見せない。あの笑顔も本当の笑顔なのだ。だからこそ心底恐ろしい。
「さて、あなたはどうなさいますか? もう誰も動ける味方はおりませんよ」
穏やかな声色でルトが言う。けれど、ゴバルデは激昂したまま何度も「畜生」と呟いている。その姿は狂気じみていた。
私はそっとポケットに手を忍ばせる。
「畜生! こうなったらこの聖獣だけでも!」
突然発狂したように叫んだゴバルデは、銃を持つ手に力を入れた。誰もが息を飲んだ瞬間、ぐるぐる巻きになったゴバルデがそこにいた。
「本当に凄いわ、これ」
「フフ、よく出来ました」
ゴバルデの意識が手に集中した瞬間に、ポケットの中で握っていたあのボールを彼に向けて親指で弾いたのだ。左肘に当たったボールはあっという間にゴバルデをぐるぐる巻きにした。私は急いで瑠璃の入った箱に近付き聖魔法をかけた。金色の光が箱ごと包み扉を開けた。そしてそのまま光は瑠璃の中へ入っていった。
「瑠璃、聞こえる? 瑠璃」
そっと抱き上げ呼びかけていると、珊瑚が魔馬と一緒に駆け寄ってきた。
『瑠璃!』
魔馬から飛び降りた珊瑚が、私の腕の中にいる瑠璃にすり寄る。するとモゾっと動いたのがわかった。
再び珊瑚と一緒に瑠璃の名を呼ぶとゆっくりと目を開けた。可愛らしい黒い瞳が私と珊瑚を見つめる。
『おはよう、珊瑚。おはよう、お姉さん』
ううう、可愛い可愛い可愛い、可愛過ぎる。ギュウっと抱きしめ撫で回したい気持ちを死ぬ気で堪え「おはよう」と返すと、瑠璃は嬉しそうに「アン」と鳴いた。
あ、もうダメ。瑠璃を抱いたまま倒れそうになる私を、ルトが笑いながら支えてくれた。
「全く、アリー。あなたという人は」
そう言ってそのまま背後から私のこめかみにキスをする。
「だから、人前ではダメだって」
「では、人前でなくなったら思う存分してもいいということですね?」
違う、違う。そうじゃない。首をブンブンと横に振る。
でも頭の片隅では肯定している自分もいる。そんな感情が顔に出ていたのか、ルトが笑った。
「本当に可愛らしくて困ってしまいます」
そう言って再び顔を近付けてくる。
しかし、それ以上ルトが私に近付くことは叶わなかった。何故ならルトの右肩にはお兄様の手が置かれ、左頬にはメリーのクナイ。私の頭上にはぷにちゃんがいつでも顔にいけるぞと膨らんでいたから。
「はあぁ、どうにも締まりませんね」
ルトが残念そうにそう零すと、皆で笑ってしまった。