
長いと思っていた夏季休暇もあっという間に終わり、三年生になった。ミケーリ魔法学校の生活も残り二年だ。
初日が終わった放課後、いつものカフェの奥のソファ席で私たちは
「結局、本当にケモ耳は自由自在になったの?」
チアの唐突な質問に紅茶を飲む手が止まる。
アルーバ神国で怒り心頭だったルトを宥める為に、初めて自分から出て欲しいと願ったケモ耳を見事に出現させてから、確かに自由自在にはなった。なったのはなったのだけれど……。
「自分の意思で出すことは可能になったけれど、そうじゃない時も出ちゃうのよね」
それが判明したのはアルーバ神国での最後の日の朝。イレーネ王女と訓練をしている時だった。
お兄様に嫁ぐ為に騎士団を辞めた身であるとはいえ、
「アリーは嫌なのかもしれないけれど、私はケモ耳姿のアリーも可愛くて好き」
苦い思い出に顔を
そう考えた瞬間、慌てて口と鼻を手で隠す。鼻血、出そう。
「そういえばアルーバ神国で食べたお菓子の輸入を正式に決めたようですよ」
ロザーリオがコーヒーを飲みながら教えてくれた。流石、宰相様の息子は情報が早い。
実は私もつい先日その話を聞いた。というか、直接クレート王太子から手紙が送られてきたのだ。アルーバ神国のお菓子をガンドルフィン王国との取引のひとつに加えたことの他に、クストーデとぷにちゃんに定期的贈ってくれると書いてあった。恩返しの一環だからと書いてくれていたけれど、クレート王太子の太っ腹には脱帽と感謝しかない。まあ、それでもきっと贈られた分だけでは足りなくなりそうだけど。
そんな話をしていると四人の学生がこちらに近付いて来るのが見えた。
「お話中に申し訳ございません。少し話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
声をかけてきたのは、生徒会長であるフィオレ・ボネット侯爵子息だった。彼の後ろには副会長のリーノ・ドルエット伯爵子息、書記のルシアーナ・トリエスタ伯爵令嬢、会計のメリタ・モンテッラ子爵令嬢がいる。皆、四年生だ。
ミケーリ魔法学校は三年生と四年生で生徒会を運営している。因みにボネット様は三年生の時に副会長をしていた。ドルエット様とトリエスタ様も同様に役員だったと記憶している。モンテッラ様は今期から入ったのだろう。
ミケーリ魔法学校の生徒会のシステムは、会長が一人で副会長が二人、書記と会計も二人ずつという体制。会長以外の役員は、四年生と三年生で一人ずつと決まっている。役員を決める方法は至ってシンプルで、三年時に役員を務めていた人たちがそのまま四年になっても引き継ぐ。基本的に副会長が会長に、書記と会計だった二人のうちの一人が副会長になり、新学年が始まると残りの役員を四年生から一人、新しい三年生の中から三人スカウトするのが通例となっている。そんな役員の人たちがここに来たということは、きっとスカウトをしに来たのだろう。
「皆様の表情から既に私たちの用件に察しがついているご様子ですね。では、単刀直入に申し上げます。ラウリス殿下、是非副会長の任に就いていただけませんでしょうか?」
流石ラウリス。まあ、順当に考えてもラウリスに役員を依頼するのは当然のことだろう。なんて思っているとラウリスが立ち上がり、ボネット会長に笑顔を向けた。
「私でお役に立てるのであれば、やらせていただきます。それと敬語はやめてください。学校内ではボネット会長方の方が先輩ですから」
ラウリスの笑顔に二人の女性役員が頬を赤らめた。そういえばラウリスもイケメンだったわと思い出す。
一方の男性役員の二人は戸惑っているようで顔を見合わせている。曲がりなりにも第二王子であるラウリスに対して後輩という扱いをしてもいいのかと考えているようだ。でもここは学校であくまでも生徒という立場を優先して考えれば当然のことだ。だからといって全てをフランクにと考えるのはよくないけれど。
暫く戸惑いを見せていた四年生方も納得したのか、生徒会の間はと了承していた。そしてロザーリオとチアも、会計と書記をすることになった。私も手伝おうかと言ってみたのだけれど、兄上が邪魔しに来そうだからとラウリスに却下されてしまった。酷くない?
生徒会の仕事の主は学年末パーティーの企画と準備、入学の式典の準備なのだそうだ。勿論、他に何か企画がある場合は教員方にプレゼンをして通れば実行することが出来るのだという。
そして今年度の役員の皆さんは、是非なにか新しい企画に挑戦したいと意気込んでいるのだそうだ。楽しいことをするのが大好きな私としては、今から楽しみだ。
そんなある日の魔法学の授業中。魔法を使って自分の好きな動物を精巧に作るという課題に取り組んでいる時だった。氷でクストーデを作り出している私の横で、ラウリスが炎のトラ? を作っている。
「ねえラウリス。それってトラ?」
トラにしては首が長い。シマウマとトラが合体したような感じで若干気持ち悪い。
「え? うわっ!」
自分で作った謎の動物に驚いている。魔法学はラウリスが好きな授業の一つだ。それなのにどうも集中出来ていないみたい。
「どうしたの? なにか悩み事? ジュリーに愛想尽かされたとか?」
ここ数日、ラウリスが考え込んでいる姿をよく見かけていた私は、わざと冗談めかして聞いてみた。
「ジュリーにって。そんな訳あるか」
「じゃあどうしたのよ? 悩みがあるなら聞くし、相談なら乗るよ?」
すると、意外にもすんなりと悩んでいる内容を打ち明け出した。
「今までやったことのないようなイベントをしたいって、会長が張り切っているんだ」
どうやら会長であるボネット様が、なにかいい案はないかと役員の皆に聞いているらしく、それで悩んでいるらしい。
「なにかと言われてもなかなか浮かばない。剣術大会とか魔法対決とかそんな案しか出ないんだ」
「ああ、なるほど」
よくよく考えてみれば、この学校は大きなイベントというものがない。前世では年に数回イベントがあった。体育祭に文化祭。修学旅行もあった。マラソン大会や球技大会もあったなぁ、なんて昔の記憶を思い出してみる。どうせなら皆が楽しめるものがいい。
「学校内でお祭りをすればいいんじゃない?」
私の唐突な言葉にラウリスがキョトンとした。
「転生する前の世界で、文化祭っていうのがあってね――」
おおまかな内容を説明すると、ルトより少し薄いラウリスのグリーンの瞳がキラキラし出す。
「それ、凄くいいな。なによりも、男女関係なく楽しめそうなところがいい」
珍しくはしゃいでいる様子に、思わず微笑んでしまう。生徒会役員として頑張っているようでなによりだ。
そういえば、アルーバでの馬車の事故の時もラウリスは的確に指示を出して皆を導いていた。
流石、ルトの弟だわ。責任のある仕事をするのが向いているのだろう。
「ラウリスならきっと上手くいくよ。私も手伝うし」
素直に出た言葉にラウリスは驚いた表情をしてから、嬉しそうに笑った。
「ああ、目一杯こき使ってやる」
「ゲッ」
軽口を言い合いながら笑っていると、気付けばとてつもない大きさのクストーデが出来上がってしまっていた。本物より大きいかも。
「いつの間にこんなに大きくなったの?」
「アリー、本当におまえの魔力は底が知れないな」
どうしたもんかと見上げながら、二人で大笑いしてしまった。せっかくだからと出来上がった氷のクストーデを、王城の中庭にルト宛で転送してみた。
あとから聞いた話によるとルトはクストーデであることに怒りを
魔法学の授業の日から二日後。プレゼンの企画書を作るのだと、放課後になると忙しそうに生徒会役員室へ向かうラウリスたちに差し入れをしようと、チタとジュリーとオレステの四人でうちに届けられていた羊羹を持って行くことに。
メリーが屋敷まで受け取りに戻ったのだけれど、その時のクストーデの様子が面白かったらしく、メリーが話してくれた。なんでも屋敷で大福とロールケーキを食べていたクストーデは、羊羹を受け取ったメリーに気付いて足に
『我の羊羹をどうするつもりなのだ~』
と泣いていたとメリーは笑って教えてくれた。
そして今、何故か羊羹と一緒にクストーデがいる。
「ちょっと、いくら羊羹を持っていかれたからってついて来ちゃダメじゃない」
『うるさい。我の羊羹だったのに、小僧どもに分け与えるなんて』
羊羹への執着ぶりに半ば呆れつつ来てしまったものは仕方がないと、そのままクストーデを小脇に抱えて役員室へと向かうことになった。
「失礼しま~す」
扉をノックして中へ入った途端、ジュリーがピキリと固まる。何故なら私たちに背を向けて座っているラウリスの隣に、ぴたりと寄り添うように座っている女性の姿があったから。メリタ・モンテッラ嬢だ。ラウリスは真剣に書類と向き合っていて、彼女の距離感に気付いていないようだ。それどころか私たちが来たことにすら気付いていない。私たちの入室に気付いた他のメンバーは肩をすくめている。
「うんっと……ジュリー、どうする?」
ジュリーが望むのであれば、脳天に肘鉄を喰らわせることもやぶさかではない。けれどジュリーはやっぱりいい子だった。
「一生懸命にお仕事頑張っているのに、こんなことで怒るなんて出来ないわ」
そう言われてしまってはなにも出来ない。せめて驚かせるくらいはしてやろうかしらと考えていると、クストーデが私の小脇から凄い勢いで飛んでいった。
『我の羊羹をくれてやろうというのにこの
ドンッといい音をさせて後ろから突っ込んだクストーデに、もろにぶつかられたラウリスはおでこを机に強打する。一瞬の出来事に私以外、なにが起きたのかわからず時が止まったように微動だにしなかった。
「うぅぅぅ」
相当痛かったらしいラウリスの呻き声で、止まっていた時が動き出す。
「キャー! ラウリス殿下、大丈夫ですか?」
モンテッラ嬢が無駄に甲高い悲鳴を上げながら、ラウリスに触れようとした時だった。オレステの豪快な笑い声が生徒会役員室中に響いた。
「アッハハハ、ラウリス。大丈夫か?」
大笑いしながら大丈夫かと聞いても、心配してるようには見えない。その様子が気に障ったのか、モンテッラ嬢がオレステに喰ってかかる。
「ちょっとあなた、いくら友人だからって第二王子に対して失礼よ! 殿下、本当に大丈夫ですか?」
今度こそ、ラウリスに触れようと再び手を伸ばしたモンテッラ嬢だったけれど、またもや邪魔が入った。ラウリスを痛い目に遭わせた張本人であるクストーデだ。
『おい小娘、キーキーうるさいぞ』
途端にモンテッラ嬢の動きが止まる。どんなに小さくても、低く
彼女が動きを止めたのと同時に、おでこを押さえながらラウリスが頭を上げた。
「うぅ、星が飛んだぞ……」
苦々しくそう零しながら打ちつけたところを手でさするラウリスの目の前に、冷えたハンカチが差し出された。
「ラウリス、おでこ大丈夫? これで冷やして」
「ジュリー、来てくれたのか?」
愛しい婚約者の登場に、一気に喜びに満ち溢れた声色になったラウリス。ジュリーが優しく微笑えめば痛みなんてどこ吹く風だろう。ところが二人の甘くなりかけた空気を壊そうとする人物が、ガタッと音を立てて立ち上がる。
「殿下、医務室に行きましょう。ケガの治療をした方がいいです。私が付き添いますから」
そう言ってラウリスの腕を掴もうとする。けれどラウリスが避ける方が早かった。
「いや、大丈夫です。せいぜいコブになるくらいですし、彼女が冷たくしてくれたハンカチで冷やせばすぐによくなりますから」
ラウリスはキッパリと断ると、すぐにジュリーに視線を移す。普通ならもうこれで終わりになる。なのに、モンテッラ嬢の心臓は鋼で出来ていた。
「冷やした程度ではよくなるかわかりません。神獣にやられたのですから、もしかしたら目に見えない傷とか、あとから血がドバーッと出てしまうとか。とにかく、医務室に行きましょう」
クストーデが突っ込んだだけでそんなケガが出来るとかある? あまりにも馬鹿馬鹿し過ぎる発言に全員が呆気に取られてしまう。そんな中、いつの間にかちゃっかりジュリーにハンカチで冷やしてもらっているラウリスが、拒絶を示すように彼女に向けて片手を上げた。
「結構です。クストーデをなんだと思っているんですか? 神の使いである神獣がそんなことをする訳がないでしょう? アリーでもあるまいし」
おい! 何故どさくさに紛れて人をディスる?
「でもっ――」
更に喰い下がろうとするモンテッラ嬢の言葉を、ロザーリオの声がかき消す。
「それにしても、凄い勢いでしたね」
すると、チタとチアも乗ってきた。
「ゴンっていってた。凄い音だったよねぇ」
「本当に。ラウリスには悪いけれど、お陰でフラストレーションが霧散したわ」
書記のトリエスタ嬢も大きく頷く。
「そうそう。余計な波風を立てるのもどうかと思っていたところだったの。ちょうどよかったわ」
「ああ、確かにな」
ボネット会長もドルエット副会長も頷いている横で、ロザーリオが今度はモンテッラ嬢に向かって苦言を呈した。
「モンテッラ嬢、先程から計算が全く進んでいないようですが? もしかしてですが計算が苦手なのですか?」
「頑張りますってば」
モンテッラ嬢は口を尖らせながらイスに座り、自分の手元にある書類に向き合う。そんなやり取りが聞こえているのか聞こえていないのか。嬉しそうにジュリーにおでこを見せているラウリスが疑問を投げかけた。
「そういえば、どうしてここへ?」
入ってすぐにクストーデが突っ込んでいったから、ここに来た理由を話していなかった。不思議そうな顔を向けるラウリスに、ジュリーは笑顔で答えた。
「あのね、皆で差し入れを持って来たの。アリーのお屋敷に羊羹があるからって」
「ああ、そうだったのか、ありがとう。せっかくだから皆で食べよう。ジュリーはここにおいで」
モンテッラ嬢には目もくれずに、愛しい婚約者を反対の隣に座らせるラウリス。おい、私たちも見えてないってか。
そんなラウリスの頭上に未だにへばりついているクストーデが、彼の金髪をグイッと引っ張った。
『我の羊羹を特別にわけてやるのだからな。そこを忘れるなよ』
「はいはい、わかりました。ありがとうございます」
そう言いながらベリっとクストーデを剥がすと私へ投げた。なんだ、ちゃんと見えていたのね。
『全く、不遜な態度はエンベルトにそっくりだな』
ブツブツと文句を言うクストーデをぷにちゃんに任せて、私はチタとトリエスタ嬢と一緒にお茶を
「クストーデ様はもっと無口な方かと思っていました」
ドルエット副会長が興味深げにクストーデを見つめている。見つめられている当の本人は自分の分の羊羹をとっくに食べ終わり、ぷにちゃんと一緒に私の羊羹を食べようとしている。
「少なくとも無口ではないですね」
無口どころかうるさいですよと教えてあげたいけれど、一応尊厳は守ってあげようと少しだけぼかした言い方をしておいた。ま、もう遅いかもしれないけどね。
そんな会話をしている向かい側ではラブラブのラウリスとジュリーに、なんとか横槍を入れようとするモンテッラ嬢という構図が。
「これ、本当に美味しいですね、殿下」
「そうですね」
「この栗が入っているのと普通のと、どちらがお好きですか? 私は栗が入っている方です」
「そうなんですね」
「……」
会話になっていない。流石にこれで諦めるんじゃないかな? そう思っていると、なんと、ジュリーが代わりに彼女に答えたのだ。
「あの。私も栗が入っている方が好きです」
なんて優しいのだろう。自分の婚約者にちょっかいをかけている人物に手を差し伸べるなんて。ホント、天使だわ。それなのにそんな天使にモンテッラ嬢は冷たく返す。
「別にあなたに聞いてないわ」
よし、もう無理。ゲンコツのひとつでもくれてやるわ。そう思った私よりも先にラウリスが動いた。
「モンテッラ嬢。いくら学年が上であっても、今のは許されませんよ。ジュリー、ジュリエッタは私の婚約者であり、ブラジオーガ王国の第二王女です。これ以上失言を繰り返すようなら、それなりの処置をとらせていただきます」
キッパリと言い切ったラウリスに、心の中で拍手を送る。他の皆も表情で『よくやった』と語っていた。
育たなくていい芽は早いうちに摘んでしまった方がいい。流石にモンテッラ嬢も不貞腐れた顔をしつつも、それ以降は大人しくなった。
そして秋から冬へと季節が移り変わろうとしている頃、ラウリスが提案した文化祭の企画が見事に通ったという知らせを受けた。
「すんなり決まってよかったわね」
いつものカフェの奥、おやつのタルトを頬張りながら言ったチタの言葉に皆で大きく頷く。我がAクラスはカフェをすることに決まった。
文化祭は二日間に渡って行う予定で三、四年生がクラス毎に催し物をすることになっている。一、二年生はお客様として純粋に楽しむ側だ。一日目は生徒のみの参加で二日目は家族や一般の人々も来ることが出来るらしい。
初めての試みなので戸惑う生徒が
そんな中、Aクラスも勿論初めのうちは皆戸惑っていたけれど、私が具体的な出し物をいくつか説明するとなんとなくイメージが湧いたのか、最終的にカフェをするということに決まったのだ。
「やっぱりアレよね。『海の中にいるような感覚のカフェはどう?』アリーのこの一言よ。これで決まったようなものよ」
そう。私がなんとなくイメージしていたことを提案したら皆が賛同してくれたのだ。具体的なことはこれから決めていくことになるけれど、大枠が決まってしまえば焦らなくてもいい。開催するのは春になってすぐだから、時間はまだたくさんある。せっかくだからいいものにしたい。
「ああ、なんだか楽しみ」
ウキウキと声が弾む私に、皆も大きく頷くのだった。
◆◆◆◆◆
冬季休暇に入ってすぐ、私たちは海に来た。文化祭の海の中のカフェのイメージを掴みたいからとルトに相談したら、一も二もなく連れて来てくれたのだ。サルド王国の接待以来の海に自然とテンションが上がる。
『まずは腹ごしらえだ』
前回の海の時同様、クストーデは鼻をヒクヒクさせながら浜焼きをしているお店の方へ向かった。ぷにちゃんも私の肩から飛び降りクストーデの後を追う。
「お、すんごいいい匂いだ」
二匹の後を追うようにオレステが、チタの手を引いて続いた。
「早く行かないとあいつらに食い尽くされそうだ」
「確かに」
ラウリスとロザーリオまでジュリーとチアを引き連れて行った。やっぱりこのなんともいえない美味しそうな匂いにつられちゃうんだなと、以前の自分の時と比べながら笑っていると、ルトが私の手を引いた。
「私たちも行きましょう」
「やっぱりまずはホタテかなぁ」
後に続いたお兄様が楽しそうに呟くのが聞こえ、なんだか可笑しくなってきてしまう。ルトもお兄様も実は浜焼きを楽しみにしていたのかも、と思ったら急に面白くなってしまったのだ。
「アハハ、私もホタテからにしよう」
「ならば私も、ホタテからいきます」
美味しい海鮮にお腹も満たされ、いよいよ海へ。ルトが用意してくれていた船に乗り込み沖へと向かう。アッバス王太子たちと乗った船とは違う船だ。船長さんの説明では沖までは普通に船として移動し、目的のポイントに到着したら潜水艇になるらしい。
「どういうこと?」
どのようにしてクルーザーから潜水艇に変わるのか、全く想像出来ない。百聞は一見にしかずだと楽しそうに船長さんは船を出発させた。
暫く走り岸が見えなくなった頃、船が停泊し下へ案内される。ゆっくり階段を下りたその先には海中の世界が広がっていた。
「わあぁ」
想像以上の別世界に感嘆の声が上がる。ところがこの船はそれだけではなかった。
船上の方でなにか音がしたと思ったら、船が下に潜水し始めたのだ。海の色が淡い色から少しずつ濃い色になっていく。小さな魚たちが段々大きな魚に変わる。
「これって、どこまで潜るの?」
言っている間もどんどん沈んでいく船に焦り出してしまう。今、大きいイカいなかった?
「魔術師団が作った船ですから、二千メートルくらいまでいけますよ」
私が焦っている横でルトはいい笑顔だ。その向こうに見える海の色は青から濃紺色になっている。明らかに生き物の見た目が変わった。
「待って待って、ねえ、待って」
ルトの腕にしがみつき首を横に高速で振る。
「これじゃない、これじゃないよ。そんなに潜らないで~」
私の悲痛な叫びに船は潜ることをやめた。
「あのね、そんなに深さは求めてないの。イルカとかカメとか綺麗な魚がいる深さがいいの。だからね、お願いだからそんなに潜らないで」
最早懇願と言ってもいいくらい真剣に頼むと、ルトが船長さんに指示を出した。その顔にはがっかりだと刻まれているのが見てとれる。
「せっかくならば、珍しい生き物を見たいかと思いましたのに」
私がなにも言わなければきっと、ギリギリまで潜るつもりだったのだろう。ルトには申し訳ないけれど、おどろおどろしい魚は勘弁願いたい。
私たちを喜ばせようとしてくれたのはわかるけれど、だいぶ斜め上過ぎた。浮上を始めた潜水艇に反比例するようにいじけていくルトを見て、お兄様が声を殺して笑っている。そんなお兄様に非難の目を向けているうちに船の浮上が止まった。
再び戻った鮮やかな青の世界には、色とりどりの魚たちが楽しそうに泳いでいる姿があった。興奮しているのかクストーデとぷにちゃんは、窓に張り付くようにして見ている。ジュルリと涎を垂らしたような音が聞こえた気がしたけれど、そこは気にしないことにしよう。
「あ、イルカだわ」
ジュリーが船の真横を泳ぐ数頭のイルカに手を振っている。
「こっちにはカメがいるわ」
「奥の方に見えるのってサメか?」
皆が思い思いに窓を覗いていると、一番奥にいた船長さんが「お?」と声を上げた。
そのすぐ後、窓に大きな影が見えた。影はあっという間に横長に広がっている潜水艇の窓を覆った。この船と同じもしくはそれよりも大きい。ゆっくりと通り過ぎていくその姿をよく見ると、水玉のような白い斑点模様が見える。
『ジンベエザメだ』
優雅に泳ぐその姿に釘付けになっていると、尾びれが目の前を通りゆっくりと消えていった。
「す、凄い! 海の中って凄いのね!」
想像していた以上に素晴らしい世界に皆も大興奮だ。海の中のカフェに対してのインスピレーションも沸いた。この世界をうまく表現出来れば大成功間違いなしだ。
「文化祭、絶対にいいもの作ろうね」
皆に向かって笑顔で言えば全員が大きく頷いた。
海の中を満喫した私たちは、船から降り浜辺に設置されたテーブル席で少し休憩していた。
初めて見た海の中の世界に未だ興奮冷めやらぬという感じで、話す内容は
涎を垂らしていたドラゴンは私の膝の上で用意していた大福を美味しそうに食べている。勿論、肩の上でもぷにちゃんが大福を一口で食べて、満足そうにプルプルしている。
そんな時だった。誰かに呼ばれたような気がした。周りをキョロキョロしてみるが私たち以外には船長さんやお店の人々がいるだけで、私を呼ぶような人はいない。気のせいかと大福に手を伸ばそうとすると再び呼ばれる。
「なに?」
再び周りをキョロキョロしてみるけれど、やはり誰もいない。
「どうしました?」
私の不審な行動にルトが問いかけてきた。
「誰かに呼ばれた気がしたんだけど……」
首を傾げながら何気なく海に目を向ける。すると、沖の方になにかが見えた気がした。目を凝らしてジッと見ると、白波を立ててなにかがこちらに向かって来ているように見える。なんだろうかと見続けていると、明らかに黒っぽいなにかが近付いて来るのがわかった。
「!」
私は両手に大福を掴んでいるクストーデを抱くと、そのまま海の方へ走った。