悪役令嬢は町を散策する
ヘレンから気分転換を提案され、街へ出ることにした。
いつになく感情が負の方向へ引っ張られていると、自分でもわかったからだ。
公爵家の馬車が注目を集めるものの、邪魔をしないよう人々は道を空ける。
昼過ぎ、商店通りには日常があった。
(わたくしが守らなければならないもの)
領民たちが壊れるのを恐れているものだ。
「文化交流がはじまれば、難民たちへの意識も変わるかしら?」
「そうですね、知らないものは何でも怖いですから」
不測の事態へ対応すべく、人は最悪の想像で心構えをする。
時にそれは事実とかけ離れた憶測を生んでしまい、未知への恐怖に繋がった。
既に支障が出ている場合、考えを加速させる。
物流など、問題には対応済みだが、落ち着くまでは時間を要する。
馬車を降りると、冷たい風が頬を撫でた。
クラウディアの姿を見た人々から歓声が上がる。笑顔で応えている間に、ヘレンが婦人服店のドアを開けてくれた。
カラン、と響くドアベルの音を聞きながら足を踏み入れる。
ドアが閉じられると、喧騒は一瞬で遠ざかった。
「ようこそおいでくださいました」
口元に深いシワを湛えた品の良い女性が出迎えてくれる。
いつも屋敷で商品を見せてくれる店主だ。
屋敷へ呼び付けるのではなく、足を運んだ意図を彼女は酌んでくれていた。
早速、色とりどりの服が目を楽しませてくれる。
普段着用のドレスを取り扱う店なので、メインで置かれているものも装飾は少なめだ。けれど春用が早くも並んでいて、淡い色合いが目立った。
「生地は滞りなく届いていて?」
「事前に発注しておいたほうがいいと助言がありましたので、当店では対応できております」
難民を受け入れる噂は流れていた。
決まれば、リンジー公爵領が受け入れ先になるのも必至だと。
広い領地があり、経済的に豊かであればさもありなん。領民たちは、他領より恵まれている自覚があった。
先祖代々、農業に従事している者も多い。
自然災害で打撃を受けても、北部にある鉱山のおかげで、農民たちが飢える心配をしなくて済むなら尚更だ。リンジー公爵家の治世は信頼されていた。
(それでも難民について楽観視する者は少ないのよね)
到着早々、領民に囲まれたこと、先の会議での重苦しい空気を思いだす。
目の前にある水色のドレスとは正反対の空模様だった。
トップが危機感を持っているのはいい。けれど領民にまで伝播しているのは考えものだ。
(これが聖女の影響力の強さ)
教会の、ともいえる。
難民についてだけ言及された余波が、現状を招いていた。
(難民だけでなく、領民へも長期的な対応が必要ね)
交流が進み、互いを尊重できるようになるまでは。
ヘレンがずいっと顔を割り込ませてくる。
「試着されてはいかがですか?」
仕事を忘れて、と言外に含みがあった。
苦笑しながら頷く。
黄色より薄い、クリームイエローのドレスを試してみる。
カスタードクリームを連想させる色味に、甘いものが欲しくなった。
「デザートも買って帰ろうかしら」
「とても良い案です」
昨日からクラウディアを甘やかすため、ヘレンは余念がない。
着替え終わると、その場で一回転した。スカートがふわりと弾む。
「可愛らしいわ」
「よくお似合いです。ツバの広い帽子とも合いそうですね」
ちょうど隣が帽子屋だった。
寄れば喜ばれると店主からも勧められる。
「クラウディア様のお姿を拝見できるだけで、人生の励みになります」
「大袈裟ね」
「何をおっしゃいます、エバンズ商会が言い出す前から、クラウディア様は我が領地の女神でありました」
新参者が何を偉そうに、と店主は鼻息を荒くする。
ブライアンの言葉が領地にまで広がっていることに、クラウディアは額に手を当てた。
「そういえば支店ができていたわね」
「我がもの顔で黒と青の推し色雑貨を販売しているのは、どうかと思います。買いましたけども」
「買ったのね」
「クラウディア様とヴァージル様のお色ですからね、皆、二つずつ購入しております」
「皆?」
「持っていない領民は、領民ではありません」
エバンズ商会の売上げは順調そうだった。
晴れやかな顔で店主は請け負う。
「我々は幸せ者です。こうして間近でクラウディア様とお会いできるのですから」
領民でなければ叶わなかったことだ。
「先日の慰問で、不安は消し飛びました。お二人がご健在であれば、リンジー公爵領は安泰です」
「ですよね。なのにクラウディア様ったら、難民に遠慮して贅沢を控えようとなさるんですよ」
「まあああっ、いけません! クラウディア様のハリとツヤがなくなることこそ、領民の損失です。嘆きです。どうか存分にご自愛くださいませ」
それに、と付け加えられる。
「難民の方々も、薄幸な方より、堂々とした豊かな方が支援してくださっているほうが安心されると思います」
盤石な土台に支えられていると、自分の目で確認できるからだ。
「治世により豊かなことは町へ来ればわかりますからね。どんどん経済を回していってくださったほうが、わたしとしても助かります」
見れば店主の手には次のドレスがあった。商魂のたくましさに頬が緩む。
最終的にドレスを三着、帽子を二つ、デザートを購入して帰路へ就いた。
馬車の背もたれへ体を預ける。
「ふう、満喫したわ」
「何よりでございます」
ドヤァ、とヘレンが笑顔を見せる。
立ち寄ったどの店でも、クラウディアの贅沢が歓迎されたからだ。
商人にとったら当たり前だが、それが答えでもあった。
「エバンズ商会の手腕はさすがでしたね」
「そうね、本当に皆持っているなんて驚きだわ」
推し色雑貨について聞くと、誰もが持っていると答えた。
偶然居合わせた客なんかは、鞄に付けたチャームを見せてくれたほどだ。そしてどこでもエバンズ商会のではなく、うちの女神様だと言及された。そこだけは頑な姿勢に、胸が温かくなった。
一年を通して、領地より王都にいる期間のほうが長い。
今年も帰省が遅れた分、滞在は短くなる予定だった。
それでも領民は、ここがクラウディアたちの家だと言ってくれる。
愛されているのだと実感できた。
「文化交流がはじまって難民に余裕ができたら、彼らにも推し色雑貨が流行ると良いですね。黙っていても、誰かが持たせそうですけど」
リンジー公爵領で滞在するなら、と押し付けなくはない。
聞くところによると農業研修で来ている、アラカネル連合王国の人たちも買って帰っているという。
「一体感が持てるのは、良いことだと思います」
「そうね」
ガタゴトと馬車の振動を感じる。
道路が整備されているので、揺れは少ない。放置されることなく、保全維持が行き届いているおかげだ。道路に不備があると行商人や物流を担っている者から報告が入り、状態が酷ければ職人が出向いて補修をおこなう決まりがあった。
(今が良い機会なのかもしれないわ)
仕事のことを考えていると、またヘレンに怒られるかもしれないけれど、十分リフレッシュはできている。
こうして案が浮かぶのが良い証拠だろう。
疲れている頭では、いくら捻り出しても結果を伴わなかった。
現在は、領民と難民を区別して、短期的な支援がメインにおこなわれている。
物流の増加、物資の選別などは一時的なものだ。
急を要するものほど、その傾向が強い。あとは経過観察となる。
今後に向け、長期的な支援についてもヴァージルとは話し合っていた。
どれも一長一短があったが、これは、と思うものをクラウディアは選ぶ。
(領民、難民分け隔てなくできること)
支援というよりは、未来を見据えた政策だった。リンジー公爵領だからできることでもある。
ローズガーデンを介しておこなわれている貧困層向けの施策がヒントだった。
領民、難民に関係なく、貧富に関係なく、いつの世も不安の根源となるものがある。
娼婦時代は特に身に沁みたものだ。
ヘレンへ視線を向ける。目が合うと、いつだって笑顔が返ってきた。
(前世では変顔をするときもあったけど)
もう二度と、彼女の痩せ細った姿は見たくない。
屋敷へ帰るなり、ヴァージルに提案する。
同じく好機だと考えていたらしく、案はすんなりまとまった。