侍女は公爵令息と相談する
夜、クラウディアへおやすみを告げて部屋を辞すと、廊下でヴァージルと出会った。
「疲れているところ悪いが、少しいいだろうか」
「はい、大丈夫です」
ちょうどヘレンも報告しようと考えていたところだった。
その旨を伝えて、空いている応接室で腰を落ち着かせる。
執務室は常時、文官たちが出入りしているので、静かに話すには別室のほうが良いとヴァージルが選んだ。
互いに持ち出す話題は決まっていた。
「先にそちらの話を聞こう」
「はい、クラウディア様ですが、難民たちのことを気に病んでおられます。慰問で直接暮らしを目にされたからでしょう」
「俺もそこが気になっていた。ディーは責任感が強いからな。難民たちのことも自分がどうにかしなければと考えているのだろう」
俺の仕事なのだが、とヴァージルは苦笑する。
「そのようにお伝えしてもよろしいですか?」
「構わない。介入を咎めるわけではないが、気負い過ぎるのは考えものだ」
領主の仕事を取るな、と言えば、クラウディアも納得するだろう。
いつだって立場を弁えられる人だ。
「聖女の補佐役に専念していただくのがいいかもしれないですね」
「そうだな、ディーはいるだけで人々の希望になる。先の領民への慰問でも、どれだけ彼らの救いになったことか」
慰問を提案したミゲル商人も満足しているという。
別途、商人ギルドからも、反応の良さが伝わっていた。領民たちの不満も和らいでいると。
難民の到着後、大きな混乱がなかったのも大きいだろう。
「これを維持していかないとな」
ぐっぐっと指に力を込めて、ヴァージルが眉間を揉む。
(ヴァージル様もずっと働き詰めだわ)
気付いたときには申し出ていた。
「肩をお揉みしてもよろしいですか?」
「え? ああ、頼む」
ヴァージルの傍にも世話をする侍女はいる。
かといって執務室にいる間に、マッサージを受けるとは思えなかった。
「クラウディア様もご自分を甘やかされるのが下手なのですが……だいぶ凝っていますね、ヴァージル様も、こまめに、お休みください」
体重をかけて、筋に圧力を加えていく。
「痛くありませんか?」
「痛い」
「血流が滞っている証拠です。少し緩めますね」
「いや、気持ち良いぐらいだから、そのまま続けてくれ」
無理をしている様子はなかったので、肩から首筋にかけて指圧していく。
「自分を甘やかすのが下手、か……」
「ご自覚はあられますか?」
「意識したことすらなかった」
兄妹揃って、と思ったけれど、ヴァージルのほうが重症だった。
「では、これから意識してください。ゆっくりしながら、好きなものを飲み食いするのが一番やりやすいですね」
「ふむ、これも甘やかしているうちに入るのだろうか?」
上向き、顎を上げたヴァージルと目が合う。
照明を反射する青色に、一瞬吸い込まれそうになった。
「ヘレン?」
「あ、そうですね、マッサージも良いかと」
手を引き、一歩下がる。
ブレスレットの先でクロッシングスターが揺れた。
「ありがとう、肩周りが軽くなった」
「お役に立てて何よりです」
何事もなかったかのように辞そうとした。
鼓動が速くなっているのには気付かないふりをして。
けれど心地良い低音に引き留められる。
「また頼めるだろうか」
「他の侍女もできますが」
「君がいいんだ」
解れた肩を回しながら柔らかく笑う表情に、一段と心音が大きくなる。
(深い意味はない)
そう自分に言い聞かせる。
(マッサージを気に入られただけよ)
もしくは、自分なら下心がないと安心されているのかもしれない。
クラウディアとヴァージル、どちらを選ぶか訊ねられたら大声でクラウディアだと答える。
二人だけで部屋にいるのを許されているのも、クラウディアのことを一番に考えているからだ。
「わかりました、お時間が合えばお呼びください」
「……そうか、なるほど、これは贅沢だったな」
一人納得するヴァージルに首を傾げる。
「君の時間がディーのものなのを忘れていた。こうしていられる時間は希少なのだと、思い至った次第だ。付き合ってくれて感謝する」
「侍女には過分でございます」
疲れているのを見て、何かしたいと思ったのはヘレンのほうだ。
頭を下げ、今度こそ退室する。
世話を焼きたくなるのが、職業病なのか、兄妹が持つ雰囲気からなのか、ヘレンにはわからなかった。
(兄妹揃って人たらしなのは事実だわ)