悪役令嬢は慰問する

ミゲル商人の提案は領民へ対する慰問だったが、難民へもおこなうことが決まった。

クラウディアだけでなく、ヴァージルも参加する。今後も領民たちの上に立つのだから、市街地のときと同様に姿を見せておいたほうが良いという考えからだった。

先に領民への慰問がおこなわれ、ヴァージルは次期領主として、クラウディアはその妹であり、王太子の婚約者、そして聖女の補佐役と、いくつもの肩書きを背負って臨んだ。

中心部だけでなく、北から南、西へ東へと方々へ足を運んだ。

現場での意見は、難民が滞在することへの不安に集約された。

治安の悪化や支援のための増税、人助けのためとはいえ、自分たちばかりが割を食うのではないか、と行く先々で誰もが日常を壊されるのを恐れていた。

集まった人々へ向け、クラウディアは、カルロ司祭の言葉を借りた。

「人助けは大切なことですが、まずは皆さん、自分を労ってください。余裕がなければ、人に手を貸すことはできません。自己犠牲は必要ないのです。見るのも辛いと思ったら、目を背けてください。自分を第一に守ってください」

その上で、協力したい気持ちがあったら、自分たちの呼びかけに応えてほしいとお願いする。

次いでヴァージルが、一歩前へ出た。

クラウディアが心のケアを訴え、ヴァージルが実務面で生活は守られると保障する流れだった。

最後に領民へ求めるものを明確にして締めくくる。

必要なのは、「犠牲」ではなく「助力」であると繰り返された。

そして「犠牲」をなくすのが、領主の仕事であると。

本心から出た言葉は、着実に領民たちへ浸透していった。


難民が到着してからは、行政、財務担当と会議を重ねて、問題点が見直されていった。

予め支援体制を整えていたおかげで、幸い大きな混乱はなかった。

現場がある程度落ち着いたのを確認後、難民の慰問はおこなわれた。

難民が滞在するのは、アラカネル連合王国の人たち向けの農業訓練施設だ。

宿泊設備が整っているため、転用されることが決まった。連合王国へは事情を説明し、しばらく農業研修は休止される。

朝、屋敷を出て、クラウディアが現地に到着したのは昼前だった。

馬車を降り、そこかしこで砂埃が上がっているのを見る。

難民の数が多いため、訓練施設だけでは間に合わず、急ぎ簡易的な宿泊施設が増設されているのだ。

吹く風は冷たく、まだ上着は手放せなかった。

別の馬車に乗っていたヴァージルと合流し、視察も兼ねて現場監督から報告を受ける。

クラウディアは眼前に広がる光景から目を離せなかった。

(これだけ多くの人が故郷を追われたというの)

訓練施設の前に設けられた広場が、人で溢れていた。

人数に反して活気はない。人々の目は、どこか虚ろだった。

放牧された黒牛が、木陰で団体をつくり休んでいるかのようだ。

風に乗って、においが鼻を突く。

土が混じったそれは、堆肥以上に濁ったもののように感じられた。

(わたくしはこれを知っているわ)

以前、ルキに貧民街を案内してもらったことがあった。

といっても国の支援で整備されたところだけだ。

深部は何が潜んでいるかローズガーデンをもってしても不明なのと、衛生面から立ち入りは許可されなかった。

それでも木材で建てられた簡素な家屋越しに、ゴミの山が見えた。

端材から衣服、生ゴミと色んなものの集合体が悪臭を放っていた。

許可云々の前に、本能が近付くなと警鐘を鳴らすような場所だった。

しかしそんな場所にも、住んでいる者がいると聞き、耳を疑ったのを覚えている。

あのとき嗅いだにおいと同じだった。

着の身着のままの旅の過酷さを教えられる。

彼らは体を洗う暇さえなかったのだ。

「まだ衛生面の問題が残っているようですね」

「はい、お恥ずかしながら……衣服の配給はおこなっているのですが、皆、汚れた体で新しい服を着るのは気後れするようです」

「すぐに着替えたいものではなくて?」

一言で説明するのが難しいようで現場監督は苦笑する。

「私たちからすればそうです。衛生についての知識がありますから清潔さを優先します。不衛生が集団生活にもたらす悪例も知っています。ですが、彼らはそうじゃないんです」

いくら教義が同じでも、文化の発展具合は国によって違う。

ハーランド王国での常識が、紛争地帯でも通じるとは限らない。これはバーリ王国でも同じだ。

ましてやクラウディアや現場監督が持つ知識は、指導者として突出しているものが多かった。

教義でも、体を綺麗に保つ旨はある。ただ綺麗さの認識については、各々に委ねられていた。

「一番は、まだ私たちが信用を完全に得られていないからです。今後も新しい服を得られると確信が持てない以上、今あるものを大事に取っておきたいようで」

綺麗なものを汚したくないという心理が働くのだという。

「同行している修道者を通して話をしたいところですが、彼も疲労の色が濃いため、無理をさせられません。時間はかかりますが、定期的に配給する姿勢を見せることで、意識の緩和を図っています」

汚しても次があるとわかれば、または仮設住宅へ移り、各自で洗濯できるようになれば、ハードルは下がる。

認識を共有するには、まだ時間が必要だった。

服を汚すことを気にするのであれば、体のほうを綺麗にすればいい話でもある。しかし残念ながら、湯浴みができるほどの余裕が施設になかった。

せいぜいお湯を使い、体を拭くのがやっとだ。

それでも全員が一度にするのは難しい。湯を沸かす人員が別途必要になるからだ。現状、まだ難民を人手として活用するのは憚られた。文化の違いから、どんなイレギュラーが発生するか予測できないためである。

子どもや老人、体の弱い人から順に、お湯は与えられ、同時に体調を確認する機会とされていた。

よく見ると広場に集まった塊の中で、子どもたちだけが動いている。配給された服を着て走り回っている姿から、一歩一歩、支援が前へ進んでいるのは確かだった。

(領民が不安がるのも無理はないわね)

数字の上でも、難民だけで町が一つできそうな規模だ。

実際に集団を目の当たりにすると、気圧されるものがある。無意識のうちに、ヴァージルから贈られたブレスレットへ手を伸ばしていた。細やかな装飾が指先に触れる。

果たして自分が人々に希望を見せられるのか。その手伝いができるのか。

気持ちが沈むのを阻止すべく、現場監督に質問する。

「外に出ている人が多いのは、なぜかしら?」

春へ向かっているとはいえ、まだ肌寒い。風が吹くと体の芯が冷えた。

野外でも火が焚かれ、暖が取られているものの、屋内のほうが暖かいだろうに。

「規定の収容人数を超えているため、息が詰まるそうです」

元は四人部屋だったのを、倍の八人以上で使っていたりする。

世帯ごとに分けられているが、それでも外にいるほうが気楽だと。

「とはいえ寒いですからね。高齢者は中にいます。そろそろ健康に問題のない者から、仕事を割り振っていく予定です」

何もできないことがストレスになる段階を迎えていた。

命からがら逃げてきた当初は、食と睡眠が第一だ。まずは安心して休めること。

それが確保できてくると、人は今後について考えるようになる。また体力があれば動きたくなるものだ。

今は難民でも、自国では普通に働き、生活を送ってきた人々である。

たとえ自国へ帰れなくとも、日常を取り戻したいと願うのは当然だった。

「まずは文化交流からはじめます。認識が一致していないとトラブルのもとですから」

教義が同じで言葉は通じるといっても、あくまで芯の部分に留まった。

翻訳が必要な部分も多く、難民に同行している修道者が通訳を担ってくれている。

目の下にクマをつくっている現場監督を労いながら、施設へ足を向ける。

異文化に理解のある人材は貴重だった。

ヴァージルが不足を問う。

「実によくやってくれている。人員は足りているか?」

「ありがとうございます。おかげさまで仕事が回るようになってきました」

人手はいくらあっても足りない。ここで言われている人員は、仕事の要となる者のことだ。

現場監督はヴァージルに頭を下げつつ、至らない点を告げるのも怠らなかった。

「ただ難民女性の意見をうまく拾えている自信がありません」

悩ましい問題だった。

意見を聞き取る文官は、基本男性だ。女性の要望を正しく理解できているとは言い難い。

娼館でも似たような状況があった。要職に就いているのは基本男性で、娼婦たちとものの重要度に齟齬があったのだ。娼館「フラワーベッド」では、ママことミラージュが代弁してくれるおかげで事なきを得ていた。

「今日は、わたくしが耳になりましょう」

「うむ、女性同士だから言えることもあるだろう。男だけでは限界がある」

身に覚えがあるのか、ヴァージルは深く頷く。

しかし聞き取りは永続的におこなう必要があった。

毎回クラウディアがするわけにはいかない。

「次からは難民側で女性を何人か選出していただくといいかもしれませんわ」

特に母親は子どもを守るため、情報を集める。見えていなくとも、女性だけのコミュニティーがいくつかできているはずだ。

そして人が集まれば、自ずとリーダーになる者が出てくる。必ずしも人格者だとは限らないが。

「当面は権限を与えるのではなく、問題の洗い出しのため、意見を聞くに留めれば諍いも起きないでしょう」

「なるほど、早速告知をおこないます」

「誰から話を訊くのがいいか、わたくしのほうでも確認しましょう」

大事なのは、聞き手の勝手な判断で優先順位を変えないことだった。

代表者を選出し、彼女たちの意見が一致すれば、たとえ女性に詳しくない男性でも必要なものがわかる。

意見が通るとなれば、難民女性側からも発信が増えるはずだ。

現場監督のほうでも女性の文官を配置できるよう努めると返事があって首肯する。

「少しずつ信用を得られるよう努めなければなりませんね」

「はい、胸に刻みます」

「あら、ごめんなさい。今のは自分への鼓舞ですわ」

現場監督は、十分できることをやってくれていた。

視察を通して、改めて思ったのだ。相手が領民であれ、難民であれ、必要不可欠なのは信用だと。信用がなければ、いくら言葉を尽くしても相手に届かない。

「とんでもございません。公爵令嬢のお言葉は、自分にも課すべきものです」

「そうだ。誰か一人ではなく、皆で等しく持つべき意識だろう。いっそ標語にするか」

「額へ入れて飾りましょう」

「悪ノリが過ぎましてよ?」

からかわないでくださいまし、と言うと、現場監督がきょとんとする。本心だった。

ヴァージルからも至って真面目だと返され、目を泳がせる。これでは自分が茶化してしまったみたいだ。

「標語として機能するなら、構いませんけれど……」

それこそ同行している修道者から言葉を貰ったほうが良いのでは、という意見は聞き流された。

施設内部へ足を踏み入れると、いやに胸がざわついた。

外から、建築の作業音が鳴り響いている。

半面、施設内はもの静かだった。

入居者数が多いのもあって、自然と床は土まみれになっている。定期的に掃除はされており、目立って荒れているところはない。

なのに、どうしてだろう、足下がぐらついているように感じられるのは。

一人で歩いている子どもを遠目に見る。

「施設内も見回りはおこなっているのよね?」

「はい、夜は欠かさず」

「日中も欠かさないで。動けない女性がいるところは特に」

「かしこまりました」

時に人は獣になった。

クラウディアの意図を察した現場監督はすぐに了承する。

年齢は関係ない。狙われるのはいつだって弱者だ。

「これからは単独行動にも注意を促してくれるかしら」

ふとした瞬間、一人になった獲物を見て、獣が行動を起こさないように。

ちょうど安全が確保され、難民にも余裕が出てきた頃だった。少なくとも子どもが一人で施設内を歩ける程度には、警戒心が薄れている。

現場監督も仕事の割り振りをはじめると言っていた。大人たち、守り手の目が少なくなってしまうと、子どもたちに被害が及びやすい。

加えて閑散とした雰囲気に、どこか娼館と通じるものを感じた。

死角が多いからだろうか。空いた部屋に連れ込まれれば、為す術はないだろう。

人の出入りが自由なのも、警鐘に起因していた。

建設現場には他から出稼ぎに来ている者もいる。施設へ近寄ることは禁止しているが、警戒できるのも人目があってこそだった。

(外で集まっているのは、ある意味、正解かもしれないわね)

窓から外でたむろしている難民たちを見る。

少なくとも、彼らが襲われる心配はない。

「加えて、男女問わず売春を禁止して。買う側にも厳罰を与えます」

資産を持たない人が、最初に売るものが自分の体だった。

未来への不安から、何としても現金を手に入れたくなるのだ。

けれど、これから文化交流を経て、職業訓練もおこなう予定だった。

自分を安売りしなくても良いのだと、難民たちには理解してほしい。またそんな状況に至らないようにするのが自分たちの仕事であり、役目でもあった。

「難民の心理を逆手にとって、声をかける者もいるでしょうから注意してください」

「はい、徹底的に周知させます」

女性が多いことから、良い仕事があると持ちかける悪徳業者も出かねない。

難民たちの生活が落ち着いても油断は禁物だ。

リンジー公爵領にも都市部へ行けば娼館がある。王都同様に、領地では領主が管理する公娼として扱っていた。

それでも売春は治安の悪化を招く。どれだけ本人たちが胸を張っていても、一般的には蔑まれる行為だからだ。犯罪ギルドによる闇営業も皆無ではなく、社会的な位置付けは、そう簡単には変わらない。

また領民と難民が区別されている状況で、難民の一人でも売春をはじめれば、難民全体の風評被害を招きかねない。個人ではなく、団体のほうへ目が向くからだ。

そうなれば難民全体の価値を下げ、聖女の言葉も、彼らには値しないと判断されてしまう。

区別されている彼らが差別の対象となることだけは、避けねばならなかった。


聞き取りの相手として選んだのは、三歳と五歳になる男の子たちと疎開してきたネリという母親だった。

小さな子どもを持つ母親ほどものが入り用だ。

またネリは夫が徴兵されていた。最も身近で頼りたい相手がいない不安を、面談で紛らわせてあげたかった。

聞き取りの間は、一緒に疎開した近所の人が子どもを見てくれる。

施設にある応接室へネリを招くと、彼女はソファーに座ろうともせず、むしろその横で床に手をついた。

平伏し、震える声で許しを請う。

「どうか、どうか、お許しくださいっ。気に障ったのなら謝ります、償います! だからどうか、子どもたちはお許しください! 子どもたちに罪はないんです!」

ただ話を訊きたいだけだった。

要望があれば応えられるか検討したかった。

クラウディアからの呼び出しが、彼女にとって恐怖だったことに胸が痛む。

平民にとって、権威者がどういう存在か突き付けられた思いだった。

(考えればわかることだったのに)

ネリは紛争地帯から避難してきたのだ。

味方の権威者には夫を徴兵され、敵の権威者とは出会ったが最後、悲惨な目に遭う。

よほどろくな目にあっていなかったことが、反応から窺えた。

もっと気を回すべきだったと反省する。

「ごめんなさい」

気付いたときには、そう口にしていた。

意外だったらしく、目を丸くしてネリが顔を上げる。

襟足で短く切られたダークブラウンの髪にはフケが浮いていた。顔だけじゃなく、全身が垢で汚れ、服も新調されていない。まだ彼女にはお湯が渡っていないのだ。

ソファーから立ち上がり、強く握られた彼女の拳に手を重ねる。

「ふえ?」

クラウディアの行動が予想外過ぎたのか、驚きで体を引いたネリは尻餅をつく。

呆然と自分を見返すネリに、クラウディアは優しく微笑んだ。

「さぞ、心細かったことでしょう」

ここまでよく頑張りましたね、と背中をさする。

ネリは瞳を左右に揺らしながら必死に状況を理解しようとしていた。

「責めるために呼んだのではありません。あなたからお話を伺いたかったの」

ゆっくり、口調を和らげながら伝える。

瞳が落ち着きを取り戻すと、背中に手を添えながら自分が左側になるようソファーへ促した。

膝を突き合わせ、つま先がお互いの方向に向いているのを確認しながら隣に座る。

空いている手は上向かせ、互いの手の平が重なるようにしてネリの膝上に置いた。

一つ一つ自分と相手の体の向きを調整するのは、相手に心を開かせるためだ。娼婦時代に会得した手法だった。

お妃教育でも外交の勉強をする際に習い、人を接待する上でやることは同じなのだと面白く感じたものである。

(外交では、ここまで密着しないけれど)

心理は案外、表面──体──に表れるもので、逆手に取れば、自分は無害だとアピールすることもできる。

たとえば左側に座ったのは、主に左の表情を見せるためである。

人は左右で微妙に表情が違う。右側は知的に、左側は人情みがあるように映る傾向があった。

手の平を相手に向けるのも、隠し事はないと暗に伝えるためだ。

呼吸も相手に合わせていく。

「新しい場所で生活するのはストレスでしょう。わたくしも勉強のため修道院で生活したことがありますが、慣れないサイクルに戸惑ったものです」

「修道院で、ですか?」

「ええ、炊事洗濯も自分でさせていただきました。水仕事はアカギレで難儀しましたわ。子どもたちの面倒を見ながら、生活を整える大変さは計り知れません」

実際は、たくさん便宜を図られた上だったけれど、逆行前の経験や知見も加味する。

些細なことでも、あなたの苦労を知っていると、気にかけていることをわかってもらうのが大事だった。

「特にネリさんのお子さんぐらいの歳だと、目を離すとすぐどこかへ行ってしまうのではなくて?」

「そうなんです。子どもたちのほうが慣れるのが早いのか、外へ出ると一目散に走っていってしまって……」

「元気があって安心しました。けど心配は尽きませんわね。警備については日中も増やす予定です」

「本当ですか!? 実は、他のお母さんたちとも心配していたんです。ご近所さん以外は、知らない人ばかりなので」

ほっとネリの肩から力が抜けたのを見て、クラウディアはもう一歩踏み込むことにした。

目を合わせて、じっと見つめる。

少し静寂が落ちて、相手が不安にならない程度に。

「なるほど、わかりました」

「え……?」

「実はわたくし、相手の人となりを見抜くことができるんです」

間違いがあったら正してください、と言葉を続ける。

「ネリさんは運が良いというよりは、忍耐や努力、コツコツと時間をかけることで、チャンスを掴むタイプではありませんか? そして大事な決断はもちろん、自分が正しい判断や行動をしたのか悩んでしまいがちでは?」

「あ、当たっています! どうしてわかるんですか?」

「ふふ、ネリさんを見ていると伝わってくるのです。今も悩んでいることがありますね? 現状のことだけでなく、子どもや自分の未来、これからの生活に見通しが立たなくて不安なのではありませんか?」

「はい、その通りです」

「では、一つ一つ解決していきましょう。言葉にして具体的に意識することで、心理的負担が軽くなることもあるんですよ。それにネリさんは、条件さえ整えば社交的になって前を向ける性格ですから」

誰にでも当てはまることでも、個別のメッセージとして受け取れば、自分のことだと思い込んでしまう効果がある。

より胸の内を明かしてもらうため、クラウディアはこの効果を利用することにした。

驚きで口を開閉させているネリには少し悪いけれど、ひとえに彼女のためだった。少しでも不安が解消されることを願う。

「本当に、おわかりになるんですね……」

「遠慮はいらないわ。先ほど言ったこととは逆に、条件が整わないと内気で遠慮がちになってしまうでしょう?」

はい、とネリは神妙に頷く。

そこから少しずつ、不安だけじゃなく不満も吐露してくれるようになった。

話が進むにつれ、ネリの目から涙がこぼれる。

「わた、わたし、一人で、つらくて……っ」

「ええ、よく頑張りましたね。子ども二人を連れて長距離を移動すれば、何度も心が折れそうになったことでしょう。でもあなたはやり遂げた。あなたはとても立派な母親よ。大丈夫、子どもたちも、ちゃんとそれを理解しているわ」

自分の苦労を認められるだけでも救われるのを、クラウディアは実体験していた。

話を信じてもらえる心強さを。

励まし、涙が涸れるまで付き合う。

「すみません、こんなに良くしてもらっているのに」

「いいのよ。でも、そうね、もし引け目を感じるときがあれば、一つだけやってほしいことがあるわ」

「何でしょう?」

「困っている人がいたら助けてあげてくれるかしら」

きょとんとネリは見返してくる。

もっと難易度の高いことを頼まれると思ったようだ。

「それだとクラウディア様には何も返らないんじゃあ……?」

「不思議なことに返るのです。巡り回って、あなたのおこないが誰かの助けになれば、やがてわたくしへも行き着きます」

ただ無理に背負い込む必要はないと注意しておく。

「何が大事かは、あなたが一番よく知っていますね。その心に従ってください」

「はい、おっしゃる通りにします!」

涙を拭ったネリは、晴れやかな笑みを浮かべながら応接室をあとにした。


慰問を終え、ヘレンと馬車に乗る。

「心配が尽きないわね」

どれだけしても、したりない。動かせる手には限度があった。

(何か見落としてはいないかしら)

難民女性からの聞き取りもつつがなく終わったが、心細くしている姿を目の当たりにすると、自分の至らなさを痛感する。

「クラウディア様はよくやっておいでです」

失礼します、とヘレンが隣へ移動してきた。

そのまま肩を抱かれる。

「領民へ向けて言っておいででしたよね。まずはご自分を労ってください」

「ふふ、そうね」

許されるまま、ヘレンへ頭を預ける。

目を閉じると、体温がより近くに感じられた。

「クラウディア様は聖女の補佐役に選ばれました。確かに自分を強く持っておいでです。だからといって影響を受けないわけじゃないんですよ」

感受性が強い人は、困っている人を見て、自分のことのように感じてしまう。

だから自分の程度を知って、適切な距離を取るのが大事だった。

普段はできていても、関わるのがはじめてとなれば、目測を誤ることもある。

「今、クラウディア様は疲れておいでです。どうかお休みください」

「わかったわ」

もっと何かしたい。取れる対策はないかと考えてしまうけれど、大人しくヘレンに従う。

ヘレンが言うのだから、自分は疲れているのだろう。

「屋敷に帰ったら、アロママッサージをしましょうか。おいしいものも食べないといけませんね」

「難民の方々に聞かれたら怒られそうね」

「それは見当違いというものです。自粛すべきは、戦争をしている人たちですから」

クラウディア様は何も悪くありません、と憤りを持って答えられた。

「いつクラウディア様が難民を虐げましたか? むしろ身を粉にして働いておいでです。贅沢は当然の権利です」

頭を起こして、ヘレンを窺う。

目が合うと、アメジストの瞳が優しく弧を描いた。

「クラウディア様は自分を甘やかされるのが下手ですね」

よしよしと頭を撫でられる。

三歳ぐらいの子どもに戻った気がした。