悪役令嬢は会議に出席する

屋敷の会議室は、重苦しい雰囲気に包まれていた。

一同から礼を受け、ヴァージルが着席を促す。

集まった人数は十名。親戚筋の者たちが推移を見守る中、古くから領内で農業や商売をしている者たちからは、厳しい視線が突き刺さった。

血縁関係がなくとも、共に領地を発展させてきた間柄である。誰一人として蔑ろにはできない。

王城での議会の縮図が、ここにあった。

領主だからといって何でも好きにできるわけではないのだ。

議会ほど厳密に採決を採ることはなくとも、概ねの合意を得られなければ、支援者の離反を招く。

難民の受け入れが決まったことをヴァージルが告げると、領内の物流を担っているミゲル商人が発言の許可を求めた。クマと戦った逸話がある、傭兵上がりのご老体だ。

彼の場合、戦争に行っていたわけではなく、行商人の護衛として雇われていた。いつしか傭兵団を率い、彼ら自身で運搬をおこなうに至っている。

クラウディアの商館への商品輸送にも携わっており、近年の領地発展に貢献した立役者だった。

六十になっても尚、かくしゃくと現場へ出ている。

衰え知らずの体は筋骨隆々で、白髪を無造作に伸ばしている風体は商人というより武闘家だった。

ヴァージルが頷きで答え、ミゲル商人が口を開く。

「難民の数が多過ぎます。支援物資だけで物流がパンクしかねませんぜ」

寒さをおしての移動になった影響が出ていた。春まで待てなかったのは、逗留させるにも限界があったからだ。

加えて聖女祭がはじまる初春には、難民の受け入れができているよう教会から打診があった。

結果、冬の閑散期を終えて物流が活発になる頃合いと被ってしまったのだ。

このままでは本来の仕事に手をつけられないという。

「報告は届いている。運搬については委託で賄うしかあるまい」

物流を制限してしまえば、領地全体の収入に響く。リンジー公爵家としても、打てる手は全て打つ予定だった。

現場の状況が伝わっているならと、一先ずミゲル商人は納得を見せる。

(皆、不安で仕方ないのね)

難民の受け入れという異例の事態に対する懸念事項は、それぞれ報告書としてまとめられ当主へ届いている。

対応についても通達しているが、直接答えを聞かないと安心できないのだ。

本当にちゃんと自分たちの声は届いているのか、対策してくれる気があるのか、現場任せで何の補償もしないつもりではないのか。

ヴァージルとクラウディアが直接領地に足を運んだのは、これらの目に見えぬ声を聞き、しっかりと答え、領民の代表者でもある彼らの肩の荷を下ろすためでもあった。

優秀な彼らが全力を出せれば、リンジー公爵領において解決できない問題はない。

ヴァージルは自分の役割を認識し、領民たちへ見せたように揺らぐことなく構える。

時間が経つにつれ、会議室の天気は曇天から薄曇りへと変わっていった。

「各々が実力を遺憾なく発揮できるよう、リンジー公爵家は尽力する次第である」

ヴァージルの言葉は、当主の言葉だった。

疑う者はいない。

けれど雲が完全に晴れないのは、難民の存在が未知数だからだろう。

アラカネル連合王国から農業研修にやって来る者たちとは違う点が尾を引いていた。彼らは研修が終わると自国へ帰るが、難民はいつ帰国するかわからない。このまま永住する可能性だってあった。

客人なのか住人なのか、それすらも不透明なのである。

幾ばくか空気が和らいだところへ、ミゲル商人の声が通る。

「こう言っちゃあなんだが、聖女様の言葉が不安を煽ってるんですよ」

先日、孤島に在籍していた修道者の女性が、教会本部にて正式に聖女の認定を受けた。

飢えた少年の罪を庇い、問題の根幹を提言したおこないが認められたのだ。

余裕ある者へのメッセージの他にも、難民はすべからく保護されるべきである、という彼女の声明が、ハーランド王国にも伝わっていた。

誰も異論はない。困っている人は助けるものだ。

しかし水面下では、難民は保護されるとして、自分たちは? と領民たちの疑念を招いていた。

貧しい領地ほど根深く、不安視する声は領地を越えて広がりを見せている。

裕福なリンジー公爵領ですら人の口に戸は立てられず、領民たちは落ち着きをなくし、クラウディアたちへ直接問いかけることとなった。外部から農業研修を受け入れ、領外の人間に慣れているにもかかわらずである。他の領地ではもっとだろう。

(受け入れ期間が定まっていないのが大きいのかしら)

見通しを立てられないストレスが、より助長を招いていた。

「そこでなんですがね、慰問を提案したい。聖女の補佐役に任命されたクラウディア様のお顔を見られれば、皆、不安なんて吹っ飛ぶでしょう」

見ず知らずの聖女より、幼い頃から見知ったクラウディアのほうが領民にとって救いになる。

次期領主のヴァージルを立てるべきではないかと思うものの、当のヴァージルがすぐに頷いた。

「道理だ。クラウディア、頼めるか」

「謹んで承ります」

会議の場なので愛称は控えられた。

否やはなく、頷くとミゲル商人が満面の笑みを浮かべる。

「いやぁ、心強い! 憂いが晴れる日も近いですな!」

慰問だけで解決できれば、どれほど良いだろうか。

そんな簡単な話なら、いい歳した大人たちが難しい顔をして一堂に会したりしない。

(ここが正念場ね)

難民を受け入れることで起こる波乱にどう対処するのか。

ヴァージルにとっては、次期当主として乗り越えるべき試練でもあった。