悪役令嬢は領地へ向かう

大聖堂での礼拝が終わり、クラウディアは屋敷へ帰っていた。

ラウルとレステーアも帰国の途に就いている。

直近の一番のニュースは、聖女の認定式がおこなわれたことだろうか。

既存勢力とは全く関係のない修道者が選ばれたことで、教会の本部がある町ではお祭り騒ぎだったという。少年を庇って鞭を受けた聖女の話は、ハーランド王国にも届いていた。

その折、聖女の挨拶で難民のことが持ち上がった。

困っている人がいるなら、余裕のある人が助けるべきだと。

これで機運が一気に高まり、難民受け入れの正式な日取りが決まった。

父親からは、リンジー公爵家は領地の発展具合から、王家に次いで多く受け入れることが報告された。

ちなみに領地を持たない貴族は、支援金や物資での援助となる。

難民が領地へ到着するのに合わせ、当主代理としてヴァージルとクラウディアが向かうことになった。

冬も終わりに近付き、寒さは和らいでいる。

それでもまだ厚い上着を手放せないまま、クラウディアはヘレンと馬車に揺られていた。

いつもならヴァージルと同乗するのだが、聖女祭が終わるまで異性との接触は禁じられている。もしものことがないよう、今回は馬車を分けていた。

朝、宿屋を出発し、順調に進めば昼には領地の屋敷へ到着しそうだった。

「しばらく会議が続くでしょうね」

領地運営に携わる者など、現地の重鎮たちが到着を待ちわびていた。

書面でも難民についての対応は送っているものの、細部は現場の状況に合わせて詰めなければならない。また領民に不安が広がっているようだった。

移動中の宿屋でも、クラウディアはヴァージルと支援策について話し合った。

ゆっくりしていられるのは、馬車に乗っている間だけだ。

だから話したいことがあるなら最後のチャンスよ、とヘレンへ水を向ける。屋敷に到着した瞬間から、忙しくなるのは明らかだった。

ことあるごとにヘレンがタイミングを見計らっているのは察していた。

急ぐことではないらしく先延ばしにされていたけれど、次はいつ時間を取れるかわからない。

クラウディアの視線を受け、ヘレンは決心する。

「クラウディア様が大聖堂で滞在されている際に、あったことなんですけど」

ヴァージルからブレスレットを贈られた話は聞いていた。

今日は二人の手首にリンジーブルーの輝きがある。

ただそのときのやり取りには、続きがあった。

深い意味はないと理解しているものの、どうしても言われたことについて考えてしまうと相談され、胸の前で腕を組む。

「それはお兄様が悪いわね」

贈り物の経緯はヴァージルからも話があり、クラウディアも感激した。今まで貰ったヴァージルからのプレゼントで一番嬉しかったかもしれない。

「まさかお兄様が人を惑わせるようなことをおっしゃるなんて」

「誠意を表現されたのだと思います」

「とはいえ他にも言い様があるでしょう」

頬に手を当てて考える。

ヴァージルにとってヘレンが特別なのは確かだろう。

クラウディアにとっての特別は、彼にとっても特別なのだから。

(良くも悪くも、わたくしへの思いが強過ぎるのよね)

それはヘレンにも言えることだった。

おかげで二人とも言葉の真意がどこにあるのか不明だ。

(どうしたものかしら)

変に口を出せば、クラウディアの意向でことが決まってしまいそうだった。

それぞれ自分の気持ちと向き合ってもらいたい。

「わたくしは口出ししないことにするわ」

「はい」

クラウディアの言いたいことが伝わったようで、ヘレンは神妙に頷く。

「ただ気になることがあれば何でも言って頂戴。ヘレンの気持ちを一番大事にしてね」

誰かのためではなく、自分のために。

主人としてできる限りのサポートをしようと、改めて誓う。


リンジー公爵家領地の中心部は、北の鉱山ではなく、中心から南へ広がる農地にあった。

窓からは田園が広がっているのが見える。

(シルも領地入りしたところかしら)

クラウディアたちと同じように、現地で指示をすべく、シルヴェスターも難民を受け入れる王家直轄領へ赴いていた。

流れる景色に建物が増えてくる。屋敷のある市街地に近付いていた。

メイン通りを進み、町へ入ろうとしたところで馬車が止まる。

何があったのかと、ヘレンが御者窓をノックする。

御者窓は、御者台の背面にあり、荷台の中にいる人と御者が連絡を取るためのものだ。

「住民が集まって道を塞いでいるようです」

御者の答えに、出迎えでしょうか? とヘレンが首を傾げる。

リンジー公爵家の帰還を聞きつけた領民が、歓迎しに集まってくれるのはよくあることだった。

けれど、人々のざわめきから感じられる気配がいつもと違う。

「何やら問いかけているようです」

引き続き、御者が状況を伝えてくれる。

クラウディアとヘレンが乗った馬車の前を、ヴァージルの馬車が先行していた。馬車にはリンジー公爵家の紋章が描かれており、誰が乗っているかは傍目にも察せられる。

手順に則った問いかけでないのは確かだった。

「騎士たちが警戒していますね」

「何ですって?」

言葉が口をついて出た。

馬車には、警備のための騎士が随行している。

群衆はときに予想外の力を生み出す。警戒するのは当然のことだが、御者はいつになく緊張していた。集まった人々の雰囲気が好意的でなかったからだ。

はじめてのことだった。

「お兄様と対応を話し合わないと」

ヘレンが外にいる騎士へ伝言を頼む。

数回やり取りした後、クラウディアはヴァージルと共に民衆の前へ出ることにした。

領民たちは問いに対する答えがほしいだけだった。

騎士たちが領民との壁になる中、馬車から降りてヴァージルと合流する。

クラウディアたちが領民と向き合うと、彼らは一変して押し黙った。

本来なら気軽に話しかけられる相手ではないのだ。

姿を認めたことで、自分たちの無礼さを自覚したようだった。

(よかった、まだ理性的だわ)

怒りで我を忘れていれば、客観的に自分を省みられない。

対話ができる可能性が十分あることに安堵する。

静かになった領民たちに、ヴァージルが水を向けた。

「話を聞こう。私たちはここにいる」

しかし領民たちは顔を見合わせるばかりだった。

威厳ある姿が逆に災いし、不敬になるのではと発言できないようだ。

これでは出てきた意味がない。

どうしたものかと視線を巡らせた先に、一人の少年がいた。後ろにいるのが父親だろう。

少年は、先ほどとは打って変わって勢いを失った大人たちに戸惑っていた。

目が合い、クラウディアは安心させるために微笑む。

すると大人たちに代わって、少年が口を開いた。

「難民が来たら、ぼくたちはどうなるんですか?」

「こら!」

勝手に喋った少年を、父親が叱責する。

いいのよ、とクラウディアは取りなした。

次いで、少年に答える。

「難民を受け入れても、生活が変わることはないわ。君はどうなることが心配かしら?」

「父さんたちは生活が苦しくなるって。欲しいものが買えなくなるって聞いた」

いや、あの、と少年の父親は慌てるが、これこそクラウディアたちが聞きたかったことである。

領民が何に対して不安や不満を感じているのか。

(難民問題がもう領民に浸透しているのね)

聖女が発言したことで、注目度が上がったからだろう。

困っている人を助けるのは当然、と機運は高まったが、中心地は教会の本部だった。

そして声が大きい人ほど、直接難民とは関わらない。

シルヴェスターがぼやいていた通り、支援については受け入れ先へほぼ丸投げなのだ。

理想を説く人と、現実と向き合う人が乖離している状態だった。もちろん、全ての人がそうではないにしても。

(後手に回ってしまったわたくしたちの落ち度だわ)

難民が、それも少なくない数が来るという情報が先行したため、自分たちの生活が蔑ろにされるのではないかと領民が危惧する結果になってしまった。

少年だけでなく、集まった民衆に答えるため、クラウディアは背筋を伸ばす。

「先ほども言った通り、生活が変わることはありません。難民への支援は急がねばなりませんが、領民の生活を守ることが第一だとわたくしたちは考えています」

ヴァージルが続く。

「未知に対する不安は当然のことだ。我々は領民に対しても支援を惜しまないことを約束しよう。ただし全てに手を尽くすためには、皆が危惧しているだろう増税も必要だ」

「増税」という言葉にざわめきが起きる。

それを打ち消すべく、ヴァージルは言葉を重ねた。

「だからといって生活を切り詰めるよう強要することはない! 聖女は言った、余裕ある者が助けるべきだと。我々が求めるのは、皆の『助力』であり、『犠牲』ではないのだ。皆の理解を求めず、一方的に搾取することはないと断言する」

力強い言葉だった。

次期領主による確約が、領民たちを落ち着かせる。

これまでを振り返っても、リンジー公爵家がいわれのない増税を課したことはない。

積み重ねてきた信頼が土台にあった。

「思いだしてほしい、我々は既に他国から人を受け入れている経験があることを」

領地ではアラカネル連合王国から島民を招き、農業研修をおこなっていた。

これも領民の助力あってこそだった。実際に農業を教えるのは、彼らなのだから。また農業研修において、犠牲を払った領民はいない。

「状況は違えど、皆に求めるのは同じだ。情報が独り歩きし、さぞ疑念を抱かせてしまったことだろう。だが、こうして私は、ここにいる。妹のクラウディアも一緒だ。私たちは皆の不安を取り除くべく労を惜しまない」

間に騎士を挟んでいても、馬車から降り、姿を見せて会話しているのが証拠だった。

「最後にもう一度だけ言おう。我々が必要としているのは『犠牲』ではなく『助力』である! これからも一丸となり、困っている人を助けられる未来をつくっていこうではないか!」

新しくはじめるのではなく、今まで通りに。

人々の表情から、未知への恐れは消えていた。

ヴァージルの鼓舞に、領民たちから賛同の声が上がる。

それからは、いつも通りの歓迎へ移っていった。

馬車へ戻りながら、クラウディアはそっとブレスレットに触れ、自分の立場について考える。

王太子の婚約者に加え、新たに聖女の補佐役であるアプリオリという役職を得た。

(わたくしにできることは何かしら)

事なきを得たものの、難民についてはここだけの話に留まらないだろう。

屋敷へ着けば、領地における重鎮との会議が待っていた。

彼らも同様の思いを抱えているはずだ。

クラウディアは出席者たちが期待する姿を見せなければならなかった。