公爵令息は侍女を労う
クラウディアを乗せた馬車が大聖堂へ向かって出立する。
玄関先で見送るヴァージルは、何とも言えない切なさに胸を締め付けられた。馬車が見えなくなっても、すぐには屋敷へ入れない。
(まるで予行演習をしているようだ)
遠からず、クラウディアの住まいは王城へ替わる。
あとどれだけ屋敷で一緒に過ごせるだろうか。
禊のため、ハグもできないまま見送ったせいか、より感傷的になっていた。
冬の冷たい風が顔を撫でていく。
乱された前髪をかき上げたところで、後ろで佇む存在に気付いた。
「ヘレン、冷えるだろう」
「お気遣いなく」
「いや、感傷に浸っている場合ではなかった。早く中へ入ろう」
ヘレンに限らず、見送りに参加した使用人がそのまま残っていた。
リリスも参加したがったが、残念ながら体調を崩していた。この寒さなら外に出なくて正解だ。
玄関のドアが閉じられ、冷気が遮断されたことで人心地つく。
(タイミングなら今か)
他の使用人と共に辞そうとしたヘレンを呼び止め、玄関ホールにある暖炉の近くへ移動する。
このあと、先に王城で執務にあたっている父親を追い、ヴァージルも出ねばならなかった。
「これを受け取ってほしい」
ポケットから取り出したのは、補佐役の任命祝いにとクラウディアへ贈ったものと同じ包みだ。取り違えないよう、リボンだけ色が変えられている。
ヘレンの性格を考えれば断られる予想はついていたので、矢継ぎ早に伝える。
「ディーとお揃いになっている。君が一緒に着ければ、ディーも喜ぶだろう」
妹をだしに使うのはどうかと思うが、気持ちに偽りはなかった。
「採れた石を加工させたところ、見劣りしない二つの品ができあがってな」
自然物ゆえ、本来なら迷わないのだが、今回はどちらが良いと判断がつかなかった。
「並んだ二つの宝石を見て、ディーと君の姿が浮かんだんだ。君たちはずっと一緒にいるだろう? 実は今日、ディーにも持たせていてな」
クラウディアには、ヘレンにも日頃の感謝にプレゼントを贈ることを伝えていた。
元からプレゼントを計画していたわけではない。けれどリンジーブルーの同じ輝きを見た途端、クラウディアと自分ではなく、クラウディアとヘレンに贈るべきだと確信した。
以前、キールに家での疎外感について相談したことがある。今思えば恥ずかしい話だが、不思議と少年には胸の内を話しやすかった。普段はただただ危なっかしい存在にもかかわらず。
ヘレンに相談するよう助言を受けたが、並ぶ宝石を見て、まずは感謝を伝えるべきだと考え直した。
ヘレンが来るまでは侍女長のマーサがクラウディアの傍にいたが、母親が生きていた頃から彼女の存在は教育係としての面が強い。
気を許せる同性の相手ができ、クラウディアはさぞ救われただろう。
自分にはできないサポートを、全てヘレンがしてくれた。
ヴァージルにとっても有り難い存在に変わり、ヘレンの着任当初、彼女を疑っていた心は、もう微塵も残っていない。
「大聖堂に滞在中、ディーは装飾品を身に着けられないが、携えることはできる。君がこの揃いのブレスレットを持ってくれれば、お互い姿が見えなくとも心強いだろうと思った」
二人の絆は、時として自分以上に強いと感じる。
クラウディアにはヘレンが必要だ。ヘレンにはクラウディアが。その手助けになれれば嬉しかった。
ヴァージルの勢いに驚いたのか、ヘレンはしばらく目を見張っていた。
思いだしたように瞬くと、ありがとうございます、と頭を下げる。
「わたしには過ぎるものですが、大切にさせていただきます」
「うむ」
緊張の糸が解け、頬が緩む。
そこではじめて緊張していたことに気付いた。
自分でもただプレゼントを渡すだけなのに、と驚いていると、ヘレンの目尻が赤く染まっているのが目にとまる。
手の届く範囲にいたからだろうか。
人差し指の背で、彼女の目元をなぞった。