悪役令嬢は悩殺 する
修道院の客室は、貴族の屋敷にあるものと引けを取らなかった。
調度品こそ職人の一点物ではないものの、材質にマホガニーが使われた暗褐色のドレッサーやテーブルには、往年の重厚感がある。
部屋は入ってすぐが応接室、奥が寝室と二部屋あった。
寝室にはベッドが二つ並んでおり、今夜はレステーアと泊まる。
「隣も客室だったわよね?」
他に泊まり客はいない。
保護された犬は、騎士たちの寮で世話になると聞いている。
ならば別々の部屋でもよかったのでは。
「お世話する人間が必要だろうと、ぼくから同室を願い出ました」
「修道者は自分のことは自分でするものよ」
「どうか、我が君と泊まる名誉をお与えください」
言うなり、目の前でレステーアは片膝を床につけ、頭を垂れた。
周りに人がいなくなった途端、これである。
「仕方ないわね」
「ありがとうございます!」
「あなたのためではなくて、予定を変えたら他の人に迷惑がかかるからよ」
空室でも準備がいらないとは限らない。
しぶしぶ頷くクラウディアに対し、レステーアは碧眼を輝かせる。
「後悔はさせません!」
「もう、精神的に疲れるから座って頂戴」
クラウディアも応接室のソファーに腰掛ける。
これから来客の予定があった。
待っている間、気になっていたことを訊ねる。
「補佐役への選出だけど、理由は聞いているのかしら?」
クラウディアが選ばれた理由はわかりやすい。王太子の婚約者だからだ。
レステーアについては、エリザベスほどではないが意外に思っていた。
「女性という固定観念にとらわれない服装が評価されました」
声には感情がこもっていなかった。
評価しているわりに、礼拝ではクラウディアと同じ修道服だったのが関係していそうだ。
溜息をついて、レステーアは続ける。
「その実、保守的な自分たちにも斬新な考えを受け入れる
真に共感していれば、礼拝でも男装が許されたはずである。
カルロ司祭の人柄にレステーアが和んでいたのは、先に教会の悪い面を見ていたからだった。
「聖女祭当日も、もちろん男装はなしです。我が君と同じ称号を得られる誉れのためだけに任命を受けました」
「となると、一般市民は、あなたが男装の麗人であると知ることはないのね」
「ありませんね!」
バーリ王国の貴族なら、誰もがレステーアのことを知っている。
けれど平民となれば別だ。住む世界が隔絶されていた。噂では耳にしたことはあるかもしれないが、実際に男装姿を見ていないと結びつかないだろう。
「ポーズはポーズでも、貴族向けのポーズなんですよ。頭が固いにもほどがあるでしょう。まだ枢機卿は話がわかる人なんですけど」
「そうなの?」
ハーランド王国と同じく、バーリ王国へも教会から枢機卿が派遣されている。
「女性なんですけど、先駆的な考えをお持ちで仲良くさせていただいています。補佐役になったのを機に、教会の内情も教えていただけているので、得るものがないわけでもないですね」
今日、ギーク枢機卿が来られなかった理由にも見当が付いているという。
「どうやら聖女候補に、新たな人物が出てきたようです。ぼくが聞いた時点では、そういう動きがある、という程度の話でしたが、ギーク枢機卿に急用ができたのを鑑みるに、本格化したんじゃないでしょうか」
「可能性は高いわね」
一体何があったのか疑問だったけれど、話を聞いて納得する。
聖女候補は、全員が数いる枢機卿の縁者だった。選出には、教会内部の権力闘争が絡んでいても不思議ではない。
新たに出てきた人物が気になるところだ。少なくとも、既出の候補者たちを上回る何かがなければ認められないだろう。
「認定されるかどうかは、それこそ駆け引きの結果でしょう。誰がなったところで、ぼくたちには関係ありませんけど」
補佐役を務めるというのに、結構な言い草である。
ただ政治から教会を切り離そうと考えているハーランド王国は、聖女とも距離を置くかもしれない。
(話が通じる相手に越したことはないわね)
そんなことを考えていると、来客の報せが入る。
レステーアがドアを開け、入室を促した。
入ってきたシルヴェスターとラウルの姿に、クラウディアは面食らう。
二人が男性用の丈の長いローブ──修道服──に身を包んでいたからだ。
クラウディアの反応に満足して、シルヴェスターは目を細めて笑った。
「我々がここにいるのは一般の者には内緒だ。あまり目立たぬよう服装を揃えさせてもらった」
「目立たぬように、ですか?」
つい聞き返してしまう。
ハーランド王国、バーリ王国の王族が二人並んでいる時点で無駄な気がした。
何せ、この容姿である。
凜と佇む黄金を冠したシルヴェスターに、陽を体現する褐色のラウル。
華美な装飾がないおかげで、二人が持つ自前の華々しさが際立っていた。
(しかも体のラインが出る装いでないはずなのに、普段より筋肉が目立つのよね)
重力に沿う布地に対し、筋肉が盛り上がっているからだろうか。着痩せして見えるシルヴェスターも、しっかり胸筋の輪郭が見て取れた。
気を抜けば、ぼうっと眺めてしまいそうだ。
(ここは大聖堂。王都で一番神聖な場所よ。不純な考えは消えなさい。お願い、消えて)
スキンシップできないのも願望に拍車をかけているのか、どうしても今すぐあの胸に飛び込みたくなる。
内心葛藤しているクラウディアに何を思ったのか、シルヴェスターはラウルの視界を手で塞いだ。
「おい?」
「これはお前のためだ」
「何がだよ」
「今すぐ両目を潰したほうがいい」
「いきなり物騒だな!?」
どうしたというのだろうか。
シルヴェスターの行動が理解できず、じっと見上げる。
真意を探ろうとしたが、シルヴェスターは目を泳がせるばかりだ。
あー、と隣でレステーアが一人納得する。
「人は入浴後が最も魅力的だと言いますからね」
「はっ、そういえば保湿しかしていなかったわ!?」
入浴後、というキーワードで、化粧をしていないことに気付く。
いつもならヘレンが身なりを整えてくれた。旅先で一緒に夜を過ごしたときも、薄化粧をしていたはずだ。
まだ湿り気が残る髪を両手で掴む。
(わたくしったら、うっかりし過ぎよ!)
慌てたところであとの祭りだった。
「ごめんなさい、こんな格好で」
「いや……」
もごもごと珍しくシルヴェスターの歯切れが悪い。