悪役令嬢は滞在を楽しむ

窓から遠い空がピンク色に染まっているのが見える。

礼拝の合間に司祭から話を聞いたり、お茶をする時間があったため、疲れはほとんどない。むしろこれで疲れていたら、体力面に問題があるだろう。

本日の礼拝が終わり、宿泊についてカルロ司祭が説明してくれる。

「クラウディア様は既にご経験の通り、教会の夜は早いです。夜の照明を節約するためですが、お部屋にあるランタンはご自由にお使いください」

ただスケジュールは日が出ているうちにこなす必要があり、このまますぐに夕食、そのあとに入浴が控えていた。

「そこに担当の者が控えております。入浴についても、担当から案内がありますので、私はここで失礼させていただきます」

「本日はありがとうございました」

こちらこそ、とほがらかな表情のままカルロ司祭が辞す。

次いで案内役の修道者があとを引き継いだ。クラウディアたちと同年代の、お下げ髪の女性だった。

食堂へ向かう道すがら、レステーアが楽しそうに感想を口にする。

「ほんわかした司祭様でしたね」

「それでいてしっかりとお言葉を届けてくださるから、いつも見習いたいと思うわ」

司祭は、修道院で修道者たちを統括する立場だ。

厳格な人、温和な人、性格はそれぞれだが、指導に長けているという点で共通していた。

一瞬、枢機卿という立場で悪い方向へ特化した人物が頭に浮かんだものの、すぐに打ち消す。あの人は異例中の異例だ。

食堂は、大聖堂の敷地内にある修道院にあった。

浴場と宿泊する客室も、同じ建物だという。

お下げの修道者と食事を取り、お腹が落ち着いた頃に浴場へ移動する。

「本日は薬湯を用意させていただいております」

「ありがとうございます」

禊の内容に則り、準備してくれていた。

ちなみに屋敷でも、教会が用意してくれている薬草をお湯に入れるだけなので助かっている。

入浴もお下げの修道者と一緒だった。

修道者は、自分のことは自分でするのが基本だ。

とはいえ、補佐役に任命されているのは貴族令嬢。食事や入浴にも修道者が同伴してくれるのは、補佐してくれるためだろう。

クラウディアはお妃教育で経験済みなので、特に戸惑うことはなかった。

レステーアも侍女のいない身支度に慣れているようで、脱衣所へ入るとサクサク服を脱いでいく。

女性らしい曲線美を保つべく、クラウディアは柔軟体操や軽い運動を欠かさないが、レステーアは体を絞る鍛え方をしていた。六つに割れた腹筋に、運動量を察する。

「締まった体も美しいわね」

「賛美をいただけて光栄です。ぼくにとっては、クラウディア嬢こそ至高ですけど」

互いを褒め合っていると、お下げの修道者がぽつりとこぼす。

「貴族様でも体形にこだわって運動なさるんですね」

身分にあったぜいを満喫しているイメージだったらしい。

間違いではない。トーマス伯爵夫人には当てはまる。

「わたくしは自分に合った、好きな体形を追求しているだけですわ」

「ぼくも同じです。特にぼくほど鍛えているご令嬢は、パルテ王国ぐらいにしかいないんじゃないでしょうか」

老若男女問わず国民全員が戦士、という他にはない理念を持っている国である。

それでも昨今の有力家族の令嬢は、お目こぼしがあると聞いているので、パルテ王国内でもレステーアは珍しい部類だ。

クラウディアとレステーアの答えに、お下げの修道者は何度も頷く。

そして自分の下腹をつまんだ。

「素晴らしいです。わたしも運動しないとですね……」

「ぼくの方法でよければ、鍛え方をお教えしますよ。軽く疲れる程度に留めれば、そこまで筋肉もつかないと思いますし」

「いいんですか!」

修道者は目を輝かせて教えを請う。しかし、説明は入浴後という話になった。脱衣所は暖められているものの、ずっと裸で喋っているわけにはいかない。

浴室へ入った瞬間、クラウディアは思わず「まぁ!」と声を上げる。

最初に白い湯気があった。次いで薬草の香りが漂う。

一番目を引いたのは浴室の広さと、湯船の大きさだ。湯船は地面を掘ってつくられており、一面にタイルが張られている。温泉地で見かけるスタイルだった。

浴室の壁と床も白のタイル張りで、一部には花が描かれていた。

王都は人口が多いため、敷地も限られる。貴族とはいえ、ここまで広い浴室をつくる人はいない。リンジー公爵家にも浴室は複数あるが、どれも一人用の湯船が置かれているだけである。

「多いときには二十人ぐらいが一緒に入るので、この広さなんです。今日は時間をずらしてもらっているので、三人で満喫しましょう!」

わーっ、と拍手する。

普段は気にならないが、大きな湯船に浸かるのは好きだった。

「湯船の中には、川原で見かける白い玉石が敷かれてますので、感触をお楽しみください」

修道者の説明に、がぜんテンションが上がる。

丁寧に体を磨いてから湯船へ足を入れると、つるりとした断面が足の裏をくすぐった。

自然と大きな息が口から出ていく。

底にお尻をつけると、水面が鎖骨の下にくる。ちょうど良い湯量だ。

「癒やされるわぁ……」

今日一日疲れるようなことはしていないが、日々の生活で蓄積していた悪いものが体内から抜け出ていくように感じられた。

「なんだかんだ礼拝中は冷えましたしね」

隣に座ったレステーアもしみじみと目を閉じる。

食堂や脱衣所など、生活空間は暖房も効いているが、本堂などの礼拝堂は、火鉢があっても外気温に近かった。凍えずに済んだのは、火鉢のすぐ隣を司祭が礼拝位置として指定してくれたからだ。

お下げの修道者も加わり、三人でお疲れ様を言い合う。

「禊というより、湯治に来ている気分ですわね」

試練とはほど遠く、これで良いのかと思うほどだ。

そんなクラウディアに対して、修道者は朗らかに笑う。

「ならば良かったです。クラウディア様の疲れが消し飛べば本望です」

余裕がなくなる前に、自分を労り、休むことが大事だという司祭の言葉を思いだす。

大聖堂に滞在中は、そこへ重点が置かれているようだった。

「真面目な人ほど、自分を甘やかすのが苦手な人が多いんです。忙しい方は特に自分のことを後回しにしてしまいがちですし。のんびりすることは悪いことじゃないんですよ」

何よりもまずは自分を守ること。

それが補佐役を担う、第一条件のようだった。

お言葉に甘えて、湯船の中で手足を伸ばす。

浮力で胸が浮いた。

視線を感じて顔を上げると、レステーアと修道者が慌てて目を逸らす。

「どうかされました?」

頬に張り付く濡れた髪を拭い、首を傾げる。

少し間を置いて、レステーアがぽつりとこぼした。

「目の毒です」

脱衣所で、お互いの裸は見ている。

何を今更、と思ったけれど、修道者もレステーアに同意した。

「大勢で入ることが多いので、裸体には慣れているつもりだったんですが、思い違いでした。同性の体でも、人によっては緊張するんですね……」

「どこに緊張する要素が……?」

レステーアに肩を持たれ、そっと体を反転させられる。二人に背を向けた形だ。

「とりあえずこれでご勘弁ください。クラウディア嬢の濡れた体は、刺激が強すぎます」

「湯船に浸かっているのだから、濡れているのは当然じゃないの」

「クラウディア嬢の侍女たちは、どうやって平静を保っているんですか?」

会話になっていない。

追及しても埒が明かないのは推測できたので、そのまま答える。

「別に普通よ?」

「凄い胆力ですね」

そうだろうか? 考えてもみなかったことだ。

「大袈裟ね」

「うわあ!?

懸命に視線を外そうとするレステーアの反応が面白くて、反転して抱き付く。

鍛えられた体は硬さがあるものの、ごつくはなく、腕にすっぽりと収まった。

「あ、あ、むねが、胸が当たってます!」

「そうね?」

「っ~!」

ほどなくして、顔を真っ赤にしたレステーアは湯船に沈んだ。


火照った体に、肌を撫でる風が心地良い。

クラウディアが満面の笑みを浮かべる一方、レステーアはどこか疲れた顔をして浴室を出た。

客室へ向かう道すがら、大きな犬が教会の騎士に保護されているのと遭遇する。

焦げ茶色の長い尻尾をぶんぶん振る姿は可愛らしかった。

お下げの修道者が事情を聞き、説明してくれる。

「飼い主の代わりに参拝にきた犬のようです。同行者がいたんですが、うっかり犬のことを忘れて宿を取っていたみたいで」

宿屋で犬の宿泊を断られてしまい、相談を受けて、今夜は大聖堂で預かることになったという。

人懐っこくクラウディアたちにも腹を見せたので、少しだけ撫でさせてもらった。

「飼い犬と一緒に参拝されている方は見かけますが、飼い主の代行として犬が来ているのははじめて聞きましたわ」

「首輪にメッセージを着けて、犬だけで参拝する例もありますよ」

「犬だけで、ですか?」

「さすがに入り口で騎士たちが確認し、同行しますけどね」

犬の利口さを褒めるべきなのか、飼い主の豪胆さに驚くべきか、着眼点が多すぎて思考が定まらない。

レステーアが質問する。

「他の動物でも可能なんですかね?」

「主人の意図がわかれば大丈夫だと思います。猫でも鳥でも、賢い子はいますからね」

元々、人へ危害を加えたり、場を荒らさない限り、動物も出入りが自由なので、その延長なのかもしれない。

「門扉は広いんですよねぇ」

考え方が古いわりには、と後半はクラウディアにだけ聞こえるよう、レステーアが呟く。

保守的な面が目立つ教会だが、受け入れる窓口は広かった。そうしてたくさんの人が助けられてきたのだ。

最後にもう一度、犬を振り返る。

祈りは、きまぐれな神様から人への贈り物、という言葉と相反する存在がいるのが面白かった。

そっとクラウディアの耳元へ、レステーアが口を寄せる。

「我が君の犬はここにおりますよ」

「ふざけないで」

「大真面目です」

「ごめんなさい、ふざけて頂戴」

湯船での仕返しだろうか。

冗談で言われたほうが心穏やかに過ごせると、クラウディアはレステーアをめ付けた。