この計らいにはヘレンが目を輝かせた。

「ベゼルが作ったんだぜ、それ」

「なんでテメェが知ってんだ!?

「いい歳したおっさんが、ちまちまと何やってんのかと思ったら……そろそろ可愛いもの好きなのバレてるって気付いたらどうだ?」

「バレてたのか!?

子どもが顔を合わせれば十中八九泣き出すくらい、スキンヘッドのベゼルの見た目はいかつい。

自分の容姿とぬいぐるみに囲まれたい嗜好しこうがそぐわないと思っているベゼルは、長年趣味を隠してきた。

とっくにバレていることは、ルキから聞いている。

「何もローズ様の前で言わなくともいいだろう!」

「ローズの姉御も知ってるよ」

「知ってんのかよ!?

手先が器用なのだな、と告げれば、ベゼルは両手で顔を覆ってうずくまった。

耳が真っ赤なのは焚き火のせいではなさそうだ。

場が別の意味で温まったところで、新たな来訪者が顔を出す。

「楽しそうですね。自分も仲間に入れてください」

ルキと瓜二つであるアラカネル連合王国の王太子スラフィム、その人だった。

後ろでまとめられた長い金髪が、オレンジの光に照らされて色濃く煌めく。

優しげなグレーの瞳は、陰鬱いんうつさを隠しきれない地下室と似つかわしくない。

すぐさまルキが、ハッと笑い飛ばす。

「部外者はすっこんでろ」

「ここへ顔を出した時点で、部外者ではないでしょう?」

ルキとスラフィムは異母兄弟だが、その関係はビジネスライクだ。

スラフィムが自分の生活に深く入り込むことをルキは嫌う。

「今日は情報提供者として私が招いた」

ローズはそう言って、二人の間に割って入った。

多少の不満は呑み込んでもらうほかない。

「姉御の決定に文句はねぇよ。話を進めようぜ」

身内の祝いの席ではなく、仕事に関する話ならスラフィムがいても問題ないとルキが手を振る。

スラフィムは懐かない野良猫を切なげに眺めた。

皆で着席し、居住まいを正す。

まずは自分から、とスラフィムが口を開いた。

「やはり紛争地帯での戦況は芳しくありませんね。教会が間に入っているものの、平定がうまくいっておらず、戦争が長引くことが予想されます」

王太子である立場を生かし、スラフィムは自ら外交をおこなう。自国の船で大陸の随所へ渡り、大小様々な国と契約を結んでいた。

スラフィムの母国、アラカネル連合王国は、ハーランド王国のさらに北に位置する。冬季は場所によって港も凍ると聞いていた。ここにいるのを考えると、難民問題に際し、春まで情報収集に努めるようだ。

高位の立場から得られる機密と、自分の目と耳で裏付けされた情報は、精度に申し分がない。

また教会関連の情報は、配慮から口ごもる者も多いが、教義の違いから教会と反目し合っているスラフィムは、その心配もなかった。

ただ与えられる情報には、アラカネル連合王国の思惑があるのも忘れてはいけない。彼らは彼で、自分たちの利益を追求しているのだから。

注意を念頭に置きながら、うむ、とローズが頷く。

「難民の受け入れは必至か」

「急を要する受け入れ先は教会が担っていますが、既に収容可能人数を超えています。ハーランド王国へも要請は届いているでしょう」

父親とヴァージルの忙しさを見れば、打診が来ているのは察しがつく。

現在は、時期や割り振りが話し合われている段階だった。

「さすがに我が国が難民の受け入れを求められることはありませんでした。だからといって静観しているつもりもありません」

「ご苦労なこったな」

何でわざわざ首を突っ込むんだと、ルキが吐き捨てる。

スラフィムは苦笑しながら答えた。

「難民問題は一国が犠牲になればいい、という問題ではないからです。教義以前に、人と人は助け合うべきでしょう?」

綺麗事を言っているようでいて、本質をついている。

仮に一国で難民を受け入れ、破綻したらどうなるか。助ける側だった者も、難民の仲間入りだ。

それらは濁流となって近隣国へ押し寄せる。暴徒化した集団は、本人たちでさえ制御不能だった。

国境に、国と国を隔てる壁が存在するわけではない。海に囲まれたアラカネル連合王国とて、小舟があればハーランド王国から渡れた。

決して対岸の火事ではないのだ。

助け合い、協力して他国の破綻を防ぐことが、自国の安寧にも繋がった。

とはいえ、現実は綺麗に収まらないのだが。

(どんなときでも利潤を追求するのは、人のごうね)

今も議会では難民の押し付け合いがおこなわれているだろう。酷な言い方だが、誰だって負債を抱えるのは御免被りたい。

リンジー公爵家とて、限界がある。

どこかで帳尻ちょうじり合わせをすることで、乗り越えていくしかなかった。

「アラカネル連合王国では支援金の用意があります」

にこりと、スラフィムは微笑む。

経済大国を目指して成長を続ける、アラカネル連合王国ならではの強みだった。

(彼らからすれば貸し一つ、というところかしら)

助け合いの精神も嘘ではないだろうが、一方的な援助で終わらせるとも思えないし、只より高いものはない世界である。

ただ借りは口実としても使えるので、悪い話ではなかった。

特に教義の違いから、アラカネル連合王国は孤立する傾向がある。借りを返すという名目があれば、他国も気兼ねなく交流できた。

「ハーランド王国、ひいてはリンジー公爵家の方々なら、難民問題も大きな負担にはならないでしょう」

「簡単に言ってくれる」

シルヴェスターでさえ、頭を悩ませているというのに。

スラフィムは笑顔を絶やさない。

「適当に言っているのではありませんよ? それだけ評価しております。特に農業研修での取り組みは、こちらでも取り入れさせていただいていますから」

アラカネル連合王国は、島々の集まりでできている。

寒冷地なのもあって農業関連の発展が遅れていた。巻き返しを図るべく、島民を招き、農業を教えているのがリンジー公爵家だった。

「細かいところでいうと、村や集落ごとにグループ分けされている点ですね。普段から付き合いのある者たちを集めることで、情報伝達がより速く正確になるのは目から鱗が落ちました」

伝える相手の性格を知っていると、当人たちで工夫してくれるのである。

一緒に手を抜いたりと良い面ばかりではないものの、ふるさとを離れてやって来ることを踏まえれば、ストレスのかかりかたが違った。

「これらの経験は、きっと難民問題にも役立つと考えています」

不安が顔に出ていただろうかと勘ぐるぐらい、スラフィムの言葉は、これから課題へ向かう自分を勇気付けてくれた。

すぐに帰れる場所のある者とない者では、抱える問題が変わる。

だから同じように運用できるとは思っていないが、外からの来訪者への経験値は無駄ではないと言われ、心が少し軽くなった。

「我が国の懸念材料は、目下のところ聖女ですね」

「まぁ教会の影響力は増すわな」

答えたのはルキだった。

聖女祭で、聖女は各国を巡礼する。

この大がかりな祭りは、教会が力を証明する場でもあった。初春ということもあり、さぞ華やかなものになるだろう。

「聖女は教会の新たな力になります。人々は新たな救世主の登場に沸くでしょう。現在挙がっている候補者の全員が、それぞれ枢機卿の縁者だとしても」

「身内レースなのかよ」

「はじまりは、修道者である必要すらなかったらしいですけどね」

聖女──アプリオリ──たる者がいれば、人々はそう呼び、崇めた。

元は教会とも関係がなかったのではないか、というのはスラフィムの見解だ。

ルキは興味なさそうに天を仰ぐ。

「結局、お偉いさんの考えることはどこも同じってことだろ」

「規模が大きくなるほど、運営する人間の求めるものは似てくるでしょうね」

志の善悪はこの際、関係ない。

人が考え、動かせる施策には限りがある。それらの多くは過去からの知恵であり、経験の積み重ねからもたらされるものだった。

「別に我々としても、人々から希望を奪うつもりは毛頭ありません。ただ教会が増長しないことを願うばかりです」

「こればかりは経過観測しかあるまい」

そうローズは答えを出す。

今、何かできるものではないとスラフィムもわかっていた。

彼としては今後も注視していると伝えるのが目的だろうと、あたりを付ける。

「ハーランド王国は教会と手を取り合い、聖女祭の成功を望んでいる」

ここで話されているのは表向きのことではなく、裏も含めての本心だが、聖女祭に関しては含むところがないのが事実だった。

聖女の存在は、国民だけでなく、住処を追われた難民の救いにもなる。

新しいシンボルの誕生は、紛う事なき慶事けいじなのだ。

ハーランド王国の姿勢を確認できたスラフィムは、先に退室する。

得るものがなくとも、こうした本音を言い合える場はお互いに貴重だった。参加し続けることに意味があることを、スラフィムもよく理解していた。

異母兄弟を見送ったルキが、さて、と伸びをする。

「こっちは、これからが本題だな」

王都を含む王家直轄領で勢力を伸ばす犯罪ギルド「ローズガーデン」にとって、聖女祭は特に関係がない。あるとしたら祭りで浮き足立つ人から、どうお金を搾取さくしゅするか考える程度である。

難民についても、難民が貧民街に押し寄せない限りは他人事だった。

ルキやベゼルにとって身近な議題は、貧民街についてである。

スラフィムとの会合も目的の一つだが、ローズが足を運んだのは、貧民街でおこなわれている支援策について聞き取りをするためだった。

王家直轄領ではローズガーデンの協力の下、貧民街での支援策が研究されている。

(議会では支援する、しないでも意見が分かれるけれど)

貧困から脱却するには支援が必要と訴える者、その支援が逆に当事者の意欲を削ぎ、逆の作用をもたらすと訴える者。

貧民街で生活してから言え、というルキの感想が、その通り過ぎて笑ったのを覚えている。

取り巻く状況は様々で、一つの貧民街で成功した施策が、次の貧民街でも成功するとは限らない。

しかしなぜか支援側──貴族は、抜本的な部分を見付け出し、その一つを解決すれば全てのケースで上手くいくと考えがちだ。

そういった思考にとらわれないシルヴェスターの柔軟さには、いつも驚かされる。

聞き取りは定期的におこなわれているが、今回は注視する点があった。

貧民街への支援策を、難民にも活用できないか、というものだ。

状況ごとに支援策の内容を変える必要はあるが、状況に類似性が見られるなら、転用してみる価値はある。

ローズは預かっている資料をテーブルに広げた。

「低所得者向けの健康保険についてはどうか」

上々です、と答えるベゼルの横で、ルキがにやりと笑う。

「あれ、面白いよな。オレたちと同じようなこと考えるんだからさ」

この施策は、働ける──僅かでも賃金を稼げる──者に対してのものだ。

貧民街と聞くと、飢餓きがで痩せ細った子どもを思い浮かべがちだが、全体の数からいえば少数である。多くは仕事にあぶれ、行き場を失った者たちだった。

定職には就けないものの、日雇いなどで食いつないでいる者向けの保険を用意した。

毎月少額をかけることで、後に働けなくなったときなど有事の際に金銭的支援が受けられる。実はこの支援、役人が説明をしたときには成果がなかった。

当事者にとっては後々の、あるかどうかもわからない未来のことより「今」が大事だからだ。そんなものに金を使うぐらいなら、友人たちで賭けを楽しむほうが勝った。

「みかじめ料みてぇなもんだっつったら、話が早かったぜ」

犯罪ギルドの資金源の一つ、みかじめ料は、主に商店がターゲットになる。

毎月お金を納めることで、あらくれ者が来たときや、店主では対応できない事態に陥ったとき、犯罪ギルドの構成員が助けるというものだ。払わないとその構成員に、店を荒らされる。強制加入なところが犯罪ギルドたる所以である。

それと保険は違うぞ、というローズの視線を受けて、ルキは慌てた。

「ちゃんと説明はしたって! わざわざ見るからに弱っちいやつを行かせてさ。普段出番がないから喜んでたぞ」

物理的な力と見栄で生きる犯罪ギルドにおいて、体力に自信がない者は人目につかない仕事を任されることが多かった。ローズガーデンの一員として、堂々と表を歩ける仕事が嬉しかったようだ。

おかげ様で加入率は九割を超え、滞納者はいない。

ローズガーデンの姿がちらつく──払わないと殴られる──からという誤った認識も否定できないが、そもそも生活に負担を強いるような額ではなかった。利益を目的としていないからだ。

貧民街は不衛生な環境から病気になるリスクが高い。

保険の存在が、診療を受ける後押しになれば成功だった。

薬で治るケガや病が放置されるのを防ぎ、重篤じゅうとく化させないのが最たる目標である。

(モラルハザードを防ぐための下地づくりが大変なのがネックね)

仮病──嘘の申告──で、保険金をだまし取ろうという考えは、保険商品につきものだ。診察する医師と結託されてしまえば、どうしようもない。

そういったことにはローズガーデンの鼻が利くので、助けられていた。じゃの道はへび、怪しい動きに対する察知能力には一日いちじつちょうがある。

また現地の修道者にも協力を仰ぎ、診察の窓口にもなってもらっている。

出し渋りなく、診療によってちゃんと保険金が支払われるのを伝えるためだ。当事者が不信感を持ってしまっても、保険は成り立たなかった。

報告書を受け取り、見落としがないよう気になった点はその場で確認していく。

目立った問題がなくて何よりだ。

聞き取りが終わると、ルキが頭を掻きながら訊ねてくる。

「なぁ、教義が大事なのはわかるんだけどよ、国は聖女祭を歓迎してるのか?」

ナイジェル枢機卿にしいたげられていた経験から、ルキはルキで教会に対し思うところがあった。信仰が救いになると理解しつつも、割り切れないのだろう。

「歓迎している。君たちに得意分野があるように、教会は人の支えになるのが得意だ。国としても学ぶことが多い」

補佐役の禊のため、大聖堂での滞在も決まっている。一般人に比べ、クラウディアは教会に近い存在となった。

新たに得られた立場から、情報にアクセスする機会も増えるはずだ。この機会を逃すわけにはいかない。

修道者は、教会の支援を得ながらも貧困層のいる現地で生活する。難民と最初に関わるのも彼らだ。教会が有するノウハウを参考にしたかった。

「ふーん」

「良いところは利用すべきだろう?」

犯罪ギルドの人間に通じやすく言い直すと、一瞬でルキは喜色を浮かべる。

「お、手玉に取るってことだな!」

ものは言いようだった。