枢機卿は笑う
教会本部にある自室で、ナイジェルは部下の一人と会っていた。
「こちらが聖女候補のリストです」
差し出された紙を受け取る。
部屋は静かだった。
窓を閉め切っているのもあり、環境音すら聞こえない。
かさり、と紙を持つ音。動作で生じる衣擦れの音が、一つ一つ耳に届く。
「予想通りで、何の面白みもない」
教会内の権力闘争が、そのまま文字に起こされていただけだった。
挙がっている名前は全て、枢機卿たちの縁者だ。
字面を通して、次期教皇の座を射止めんとする姿がありありと浮かんでくる。
聖女を認定するのに異論はない。
武器商人へ戦況を伝え、キックバックを得ているナイジェルであっても、教会の威信を下げたいわけではないのだ。
元より、引くタイミングを見計いながらやっていたことだった。
聖女の巡礼と共に戦況が落ち着けば、良い演出にもなるだろう。
(振り幅が大きいほど良い)
淡々と段取りを頭の中で組み立てる。
予定調和であるため、心に動きはなかった。
無表情のナイジェルへ、部下が告げる。
「開催を宣言する国は、ハーランド王国になる予定です」
「金の力は偉大か」
ハーランド王国は、ナイジェルを国外追放しただけでなく、新しく設立した省庁のトップに枢機卿を据えることで、王城での居場所を奪った。
身から出た錆とはいえ、かの国が教会と距離を取ろうとしているのは明白だ。
けれど献金が減らされることはなかった。
献金で運営を賄っている教会からすれば、ハーランド王国内での影響力が多少落ちたところで、依然として尊重すべき相手なのである。
「補佐役は、クラウディア嬢かね」
「はい。ちょうど、ギーク枢機卿から話が行っている頃かと」
毒にも薬にもならない長い眉毛の老体が頭に浮かぶ。彼が望むのは安らかな余生だ。
教会に警戒心を高めるハーランド王国相手には、ちょうど良い人物だった。
補佐役は当代の権力者ではなく、次代を担う者から選ばれる。
王太子の婚約者なら当然の結果だ。
また一つ、彼女は新たな地位を得る。
名誉職に過ぎないとしても、信仰ある者からすれば、決して無意味なものではない。
国内においては足場を固めるのに最適だろう。
クラウディアへ追い風が吹いていると言っても過言ではなかった。
緩やかなクセのある長い黒髪に、意志の強い青い瞳。将来が約束された若者のなんと晴れやかなことか。
思いを馳せていると、知らず口角が持ち上がった。
クラウディアは、飽き飽きしていた日々に活力を取り戻させてくれた恩人だ。
ぜひとも報いたい。
「どうされますか?」
「ここに挙げられた候補者では、彼女の相手にならぬ」
立ち上がり、暖炉へ手にしていた紙をくべる。
部下はナイジェルの機嫌を窺いながら、言葉を紡いだ。
「どなたか、お心当たりがおありですか?」
「ああ、相応しい人物がいる」
一人の女性修道者が頭に浮かんでいた。
ここは自分が動くべきだろうとも考える。
「私が直接出向く」
「では、すぐに手配いたします」
呑み込みが早い部下を見送り、執務机へ腰を落ち着かせる。
手元に集まった情報を精査する必要があった。
何と何をつなぎ合わせ、一つの事実とするか。
どんな内容にすれば、クラウディアを失意のどん底にたたき落とせるか。
そして落とすからには。
「高所にいてもらわねばな」
比例して手が出しにくくなるが、それも一興だった。
クラウディアが真っ逆さまに落ちる姿を想像するなり、胸が高鳴る。
さぁ、風の祝福を受け、もっと高みへ行くがいい。
常人が辿り着けない頂へ。
それでこそ、落とし甲斐があるというものだろう?