悪役令嬢は任命される

王城に私室を持ってから来ることが減っていた、王城の応接室。

窓からは、朝の澄んだ空気が漂う庭園を眺められた。

隙間から入る冷気が、暖炉の火に相殺される。

パチパチと火が爆ぜる音を遠くに聞きながら、テーブルを挟んで対面するのはナイジェル枢機卿すうききょうが去ったあとに代わって就任したギーク枢機卿だ。

隣には婚約者であるシルヴェスターの姿もある。

細い目が隠れてしまいそうなほど長く伸びた白い眉毛が特徴的な、老齢の枢機卿はゆっくりと口を開いた。

「朝早くからご対応いただき、誠にありがとうございます」

普段から低姿勢を崩さず、間延びした雰囲気すらあるギーク枢機卿は、子どもたちからおじいちゃん先生と慕われている。

王城から枢機卿の居場所がなくなったことも気にせず、余生をハーランド王国で過ごすかのような暮らしぶりであるため、クラウディアとしても警戒心の抱きようがない人物だった。

エリザベスの情報通り、教会からクラウディアへ書状が届き、この場が設けられた。

場所が王城になったのは、内容的にハーランド王国も関わるからだ。

「先立って書状を送らせていただいた通り、このたび教会は新たなる聖女を認定することとなりました」

聖女とは、教会を象徴し、人々の心の拠り所となる存在である。

地位は枢機卿と等しいけれど、実務に縛られない点が異なった。聖女の主な役割は、巡礼を介して一般市民と心を一つにすることにある。

歴史上、教会は百年に一度あるかないかの期間で、相応しい女性を聖女に任命してきた。

麗しき銀髪の婚約者を視界の端でとらえる。

政治をおこなう上で、教会の影響力は無視できない。時には教会のほうから介入があるとなれば、尚更だった。表面上は穏やかな笑みを浮かべながら、シルヴェスターが考えを巡らせているのは想像に容易い。

クラウディアも、ただ頷いてばかりではいられなかった。

正式に王太子であるシルヴェスターの婚約者となり、婚姻に向けお妃教育を受ける立場だ。既婚者だけでおこなわれるお茶会にも出席し、エリザベスを筆頭に社交界での協力者も得た。

お妃教育は残すところ、あと半年。

王太子妃になれば政治的、外交的な活動もより増える。

優先すべきは国の利益。国民の平和である。より視野を広げていかねばならなかった。

注意を払いながら枢機卿の話に耳を傾ける。

「聖女の認定に際し、聖女祭をおこないます。開催は初春。聖女は各国を巡礼し、皆様の平和を願います。わたくしども教会は、そのはじまりの国を、ハーランド王国でと考えております」

「我が国で開催を宣言できるとは、光栄です」

笑顔を見せるシルヴェスターに邪気はない。

教会の教義を国教としている国は数多くある。その中からハーランド王国が一番手に選ばれたのだ。

ハーランド王国を重要視しているという教会からのメッセージに他ならなかった。ナイジェル枢機卿の事件から距離ができた関係を修復したいのかもしれない。

(単に献金の多い順というのも捨てきれないわね)

こうしたことには教会内部の政治も絡んでくる。人が運営する以上、権力闘争は切っても切れなかった。

初春ということは、開催まで三、四か月ほどある。

「聖女祭に向け、教会とハーランド王国の間で、交通整理などの相談をさせていただくことになるでしょう。そして、ここからが本題です」

一度話を区切り、ギーク枢機卿はクラウディアと目を合わす。

「クラウディア様には、聖女がハーランド王国を訪問する折に、聖女の補佐となる『アプリオリ』を務めていただきたく存じます」

「謹んで拝命いたします」

そっと頷く程度に頭を下げる。

補佐役アプリオリの任命については、書状にも書かれていたため驚きはない。自分でいいのかと思うところはあるが、断る理由はなかった。正式な任命は、聖女祭の開催当日の式典でおこなわれる。

「クラウディア様なら、素晴らしい補佐役になられることでしょう」

ふぉっふぉっふぉ、と枢機卿は朗らかに笑う。

仕事内容に難しいものはなく、ほとんど名誉職だった。

教会の象徴たる聖女を、国を代表する次代の女性が補佐する。補佐役に任命されることは、教会が認めた人格者であるというお墨付きを得るのと同義だ。

クラウディアにとっては、降って湧いた吉事きちじだった。

未来の王太子妃として、教会から支持されたに等しい。

ただ無条件というわけではなかった。

ギーク枢機卿が書類をテーブルの上へ置く。

「補佐役を務められるにあたり、聖女祭の準備段階から、つきましては明日から貴国での聖女祭が終わるまで、クラウディア様には清い体を保っていただかねばなりません。こちらの書類に注意事項など、みそぎの手順を記しておりますのでお持ち帰りください」

「ご丁寧にありがとうございます」

つまるところ聖女祭が終わるまで、書面の内容に沿った生活を強いられるのである。

ハーランド王国での聖女祭は一週間で終わるものの、準備期間を入れると結構な長さだった。

(年単位でないだけマシかしら)

教会にとって聖女祭は一大イベントだ。水面下では一年前から準備されていてもおかしくはない。

用件が済み、ギーク枢機卿が腰を上げる。

クラウディアとシルヴェスターも見送るために立ち上がった。

「クラウディア様なら生活面でも心配はありますまい」

肩肘かたひじを張る必要はありません、とエールを送られる。

しかし最後に爆弾発言が待っていた。

「おお、そうじゃった。婚約者のいるお立場ではありますが、異性との接触は一番の注意事項でございます。何卒お気を付けくださいませ」

ギーク枢機卿が退室するなり、シルヴェスターはテーブルの上に置かれたままだった書類を掴み取った。